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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅲ幕 【幻影の忠誠】

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救国編・0『とある新米騎士の回顧』

 

 この国に、公爵家は7つある。


 そもそもマタイサ王国は、王族直系が世襲制で戴冠していく王権国家だ。

 国王は直系の子息が務めるという王国法があり、直系に息女のみの場合は、公爵家あるいは他国の王族から婿を取って国王とする。ちなみに直系というのは国王の正式な妻たちが生んだ子どものことであり、妾の子や親類の血筋は除外される。


 国が興ってから二千年の歴史のなかで、王家直系の血が絶えたことはない。ただ万が一のために血を残し、あるいは完全に直系の血筋が隔絶したときには、公爵家が新たな国王を戴かねばならないとされている。


 フリンラード家。

 アクニナール家。

 ルーナティア家。

 イストームルク家。

 バレーヒル家。

 ムーテル家。

 

 直系断絶の事態には、この6つの公爵家がその責務を担う。

 ゆえに公爵家は増えることも減ることもないのだ。もともとは初代国王の兄弟が当主を務めていた家柄なので、公爵家には王族の血が流れている。


 あとひとつ公爵家があるのだが、その家名は二千年の間ずっと伏せられている。


 もし王国そのものが飢饉や戦争で滅びた場合、国を捨てて外の世界へ逃げてでも王族の血を絶やさない役割を担った特殊な公爵家。それが7つ目の公爵家だ。

 だが他の公爵家と違い、王国内での地位や名誉はなく平民として暮らしている。誰も彼らが貴族ということすら知らない。知っているのはその家の当主と国王陛下だけである。その存在は知っても、探ったり公言するのは禁忌とされている。


 ガウイ=ムーテルもまた、そういう家柄があるということだけは知っていた。父に強く言いつけられているため誰かに追求したことはない。もっとも、したとしても誰も知らないのだが。


 それはさておき、我がムーテル家は代々騎士の一族だ。

 政治を担っている他の公爵家とは違い、腕力と忠誠心のみに家訓をおいているムーテル家。つぎに家を継ぐのは長男のララハインで、強さ・賢さともに息子たちのなかで頭ひとつ秀でていた。それに性格もいい。

 継承位第6位のガウイは、もともと出世欲には乏しい血族で公爵家としての体面さえ整っていればわりと自由にさせてもらえていた。この家に生まれて不満に思ったことはあまりなかった。


「……でも、これはないよなぁ」


 とある日の早朝。

 早起きしたガウイは王都の屋敷の自室で、ベッドに寝ころんだまま愚痴をこぼす。


 先日の逮捕劇の真相はよくわからなかった。

 宮廷内で何か事件が起こり、その犯人の動きを量るためにガウイと父が囮になったという説明は受けた。ただし詳しい話はできないという。

 つまりガウイも周囲も騙されていただけであり、完全な無実だ。これが国王陛下からの指示だと知らされたので、それ以降は表立って文句は言うことはできない。ガウイも国のためならばと納得してた。


「でも自宅謹慎は違うだろ……」


 あのあと、二週間の自宅待機を命じられていた。

 重要な任務のためとはいえ、特殊裁判案件になるような疑いをかけられたガウイ。しかも拘留は陛下の命令だ。陛下の計画は非公式なものだったが、拘留そのものは公式なものだ。間違いでしたのではい釈放、では命令した陛下の過ちを認めてしまうことになる。

 そのため猶予経過観察処分としての自宅待機だった。つまり陛下のメンツを保つためだけの軟禁だ。


 もちろん待機は待機であり、家にいるあいだも勤務扱いになる。遊びに出かけたり、勝手に訓練に出かけたりするのも禁止だ。

 そしてこの王都の屋敷には、広い訓練所はない。

 ガウイは自室くらいでしかトレーニングをすることができなかった。


 鬱憤が溜まっているのは、すべてこのせいである。


 剣を握るどころか走り込みすらできない。

 脳筋一族と揶揄されるだけはあり、ガウイは動いてないとストレスが爆発しそうだった。


「せめてリリスがいてくれたらなぁ」


 最愛の妹のことを想ってガウイは頬を緩めた。

 朝の空気を吸うがてら、窓を開けて空を眺める。


 鼻の穴を膨らませダラシナイ顔になったガウイを、偶然通りかかった少女が見てしまい慌てて走り去っていったが、当の本人はそれに気付いていなかった。

 リリスと前回会った時のことを想い出して、ぼんやりしていた。


 そう、前回は……前回は…………あれ???


 いつリリスに会ったっけ?

 思い返せば学校を卒業してから、まともにリリスと会話した記憶がない。思い出そうと記憶を掘り返しても、出てくるのは『ガウイ!』『結婚するですの!』『まつですのガウイ!』と画面いっぱいにドアップになるメープル王女殿下の顔ばかり。

 ダメだ、愛する妹を想い出したいのに記憶領域が占領されている……!


 掘り返しても掘り返しても、鮮明な記憶はメープルと過ごした日々ばかり。

 それもそのはず、もうそろそろ淑女としての気品を身につけなければならないメープル王女だが、日に日に活発さは増すばかり。


 そもそもガウイがメープルの近衛騎士になった経緯自体、よくわかっていなかった。陛下もなぜ許可したのか不思議でならない。普通近衛騎士――しかも傍仕えといえば既婚の熟練王宮騎士か、あるいは女性の王宮騎士だけだ。

 どちらにしても、国王陛下から直接騎士勲章を授かった者(つまり王宮騎士)しかなれないはず。間違ってもただの一般の新米騎士がなれる役どころではない。

 じゃあ……なんでだっけ?


「最初は……たしか王城で……」

 

 あれは学生時代、父とともに登城した一年と少し前のこと。


 騎士学校を首席(・・)で卒業することが決まった日、城内の騎士舎に挨拶に向かった時のことだった。

 王宮騎士になるには勅任騎士(通常の騎士爵保持)を三年以上経て、実力と信用に足る人物だと判断されたら国王に打診がいく。陛下が許可を出し、陛下から直接受勲を受ければ晴れて王宮騎士だ。王宮騎士はエリートなのである。


 騎士学校を首席卒業した者は、事故などによる死亡例を除けばいずれ全員が王宮騎士になっている。長兄のララハインもそのひとりだ。ガウイもそうなるだろうと言われていたので、先に顔を見せて挨拶回りをしていたのだった。

 ひととおり挨拶が終わって中庭で休んでいた時だった。いい天気だとふと宮廷のほうを見上げると、上階の窓から何かが落ちてきた。

 それが少女だと気づいた時には、ガウイは全力で走り出していた。


 魔術も使ってギリギリでキャッチしたのは、足を滑らせてバルコニーから落ちたメープル王女殿下だったのだ。この時のとっさの判断、素早さ、そして腕を折ってまでメープルを助けたという忠誠心から、ガウイは国王陛下に随分と気に入られてしまった。

 ちなみにこの時、風魔術『ウィンドブースト』を詠唱省略で発動できるようになった。


 それから卒業まで、時々城に顔を出してメープルの遊び相手を務めていた。騎士がままごとの相手をするのは正直恥ずかしかったが、メープル王女の命令なので逆らうわけにはいかなかった。

 

 そうしているうちに学校を卒業し、さてまずは騎士として王都の守護隊に入るだろうな――というところで、陛下直々の勅命が下ったのである。それがメープルの近衛騎士隊への入隊――しかも傍仕えのひとりというかなりの名誉な役だった。


 それは多くの羨望、嫉妬、反感を買ったが、周囲の反応を受けるのも任務のうちだと父に諭されて、必死にメープルに仕え続けた。

 それから一年と少し。


 ようやく王城内の騎士舎にも慣れてきたところで、例の事件だ。


 思い返せばそれだけ激動の経験をした一年だったので、リリスどころかまともに家に帰った記憶も家族と会話した覚えもない。こうして自宅謹慎にならなければ母ともろくに顔を合わせることもできなかっただろう。

 そう考えたら休暇のような待機命令も、悪くないかもしれない。今夜は母上の肩でも揉んでやろう。明日からはまた騎士舎に戻るから、王城内での生活が待っている。


 そう考えていた時だった。


「ガウイ様、伝令です!」


 ノックもなしに扉が開かれた。

 顔を青くした女性使用人が伝書を差し出してきた。彼女はムーテル家の使用人、つまりヴェルガナの部下だ。ガウイ程ではないが腕も立つ。危険対処力も高いので、基本的な届け物は開封・検閲する権限を持っている。表情をみるかぎり先に読んだのだろう。

 ガウイは手紙を開封せずに、聞いた。


「何があった?」

「そ、それが――」


 使用人は声を詰まらせながら、ハッキリと言った。


「メープル王女殿下が何者かに襲撃、誘拐されました」


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― 新着の感想 ―
[良い点] クソガキのイメージしかなかったですけど、こいつはこいつで立派にやってるんですね。
[良い点] まさかあの悪ガキがここまで成長するとは...
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