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弟子編・2『突然の別れ、そして出会い』


 一年ぶりくらいに父親(ディグレイ)が帰って来た。




 俺はその時、タイミング悪く厨房で水を汲んでもらった直後だった。


 昔から使用人たちに避けられている俺だったが、ガチムチの料理長とは良好な関係を保っていた。

 前世では一人暮らしみたいなものだったから自炊はしていたし料理は好きだ。コンロも水道も明かりもすべて魔術器だから俺自身が料理はできないけど、料理の話題で盛り上がることはできる。一度、メニュー開発に困っていた料理長に助言したことがきっかけで仲良くなったのだ。


 それゆえ生活用水は料理長に頼むことが多かった。厨房で和気あいあいと新しく作る菓子のアイデアを出し合ってから、主目的だった水をもらって二階へ戻るところだった。

 ちょうど俺が玄関ホールにさしかかったとき、


「「「おかえりなさいませ、旦那様」」」


 玄関ホールでメイドたちが頭を下げていた。

 扉から入って来たのは野生のゴリラ。おい飼育員! 檻からゴリラが脱走してるぞ……ってなんだ父親かよ紛らわしいな。


 一年ぶりに見たディグレイ=ムーテルはとくに代わり映えもなく、偉そうな態度でノシノシと歩いてきた。

 早々に顔を合わせるなんて運が悪いな……俺もすぐに頭を下げて挨拶する。


「おかえりなさいませ父上」

「…………。」


 無視された。

 ま、父親にとっては俺なんて厄介者でしかない。むしろ笑顔で話しかけられてもこっちが困るので、こういう関係のほうが気が楽だ。

 俺が歩いていく父親の背中を見送ってひと息ついていると、後ろから声をかけられた。


「そこにいるのはルルクかい?」


 まばゆい白い鎧を身につけた恰幅の良い青年だった。


 父親に似た骨格と筋肉がマッスル遺伝子を匂わせるが、太い首に乗っている顔は爽やかイケメンだった。父親が闇属性ゴリラだとしたら、こっちは光属性ゴリラってとこか。いや、ゴリラに例える必要はないんだけど。

 でも誰だろう。少なくとも一度も見たことのないひとだった。


「……えっと、はい」

「ああすまない。前に会ったのは君がまだ3歳だった頃だから、憶えてないのも無理はないか。僕は君の兄、ララハインだ。よろしくねルルク」

「あ、どうもご丁寧に。ルルクです」


 ぺこりと頭を下げておく。

 ララハインといえば、たしか実の兄だった気がする。


 第一夫人の長男で、ムーテル公爵家の次期当主。

 王都でエリート騎士として活躍中だと聞いたんだけど、どうしてここにいるんだろう。

 そんな疑問を察したのか、ララハインは白い歯をキラリと光らせた。


「次期当主として領地経営を学ぶために戻ってきたのさ。王都の屋敷でも勉強はできるけど、実際に目で見て得た情報のほうが身になるからね。父とともにしばらく滞在するから、何かあったら頼って欲しい。君の兄としても一人の騎士としてもなんでもいいからね」


 な、なんだこの眩しい生物は……!

 本当にあの闇ゴリラの息子か? ガウイと同じ遺伝子か?

 我が公爵家に似つかわしくないキラキラと澄んだ瞳に、たまらず困惑する。


 ……いやでも待てよ。俺と同じ血が流れてるって考えたら不思議じゃないか。うん納得だわ。ほんと納得。異議は認めない。

 とりあえず困ってることは特にないので、無難に返しておこう。


「ありがとうございます。機会があればぜひ」

「ははは、そうかしこまらなくてもいいよ。存分に甘えるといい、君は弟なんだから。むしろ兄としては甘えてもらえたほうが嬉しいくらいだよ」

「はい。憶えておきます」


 甘えろアタックはリーナで腹いっぱいだからな。ララハインにまで無理して甘えるほど人肌恋しくないし、さすがに精神年齢が近い実兄に甘えられるほど恥は捨ててない。


 そもそも疑似姉で人妻なリーナに甘えるだけでも羞恥心が大爆死するからな。俺が遠慮なく甘えられるとしたら精神年齢100歳の美女くらいだろうけど……いねぇだろそんなやつ。


 兎に角、俺はララハインとの初遭遇を終えて自室に戻った。裏表のなさそうな善良な人っぽいけど、俺の得意なタイプじゃなさそうだな。アレは圧倒的リア充陽キャの気配がする。

 巻き込まれ爆死はしたくないので離れておこう。


 ベッドに寝ころびながら開け放した窓の外を眺めた。

 小鳥が気持ちよさそうに飛んでいる青空を眺め、ひとりごちる。


「……しばらくは大人しくしとこう」


 どうせ書斎に用事もないし、四畳半の自室でも神秘術の自主トレはできる。


 最近はスキルも増えてきたし、指を使わなくても霊素を操作できるようになってきた。自分の得意不得意も分かってきたけど、スキルは中級までしか習得できていない。どうにかして神秘術の知識を増やしたいところだが、教本は中級レベルのものまでしか市場にないから現状手詰まりなんだよなぁ……。

 そんなことを考えながらウトウトする。

 

 そうやってのんびり過ごして日が傾き始めたころ、部屋の扉がノックされた。

 おや、来客なんて珍しいな。いつものメイド少女かな?


「鍵空いてますよ。どうぞ~」

「失礼します」

「リーナさん!? それにリリスも」

「ルルお兄ちゃんっ!」


 ベッドで上半身を起こした俺に飛びついてくるリリス。リーナも遠慮がちに部屋に入り、扉を閉めた。

 俺の部屋は椅子と机がひとつだけだ。さすがに来客に対応できるような場所じゃない。リリスはまだしも、リーナが来るなんて初めてのことだった。


「ルルク様にお話がありまして」

「それはいいですけど……リビングか書斎に行きませんか? ここじゃ狭いと思うんですが」

「いえ、ルルク様がよろしければここでお願いします」

「で、でも公爵夫人がこんな物置みたいな部屋なんかで」

「ここでお願いします」

「あっはい」


 押しが強いのはいつも通りだけど、いつもとは少し違うような。

 リリスもなぜか鼻をすすって泣いてるみたいだし、何かあったのかな。


「もしかして、俺のことで何かご迷惑を……?」

「いいえ。実は先ほど旦那様に呼び出しを受けまして、ひとつ命令を下されました。そのご報告に伺った次第ですわ」

「命令ですか? どんな?」

「単刀直入に申し上げますと……私とリリスは王都で暮らすことになりました。明日、屋敷を発つ予定です」

「えっ」


 明日から? 王都?

 脳内が疑問符で満ちる俺に、リーナは努めて冷静に話した。かすかな手の震えを堪えるように。


「もともとリリスは淑女学院に通う予定でした。それは公爵家の息女であれば当然の義務なのですが、本来は10歳になってから王都で暮らすという計画でした。しかし、その……旦那様はリリスがあまりにもルルク様に懐いておられることを、かねてからよく思っていないようでして……」

「それで、俺と離すために2年も予定を早めたってことですか?」

「はい。旦那様はリリスがルルク様へ依存(・・)し始めていることも見抜いてらっしゃり……このままでは悪影響が出る、と。淑女学院への入学は予定通り2年後にするようですが、その前に王都に慣れておけとの名目で」

「……なるほど」


 それはなんというか、俺にとっても心苦しい理由だった。


 リリスが懐いてくれてること自体は嬉しいことだったが、それが原因で望まぬ王都生活を強いるのはとても申し訳なかった。ディグレイの言い分にも正当性はあるだろうし、そもそも公爵家当主の決定に逆らうことはできないだろう。


 それに、俺もリリスが俺に依存していることは薄々感じていた。4年前に人攫いから助けたことが大きな理由だろうけど、それ以来、屋敷の外に行くときは俺が一緒じゃないとイヤだと駄々をこねている。

 たぶんトラウマになってるんだろうけど……たしかに、強制的に引き離して荒治療をするなら早い方がいい。このままだと、取り返しのつかないことになる気がする。


「やだやだやだやだ! 王都になんか行きたくない!」


 ぐずりながら俺の服を濡らす甘えん坊のリリス。

 父親が危惧する気持ちも理解できる……。


 かといって俺にとってもリリスは可愛い妹だ。この世界に来て初めて味方になってくれた存在だし、何よりも大事に思っている。離れたいかと聞かれたら、もちろん答えはノーだ。


「ルルク様。旦那様の決定に逆らうことなど、私たちにはできません。それにいずれは離れなければならないのです。それが2年早まっただけのこと……どうか、ルルク様からも私たちに命じて下さい。そうすればリリスも(・・・・)決心がつくでしょう」

「リーナさん……」


 気丈に言う彼女も、いきなり王都に行くことに戸惑っていた。ずっと王都で買い物をしたいと言っていたけど、暮らしたいと言ったことは一度もなかったはずだ。


 この街に愛着はあるだろうし、離れるのはつらいのだろう。本音を言えば行きたくない。ここに残っていたいと言いたい。

 だからこそ、俺に背中を押してもらおうとしているのだ。


「……そうですか」


 俺は喧嘩が強いわけじゃないし魔術も使えない。暮らしの役に立たない神秘術しかできない忌み子だけど、それでも誰かの役に立てるなら役に立ちたい。

 それが好きな家族のためならば、とくに。


「リリス」


 俺は彼女の頭を撫でる。


「俺も離れ離れになるのは寂しいよ。このままずっと一緒に遊んで、訓練して、面白おかしく暮らしていたい……俺は基本苦しいこととかキライだし、逃げたくなることもたくさんある。ヴェルガナの訓練もサボりたいし貴族としての勉強も投げ出したい。イヤなことはたくさんあるけど……それでも、逃げたりはしない。それがなんでかわかるか?」

「ぐずっ……どうして?」

「将来、幸せになるためだ。俺は魔術が使えないから自分の生活すら満足に送れないよな。公爵家に生まれてなかったらとっくに死んでただろう。運が良かっただけで、俺自身には足りないことばかりなんだ。だから自分に足りないものが何か探して、それを埋めるために生きなきゃならない」

「……でも、ルルお兄ちゃんもリリも貴族だよ……そんなことしなくても生きてられるよ……?」

「そうだね。俺もリリスも家の言いなりになってどこかの貴族と結婚して、公爵家の道具として生きるならね。でも俺は、そんな人生はイヤだね。俺は自分の力で少しでも幸せに生きたいんだ。だから俺は……うん、決めた。俺は公爵家をやめる」


 俺は息を吸って、吐き出すように言葉を乗せた。


「俺は冒険者になるよ(・・・・・・・)、リリス。まだ9歳だしレベルは1だけど成長して強くなって、もちろん神秘術だって磨いて自分の力で生きてやる。俺の将来は公爵家に守られるんじゃなくて自分で守るんだ」


 冒険者になる。

 ずっと悩んでいたけど、その言葉を口にしたことでストンと納まった気がした。


「リリスとはしばらく会えなくなる。でもその間に、俺は立派な男になるよ。ルルク=ムーテルとしてじゃなくてただのルルクとして、またリリスに会いに行くから。リリスも立派な大人になるためにたくさん勉強して欲しいんだ。貴族としてじゃなくて、リリスとして」

「……でも、リリは……」


 リリスは何か言いかけて口を噤んだ。

 しばらく俺の胸で嗚咽を繰り返してから、呼吸を落ち着かせた。


「……ねえ、ルルお兄ちゃん」

「どうしたんだい」

「リリ、本当は行きたくない。ルルお兄ちゃんとずっと一緒がいい。でも……でも、リリがんばる。ルルお兄ちゃんが立派な冒険者になるなら、リリだって立派な淑女になる。神秘術だってルルお兄ちゃんに負けないくらいすごくなって、リリだって公爵家やめて自分で生きたい。だからがんばる。がんばるんだもん……うう、うわああああんっ」

「そうか。偉いぞリリス」


 震えるリリスの背中を、ゆっくりと撫でてあげた。

 精一杯背伸びして決心したことで、より別れを実感したのだろう。王都とこの辺境の街は気軽に行き来できるような距離じゃない……俺が王都に行かない限り、淑女学院を卒業するまで会えないだろう。


「リリス……」


 リーナも目に涙を浮かべていた。

 この人にも随分助けられたな。俺がこの屋敷で楽しく過ごせたのはリーナのおかげでもあった。


 リーナはこの4年間、屋敷中から疎まれている俺に周囲の視線なんか気にせず味方してくれていた。そのせいでメイドたちや第二夫人から嫌われてしまったことも、小さな嫌がらせをされていたことも俺は知っている。

 俺のことなんか放っておいてくれと何度も言ったのに、それでも傍にいてくれたリーナには、本当に感謝しかないのだ。


「リーナさん」


 だから俺は、空いた片方の手をリーナに広げた。

 つらいときには甘えてもいいのよ――そう何度も言ってくれた言葉を、そのままお返しするために。


「ああっ、坊や……っ!」


 我慢できなくなった涙腺を崩し、リーナも俺を抱きしめた。

 俺もまた、目から水滴が零れ落ちてしまう。

 こうしてリリスとリーナとの最後のひとときを過ごしたのだった。



□ □ □ □ □



「それではルルク様、お元気で!」

「ルルお兄ちゃん! 絶対お手紙書いてね!」


 翌朝。

 俺は王都へ旅立っていく二人を見送っていた。


「うん。ふたりとも気を付けてね」


 護衛とメイド隊を連れた馬車はゆっくりと走り出した。

 門を抜けて街へと消えて見えなくなるまで、俺たちは手を振り合った。見えなくなってからも、どこか名残惜しくて手を振り続けた。昨日はああいったけど胸にぽっかりと穴が空いた気分だ。本当は俺が誰よりも引き留めたかった……。


 いや、違うぞ。これはアレだ悔し涙だ。王都にいるガウイが羨ましいからであって、決して寂しいからじゃないんだ。俺は立派な(オトコ)だ。漢は泣かないんだ。だから目から零れてるのは涙じゃなくて……そう、小便だ! 俺は漢だからただ小便を漏らしてるだけだ!


 ……ん? なんか悪化してない? まあいいか。


「ルルク、屋敷に戻ろう。大丈夫、互いに見えなくても空は繋がっているさ」


 そんな俺の肩に優しく手を置く兄、ララハイン。

 なにこのイケメンきゅんきゅんしちゃうんだけど? こ、これが乙女ゲームの主人公の気持ち……?

 そんなふうに冗談交じりにドキドキしてると、門の方から怒声が聞こえてきた。


「誰だ貴様! ここが領主様の屋敷と知ってのことか!」


 なんだなんだ?

 ここからじゃ少し遠いけど、喧騒とは離れている街の端だ。声はよく通るし扉はまだ閉められてないからハッキリと見えた。


 門兵が槍をつきつけていたのは、頭から黒いローブを被った人物だった。

 剣呑な雰囲気だ。まさか領主の屋敷に敵襲ってわけじゃないだろうけど。


「いいから答えろ! 何者だ!」

「私? 通りすがりの旅人よ。ちょっと知り合いに用事があるのよ、通して頂戴」

「ふざけるな! 速やかに立ち去れ! でなければ捕縛するぞ!」


 ……?

 俺は少し違和感を憶える。なんというか、ちぐはぐな印象なのだ。いま俺が見ている風景に何か情報が足りないというか、歯に物が挟まったような。

 そのローブ姿の不審者に感じる何かに答えが出る前に、そいつはこっちをチラッと見た。


「ルルク、少し下がって――」

見つけた(・・・・)


 ララハインが俺の前に出ようとしたとき、そいつは俺を見てニヤリと笑った――気がした。

 その次の瞬間、俺は肌が粟立った。

 

 目の前(・・・)に、そいつが立っていたからだ。


 まるで瞬間移動。ヴェルガナが使う高速移動の魔術とは圧倒的に性能が違う、瞬きひとつする間もない移動術だった。

 いや、それは魔術ではなく――


「なっ!? 衛兵出会え! 侵入者だ!」

「へえ。いい反応するわね」


 即座にララハインが叫び、俺と謎の人物の間に体を滑り込ませた。俺を守るように背中で後ろに押しやる。さすが光ゴリラ、助けられるヒロインの気持ちがわかるぜ。

 すぐに門兵や騎士たちが駆けつけてきて、ララハインに剣を手渡した。


 謎の人物は兵士たちに囲まれるまで様子をうかがっていたが、ある程度の人数が集まると不意にローブを脱いだ。


 その瞬間、いままで疑問にすら(・・・・・)思わなかった(・・・・・・)彼女の外見を認識する。

 

 腰まで伸ばした長い黒髪。

 鼻の低い薄い顔。少し童顔な大きな瞳に小さな赤い唇。

 黄色みがかった白い肌。

 年は18歳くらいだろうか。


「……え?」


 俺は思わず声を漏らしていた。



 その顔は、どう見ても日本人のものだったから。

~あとがきTips~


〇ムーテル家の兄弟構成(継承位順)


第一夫人の子息

・長男ララハイン

・次男ロロゼア

・三男ルルク


第二夫人の子息

・長男グアード

・次男ダイラン

・三男ガウイ


第三夫人の息女

・リリス


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― 新着の感想 ―
[良い点] 前世の時の考えと絡めて今世でも一貫して同じ考えをしている。 何より文章の表現が個性的で面白いです。イイネ >兎に角、…。アレは圧倒的リア充陽キャの気配がする。  巻き込まれ爆死はしたくない…
[気になる点] レレなんたらさんがいない?w
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