教師編・18『クオッカマジシャン』
■ ■ ■ ■ ■
「ではサーヤ様、こちらをお納めください」
ルルクたちが帰った特別応接室。
ペンタンから包みを渡されたサーヤは目を丸くした。
「あれ? さっきのは方便じゃなかったの?」
「たとえ話を逸らすためとはいえ、口にしたことを守らないような真似はいたしません。それにこちらは元々、モノン会長が用意していた贈り物ですのでお受け取りいただければと」
「そう。じゃ、ありがたくもらっておくわ。中身は見ても?」
「どうぞ」
包みをほどく。
重厚な箱だった。開けると中には高級そうな小瓶がひとつ。
サーヤは瓶を手に取り、まじまじと見つめる。
薬……ではなさそうだ。
「……これは?」
「香水です」
不意に、後ろから声がかかった。
いつの間にか立っていたのは、ルルクと同じ背丈ほどの少女だった。もちろん目元に仮面を着けているので顔はハッキリとはわからない。
彼女は艶のある綺麗な茶髪をふんわりと巻いていた。マスクから覗く瞳は夏の空のような青色だった。
気づけばペンタンが立って、頭を下げていた。部屋に控えていたメイドたちも膝を折ってかしずいている。
この少女が誰か――は、聞くまでもないだろう。
「お初にお目にかかりますサーヤ様。私はルニー商会の会長を務めております、モノンと申します。お会いできて光栄です」
やっぱり女帝モノンか。
サーヤもすぐに貴族風の挨拶を返した。
「初めましてモノンさん。こちらこそ会えて嬉しいわ」
「恐縮です。サーヤ様、どうぞおかけくださいませ。ペンタンも隣に失礼しますね」
「会長の意のままに」
座り直す。
……やはり成人前の少女だ。どうみても、禁術レベルの道具を作れる凄腕の職人とは思えない。
とはいえあまり観察するのは無礼か。
サーヤは聞きたかったことをぐっと堪えて、話を続けた。
「ちなみにこの香水はどのようなものなの?」
「私のお気に入りのものです。故郷の領内でしか採れない貴重な花から抽出したエキスを使っているため、年間生産量はわずかなもので出回ってはおりません」
「そんなに貴重なものなのにプレゼントしていいの?」
「……サーヤ様は特別です」
「私、そんなにルニー商会に貢献したりしてないんだけど」
「その存在自体が重要なのです」
薄く微笑むモノン。
その笑みを見て、サーヤは確信した。
「それは私がルルクの仲間で、あなたがルルクの妹さんだから?」
「ご明察です。さすが聡明なサーヤ様」
そう言って、モノンは仮面を取った。
ルルクと歳の変わらぬ綺麗な子だった。
あまり似ていないけど、くっきりとした鼻筋だけは瓜二つだ。たしかルルクの話では異母兄妹だってことだったっけ。
「ルルクに会わなかったのは、正体がバレると困るから?」
「その通りです。いまはまだその時ではありません。しかしサーヤ様はいつからお気づきに?」
「気づくって言うか、思い当たったって方がいいかな。ルルクがいるのといないのじゃ、どう考えても店員さんの対応が違うもの。というかカードなくても最初からずっとVIP待遇だったじゃない。そりゃ、何かあると疑うわよ」
「そうでしたか。では改めて自己紹介をさせていただきます。私はリリス=ムーテルと申します。ムーテル公爵家第7子の長女でございます」
「……やっぱり貴族だったのね」
そんなことだろうと思っていた。
いままでルルクが妹以外の実家の話をしてくれたことはほとんどなかったけど、立ち振る舞いから何から貴族に生まれたことは想像がついていた。
というか、ムーテル公爵家……?
どこかで聞き覚えがと思ったら、そうだ!
「もしかして、私の婚約者がいたっていうあのムーテル公爵家?」
「そうです。ルルお兄様が冒険者にならなければ、サーヤ様と婚約されていたんですよ」
「……なんだ、そっか。婚約破棄は病気になったからじゃなくて、冒険者になったからだったんだ。それがルルクだったんだ」
思わずサーヤはクスリと笑った。
リリスが目を細める。
「意外です。サーヤ様は、このことを知ったら少し残念がると思っておりました」
「え、なんで?」
「失礼ながら、サーヤ様はお兄様をお慕いなされているご様子。事情はどうあれ、婚約が立ち消えになったのは事実ですから」
「逆よ逆。むしろルルクが冒険者になってくれて良かったでしょ」
「なぜか伺っても?」
「だって、いまの関係は私とルルクがそれぞれ努力してつかみ取ったんだもの。親に与えられた関係で婚約しても、そんなものに価値はないわ」
「価値、ですか?」
「私はね、自分のちからで、ルルクの一番になりたいの。それにもしエルニネールやセオリーやナギに負けても、あの子たちだったら納得できるし」
ハッキリそう告げると、リリスは満足そうに頷いた。
「……さすが、サーヤ様です。やはりその香水を差し上げて正解でした」
「これも何かルルクと関係あるの?」
「はい。実は幼い頃にお兄様が初めて私につくってくださった香水と同じものなんです。再現するのに苦労しましたが、その香りはお兄様が一番好きな花の匂いだと教えてくれました」
「……それなのに、私にくれてもよかったの? リリスさんとルルクの絆みたいなもんじゃない」
「だから貴女だけは特別なんです。サーヤお義姉様」
「ふぁっ!?」
まさかの年上からお姉様呼び!?
つい変な声がでてしまったじゃないの。
「私はルルお兄様のことをとてもお慕い申し上げております。ですので、お兄様の御結婚相手は私が認めた相手じゃないとイヤ……コホン、それ相応の方であればよいなと考えています。サーヤ様であれば、喜んで応援できるかと」
「そ、それは嬉しいけど……でもライバルも多いからね。他のパーティメンバーとか、エルフとか」
「ああ……お兄様のエルフ好きは、とても芯が強いですものね」
「困ったもんよね」
「ええ」
苦笑し合う。
「ま、それはなるようにしかならないわ。それよりリリスさん、今回の迷宮核の盗難事件だけど、どうして私たちには隠してるの? 真相はとっくにわかってるんでしょ?」
「すでに委細承知しております」
「さすがね。教えてくれない理由は?」
「政治的な問題です。確かに詳細さえ伝えれば、お兄様ならすぐに解決可能なのですが……」
「そっか。それならいいわ」
リリスが言い淀むなら、詳しく聞く気はない。
もともとこっちはただの冒険者。政治に立ち入るなんて面倒なことはするつもりはない。それに女帝モノンがルルクの妹なら、一番と言っていいほど信頼できる相手だし。
「お気遣いありがとうございます。強くて真っすぐで、気遣いもできて……サーヤお義姉様、いつもお兄様を支えて下さりありがとうございます」
「なんで? いまそんなタイミングじゃなくない? しかも私、そんなにルルクの役に立ってる自信ないし……だってエルニネールのほうがよっぽど便利な魔術持ってて頼られてるし……よっぽどプニスケのほうが愛されてるし、セオリーのほうが楽しそうにイジってるし、ナギのほうがいつも本音で口喧嘩できてるし…………あれ? 私って実はいらない子だったり……?」
「お義姉様! お気を確かに!」
サーヤが落ち込みかけると、手をギュッと握ったリリス。
真剣な表情で言った。
「安心してください! 私はサーヤお義姉様推しですから!」
「……え、推し?」
「はい! ジンが言っていたのですが、お兄様のような状況をハーレムと言うんですよね。もちろん私はサーヤお義姉様推しなのです! もっとも我が商会では箱推しが一大勢力を誇っておりますが……しかし、私はこう見えても会長。ルルサヤ推しを集めてサークルも結成しております。ちゃんとジンに教わって、ドウジンシっていうもの作りましたから! ご安心を!」
「萌のやつ何やってんの!?」
オタク文化の深淵を広めてやがる!!!
こうしてサーヤはルニー商会の秘密を知ると同時に、自分の同人誌が出回っていることも知らされてゲンナリするのだった。
□ □ □ □ □
ダンジョン前広場はざわめいていた。
「お、おい……あれってもしかして」
「ああ。ギルドマスターのパーティだ……」
「もしかして、30年前に国を救ったっていう?」
「そ、そうだ間違いねえ。SSランクパーティ【聖夜】のメンバーが揃ってやがる」
「しかも隣にいるの、噂のルーキー【王の未来】じゃね? 何が始まるんだ?」
ダンジョンの入場規制があるせいで、午後も広場は混雑していた。
その入り口正面では、俺たち【王の未来】と【聖夜】が注目を浴びて立っていた。
いまはダイナソーマンが副ギルドマスターと話をしているので、終わり次第ダンジョンに潜るつもりだ。
「【聖夜】の皆さんは実戦久々なのに、いきなりボス戦で大丈夫なんですか?」
一番若いダイナソーマンが56歳で、最高齢はヴェルガナの72歳。
ちなみにカーデルは69歳、斥候のクイナードという男性は63歳だ。
これで心配するなというほうがムチャでは?
「ガキンチョに心配されるほど落ちぶれちゃいないさね」
俺の言葉を鼻で笑ったのはヴェルガナ。
「アンタたちこそ、経験も浅いのに調子に乗ってヘマするんじゃないよ。ダンジョンじゃ青臭いガキの尻拭いはしてやれないさね」
「そちらもご老体なんですからご自愛くださいね。ぎっくり腰になっても魔物は待ってくれませんよ?」
バチバチと火花を散らして睨み合う俺とヴェルガナ。
そうするうちに、ダイナソーマンが戻ってきた。
「待たせた、出発しよう。だが、どっちがどの階層を担当する? 特に100階層のダンジョンボスだが」
「ガキどもには荷が重いだろ。アタシたちがやるべきさね」
「いえいえここは俺たち若者が負担をすべきです」
「ほう。生意気も板が付いてきたさね」
「そんなそんな、減らず口では負けますよ」
「ハンッ」
「ふんっ」
「……コインで決めるよ」
俺とヴェルガナが譲らないのを見かねたカーデルが、ため息まじりにそう言った。
もちろん勝ったほうが100階層担当だろう。
それならもちろん、
「行けサーヤ! 君に決めた!」
賭け勝率100%スキルの出番です。ズルって言わないでね、確率を操れるのも実力のうちです。
複雑そうな顔をしながら矢面に立ったサーヤ。
とはいえ俺よりエルニとプニスケのほうがダンジョンボスと戦いたがっていたので、ふたりの声援を受けたサーヤはもちろん手加減をするはずもなく。
「ちっ、負けたさね」
「勝ったわよ。これでいい?」
「ん、えらい」
『お姉ちゃんだいすきなの~!』
「えへへ。よしよし」
プニスケに飛びつかれて表情が緩んだサーヤだった。
偶数の階層は俺たちが、奇数の階層は【聖夜】が担当することになった。
「迷宮核を見つけたらすぐに合流するさね。さすがに久々だから、攻略速度はアンタたちには勝てないだろうけどね」
「本当に、無理はしないで下さいね」
「うむ。では行こう」
転移装置の部屋へと進む。
先に【聖夜】の四人が転移していくのを見送って、俺たちも100階層へ転移した。
転移部屋から抜けた先にあったのは、このダンジョンの最終地点。
ダンジョンボスの部屋は広々としていた。地面は土か。
「『全探査』」
エルニがすかさず索敵魔術を放った。
その瞬間、エルニの魔力に反応したのか前方の地面がモコモコと隆起して、地中から魔物が這い出てくる。
ダイナソーマンから教えてもらったとおり、ここのダンジョンボスは――
「〝鳴上戸〟クオッカマジシャン!」
巨大なワラビーで、常に笑っているような表情の有袋類魔物だ。
毛並みは普通に茶色で、ただ大きいだけのワラビーにしか見えない。しかしこの珍しいSランク魔物には他の魔物にはない特徴がある。
それは、
『キュキュキュ!』
「か、可愛い~!」
「なんと愛い見た目! 闇の眷属にしたい!」
「飼いたいです」
『すてきなの~!』
目がハートになった俺とエルニ以外の仲間たち。
さっそくクオッカマジシャンの鳴き声スキルに魅了されてますね。
『キュキュ~』
キラキラした目と、ニコニコした表情。
たしかに状態異常関係なく可愛いんだけど、コイツのスキルは見た目に反して滅茶苦茶えげつない。
『猛毒』
『腐食』
『溶血』
『感電』
『石化』
『鈍化』
『沈黙』
『魅了』
『混乱』
と鳴くだけで致命的なデバフをばら撒いてくるランダムスキルを持っている。
さらに、
『キュッ!』
状態異常にかからない俺とエルニに向かって、クオッカマジシャンが首を傾げる。
その瞬間、全方位から炎の弾丸が降り注いできた。
「『バブルシールド』」
当然、エルニは冷静に防ぐ。
クオッカマジシャンの特徴は、鳴き声に乗せて過剰に押し付けてくる状態異常と、聖属性以外のすべての魔術を使えるという魔術適性だ。
肉体はそれほど強くないが、状態異常や魔術対策なしで普通は勝てるような相手じゃない。
『キュ~!』
「くぅ~~わぁ~~いぃ~~いぃ~~」
「ふぅーっ、わぁ~~れ~~にぃ~~しぃ~~たぁ~~がぁ~~えぇ~~」
『ボォ~~ク~~とぉ~~あぁ~~そぉ~~ん~~でぇ~~なぁ~~のぉ』
「はっ!? ナギは何を……?」
今度は鈍化だな。
ナギはかろうじて【凶刀・神薙】が防いでくれたらしい。おかえり。
スロー再生みたいになった仲間たちを眺めて、
「これはこれで面白いな」
「ん、ゆかい」
「……いつも思うですが、ルルクとエルニネールは仲間にもうちょっと優しくなった方がいいです」
そうか? いつも優しいけどな。
たしかにクオッカマジシャンは強いけど、俺とエルニは相性抜群にいいんだもん。もうちょっと楽しみたい。
とはいっても、いまは時間との戦いだ。俺の『虚構之瞳』に迷宮核が写ってない以上、コイツが取り込んだってわけでもなさそうだ。
なら、さっさと倒して次に行くか。
『キュキュキュキュキュ!』
雷、風、土、闇、と連続して魔術が襲いかかってくるが、エルニが動くまでもなくナギがすべて消し去っていく。
ほんと対魔術では最強だな、その刀。
「ふたりほどチートじゃないですが、状態異常にさえならなければナギも負けないです」
『キュッキュゥ!』
「甘いです!」
鳴き声スキルが音による攻撃だと察したナギは、声に合わせて刀を振るう。
剣技だけで音速のスキルに反応できるとか、おまえもたいがいチートだけどな。
ナギはあらゆる攻撃を斬り伏せながら前進する。
『キュゥウウ!』
「鬼想流――『蓮突き』」
『ギュッ』
ナギの刺突が、クオッカマジシャンの胸を捉えた。
巨大だからさほど刺さってはないが衝撃で肺にダメージが入ったのか、鳴き声がほとんど出なくなったクオッカマジシャン。
鳴けないワラビーはただのワラビーだ。
「所詮は魔術特化の魔物。ナギの敵では――」
『ッ!』
ナギが余裕綽々で言った瞬間、クオッカマジシャンはぐるりと体を回しながら後ろ足で地面を蹴った。
地面が抉れて、膨大な土砂がナギに降り注ぐ。
「なっ!?」
「油断しすぎだぞ」
俺は転移でナギを連れて戻ってきた。
「ナギは魔術に強いけど、単純な質量攻撃には弱いんだから気を抜くなよ」
「ご、ごめんです」
「ん。しぬまでやる」
エルニが一歩前に出た。
クオッカマジシャンはもう一度俺たちに向かって土を蹴ろうとしていたので、
「『錬成』」
土をガチガチに固めて飛ばせないようにしておく。
トドメはもちろん、
「『バスターストーム』」
炎雷の嵐がクオッカマジシャンを包み込む。
もし鳴ける状況なら、これくらいの魔術には対抗してくるだろう。しかし声が出ないので魔術が使えず、あっけなく素材に変わったクオッカマジシャンだった。
久々のSランク魔物だ。報酬は期待している。
「っとその前にっと」
俺はスゴ玉をサーヤたちの口に放り込んでおいた。
「た、助かった」
「あるじ、恩に着る……」
『しょぼんなの~』
ま、状態異常の抵抗値は素質に依存するから仕方ない。
宝箱はふたつ落ちていた。
ひとつは通常ドロップらしき『クオッカマジシャンの毛皮』と『親袋』が入っていた。
もうひとつは『ブーメランアロー』、それと『経験値薬(中)』だった。
【『ブーメランアロー』
>ヒヒイロカネ製の矢。聖遺級武器。
>>どんな状況で放っても、必ず手元に戻ってくる軌道になる。貫く帰巣本能。 】
なかなか珍しい性能の矢だな。
まあ俺たちには弓使いがいないから、同じ聖遺級の【聖弓・霞狩り】と一緒にアイテムボックスで眠っててもらおう。
もうひとつの報酬・経験値薬(中)は、その名の通り飲むだけで経験値がもらえるというゲームなんかで慣れ親しんだアイテムだ。もっとも特上級の経験値薬でも50超えレベルならそう簡単にあがったりはしない。
中級ならせいぜいAランク魔物一体ぶん程度だな。俺とエルニには微々たるものだ。
「誰か飲みたいひと~」
「私はいいわ」
「ナギもいらないです」
『ボクも自分で強くなるの~!』
「じゃ、じゃあしかたあるまい! 我がいただこう!」
はい、予想通りサボり大好き竜姫が飲みました。
ちなみに経験値薬、味はめちゃくちゃマズいらしくてセオリーが舌を出して顔をしかめていた。
こうしてマタイサダンジョンのボスは難なく倒せました。
迷宮核、どこにあるんだろうなあ。




