救国編・4『証人はSランク冒険者』
召喚法という技法がある。
字の通り、対象物を手元に召喚する術式だ。
召喚法は通常の時間や空間には干渉せず、対象をもともと手元にあったことにして世界を書き換える。その時の事象の差異で、多少別のものが動いたりズレたりする。
ロズはこれを次元的修復と呼んでいた。
じつはこの性質を利用した術式が、エルフたち独自の精霊召喚『瞬』『恵』『重』だ。
精霊召喚を使うとき、霊素に明確な役割を与えて準精霊を作り出すことが多い。準精霊が自意識を持ったら精霊になるが、そうなると逆に戦闘では使い勝手が悪い。ゆえに準精霊の状態で止めて使用するのが鉄則だった。
『瞬』は加速。
『恵』は精度上昇。
『重』は重量化。
俺は召喚法が苦手だったから、そのやり方も独学ではサッパリわからなかった。
だがこの半年間で、カルマーリキに教わって憶えていた。
じつはこの術式、準精霊たちにわざと真逆の役割を付与して対象に干渉することで、次元的修復を起こさせるのだ。その時に生じた世界への干渉力をもってして、加速や精度上昇を起こすのである。
例えば『瞬』で精霊に使うのは減速の命令だ。
減速の性質を持った精霊を剣に宿しても、剣自体は召喚法の対象外のため効果付与の影響を受けない。しかしこの時、準精霊が本来持っていた速度を取り戻そうとして、準精霊の周辺――つまり剣に影響が出てしまう。つまり、準精霊に生じた次元的修復が剣を加速させるのだ。
とまあ、このようにかなり簡潔に言ってもかなり難しい理論なので、エルフ以外に使える人はほとんどいないらしい。
俺は使いこなすようになれたから、このおかげで竜王とのガチゲンカもかなり楽になった。三つの技法しかない神秘術にとって、バフ術式はこれしかないからな。カルマーリキには感謝だ。
兎に角、俺にはエルフ式精霊召喚が使える。
その理論ももちろんバッチリだから、こんなこともできるのだ。
「精霊召喚――『鈍』」
時速百キロほどで迫ってくるドローン型聖遺物に、精霊術式を展開。
その瞬間、みるみるドローンが遅くなっていく。まるで鈍化の状態異常のようだ。いうまでもなく『瞬』とは逆の術式を使ったのだ。
ちなみにカルマーリキにこのアレンジ術を見せたら、めちゃくちゃ驚いて求婚してきた。
「スピード緩めやがったぞ! チャンスだ! うおおおお!」
ガウイが雄たけびを上げながら誘拐犯に向かっていく。
浮遊する聖遺物はコックピットが丸見えなので、中にいる男が焦ったような表情で扉を跳ね上げるのが見えた。後ろで縛られた子ども――メープル王女殿下が涙目になっている。
「こんなときに故障しやがって!」
男は上半身を外に出すと、舌打ちしながら腰の後ろに手を回した。黒装束に身を包んでいるから、夜だと少し見えづらい。
ちなみにレベル84というSランク冒険者並みの高レベル。昼間にママレドを襲ったナントカくん……たしかビスケットくんよりも強いかもしれない。
当然、ガウイが敵う相手ではない。
「かかってこい! オレが相手に――」
「ガウイ邪魔」
「ぶけっ」
横から蹴ったら、顔面から地面に突っ込んで転んでいた。
その直後、ガウイの頭部があった場所を毒針が通り過ぎていった。なるほど暗器使いか。
「ちっ、運のいいやつめ! だが轢き殺す!」
足でハンドルを操作しながら、車体ごと俺たちに突っ込んでくる。
このままぶつかっても俺は無傷だろうが、減速したとはいえまだまだ速い。衝撃で後部座席にいるメープルは大怪我するだろう。
しかたない。
「よっと」
後ろに跳びながら、ドローンの車体を手で受け止めた。
そのまま無理やり腕力で押さえ込む。三歩ほど後ろに跳んで、完全に停止させた。
「な、なんだと!?」
「ルルクすごーい!」
「これくらい誰かさんのパンチに比べたら遅いからね」
「ちっ!」
舌打ちが聞こえて、至近距離から毒針やナイフが飛んでくる。
たいした脅威ではないけど、一応避けておいた。しかしそれを読んでいたのか、いつのまにか背後に回り込んでいた誘拐犯の男。おそらく本業は暗殺者なんだろう。足運びが独特だ。
そのまま毒塗りの短剣を突き出してきたので、それより早く暗殺者の胴体を蹴り飛ばした。
うめき声をあげながら、十メートルほど飛んで地面を転がった。
「ぐ、ぞ……」
さすが高レベル、耐久力もあるようだ。血を吐きながらも、すぐに起き上がろうとしていた。
とはいえすぐには動けないだろう。
「メープル様、ご無事ですか?」
「ん~!」
すぐに浮いている車体から降ろしてやる。
メープルは猿ぐつわを嚙まされてロープで縛られていた。すぐに外してやろうとしたら明らかに怖がっていた。
「安心してください。ガウイも来てますよ!」
「っ!」
「おいガウイ、なにそこで寝てるんだよ。仕事しろ仕事」
「て、てめぇ後で覚えておけよ」
鼻血を垂らしながら、俺を睨んできたガウイ。
しかし縛られたメープルを見た瞬間、すぐに駆け寄ってきた。
「姫様! お怪我はありませんか!」
「ぷわっ! が、がうい~っ!」
「よしよし。もうご安心を姫様。ご無事でなによりです」
拘束が解かれたら、ガウイに飛びついて泣き出すメープル。
王女様といえどまだまだ幼い子どもだな。
「ルナルナの出番がなかった~」
「あ、ごめんごめん」
「む~……あとでもっかい遊んでくれたらいいよ」
「わかったよ」
「わーい! ルルク強いからすきー!」
不満そうだったルナルナも、手合わせする約束で納得したようだった。
とまあ、まだ油断は禁物だ。
「ガウイはメープル様を見てて。俺はあいつを尋問してくる」
「ルナルナもやるー! ごうもん♪ ごうもん♪」
上機嫌なルナルナを連れて、フラフラと立ち上がった男のすぐ正面にくる。
『言霊』を使えばすぐ自白はさせられるけど、隣のルナルナがやる気満々だ。脅しは任せよう。
「さて、誘拐犯さん。これから君たちの雇い主を教えてもらうつもりだけど、準備はいいか?」
「黙れガキ! 『ダーク――」
「えいっ! あ、いまのは『ライトサーベル』だよ!」
「ぐわあああ!」
魔術を使おうとした男の腕を、光の剣で斬り落としたルナルナ。かなりの高温だったのか、断面が火傷して血すら出てない。あと技の説明しなくてもいいよ。
腕を押さえながら膝をついた男は、そのまま俺たちを睨み殺さんばかりの視線で見上げてくる。
まあ、いきなり腕切断は俺もドン引きしてるからな……された方はたまったもんじゃないだろう。
「き、貴様らなんぞに……」
「もう一回聞くぞ誘拐犯さん。マグー帝国の誰に依頼されて、こんな大層なことをしたのかな? 協力者は?」
「……答えると思うか」
「そうか。ルナルナ」
「えいっ」
「んぐぅっ!」
つぎは左足。
ボトリと落ちた自分の足を見て、歯を食いしばりながら目を閉じた男だったが、今度は叫び声はあげなかった。口を割る気もないみたいだし、大した胆力だ。
「ほら、言わないと手も足もぜんぶなくなっちゃうぞ」
俺はきわめて冷淡に言う。
正直こういう方法にはあまり乗り気じゃないけど、『冷静沈着』のおかげで心が大きく乱れることはない。ルナルナの技なら切断と同時に止血もされているので、最悪の場合でも出血で死ぬことはない。
それに、どうせ連れ帰っても拷問が待ってるなら同じことだし、そもそもカーデルからルナルナの性格は聞いていた。こういう時にはルナルナが適切だと尋問の許可ももらっている。
だが相手はプロだった。痛みに堪えながらも、視線を伏せたまま。
「言わないねー。つぎは左手か右足、どっちがいいかなー」
「すぐに追い詰めるなよ。自死されたら面倒――」
そう言おうとした時だった。
男が、自分の服の下に向けて魔力を放った。猛烈にイヤな予感がしてとっさに透視してみたら、そこには。
「ダイナマイト!?」
この世界にあるはずのない物が、仕込まれてあった。
俺はとっさに振り返って叫ぶ。
「ガウイ伏せろ!」
「姫様っ!」
その瞬間、大爆発が起こった。
――――――――――
>『領域調停』が発動しました。
――――――――――
俺への衝撃はスキルが防いでくれた。
だが周囲はすべて吹き飛んでしまった。ダイナマイトを起爆した男は跡形もなくなっていたし、地面はクレーターのように凹んでいて、もうもうと土煙が立ち込めている。
「うぺぺ……いったーい」
俺のすぐそばで、ムクリと起き上がったのはルナルナ。
さすがにレベルカンスト勢、ところどころ血を流しているものの、大きな怪我はなさそうだった。とはいえ熱傷で皮膚が赤くなっているので、すぐにハイポーションを渡しておいた。
「ありがと! ってルルクは無傷かー。さすがだね~」
感心しながらゴクゴクとポーションを飲んだルナルナ。すぐに傷も全快していた。
俺とルナルナは問題ない。だが、ガウイは――
「ガウイ! ガウイ!」
土煙の向こうで、泣き叫ぶようなメープルの声が聞こえた。
俺とルナルナが駆けつけたら、そこには鎧の背中部分が粉々に砕けて全身血まみれになったガウイと、力を失ったガウイの手を握りしめるメープルがいたのだった。
「死なないで! おねがいガウイ!」
土煙が晴れて月明かりが降り注ぐ街道に、幼い王女の叫びが響き渡るのだった。
■ ■ ■ ■ ■
「ガウイ伏せろ!」
ルルクが叫んだ瞬間、ガウイはとっさにメープルの体を抱えていた。
昔からルルクのことが嫌いだった。
幼い頃から、子どもらしからぬ生意気な弟のことが気に喰わなかった。
正直、嫉妬もあった。リリスの誘拐事件のとき、自分より弱いと思っていたはずの弟が自分よりはるか先にいたことに気づいたからだ。
もちろんリリスに好かれているのも嫌いな理由だった。だけど、ガウイは少しだけわかる気もしていた。
ルルクは慌てない。ルルクは必死にならない。いつも余裕そうな大人びた雰囲気で、ヴェルガナを相手しても冷静だった。スキルがあるから――そんな風に思ったこともあったけど、そもそも地頭の良さが違っていたのだ。ガウイはそれに気づいていた。
いまだ嫉妬もするし、ケンカ腰にもなる。
だからこそ、そんなルルクが慌てて叫んだ瞬間、ガウイは迷わずメープルを抱きかかえた。
その瞬間、経験したことのない衝撃が襲った。
メープルを抱えたまま、十数メートル吹き飛ばされたガウイ。腕の中の主人だけは絶対に傷つけてたまるものか、と意地でも体勢を維持したまま地面をバウンドして、倒れ伏した。
腰から下の感覚が消えていた。内臓が焼けるように熱い。
ぼんやりと意識が薄れていくなか、最後に涙を零すメープルがガウイの顔を覗き込んできたのを見て、ガウイはうっすらと笑った。
ああ、よかった。
ちゃんと守れたようだ。
そう安心したら意識を失ったのを、憶えている。
「ガウイ! ガウイ!」
揺さぶられて目を覚ましたガウイは、全身から痛みが消えているのがわかった。
だが目が霞む。息がしづらい。
もし血を失いすぎた時、つまり死ぬ直前は痛みも感覚も失うと聞いていた。
……ああ、そうか。
オレは死ぬのか。
ガウイはその時、自分が死ぬことを悟った。
「ガウイ、どうして……どうしてですの! どうしてそこまでして守ってくれるんですの!」
手を握って、ポロポロ泣いているメープル。
ガウイは声を擦れさせながら、彼女の頬に手を添えた。
「オレは……貴女の騎士です……ご無事で、なにより……」
「ちがうですの! そういうことを言ってるんじゃないですの!」
「違いませんよ……オレの忠義は、貴女の命のためにあります……」
「イヤですの! わたくしのためにガウイが死んでしまうなら、そんなものいりませんの!」
「ははは……メープル様は、わがままですね……」
「わがままですの! わがままなわたくしは、あなたの命のほうが大事ですの!」
寒くなってきた。
血を失いすぎた時は、凍えるようにも感じると聞いている。
ガウイは精一杯、言葉を絞りだした。
「メープル様……いいですか、これからはわがままをやめて、しっかり陛下や王妃様のいうことを聞くんですよ……」
「聞くですの! でも、でも、ガウイもいっしょですの!」
「はは……それは、また難しいことを……」
「許さないですの! これはおうぞく命令ですの! ガウイはこれからもずっと、わたくしと一緒にいなければなりませんの!」
「……そう、ですね」
ガウイは想像した。
これからもメープルに振り回される日々を。
毎日が平和で、けど退屈なんてしない、いつも通りの幸せな日々を。
ああ、なんだ。
オレは幸せだったんだな。
「約束ですの! これからもずっと一緒ですの! 死ぬまで、わたくしのそばにいてですの……っ!」
「……泣かないで下さい。ええ、約束です。オレはこらからも、ずっと、貴女をお守りします……ずっと、ずっと……」
「本当ですの? 嘘じゃありませんの……?」
「……はい。オレは、貴女だけのそばに、これからもずっと……」
せめて死んでも、彼女のそばで見守り続けよう。
これでメープルも、安心して見送ることができるだろう。
だからそんな泣き顔はやめてくれ。
オレは忠義を誓った近衛騎士だ。
最期に見る景色は、笑った主人の顔が一番いい。
そう、そんな感じの満面の笑みが。
満面の…………え? 満面の笑み?
「やったーですの! ついに! ガウイが結婚を約束してくれたですの!」
「おめでとうございますメープル殿下」
「おめでとー!」
拍手するルルクとルナルナ。
あれ?
ここは泣いて送り出す場面では?
「お、おいおまえら何を……」
「というかガウイ、いつまで寝てるんだ? もう傷は治ってるだろ」
「へ?」
明らかに死ぬレベルの衝撃だった。
現にこうして鎧の重さも感じず、寒くなっていて――
「ってなんでオレ下着だけになってんだ!?」
ガウイは自分の体を見て、驚愕した。
全身ボロボロになったはずなのに傷はなく、パンツとシャツだけになっている。
ルルクが空き瓶を振りながら、
「そりゃ傷治すのにハイポーションかけたからだよ。鎧と服は邪魔だったから取った」
「ハイポーションなんて常備してたのか!」
「そりゃ冒険者だからな」
考えてみればそうだ。
ハイポーションなんて高価なものは騎士団では持ち運ばない。というかそんなもの常備する資金はない。ハイリスクハイリターンな高ランク冒険者の習慣なんて、いまのいままで頭から抜け落ちていた。
……ってことは。
「オレ、死んでない……?」
「何をいまさら。もう無傷だよ」
「えっ」
ってことは、さっきの遺言的なのは……。
後ろを振り返ると、メープルが抱き着いてきた。
「キャー! ガウイが結婚してくれるですのー!」
「ちょっとまって下さい! さっきのは事故! 事故なんです!」
そもそもガウイは騎士だ。いくら公爵家の息子だとはいえ、王女様と結婚なんて陛下の王勅くらいの命令がなければ不可能。ガウイやメープルの一存でどうこうできるはずもない。
メープルもそれをわかっているはずなのに、ガウイに抱き着いて離れない。
「うふふ! ガウイ、わたくし子どもは五人ほしいですの! おおきな家をたてて、犬も飼いたいですの!」
「ちょっメープル様! 落ち着いて下さい! さっきのは――」
「むー! ガウイはウソをついたんですの? 騎士があるじにウソをついたんですの!?」
「い、いえそれは……」
ガウイは顔を引きつらせた。
「お、おいルルク、おまえからも何か――」
「メープル王女殿下。確かにガウイはメープル様の求婚を承諾しました。この俺がSランク冒険者として証人になりましょう!」
「ルナルナもー! なんかよくわからないけど、楽しそうだし証人になるー!」
「本当ですの? あなたたち、よい方々ですのね!」
盛り上がっているメープルたち。
ガウイは顔から血の気が引いた。どうしよう。これ、どうしよう……。
半ばパニックになっていると、ルルクが振り返ってニヤリとした。
「ふっ」
「てめぇ確信犯かよ! このクソモヤシがぁああああ!」
夜の街道に、ガウイの絶叫が木霊した。
どれだけ強くなろうと偉くなろうとも、やっぱりこいつは嫌いだと思った。




