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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅲ幕 【幻影の忠誠】

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救国編・2『ルルクとガウイ』

「神々のご慈悲よ、我らを癒したまえ――『ヒールサークル』」


 大広間にいた大半の者が大佐状態(めつぶし)に苦しんでいたら、【剣舞(ソードアーツ)】の神官っぽい青年が範囲回復の魔術を唱えた。


「す、すまないルカーリオ男爵」

「いえいえ。これくらいは」

「時にルナルナ殿。なぜこのような戯れを?」

「あっ! マリア婆ちゃんだー! やっほー!」


 フリンラード公爵の問いかけはまるっと無視して、カーデルに手を振った天使族ルナルナ。

 愛称で呼びかけるってことは親しいんだろうが、士官たちの空気があからさまに悪くなっている。


「ルナルナ殿! 聞いているか!」

「えー、なにー?」

「いくら貴殿の腕が立とうとも、ここは王城内であるぞ! 先ほどのことといい無礼にも程がある! そもそも貴殿は名誉子爵であろう、カーデル閣下といくら懇意であろうとも我々に対して礼節のひとつも示さぬなら、それ相応の処置を――」

「は? 何言ってんの?」


 ルナルナは目を細めて唸るように言った。

 その気配、まるで巨大な獣のような威圧感があった。


「ルナルナは冒険者だよ? Sランクになったからって、そっちが勝手にルナルナのこと貴族にしたんでしょ? それなのにルナルナのこと縛り付けるつもりなの? バカじゃないの? 死にたいの?」

「な、ぐ……」

「ルナルナ、前に言ったよね? この国が嫌いになったらすぐに出てくって。いいんだよ、出ていくときに偉ぶってたやつらみーんな潰してからでも。ああそれいいかも。そしたら強い人たちとたくさん戦え――」

「ルナルナ、およし」


 暴走しかかった彼女を止めたのはカーデルだった。

 ルナルナは唇を尖らせて、


「はーい。それより婆ちゃん、これなんの集まりなの? 呼ばれたから来たけど」

「そこからかい。わかったよ、儂が話そう。ほれ資料寄越しな」

「か、かしこまった」


 公爵から資料を受け取ったカーデルは、


「じゃあ最初から話すからよくお聞き。時は前の深夜二の刻、宮廷内を多数の賊が襲撃したんだよ。内通者の手引きで宝玉が壊されて、攻撃魔術が使えるようになっちまっててね。賊は陛下と王妃は狙わず、王子たちに集中した。居住区の前で近衛騎士たちが食い止めたものの、数名の裏切りが出て突破された。グリル王子、ハーニィ王女、メープル王女が賊の手に捕まり逃亡。それぞれ別方向に逃げてて、いま騎士団が追ってる最中さ」

「ふーん。グリルのアホも捕まったんだ。それで?」

「……はあ。そんでグリル王子とハーニィ王女を攫った賊どもはテールズ領へ向かってる。メープル王女のほうはバルギア経由でレスタミア方面に向かうようだね。あんたたちSランク冒険者には、その追跡と捕縛を手伝ってもらいたい。これ以上、城の戦力をさくワケにはいかんからねぇ」

「閣下、質問してもよろしいでしょうか」


 手を挙げて立ち上がったのは【地底海(アンダーバース)】のリーダー、ラスティーだ。さっきはカーデルにフランクな接し方だったが、公の場だからか礼儀正しい。


「なんだい」

「仰ることは理解できました。相手は宮廷内から殿下がたを攫えるほどの腕利き、我々を招集した理由に納得はいきましたが……しかし、先にお聞きしたところによると、移動速度が尋常じゃないということでしょう。いまから我々が追っても、騎士団に追いつくことすら難しいのでは?」

「そりゃふつうに追えばの話だろ。何のためにあんたたちだけを指名したと思ってんだい」

「……なるほど、かしこまりました」


 ラスティーはそれ以上言うことなく、頭を下げて椅子に座った。

 たぶん、ふつうの手段以外で高速移動のスキルか術式かなにかあるんだろう。となるとカーデルが俺を必要としたのも、おそらく転移が使えるからだろう。


「特殊クエストだから報酬は弾むよ。もちろん無事に救出したら成功報酬もある」

「閣下。具体的な金額は?」

「それぞれ金貨300枚。パーティ単位じゃなく個人でだよ。やる気でるだろ」

「身が引き締まる思いです」


剣舞(ソードアーツ)】のリーダー、マクラーゲンがニヤリと笑った。

 たしかに数日予定のクエストで対人戦、最大金貨600枚は破格だな。しかも成功したら名誉までついてくる。場合によっては爵位の格上げもあるだろうし、王家に恩も売れる。いいことずくめだから、そんな顔するのもわかるぜ。

 隣の【地底海(アンダーバース)】も、ラスティー以外は嬉しそうにしている。ただこの無精ひげリーダーだけは表情を変えない。なかなか底が見えない男だな。


 隣を観察していたら、すぐ近くから気配が。


「すんすん」

「ってなにしてるんですか」

「なんかキミ、ダーリンと同じ匂いがするねー」


 ルナルナが俺の体臭を嗅いでいた。ちょっと恥ずかしいから離れてくれ。


「ダーリンがどなたか知りませんけど、麗しいレディが異性の匂いを嗅ぐものじゃありませんよ」

「えー? ルナルナ、よわっちいレディじゃないよ。男より強いよ」

「美しい女性という意味ですよ。強くてもレディです」

「なにそれー。へんなのー!」


 ケラケラ笑うルナルナだった。どうもレディは弱いものだと思っているらしい。

 俺はこの世界、女のほうが強いと思うんだけど……。


「ねえ婆ちゃん! ルナルナ、この子気に入った! この子と一緒にいく!」

「もとよりそのつもりだよ。ルナルナとルルクはバルギアへ移動。【地底海】と【剣舞】はテールズ伯爵領へ移動。そこから国境沿いで待ち構える。詳細はそれぞれ別部屋で話すから、案内があるまで待つように。いいね?」


 カーデルがそう言うと、俺たち冒険者はうなずいたのだった。






 案内役の兵士に連れられたのは、小さな部屋だった。

 部屋には防音の魔術器が設置され、壁も分厚い。扉は防火素材になっており厳重な場所だということはわかる。


 俺とルナルナが部屋に入ったら、メイドがすぐに紅茶を持ってきた。

 やはり王城、茶の質がいい。


「ねえキミ、強いでしょー?」


 ルナルナがニコニコしながら隣に来る。近い。

 相手は謎の天使族だ。強さの指標はよくわからん。


「どうでしょうか。Sランク冒険者になれるほどではあると思いますが」

「でもマクラーゲンのアホよりは強そうだよ。魔力ないのにね!」

「魔力が視えるんですか?」

「うん! だってルナルナ天使だもん!」


 どういう意味だろう。

 俺が首をひねっていると、扉が開いてカーデルが入ってきた。


「天使族はね、光神の唯一の眷属だよ」

「光神?」

「属性神のひと柱だ。上位神の話は聞いた事あるだろ?」

「えっと、なんとなく聞いたような。たしか属性神や種族神が上位の神々でしたっけ?」


 最上位は創世神八柱。

 その下に位置するのが上位神。


「そうさ。あんたに馴染みがあるところだと、同じ上位神の竜神には眷属はたくさんいるけど、血を継いだ真の眷属は真祖竜だけだろ? 光神の場合は、それが天使族にあたるのさ。だからルナルナも生まれたときから上位存在だよ」

「へ~。それが魔力を視えるのとどう関係が?」

「属性神の直系は魔力視を持ってるのさ。系統はそれぞれ違うけど、共通するのは魔力の色が視えるのとその属性に特化した魔術を使えることだね。ま、知らないのも無理はないさ。属性神直系の種族なんて本当に稀だからねぇ」

「そうなの! ルナルナ、世界に三体しかいない貴重な天使だよー!」


 自慢げにいうルナルナ。真祖竜なみに貴重な存在だな。

 たしかに竜王いわく、神の血を継いでる個体は子どもを作りづらいとか言ってたな。生まれたときから上位存在だから、子を成すのも世界のバランスに左右されるとかどうとか。


「納得しました。ルナルナさんは天使族で、光魔術のスペシャリストだと」

「そうだよー! こんなこともできるよー!」


 そうルナルナが言った瞬間、分身が生まれた。

 俺に笑いかけるふたりのルナルナ。これはたしか『ドッペルゲンガー』っていう魔術だっけ。サーヤが魔物相手にたまに使って、囮にしている。


「っていうか、いま発動呪文すら唱えてませんでしたよね?」

「直系種族はなぜかできるんだよ。あんたんとこの竜姫も、ブレス吐くの無言でできるだろ?」

「確かに。やろうと思えばブレススキルも無言で打てますし」


 まあ、絶対カッコつけてから撃つけどな。

 でもそう考えたら強いな、神の直系。


 目の前のルナルナも王国最強と呼ばれるだけあるな。本人には国民意識なんて皆無っぽいけど。というか、上位存在と互角扱いの全盛期のヴェルガナは何者だったんだ?

 ま、それよりも。


「それでカーデルさん、クエストの詳細をお願いします」

「その前にあんたも自己紹介しな。それとルナルナ、あんたでもルルクには勝てないから挑もうとするんじゃないよ」

「え」

「ルナルナより強い!? ねえ戦お! ねえ、戦おうよ!」


 目をキラキラさせて迫ってくるふたりのルナルナ。片方は幻覚だけど。

 この反応、俺は知ってる。狂人的なやつだ。


「戦いませんよ。ではひとまず自己紹介しますね」


 俺は簡単に挨拶をしておいた。

 ひと言喋るたびにルナルナが戦おうとしつこく誘ってくる。


「ねえお願い! ちょっとだけ! ルナルナより強いんならいいでしょー」

「ですから戦いませんって」

「ねえお願い~!」


 あまりにしつこいので、

 

「『覇者の威光』」

「ぴぇっ!」


 王位存在未満を強制的に恐慌状態にするスキルをぶつけた。

 ルナルナは床に這いつくばると、すぐに両手で俺の足をガッシリつかんで足を舐めてきた。めちゃくちゃ動転している。


「待て待て! それはあかん!」

「おやルルク。まさか女の子を脅して足を舐めさせるなんてねぇ」

「あんたも笑ってないで引きはがして!」


 爆笑するカーデルに、殺意がちょっと芽生えちまったよ。

 そうして混乱しているルナルナを落ち着かせること数分。


「ルナルナはじめて王位存在みつけた……うん、勝てない」

「強者を知ることも大事だよ、ルナルナ。わかったかい?」

「わかったー! でもルルク、人族なのにどうやって強くなったの? ずるい」


 頬をふくらませるルナルナだった。


「確かに半分ズルなので……それでカーデルさん、そろそろ本題に入ってもいいですか?」

「ふむ、楽しんだから良しとするかね。じゃあよくお聞き。まずは第一目標だが――」


 それからカーデルは、クエストの段取りを説明した。


 メープル王女殿下を救出するのが最優先目的。それから誘拐犯の始末、できれば捕縛。

 情報は逐一ルニー商会が届けてくれるので、数時間ごとに最新情報を手に入れられるらしい。もし予想ルートを逸れたら、俺とルナルナがそれぞれの移動手段で追う、とのことだ。


「臨機応変ですね。ルナルナさんの移動範囲は広いんですか?」

「ルナルナはどこにでもぴゅんって飛んでけるよー」

「転移ですか?」

「ううん、移動魔術だよ。『ラインパルサー』っていう王級魔術なんだ。さっきも使ったよ」


 あの目潰し移動術か。

 というか冒険者なのに、自分の手札を隠す気がないな。さすがにそんなあっけらかんと教えられたら、俺も応じないワケにはいかない。


「そうでしたか。俺は転移術が使えるので、ルナルナさんと一緒に移動できますよ」

「転移! すごい! さすがルルク!」

「儂が言うのもなんだが、もうちょっと緊張感持ってくれないかい? こっちは騎士団もいないし、あんたたち二人にメープル殿下の命がかかってるんだから」

「「はーい」」


 そんな風にゆっくり話していた時だった。

 カーデルがちらりと扉に視線を向けて、ため息をついた。

 その理由はすぐに知れた。

 ノックもせずに、若い騎士がひとり入ってきたからだ。


「カーデル閣下! 頼みます、オレもその作戦に参加させてください!」


 たくましい筋肉、キリッとした鼻筋、短い茶色の天然パーマ。

 成長しているが、見間違うはずもない。

 およそ七年ぶりに見たガウイだった。


「……気持ちはわかるけどね、ヒヨっ子のあんたに出る幕はないよ」

「そんな! なあルルク、頼む! オレも一緒に連れてってくれ!」


 え、再会の言葉もないの?


 この兄貴、ナチュラルに話しかけてきたんだけど。まあ感動の再会って間柄でもないんだけどさ。

 とはいえかなり切羽詰まっているので、そこまで気遣う余裕がないだけだろう。久々に会ったのに憎まれ口のひとつも叩かないなんて、それでもヴェルガナの弟子かと疑ってしまうが……あれ? なんか違うな。まあいいか。


「そういえばガウイ。俺ってば昔ガウイによく虐められてた気がするんだよね~どうしよっかな~上半身裸で腹踊りしてくれたら考えなくも――」

「これでいいか!」


 なんとあのガウイが、すぐに鎧や服を脱いで、腹踊りを始めやがった。


「ほら! 頼む! 後生だ!」


 ふくよかな腹を懸命にくねらせて、必死に頼み込むガウイ。

 シュールすぎるだろ。


「あははは! この子面白い! ねえルルク、誰か知らないし弱っちいけど連れてってあげようよ!」

「ルナルナ、無責任なこと言うんじゃないよ。だいたいこやつは騎士だ。騎士団の許可がないと勝手に連れ出せないんだよ」

「ならオレは騎士をやめる! そしたらただのガウイだ! 頼む、連れてってくれ!」

「なにをバカな――」

「わかった。いいぞ」


 事情はさっぱりわからない。

 けど、あのガウイが騎士をやめると言うんだ。小さい頃から父やララハインのような立派な騎士になるのが夢だと言っていた、生意気なクソガキのガウイが、その夢を捨ててまでメープル殿下の救出に向かいたいと頼み込んでいる。


 実家にいた頃は、ずっとガウイが鬱陶しかった。

 うるさいし、すぐ怒るし、すぐ嫉妬するし、リリスといると付きまとってくるし。俺が強くなるまでは毎日特訓で虐められた。正直、憎いやつだ。


 でも、嫌いじゃない。

 

 喧嘩ばかりでろくに仲良くした記憶はないけど、それでもガウイは兄だ。

 ともに幼少期を過ごしてきた血のつながった兄貴なんだ。

 そこまでの覚悟があるというなら、恥すら忍んでここまで言うのなら、俺もひと肌脱ごうじゃないか。


「ルルク、本気かい?」

「……正直、戦闘では役に立たないと思います。でもよく考えたら俺はメープル殿下のことは知らないし、向こうも同じでしょう。知らない冒険者が助けに来ても、俺たちだけじゃ救出した後に殿下の心のケアはできません。ガウイがここまで言うってことは、きっと親しかったんでしょう?」

「ああ。オレは近衛で傍仕えだった。謹慎中じゃなけりゃ命に代えても守ってた!」

「そしたら、ガウイにしか任せられない役目はあると思います。どうでしょうか?」


 俺がそう言うと、カーデルはしばし考えてから、


「なるほど。そういう名目なら同行の許可は出そうだね。あんた、口が回るねぇ」

「ヴェルガナの弟子ですから」

「カッカッカ! そりゃ納得だ」


 こうして俺とルナルナ、そしてガウイという救出チームが結成されたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 憎んでたのか。仲良さそうだったけど
[良い点] 超絶便利な覇者の威光。いいぞ、もっとやれ() [一言] また強烈なキャラが仲間に...
[良い点] どうもありがとうございます。
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