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弟子編・3『神秘の王』


「日本人……?」


 とっさに口に出てしまった。


 長い黒髪の、薄い顔の美少女。

 明らかに東洋風の顔立ちだった。


 つぶやきを聞いた当の少女は、俺を見てかすかに眉を寄せただけですぐに視線を外した。

 違う……か?

 本人に心当たりはなさそうだ。この国がある大陸はかなり広いと聞くし、どこかに東洋風の国があるのかもしれない。


「見知らぬ少女よ。いますぐ両手を頭の後ろで組んで膝をつけ。そうすれば痛い目を見なくて済む」

「そう。それでどうするの?」


 ララハインが警告すると、少女は薄い笑みを浮かべて挑発した。

 聞く気がないと知ると、ララハインは即座に腰に剣を添えた。抜剣の構えだ。


「これが最終警告だ。従う気はあるか?」

「勿論ないわ」

「そうか――『雷断』!」


 速い!

 ララハインが地を蹴り、少女に剣を叩き込んだ。俺の目じゃ速すぎて追い切れないくらいの動きだった。

 ――しかし。


「なっ!?」

「ふうん。なかなか筋がいいわね」


 確かにララハインの剣は少女を両断したはずだった。少女は回避はおろか防御もする気配がなかったのだ。

 にもかかわらず、斬られたはずの少女は何食わぬ顔でそこに立っていた。その体にも服にも傷は一切なかった。まるで剣がすり抜けたように。

 

「いまのはスキルか? 貴様、何者だ」

「答える気はないわ。今度はこっちの番よ、準備はいいかしら?」


 少女は自分を囲んでいる兵士たちに視線を走らせて、軽く手を掲げる。

 兵士たちに緊張感が走った。ララハインもまた、戸惑いのなかで最大限に警戒していた。


 パチン。


 少女はただ指を鳴らしただけだった。たったそれだけの小さな動き。その意味することは誰も知らず、もちろん俺も何が起こるか身構えて――いや違う!


「伏せろ!」

 

 予兆(・・)を感じ取り、俺はとっさに叫んだ。


 その瞬間、閃光が走り抜けた。


 稲妻のような速度で兵士たち全員を一度で貫いた光。ドサリ、と倒れていく兵士たち。少女に一番近かったララハインもモロに直撃を食らっていた。

 十数人いたはずの彼らは、全員倒れ伏してしまった。


 とっさに屈んで避けた俺は、立ち上がりながら背中に流れる冷や汗を感じていた。


「いやいや……チートじゃねぇか」

「キミ、よく避けたわね」

「ハッキリと視えた(・・・)から……いや、視せてもらったっていうほうが正しいか」


 閃光が弾ける直前、この場にあった霊素(・・)が不穏な動きをした。幾重にも枝分かれするように列をなし、レーシングコースのように導線を作っていたのだ。


 今からここに攻撃が来ますよ、と言わんばかりの霊素配列だった。

 俺が正直に言うと、少女は笑みをこぼした。


「いいわねあなた。合格よ」

「なんのだ」

「そりゃ試験に決まってるわよ」


 いやだから何の試験だよ。

 公爵家に攻め入る狂人に試験監督をお願いした記憶はないんだけど。


「……じゃあ、合格祝いで帰ってもらってもいい?」

「あはは、キミ性格悪いって言われない?」

「まさか。よく良い性格してるって褒められる(・・・・・)くらいだし」

「あはははは」

「下がれルルク! 『ライトニングランス』!」

 

 倒れていたララハインが、不意を打って魔術を放った。

 雷の槍が笑っていた少女の腹を貫く。


 それに続くように、ギリギリ意識を失わなかった兵士たちも倒れたまま魔術を発動しようとして――


「やめな!」


 鋭い声が響いた。

 屋敷の正面玄関前にいたのはヴェルガナだった。彼女は大きくため息をついてから、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


「一撃で全員倒れるとはねえ……まったく腑抜けてる。それに、アンタたちがいくら魔術を撃ちこんだって敵う相手じゃないさね。ララハイン様も王都生活で気が緩んでるんじゃないのかい? 後でみっちり根性叩き直してやるさね」

「ヴェ、ヴェルガナ……はやく侵入者を……ゲホッ」

「はぁ。アンタはほんとに生真面目だねぇ。このひと(・・・・)はアタシやディグレイの知り合いだからいいんだよ。不意に襲って相手の実力を試すっていう悪癖があるけど……まあ、基本は善人さね。あとで治療してやるから安心して気絶してな」

「そうよ。私、見ての通りの善人なのよ?」


 雷に体を貫かれたのに平気な顔をしておどけた少女。

 見た目はともかく、行動はただのテロリストだけどな。


「久しぶりねヴェルガナ。ディグレイはいるかしら?」

「ええ。こちらにどうぞ」


 丁寧に案内を始めるヴェルガナ。


 えっ、ヴェルガナのあんな態度初めてみたんだけど。

 主人である領主に対してもいつも不遜な対応だし、なんなら父親のほうがいつも畏まってるから、この公爵家の裏ボスに違いないあのヴェルガナが、敬語だと……?


 こりゃいよいよ只者じゃないな。

 大人しく隠れてよ。


「ルルク坊ちゃん、アンタも来るんだよ」


 え~。


「……アンタ、いまものすごくイヤそうな顔したさね?」

「見えてるんですか?」

「バカいいな。こっちはアンタが産道から顔出したときから世話してやってんだ。いいから黙ってついてくるさね」

「……わかりました」


 俺は不本意ながら、ふたりについて屋敷に戻った。



□ □ □ □ □



 ヴェルガナが案内したのは、通常の来客用の応接室のふたつ奥の部屋――めったに使わない賓客用の応接室だった。


 ここの壁や扉には防音と耐熱耐衝撃の魔術器が設置されていて、守りが厳重な上に逃亡用の隠れ地下通路がふたつもあるらしい。

 王家の使者や同じ公爵位相手でもない限り使わないという、激レア接待部屋なのだ。いつもは鍵が閉まってるので、俺も入ったのは初めてだった。


 そんなところに迷わず案内したヴェルガナは、部屋に入って少女をソファに座らせるなりいきなり膝を折って頭を垂れた。


「お久しぶりでございます、お師匠様(・・・・)

「久しぶりねヴェルガナ。ちゃんと立派な子どもたちを育てているようね」


 窓の外を眺めて言う少女。


 この人がヴェルガナの師匠か。たしか若い頃に師事してたっていう。

 どう見ても女子高生にしか見えないこの美少女、もしかしなくても想像の10倍くらい凄い人なんじゃないか。

 まず間違いなのは、見た目通りの年齢ってことだけはあり得ない。


 兎に角、俺もこうしちゃいられないな。


 ここは同じ神秘術士(・・・・)として、礼節を尽くさねば。

 異世界に転生してこの4年間、引きこもりながらに貴族の息子として厳しく鍛えられた接待スキルを見よ!


「この度はお初にお目にかかります。挨拶が遅れまして申し訳ございません、私は領主ディグレイと第一夫人レレーナの息子、ルルク=ムーテルと申します。さきほどは失礼な物言いをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。重ねてこのような若輩者が知古の再会の場に同席致しますことを、お許し願い申し上げます」

「……。」


 いきなりヴェルガナの隣にかしずいて挨拶したのがいけなかったのか、少女はきょとんとした表情を浮かべた。

 それ以外の反応がないので頭を下げ続けていると、彼女はそのまますぐにヴェルガナに視線を送り、ヴェルガナは首を横に振った。


「ふうん。私のこと、ヴェルガナから聞いていたわけじゃないようね」

「もちろんです。もし貴女のような麗しい女性のことを一度でも耳にしていれば、忘れるはずはありませんから」

「……。」


 また無言になった。

 あれ、なんか間違えたか?

 貴族たるもの淑女はちゃんと褒めろと、社交の家庭教師に教わったんだが。


「ねえヴェルガナ、この子ってこの歳でもう女たらし?」

「そうですねぇ。妹のリリス嬢はすでに毒牙に」

「かけてねぇよ!」


 つい素でツッコんでしまった。

 すると何が面白かったのか、少女がお腹を抱えて笑い出した。


「あはは、逸材じゃないの! ねえヴェルガナ、この子ほんとにディグレイの息子なの?」

「間違いなく。しかし時折、妙に老練な反応をすることもありまして、アタシでもなかなか骨が折れる生徒でございますれば」

「それはなかなか興味深いわね……でもルルクね、憶えたわ。私はロズ。それにしても箱入り息子っぽいのに、ねぇ……」


 しげしげと眺められる。


 ヴェルガナの師匠、ロズ。短い名前は憶えやすいからありがたい。というかそろそろ低頭姿勢も疲れてきたので、ここは子どもの姿を利用してソファにダイブするべきか。


 そう悩んでいたときだった。


 ドタドタと足音が聞こえてきたと思いきや、応接室の扉が勢いよく開いた。

 言うまでもなく父親だった。


「なっ! な、な、なん……っ!」


 父はロズを見るなり息を呑んで震え始めた。

 そういや昔、こんな玩具を見たことあるな。カエルのやつ。


 呼吸困難にでもなったのかと心配になるくらいワナワナと震えている父。

 その様子を見て、ロズはつまらなさそうに息を吐いた。

 

「相変わらずねディグレイ坊。でもそろそろ何か言ったらどうかしら? あなたの息子のほうがよほど礼儀を弁えているわ」

「え? あ……んんっ」


 そこでようやく、この場に俺がいることに気づいたようだった。


 息子の視線でなんとか冷静さを取り戻した父は、ゴホンと咳ばらいをしてそのままソファに深く腰掛けた。それと同時に、いつの間に部屋に入ってきたのか執事のお爺さんが全員分の紅茶をテーブルに並べていく。


 そろそろ離席してもいいか聞きたかったけど、紅茶が運ばれてきちゃったぜ……しかも匂いからして滅多に出てこないうちにある最上級品だ。

 ふむ、しかたない。紅茶があるなら飲み終えるまでいよう。あくまで礼儀としての不可抗力だからな……お願いしたらおかわりもらえるかな?


 全員ソファに座って紅茶に口をつけると、父がまず口を開いた。


「随分お久しぶりですな、ロズ先生」

「私、あなたを弟子にした憶えはないわよ」

「それは承知しております。先生には数えきれないほどの恩義がございますゆえ、どうかお許しを」

「……まあいいわ。なんとでも呼びなさい」


 ディグレイはロズのことを熱心な視線で見つめていた。


 なんというか、崇拝対象とか初恋相手を見るような目線だった。それに対してのロズは、ヴェルガナ相手に話すよりも明らかに興味のなさそうな反応だな。

 この三人の関係性も気になるけど、口を挟めるような空気じゃない。


「して先生。我が領地にどのようなご用件で?」

「領地には用はないわよ。あるのは個人」

「それは私に、ですか?」

「そうともいうし、そうじゃないともいうわね。ディグレイ、あなたには理由がわかるかしら。すでに欠片は揃っているわよ」

「……またお戯れを」

「いいじゃない。あなたも領主として精進してきたのでしょう? 死ぬまでに一度でいいから正解してみなさいよ」


 楽しそうに笑みを浮かべたロズ。

 対照的に苦い顔をしたディグレイ。


「……ヴェルガナの、目のことでしょうか」

「あら、それは私がどうこう言うことじゃないでしょう。あなたたちがお互いに納得済みなら、私が口を挟む義理もないんだし」

「では如何様(いかよう)で」

「もう諦めるの? ほんと堪え性がないわね。あなたは分かる? ヴェルガナ」

「ルルク坊ちゃん……いえ、ルルク様のことでございましょう」


 ヴェルガナは迷わず答えた。


 ……あ、なるほど。

 わざわざロズとは関係のないはずの俺を連れてきた理由は、ヴェルガナは最初からロズの目的が俺であるということを予測していたからだったのか。


「それはなぜかしら?」

「ルルク様が初めて鑑定してから4年。一年に一度鑑定を繰り返し、鑑定室のシスターとも顔見知りの様子。シスターもルルク様の鑑定結果を他言するような人物ではございませぬが……シスターとて市井人(しせいびと)。家族や友人の前では口も緩むものです。どこからか話が漏れ、時を経てお師匠様の耳に入ったのではないかと」

「ふうん。それで、私がそれを知ってどうしてわざわざこの子を訪ねてくるのかしら」

「それこそ理由がございましょうか」


 ヴェルガナは懐かしむような穏やかな声で言った。


「あなたはいつも探しておられた。自分の教えを授けるべき相手を、その資格ある教え子を。ゆえにルルク様がお持ちになっているスキル『数秘術』のことを聞けば、お師匠様はいずれ現れると思っておりました。同じ数秘術を有しておられる、お師匠様――神秘王ロズ様(・・・・・・)のことなれば」


 神秘王。

 そう呼ばれた彼女は口元を緩めた。その態度はヴェルガナの言葉が正しいことを示していた。


『三賢者』を筆頭に、多くの伝承や物語に出てくる謎の多い不老不死の王。

 それがいま、目の前にいる。


 俺は叫びたくなる気持ちを必死に抑えていた。『冷静沈着』先輩が何度も仕事をしている。


 確かに4年前、鑑定を行った時のヴェルガナは、まるで神秘王を親しい相手であるかのように語っていた。

 もしかして知り合いかも、とは思っていたのと、さっきの圧倒的な神秘術を見たときなんとなくそうなんじゃないかと疑ってたから、俺はギリギリ平静を保てた。


「る、ルルクを……先生の、弟子にですか」


 声を震わせたのは父のディグレイ。


「しかしルルクは忌み子……魔術を使えないんですよ。いつまで生きられるかもわからない、そんな体質なのです。先生の慧眼を疑うわけではありませんが、神秘術スキルひとつあるからと言って先生の教えを授かれるような優秀な人間では――」

「愚かね、ディグレイ」


 ロズは冷たい目で父を眺めた。


「たしかに私がここを訪れたのは、噂通りこの子に数秘術のスキルがあるか確かめるためよ。じゃあ、わざわざ兵士たちを騒がせてまでこの子に近づいたのはどうしてかわかるかしら。確かめるだけなら、そんな手間をかける必要はなかったでしょう」

「……そ、それは……」

「あなたたちは知ってるでしょう、私の眼」


 そう言ってロズは俺をまっすぐ視た(・・)


 その黒い瞳に、かすかに丸い白い光が浮かび上がっていた。

 光の模様は、まるで数字の――


「……ゼロ?」

「そう。私の保有する数秘術スキルのひとつ『虚構之瞳(みとおすもの)』。私のこの目は、隠された情報を知ることができる。名前、種族、レベル、ステータス、保有スキル……それだけじゃなくて、壁の向こう側や隠した武器なんかも自由にね。だからあなたの数秘術士としての才能も、そしてあなたの父親――ディグレイ坊が、どれほど自分の息子のことを知らなかったのかも理解したわ」


 なんだその便利なスキルは。

 あきらかに聖魔術の『鑑定』の上位互換じゃね?


 まあロズのいうとおり、ディグレイは俺のことを忌み子としてしか扱ってこなかった。4年前の鑑定のことは報告を受けているはずだ。鑑定内容を含めたその詳細すべてを。


 それでも俺への扱いを変えなかったのは、自分が崇めていた相手と同じ系統のスキルを、自分の出来損ないの息子が持っていたから――そんな嫉妬があったのは否めなかったのだろう。


 ディグレイは目を逸らし続けたのだ。

 俺がひたすら神秘術を磨いてきたその努力から。この4年間の軌跡からも。


 それらを見抜き、愚かだと断じたのは、ディグレイが崇めていた相手そのものだった。


「きっと知らないでしょう? あなたの息子は、たしかに魔術を使えないわ。でもその代わり、神秘術に関していえばすでに私と大差ないスキル数を習得しているのよ。千年を生きたこの神秘の王に比肩する数の、弱々しくとも多彩なスキルを」

「な、なっ……ッ!」


 ディグレイは言葉をつまらせて俺を見た。

 俺はそんな視線を意に介せず、じっとロズを見つめていた。


 物語の中に出てくる伝説の神秘王だ。こんな畏まった場でなければ飛びついてサインを求めてるくらいには内心興奮してる。


 その力は絶大で、悠久の時を生きてきた知識は膨大だろう。俺も神秘術士のはしくれとして、尊敬すべき相手に違いない。


 そんな彼女は余裕のある表情で、ハッキリとこう言った。


「私の用件はひとつ。ディグレイ、あなたの息子を頂くわ。この子を私の弟子にする。いいわね?」


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