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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅲ幕 【幻影の忠誠】

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教師編・16『迷宮核盗難事件』


『ご主人様~このあたらしいどうぐ、どうやって使うなの~?』


 我が家のキッチンはプニスケの縄張り(テリトリー)だ。


 先日ナビィに会いに行ったあと、俺たちはルニー商会本店でたくさん買い物をした。

 結局ジンやモノンなどルニー商会のトップには会えなかったけど、ナギの『賢者の秘薬』も約束通り戻ってきた。ちゃんと効果が回復して感謝してもし足りないくらいだ。

 その礼というわけでもないけど、気になったものは全部買おうぜ!という年に数回のルルクプライムデーを開催したのだった。


 当然、キッチン用具なんかも新調しまくった。


「お、それか。俺のお気に入りのやつだな」


 プニスケがこねくり回していたのは、ゆで卵をスライスするやつ。

 べつに目新しいものじゃないしルニー商会以外でも買えるんだけど、なんだか懐かしくて買っちゃった。もちろんプニスケは自分で斬ったほうが早いから必要はない。あくまで俺が使いたかっただけだ。


「それはゆで卵をここに置いて、こう引くとキレイに切れるんだ」

『わ~おもしろいなの! じゃあこっちはなんなの~?』

「それはニンジンを星型に切る道具だな。お弁当に入れる時、星型だと可愛いだろ」

『おべんと! ボク、おべんとも作りたいなの~』

「お! じゃあ来週のダンジョン授業の日の弁当、プニスケに頼もうかな」

『まかせてなの~!』


 ぽよんと胸(?)を叩くプニスケが可愛すぎる。

 ひとまずプニスケに弁当作りのイロハを教えることになったので、前世を思い出しながらレクチャーしていく。水分抜いたり粗熱とったり、弁当作りは衛生管理が大事だからな。まあ、俺はスキルのおかげで腹壊さないけど。


『じゃあ練習するなの! ご主人様は見ちゃダメなの~』

「はーい」


 キッチンから追い出される俺。

 可愛い従魔のためにも、当日まで決して見ないでおこう。


 ちなみにセオリーが破壊したダンジョンもそろそろ元に戻るらしいので、のんびり期間は今日までだ。また明日からはビシバシ育成していくつもりだ。

 この数日サボりにサボって体も鈍っているだろうセオリーを鍛えるため、俺がセオリーの自室を目指して廊下を歩いていたとき、前方からメイド長のジャクリーヌが駆けてきた。


「ルルク様、御来客です。一般用の応接室にひとまず通しておりますがいかがしましょう」

「珍しいですね。どちら様ですか?」

「マタイサ宮廷魔術士のカーデル侯爵、と名乗っております」

「すぐ行きます」


 カーデルさんがうちに? 何の用だろう。

 それとなくイヤな予感がしたけど、会わない選択肢はない。どうせヒマだからセオリーとナギをからかうくらいしか予定もなかったし。

 ジャクリーヌに連れられて、正面玄関すぐそばの応接室へ。

 ソファには杖を持った老婆――ディマリア=カーデル侯爵が座っていた。


「大変お待たせしました。先日はお世話になりました」

「いきなり訪ねて悪いね。カム坊にここに住んでるって聞いたもんだからね」

「カム坊……もしかしてギルドマスターのカムロックさんとお知り合いだったんですか?」

「あいつから聞いとらんか? 儂はカム坊の叔母だよ。あいつがちっちゃい頃は儂が面倒見てたから、あいつは儂に頭が上がらんのさ」

「へ~そうだったんですね」


 意外なつながりだな。

 というかヴェルガナの冒険者パーティ、もしや俺が思ってる以上に影響力のデカいパーティだったのか。二ヵ国のギルドマスターを顎で使えるような人たちって……。

 ま、それはそうと。


「今日はどういったご用件で? 教師の件、何か問題が?」

「いんや、ダイナから初日はまずまずだったって聞いとるよ。儂の弟子も問題起こさんかったようだしね」

「マーガリア殿下はとても行儀が良かったですよ」

「どこぞの公爵家のバカ息子と違って、かね?」


 あきらかサーヴェイのことだろう。

 俺は臨時とはいえ教師だ。教師でいる間は、どんな生徒でも悪く言わないと決めている。


「それで、どうしてカーデルさんがわざわざうちまで?」

「せっかちな男はモテないよ……と言いたいところだけど、緊急事態でね。今回は冒険者のあんたに依頼を持ってきたのさ。これ、ダイナから預かってきた指名依頼書」


 カーデルが差し出したのは、マタイサギルド本部直々の指名依頼書だった。

 

 依頼内容は『ダンジョン探索』。

 想定難易度はAから――


「SSランク!? どういうことですか?」


 マタイサ王都のダンジョンは、すでに攻略情報も買えるくらい探索が進められていた。

 最大深度は100階層。総面積はバルギアダンジョンの2倍ほどで、100階層まではAランクパーティで平均5年。

 バルギアと比べると広いが、同じ100階層まででもストアニアダンジョンの半分くらいしかないので、すでに何組も完全攻略を終えている。


 もちろんダンジョンボスは100階層にいるSランク魔物だ。どんな魔物が出てくるのかは情報を買ってないので知らないけど、強くてもSランク魔物が限度。

 それをSSランクの可能性って、つまりそれ以上の相手を想定されているってことだ。


「まず先に受けるか受けないか答えておくれ。かなり重要な機密になるからね」


 カーデルはかなり真剣な目をしていた。

 重要機密か。ダンジョン、SSランク、そしてわざわざ俺たちにこの案件を持ってきたってことは……なるほど。


「もしかして迷宮核(ダンジョンコア)案件ですか?」

「……はぁ、察しがいいのも困りもんだね」


 渋い顔をしたカーデルだった。

 たしかに迷宮核(ダンジョンコア)に関する情報はギルドマスター権限レベルの最重要機密だからな。俺たちだって魔族領で存在を知っていなければ、いまもカムロックに教えてもらえてなかったと思う。


「その存在を知ってるから、俺たちに頼みたいと?」

「そうだよ。ま、そこまでわかってんなら先に説明しておくよ。ただし口外は厳禁だよ。聞いた手前あんたには守秘義務があるからね」

「わかってますよ」

「そんならいいさ。あんたたち【王の未来(ロズウィル)】に依頼したいのは、迷宮核(ダンジョンコア)の捜索だよ。昨夜、宮廷内で保管していた迷宮核(ダンジョンコア)が消えちまって行方不明なのさ。おそらく盗まれたようでね」

「えっ? 大事件じゃないですか!」


 もし誰かが迷宮核を壊したら、ダンジョンは崩壊する。あるいはマスター登録してそのマスターが死んでも、同じようにダンジョンは消えるらしい。破壊したりマスター登録できるかどうかは別にして。

 それくらい大事なものなので、各国の迷宮核(ダンジョンコア)は、マスター登録せずに保管していると聞く。


 それが盗まれたってなると、どんな危険があるかわからないな。


「大事件だよ。だからこうして儂が大急ぎでここまで飛んできたのさ」

「そうでしたか。それで捜索っていうのは?」

「知ってると思うが、迷宮核(ダンジョンコア)はダンジョンから数キロ範囲までなら持ち出せる。ただし、それはあくまで迷宮核を使わない場合だ。使うならもっと近くないといけない……むしろ、精密に操作するならダンジョン深くじゃないと作動しない」

「あ、そうだったんですね」


 そういえばカムロックもそんなことを言っていたような。


「ゆえに盗んだ何者かが迷宮核を使うなら、ダンジョンに潜ってるだろうね。あんたたちにはそれを探して欲しい。というかこの依頼は、羊人族の娘っ子に頼んでるようなもんだがね」

「なるほど……ではSSランクになる可能性の具体的理由は?」

「もし相手がマスター登録していたら、あんたたちはダンジョンそのものを相手にしないといけなくなるからね。ダンジョンだって生きてるから急激な変化は難しいけど、魔物を生むくらいは簡単にできる。絶えず湧いてくる魔物と戦いながら、迷宮核を壊さずに取り戻す。しかも相手がマスター登録してたら相手すら殺さずに、だ。これらは全部最悪の場合だけど、本来ならヒントもない状態で迷宮核ひとつ見つけ出すことすら高難度クエストだからね」


 たしかにそのレベルの依頼になると、そこらの冒険者じゃ難しすぎる。

 エルニの索敵魔術がなければ数年かけても達成できるかどうかだろう。


「……わかりました。一応、エルニに聞いてみてもいいですか?」

「頼むよ」

「はい。少々お待ちを」


 俺は『虚構之瞳(みとおすもの)』で屋敷を見渡して、転移で地下にいたエルニを連れて戻ってきた。

 そのまますぐに事情を話すと、エルニは二つ返事でうなずいた。


「わかった」

「あんたにできそうかね?」

「ん」


 格上の宮廷魔術士に対しても、まったく物怖じせずに話すエルニだった。


「噂以上に肝が据わってるねえ」

「ということで俺たちでお受けします。すぐにマタイサに向かえばいいですか?」

「頼むよ。ついでなら儂も連れて戻ってくれんかね?」

「もちろん、今度は俺がエスコートしますよレディ」


 そんなワケで、いきなりの超高難度クエストを受注した。

 パーティメンバー全員を集めて、カーデルと共にマタイサの冒険者ギルドまで一気に転移するのだった。



 ■ ■ ■ ■ ■



 ――マタイサ王国、その王城内。


 白亜の城と呼ばれているマタイサ王城は、3つのエリアで構成されている。

 外縁部は通常の城としての機能を持っており、謁見の間や大広間など、政治的に使用される施設が集っている。

 真ん中のエリアは宮廷と呼ばれ、重要な施政官や使用人たちが働いており、王族たちもこの宮廷で仕事をしていることが多い。


 そして中心が王族専用のエリアだ。

 いわゆる王族の生活空間。


 王族以外でここに立ち入ることができるのは、特別に許可を得た者だけだ。

 王族専属の執事やメイド、あるいは公にはできない縁者などが住んでいて完全に外からは見えない世界になっている。もちろん喧騒とは程遠く、いつも静謐とした空気で満ちている。


 その静けさ漂う廊下に、まったく似合わない影がひとつ。


「ハッ!? お、俺はなにを……」


 カチャカチャと鎧を鳴らして起き上がったのは、ひとりの若い騎士だった。

 茶色い癖毛に銅色の瞳、ガッシリとした筋肉が体を覆ってはいるものの、まだ成人して数年で騎士としては経験も浅い。

 本来はこの王族専用の居住区にいるような存在じゃないが、彼はここで寝ていた。


 いや、気を失っていたと言った方が正しい。


「しかも朝かよ……寮長にまたドヤされるじゃねぇか。というかなんで俺、ここで寝てたんだ?」


 とりあえず立ち上がり、首をひねる少年騎士。

 昨夜の記憶がすっぽりと抜けて落ちているので、判然としなかった。

 まあ、思い出すのは後回しだ。いまは急いで寮に戻らないと。

 無断外泊した言い訳を考えながら、廊下を進もうとしたときだった。


「あら、もう目が覚めましたの?」


 後ろから声をかけられて、少年騎士は振り返った。

 そこにいたのは寝間着姿の8歳の少女だった。

 ゆるやかにウェーブした眩い金髪に、クリクリの瞳。薄手の寝間着を着たまま、無邪気にこっちを見ていた。

 少年騎士はすぐに膝をついた。


「メープル様! おはようございます!」

「む~。まだそうやって他人ぎょーぎなんですのね。わたくし、不満ですの」

「当然です! メープル様は姫君であらせられます。騎士の自分とは立場が違いますゆえ」

「むむむ~。わたくし、プンプンですの!」


 腕を組んで、ぷいっと視線を逸らすメープル姫。

 いつものことながら、少年騎士は困った顔を浮かべた。


「そうは仰いましても、こうしてメープル様のお傍仕えをすることすら、成人した騎士にとっては異例のことなのですよ」

「うるさいですの! ガウイ(・・・)は言い訳ばっかりですの!」


 プンスコ怒る不機嫌な姫をなんとかなだめようとしている少年騎士は、名をガウイ=ムーテルという。

 公爵家の子息にして、第6王女であるメープルの近衛騎士のひとりだった。


「そ、それよりメープル様、なぜ自分はここで夜を明かしたのでしょう? 昨晩、メープル様と庭園へ散歩へ出かけたところまでは憶えてるのですが……」

「聞きたいですの? ねえ、聞きたいですのっ?」


 とたんに目をキラキラさせたメープル。

 そこはかとなくイヤな予感がしたけど、聞かない選択肢はない。


「……はい。教えて頂けると助かります」

「うふふ、ガウイはわたくしとでーと(・・・)したあと、ケモノになったんですの。前にパパが言ってたですの。オトコはでーとしたら、えっと、オクリ……たしかそう、オクリオオカミになるんですのよ。ガウイもオクリオオカミになったんですの! そしてわたくしと結ばれたんですの!」

「……え?」

「だからガウイはわたくしの夫になるんですの! これでもう言い訳できないですの!」


 鼻息荒く言うメープルだった。

 ガウイはしばらく思案し、ヤレヤレと首を振った。

 どれだけ理性が飛ぼうが気を失おうが、言葉の意味すら知らない子どもと一晩のロマンスなんて起こるわけもないのだ。

 それにメープルがこうしてガウイを手玉に取ろうとするのは、今に始まったことじゃない。


「はぁ。メープル様、今度オクリオオカミの意味をしっかりと教えてもらってくださいね」

「あーっ! それは信じてないですの! わたくし、怒るですのー!」

「もうお怒りでは?」

「もっとプンプンなのですの!」


 実際は薬か何か盛ったんだろう。この幼い姫君、曲がりなりにも王族なので護身用に睡眠薬を忍ばせている。軽率に使うことに関しては、しっかり教育係に報告して説教してもらわないと。


「メープル様、自分はそろそろ朝礼に行かないと職務違反になってしまいますので、いったん失礼しますね」

「なんでですの! 待つですの、これはおうぞく命令ですの!」

「朝礼が終わったらすぐに戻ってきますから」

「ほんとですの!? では、きょうは一緒に遊ぶですの!」

「今日も、ですね」


 ガウイは呆れながら一礼し、メープル様へ背を向けた。

 自分は近衛騎士であり傍仕えだ。勤務時間はメープルの一番近くで守ることが役目……いくらイタズラされようとも離れることはできない。

 まあ、そのやや行き過ぎた茶目っ気も含めて彼女に忠義を誓っているので、もとより不満に思ったことはない。


「さて、今日も一日がんばるか」


 ガウイは肩を回して筋肉をほぐしながら歩く。

 いくらこの歳で姫君の近衛騎士に抜擢されたからといって、それが自分の実力だと驕ったことはなかった。

 父や義理の兄たちには模擬戦ですら一度も勝てたことはない。彼らに比べたら自分の弱さはよくわかっている。さらにいうならその父や兄たちですら、いまだ師匠の老婆(ヴェルガナ)に手も足も出ないのだ。


 世界は遠い。


 ガウイはハッキリとそれを自覚しているから、どんな状況でも弱音を吐くことはなかった。

 たとえ忠誠を誓っている姫様に一服盛られて、コンディション不良で仕事を始めなければならないとしても。


 そんな風に王族の居住区を出たガウイ。

 宮廷の廊下でガウイを待っていたのは、先輩騎士たちだった。


「ガウイ=ムーテル。国家反逆罪の嫌疑により、お前を拘束する」

「…………は?」




 ガウイ=ムーテルの不運な一日が、始まった。


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[良い点] 哀れ、ガムイ君
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