教師編・25『婚約者同士の決闘』
「『アシッドバレッド』!」
こぶし大の酸弾が飛来する。
それは俺のトラウマ魔術。ロズが心臓になった直接の原因だ。
まさかサーヴェイがその魔術を使ってくるとは思わなくて一瞬ドキッとしたが――まあ、いまとなってはただの中級魔術だ。
貫通力は高いが、範囲は狭いし遅い。
というか竜王とのマジゲンカに慣れてしまったら、ほとんどの攻撃は止まって見えるようになってしまった。
俺は最小限の動きで、体をひねって避けてそのまま地面を蹴った。
瞬きほどの間にサーヴェイの後ろまで跳んだ。稽古ではなく手合わせが目的なら、一度くらい俺の実力も見せておかないと納得しないだろう。
「えっ、消え――」
「後ろですよ」
「っ!」
肩をぽんと叩いたら、息を呑みながら振り返ったサーヴェイ。
周囲の生徒たちは残像くらいは見えただろうけど、正面にいたサーヴェイからはどう動いたかわからなかったはずだ。俺の敏捷値は6000オーバーなので、相当目がよくないと一瞬で見失う速度だ。
ちょっと大人げなかったかな――と思った時、
「『ウィンドカッター』!」
お、諦めてなかった。
とはいえとっさに発動した初級魔術だったから威力も精度も甘い。
俺は手の甲で、風の刃を軽く払った。
「……は?」
「密度が荒いです。魔術は発動速度より具体的なイメージが大事ですよ」
「っ!?」
ギリッ、と歯を食いしばって睨まれた。
しまった。つい稽古モードで発言してしまったな。
「おまえに何がわかるんだ! 魔術も使えない出来損ないの分際で!」
「すみません、いまのは分不相応でしたね。忘れて下さい」
「うるさい! だいたいおまえはいっつもヘラヘラしてムカつくんだよ! ちょっと強いからってもてはやされて調子に乗りやがって! 冒険者として成功したからって、おまえみたいな下賤な乱暴者が僕たち貴族に偉そうに教えを――」
「謝罪してください」
いつのまにか、リリスが近寄ってきていた。
あきらかに怒気を滲ませてサーヴェイを睨みつけている。
「サーヴェイさん、貴方はいま何を言ったか自覚してますか? 出来損ない? 貴方の世界でどれだけ魔術士が偉いんですか? 冒険者が乱暴者だとどなたが決めつけたんですか? いま貴方の目の前にいる人が、どういう人間かその目で見ておいて、気に入らないからと立場と体質だけで差別発言ですか? それが民の見本となるべき上級貴族の振舞だと、本気で思っているのですか?」
「う、うるさいリリス! おまえだって、そいつが好きだからかばってるだけなんだろ! 僕は知ってるんだぞ、おまえたち図書館で逢引してただろ! 僕という婚約者がいる身でありながらコソコソ隠れて……所詮、おまえも他の女と同じだ! この淫売が!」
見られてたのか。
なるほど合点がいった。どおりで今日はサーヴェイからやたら敵意を向けられると思った。確かに婚約者がぽっと出の男と仲睦まじくしてれば、不機嫌にもなるか。
それに関してどう言い訳をするか考えていたら、リリスが冷めた声を出した。俺も初めて聞くくらい低い声だった。
「そうですか。ですが、それが何か? 私がサーヴェイさんと婚約しているのは事実ですが、まだ学生の身分で貴方に行動を縛られる理由はありません。やましいことがあるわけでもなし、ルルク先生との逢引を咎められる理由はひとつもありません」
ハッキリと言い切ったリリス。
ターニャがキラキラ目を輝かせてこっちを見てくる。
「お、おまえ……自分が何を言ってるかわかってるのか! 顔がいいから優しくしてれば図に乗りやがって! 公爵家の僕に恥をかかせて、どうなるかわかってるんだろうな!」
「呆れて物も言えませんね。暴論のつぎは実家の権力を振りかざすつもりですか? それ以上あさましい物言いはやめた方がよろしいかと。それに早く謝罪してください。ルルク先生を出来損ないと呼んだことは……絶対に、許せません」
「許せないのはこっちだ! いいかリリス、おまえは何もわかってない! ちょっと強い男に惹かれたから気が迷うのは目をつぶってやる。でもな、僕に説教するなんて何様のつもりだ! 女のくせに未来の夫の顔も立てられないなんて、さすが脳筋一族の娘だな!」
めちゃくちゃだな。
当の本人はいたって本気なんだろうが……まあ、このマタイサ王国は男尊女卑が色濃い文化だ。貴族社会では今のセリフもたいして問題にはならないだろう。
だがその言葉は容認できないな。実家のことを脳筋一族と呼ばれたことは、まあ俺も同感なので別に構わないが、女という理由をつけてリリスを思い通りに扱おうという魂胆が見え透いていることは許せん。
俺がムッとしたのを感じたリリスは、より目じりを吊り上げてさらに言い返そうとした時だった。
「平行線ですね。では決闘で決めてはいかかでしょう」
ママレドが冷静に口を挟んだ。
「口論ではおさまりがつかなくなった場合に決闘を行い、勝者の主張を通す。古いしきたりではありますが、お二方とも公爵家であればその作法はご存知ですね?」
「……はい」
「ああ、もちろん」
「では私が調停人となりますので、決闘で負けた方が謝罪するということでいかがでしょう。生徒同士の諍いは見過ごせませんし、何よりこのままだと私の講義が始められません。人間の争いを魔物は待ってはくれませんよ?」
さすがブレない女、ママレドだった。
俺としては決闘は止めたい。レベルはほんの少しリリスのほうが高いが、サーヴェイは魔術士として高い才能がある。
とはいえママレドの言葉通り、決闘でもしないと大喧嘩になりそうだからな。万が一リリスに危険があれば俺が守ろう。
「かしこまりました」
「……わかった」
リリスもサーヴェイも異論はなさそうだった。
「ではそのように取り仕切らせていただきます。決闘方法はオーソドックスな一対一、装備品はそれぞれひとつを許可、攻撃は致命傷を避ける事。万が一相手を殺してしまった場合、決闘法に基づいて厳重な処罰がありますので、くれぐれも熱くなりすぎないように。降参する場合は降参と叫ぶか、私に向かって手を挙げて下さい。おふたりとも、わかりましたね?」
「「はい」」
「よろしい。では距離を取って向き合ってください。この手袋が落ちたら開始の合図です」
ママレドがそう言うと、向かい合って睨むふたり。
「いいのかリリス。名誉に傷がつかないいまのうちに謝ったらどうだ」
「随分面白い冗談をいいますね」
「おまえが僕に勝てると思ってるのか? 生徒会長になったからって実力を見誤るなよ」
「その言葉、そのままお返しします。私を侮らないほうが身のためですよ」
「ちっ……そうかよ。後悔しても遅いからな」
一応、サーヴェイなりにリリスの世間体を心配したんだろう。今日の授業を見た限り、リリスは器用に動けるけど魔術の詠唱速度も身体能力も突出はしていない。
俺も助言くらいはしてあげたかったが、ここまできたら俺も部外者なので、大人しく生徒たちの近くまで寄っておく。
ママレドは自分の手袋を軽く上にあげた。
「それでは両者構えて――はじめ!」
「痛いが我慢しろよ! 穿ち貫け、『ウォーターバレット』!」
サーヴェイが迷わず魔術を発動した。
圧縮された水の弾丸は、まっすぐリリスへと飛んでいき――
「『ファランクス』」
「なっ!?」
不可視の壁に弾かれて消えた。
リリスは輝く指輪をかざしていた。なんだアレ。
【 『拒絶の指輪』
>伝説級アクセサリ。任意の場所に干渉を拒絶する結界壁をつくる効果がある。 】
結界か!
いままで結界魔術は書物でしか見たことがなかった。禁術目録にもないから、魔術の歴史ではいまだ確認されていないものだ。
伝説級ってことは等級的には俺の『領域調停』と同じくらいの防御性能はあるだろう。さすがに驚いたぜ。
「くそっ! 『アクアボム』!」
「『ファランクス』」
「『アシッドバレッド』!」
「『ファランクス』」
サーヴェイの魔術はひとつも通らない。
当然だ。正面からじゃ同格の極級魔術レベルじゃないとあの防御壁は破れない。
「な、なんだよそれ! 卑怯だろ!」
「卑怯? 武器か道具ひとつはルール内ですよ。それと、もう打つ手がないならこちらから攻撃しますね」
「攻撃……はは、まあいいよ。所詮おまえは魔術の素人だ。優れた防御の魔術器を持ってたとしても、ちんけな攻撃じゃ僕の魔術には敵わな――」
「風の囁きよ彼岸へ響け――『サウンドスナイプ』」
瞬間、音速の弾丸が突き抜けた。
……また驚いた。
この技はエルニがよく使っているが、他に使う魔術士は見たことはなかった。
それもそのはず、これは俺とエルニとロズの三人で開発した魔術だからだ。
もともと『サウンドカーテン』など風魔術で音に干渉する技術はあったが、あくまで音系魔術は範囲的な使い方をする術式ばかりだった。音を増幅や範囲拡張したりすることはあっても、音に指向性をもたせるという発想はこの世界では科学的過ぎた。
範囲を極狭にして射程と威力を伸ばす狙撃魔術はもとからあったので、それを音波で転用するのは俺たちならさほど難しくはなかったんだけど、それをリリスも自分で開発していたということになる。
「……優秀だな」
耳から血を流して気を失ったサーヴェイを見て、俺はつい微笑んでいた。
ママレドが試合終了を告げて、サーヴェイにポーションをかけていた。さすがにふつうのポーションじゃ全快はしないだろうし、すぐには目も覚めないだろう。
「皆様、大変お見苦しい姿を失礼しました」
ペコリを頭を下げたリリス。
生徒たちは全員拍手を送っていた。とくに淑女学院生たちは嬉しそうだ。
「ルルク先生。勝手な真似をしてすみませんでした」
俺のすぐそばまで小走りで駆けてきて、恥ずかしそうに笑った。
勝手な真似もなにも、俺のせいでもあるからな。
「謝る必要はありませんよ。むしろ俺のために怒ってくれて感謝します。さすがに俺の立場じゃ決闘はできませんでしたし」
「お役に立てたなら何よりです」
俺の顔を見上げて、うっとりと頬を染めたリリス。
淑女学院生たちから黄色い悲鳴が飛ぶ。なんか妙な視線を感じるな……なんだろう。まあいいか。
「さて、トラブルはありましたが講義の時間です。サーヴェイさんは仕方ありませんが、みなさんはもっと魔物のことを知らなければなりません。知識は命です」
手を叩いて視線を集めたママレド。
相変わらず自分のペースで生きるひとだった。尊敬する。
そのままママレドの講義が始まったので、生徒たちは思い思いに座って話を聞いていた。
俺はターニャとともに壁際まで移動して、邪魔しないようにする。
「ねえルルクくん」
「なんですか?」
「本当にリリスさんに手を出したの?」
ニヤニヤしてやがる。
「手は出してないですよ」
「え~ほんとに?」
「本当ですよ」
「でも、リリスさんまんざらでもなかったみたいだよ~」
まあ、リリスは少しブラコンの気があるからな。
俺もシスコンなので他人のことは言えないか。似た者兄妹ってことにしておこう。
ターニャが肘でつついてくる。
「将来有望な公爵家ご令嬢だよ? せっかくだし奪っちゃいなよ」
「何言ってるんですか。このまえはやめとけって言ったくせに」
「だって面白くなってきたんだもーん」
何バカなこと言ってるんだ、この受付嬢。
そんな風にくだらないことを言い合っていると、
「そこ、静かにしてください」
「「すみません」」
ママレドに叱られる俺たちなのだった。




