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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅰ幕 【無貌の心臓】

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弟子編・4『お断りします』

 

「ディグレイ、あなたの息子を頂くわ。この子を私の弟子にする。いいわね?」


 神秘王――それは有史以前から何千年もの時を生きている孤高の存在。



 数多の伝承や物語に登場し、その全てで不老不死の存在として描かれ畏怖されている。

 魔術士としても凄腕のヴェルガナの師であり、王国騎士筆頭になったディグレイですら師事することを許されなかった相手。


 そんな彼女の言葉に、俺は迷わず答えた。


「お断りします」


「えっ」

「え」

「え!?」


 目が点になるロズ、ディグレイ、ヴェルガナ。

 まさか断られると思ってなかったのか、神秘王ロズが初めて動揺した。


「な、なななんでかしら。私の弟子よ? 神秘術の深淵に迫れるのよ?」

「俺の人生目標は神秘術を極めることじゃないです」


 そりゃあもちろん神秘術を使いこなせるのに越したことはない。


 でもさ、考えてみてくれよ。

 神秘術を極めたところで何を得られるんだろうな。いままでの生活で神秘術が役に立ったか?

 答えはノーだ。

 水も流せない技術をいくら極めたところで、う〇こは流れてくれないんだよォ!


 とまあ、さすがに神秘王に向かって下世話な現実を伝えるのは失礼というものだ。

 一応、別の理由を伝えておこう。


「俺には妹がいるんですけど、その妹と約束したんですよ。6年後までに立派な男になって自立するんだって。神秘術を研究するならそのあとが良いです」

「立派って……私の弟子ってだけで、世間では相当尊敬されるわよ? 評判も立場も立派なものじゃないかしら」

「それってロズさんの評判にあやかってるだけですよね。俺の実力関係ないですから」

「うっ」


 真理を突いてしまったのか、ぐうの音も出ないロズだった。


「もちろんロズさんの教えを乞うことは実力を上げる絶好の機会だとは思いますが、俺としては子ども時代の貴重な時間を無駄にはしたくないんですよ」

「……この子、ほんとに9歳なの?」


 ロズの顔がひきつっていた。


 まあ、ここまでは本音も本音だ。これから冒険者に向けて色々準備を進めなければならないし、レベルも上げなければならない。神秘術の修行だけしている場合じゃないのは確かだ。


 でも間違いなく、これは人生を変えるチャンスでもあるのだ。

 ということで言葉の方向性を変えてみる。

 もちろん、紳士的にね。


「ですが、こんなに美しいレディのお誘いを断るのも失礼というものです。それに本来なら俺が教えを乞う側の立場ですし、こんな機会は二度とないでしょう。なので俺からロズさんに、ひとつお願いがあります」

「お願い?」

「いまの俺の人生設計は、冒険者として自立して成功することです。もちろん自分の実力で、ですよ。だから弟子になることと同時に、冒険者としての生活を認めて欲しいんです。これはもちろん保護者として父上にもお願いすることになりますが、いかがでしょう?」


 そう言ってディグレイに顔を向けた。

 あまりの展開に呆けていたディグレイだったが、いきなり自分に話を振られて低く唸った。


「だが我がムーテル家の息子が忌み子だということを、世間に晒すわけにはいかん」

「冒険者に登録するとき、俺がムーテルの名前を付けなければいいのではないですか?」

「ううむ……たしかに家名がなければ平民だと思われるだろう。しかし、鑑定スキル持ち相手なら一発でバレてしまうのだぞ。聖魔術士は数は少ないとはいえ、冒険者であればどこかしらで出会うだろう」

「ああ、それがあったか。困りましたね」


 ロズから弟子入りを誘われた時点で、勝手に家出して冒険者になるプランはもう捨てた。

 でもこの問題を解決しない限りはディグレイも許可をくれない。


 それによく考えたら、勝手にやって迷惑をかける気なんてさらさらないのだ。リリスやリーナのためにも、俺のせいでムーテル家の評判を落とすことはできるだけ避けたい。


 うーん、と腕を組んで悩んでいると、ロズが投げやりになって言った。


「しょうがないわね。わかった、私が譲歩してあげるわ」

「解決策があるんですか?」

「これよ、これ」


 そう言ってロズは、膝の上に畳んであるローブを指す。


「これ、認識阻害の術式を組み込んだものなのよ。もちろん鑑定スキル持ちにも有効よ。このスキルを教えてあげるわ」


 そういえば最初に見たとき男か女かもわからなかった。小柄で高い声をしてても、性別に関してなぜか考えようとしなかったっけ。

 あのとき微かに感じた違和感はその効果の影響だったのか。


 でも活動中ずっとローブを着ているわけにはいかないだろう。

 それに気になることがひとつ。


「さすが先生! それであれば――」

「やはりお師匠様は――」


「でもさっきの感覚だと、認識阻害されてるっていう事実そのもの(・・・・・・)は隠せませんよね。鑑定系スキル相手だったら、阻害した事実が伝わりませんか?」


 手放しで褒めそうだったディグレイとヴェルガナの言葉を遮って、俺は念を押した。

 ロズは首を振った。


「これはね、特定の情報を上書きすることで認識を誤認させる【置換法】の術式なの。私の場合は〝意図的に隠蔽している〟から違和感があるだけで、やろうと思えばステータスのすべてを100に揃えたりもできるわよ。隠すのではなく誤認させれば心配ないわ……もちろん、魔力値だけ正常なふうに見せたりとかもね?」

「なるほど。それは願ってもない詐術スキルですね」

「さ、詐術て……」


 あれ、なんかロズが落ち込んだ。

 とにかくそれは便利な術式だな。


「そうですね。その条件であればこちらも助かります。父上もそれならよろしいですか?」

「あ、ああ……先生のお墨付きなら構わんが」

「なら交渉成立ですね。ロズさん……いえ師匠。これからよろしく――」

「その前に」


 握手をしようとしたら、首を振られた。


「そっちの条件は、ルルクは私の弟子になったうえで冒険者になって活動する。その前に認識阻害の術式を使って装備する。ディグレイはそれを認めてルルクの好きにさせる。こんなところよね」

「そうですね。まだ何か交渉条件がありますか?」

「こっちからは条件というかお願いになるわね。イヤなら拒否してくれて結構よ。私としては別にルルクが冒険者になるのは構わないけど、まさかひとりで活動するわけじゃないわよね?」

「……パーティのことですか。たしかに、考えていませんでしたけど」


 そういえば、冒険者はパーティを組んで活動するものだったっけ。

 ソロでも通用するのは腕のいいベテラン冒険者くらいのものだろう。


「ルルクはまだ9歳よ。9歳をパーティに加えたいっていう人はいないわ」

「それは間違いないさね。冒険者はつねに命を懸ける職業。子どもをパーティに入れるのは自殺志願者くらいさね」


 ヴェルガナも訳知り顔で同意する。

 考えてもなかったけど、たしかにレベル1の9歳児を仲間にしたいか? 俺はヤだね。


「だからルルクのパーティメンバーに、私のもうひとりの弟子を入れたいんだけど、それを認めて欲しいのよ」

「もう一人の弟子、ですか」

「ええ。ついこの前、久しぶりに弟子を拾ったのよ」


 そんな子猫を拾ったみたいな軽い口調で言わないで欲しい。


「しょうがないじゃない。訪れた集落が魔物の大群に襲われてて、魔物を全部やっつけたときにはその子しか生き残ってなかったんだから。しかもまだ幼いのに天才的な魔術の才能があって、その上ちっちゃくて可愛いんだもの……そりゃあ面倒見ないわけにはいかないわよね?」

「性癖に関してはノーコメントで。それにしても、魔術ですか」

「そうよ。なにか不思議なことでもあるかしら」


 不思議というか、神秘王の弟子の魔術士か。

 よくわからんな。


「言っとくけど、私は魔術士としても超一流なのよ」

「そうさね。お師匠様はアタシの魔術士としての(・・・・・・・)師なんだよ」


 あ、そういえばそうだった。

 ヴェルガナは神秘術は使えないわけだし。


「もちろん私だって歴代の魔王たちには及ばないわよ。魔術はあんまり種類使えないしね。でもあの子なら魔王になるくらいの才能はあるから、そしたら私とまともにケンカできそうね」


 嬉しそうに物騒なことを言う神秘王だった。

 長生きしすぎて刺激に飢えてるとか言わないよな。

 もしそうだったらすぐ弟子を辞めよう。


「そういうわけでパーティメンバーの件、受けてくれるかしら」

「もちろんですよ。兄弟弟子ですしね」

「ふふん、可愛い姉弟子よ。きっとルルクも喜ぶわ」


 女の子か。

 口ぶりから綺麗なお姉さんではなさそうなのは残念だけど、仲間になるんなら性格が良いことを祈ろう。


「じゃあ交渉成立ね。じゃあ弟子、さっそく冒険者ギルドに行くわよ」

「え? 今からですか?」

「もちろん。あ、その前にちょっと見てなさい」


 ロズはローブに手をかざして、短くつぶやいた。


「『閾値(いきち)編纂(へんさん)』」


 霊素がうねり、ローブに吸い込まれていった。


 ふだん無造作に漂っているだけの霊素たちが複雑に配列を重ね、ひとつの術式として作用したのは理解できた。

 何の変哲もないローブに〝上質そうな〟という印象が加算(プラス)された。

 目で見たものの印象を誤認させる、認識阻害の術式だ。


「こうやるのよ。ステータス値を書き込んでみなさい」


 ロズがあっけらかんと言う。

 無茶ぶりすぎるだろ。


「理論とか方法論とかの説明はないんですか? さすがに一度見ただけで再現できるような変態じゃないですよ?」

「しょうがないわね。まず一層目に自分のステータスを数値化して埋め込んで、二層目に霊素に一層から三層を繋げる循環回路を作って、三層目に書き換えたい場所の数値だけ埋め込んで、四層目に二層の循環回路に繋がる視認性パスを通すのよ。そしたらできるわ。表層化が難しいだけで、組成式自体は中級レベルの術式だからこれくらいはできるようになってもらいたいわね」

「簡単に言ってくれますね……ふぅ、『閾値編纂』」


 あ、ダメだ。

 霊素が途中で散ってしまった。


 三層目の途中で一層目の霊素が不安定になるようだ。一度に操れる霊素の総量は神秘術練度に比例するはずだから、単純に俺の出力不足って感じだな。

 ってことは、そもそもの作り方を変えなければならないな。


 うーん。

 層を重ねるってことは、外側から内側への視認性のベクトルに関係してるよな。

 外から内へ四層。

 でも練度3000の俺では、二層までしか同時に維持できない。


 それじゃあうまくできないのは道理だ。

 二層しかないパ〇の実なんてウマくないのと一緒だな。


 ……ん、パイ?


 そういや、小学生の頃ひとりでパイづくりにチャレンジしたことがあったっけな。父さんと母さんがどこかの国の土産でアップルパイを送ってくれて、それが美味しくて自分で作ろうとしたことがあった。


 でもパイ生地がうまくできなくて、結局美味しいパイがつくれなかったっけ。

 結局冷凍のパイ生地を買ったんだけど、たしかパイ生地の作り方を調べたときに――


「まあ正直、すぐにできるとは思ってないわ。今日は私が――」

「父上、使ってない大人用のスカーフはありますか?」

「ん? まあ、たくさんあるが」

「ちょっと貸してください」


 思いついたことがあったので、ディグレイに頼んだ。

 ディグレイが執事に命じると、ものの数分で何本ものスカーフを届けてくれた。


 とりあえず俺の茶髪に似合うベージュのスカーフを広げる。

 広げてから、一度だけ半分に折った。


「『閾値編纂』」


 まずその折った片側の面の左半分に、自分のステータス値を。

 つぎにそのまま同じ平面の右半分を中心に、スカーフを広げたときにまっすぐ横切る視認性回路を。


 スカーフをひっくり返し、今度は逆面の右側にすべての面を繋げる循環回路を。

 最後の左側に、魔力値と練度を100だけ足して、見られると面倒なスキルや数値を削除したり下げたりものを書き込んだ。


 合計二層。


 あとはこのスカーフを左右の間で折り畳んで(・・・・・)四層構造にしてから、首元に巻いてやれば――


「よし、できたっぽい」

「うそ……」


 ロズが驚いていた。

 これで認識阻害のスカーフの完成だ。


 むかし動画で学んだパイ生地を折る作り方が、こんなところで役に立つとは。

 ボッチ時代の俺グッジョブ。


「ルルク、あなた天才だわ」

「いえいえ、これは他人の知恵ですから」


 おもにパイ職人と動画作成者の。

 ってか、この方法ならべつにスカーフじゃなくてもいいな。


 四層の回路を一度で繋げさえすればいいんだから、薄い布で同じことをして、それを腕輪の中に仕込んだりすれば認識阻害の腕輪ができるんじゃないか。それならイカつい男でもオシャレになるんじゃないだろうか。

 こんど試してみよう。


「ってことでロズ師匠、お待たせしました。冒険者ギルドに行きましょうか」

「え……ええ、そうね。行きましょう」


 なんとも言えない表情を浮かべて黙り込んでいたディグレイとヴェルガナに挨拶をして、俺とロズは冒険者ギルドに向けて出発した。


 こうしてこの世界に来てはじめて、正面から堂々と屋敷を出ることができたのだった。


~あとがきTips~


・認識阻害後のステータス値


 ――――――――――


【名前】ルルク ←

【種族】人族

【レベル】1


【体力】145(+0)

【魔力】100(+0) ←

【筋力】171(+0)

【耐久】165(+0)

【敏捷】270(+0)

【知力】268(+0)

【幸運】101(+0)


【理術練度】390

【魔術練度】100 ←

【神秘術練度】600



【所持スキル】

自動型(パッシブ)

『冷静沈着』

『火魔術適性』 ←


発動型(アクティブ)

『微精霊召喚』

『準精霊召喚』

『眷属召喚』

『装備召喚』

『転写』

『凝固』


――――――――――

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なっ……4層回路の説明と、2層で4層回路を再現する方法のところ、何を言ってるのか全く分からなかったぜ… [一言] とにかく主人公が相当な天才であることは分かった。 前世の知識ってやっぱ…
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