教師編・20『食べ過ぎ罪』
「ほら、もう大丈夫ですよニチカさん」
「うわあん! 怖かったよルルクくーん!」
ギルドの酒場、その一角。
縛られて布袋に入れられていたニチカを助け出し、すぐに連れて帰ってきた。拘束を解いて目隠しをとってやるとすぐに抱き着いてきた。
俺は避けたので、後ろにいたサーヤにガバっと。
「ぐすん、怖かったよぉ。お願いぎゅっと抱きしめて」
「……これでいいの?」
「うんこれで――って何であんたなのよビッチ!」
「そっちが抱き着いたんでしょ!?」
すぐさま離れたニチカだった。
またもや女子同士の喧嘩が始まってしまったけど、怪我もなさそうで何よりだ。
スイモクがまた頭を下げる。
「何とお礼を言っていいのかわかりませんが……本当にありがとうございました」
「いいって。それよりスイモク、ニチカさんがマグー帝国に狙われた理由はわかる? かなり大規模な組織が動いてたみたいだけど」
結局、ニンジャも下っ端だったらしくろくな情報は手に入らなかった。
すぐに騎士団の人が駆けつけてくれたので、三人とも捕まっている。あとのことは国に任せるとしても、事情は気になった。
「見当もつきません。姉さんは踊り子として以外に活動してませんので」
「だよなぁ。熱狂的なファンの犯行っていうのも変だし」
「はい。そもそも僕たち、マグー帝国には行ったことはありませんし」
謎だな。
ま、誘拐の動機は考えても仕方なさそうだ。
俺としては犯罪組織の拠点が地元にあったのは気になることろだったけど、まがりなりにも父親――騎士団幹部のお膝元だ。自分の街の治安管理は父の責務なので、口も手も出す気はない。
「なんにしよ飯にしよう。スイモクも大変だっただろ、一緒に食べよう」
「はい! ご一緒させていただきます」
俺とスイモクは騒がしい女子たちから離れて座ると、料理を注文し直した。さっき頼んだのは冷めないうちに仲間たちが食べてたからな。
そのあとはスイモクと他愛もない話をしながら、楽しい晩餐を過ごした。さっきまでの不安と緊張が解けたのか、スイモクは前の時より笑う回数が多かった。
トラブルはあったけど、こうして友達の笑顔を守れただけでも良かったな。
■ ■ ■ ■ ■
地下牢の空気は澱んでいる。
換気口くらいはあるだろうが、そうはいっても湿気は溜まる。綺麗にされているとはいえ快適だとは口が裂けても言えなかった。
太陽を拝めないので時間も曖昧だ。とっくに陽は沈んだはずだが、具体的な時間はまったくわからない。
いつまで放置されるんだ……と不安になっていたガウイは、階段を降りてくる足音に気が付いた。
「団長、こちらに」
「ああ」
扉を開けて入ってきたのは父だった。
「父上!」
「ガウイか」
「はい! これは一体どういうことでしょう? よろしければ父上にご説明願い――」
そこまで言いかけて、ガウイは息を呑んだ。
てっきりガウイの様子を見に来たと思っていたが、違った。父もまた向かい側の牢に入れられたのだ。
「……父上?」
「何も言うな。囚人同士の会話は禁止されている」
いつも通り厳格な口調で、座敷にどっしりと座り込んでいた。
まるで動揺した様子がないのは気になったが、まさか第二騎士団の団長である父まで同じ扱いだとは予想外だった。本当に、何が起こっているのか。
「では団長、食事をお持ちします。ご子息にも同じものをご用意します」
「私たちは囚人だ。これからはしかるべき対応をしろ」
「……ハッ」
騎士はバツの悪そうな顔で敬礼すると、すぐに踵を返して出て行った。
やはり監視などはないらしい。ガウイは小声になった。
「ち、父上……これは一体どういうことですか」
「会話は禁止だと言っただろう」
「ですが納得できません! せめて知っていることだけでもお話してください」
「ならん。ガウイ、おまえもムーテル家の騎士なら腹をくくって黙っていろ」
「で、ですが……」
なおも食い下がろうとしたときだった。
扉の外――階段のほうから聞きなれた声がした。
「はなして! わたくしは王女ですのよ!」
「なりません姫様! いくら姫様といえど、特別牢への立ち入りは禁止されております!」
「知りませんわ! わたくしは、ガウイとお話しにきたんですの! 邪魔しないでくださいまし!」
「痛っ! ちょっ姫様!」
バン!
と扉が開いて入ってきたのは、予想通りメープルだった。
「ガウイ!」
顔をパァっと明るくして、すぐに走ってきたメープル。
ガウイは慌てた。
「な、なりません姫様! このような薄汚い場所へやってくるなんて、お召し物が汚れてしまいます!」
「そんなことどーでもいいですわ! それよりガウイ、どうしてこんなところに閉じ込められているんですの? すぐにわたくしが出して差し上げるですの」
「そ、それは……」
そんなことガウイが聞きたい。
聞かされたのは、国家反逆罪という名目だけだ。もちろんそれを額面通り信じる気もないので、何かの陰謀に巻き込まれたと確信している。
そしてそれを幼い主君へ伝えることの危険性も、承知していた。
「ねえガウイ、どうしてですの?」
「そ、それは――」
正面の座敷牢から父が睨んでいる。
正直に答えるなんて論外。
ガウイは一呼吸おいてから答えた。
「今朝、食堂で料理を少し食べ過ぎまして。つまり、その……騎士団の折檻です」
「……たべすぎ、ですの?」
目を丸くしたメープル。
ガウイはつとめて明るい顔で笑った。
「はい。メープル様も知っての通り、私は食い意地が張ってますので……ほら、そちらに父上がいるでしょう? 私たちムーテル家にとって食堂のご飯は少なくて、ついつい食べ過ぎてしまいました」
「……ガウイの御父君、本当ですの?」
「はい、メープル王女殿下。しかし我々は騎士の模範となる立場にあるべきだと判断して、このような処置を取りました。しかしご安心を、この折檻も数日のこと。王女殿下の傍仕えに支障がでないよう、代理の者も手配している手筈でございます」
父もガウイの話に合わせた。
メープルは眉をへの字に曲げて、
「そ、そうでしたの……ガウイ、ほんとうにすぐに戻ってくるんですの? また遊べますの?」
「もちろんですよ、メープル様。ですから、つぎに遊ぶ内容を考えていてくださいね。私のいないあいだにイタズラしてはいけまんよ」
「し、しませんわ! わたくしもう子どもじゃないですの!」
「それは失礼しました。ではメープル様、ここは空気も悪いのでお引き取りを」
「……わかりましたわ」
渋々といった表情で、兵士に連れられて出て行ったメープル。
扉が閉まって姿が見えなくなると、ふぅと息をついた。うまく誤魔化せただろう。臨機応変な対応にしてはよくできたんじゃないか?
「ガウイ」
「なんでしょう、父上」
まさか父親側から話しかけられるとは思わず、背筋を正して返事をしたガウイ。
父――ディグレイは頭痛を堪えたような表情で、
「察しているとは思うが、我々は特殊な立場でここにいるのだ。そもそもメープル様が我々のことを知ったのも誰かの不手際だろうが……それにしても、食べ過ぎで捕まったなど誤魔化すにしては稚拙すぎだ」
「そうでしょうか? メープル様の教育にもいい理由だと思ったのですが」
「馬鹿者。我々が特別牢にいることはじきに噂になるだろう。率先して喧伝するのはまず間違いなくメープル様だろうが……仮にも我々が〝食べ過ぎ〟で捕まったと吹聴して回ることを想像してみろ」
「あっ」
そんなもので捕まるワケがない。
何も知らずにのんきに信じている幼い姫を、周囲は哀れに見るだろう。
それにムーテル家は公爵位だ。ガウイたちにとっても余計な噂が出回るだろう。嘲笑されるのも目に見えている。
「……すみません」
「まあ、よい。もとよりメープル様に知られたことが問題だ。このことを知っているのは臣下とごく一部の騎士のはずだが……いや、むしろその線から辿れるか……?」
なにやら考え始めた父。
ガウイはまだまだ貴族として未熟なことを自覚して、反省するのだった。
そしてその噂は予想よりはるかに早く、市井を駆けまわるのだった。
□ □ □ □ □
「さて、今日の捜索は地上だね。迷宮核に関しては機密事項だから、名目上は宮廷魔術士としての犯罪捜査とその手伝いってことにしてるよ。だから儂と、あんたたちだけでおこなうからね」
翌日の朝、ギルドマスターの部屋。
俺たちのパーティとカーデル、そしてダイナソーマンだけが部屋にいた。ヴェルガナとクイナードがいないので疑問に思ってたところだった。
まあダンジョン探索じゃなければ、確かに過剰な武力はいらないだろうけど。
「わかりました。こっちは全員でいいんですか?」
「あんたたち王都の地理もろくに知らないんだろ? ついでに全員で王都を回って、把握しておきな」
「確かに」
「それと場合によっちゃ子どもの見た目が役に立つときもある。冒険者としちゃ舐められるかもしれないが、情報収集では使える場面も多いよ。存分に利用しな」
たしかに、サーヤも一般人から話を聞くときは子どもの見た目を使ってるっけ。
「それと、これを機にいくつか闇ギルドを潰すから手を貸すんだよ」
「わかりまし……えっ」
「不満かいな。あんたたちの実力ならさほど危険もないだろ」
「まあ……一般的な相手ならそうですけど」
しかし闇ギルドってなんだ。暗殺ギルドみたいなやつか?
そんなやつらを相手にするなら気を付けておかないと。
「安心しな。闇ギルドのときは騎士たちもいる。むしろそっちが本命だよ」
「そりゃそうですよね。よかった」
「じゃ、午前はしばらく迷宮核探しだ。頼んだよ羊の嬢ちゃん」
「ん」
しかしついでで潰される闇ギルドって……なんか不憫だな。
俺たちはギルドマスターの部屋を出て、一階に降りていった。ロビーはクエストを選んでいる冒険者たちで混雑していた。
このギルドには知り合いといえるパーティはまだほとんどいないので、誰かに挨拶することもなく通り抜けようとしたときだった。
「ルルク様、おはようございます」
「あ、おはようございますママレド様」
クエストボードには目もくれず、入り口で誰かを待っていたのはママレド。
昨日の今日なのでちょっと気まずいな。
「ルルク様、少しお時間よろしいでしょうか」
「俺ですか? えっと、少しなら」
探してたのは俺だったらしい。
カーデルに目配せしてから、酒場の隅までママレドを連れて行く。
「何の御用でしょう」
「まずは、昨日は貴重な品をありがとうございました」
「いえいえ。思う存分役に立ててください」
「恩に着ます。それと昨日はなぜか伝えきれませんでしたが、もしお望みなら嫁に行く覚悟は御座いますので、すぐにでも申しつけ下さい。両親への説得も自分でするのでご心配なく」
「え、遠慮しておきます」
「そうですか。では、何か別のものでお返しできるか考えておきます」
両親て国王陛下と王妃だよな? イヤだよそんなん。
冷や汗をかいていると、ママレドは眼鏡の下の目をスッと細めた。
「して本題なのですが、ルルク様は何か探し物をしてらっしゃるとか」
「ええ、まあ。もしかして噂になってます?」
「ターニャさんがおっしゃってました。クエストで我が国のトップパーティと合同クエストに出かけたことは、誰もが知っておりますし」
「まあ、それはそうか……」
俺たちはともかく【聖夜】は目立つもんな。なんせこの国にとっては救国の冒険者たちだ。
「ちなみに噂って他にもあったりします?」
「特にめぼしいものはありません。さきほどターニャに聞いたところ、新しいものなら『南区の下水道で毒キノコが繁殖した』とか『ムーテル家の当主と息子が食べ過ぎ罪で捕まった』などはありますが」
「……いまなんと?」
「『南区毒キノコ事件』と『公爵家食べ過ぎ罪』ですね。詳しくはターニャに聞いて下さい」
「食べ過ぎ罪て!」
さすがに笑ってしまった。
何してんのあの父親。一緒に捕まったのは誰だろう。食い意地張ってるのはガウイくらいだから、きっとガウイだろうな。噂だけでも面白い。
俺がひとしきり笑うと、ママレドが言った。
「それで探し物の件ですが、よろしければお手伝いをと思いまして。探している物はおっしゃらなくて結構ですので、何か情報があればお渡しできます。特に魔物に関してなら見聞は広い自負はありますので」
「あ、ではお伺いさせてください。直径一メートル弱のものを飲み込めるような小型の魔物を知ってますか? 大型の魔物はひととおり探したので、小さな魔物でもそれが可能であれば知りたいんですが」
とはいえ魔物も生物だ。
自分と同サイズのものを飲み込んで保管しておけるなんて、生物学からするとかなり異端だ。
一応聞くくらいのつもりで聞いたら、ママレドはすぐに頷いた。
「はい、自分と同サイズのものを収納できる魔物はおりますよ」
「えっいるんですか?」
「ダンジョンでよく目にするようなので、ルルク様も見かけたことはおありだと思います。宝箱に擬態して冒険者を襲い、中にモノを収蔵できる魔物――ミミックが」
あっ。
俺たちはまるっと忘れていた。
誰もが知っている、低階層の定番罠――ミミックの存在を。




