教師編・26『他人の恋路は酒の肴』
翌日も、生徒たちは順調にダンジョンを攻略していった。
おおむね予定より一時間早く19階層をクリアしていた。前日から変更したのはサーヴェイのパーティだけだ。リリスに負けたことで不貞腐れされてリーダーとしてまったく仕事をしなかったので、騎士学校生の子に代わりを頼んだ。
サーヴェイは俺やリリスのことは視線にも入れたくないようだった。
嫌われてしまったようで残念だ。
「先生、倒せましたわ!」
19階層の出口前に陣取っていたゴブリン十数体を仕留めたのはマーガリアパーティ。
マーガリアは俺たちに報告すると、汗を拭いながら傷を負った仲間たちの手当てをしていた。
何人か軽傷は受けたけど、ほんのかすり傷程度だ。マーガリアの指揮能力は想像以上に高かった。どこかで部下の育成経験でもあるんじゃないかと思ったほどだ。
生徒たちの準備が整ったところで、ターニャが手を叩いた。
「ではみなさん、次は最後の20階層ですよ。少し進むと大きなボス部屋があって、その後に転移装置がありますので、そこまで行けば今回の授業は終了ですね。がんばりましょう」
「では、次はクルジッドさんのパーティでお願いします」
「はい! お任せください!」
熱血騎士クルジッドが、張り切って階段を降りていく。
まだ経験は浅いながらも、熱意と気合で罠を突破していくクルジッド。仲間たちもその熱量に感化されてか、集中力が高い。もとのレベル平均値は一番低いパーティだったが、全員が積極的に戦闘に参加しているので授業中に上がったレベルは一番多い。今回の授業でもっとも成長度の高いパーティだったな。
そうしてクルジッドパーティも順調に攻略を進めていった。
明らかな異変を感じたのは、ボス部屋の直前だった。
「……ターニャさん、20階層のボスってグレイウルフじゃなかったですっけ?」
「そうよ。通常がグレイウルフ五~七体で、稀にそのうちの一体がガルムウルフになるパターンね」
「そうですか」
グレイウルフならDランク魔物だ。ここまで来れるパーティなら、連携を取れば勝てるはず。
だがボス部屋にいたのは――
「せ、先生! これは!」
勇ましくボス部屋に一番乗りしたクルジッドが、慌てて振り返る。
部屋にいたのはサーベルタイガーの群れだった。
単体でCランクのサーベルタイガーが、見たところ数十体。
あきらかに20階層のレベルを超えている。
サーベルタイガーたちは、ゾロゾロと部屋に入ってきたこっちを睨みながら、ゆっくりと広がって囲もうとしていた。
「先生! どうすれば!」
「ど、どうしようルルクくん!」
「落ち着いて下さい。みなさんはリリスさんの後ろに。リリスさん、万が一の時は防御を頼みます」
「はい、お任せください」
生徒たちも不安そうだ。あのサーヴェイまでもが怯えている。
余裕がありそうなのはリリスと、あとはママレドだけだった。というかママレドはちょっと興奮して鼻息が荒くなってる。
「魔物がたくさん……ゴクリ」
「生徒の安全第一ですからね」
「わ、わかっております」
本当かなぁ。
ま、そもそも手を出させる気はないけど。
俺はひとりで前に出る。サーベルタイガーたちは、あまりに堂々とした俺の歩みに警戒して少し後ずさった。
せっかくだしここらでいっちょリリスに俺の成長も見てもらおうか。
俺が振り返ってリリスにウィンクすると、その隣にいたマーガリアが叫ぶ。
「先生危ない!」
サーベルタイガーのなかで一番大きな個体が飛びかかってきた。
それを合図に、他のやつらも一斉に襲ってくる。
よし、やるか。
俺は丁寧に術式を展開した。
手のひらの上に情報強化した四角い空気の塊を生成。
複写式を起動。『閾値編纂』で式を2の5乗に増幅。
32の並列展開した術式に別々の座標情報を入力。成功。
あとは同時に起動するだけ。
「『裂弾』」
空気の塊が転送され、サーベルタイガーたちの座標に着弾する。
一瞬で弾け飛んだ魔物たち。
サーベルタイガーの素材だけが、大量にドロップした。
俺は振り返ってサムズアップ。
「というわけで、神秘術の実演でした」
「さすがですルルク先生!」
リリスが満面の笑みで手を叩いていた。
ほかの生徒たちはポカーンとしている。まあ、神秘術が見えるのはリリスだけだから当然の反応なんだけど。
「す、すご……」
ターニャがぺたんと座り込んでいた。
床に散らばった素材の回収を頼むと、ママレドがすぐに集めていた。
その後しばらくは、いそいそと鼻息荒く素材回収するママレド、俺を褒めるリリス、褒められて天狗になる俺だけがボス部屋で動いていた。
道中トラブルもあったけど、こうして二度目の授業も無事に終えたのだった。
「「「お疲れ様でしたー!」」」
ギルドの酒場、その片隅。
酒杯(俺はジュースだが)をぶつけ合ったのは、俺とターニャとママレド。
生徒たちはちゃんと帰して、俺たち教師陣はギルドで打ち上げだった。一泊二日の授業で気を張っていたので、こうして気楽に飲めるのはいいことだよね。
ターニャがエールを一気に煽って、酒杯をゴトリと置いた。
「おふたりとも、今回もありがとう~。サーヴェイさんとリリスさんが決闘したときはどうなることかと思っちゃった~」
「あれはビックリしましたね。ママレド様もすぐに仲裁してくれてありがとうございます」
「ああいう争いは禍根が残りますので、少しでも溜飲を下げられるのが決闘ですから」
「そうそう、決闘ってすごいね。貴族社会じゃよくやるの?」
「一日一度は嗜みですね」
「うそ! そんなに争ってんの!?」
「冗談です。私も生まれて初めて立ち合いました」
ターニャに向けてくすりと笑ったママレド。冗談とか言うんだな。
というかいつの間にめっちゃ仲良くなってない? そもそもターニャなんかタメ口になってるし……一応相手は王族だぞ?
「にしてもリリスさん、本気でルルクくんのこと好きっぽいよね」
「そう見えましたね。どうなのですか、ルルク様」
「てか逢引してたんでしょ! ねえ、お姉さんたちに詳しく教えなさい」
「近い近い」
グイグイくるな。もう酔ったのか?
「本当は偶然会っただけなんですって。そもそも連絡手段もないのに逢引なんてできるワケないじゃないですか」
「え~なんか秘密のサインとかあるんじゃないの~」
「窓に魔物の骨を投げて、その種類と部位によって時間と場所を指定するとか」
「んなことできるか」
骨ひとつでそこまでわかるのは貴様だけだ。
「で、ルルクくんはどうなのよ。もしリリスさんに交際を申し込まれたらどうする気?」
「それは気になりますね。私の嫁入りにも関わることですし」
「だからそういうんじゃないんですってば。というかやけに聞きたがりますね。所詮は未成年同士のことでしょう?」
「そりゃだって」
「他人の恋路は」
「酒の肴だもん」
「俺をつまみにするな!」
俺が叫ぶと、ケラケラ笑う二人。もう顔が赤くなってら。
あとママレドの嫁入りにはまったく関係ありません。
「まったくもう……あ、そうだターニャさん。知ってればでいいんですけど、ダンジョンボスがいきなり変わる原因って何がありますか?」
「さっきのサーベルタイガーのこと?」
「はい。20階層で出てくるようなレベルじゃないですよね。あの数ならBランク難度ですよ」
「そうよねー。でもさっぱりわからないのよね。さっき管理課には報告したけど、見間違いじゃないかってかなり疑われたし」
「そうですか」
原因不明か。
もし断続的に起こるようなら、階層の推奨レベルも変更しないといけない事案だろう。本来は40階層から罠も含めてかなり高難度になっていくが、20階層からそのレベルとなると、探索できる冒険者も限られてくる。
そうするとこの王都の冒険者ギルドも、多少変わらざるを得なくなるだろう。かなり活気があって真面目な冒険者が多いこのギルドだが、まず間違いなく人は減る。
「一応、ちゃんと調査はするみたいよ。何かあれば発表はあるみたい」
「そうでしたか。たまたまだったらいいんですけど」
もっとも俺の仲間たちは強い魔物のほうが探索したがるけどな。とくにエルニとプニスケが。
「まあ、次の授業までには答えは出ると思うわ」
「次はいつでしたっけ」
「つぎは夏ね。こんどは21階層から30階層にかけてよ。さすがに時間がかかるから、毎年ここは希望者もかなり減るわね。せいぜい10人集まればいいほうよ」
「一気に30階層までですか。長いですね」
ちなみにこのダンジョンの平均的な冒険者のペースだと、20~30階層までは10日前後かかる。
30~40階層までは数か月。
40~50階層までが1年ちょっとは必要らしい。
ダンジョンは基本ピラミッド構造なので、階層ごとに面積が増していく。
同規模のバルギアダンジョンも、かかる時間は似たようなものだった。とはいえ優秀な斥候、罠感知・無効化能力、索敵能力のあるなしでかなりペースは違うけどな。
俺とエルニが誰よりもハイペースでダンジョン攻略できたのは、ひとえにエルニの索敵能力がチートで迷わなかったのと、俺の治癒スキルで罠を無理やり突破していたからだ。
脳筋攻略ともいう。
「こちらにエールを二杯、追加でお願いします」
「かしこまりましたー」
ママレドが酒をおかわりしながら、静かにつぶやいた。
「ですが、今回は参加者も多いのではないでしょうか」
「どうして?」
「ルルク様が転移スキルを持っていることを、すでに皆さん知っているからです。本来は何があろうと転移装置までたどり着かなければ脱出できません。しかしルルク様がいれば、緊急時に全員で戻ってくることも可能と聞きました。これは大きいかと」
「まあ、確かにそうかもですが」
「それにルルク様が教師になると決まる前まで、淑女学院では授業の参加希望はたったの2名だったと生徒たちから聞きました」
「え。そうだったんですか?」
「リリスさんを筆頭に一部の生徒が殺到したようですよ。話題のルーキーの看板は伊達じゃありませんね」
「そうそう。しかもあの高難度ダンジョンで有名なストアニアの攻略筆頭者でしょ? そりゃあ集まってくるわよ」
「その実力は確かでしたね。今日は本当に驚きました」
「ね! あの数を瞬殺! だもんね!」
手放しで褒めるターニャとママレド。なんかむず痒いからやめてほしい。
まあ次の授業も生徒が多いに越したことはない。さすがにサーヴェイは来ないだろうけど……にしても夏休みの半分がダンジョンで消えるんだぞ。それでいいのか学生諸君よ。
「人によっては逆じゃない? 夏休みのあいだは寮も閉鎖だし、実家に帰りたくない子たちもいるだろうから」
「わかります。私も王家のしがらみがイヤで仕方ありませんでした。こうして冒険者になって安宿に住んでいると、本当に自由のありがたみがわかります」
「自由は俺も好き……ってちょっと待って下さいママレド様。安宿って言いました?」
「はい、先日から南街の路地裏の宿に移りました。もしかして夜這いに来られるおつもりですか? しからば私は先にシャワーを浴びなければなりませんので、このあたりで――」
「行かないから! 違います、王族なのに安宿ってところにビックリしただけですよ」
「そうですか。紛らわしいですね」
ため息をつくママレド。
「でも王妃様は許可してるんですか? 前は護衛もつけなければ外出できなかったのに」
「その点は解決しました。ソロで冒険者活動をしていることを伝えたら諦めたようです。我が母ながら、賢い選択ですね」
勝ち誇ったようなママレドだった。
たぶん王妃様、もう言うのも疲れたんだと思う。
「王妃様ってあの綺麗な人でしょ? 前に式典で見たけど、ほんと住む世界が違うわよね~」
「母が美人なのは同意しますが、ターニャさんが憧れるような世界ではありません。ふつうに生きるなら平民の生活が一番気楽ですよ」
「そんなもんかなぁ。でもママレド様は王妃様に似て美人だから、外見で苦労したことなさそうよね。というかね、化粧しなくてもそこまで肌綺麗なのってズルくない? 私なんて受付嬢だし肌も髪も気を付けてるのに、すぐ荒れちゃうのよね。スキンケア何使ってるの?」
「昔は特に何もしてませんでしたが、最近社交界で話題になっている化粧品がありまして。ルニー商会で販売している乳液というスキンケアなのですが」
「あ、知ってる! 寝起きにも化粧前にも化粧落とした後にも使えるって聞いたけど、本当なの? 騙されてない?」
「使ってみればわかりますよ。良ければ今度一緒に買いに行きましょうか?」
「ほんと? 嬉しいー!」
女子同士、またもや意気投合し始めて蚊帳の外になる俺。
というか乳液か。この世界ではいままでスキンケアは植物か油・動物乳が基本だったから、あきらか文化ハザードが起こったな。ジンが何かやったんだろう。
俺もパーティメンバーのために聞き耳を立てて、メモしておいた。今度買いに行こう。
こうして夜は更けていった。




