救国編・8『戦争のよかん』
「助かったぞルルク。小さい頃の貸しはこれでチャラでいいからな」
ドヤ顔でそう言った異母兄に、俺は首をひねって答えた。
「……俺、ガウイに借りなんてないけど?」
「あん? ちっせぇ頃から俺だけはおめぇの面倒見てただろうが!」
「……え?」
「ほら! ボッチのおまえに話しかけたり遊んでやってただろ!」
「はぁ、イジメじゃなくて?」
「父上の言いつけまで破ってイジメなんかするかよ! おまえのことは嫌いだったけどな、これでもオレはおまえの兄貴だったんだぞ!」
え、嘘だろ。
……いやでも確かにガウイにはイジメられていたけど、直接暴力を振るわれたことはなかった気がする。我がムーテル家の家訓に〝いかなる理由があろうと家族に手を挙げるべからず〟ってあったからだろうけど、その言いつけは守ってたのに、俺と関わるなという言いつけはいつも破っていた。
なら幼少期のガウイの態度、あれって俺のこと気にかけてたからなの? どんなツンデレなの?
この二度目の人生で、一番衝撃だった真実かもしれない。
「ガウイおまえ、わかりづら過ぎるだろ」
「知るかよ! もういいよクソモヤシ! せっかく素直に礼を言おうっていうのによぉ……」
ブスっとした表情で不貞腐れたガウイだった。
俺が引きつった顔をしていると、メープルがガウイの隣で頭を下げた。
「ルルク、ほんとうに感謝しますわ。こんどあらためてお礼をするのですわ。サーヤも、このスカートありがとうですの!」
「いいんですよ。私には小さくなってたし、殿下に着てもらって服も喜んでますし」
「器がおおきいですの! こんどパーティがあったら、誘ってもよろしいですの?」
「ええ、ぜひ。一緒にお話ししましょう」
この数時間でメープルと打ち解けたサーヤ。
一番歳が近いからか気に入られたらしい。
王女様とすらすぐに仲良くなるとかさすがコミュ力お化けだな。人見知り竜姫にも見習ってほしいものだ。
ちなみに俺たちが転移して帰ってきたのは、マタイサ王都ギルド本部。一応王城にも転移できたけど、さすがにやらなかった。
連絡を受けた近衛騎士たちがすぐに馬車とやってきたので、挨拶をしてふたりを送り出した。ルナルナの姿もいつのまにか見なくなっている。
ふう。
久々のガウイだったな。もう腹いっぱいだよ。
「というわけで特殊緊急クエストは完了だな。俺はギルドマスターのところに顔出すけど、どうする?」
「私たちも行くわよ。この状況だし、また何か頼まれるんじゃないかしら?」
ギルド内がいままでにないくらいバタバタしているので、サーヤが確信しながらそう言った。
その予想通り、ギルドマスターの部屋に行ったらターニャがいた。副ギルドマスターもいる。
「ルルクくんたち、ちょうどいいところに! ついさっき【王の未来】に指名依頼が来て困ってたところなの!」
「どこからですか?」
「王宮からよ。内容が内容だから、つぎは特殊指名クエストになるんだけど……」
「まずは話を」
俺たちは奥の部屋に案内された。
ギルドマスターの部屋の奥は、バルギアと同じく防音装置で厳重に守られている会議室だった。俺たちとターニャ、ギルドマスターが席に座る。
「それで、今回の依頼もかなり大変なんだけど――」
俺の担当受付嬢でもあるターニャが説明してくれたのは、またもや奪還クエストだった。
追跡していたグリル第三王子とその誘拐犯が行方不明らしい。そっちは馬を強化する聖遺物を使っていたらしく、ドローンのようなバカみたいな速度は出ないためまだマタイサ国内にいると思われるとのことだ。追跡できなくなったのは昨夜で、場所はムーテル領のムテーラン直前。
実家あたりだ。偶然か?
それで俺たちの移動速度と索敵スキルを頼って、王宮から指名依頼らしいのだが。
それを聞いて、率直に思った言葉が口から出た。
「騎士団はなにしてるんですか? 彼らの仕事でしょう」
「……正直、人手が足りてないらしいのよ。王宮襲撃のときに騎士団の半数が大怪我をしてね。魔術で傷はかなり治ったらしいんだけど、まだほとんど動けない状況らしいの」
「でも、国境には〝閃光の騎士〟がいるんですよね?」
「真っすぐ突破しようとしてくれたら、そりゃあ止められる可能性は高いわ。彼の部隊は優秀だから」
「なら――」
「それは敵もわかってるはずなのよ。だから、正攻法で来るとは思えないわ」
困ったように説明するターニャ。
「相手もバカじゃないわ。同時に攻めても騎士団最強とも言われる彼の部隊を突破できない可能性がある。だから敵は第一騎士団が相手だと知ると、すぐに作戦を変えたわ。陛下の予想では、先にハーニィ王女のほうをぶつけて、情報を得てから本命で突破するつもりだと。あるいは馬を捨てて森を進んで、こっそりと国境を越えるか」
「……それは、確かに理にかなってますが」
マグー帝国は一人でもいいから王族を連れ去りたいだろう。ここまでやって失敗、じゃ済まされないからな。
価値が高いのは紛れもなく継承権第三位のグリル王子だ。作戦を成功させるためにもう片方は犠牲にするつもりだろう。
「逆にいうと、潜伏してるいまがこっちのチャンスなの。敵は分散してるし不意を打てる。でもそれをできる実力者で、すぐにムーテル領まで動けるひとがいなくて困ってるらしいの。馬では到底間に合わないし、陛下の護衛もあるからまさかカーデル閣下が直接出向くわけにもいかないし」
「なるほど。事情は理解しました」
「私もこんな連続で指名依頼を受けたくなかったんだけど、相手は王家だし、かなり下手に出てきて懇願されたから拒否するわけにもいかなくて。ルルクくん、怒ってる……よね?」
ターニャが申し訳なさそうに言った。
「そりゃ怒ってますよ」
俺はマタイサ国民だが、それ以上に冒険者だ。
断りづらい指名依頼を受けるのは、たまになら仕方ないことだと思ってる。でもそれが二日連続となると話は変わってくる。これではまるで王家が冒険者を使い潰そうとしているようなものだ。
ギルドもそれをわかってて受けたから、ターニャもギルドマスターも申し訳なさそうにしている。強制力があり危機の際に発令できる緊急クエストは、同じ案件で何度も使えない。だから今度は指名依頼として出さざるを得なかった。
本来、国家に属さないギルドなら、受けないという選択肢も取れただろう。
だがギルドマスターがこの国で活躍したSSランク冒険者で、宮廷魔術士のパーティメンバーだ。断るに断れなかったのは、その立場のせいだろう。
「本来ならギルドが断るべきだったのでは?」
「わかってる……ごめん。もちろん、受けなくても何のデメリットもないようにギルドも全力でサポートするわ。ルルクくんたちに国の干渉が少しでもあったら、威信にかけて抗議する。だからごめんなさい」
泣きそうになりながら謝るターニャ。
俺はため息をつきながら、
「いえ、ターニャさんを責めてるわけじゃないですよ。自由だから冒険者でいるのに、冒険者でいることで縛られたのは初めてですから。……まあ、三度目はないことを伝えてくれれば、受けましょう」
「ごめんね。ありがとうルルクくん」
「謝らないで下さい。むしろターニャさんこそ俺の担当になってるばっかりに、イヤな役回りをさせてすみません。いつものお礼も兼ねてご馳走するので、あとで美味しいものでも食べましょう。ママレド様も誘って教師チームでね」
「うん、ありがとね……ああでも、ちょっとわかった気がする」
目じりに涙を受かべて、薄く微笑むターニャ。
「なにがですか?」
「ルルクくんがモテる理由」
「え? なんでですか」
「じゃあ私は受付業務があるので失礼するわね。ギルドマスター、あとはお任せします」
「うむ」
ターニャは俺の質問をスルーして、防音室を出ていった。
代わりに話し始めたのはダイナソーマン。
ターニャにああ言ったけど、王族を守ることが俺の実家を守ることにも繋がることはわかっている。父やガウイはどうでもいいけど、リリスやリーナのためにも手を抜く気はない。
「では説明する。今回【王の未来】に与えられる任務は――」
今度は俺たちパーティメンバー全員で、特殊クエストに挑むのだった。
ムーテル領は、マタイサ王国の北西部に位置する。
北側には巨大な山脈がそびえ立ち、凍える山々がマグー帝国と領土を分断している。西にはテールズ伯爵領があり、その向こうはすぐストアニア王国だ。
東隣にはパンツクール辺境伯領がある。
辺境伯領というだけあり、広大な未開の地であるマタイサ王国の北東部分をかなり占めている。少しずつ開拓しているものの、魔境と呼ばれる辺境伯領では、山脈から強い魔物がどんどん降りてくるらしい。
そのため魔物との戦いを日々広げているのがパンツクール領の特徴だ。土地柄、強い冒険者もたくさんいるし魔物資源が豊富だ。
辺境伯領にはムーテル領からも定期的に援助をしている。
穀物類の食料支援、クエスト依頼での冒険者や傭兵の派遣、領兵団の遠征など少なくない手助けを辺境伯領に提供している。その見返りとして魔物素材を譲ってもらっているようだ。
そんな関係ゆえ、ムーテル公爵とパンツクール辺境伯の仲はすこぶる良い。王都の社交会では田舎者仲間と揶揄されているみたいだが、実際、田舎領主同士でかなり結託している。
そんな関係ゆえムーテル家の屋敷にも、昔から辺境伯の長女――コネル嬢が何度も遊びに来ていた。
コネルは一年に数回は必ず訪れていたと思う。リリスと同い年だということもあり、親も娘同士も意気投合していたようだ。
コネルはかなり賢かった。なるべく顔を合わせないようにしていたけど、さすがに辺境伯は俺の存在を生まれたときから知っていたし、コネルも最初は俺に興味があるようだった。
数回顔を合わせた記憶だと、リリスのことを熱の籠った目で見るちょっと百合百合しい子だな、というのが彼女の印象だ。
兎に角、ムーテル領は左右をそんなふたつの領地に接しているため、東と西ではかなり雰囲気も違う。
領都ムーテランはダンジョンがあるから西の端にあるが、周囲は穀物地帯だ。魔物もほとんど出ないし平和なものだ。しかし東側の辺境伯領付近では、森のなかは魑魅魍魎で溢れている。
「敵が潜んでるとしたら、国境との距離的にも西側だろうけど……まずはムーテランだな」
今回はメープル救出作戦のときより厄介だ。
なんせルニー商会が見失った相手を探すんだ。エルニネールがいなければ、おそらく断っていた。
「『全探査』」
ルニー商会の情報収集方法は知らないが、おそらく上級か王級スキルの探知術を使っているはずだ。
敵もまさか禁術クラスの隠蔽術で防いでるとは思えないから、エルニの探査なら見逃さないだろう。もしそうだったら、俺たちじゃお手上げだ。
ただグリル王子に会ったことがないエルニは、個人の特定はできない。探してるのは隠蔽術で隠れている相手か、あるいは陰鬼族のような特殊種族だ。
「それっぽいのはいたか?」
「にんげんだけ」
「隠蔽術式で隠れてるやつは?」
「いない」
「だよなぁ。次はどうするか……本命は西側かな?」
俺は腕組みをしながら考える。
ルニー商会が見失った相手。見つけるのはそう簡単じゃないと思うが……。
「ここがルルクの地元か~」
次の計画を練っていると、キョロキョロと周囲を見回していたのはサーヤ。
俺たちがいるのは西街にある公園だ。ちらほらと散歩や遊んでいる家族を見るけど、記憶にあるとおり人口は少ない。広々とした公園だ。
「ねえ、あの大きなお屋敷がルルクの実家?」
「ん? そうだけど」
「お父様は王都だっけ? 他の家族は?」
「いまは実家には誰もいない。いま領主代理は子飼いの子爵家に任せてるって言ってたし」
「そっか。挨拶できると思ったんだけどな~」
「しなくていいから」
というか、父がいても家に寄る気はない。
俺はあくまで冒険者だ。帰省のために戻ってきたわけじゃない。
「あるじのおうち……」
「セオリー気になるです?」
「愚問。我が主が世に降臨した場所……つまり、聖地!」
俺の家に向かって決めポーズをとるセオリー。
わかってるじゃないか。そうだ、ここが俺たちの聖地だ! つまりこれは聖地巡礼の旅!
セオリーに同調したら、ナギが呆れた。
「いますぐ聖教国に行って、本物の聖地に謝るです」
「聖地違いだからいいんだよ」
「……聖地って、他に意味あるです?」
「知らないのか。オタク文化に理解がないやつめ」
「そうよナギ。あっちも聖地だけど、こっちも聖地でいいの」
「……意味わからんです」
納得のいかなそうな顔をしていた。
「ま、冗談はほどほどにしておこう。もう夕暮れだし、今夜にでも国境で誘拐犯と騎士団がぶつかるらしいからな。エルニ、次の街に頼めるか?」
「ん。『ミーティア』」
俺たちの体が上空まで飛び上がり、魔力の導線に従って西へと上空を移動し始める。
カーデルが使ってた移動術式だ。エルニにこういう移動法があると教えたら、数日で取得していた。
エルニいわく『ミーティア』は水風複合の王級術で、気圧を一定に保つ防風壁で小さな箱のようなものをつくり、それを極薄のウォーターボールで包み込んで飛ばす、という原理らしい。自分たちを魔術の中に入れて飛ばすという発想には、かなり驚いた。
中にいる俺たちが重力を感じないのは水魔術の特性が影響しているらしい。
水魔術は質量がかなりあるのに、なぜか初級魔術でも飛ばす時に重力に影響を受けない。エルニ曰く、水魔術は他の術式と違って大きな質量を生み出してそこに特性を付与できるため、その過程で術式以外の要素による対外干渉をほぼカットしてしまうらしい。
簡単に言うと、水魔術の術式の内側は重力変化しない。それを応用したのがこの移動魔術だ。
もちろん無属性の魔力を先行させる、風の箱をつくる、極薄のウォーターボールを維持する、とみっつの繊細な操作を同時にしなければならないから、使いこなすにもかなりの練度がいるみたいだが。
「あるじぃ~」
「はいはい。掴まっとけ」
透明な箱で空を飛んでるから、ビビりのセオリーが俺にしがみついている。
俺はセオリーの頭を撫でながら『虚構之瞳』で周囲を索敵している。新幹線並みのスピードが出てるので、正直焼け石に水くらいの範囲しか探れないけどな。
「次の街は、たしかラスクだったな」
「ん」
俺とエルニが初めて出会った街だ。
王都と同じく川沿いに作られている街だが、かなり小規模。とはいえ交易で栄えているから色んなもので溢れ返っている。
三十分もしないうちにラスクの街に辿り着いた俺たち。門の前に降り立ち、驚く兵士に冒険者カードを掲げて中に入れてもらう。
「『全探査』……いない」
「よし、次だな。このまま北西の街道を進んで、国境の近くにある村にいこう」
「ん。『ミーティア』」
詳しく説明しなくても、五年前にエルニとロズと通ったルートだ。
エルニも憶えているのか、なんの迷いもなく移動を開始した。
しかし道中にも、国境手前の村にも誰かが隠れているような痕跡はなかった。このままだと、ララハインとSランク冒険者二組が待ち構えている国境に着くぞ。
ひとまず俺たちは、婆ちゃんが受付している小屋のようなギルドの前で作戦会議。
ジロジロ見てくる村人たちの視線は無視しておく。
「森のなかは?」
「いない」
「ルルク、ハーニィ殿下も見当たらないのはおかしいんじゃない? このルートしかストアニアに向かう道はないんでしょ?」
確かにそうだ。ここまで見かけてない。
もしかしたら、想定より移動が速いのかもしれないな。
「どうするかな。国境まで行って騎士団と情報交換するか、それともルニー商会に一度行って最新情報を貰ってくるか」
「その必要はございません」
と、さも当然のように姿を現したエリアマネージャーのペンタン。
かなり真剣な表情で言った。
「ルルク様。まことに恐縮ですが、王宮からの指名クエストはこれにて終了となります」
「え? 理由は聞いても?」
「さきほど、予想より早くハーニィ殿下を連れ去った誘拐犯が国境に辿り着き、戦闘を開始しました。ララハイン様とSランク冒険者たちが応戦し、無事にハーニィ殿下を保護。敵を捕縛しました。その敵の尋問を行ったところ、グリル殿下を殺害したという旨を供述しておりました。我々も裏付けをおこない、その供述を真実として認めました」
「えっ」
まさか、殺害?
ここまで苦労して連れてきて、追い詰められた訳でもなく殺すなんて想像もしてなかった。
ペンタンも怒りと困惑が混じったような声で、言葉を続けた。
「【王の未来】の皆様には申し訳ございませんが、これにてクエストが終了となります。グリル殿下は昨夜にお亡くなりになっていたので、成功扱いとさせて通常通りの報酬受給になります。このたびは、的確な情報提供をできず大変申し訳ございませんでした」
「い、いえ頭を上げて下さい。さすがにこの展開は誰も予想できなかったでしょう。最初からマグー帝国の狙いが殿下の暗殺なら、そもそも王宮内でできたはずですし」
何が狙いなんだろう。
考えてもわからなさそうだが、第三王子を殺されたというのはかなり衝撃的な事実だ。
「……本格的に、戦争になるかもしれないな」
つい思考が声に漏れた。
ペンタンは、俺の言葉に首を振った。
「残念ながら、すでに始まっております」
「え?」
「カテドラ山脈の麓からストアニア王国に向けて、多数の魔物を引きつれた帝国軍が出立しました。明日の夜にも、魔物軍はカテドラ山脈を抜けて国境付近に到着する予定です。どうやらマグー帝国は、およそ千年前のストアニア戦争と同じことを、また起こすつもりのようですね」




