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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅲ幕 【幻影の忠誠】

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救国編・11『休日とか言ってる場合じゃない』

 

 マグー帝国が小国ストアニアに進軍しているらしい。


 ストアニアは世界最深ダンジョンがある。それを守るための防御は堅く、兵士のレベルもダンジョンのおかげで他国とは比べ物にならないほど高い。王国騎士団と魔術士団の強さは、大陸随一との噂があるほどだ。

 面積だけならムーテル領より小さい国なのに、兵力だけで言えばバルギアと同程度という評判があるのだった。


 それに加えて、常駐する冒険者の質もかなり高い。

 バルギアに一組、マタイサでも三組しかいないSランク冒険者も、ストアニアなら十組近くいるようだ。現役のSSランク冒険者も二組滞在している。このまま緊急クエストで防衛戦になれば、その力は凄まじく頼りになるだろう。


 だからいくら魔物の軍勢が押し寄せるとはいえ、よほどの相手じゃなければ大丈夫だろう。


「そういや【発泡酒(エール)】のみんなは元気にしてるかな」


 朝食のサラダをつつきながら、飲んだくれ三人組の陽気な顔が浮かんだ。

 あいつらも緊急クエストの対象だから、国を守るために無理しなければいいが……いや、あいつらがそんな殊勝な性格してないことは俺がよく知ってるんだった。


「ストアニアか~行ってみたいなぁ」


 隣で朝食をとっているサーヤは、サンドイッチを頬張りながら首を傾げた。


「理術の国ってとこよね? どれくらいの科学力なの?」

「近世から近代手前くらいのレベルだったと思うぞ。汽車なんかもこの国に提供してる旧式の蒸気汽車じゃなくて、ちゃんとディーゼル式だったしな。なにより理術の都市だから、上下水道完備でトイレも風呂も全部魔力がいらない仕組みだぞ。一般家庭には魔術器もあるにはあるみたいだけど、公共施設だと一部の動力に使ってるくらいだな。コスト度外視で徹底して理術文化にしてるみたいだぞ」

「なにそれ最高です。連れてけです」


 ナギが食いついてきた。

 この家はナギのために全部理術器にしてるけど、バルギアもマタイサも街の中は魔術器しかないからな。いつも苦労をかけている。

 とはいえ、そんなすぐにストアニアに行く予定はない。


「まあ慌てるな。バルギアのダンジョン攻略が終わったら次はマタイサのダンジョン。それからストアニアにするつもりだからまだ一年くらい先になる予定だ」

「なにを悠長な! すぐに攻略するです! ほらサーヤ、何ぐずぐずしてるですダンジョンに向かう準備を――」

「いいから落ち着いてよね」


 呆れたサーヤだった。

 そのままサーヤとナギにストアニア王国の科学力について話してると、


「おはようあるじ……ふわぁ」


 目をこすりながらダイニングに入ってきたセオリー。

 パジャマがずれて、肩が剥き出しだった。すぐにメイドが駆け寄ってきて整えていた。そのまま俺の隣に座る。


「あるじ、今日はなにするの……?」

「休日にするつもり。いつもみたいに起こさなかっただろ?」

「……きゅうじつ……休日! くっ、なんという甘美な響き。鎮まれ……我が暗黒の魂よ」


 とたんに元気になったセオリー。

 休みの日だとすぐ目が醒めるやついるよな。


「じゃあ私たちも休み?」

「そのつもりだ」

「りょーかい。じゃあナギ、ちょっとルニー商会に買い物行かない?」

「……ルルクは焦らし野郎です」


 睨まれた。

 どんだけ早くストアニアに行きたいんだよ。まあ俺も元は同じ体質だから、わからなくもないけど。


「ルルクはどこ行くの?」

「ギルドには顔出そうと思ってる。あとエルフの里かな」

「エルフに用事あったっけ?」

「ちょっと花を買おうと思ってな。香水作ろうかと」

「香水? つけるの?」

「妹にあげるんだよ。久々に会ったのに、そういえば何もしてないなって思ってさ。たしかカルマーリキが良い香水つけてたし、作り方を教えてもらおうと思って」


 俺とリリスが昔から好きな香水は地元にあった珍しい花で作ったものだが、珍しすぎてここでもマタイサ王都でも買えないのだ。というか、もう手に入らないかもしれないし、別の物にしようと考えていた。

 それに成長したリリスに昔と同じものをあげるのもなんだかな、という気持ちだった。


「じゃあナギ、私たちも水浴びしにいく?」

「……仕方ないです。どうせダンジョン行かないなら付き合うです」

「やった! じゃあ行くときは言ってね」

「へーい」


 というわけで、午前はギルド、午後からエルフの里に行こうと考えたのだった。






 屋敷からギルドに向かう途中、やけに街がざわついていることに気づいた。

 

 道をゆく商人や冒険者、傭兵たちがいつもより急いでいるようだったし、店はどこもけっこう混んでいた。特に武器屋、装備屋、薬屋が混雑していて品切れも続出しているようだ。

 冒険者ギルドの隣にある商人ギルドもさらに慌ただしかった。ひっきりなしに伝書鳥が飛び交っているし、飛び出していく商家の馬車が数がハンパない。

 まるで大きな商機が来たようだった。


「戦争でも始まるのか……って、始まるんだったな」


 それにしてもバタバタしてるな、と他人ごとに思いながら冒険者ギルドの扉をくぐる。

 ……他人事じゃなかった。


 冒険者ギルドも想像以上だった。


 まず新規の依頼受付が停止しており、通常の窓口は閉鎖している。しかし特定の依頼書を抱えた受付嬢たちが、自分の担当パーティを見つけては依頼を頼み込んでいる。しかも聞いた感じ、報酬は後払いだ。

 こんな風景は初めてみた。


「なんだこれ」

「おいルルク、こっち来い!」


 上階から俺を見つけたカムロックが手招きしていた。

 俺はギルドマスター部屋に入って、秘書から紅茶を頂く。とくに密談というわけではなく、窓も開けっ放しで廊下からもバタバタ足音が聞こえてくる。


「どうかしたんですか?」

「どうもこうも戦争だぞ戦争! のんきに遊んでられるかってーの」

「それは知ってますけど、バルギア関係ないですよね?」

「阿呆。戦争があるって噂だけでも武器や防具、ポーション、金属類が全部品薄になるってーのに何を言ってるんだ。この国はマタイサもマグー帝国も隣国じゃねえが、流通に関してはダイレクトに影響が出るんだよ」

「あ~、だから商人が慌ててるんですか」

「あのなルルク、商人どころじゃないからな? この国の人口考えてみろよ、例えば流入する物資が二割減ったら何人餓死者が出ると思ってんだ? いまは貴族も大きな組織もどこも大慌てだし、うちも例外じゃないからな。いまのうちになるべく多くの資金を抱えとかなきゃ冒険者たちを路頭に迷わせちまう」


 なるほど、そういう影響があるのか。


「おまえさんもどうだ? ちょっくらダンジョンボス倒して、レア素材取ってきて帰ってくれねぇか? 報酬は後払いになるが」

「今日は休みたい気分なので遠慮します」

「はぁ……そうだよな。おまえさんは竜王がバックについてるから、この国じゃ最高待遇だしなぁ」

「別にそういうつもりではないんですけど」


 というか、何かあってもあの親バカを頼るのはイヤだな。

 借りでも作ろうものならドヤ顔で煽られるだろうし。


「……そんで、戦争にもギルドの行く末にも興味もないおまえさんは、何しにギルドに来たんだ?」

「そんな言い方しないで下さいよ。昨日、マタイサで特殊クエスト受けたんで、報告書を出しに来たんですよ。一応口頭では向こうのギルドマスターに伝えましたけど、王家の依頼だったんで報告書は必須でして。あとで『複写器』で送ってください」

「転移あるんだから自分で届ければいいじゃねーか?」

「ちょっと口論したんで、怒ってるアピールしときたいんですよ」

「ああそれならオレも聞いてる。ったく、しゃーねーなぁ」


 カムロックは文句を言いながら、俺の報告書を持って奥の部屋に入って行った。

 直後、なぜか慌てて戻ってきた。


「おいルルク! 大変だぞ!」

「どうしたんです? 『複写器』壊れましたか?」

「ちげぇよ! 昨日の夜、マタイサダンジョンがスタンピード起こしたってよ! くそ、俺も慌ただしかったから確認が遅れちまった!」

「……スタンピードですか?」


 さすがに腰が浮いた。

 カムロックは送られてきた書類に目を通しながら、


「ああ。いまは発生から半日ちょっと経って、Bランク魔物が出始めてるらしい。ダンジョン広場を壁でいくつも覆って、冒険者ギルドが中心に食い止めているらしい。いまのペースだとあと一日は余裕で防衛できるらしいが、その先は不明だそうだ。各エリアのギルドへ長距離移動ができるパーティに応援要請も届いてる……なあおいルルクどうする? 手伝い行くか?」

「そりゃあまったく行かない選択肢は取れないでしょう」


 昨日の今日とはいえ、俺もマタイサ国民だ。それにリリスたちに被害が及ぶのはいただけない。

 いまは冒険者が食い止めていて大きな被害がないとはいえ、それも数日までだろう。スタンピードを見たことはないが、長いと終わるまで一ヶ月かかるらしい。

 

「ちなみにカムロックさん、スタンピードって途中で止まったりするんですか?」

「スタンピードは迷宮核の暴走だからな。もちろん、迷宮核を制御すれば止められる。それができなけりゃ、溜め込んだ魔力が尽きるまで延々と続くらしいぞ」

「制御ですか」


 なら王宮でもカーデルが制御を試してるだろう。

 もしそれで止まるなら、応援も必要ないだろうけど。


「どうする? おまえさんの報告書を送るついでに応援要請に返信もできるが」

「仲間たちと参戦しますよ」

「助かる。じゃ、おまえさんらが行くことは伝えておくから、準備ができたら頼む」

「はい。そこまで焦らなくても良さそうなら、明日にでも」

「伝えとく」

 

 カムロックはまた奥の部屋に入っていった。

 俺は紅茶を口に含みながら、少し思案する。


 このタイミングでのスタンピードか……。


 あきらかに不自然だ。これもマグー帝国の策略なのかもしれない。

 だが、そうだとしても意図してスタンピードを起こせる技術があるんだろうか。ストアニア王国ならあり得るだろうが、他国の、しかも敵対している国のダンジョンに対してそんな簡単にできるとは思えない。


「いや……もしやこれが狙いか?」


 思い出したのは、数日前の迷宮核の盗難事件。

 もしあのときすでに迷宮核を暴走させ、スタンピードの準備を始めていたとするならば。


「マグー帝国も本気だな」


 王族誘拐から戦争、そしてスタンピード。

 いくらマタイサが大国だからとはいえ、ここ数百年以上も戦争が無かった平和な国だ。

 軍隊も軍備も、さほど常備していないはずだ。

 どこも人手不足になることは安易に想像がつく。しかし誘拐事件があったこともあり、王城の護りは減らすわけにはいかない。


 俺たちも参戦して、なるべく早くにスタンピードを止めたいところだけど――と考えていたらまたもやカムロックが飛んで入ってきた。


「お、おい大変だ!」

「今度はなんですか?」

「ストアニアギルドから緊急要請だ。ストアニア軍からの報告が記載されてたんだが、コレを見てくれ」


 カムロックが机に叩きつけたのは、斥候兵による偵察報告書。

 ストアニア軍の斥候には、鑑定持ちがいるらしかった。その鑑定持ちの斥候が敵軍の様子を見に行った結果が、こちらにも送られてきた。



【偵察結果

 敵軍数(見込み):約十万体

 敵軍種別:魔物のみ

 敵軍レベル平均値(目安):60以上】


 

「レベル60っていやあBランク以上だぞ? しかもとんでもない数の魔物を従えてきやがった。スタンピードよりヤバくないか? このままじゃストアニア、本気で滅ぶぞ」


 声を震わせたカムロック。

 これは俺も、休日とか言ってる場合じゃないかもしれない。


「すぐにストアニアギルドに返信してください。俺が救援に向かいます」

「いいのか? だが、マタイサはどうする」

「エルニたちに向かわせます。もし迷宮核の制御が必要なら、適任はエルニですからね」

「確かにな。じゃあ、オレはそれぞれ伝えておく。くれぐれも気を付けてな」

「はい。では行ってきます」


 俺はすぐに屋敷に戻った。


  


 二度寝していたセオリーを叩き起こしてバルギアを出発したのは、正午頃のことだった。

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