救国編・5『陰鬼族』
「王女殿下、こちらどうぞ。食べて下さい」
「ひゃっ」
まさかのダイナミック自殺で、街道が滅茶苦茶になってしまった。
死体も残らないほど無残に爆散したので、後処理は楽だった。
ひとまず周囲を片付けて、馬車くらいは通れるように『錬成』で道を均しておく。ドローンのような聖遺物は残骸になっていたが、一応、アイテムボックスに収納しておいた。
そうこうしているうちにガウイもメープルも落ち着いたようで、メープルの腹の虫が可愛く鳴った。さすがに丸一日拘束されていたからコンディションも悪そうだ。
アイテムボックスから栄養ドリンクと軽食を取り出して渡そうとしたら、メープルはガウイの後ろに隠れてしまった。
「メープル様、安心してください。こいつは生意気ですが、毒を盛るような度胸はありません」
ガウイがにっこり笑いながら俺をディスった。
言い返してやろうかと思ったが、メープルが怯えているのでやめておく。無垢な幼女を盾にするなんて、なんてひどいやつだ。
俺は食べ物をガウイに押し付ける。
「ほらよ」
「ではオレが毒見を……このとおり、平気です」
「な、ならわたくしも……」
ガウイから食事を受け取ると、慎重に食べ始めたメープル。小動物みたいに一口が小さいので、一生懸命食べている。
その姿を眺めながらガウイは、
「……ルルク、今回ばかりは助かったぜ」
「えっ!? 腹でも壊した? 雪でも降る?」
「騎士としての礼だよ! 誰がおまえなんかに個人的に礼を言うもんか!」
「鎧も粉々なのに騎士? なるほど裸の騎士様だな」
「壊したのおまえだろ!」
「爆発で背中ボロボロだったじゃん」
「いや前側と下半身はあそこまで壊れてなかったよな?」
ガウイが指さしたのは、修復不可能にまで砕かれた全身分の鎧。
たしかに、アレは俺が砕いたけども。
「だって脱がす時めんどくさかったし」
「父上の特注だぞ! いくらすると思ってんだよ」
「そうは言っても急いでたんだ。命には代えられないだろ?」
「おまえなら簡単に脱がせただろ。それとも神秘術ってのは壊すだけしか能がないのか」
「バカ野郎。本気出せば一瞬で無傷で脱がせた!」
「じゃあなんで壊したんだよ!」
「壊れた鎧から出てくるガウイが面白そうだったから」
「クソモヤシ!」
耳元で叫びやがる。まったく五月蠅いガウイだぜ。
俺たちが口喧嘩していると、
「冒険者さまがた、あらためてお礼をもうしあげますわ」
腹も膨れて気品を取り戻したメープルが、フリフリのスカートをつまんで会釈した。寝てる時に攫われたから寝間着だろうに、めちゃくちゃ高そうな服だな。
「わたくしを救っていただいたこと、感謝します。お礼はのちほどいたしますわ」
「恐縮です」
「わーいお礼だー」
「ではガウイ、王城までエスコートするですの。そもそもここはどこですの?」
不安そうにガウイの手を握ったメープル。
「ここはバルギア竜公国です。しかしご安心をメープル様。こちらにいる性悪冒険者ルルクが、あっという間に王都へ連れて帰ってくれ――」
ます。
ガウイがそう言いかけた瞬間、俺はとっさにガウイとメープルを掴んで数百メートル転移した。
「は?」
「え?」
「ふたりは俺の後ろに」
不意打ちだった。
さっきまで俺たちがいた場所に、大規模な魔術が撃ちこまれていたのだ。
地面が沈むほどの不可視の力がかかっている。景色が歪むほどの重力魔術だ。
ルナルナはとっさに避けられず、その場で膝をついて耐えている。超高重力圏なのに倒れていないのは、さすが天使族というべきか。
「……天使……死ね……」
街道の向こうからゆっくり歩いてくるのは、少年だった。
陰気そうな暗い表情で、二本の角が生えたショタ。
耳はエルフより鋭く、ボロボロの布のような服を申し訳程度に羽織っている。
――――――――――
【名前】 ザフト
【レベル】 99
【種族】 陰鬼族
――――――――――
またレベルカンストのレア種族か!
少年――陰鬼族のザフトは暗い笑みを浮かべながら、歯を食いしばって耐えているルナルナを眺めて言った。
「……任務失敗……王女は殺す……天使、もっと殺す」
「ぬぎぎぎ! おまえこそ、殺す!」
ルナルナの足先から、光が放たれた。
次の瞬間、ルナルナは光そのものとなって重力圏を抜け、背後からザフトに蹴りを叩き込んでいた。
あ! あれはまさに〝光の速さで蹴られたことあるかいキック〟だ!
だがザフトは、振り返ってその蹴りを片手で受け止めていた。
「……所詮、光神の奴隷……」
「闇神の使いっぱしりに言われたくない! べーっ!」
光と闇が、激突した。
こいつもマグー帝国の手先だろう。
超高速で動くルナルナと、じっと立ったまま迎撃するザフト。
両者はほぼ互角なのか、同じくらいの傷を負っていた。光と闇という対立している属性神の眷属なんだろう。竜種と魔族のように憎しみを隠そうともせず、本気でぶつかり合っていた。
ザフトが現れたタイミングは誘拐野郎を援護するには遅く、別動隊というには早かった。おそらく別の場所にいたけど長距離移動スキルでやってきたんだろう。
誘拐に失敗したので、今度は殺すために。
しかしよくもまあ次々と戦力を放り込んでくることができるな。しかも天使族の対極にいるという希少な種族まで使って。
いかにマグー帝国が今回の作戦に本気かわかる。
「お、おいルルク。あいつ大丈夫なのか」
「いまのとこは互角だな」
ルナルナはいつもの笑顔ではなく、睨みつけるようにザフトを攻撃している。
ガウイが心配するのも無理はない。彼女の額は割れて血が流れ、片腕は変な方向に曲がっている。対するザフトも胸から血を流し、肋骨が何本か折れているようだ。
だがふたりとも致命傷ではない。
そもそも両者ともに核がある、有核種族だ。
それゆえ二人とも、核さえ守れていれば気にしない戦い方だった。一撃必殺を狙うルナルナに対し、陰湿な攻撃と防御で体力を削っていくザフト。
戦い方は正反対だが、どっちも決定打を打てていない。
「しっ!」
ルナルナがレーザービームを撃つが、ザフトの手のひらで光が歪み、後ろの森へと逸れていく。
出力はルナルナに分がある。だが遠距離攻撃は当たらないうえに、ザフトの周囲はデバフ罠だらけだ。近づけば毒や鈍化、石化などどこでかかるかわからない。
状態異常前提で何度か突撃したルナルナは、数発重いのを食らわせたものの、毒やカウンターを食らってかなりフラフラになっている。
「陰鬼族か……かなり強いな」
「オレはさっぱり見えねぇよ」
お手上げ状態のガウイはともかく、その後ろにいるメープルに手を出させるわけにはいかない。ルナルナが勝てば俺もここを動かなくて済むから、このまま任せたいものだったが。
「そろそろ倒れろーっ!」
「……そっちこそ、死ね……!」
何度目かのラインパルサーを発動したルナルナ。
一瞬でザフトの後ろに移動したが、魔力の動きで読まれている。
振り抜かれたザフトの拳がルナルナの胴体にめり込んだ――と同時に、ルナルナの全身が閃光弾のように光る。
とっさに目を閉じたザフトに、手のひらから生まれたビームサーベルが突き刺さる。
しかし急所は避けられている。肩を貫通した光の剣をザフトが握ると、剣が真っ黒に染まっていく。そのままルナルナの腕まで侵食していく闇。
「うがあああ!」
ルナルナは吠えながら、黒く染まった拳でザフトの顔面を殴り飛ばした。
もの凄い勢いで飛んでいき、地面を跳ねて転がるザフト。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
「……はあ、はあ……」
両者とも全身ボロボロ。
ふたたび距離をとって睨み合った。
決着は近い。
「やい、陰鬼族!」
ルナルナは、黒ずんだ右腕をダラリと下げたまま、左手でザフトを指した。
いままで憎しみしかなかった表情に、ニッと笑みを浮かべていた。
「……なんだ、天使族……」
「ルナルナ、次でラスト! 全力で決める!」
「……それが、どうした……」
「そっちも全力でこい! 勝っても負けても、うらみっこなしだぞ!」
「……バカか、おまえ……」
ザフトは呆れながらも、小さく笑った。
「……まあ、いい……乗ってやる」
「うっし! じゃあ、いくよー!」
ルナルナが下半身に全力の力を籠めた。
ザフトが魔力を最大まで練った。
訪れたのは刹那の静寂。
「るああああ!」
ルナルナが最高速度で跳び、拳が輝きながらまっすぐ軌跡を描いた。
その拳は、手をかざそうとしたザフトの胴体を貫いていた。
「……く、そ……」
崩れ落ちるザフト。
肩で息をしたルナルナは倒れるザフトを見下ろしてから、ガッツポーズを掲げて叫んだ。
「勝った……勝った! 勝ったよ! ルナルナさん大! 勝! 利――」
ズブリ。
雄たけびを上げているルナルナの背中に、ナイフが刺さっていた。
それは寸分の狂いもなく体の中心を貫いていた。
目から力を失ったルナルナは、ガクリと力を失って倒れてしまう。
その後ろにいたのは、影からずるりと這い出てきたザフトだった。
かつて上位魔族スカトが使っていた影潜みのスキルと同じものだ。さっき倒されたのは、分身体だったようだ。
「……くくく、くくくくく! あははははは!」
ザフトは嬌声をあげた。
憎き天使族に一泡吹かせたことを、悦に感じているようだった。
「……バカだ! 本当にバカなやつだ! 貴様なんぞと馬鹿正直に殴り合う必要なんてないんだ! 単細胞の天使にはお似合いの最期……くくく、本当に哀れなやつだな。だがこれで天使がひとり減った……つまりオレたちの仲間がひとり生まれたってこと……くくく、闇神様よ。光と闇の戦争が久しぶりに大きく動きましたよ……くくく、くくくくく……ふぅ。かなり傷は負ったが、まあいい。あとは残りのザコを始末して帝王の命令を――――え?」
頬が裂けそうなほど笑いながら、こっちを振り返って硬直したザフト。
それもそのはず。
俺が片腕でかついでいるのは、気を失ったルナルナだったから。
「……は?」
「ルナルナ、よくがんばった」
同じレベルの宿敵に、まっすぐ怯むことなく突き進んだ。
憎い相手だったはずだが、最後は正面から宣言して全力でぶつかろうとした。それは生き残るための戦い方としては赤点だけど、戦士としては尊敬できる振舞だった。
対してザフトの戦い方は、勝つための戦いとしては満点だっただろう。それを責めることはできない。
だが。
「……おまえ、笑ったよな?」
全力を尽くした相手を、背中から刺して笑いやがった。
こいつは敬意を表した相手に、よりにもよって唾を吐きかけたのだ。
「な、なんで……そいつが……」
俺は返事の代わりに、視線をズラす。
その先に倒れていたのは、ザフトが刺して崩れたルナルナ。――が、粒子となって消えた。
「なんで……確かに、手ごたえは……」
「おまえも同じことしただろ?」
「……バカな……影分身は闇魔術……魔力もないやつに使えるわけが……」
「複製術式は、魔術の特権じゃねぇよ」
むしろ属性体のモドキよりも、精密なものが作れる。
それが神秘術の置換法初級術式――転写だ。
初級術式ゆえ効果時間はわずか数秒。だが、練度が高ければ高いほど転写体の精度は増す。
俺が作った転写体はほぼ本物と見分けがつかない。
「ルナルナとおまえの決闘はおまえの勝ちだ。でもな、よく聞け陰鬼族」
俺はルナルナを抱えたまま術式を展開。
ザフトには見えないだろうが、決闘の勝者に免じてゆっくりと、丁寧に、見えれば誰でも避けられるように霊素の順路を作成してく。
「俺は、俺の友達を笑うやつは許さない」
「……ザ、ザコがなにを……そいつ抱えて、勝てるとでも――」
「光球錬成」
光は粒子であり、波である。
神秘術が唯一属性物に干渉できる方法は、錬成による状態変化だけだ……そう思っていた。いままで形のない属性は俺の術式では操れなかったし、ロズもそれは不可能だと言っていた。
でも、そんなことはなかった。
属性物も、もとを辿れば素粒子や量子だ。つまり、単なる物質。
マクロの集合体として干渉できるのは魔力だけかもしれないが、ミクロの世界まで干渉すれば神秘術にも操れる。俺自身がラインパルサーで光の属性体に変化させられたことで、ハッキリと実感できた。
いまなら俺は属性物も操れると、確信した。
そもそもよく考えたら、最初からヒントはあったのだ。ロズの『森羅万象』でロズは雷に変化していたんだ。あれは紛れもなく神秘術スキル。
それに、俺の裂弾も空気を情報強化したものだ。これも考えてみれば風属性体。
思い込みが、ずっと俺の視野を狭めていた。
「情報強化」
光球を強化する。
そしてロズの技のように、霊素を並べて順路を作成。
俺の目の前につくりだしたその光球を、あとは撃つだけだ。
「喰らえ――『光弾』」
パチン、と指を弾いた。
裂弾のような座標攻撃ではなく、自由に設定した軌道上すべてを貫いて奔る光の弾丸。空気抵抗で減衰することもない、俺の見える範囲どこへでも届く貫通攻撃だった。
そして当然、光速で動く弾丸を避けられるはずもなく。
光弾は、ザフトの額を貫いた。
そのまま絶命し、あっけなく倒れた陰鬼族。
「す……すげぇ」
「ガウイ! どうなったですの! 見えないですの!」
呆気にとられるガウイと、ガウイに目隠しされて喚くメープル。
さすが近衛騎士。教育的配慮もちゃんとしてるじゃねえか。
ひとまず俺はルナルナの体を横たえて、すぐに治療するのだった。




