教師編・19『王族が愛人なんて冗談でもやめてくれ』
80階のボス・〝天蛇〟ケツァルコアトル。
60階のボス・〝空獅子〟グリフォン。
40階のボス・ブラッディヘッジホッグ。
そのほかにも、各階の転移装置から半日以内にたどり着けそうな範囲の大型魔物を探して討伐して回ったものの、やはり迷宮核は見つからなかった。
ヴェルガナたち【聖夜】も、久々の実戦というわりにサクサク魔物を狩れたようだ。
「ダイナ、あんたちょっとカバーが遅くなったんじゃないさね?」
「すまん。書類仕事ばかりで筋力が落ちたようだ」
「そういうヴェルガナだって見切りがヘタクソになっとらんか?」
「ハッ。より洗練されてギリギリで避けてたのさ。ほれ、傷ひとつないさね」
「袖、切れとるよ」
「服には神経通ってないんでね」
やいやい言い合いながら、転移部屋に戻ってきた老人会……コホン、ベテラン冒険者たち。
じつに楽しそうだ。
「お疲れ様でーす」
「おや、やっぱりアンタたちのほうが早かったかい」
「迷宮核はありましたか?」
「いんや、なかったさね」
やっぱりそうか。
「ダンジョンに持ち込まれた形跡はないみたいですね」
「だねぇ」
つまりせっかく王宮から盗んでおいて使う気がまったくない、と。
それだけでも疑問なのに、どうやって隠しているのかも謎だ。
「……そろそろ日が沈む時間だね。いっかいギルドに戻って、飯でも食べながら作戦を立て直そうか」
「ですね」
俺とカーデルがそう言って、ゾロゾロと転移部屋から出る。
もちろんダンジョンは封鎖されているままなので、広場には誰もいなかった。閑散としたダンジョン前なんてかなり違和感だな。
そのままギルドまで歩いて戻ってくると、何やら酒場のほうで騒ぎが起こっていた。
「で、ですから解体なら提携している解体屋で請け負うと申しておりますので」
「何を馬鹿なことをおっしゃいますか。せっかくの変異個体、みずから解体しなくてどうするというのです。ほらここを見て下さい、この静脈を守る筋繊維の発達具合、じつに美しくありませんか!」
「ああせめて! せめて外でしてくださいママレド様! 床が血まみれにぃ!」
そういえば冒険者になったんだったな、ママレド殿下。
登録時から高レベルだったので、ランクもCからスタートしたと聞いている。ターニャに斡旋されて変異個体を狩りまくっているから、すでに〝変狩〟という二つ名を付けられているとか。
その変狩ママレドは、なんと酒場の一角で筋肉ムキムキの兎を解体していた。
もちろん周囲の客はドン引きして遠ざかっている。
……酒場のお姉ちゃんが必死に止めようとしているけど、無理そうだ。がんばれ。
「はぁ、ママレド様は相変わらずだねぇ」
「そっとしておきましょう」
「ダイナ、いいのかい? あれじゃ酒場の収益下がるよ」
「……しかし、違反行為をしているわけではない」
次から酒場で解体するべからず、っていうルールを作った方がいいと思うよ?
とはいえここまで血の匂いが漂ってくる。
俺たちもいまから晩飯だし、あの変態どうにかしたほうがいいと思うんだ。
「じゃあルルク、教師仲間だろ。言っとくれ」
「えっ俺に振ります? カーデルさんこそ宮廷魔術士でしょう」
「宮廷の外だから関係ないね。儂、いまはただの冒険者」
「じゃあギルドマスターが……っていねえ! どこいったギルドマスター」
「さっき秘書に呼ばれて部屋に戻ってたさね」
くそっ、逃げたな!
……はあ、仕方ない。確かに相手は王女殿下だ。対等に話せる立場は限られている。
俺は重い腰を上げた。
「どうもママレド様、こんばんは」
「こんばんはルルク様。いかがしましたか?」
「えっと……それ、何兎です?」
「気になりますか!? 気になりますよね! こちらはマッドラビットの変異個体なのです! 筋力が異常発達している個体でして大岩すら持ち上げられる怪力を持っていたのです。サイズもみてくださいこのとおり通常の三倍ほどの体格で皮膚も硬くなっており攻撃がかなり通りづらいという特徴もありましたそのうえ血管や内臓など重要な部分はすべて筋肉が絡みつくように発達していて筋繊維の方向へダメージを与えないとまるで鉄のように武器を弾いてしまう体を持ってしまったのですさらに元々持っていた泥潜りの特質がありますのでなかなか見つけづらく捕まえるのに苦労したのですが実はマッドラビッドは魚釣りの要領でとらえることができるので釣り竿で一本釣りをしておびき出し――」
変態が止まらない! 誰か助けてくれ!
と、俺が助けを求める視線で振り返っても全員目を逸らしただけだった。
……泣きたい。
「あのママレド様。話の途中ですけど、ひとつ聞いてもいいですか?」
「――というような……はい、いかがしました?」
「どうしてここで解体を?」
「室外は虫や鳥がたかってきますので」
「まあ室内でやるのは重要ですもんね。でもなんでギルドで?」
「私はいま冒険者なので」
「あの、でもここ酒場」
「はい。ですから冒険者なので」
「……なるほど、超理論か」
あかん、思考のトレースができない。
これがサイコパスですか。
もう一回振り返ったら、みんなが「がんばれ!」って感じで応援してた。
完全に貧乏くじひかされてるよな。
「ちなみにママレド様、俺たちいまからここで食事したいんですけど、移動して頂くことは可能ですか?」
「すみません。席は空いておりますので、あちらでお願いしてもよろしいですか?」
「で、ですよね……」
「もしかしてご迷惑でしたか? ああ、そうですよね。兎肉が嫌いな方もいらっしゃる可能性を考えておりませんでした。嫌いなものを見ながら食事するのは、気分が削がれますよね」
違う、そうじゃない。
でもなんとなく俺の言いたいことは伝わっている気がする。あとちょっとだ。
「ええ、見ての通り老人も多いので。移動して頂くことは――」
「すみません」
ペコリと頭を下げたママレド。
ちなみに解体する手はずっと動き続けている。
「いま手を止めてしまうと、素材の鮮度が落ちてしまいますから」
「……ですよねー」
わかってたよ! それくらい!
この変態王女を動かすのは並大抵のトークスキルじゃ不可能だ。そういえばどこいったターニャ。いまこそあんたの力が必要なんだ! 出てきてくれ敏腕受付嬢さーん!
「よろしければルルク様もご一緒になさいますか。ほら見て下さいこの顎関節、通常のマッドラビッドよりも可動範囲が狭くなっているのがわかります? これは筋肉が異常発達したせいで、首から側頭部にかけて――」
「必殺! アイテムボックス!」
「ああっ!?」
俺はルルク。すぐに諦める堪え性のない男。
ついていけなくなったので、無理やり新しいアイテムボックスに収納してしまいました。
「なっ、何をするのですかルルク様! いま私がどれほど重要な――」
「ママレド様、このアイテムボックスあげます。だから続きは自分の家でやってください」
「えっ」
貴重なアイテムボックスをこんな簡単にあげていいのかって?
仕方ないじゃん。腹ペコ仲間たちの視線が背中に刺さってるんだから。
俺、仲間たちに怒られるのはアイテムボックスひとつ失うよりイヤだもん。
「……いいのでしょうか」
「はい。アイテムボックスなら時間経過はないので、好きな時に出し入れしても鮮度そのままです。なので解体はこれから自分の家でしてくださいね」
「この御恩、一生忘れません!」
ママレドが鼻息荒くして俺の手を握った。
もういいから、いいから早く行ってくれ変態王女様。
「私、いままで頂いた贈り物のなかで一番嬉しいです! しかもこのような高価なものも初めてです……!」
「でしょうね」
なんせコレ一個で軽く家が建つからな。
しかもママレドならレベルも高いので、魔物の素材も恐ろしいほど入る。
喉から手が出るほど欲しかったんだろう。それくらい嬉しそうだ。
「ま、そういうわけで俺たちは飯を食べるので、ママレド様におかれましてはまた次回の授業でお会いしましょう。それまでご健勝をお祈りしますさようなら」
「お待ちをルルク様! 私、これからどうすればよろしいでしょう? このような素晴らしい贈り物にふさわしい物をお返しできるとは思いません。おそらく生涯を懸けてもこの喜びを返すことは不可能でしょう。……いいえ、そうですね、それならば私の生涯がふさわしいのではないでしょうか。魔物に関することは妥協はできませんが、これでも私は王族なので利用価値はおおいにあるかと。しかもまだ生娘なので体は汚れておりませんし、お母様のおかげで容姿も悪くないと思います。容姿以外には自信はありませんが、ルルク様がよろしければ愛人でもなんでも――」
「〝大人しく帰れ〟」
「はい。それではさようならルルク様」
あまりの恐怖に使っちゃったよ『言霊』。
王族が愛人なんて冗談でもやめてくれ。ストレスさんが胃をねじり切ってしまう。
「あ~……疲れた」
素直に帰っていったママレドを見送って、俺は息をつく。
次の授業、行きたくないなぁ。さすがにテンションは落ち着いてるとは思うけど……不安だ。
兎に角、仕事はしたので、これで仲間たちも褒めてくれるだろう。
そう思って振り返ると、
「女を物で釣ったです」
「ルルク最低」
「ん、わるいおとこ」
「なんでだよ!?」
理不尽すぎる。
冷たい目で見られている俺の肩を、ポンと叩いたカーデル。
「びっくりするほど気前がいいねぇ」
「……いまの経費で落ちませんかね?」
「なにバカなこと言ってんだい」
そのあと俺たちはママレドが陣取ってた場所を綺麗にして、飯を注文していった。
他の冒険者たちも解体現場がなくなると、すぐに酒場でくつろぎはじめた。何組かに直接感謝されたり物欲しげな視線で見られたりしたけど、適当にあしらっておいた。
この後どうするかも話し合わないといけないが、まずは腹ごしらえだ。
注文した飯が運ばれてきて、さあいただきます――というときだった。
「ルルクさん! ルルクさんはいますか!?」
ギルドに駆けこんできた、ひとりの美少年。
俺は彼を見た瞬間すぐに席を立って、そいつの元に駆け寄った。
「スイモク! そんなに慌ててどうしたんだよ?」
「ルルクさん! お、お願いがあります! お金ならいくらでも出しますから、お願いします!」
「落ち着けって。まずは何があったのか――」
「姉さんが誘拐されたんです!」
顔を真っ青にしたスイモクは、そう叫んだのだった。
「中央広場でいつもの公演をしてたんです。たくさんファンの方たちが来てくださって、とても盛り上がった公演でした。陽が沈む前には終えて、僕と姉さんは帰路についたんです。魔術学園の学生寮は街の北側にありますから、そのまま歩いて中央街から北街に抜けようとした時だったんです。いきなり馬車が走ってきて、あっという間に姉さんが攫われてしまって……」
動転していたスイモクに水を飲ませ、落ち着かせてから事情を話してもらった。
公演の帰りに、ニチカが誘拐されたという。
「衛兵は?」
「すぐに捜索を始めてくれました。目撃者もたくさんいたので……でも、兵士の方が言ったんです。誘拐された女の子を見つけられる確率は半分もないって……だから僕、すぐにルルクさんに助けてもらおうと思って……」
スイモクは震える手で、俺に袋を押し付けてきた。
中には今日の稼ぎだったのか、銀貨や銅貨がたくさん入っていた。
「Sランクのルルクさんには、これだけじゃ足りないことは重々承知してます! 足りない分はすぐに返します! なので、どうか、姉さんを――」
「いらねえよ」
俺は袋をスイモクに返しながら立ち上がった。
事情は理解した。なら、やることはひとつだけだ。
「友達を助けるのに金をもらうほど馬鹿じゃねえよ。それよりスイモク、誘拐犯はどっちに向かったんだっけ?」
「に、西側です! すぐに早馬を飛ばしてくれて、検問は厳しくしてもらってるらしいんですけど……」
「西だな。エルニ」
「ん。『全探査』」
エルニはもぐもぐと肉を食べながら、索敵魔術を放った。
面識がある相手は範囲内なら検索できる。それがエルニのチート探索だ。
「いた。にしもんそと」
「おっけ。じゃ、行ってくる」
「ん」
門の外に出てるってことは、検問はどうにかして抜けたんだろうな。
俺は不安そうな顔をするスイモクの肩をぽんと叩いて、
「安心しろ。ニチカさんは俺が助け出す」
「お、お願いします!」
さて、俺の友達を泣かせるバカはどこのどいつだ?
■ ■ ■ ■ ■
馬車が駆ける。
マタイサの王国の王都、その西側には巨大な川が流れている。
その川には長く大きな橋が架かっており、支柱となっている8つのアーチにちなんでその橋は〝神の股下〟と呼ばれている。
橋の全長は700メートル、幅30メートル。
日が暮れたこの時間でも、王都に辿り着こうと渡る馬車が橋の上をたくさん走っている。
ただ、王都から出ていく馬車はたったひとつだけだった。
舗装されている橋の上とはいえ、荷台は安物。サスペンションもろくに搭載していない荷車はスピードを出せば出すほど大きく揺れる。
ガタガタ揺れる荷台で、天井の梁を掴んで笑うひとりの男。
「ハッ! チョロい仕事だぜ」
「油断するな。川を渡るまでは、誰がどこで見てるかもわからん」
静かにそう言ったのは、荷台の隅で座るフードをかぶった武人風の男。彼は剣をいつでも抜けるよう気を張っている。
「ったく、お堅いねぇオタクらは」
「貴様こそ、あまり仕事を舐めないほうがいい」
「おいおい、オタク誰にモノ言ってんの? 雇い主だぞこっちは」
「……失礼した」
挑発するように言う軽薄な男に、武人の男は目を閉じて淡々と答えた。
その反応を不満に思ったのか、
「ちっ、オタクら【血染めの森】ってのはどういう教育受けてんだよ。アレか? ケモノだから教育なんざ受けてねぇってのか?」
「……。」
武人の男は、かすかに剣を握る腕に力を籠めた。
しかし、何も言わなかった。
無視されたことでもう一度舌打ちした男は、床に転がっている布袋を踏んだ。
もぞり、と布袋が動く。
「しっかしよォ、女ひとり見逃させるだけでそこまで金かける必要あったのかよ。見張りに金貨20枚はやり過ぎだと思うぜ? せいぜい5枚が限度だろ。たかが踊り子ひとりによォ……なあケモノ野郎、てめぇは何か聞いてるか? この女、そこまでしてアニキが欲しがる価値あんのか?」
「知らん。オレは言われたことをやるだけだ」
「ケッ! 飼い犬野郎が!」
男は苛立ち紛れに布袋を踏んだ。
うめき声が中から聞こえた。
武人の男は片眉をひそめた。
「商品に傷をつけるな」
「あん? なんでてめぇに指図されなきゃなんねぇんだよ」
「それもオレの仕事だからだ」
武人の男はゆっくりと立ち上がる。
その背は、荷車の天井に軽く届くほどの巨体だった。
「わ、わかったっつうの! 威圧してんじゃねぇよ飼い犬野郎」
「……わかればよい」
武人の男はまた腰を下ろす。
その後は二人とも無言になり、馬車が橋を渡り切るのを静かに待った。
舗装された石の橋から土の地面に変わった瞬間、車体が大きく跳ねた。この揺れを待っていた男は、窓から身を乗り出して御者に声をかけた。
「そんじゃあそこで止めろ。森に隠してる馬車に乗り換えて――え?」
馬車は止まらなかった。
なぜなら御者は――
「う、うわああ!?」
男は慌てて荷台に戻る。
「どうした?」
「どっ、どうしたもねぇよ! 御者の、首が、首がねぇんだ!」
「どういうことだ」
武人の男も窓から身を乗り出して確認する。
彼が目撃したのは、その言葉通りの光景だった。首のない御者が手綱を握ったまま座っているのだ。それなのに血は出ていないし、馬車の運転も安定している。
軽く混乱しそうになる男だったが、異常事態が起こっていることだけは理解できていた。
すぐに布袋を担いで、剣を抜く。
「お、おい何すんだよ」
「飛び降りるに決まってるだろう。何者かの攻撃を受けたと思った方がいい」
慌てる男に構わず、武人の男は荷台から飛び降りた。
周囲には馬車はない。虫の鳴き声と川のせせらぎだけが聞こえる、静かな夜だ。
「ま、まちやがれ! 俺を置いていくんじゃねぇ!」
軽薄な男も飛び降りてきた。
馬車はそのまま街道を進んでいった。
「――何者だ! 姿を現せ!」
武人の男は警戒しながら叫んだ。
返事は、予想外の場所から聞こえてきた。
「何者だってのは、こっちのセリフなんだけどな」
「ぬっ!」
すぐ背後。
彼は布袋を放り投げ、振り返りながら剣を走らせた。
「え」
「なっ」
そこにいたのは仲間の男。
さっきまで道路の向こうにいたはずの仲間は、彼の剣を胸に浴びて崩れ落ちた。
「な、なにが――」
「怪我はないですか、ニチカさん」
また真後ろから声が聞こえて即座に振り返った。
しかし、そこには誰もいない。
それどころか投げ捨てた布袋すら、消えていた。
男は戦慄した。
いままで傭兵として長年生きてきた。傭兵団のなかではベテランの域になっているが、実力としては真ん中くらいだ。第一部隊にいるのはバケモノばかりだし、手の届かない実力者たちともたくさん対峙してきた。
でも、意味がわからない相手はいなかった。
どれだけ速い相手でも、それはあくまで自分が反応できない速度という意味だ。
決して、視界すべてから消えてしまうほどの速さじゃない。
しかも幻術の類じゃないことくらい嗅覚でわかる。
本当に、自分の動体視力どころか視野範囲から消える相手というのは初めてだった。
「だ、誰だ……どこにいる!」
「ああごめん。ちょっと避難させてた」
そいつは目の前にいた。
いつ現れた!?
彼は狼狽しそうになる意識を、理性で押さえつけた。
平凡な少年。
単なる冒険者にしか見えない恰好。
見た目はどこにでもいる、ただの人族の子どもだった。
なのに――
「き、貴様……何者だ」
「ん? ふつうの冒険者だけど」
ありえない。
威圧スキルを発動しているわけでもない。敵意を向けてくるわけでもない。それなのに彼は本能的に悟っていた。
この少年には、決して敵わない――
少年はちらりと倒れた男を見て、
「ねえ犬人族のお兄さん。なんでニチカさんを攫ったの?」
「……し、知らん。オレは傭兵だ」
「そう。そっちの人は知ってるかな?」
「……いや、知らないはずだ。そいつはただの下っ端のチンピラだからな」
「そっか。じゃあいいや」
そして自分は、そのチンピラと共に誘拐の片棒を担がされているしがない傭兵。
それを聞いた少年は、どこからともなくポーションを取り出して血まみれの男に振りかけていた。
「……少年、何をしている」
「即死しなかったから死なないのがこの人の運命かなって。良かったね犬人族のお兄さん、同僚を殺さなくて」
殺すように仕向けたのは貴様だろう、と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
それよりも、だ。
「オレも見逃すつもりか」
「すぐに衛兵が来るよ。さすがに捕まったら諦めるでしょ?」
「……さあな。また命令されたら、オレたちは実行するだけだ」
「ふうん。ちなみに黒幕は誰? どこに住んでるの?」
「知ってると思うか?」
「そっか。もっと知ってそうな人に聞くかあ」
「は? 何を――」
と言いかけた瞬間だった。
少年が消えた。
そして次の瞬間には、小柄な男が目の前に転がっていた。
「くそっ! なんだおまえ! 拙者に何をしやがった!」
「俺、覗き見されて興奮する趣味はないんだよね」
どこからか連れてきたんだろう。
小柄な男は、全身黒い装束を身に纏っていた。
「うーんどう見ても忍者」
「なっ、なぜ拙者のコードネームを!?」
「やっぱり忍者か。じゃあ、君はマグー帝国出身かな?」
「な、なななななんのことだ!?」
あからさまに動揺するニンジャ男。
自白したに等しいほどの反応だった。
「なんでマグー帝国の間者がニチカさんを攫った人たちを監視してたんだ?」
「そんなこと言うと思ったか! 拙者たちニンジャは、どのような拷問をされても情報を漏らしたりは――」
「めんどくさいな……よし。〝俺の質問には正直に答えろ〟」
「はい! 拙者はマグー帝国出身の密偵であります! 拙者の任務はマタイサ王都からアクニナール領の街ヤバイまで、下部組織が踊り子のニチカを搬送するのを見届けることであります! それに何の意味があるのかは知らないであります!」
武人の男は背中に冷や汗が流れていた。
なんだこいつは。
わけのわからない呪文を唱えたと思ったら、密偵がいきなり話し出した。あり得ないだろう。犬人族の自分にも察知できない気配遮断スキルを持った密偵だ。その道のプロだ。拷問に対する訓練もしているはず……その密偵が、抵抗もせずにぺらぺらと喋ったなんて。
「君も末端だったか……仕方ない。アクニナールのヤバイって街だな」
「はい! そうであります!」
「じゃあ、知ってる上司の名前教えて」
「〝ヤマ〟と〝カワ〟がいるであります! 顔はいつも隠してるので知らないであります!」
「じゃあ偽名だな。拠点はどこ?」
「ヤバイにはないであります……ただ、マタイサでの活動拠点は別の場所にあると聞いたであります!」
「へぇ。それはどこ?」
少年が面倒そうに聞いたら、密偵は素直に答えた。
「ムーテル領の領都、ムーテランであります!」




