教師編・13『盗賊団にとらえられた変態』
バルギア竜公国の南東部、その国境付近にある丘陵の道。
なだらかな丘をなぞる道から国境側には森が見え、その向こうに国境を示す長壁がずうっと続いている。
1年ほど前に見た景色とほとんど変わらない穏やかな風景。
違うのは、それを眺めている仲間の顔ぶれだ。
「こんな田舎道沿いにエルフが住んでるの?」
「コーヒー農園があるからな。サーヤはこっちで飲んだことある?」
「ないわ。もともとコーヒー苦手だし……」
「サーヤは高校のときから子ども舌です」
「そう言うナギだって辛いの苦手じゃない」
「ただの痛みを有難がるほうが意味不明です」
結論、どっちも子ども舌だな。
ちなみに植物学者プレナーレクの屋敷近くに盗賊団に占拠された屋敷と倉庫があるらしい。
以前通ったときは気付かなかったけどこの近くに小さな村があって、そこで依頼主の商人ギルド職員と顔を合わせたのが一時間ほど前のこと。
そのギルド職員が運転する馬車の荷台で、座って話している俺たち一行だった。
くだらないことを話していると、御者台で手綱を握っているマダムの職員(既婚女性)が、振り返りながら言った。
「ルルクさんはプレナーレクさんとお知り合いなんですか?」
「ええまあ。顔見知り程度ですけど、お屋敷に泊めてもらったこともあります」
「そうでしたか。プレナーレクさんは商人ギルドのお得意様なんですよ。貴重な薬草なども気兼ねなく卸してくれる、優しい方ですよね」
「プレナーレクさんは盗賊の被害は大丈夫なんです?」
「ええ。盗賊団も彼の敷地に手を出すほどの度胸はないですから……」
苦笑しながら言う職員だった。
その言葉の意味はすぐにわかった。
丘を越えたらプレナーレクの屋敷が見えた。その周辺が背の高い茶色い植物に覆われていた。後ろにあるという農園もすべて囲われている。
なんだあれ……茨?
美女でも眠ってそうだな。
「プレナーレクさんが開発した魔草らしいですよ。詳しくは直接聞いてみてください」
職員はそのままプレナーレクの屋敷へと馬を走らせた。
門の呼び鈴を鳴らすと、すぐにプレナーレクが出てきた。後ろにはメイドも。
「いつもお世話になっております。商人ギルドのピーチェンです」
「こちらこそ。本日はどうしましたか? お取引の予定はなかったと思いますが」
「例の盗賊団討伐の件で、依頼した冒険者をお連れしました。お約束どおり、拠点にさせていただいてもよろしいですか」
「もちろんです。いま門を開けますのでお入りください」
馬車が門をくぐって庭に入る。
俺たちは馬車が停まると、すぐに荷台から降りた。
「お久しぶりですプレナーレクさん。ルルクです」
「おや、冒険者というのは君たちだったんだね。ほんの少し見ないうちに背も伸びたかな? 本当に人族の成長は早いものだね。他の子たちは仲間かな?」
「はい。今回はよろしくお願いします。……それとプレナーレクさんには、師匠のことで折り入ってお話がありまして」
俺がかしこまって言うと、プレナーレクは目を細めて薄く微笑んだ。
何かを察したようだった。
「では、ルルクくんたちはこちらへ。君はピーチェンさんを客間にご案内して差し上げて」
「はい」
プレナーレクがメイドに指示を出して、ギルド職員を先に案内していった。
俺たちはプレナーレクに連れられて屋敷の奥のほうへと向かった。
前回も泊まったので屋敷の広さは知ってるけど、今度は前回は入らせてくれなかった場所に案内された。
いくつも鉢や水槽が置いてある、実験室のような展示室のような部屋だった。
その部屋の奥にソファがあり、すすめられるままに座る。
窓からは、この屋敷を覆っている茨のような植物がハッキリと見える。茨はわずかに動いていた。
「……君たちのなかに、先生の弟子はどれくらいいるかな?」
プレナーレクは窓の外の茨を眺めながら、小さく問いかけてきた。
俺、エルニ、サーヤが手を挙げる。
もちろんロズと会ったことのないセオリーとナギは首をかしげていた。
「では、そちらのお嬢さんたちにとっては少しつまらない話になると思いますが……僕たち弟子は先生から独立するときに、決まって同じ話をされるんだ。先生が弟子をとっている本当の目的をね。ルルクくんが話したいのは、つまり、そういうことだね?」
プレナーレクのまっすぐな視線を浴びた俺は、素直に頭を下げた。
「おそらくそうです。師匠は……ロズはもういません。俺が、その命を貰いました」
「やっぱりそうだったんだね。先生から預かっていた苗が半年前に枯れてね。先生の術で生命を維持してたから、枯れるのはおかしいと思ってたんだよ」
「すみません。俺なんかが師匠の――」
「謝る必要はないよ。先生はずっと、死ぬことを望んでいたんだから」
プレナーレクは優しく言いながら、窓の外の茨を指さした。
「いま僕の屋敷や農園を囲んでいるアレ、ルルクくんには何かわかるかな?」
「……いえ」
「アレは僕が開発した魔草でね。『スキル封じ』の特性を持っている茨なんだよ」
「スキル封じです? そんなことできるんですか」
「もちろん限度はあるけどね。スキルによる干渉は防げるうえに、分厚くて再生能力も高く、刺さったら抜けづらいトゲもあって盗賊団も近づかないんだ。でも本当は屋敷の防衛目的じゃなくて、先生のために開発したんだよ」
遠い目をしたプレナーレク。
自ら開発したスキル封じの魔草……まさか。
「僕はこの魔草で先生の『森羅万象』を封じたかった。そうすれば先生の悲願を叶えてあげることができるだろうと思って……もっとも、効果があるのは上級スキルまでだったよ。僕の力ではそれが限界でね」
「そうだったんですか。プレナーレクさんも先生を……」
「僕じゃ役に立てなかったけどね。でも、そのおかげでこの屋敷を守れてるんだから、無駄な努力も無駄じゃなかったかな。だからルルクくんが先生の望みを叶えてくれたことは、むしろ同じ弟子として誇らしいことだよ」
あっけらかんと言って、俺の頭を撫でたプレナーレクだった。
ヴェルガナといいプレナーレクといい、俺を責めない優しい大人たちばかりだ。
その優しさが、チクリと胸に刺さった。
「ああそうだ。それはそうと、ルルクくんに渡したいものがあるんだ」
「……渡したい物、ですか?」
「うん。ちょっと待っててね」
プレナーレクは席を立つと、そのまま部屋から出て行った。
数分後に戻ってきたとき、その手には箱がひとつ抱えられていた。
「ナビィから、ルルクくんが来たら渡して欲しいと頼まれててね」
「そういえばナビィさんはどうしてますか? お元気でしょうか」
「僕のもとからは独立したよ。たしか半年前くらいだったかな……彼女は気圧や水圧分野に興味があったから、ここでは環境別の発芽の研究を手伝ってもらってんだけど、僕の方も彼女のほうも、ある程度の結果が出てひとつ目処がついたからね。もといた研究会に戻って行ったよ」
「そうだったんですか」
「それでコレを預かってたんだよ」
プレナーレクはテーブルの上で箱を開ける。
中にあったのは、丸みを帯びた合金鍋。
「これは、まさか!」
「自動圧力鍋、というらしいね。火にかけて使ってもいいし、魔力を通せば勝手に調理もしてくれるらしいよ。僕は料理をしないから使ったことはないけど、同じものをいくつかもらってて、メイドには好評だよ」
「キタコレ……っ!」
ただの圧力鍋じゃなかった。まさかの調理機能付き。
これはこれからの調理に革命が起きるぞ!
俺が目を輝かせていると、プレナーレクは可笑しそうに笑った。
「僕もまだまだ知らないコトだらけだね。ナビィの研究会にいた方も、コレを見て同じような反応をしてたよ。低温調理でナントカを作れる! って喜んでたからね……たしか、ろーすとびーふ、とか言ってたかな」
「え?」
ローストビーフ?
それ、間違いなく地球の料理名なんですが。
俺はサーヤとナギと顔を見合わせた。3人でうなずく。
「あの、ナビィさんが所属してる研究会って、なんてところですか?」
「商品開発局、って言ってたかな。ルルクくんたちも聞いた事もあると思うけど、ルニー商会っていう最近かなり勢いのある商会らしいよ」
「ルニー商会員だったんですか!?」
まさかの所属先だった。
「迎えに来たのは、確かジンって子だったね。ルニー商会の副会長で、ナビィのもともとの雇い主の娘らしいよ。あ、これはメイドの話だけどね。そんなわけだから、ナビィはいまはマタイサに戻ってるよ。王都にいるらしいから近くに寄ったらルニー商会に顔を見せてあげて欲しいかな」
「もちろんですよ! すぐに挨拶しに行きます!」
俺もルニー商会の常連だからな。
そういえば王都の本店にはまだ行ってなかったな。つぎに王都に行ったら絶対行かねば。
そう頷きながら、圧力鍋をアイテムボックスに収納しておく。今夜にでもプニスケに使い方を伝授しておこう、かなりレシピに幅が広がるぜ。
「さて、ひとまず内緒話はこれくらいかな。本題の商人ギルドの依頼の話をしないとね」
「あ、はい。サクッと盗賊たちを捕まえてくる予定です」
「ははは。なんだか先生を彷彿とさせる言い方だね。じゃあ打ち合わせをするから、ついておいで」
嬉しそうに笑うプレナーレクは、今度は俺たちをふつうの応接室まで案内してくれた。
コーヒーを一杯飲んでいる間に商人ギルドのピーチェンも合流して、地図を睨みながらの情報交換。
盗賊団に占拠された場所は、ギルド所属の商人たちがバルギア、レスタミア、ストアニア、マタイサ間で交易するための拠点にしている屋敷と、その備蓄倉庫らしい。
ここから徒歩で半刻ほどの距離にあるんだとか。確かに近い。
「情報屋ギルドによると、盗賊団の人数は51人。リーダーは指名手配もされてる男です。最新の情報だと、その屋敷を拠点にして周囲を通る馬車などを襲っているということです。昨日、公爵家の指示で街から討伐隊が出発したらしいのですが、到着は早くても3日後になります。一応ギルドも周辺の行商人に警告してますが、事情を知らない商人や旅行者が犠牲になってます」
「なら、すぐにでも行かないとですね」
「はい。準備ができ次第お願いします」
「じゃあ行ってきます」
「えっ」
すぐ立ち上がった俺。びっくりするピーチェン。
「あの……準備とか、作戦とかは?」
「必要なものはアイテムボックスにありますから。それじゃあ俺と一緒に行きたいひとー。相手は盗賊だけど殺さない方向でいきまーす」
「行きまーす」
「ん、いく」
『やるなのー!』
「殺さずに手加減できる自信がないので、ナギは留守番するです」
「時は来た……いまこそ我が封印が解かれる!」
ナギ以外がやる気満々の返事をする。
たしかにナギの刀は低レベル人間相手じゃ峰打ちでも殺しかねないからな。
それと、手加減できないのがもうひとりいるな。
「セオリーも留守番な」
「ふぇっ!?」
「ブレススキル撃つつもりだろ。屋敷ごと吹き飛ぶからダメ」
「……しゅん」
「そんなセオリーにはプレナーレクさんとピーチェンさんを守る任務を与えよう。拠点防衛だぞ」
「ふっ! そういうことなら任せたまえ!」
なんとチョロい。
ナギに目配せして、セオリーのことは頼んでおいた。
これで同行者はサーヤとエルニ、プニスケか。
「エルニ、近いみたいだから頼む」
「ん。『全探査』……あっち」
「さんきゅ。じゃあ行ってきまーす。『相対転移』」
俺は軽い気持ちで、盗賊団のもとまで跳んだのだった。
その数分後、俺はこのクエストを受けたことを後悔するのであった。
「フハハハ! 惰弱! 脆弱! 虚弱ゥ! そんな貧弱なモノでは、吾輩を満足させることなどデキぬぞ!」
盗賊団が占拠した屋敷、その地下室。
そこで俺は、史上最大に萎えた気持ちをぶら下げて大きくため息をついていた。
屋敷のそばまで転移してきた俺は『虚構之瞳』でひとまず状況を確認した。そしたら、屋敷の地下室で誰かが拷問を受けているではないか。
これは一大事だすぐに助けないと、と即座に転移してきたら、目の前で繰り広げられていたのはとんだ痴態だった。
「この! なんだコイツ! 皮膚どうなってんだよ!」
「剣が刺さらねえ! くそっ、また刃こぼれした!」
「フハハハハ! 我が肉体を満足させる者はおらんのか!」
笑い声をあげているのは、全裸で壁に磔にされている男だった。
筋肉隆々で前髪を七三分けにしている。某アメコミのスーパーなメンズみたいな体格だけど、その言動は明らかにヒーロー側ではない。
「ほれ、もっと強く突かぬか! 吾輩の吾輩がちっとも満足しておらんぞ!」
「こ、このクソ野郎! 興奮してんじゃねぇよ!」
「もう嫌だ! こんな変態の相手してられねぇよ!」
「おい待てよ! 俺ひとりにするつもりかよやめてくれっ!」
拷問(?)していた男の片割れが、剣を放り出して半泣きで逃げようとする。もう一人の男も同じように振り返って……当然、背後にいた俺と目が合った。
「どうも。お邪魔してます」
「「えっ」」
硬直する盗賊たち。
事情はよくわからんけど、とりあえず仕事はしておくか。
「ちょっとゴメンね」
「うぐ」
「あべ」
腹パンしておいた。気絶する男たち。
あからさまに残念そうにしたのは、壁に鎖で縛られている全裸男。
「……ふむ。楽しみもここまでか」
「この状況、説明してくれない? というかあんた誰? 盗賊団の一味じゃないよね?」
俺はげんなりしながら言った。
もちろんサーヤ、エルニ、プニスケは後ろで視線を逸らしている。変態の変態が丸見えだからな。さすがに敬語を使う気にもなれなかった。
「見ての通り、吾輩はこの盗賊団に捕えられた哀れな旅行者よ」
「俺の目には情事に耽ってた変態にしか見えないんだけど」
「無礼な。吾輩、これでも困っていたのである」
「それにしては気持ちよさそうだったな」
「フハハハ、体は嘘はつけんからな。吾輩はベルガンドと申す……少年、礼を言う」
一応、簡易ステータスをチェックしておく。
確かに名前は嘘をついてなさそうだ。
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【 ベルガンド:人族の男性。39歳 】
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「それでベルガンドさんは、なんで捕まったの?」
「この近くにあるコーヒー農園を訪ねようとしたのだが、馬車で眠っているうちに目が覚めたら捕まっておったのだ。よもやバルギアで盗賊団と遭遇するとはな。珍しい」
「それは不運だったね。出身は?」
「ノガナ共和国だ。一応、吾輩これでも祖国の上院議員なのである。議員バッジはいまは手元にないが、服を取り戻せばそれも証明もできよう」
「……おっけ。一応、信じておくよ」
「感謝いたす」
変態だけど会話は通じる。不幸中の幸いってやつだったな。
あとはそのそそり立つ息子をどうにかしてくれれば、拘束も解いてあげようと思うんだけど。これじゃあ仲間たちもこっち見れないし。
「少年は冒険者かね?」
「まあね。ここを占拠してる盗賊団を捕まえにきた」
「もう制圧したのかね」
「いや、まだだよ。誰か捕まってると思ったから、先に地下室に来ただけ」
「吾輩の身を案じてくれたというのかね。なんと心優しき少年だ」
「実情知ってたら放置してたけどな」
「フハハハ、素直でない少年だな」
やめろ、ネットリとした視線を向けるな!
というかもう行こう。ここにいたらSAN値が削れていく。
「じゃあ俺たちは盗賊たち捕まえてくるんで。終わったら助けにくるから」
「ふむ……吾輩も手伝おう」
「いやいいよ。そこで大人しく――」
「ふん!」
ベキッ!
変態が腕に力を籠めると、鉄枷が歪んで外れた。
怪力すぎるだろ……ドン引きなんだけど。
「フハハ、この程度、吾輩にとっては玩具と同義よ」
「どんな体してんの」
「吾輩の肉体は生まれながらに強靭でな。剣も槍も矢も無意味。つまらん人生よ」
そういえば、さっき盗賊たちも半泣きだったな。
どうせ変なスキルだろうけど、まあそれより。
「自分で拘束外せるんだったら、本当は困ってなかったよね?」
「そんなことはないぞ。そこで寝ている盗賊たちは吾輩好みだったのでな……彼らには乱暴はできぬと思っていたところだった。……ふむ、少年も吾輩好みの可愛い顔をしているな」
「おい近づくな! 抜けたなら服着ろ!」
「しかたあるまい」
ぞわっとした。
変態は周囲を見回してから、すぐに気絶している盗賊の服をはぎ取っていた。
確かに都合よく服なんて落ちてないからしょうがないんだけど……おい、パンツまで脱がす必要あるか? なあ、二人とも脱がせる必要は??
もうツッコむ気力もないよ。助けてサヤえモン。
「私、ちょっと無理かも」
『あのおじさん、おもしろいなの~』
「こら、見ちゃダメ!」
プニスケの目を覆っておく。教育に悪いからな。
「よし、服を着たぞ。では参ろうか」
「……本気で一緒に戦うつもり?」
「なに、多少腕に覚えはあるゆえに」
俺たちと一緒に地下室から出る変態――ベルガンド。
なぜか変態と共闘することになりました。
どうしてこうなった?




