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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅲ幕 【幻影の忠誠】

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教師編・21『空を歩く幼女』

 

 宝箱の魔物ミミック。またの名をボックスシフターという。


 いわゆる変身擬態(シェイプシフト)の能力を持った魔物のなかで、冒険者がもっとも出会う相手だろう。どのダンジョンでも浅い層でかならず見かけるようなやつだ。


 ミミックは実は吸血性の魔物で、胃液はほとんど出ない。人間の肉はもちろん固形物を溶かせるような消化器官はもってないので、ミミックの大きな容積におさまるものなら保管しておける――という、あまり使うことのない雑学があるのはご愛敬だった。

 だからもし初心者が間違えてミミックの中に体を突っ込んでも、せいぜい歯が数センチ食い込むくらいで死ぬことはない。


 ミミックの擬態の見破り方は非常に簡単。

 そもそもダンジョンでは階層ボスを倒したわけでもないのに宝箱が落ちているなんてあり得ない。宝箱だってダンジョンの大事なリソースなので、よほど重要な場所以外では素材は全てそのままドロップするのだ。

 ちなみに無知な駆け出し冒険者くらいしかミミックに引っかからないので、冒険者界隈ではミミックに噛まれることを〝献血〟と揶揄している。

 もちろん俺も昔はミミックを見つけて、ゲームみたいだとハシャイだことはあった。でも師匠(ロズ)に見破り方と生態を教わってからは全部無視するようになった。


 だってロズが『あれは宝箱の形をしたヒルみたいなもんよ』って言うんだもん。噛まれた時の簡単な対処法(火やタバコの煙で燻す)までヒルと一緒なんだから、それからは四角いヒルにしか見えなくなったんだよ。ヒルは生理的に無理だ。


 そんなわけで、ベテランの冒険者はミミックには滅多に近寄らない。

 中に物を入れておける雑学も忘れてた。


「『全探査(フルサーチ)』……ん、いた。あっち」


 というわけでさっそくエルニに探査してもらったら、地上にミミックがいるらしい。

 ダンジョンでしか見かけない魔物がわざわざ街の中にいるってだけで怪しさ満点。すぐにミミックが隠れている場所まで案内してもらったら、カーデルが苦笑していた。


「こりゃ偶然だね。ここ、よりにもよって闇ギルドの拠点だよ」


 繁華街からもほど近い、とくに変哲もない三階建ての建物だった。


「もしかして、午後から潰す予定の?」

「そうだよ。ま、手間が省けて助かるわな」

「ちなみにどんなギルドなんです?」

「何でも屋さ。殺し、盗み、恐喝、高利貸し……冒険者になれない脛に傷があるやつらを雇って、見境ない商売をしてるんだとよ」

「いかにもな闇ギルドですね」


 前科者は冒険者になれないからな。

 そういう人たちの労働の受け皿になっているといえば聞こえはいいかもしれないけど、やってるのはただの犯罪。当然、騎士団に情報が回ってくれば粛清される。

 そういうことなら配慮はいらないな。すぐに『虚構之瞳(みとおすもの)』で隅々までチェックしていく。


 ビンゴだ。地下室にミミックがいて、なかに大きな宝玉――迷宮核(ダンジョンコア)が隠されてあった。


「どうします? すぐに突入します?」

「いや……騎士団を呼んでくるよ。儂がいくら偉くても手続きは必要だからね」

「では俺たちは見張りつつ待ってますね」

「頼んだよ」


 カーデルはそう言って、裏路地に消えていった。

 俺たちパーティメンバーだけになると、すぐにセオリーが俺の袖を引いた。

 なんかモジモジしてる。


「あ、あるじ……その、我の肉体はまばゆい光に耐性を失うゆえ、闇を摂取しなければならない。しかし闇を摂取しすぎたゆえ、少々腹部に異変が……これはおそらく毒を仕込まれたかと」

「トイレ行きたいんだろ。さっさと公衆便所にでも行ってこい」


 眷属通信でさっきから尿意を我慢してることは伝わってたからな。


「し、しかし我は闇の世界の住人……光の世界はよくわからぬ」

「はいはい。サーヤ頼んだ」

「はーい。ほらセオリー行くわよ」


 セオリーの手を引いてサーヤが歩いていく。がんばれサーヤ、道に迷ったらたぶんセオリーは漏らす。ギリギリだから。


「ルルク、闇ギルド相手なら殺してもいいです?」

「それはカーデルさんに聞かないと。でも色々情報が欲しいだろうから、たぶん生け捕りでいくんじゃないかなぁ」

「そうです……不殺縛りはナギに厳しいです」


 ちょっと不満そうなナギ。

 この前の盗賊討伐でも参加できずにいたので、かなりストレスなんだろう。ナギは悪者を殺したいというより戦闘に参加できないこと自体が不服なんだろうけど……そうだよな? そうであってくれ。


 ちなみにまだ朝早い時間なので、プニスケはエルニの頭の上で寝ている。この感じだとまだまだ起きなさそうだ。エルニはもちろんやる気マンマンだ。参戦できるといいですね。


 しばらく待っていたら騎士や兵士をたくさん連れたカーデルと、セオリーを連れたサーヤが同時に戻ってきた。


「待たせたね。中の様子はどうだい?」

「とくに動きはないです。こっちに気づいた様子も」


 透視しているけど、建物のなかには十人ほどの男がいるだけだ。全員リラックスしているので、まさか包囲網を展開されているなんて夢にも思ってないんだろう。

 ここにいる以外にも兵士たち十人ほどが建物を囲んでいるので、あとは突入するだけだ。


「じゃあやるかね。クアイン、任せたよ」

「ハッ!」


 カーデルが声をかけたのは兵を率いた騎士。

 彼は全員の配置を確認してから兵士たちに告げる。


「先も共有した通り中にいる者は全員捕縛する。抵抗が予想されるが、なるべく生け捕りにするように。それと地下室にミミックがいると思われるが、そちらの対処はカーデル様にお任せするので、地下室の入り口を見つけ次第報告せよ」

「「「ハッ!」」」

「それでは総員――突撃ィ!」


 騎士クアインが叫びながら、風の魔術を放った。

 扉が音を立てて吹き飛び、ほぼそれと同時に侵入していく兵士たち。

 いやあ勢いがあるな――ってエルニが宙に浮かんでる!?


 エアズロックを足場にして、二階の窓まで空を歩いていくエルニ。

 空中歩行とかマジシャンかよ。周囲の野次馬たちが目を見開いて仰天してるんだがちょっとは自重してくれない?


「『ライトニングボム』」

「「「ぎゃー!」」」


 窓から魔術放り込んでやがる。

 そりゃあ今から騎士たちを追っても戦えないけど……にしても先回り方法が斬新というか、なんというか。


「カッカッカ! 空気を固めて足場にするなんて初めて見た。面白いことするもんだね」


 カーデルが爆笑してる。

 ……まあいいか。エルニの戦闘欲が満たされるほど強者はいないけど、ここで不満を溜め込まれるよりマシだな。適度な発散とても大事。


 その隙に俺たちとカーデルは正面から入り、階段を見つけて地下室へと侵入。

 地下室にミミックがいたので蹴ったら、痙攣して中身を出してくれた。


「あったあった。間違いなく迷宮核(ダンジョンコア)だね」


 カーデルが満足そうに頷いた。


「では俺が持ちましょう。どこまで持っていきますか?」

「ひとまずギルドまで頼むよ。王宮内に運ぶのは手続きがいるからね」

「わかりました」


 国家機密だもんな。

 ギルドに持って行くぶんにはデカい水晶ってことにすれば通じるけど、王宮はさすがにそうはいかない。荷物検査もあるだろうし。


 俺は迷宮核を布に包んで背負い、一階に戻った。

 さほど時間は経ってなかったが上階での戦闘もすべて終わっていて、闇ギルドの人々はみな捕縛されていた。

 エルニが魔術を放り込んだ二階と三階のやつらは、みんな焦げてアフロになっている。


「カーデル様、予定通り制圧しました。こちらに怪我人はおりません」

「おつかれさん。じゃあちょいとギルドに用事があるから後は任せるよ。もう一件は予定通りの午後でいいね?」

「勿論です。では自分も団長……いえ、副団長への報告があるので失礼します」


 クアインはビシッと敬礼して、建物の外へ走っていく。

 真面目そうな騎士だなぁ。


「じゃあ俺たちもギルドまで戻りましょう。転移でいいですか?」

「ああ、頼むよ」

「エルニは……あ、戻ってきた。おかえり」

「ん」

「よし。『空間転移』っと」

「着いた着いた。いやあ便利なもんだね」


 最初は近距離でも転移を使ってたら「これだから若いのは」とか「足を使わんと老けるの早いよ」とか言ってたのに、自分も転移を利用したとたん何も言わなくなったな。現金なものだ。


「ダイナ、帰ったよ」


 ギルドマスターの部屋に戻ってきたら、ダイナソーマンが執務机から立ち上がった。


「見つけたのか」

「うむ。ルルクや」

「はい。こちらです」


 布を解いてテーブルに載せる。

 見た目は透明な水晶。バルギアの迷宮核より一回り大きいが、魔力はさほど溜まってなさそうだ。


「よく見つけてくれた。感謝する」

「ママレド様のおかげですよ。これでクエストは完了ですか?」

「ああ。報酬を出そう。しばし待たれよ」


 ダイナソーマンは部屋の隅にあった金庫から金貨袋を取り出した。

 契約通りの報酬を受け取ってアイテムボックスに仕舞ったら、カーデルが口を挟んだ。


「あんたたちはもう自由にしていいよ。いきなり呼び出してすまんかったね。またしばらくはバルギアで活動かい?」

「俺以外はその予定です。まだダンジョンの攻略中なので」

「おや、ルルクはこっちに残るんかいな?」

「そうですね……仲間たちの育成はエルニに任せられるので、俺はこっちの拠点を整えたいのと、もうちょっと王都のことを知りたいなと思ったので」


 今回のこともあるし、色々と調べたいこともできた。

 個人的な調べものになりそうなので、仲間たちを付き合わせるワケにはいかないからな。


「そうかい。ギルドに顔は出すつもりかね?」

「毎日どこかで出そうとは思ってますよ。まだまだ授業のこともありますし、ニチカさんのことも気になりますし」

「ほう。あんたも美人にゃ弱いんだね」

「スイモクのためですよ。まあ美人に弱いのは否定しませんが」


 肩をすくめておく。

 もっとも俺の好みは頼りがいのある大人のお姉さんだ。ニチカはスタイルの良い美少女だけど、ジャンルが違う。


「ま、自由におやり。儂はこんなことがない限り基本王宮からは出ないからね。また会ったらよろしくしておくれ」

「はい。お元気で」


 ヒラヒラと手を振るカーデル。言外にさっさと行けと追い出された。

 ダイナソーマンと内緒話でもするんだろう。もちろん今回の盗難事件や政治的な話に首を突っ込むつもりはないので、大人しく部屋から出て階段を降りた。

 昼間だからか、ギルドは比較的閑散としていた。昼食を食べているパーティが何組かいるくらいで、クエストボードにも依頼書がほとんどない。ほんと、この国の冒険者は働き者が多いなぁ。


「私たちはお昼どうする? ここで食べて帰る?」

「そうだなぁ。ここかバルギアのギルドか、露店街で食べ歩きするかの三択にするか」

「はい! 食べ歩きがいい!」

「ん、さんせい」

『ボクも!』

「ナギも賛成です」

「ふっ、我はあるじの影。あるじ行くところ我あり」


 多数決は露店街4票と放棄1票か。決まりだな。

 クエストを終えた俺たちは、のんびりと過ごしてからバルギアに帰るのだった。



■ ■ ■ ■ ■



「これはこれは、田舎公爵殿ではないですか。執務室を騎士舎から牢屋に鞍替えしたのですかな?」


 特別牢に入って3日目。

 依然としてろくな説明もされぬまま、淡々と食事だけが運ばれてくる。

 騎士としての責務が果たせないのは仕方ないとしても、体が鈍るのだけは避けたかった。とはいえ牢でできることといえば瞑想と筋トレくらいなので、ガウイは今日もまた腕一本で逆立ちして腕立てをしていた。


 そんなとき、思わぬ来客があった。

 眼鏡をかけたデコの広い男――たしか、アクニナール公爵。

 明らかに侮蔑を含む言葉を投げられた父は、瞑想をしたまま目も開かずに答えていた。


「……財務官長殿がこのようなところへ何用ですかな」

「貴公の様子を見に来ただけですよ。食べ過ぎて(・・・・・)国家反逆罪の被疑をかけられてしまった、哀れな同志をね」

「そうでしたか。つまらぬ見世物ですみませんな」

「いえいえ、思ったより愉快なものですよ。腕力だけが取り柄の猛獣が檻に入れられているのを眺めるのはね。はっはっは」


 あきらかにバカにしている。

 父は黙ったまま表情を変えなかったが、ガウイはつい腹が立ってバランスを崩しかけた。くそ、集中しろ集中。


「しかし滑稽ですなあ。忠義の強さだけが自慢の田舎公爵殿が、まさか国家に逆らった嫌疑をかけられるとは」

「詮無き事。我々はただ、忠義を示すのみである」

「口ではなんとも言えましょうぞ。知っておりますかな? いま社交界では貴公らムーテル家の話題でもちきりですぞ。当主と子息は投獄され、次期当主は遠方にて行方不明になり、残る子息たちは肩身を狭くして鼻つまみ者。騎士というのは腕っぷしを封じられると何もできない生き物なのですなぁ」


 行方不明……?

 長兄のララハインは、ガウイにとっても尊敬できる兄だった。強くて真っすぐで、まさに騎士のあるべき姿そのもの。そのララハインが行方不明だって? そんなこと信じられない。

 ガウイはつい鉄格子まで歩み寄っていた。


「ど、どういうことですかアクニナール卿! 兄さんが行方不明だというのは!」

「うん? どうもこうも、家柄だけの騎士がどこかで魔物のエサにでもなっただけの話では? ハハハ、ムーテル家も瓦解寸前ですなあ」

「ありえない! 兄さんが魔物に食われたなんて……兄さんは強いんだぞ、俺よりもずっと! 訂正しろ!」

「おい、誰に口を利いている? たかだかメープル殿下に気に入られているだけの分際で調子に乗るなよ。これだから脳筋一族は……」


 アクニナール公爵は顔をしかめて、汚物でも見るように目を逸らした。

 すると父が片目を開いて言った。


「その脳筋一族の物見遊山は楽しめましたかな? 高みの見物はさぞかし心地よいものですからなぁ」

「……ふん。貴公の態度次第では陛下に口利きをとも思っていたが、とんだ時間の無駄だったわ。失礼する」


 そう言い捨てて去っていくアクニナール公爵。

 正直、ガウイでもそのセリフは嘘だとわかった。嫌いな相手が苦しんでいる顔を見に来て気を晴らしに来ただけなんだろう。


 再び静かになった牢内。

 その日はララハインと、他の兄弟たちのことが心配でなかなか寝付けなかったガウイだった。


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