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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅰ幕 【無貌の心臓】

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弟子編・5『冒険者になりました』

 

 活気ある街並み。

 行き交う人々。

 石畳の道路に、シンプルな木造建築たち。


 そして晴れた空の下で、背伸びをする俺。


「んん~! 自由だ~っ!」


 敷地の外でも周囲を気にしなくてもいいってだけで、こんなにも開放感があるものなんだなぁ。

 この異世界に来て苦節4年。

 俺もようやく一般人になれました。


「ほら、さっさと行くわよ」

「待って下さいよ師匠! 串焼きが売ってますよ! 砂糖菓子も!」

「そりゃ露店だから売ってるわよ」


 なにを当たり前な、みたいな反応のロズ。

 だって公爵家じゃ串焼きみたいなジャンクフード出てこないんだぜ? 菓子だって上品な甘さのものしか置いてないし、屋敷の貴族飯もウマかったけど露店の屋台飯も食べてみたいんだ!


「我慢しなさい」

「え~~~た~べ~た~い~」

「じゃあ後にしなさい」

「い~ま~が~い~い~」


 全力で手足をバタバタさせて駄々をこねる俺(精神年齢22歳)。


 通りすがりの幼女と目が合った。うわぁ、みたいな顔で目を逸らされる。

 ロズがため息をつきながら財布を取り出した。


「まったくもう仕方ないわね。ひとつだけよ、どれがいいの」

「いえもう大丈夫です(キリッ」

「は? え? さっきのワガママは……?」

「ははは、冗談ですよ。小さな子どもじゃないんですから、あんな恥ずかしい真似を本気でするわけないじゃないですか」

「そ、そうなの……」

「まあどうしてもってお願いされるのなら、食べるのもやぶさかではありませんけどね。あくまでもお願いされたらですけど。ええ。お願いされたら食べます」

「……行くわよ」

「お、お願いしないんですか!? あ、まって師匠! お願いしてください!」


 スタスタ歩いていくロズの背中を追う俺だった。


 露店街を抜けると、噴水広場のある中央街に入っていく。教会も近いのでこのあたりは比較的穏やかな空気がある。

 ただし中央街から東に抜けると、いきなり雰囲気が変わった。

 喧騒なのは東も西も変わらないが、こっち側は内容が少し違う。


「テメェこれぼったくりだろ! 水で薄めてんじゃねぇのか!」

「ああん? 文句あるなら買うなよ。薄くても回復薬だろうがよ」

「ふざけんな! こちとらダンジョンで死にかけてんだぞ!」


 露店の薬屋と、冒険者らしき男が取っ組み合いのケンカをしていた。

 それを煽る周囲の人々や、その隙に商品を盗もうとして見つかって乱闘にしてしまうガラの悪い街の不良たち。


 おお、こっちのほうが俺がイメージしてた異世界の街っぽい。

 そんな風景を見ながら歩いていると、すれ違いざまにフードを被った子どもとぶつかった。

 とっさに謝る。


「ああごめんね」

「ひ、ひえっ!」


 なぜか悲鳴を上げた子どもは、足をもつれさせて倒れてしまった。

 フードが外れる。


「あっだめっ!」


 とっさにフードを被り直そうとするも、ぴょこん、と頭の上に耳が立ってしまいフードが引っかかる。

 ふさふさの犬耳だった。


 おお! 噂には聞いていたけど初めて見た。

 獣人だ。


「なに道のど真ん中で座って――ちっ、犬人族かよ」

「獣人……?」

「うわ、ケモノだ」


 獣人の子どもの存在に周囲が気づき初め、ざわざわしていた。


 街の人たちは忌諱感があるみたいだな。

 たしかこの国では獣人は差別対象なんだったっけ。ケモミミ可愛いのに、どこか汚いものを見る目でその子を眺めている。可愛いのに。


 ……まあ周囲は周囲、俺は俺だ。


「落ち着いて。ゆっくり被れば大丈夫」

「えっ」


 手が震える犬人族の子に、微笑みかけながらフードをかぶせてあげる。

 耳が隠れると少しだけ安心したのか、ほっと息をつく犬人族の子だった。


 俺は座ったままの犬人族の子に手を差し出して、


「立てる? ぶつかってゴメンね」

「あっ……はい。こちらこそごめんなさい」


 俺の手を恐る恐る掴んだので、ゆっくり引っ張って立たせてあげる。


 ほう、手のひらは普通の人族と変わらないな。見た目で俺たちと違うのは耳だけかな? もしかしたら尻尾も生えてるのかもしれないけど、さすがに見せてって言ったらセクハラだよなぁ。


「あ、あの……僕はこれで」

「ああうん。じゃあね」


 特に話す理由もないので見送る。

 小走りで離れていくその背中を眺めて、俺はつぶやいた。


「ふむ。いままで猫派だったが……犬もいいな」

「ルルク、あなたは獣人差別しないのね?」

「ええまあ。どちらかと言えば好きですよ」


 ケモナーってほどでもないけど、いままで獣だろうが植物だろうが無機物だろうがあらゆるモノが擬人化されてる文化圏で育ってきたから懐は深いのだ。

 

 いやこの場合、日本のサブカルチャーの業が深いって言った方がいいのか?

 ロズはなぜか少しだけ嬉しそうだった。

 

「手間が省けて助かるわ」

「……手間?」


 俺の疑問は無視して、またすぐに歩いていくロズ。

 よくわからんけど、とにかくさっきの子は可愛かった。この国には獣人の冒険者とかいないのかなぁ……あとはエルフとか。エルフのお姉さんとかお姉さんのエルフとか。


 冒険者ギルドに着いたら探してみよう。

 そう思いながら、俺はロズの後を追うのだった。






 冒険者ギルドは、良くも悪くもよく目立つ。


 まず看板が大きい。赤、青、緑の服を着た三賢者が描かれているのが目印だ。

 冒険者ギルドは800年前、人助けと旅を生業にしていた三賢者たちが設立した組織だから、いまでもその意志を引き継いでいるのだ。


 そしてうるさい。冒険者という職業は体ひとつで稼ぐ仕事だ。腕っぷしや負けん気が強い者が多く、ケンカなんかも日常茶飯事だ。

 所属している人の質も幅広く、ゴロツキみたいな粗野な者から誰彼構わず助けるお人好しな者までいる。教会のシスターも何人か所属している、という噂もある。


 そんな静けさとかけ離れた場所に、俺はいま立っている。


「うぐ……これが、これが冒険者ギルド……えっぐ、ひっぐ」

「何泣いてるのよ」


 ロズが呆れたように言う。

 だって! ファンタジー小説とかに出てくるイメージ通りの冒険者たちがいるんだもの! イメージ通りに酒場が併設されたギルドがあるんだもの! 泣くほど興奮して何が悪いんですか!


――――――――――


>『冷静沈着』が発動しました。


――――――――――


 スンってなった。はい。

 

 それにしても人が多いな。

 冒険者界隈がこんなに活気づいてるのは、街にとっていいことなのか?


「ほら、さっさと受付に行くわよ」

「はーい」


 俺たちは比較的空いている列に並んだ。

 美人の受付嬢がいるカウンターは、ギルドの外まで行列ができていたので避けておいた。別に内容が変わるワケじゃないのに、受付嬢で選ぶとか本当に男はバカだよな。それはともかく俺も次は向こうにしよう。


 列に並んでても行き交う人がぶつかってきそうになったり、子どもの俺に気づかずに後ろから蹴られそうになったりと、まるで東京都心の駅のホームよろしくごちゃごちゃしているギルド内。

 そのたびにロズがさりげなく守ってくれていた。


「おいおい! ここは託児所じゃねえぞー!」


 もうすぐ俺の番になるかというところで、近くにいた冒険者が下品に笑いながら言葉を投げかけてきた。


「そうだそうだ! ここはガキの来るところじゃねえんだぞ!」

「おままごとなら家でやんな」

「ボクちゃんには危ないでちゅよ~」


 あちこちから罵声のようなものが飛んできた。


 うんうん。この野蛮な感じがいかにも血気盛んな冒険者って感じで悪くない。

 へへへ、またちょっとテンションがあがってくるぜ。


「……ルルク、なんで嬉しそうなの? ここは怒るところよ?」

「むしろ冒険者ってこうじゃないとですよね」

「え?」

「え?」


 残念だ。

 ロズとは分かり合えないようだった。


 そんなことをしてると、ようやく俺の番が巡ってきた。

 受付のオバチャンが俺とロズを見比べて、ロズに声をかける。


「今日は何の用だい?」

「この子の冒険者登録をしてくれるかしら」

「……この子の? あんたは?」

「私はただの保護者」


 ただの、ではないけど保護者代わりなのは間違っちゃいない。

 受付のオバチャンはいぶかしげに俺を見てきたが、冒険者登録自体に年齢制限はない。数秒悩んだ結果、規則に従って対応することに決めたようだ。


「じゃあ坊や、ここに手を置いて。二重登録防止チェックをするよ」


 石の板のようなものを取り出したオバチャン。

 言われるとおりに手を置くと、板に周囲の霊素が集まってきた。


「これって神秘術器ですか?」

「あら知ってたのかい。悪事のためにギルドに二重登録する輩を防ぐための装置だよ」

「そうなんですか。どうやって調べるんです?」

「この端末から霊脈を通して世界樹に情報を送ってるのさ。世界樹はあらゆる情報が保存されてるだろ? それを利用して、以前ギルドに登録したことがないか調べてるのさ。ギルド創設者のひとり、神秘術の賢者様がつくりあげたシステムなんだよ。すごいだろう坊や」

「はい、すごいです」


 世界樹にそんな利用法があったのか。

 しかし神秘術士は滅多にいなくても、神秘術器は普通にギルドにあるもんなんだな。いままで魔術器しか見たことがなかったからちょっと嬉しいぞ。


「もう手を離して大丈夫だよ坊や。うん、当然初回登録だね。こっちでやってあげるから、名前を教えてくれるかい?」

「……偽名とかでもいいんですか?」


 冒険者〝ぽこにゃんちん〟とか名乗ってみたいんだけど。

 気軽に考えているとオバチャンが怖い顔をした。元々イカつい顔がさらに怖くなる。


「構わないけど、偽名で登録した冒険者が犯罪行為をしたらふつうよりも重たい罰則になる決まりがあるよ。それに偽名だと知られたら根も葉もない悪評が流れることもあるし、もし相当な実績を上げても貴族様からの褒美も期待できないね。本名だと命を狙われるとかじゃない限り、偽名はおススメできないね」

「本名のルルクでお願いします!」

「ルルク坊やね、あいよ。ギルドカードの本人確認方法は魔素紋か霊素紋のどっちか選べるけど、魔素紋でいいね?」


 当然のように聞いてくるオバチャン。


 どっちも初めて聞く言葉だ。まあ会話の流れ的には、魔素か霊素のどっちを使って本人確認するかってことだろう。

 ふつうの人たちは魔素紋ってので登録するからそう言ったんだろうけど、残念ながら俺は魔素欠乏症だ。


「いえ、霊素紋でお願いします」

「……あんた、もしかして神秘術士なのかい?」

「ええまあ」


 オバチャンが驚いた様子で聞いてきた。

 すると周囲にいた人たちがざわざわし始めた。


「神秘術? あの子どもが?」

「あたし見たことないんだけど、ほんとにいたの?」

「神秘術士って絶滅したんじゃなかったっけ」


 変な注目を浴びてしまった。

 動物園のパンダにでもなった気分だった。


 しばらく呆けていたオバチャンだったが、隣にいたロズが居心地悪そうに急かすと慌てて別の石板を差し出してきた。


 同じように手を当てると、霊素が反応して手に集まってくる。

 指紋の霊素版みたいなもんなんだろう。


 これも神秘術の賢者が作ったのかな。こういう細かい道具のことは『三賢者』の物語には出てこなかったから知らなかったなあ。


「さあ、終わったよ。これであんたも冒険者だ」


 オバチャンが差し出してくれたのはくすんだ金属製のカードだった。

 シンプルな四角いカードで、いまは名前と種族、冒険者ランクだけが記載されている。

 もちろん所属は最底辺――『ランクG』だ。


「おお! これが俺の冒険者カード!」


 ゲームなんかのデータカードとは違い、実際に触れて重みがあるのは冒険者になったって実感あるな。


 目を輝かせる俺に、周囲の冒険者たちは生暖かい視線を送ってくるのだった。

 オバチャンはロズから手数料を受け取りながら、


「坊や、いっとくけど冒険者ギルドは国の枠組みを超えた世界最大の組織だからね。ギルドカードはどの国でも身分証明書になるから失くすんじゃないよ。悪行に利用されても文句は言えないし、再発行には銀貨五枚かかるからね。それと依頼を受けるときはクエストボードで確認して、受注したいクエストの紙を受付まで持ってくること。自分のひとつ上のランクまでしか受けられないから、欲張るんじゃないよ」


 なるほどなるほど。クエストはFランクまでってことだな。

 ……チラッ。チラチラッ。


「見に行っていいわよ」

「あざす師匠!」


 ワクテカしてると、察したロズが許可を出してくれた。

 俺はすぐにクエストボードへと向かったのだった。



~あとがきTips~


※冒険者ランク制度


 よくある適切な依頼を受けるために制定されているランク制度。

 スタートはGから。受けられるクエストは、上下ひとつずつのランクまで(Sランクを除く)。

 通常のクエストをこなして上がれるのはAランクまで。Sランクは特殊な条件がある(いずれ記載)。

 Bランク昇格には試験があり、支部長以上の権限が必要。

 Aランク昇格にはギルドマスター2名の権限が必要。


S(SSSランクまで存在)

―――(大きな壁)―――

―――(小さな壁)―――

G ←イマココ



 ちなみに、王国騎士の初任給が月20万ダルク。

 同等の収入を平均するとCランク冒険者に相当する。

 Bランク冒険者は平均100万、Aランク冒険者にいたってはおおよそ300万ダルク稼ぐと言われている。これは王国騎士団長と同等。

 しかし冒険者には保険制度がないので人生賭けたギャンブル。ざわ……ざわ……。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 大抵の作品じゃ、BランクはおろかCランクでさえも低いレベルや通過点であるかのように描かれるけど、この作品だとCランク、Bランクが中堅とかプロの領域で描かれてるのが珍しくて嬉しい。 [一言]…
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