救国編・13『天眼のエルフ』
「えっ何これ……ここどこ? ねえルルク様、どうなってるの!?」
俺はルルク。
今日ははじめて少女(実年齢百歳オーバー)を誘拐してみました。てへぺろ。
「ここバルギア……じゃないよね? うちどこに連れてこられたの? ねえルルク様何か言ってよ! これってまさか誘拐…………違う、まさか、これは! 噂に聞く駆け落――」
「はいこの武器あげる。戦って」
「えっ」
ひとりで盛り上がり始めたカルマーリキに弓を渡すと、石のように固まっていた。
俺は上空を指さしながら、
「ほら真上に魔物の大群いるだろ? あいつら倒すのめんどくさくてさ。腕のいい弓使いが欲しかったんだよね」
「何それ!? うち、そんな理由でエルフの里から誘拐されたの? というかあの数なにさ……あんなの見たことないよ!」
「奇遇だな、俺も初めて見た。たぶん親個体が百匹くらいいるから、それ倒せばあとは消化試合になるからがんばって。全部倒すまで帰らせないから」
「ルルク様の鬼畜……あ、それはいつものことだった。でもよく考えてみたらこれもデートって言えるんじゃ……そうだよカルマーリキ、これはデートだよ! 魔物退治デートだね!」
なんか一人ではしゃぎ始めたんだけど。
ま、やる気をなくすよりかは助かるけどな。相変わらず忠犬カルマーリキだ。
「ほら、矢はコレ使え。どっちも高性能の武器だぞ」
「ありがと――ってコレ! エルフの里の秘宝じゃない!」
「そうだぞ。アイテムボックスで眠ってたから、使ってくれ」
以前、エルフの里を石化病から救ったお礼にもらった聖遺級武器の『聖弓・露狩り』。それと矢はこの前手に入れたブーメランアローだ。
カルマーリキは手を震わせながら、
「う、うちが使っていいのかな」
「持ち主の俺が許可した。壊れるまで使っていいぞ」
どうせ俺たちじゃ使わないし。
「こ、壊さないよ……でもうん、こんな機会滅多にないしね! うち、ルルク様のためにがんばるよ!」
緊張しながらも、笑顔を浮かべて弓に矢をつがえたカルマーリキ。
空に向かって構えて、じっと目を凝らす。
ひとまず解説しておく。
「黒霧蝙蝠には親個体がいて、そいつを倒さない限り黒い個体が無限に復活してくる。おそらく数百匹のなかに一匹だけ真っ白なコウモリがいるから、そいつが親個体だろうけど……って、カルマーリキ? どうしたんだ?」
弓を構えたまま目を見開いて固まっているカルマーリキ。
何事かと聞いたら、ゆっくりと顔だけこっちに向けて、
「……ルルク様。うち、なんか新しいスキル手に入れたんだけど……」
「は?」
このタイミングで?
とりあえずカルマーリキを詳細鑑定してみた。
――――――――――
【名前】カルマーリキ
【種族】エルフ
【レベル】38
【体力】780(+1120)
【魔力】1970(+2100)
【筋力】510(+710)
【耐久】580(+830)
【敏捷】1110(+1370)
【知力】670(+720)
【幸運】108
【理術練度】240
【魔術練度】670
【神秘術練度】1420
【所持スキル】
≪自動型≫
『隠蔽』
『気配遮断』
『気配察知』
『罠感知』
『風魔術適性』
『水魔術適性』
『土魔術適性』
『聖魔術適性』
≪発動型≫
『天眼』
『軽業師』
『精霊召喚』
『装備召喚』
『転写』
――――――――――
この半年間、カルマーリキには色々な訓練を付き合ってもらった。
もちろん俺が鑑定スキル持ちなのは知ってるし、何度か鑑定したこともあった。スキル構成も知ってたから、増えたスキルもすぐにわかった。
【『天眼』
>心眼系の王級スキル。
>>半径二キロメートルを立体視・透視することができ、戦闘時には相手の弱点を見極められる。また幻術、視覚系の状態異常を無効化する。天より授かる破幻の瞳。真実はいつもひとつ 】
「……本当だ。増えてる」
いや待てよ。
確かこの『聖弓・露狩り』が破幻効果のある武器だった。もしかして視覚に作用するスキルがついている武器だったのか。
ということは、それを構えた瞬間に新しいスキルを憶えたってことは……。
「ね、ねえルルク様……うち、どうなっちゃったの?」
「たぶん武器との相性が良すぎたんだな」
もともとカルマーリキの弓の腕は凄まじかった。
ただそれは、何も狙いが精確だってだけじゃない。どれだけ離れていようが寸分の狂いのない距離感を持ち、山なりだろうが直線だろうが的をほとんど外さなかった。
もともとの空間把握能力がずば抜けて優秀だったはずだ。
そのカルマーリキが、視覚に作用する聖遺級武器を手にした影響だろう。武器に認められた、と言えるかもしれない。
「なんにせよカルマーリキ。これで狙いやすくなったんじゃないか?」
「……ほんとだ。見える! 見えるよルルク様! 親個体もバッチリだよ!」
カルマーリキは喜びの声を上げながら、矢を引き絞って放った。
重力も風も無視するように、まっすぐ飛んで一体の黒霧蝙蝠を貫いた矢は、そのまま大きく弧を描いてカルマーリキの手元に落ちてくる。
「わわ! 戻ってきたよ!」
「それは『ブーメランアロー』って言って、叩き落されようが鉄の盾で受け止められようが、必ず弧を描く軌道で戻ってくる聖遺級武器だ」
「えっ……絶対戻ってくるの?」
「色々投げて実験したから間違いないぞ。どんだけ重りを付けても無視して戻ってくる。障害物があっても貫くまで止まらないし、ヒヒイロカネ製だから魔術も弾く。ヤバい性能してるぞ」
「す、すごい……」
まあ、軌道が決まってるから使い勝手はあまりよくないけどな。見晴らしのいい場所じゃないと、家とか壁とか貫通して戻ってくるから危険すぎる。
帰巣本能が過ぎる武具だ。
「でもそういうことなら」
カルマーリキは小さくつぶやいて、今度は黒霧蝙蝠の大群を観察すると、端をめがけて力を調節して撃った。
また親個体を一匹貫くと、空の上で弧を描いて戻ってくる。
その帰り道で、もう一匹親個体を上から貫いていた。
落ちてきたブーメランアローを掴むと、カルマーリキは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。
「やった二枚抜き! ねえルルク様、すごいでしょ!」
「神業だな。相性よすぎない?」
まさにカルマーリキのためにある武器セットだった。
気をよくしたカルマーリキは、その後もどんどん撃って親個体を仕留めていった。
復活さえしなければ、上空の群れの脅威度はガクンと落ちる。魔術士団たちも俺たちの援護射撃に気づいたのか、親個体が消えた場所に的確に魔術を撃ちこんで減らしていく。
それからしばらくカルマーリキが撃ち続けていたら、親個体も数えるほどになったようだった。群れも、もはや普通の兵士たちだけでも対応できるくらいの規模になっていた。
「カルマーリキ、もういいぞ。助かった」
「うん! ねえ、うち役に立った? ねえねえ!」
尻尾を振って見上げてくる忠犬。
頭を撫でてやる。
「めっちゃ役に立った。えらいえらい」
「えへへへ」
「そこの者! 援護、感謝いたす!」
魔術士のひとりが、尖塔から飛び降りてきた。
風を操ってすぐそばに着地したのは、まだ二十歳過ぎくらいの若さだが杖持ちの魔術士だった。
「こちらは王国魔術士団である。エルフの名手とお見受けするが、冒険者か?」
「ううん。うちはエルフの里の守護部隊、副隊長のカルマーリキさ」
「おお、エルフの国防軍の副官殿だったか。そちらはお仲間……ではないな。そちらこそ冒険者か」
「はい。俺はルルク、こっちはセオリー。しがない冒険者です」
「……ん? どこかで聞いた名だな……」
考えこむ魔術士。
俺たちは何もしてないので、わざわざ教える必要もないだろう。
「ところでお聞きしますが、戦場の状況はいかがですか? 塔の上からなら、かなりハッキリ見渡せると思ったんですが」
「うむ、交戦を始めて三時間と言ったところだ。現在は第一壁にて防衛中だ。敵の勢いも凄まじいが、こちらも負けておらん」
「俺たちもこれから応援に向かったほうがいいですかね?」
「いや、今日はもう遅い。後発組の冒険者は第二防壁を守るため、ローテーションを組んで出撃を管理している。いまから行っても、明日の昼頃まで出番はないだろう」
「そうでしたか。思ったより戦略的に戦ってますね」
「無論だ。戦争は行き当たりばったりではないからな」
「勉強になります」
俺は領主や騎士団の勉強を投げ出したからな。こういう戦争の知識は皆無だった。
兎に角、そういうことなら今日はもう休もう。
そろそろ日も暮れるし、セオリーも魔力が少ないしな。
「じゃあセオリー、俺たちは宿でも取るか」
「御意!」
「カルマーリキはエルフの里に――」
「やだ! 今日は一緒に泊まる!」
「え? いやさすがに無断外泊はダメだろ?」
「うち、がんばったもん! ご褒美ちょーだい!」
薄い胸を張ったカルマーリキが、手柄を主張してくる。
いやまあ、無理やり実験的に戦わせたから報酬くらいは用意するつもりだったけど。
「ご褒美って何がいいんだ?」
「ルルク様とパジャマパーティしたい!」
「……そんなんでいいのか?」
「うん」
欲のないやつだな。
「でも本当にいいのか? ほら、金とかでもいいんだぞ。親個体の素材は落ちてきたの全部拾ったけど、売ってもたいした金額にならないし」
「どーせ里にいるからお金なんて使いどころないよ。それにルルク様、里に遊びに来てもいっつも夜には帰るでしょ? だからたまには一緒にお泊りしたい!」
「わかったよ。じゃあそれで」
ま、それくらいはいいか。
不安なのはエルフの里からクレームがくることだけど……カルマーリキのせいにしておけばいいか。あとは知ーらない。
「じゃあセオリー、カルマーリキも一緒だけどいいな?」
「……わかったもん」
渋々頷いたセオリーだった。ちょっと拗ねてる。
まあ今回はカルマーリキの活躍が光ったからな。人見知り竜姫には今夜は我慢してもらおう。それにカルマーリキも顔馴染みだから、さすがに警戒心まではなさそうだし。
「じゃあ俺たちはそろそろ行きますね。明日は俺たちも参戦しますので、援護はよろしくお願いします」
「わかった。今回の件は団長に報告しておく。もしよければ戦争が終わったら城まで来てくれ。こちらからも報酬が出るだろう」
「かしこまりました。では」
「ああ」
魔術士は風を操って、尖塔まで屋根を駆けながら跳んでいく。
さすが杖持ち、若いのにかなりの腕だった。
「じゃ、俺たちも行くか」
「ルルク様とお泊り~ふふふ~ん」
こうして俺とセオリー、カルマーリキはそのまま近くの宿に泊まるのだった。
戦争中だからか、冒険者は広い部屋でもかなり格安で止まることができてラッキーだった。




