教師編・11『教師と生徒のロールプレイ』
カトブレパスを葬った魔術学園生のサーヴェイ。
かなり得意げな顔でこっちを見ている。
初級魔術でカトブレパスを一撃か。昔のエルニを思い出したよ。
褒め言葉をなんにしようか考えていたら、リリスが俺とサーヴェイの間に立ち塞がった。
「リリスも見たかい? あれくらいの魔物なら僕にかかれば初級ごときでも十分なのさ。気付いたかい? 詠唱も完全省略してあの威力なんだよ。君も婚約者として鼻が高――」
「謝罪してください」
「え?」
リリスは微かに怒気を滲ませ、サーヴェイを睨みつけていた。
「おに……ルルク先生に、謝罪してください」
「僕が魔物を倒したんだぞ? 感謝されるならまだしも謝罪? 君、何言ってるんだい」
「理解できませんか? サーヴェイさんは魔物と対峙している先生に向かって、後ろから、魔術を撃ったんですよ。もし少し逸れて先生に当たったらどうするんです? 先生が怪我したら責任を取れるんですか?」
「な、なんだよ。僕が的を外すとでも? そんなヤワな腕はしてないぞ」
「そういう問題ではありません。そもそも魔物と戦っている冒険者に横やりを入れるのはマナー違反だと、最初に聞きましたよね? 危険行為に勝手な行動、すぐに謝罪してください!」
「なんだよ! 君に言われる筋合いは――」
「おふたりとも、落ち着きなさい」
口論がヒートアップしかけたところで、ママレドが仲裁した。
「サーヴェイさん、今のは確かに危険な行動でした。リリスさんの言うことには一理はあります。魔術の腕をひけらかすのは結構ですが、緊急性のない場合は許可を得てからなさってください」
「ぐっ……はい」
「それとリリスさん、生徒の行動に非があれば私たちが指導します。ここはダンジョンですから、感情的になって周りが見えなくなるとなおさら危険です。気を付けてください」
「はい。申し訳ございませんでした」
さすが研究者、冷静だ。
リリスもサーヴェイもしぶしぶ頷いて、言葉を収めてくれた。リリスが不満そうな顔つきでこっちをチラリと見たので、目が合った。
俺のために言ってくれたみたいだから、小さく手を振りながら微笑んで感謝の意を伝えると、頬を染めて俯いていた。
可愛すぎるだろマイシスター。
「……ところで当事者のルルク様は、なぜニヤニヤしているのです?」
「ああすみません。ちょっと別のことを考えてました」
「そうですか。ルルク様からサーヴェイさんに言いたいことはありますか?」
「代わりにリリスさんとママレド様が言ってくれたんで、とくには」
「危険行為については? もう少し怒ってもいいのでは?」
「マナー違反なので次は気を付けてくださいね、とだけ。それと危険ってほどでもなかったですから、当たってもないのに怒りましませんよ」
「さすが先生! 僕が的を外すなんてあり得ないですもんね!」
サーヴェイが喜んで声を上げた。隣でリリスがむっとする。
ちょっと言葉足らずだったな。それは誤解だ。
「そういうことじゃないです。あの程度なら俺に当たってもダメージなんてないですから、危険じゃないと思っただけです」
「えっ」
「まあ!」
驚くサーヴェイと、嬉しそうに微笑むリリスだった。
さすがに俺もレベル94だ。初級魔術で傷つけられるステータスはしていない。そのうえチート防御スキルもあるから万が一もない。
「ダンジョン内で自信過剰は危険ですよ。もし背中を撃たれたらダメージなくても俺も怒りますし、他の人なら大怪我したかもしれませんから、次はないようにお願いしますよ」
「……っ!」
顔を真っ赤にして俯くサーヴェイだった。
いくら優秀でも死ぬときはあっけなく死ぬ。これに懲りて油断しなければいいんだけど。
「では先に進みましょうか。階層ボスが逆走してきた理由も気になりますし」
「先生、いまのは珍しいんですか?」
「そうですね。ボスも魔物なのでエサ不足のときにナワバリを変えることはありますけど、基本は下の階層に向かいますから。下の階に強い冒険者か魔物がいて、上に向かわざるを得なかったのかもしれませんね」
とはいっても今日は1日だけの実習なので、10階層で終わりの予定だ。
さすがにその下まで確認しに行く時間はない。
俺たちはそのまま歩き、9階層から10階層まで階段を降りた。
このマタイサ王都のダンジョンも他と同じく、10階層ごとに転移装置がある。この10階層は転移部屋の向こうはボス部屋だけの構造らしい。
ボス部屋は誰もいなかったので、やっぱりさっきのカトブレパスがここにいたんだろう。
転移装置で階層情報を記録した俺たちは、ボス部屋に集合。
本当はここでボス戦闘をして終了の予定だったけど、相手がいないんじゃ仕方ないな。
「ターニャさん、あと時間はどれくらいです?」
「帰還予定まではまだ2時間ほどあるわ」
「かなり順調でしたね。ではみなさん、自由時間を設けますので休憩など各自でとってください。この階層からは出ないようにしてくださいね。ママレド様もですよ」
「……はい」
勝手に魔物を倒しに行こうとしそうだったので、先に注意しておく。かなり不満そうだった。
危険はなかったけどけっこう歩いたので、魔術学園生はかなり疲れたようだった。みんな座り込んでしまう。
騎士学校生たちも半数は武器を置いて、思い思いに休んでいた。残りの半分は筋トレを始めている。
意外にも一番タフなのは淑女学院生の子女たちだった。
誰も座らず、背筋を伸ばした姿勢でこっちを見ている。なぜこっちを見る。
「ルルク先生、せっかくなのでお話をしてもよろしいでしょうか」
「もちろんですよリリスさん」
断る理由がないね。
俺はすぐに『錬成』でリリスのために椅子を作成。
「ルルク様、私も同席しても?」
「はい。ママレド様もぜひ」
「わたくしもお話を伺いたいですわ!」
「か、会長、私も同席してもよろしいですか」
「わたしも!」
「私も!」
ワラワラと集まってくる淑女学院生とマーガリア。
さすがに淑女たちを立たせるわけにはいかないからね。全員分の椅子をつくっておいた。
リリスとふたりきりで話すとはいかないけど、顔を見てゆっくりできるだけでも至福の時間だ。
「改めて自己紹介させてください。私はリリス=ムーテルと申します。淑女学院では生徒会長をつとめています。ルルク先生のお噂はかねがね聞き及んでおります。お会いできて本当に……本当に、光栄です。嬉しいです」
「こちらこそ。それにしても生徒会長ですか……立派ですね」
昔は俺の後ろをついてばかりだったリリス。
成長したものだ。
「先生のことをお聞かせ願っても?」
「では改めまして。俺は【王の未来】というパーティのリーダーをしてます、ルルクです。知ってるとは思いますが魔術の使えない神秘術士です」
「【王の未来】というと、最近とても話題になってらっしゃいますね。歴代最年少でSランク冒険者になったサーヤ=シュレーヌ子爵令嬢がいらっしゃるとか……しかも、とてもお美しいと言うお噂も……」
あれ、ちょっと睨んでない?
気のせいかな。まあ気のせいだろ。
「ははは。サーヤはまだ11歳なので、美しいというより可愛いってほうが適切ですね」
「……そうですか。お仲間には可憐な羊人族もいらっしゃるとか?」
「エルニネールですね。おそらく世界でもトップクラスの魔術士ですよ。可憐というか……苛烈というか」
「さぞ愛らしいことでしょう?」
「たしかに羊人族なのでどこに行っても人気ですね。本人はいつも不愛想ですけど」
「……それにバルギアの竜姫もパーティにいらっしゃるとか。お姫様……」
「種族としては最強だけど、一番ポンコツですよ」
「……あとは、とてもお強い剣士の少女もご加入されたとか」
「剣士の子は毒舌娘ですね。俺をイジるのが趣味のドSです。みんな個性的で苦労してますよ」
「ふうん……」
やっぱり睨まれてる……?
そんな顔も可愛いと思えるので、やはりリリスは俺の天使でQEDだぜ。
「ルルク様、私からも質問をよろしいでしょうか?」
「はい、ママレド様もどうぞ」
「いままでどのような魔物と戦いになられましたでしょうか? 珍しい魔物はご覧になったことは? 貴重な魔物素材をお持ちでしたら、是非とも拝見させて頂きたいのですが!」
「ちょっと落ち着いて」
興奮し始めたママレド。
ほんと魔物が好きなんだな。
「珍しい魔物というなら、俺の従魔が変異個体です。知能が高いスライムでして」
「喋るスライムですね! ええ、そのお噂は拝聴しております。やはり生態も他のスライムとは違いますか?」
「知力以外は普通のスライムでしたよ。まあ、トンデモ進化を遂げていまはSランク級ですけど……」
「Sランクのスライム!? どの属性に進化したのでしょう!」
「属性は土ですけど、泥粘王ショゴスではないですよ。金属系です」
「金属! 差し支えなければ詳しいお話を――」
「大変! ルルクくん大変!」
テンションが激高になって鼻息荒く詰め寄ってくるママレドを、タイミングよく止めてくれたのはターニャだった。
「どうしましたか?」
「魔術学園の生徒さんが何人か見当たらないの! ちょっと目を離した隙に……」
「おっと。それは一大事ですね」
「転移装置で戻ったのか、それとも勝手に先に進んだのか……ごめんなさい、騎士学校の子たちと話して
気付かなくて。どうしよう、ルルクくんどうしよう」
「落ち着いて下さい。そもそもターニャさんのせいじゃありませんし」
このダンジョン実習は、俺たち引率の教師がいるとしても自己責任のもとに参加してもらっている。同意書もあるし、勝手な行動の責任を問われることはない。
ターニャもちゃんとここから出るなって忠告してたからな。
「いなくなった子、例のアクニナール公爵家の子なの……それと彼のお友達がふたり」
「なるほど。じゃあターニャさんはここで他の生徒たちを見張っててください。俺が探してきます」
というか『虚構之瞳』で見つけてるけどね。
すでに11階層に入ってる。まだ見える範囲内だ。
「私も同行しましょうか?」
「いえ、ママレド様はここにいてください。もし戻るのが遅くなったら、先に転移装置でみなさんと帰還しててくださいね」
「かしこまりました」
俺はすぐに行動を開始。出口の階段を降りていく。
11階層なので魔物も弱く基本はEランク、せいぜい強くてもDランク程度。彼らも苦労せずどんどん進んでいる。
この階もまだ冒険者たちが道順をハッキリ書いてくれてるから、足を止める理由がない。
「さすがに歩いて追いつくのは時間がかかるか。しゃーない……『相対転移』」
走って追いかけるのは面倒なので11階層の出口までワープしておく。あとはゆっくり待つだけだ。
『虚構之瞳』大先生のおかげで、彼らが順調にダンジョンを攻略している様子はハッキリと見えていた。
なぜ勝手に進んだのかはあとで聞いてみるとして、やっぱりサーヴェイの魔術はとても筋が良い。自信過剰になるのもうなずける。
それに対して一緒についてきている生徒たちは至って普通だ。魔物が出てきたらサーヴェイの背中に隠れてるし、レベルもまだ1。ちなみにサーヴェイはすでに13。
彼らの活躍を透視しながら11階層の出口で待つこと数十分。
最後の曲がり角に姿を現した彼らに、俺は軽く手を挙げて挨拶する。
「どうも、お疲れ様です」
「えっ!? なんであんたがいるんだよ!」
驚愕に目を見開くサーヴェイ。
お付きの友達ふたりは、ホッとしたような表情を見せた。
疑問に答えてあげる義務はないので、簡潔に言おう。
「さてサーヴェイくん。11階層を無事攻略したことは称賛しておきましょう。罠にかかることもなく怪我をすることもなく、初のダンジョンでここまで堂々としている度胸もお見事です」
「な、なんだよいきなり……」
「俺は教師として派遣されてますからね。褒めるところは褒める、そんな教師でありたいんです」
俺自身、褒められて伸びるタイプを自称しているからな。
とはいえ。
「そんな優秀なサーヴェイくんにお聞きしたいことがあります。どうして11階層を攻略しようと思ったんです? 今日は10階層までで、ボス部屋から出るなと注意されていたと思いますが」
「……そんなの僕の勝手だろ」
「お聞かせくださらない、と?」
サーヴェイは憮然としたまま視線を逸らした。
教えてくれる気はなさそうだ。
ちなみに他のふたりに視線を向けたら、彼らは何か言おうとしたものの、サーヴェイに睨まれて俯いてしまった。
「ちなみに、これからどうするつもりですか? 俺としては一緒に戻ってくれると助かるんですけど」
「……わかったよ。遊びはこれでやめる」
ため息を吐いたサーヴェイ。
そこは意外に素直だった。
まあ、無理やり通ろうとしてもさすがに力づくで止めるけどね。
「でも先生、戻る前にひとつ聞かせてくれよ」
「なんでしょう?」
「どうやって先回りしたんだ? 僕たち、最短距離で来たはずだけど」
「冒険者の手札を知ろうとするのはマナー違反ですよ」
「……そうかよ」
不服そうにするサーヴェイだった。
その後は大人しく従ってくれたので、そのまま逆走して10階層のボス部屋まで戻った。
サーヴェイたちは、帰還の時間が来るまでずっとママレドに厳しく説教されていた。それはもうこってりと、じっくりと絞られていた。魔物の話を遮られたからか、ちょっと私怨も混じってそうだったな。
そうするうちに予定したとおりの夕刻になったので、転移装置でダンジョンを出た。
退場手続きを済ませて広場で集合。
ちゃんと全員揃っているな、よし。
解散する前に、ターニャが生徒たちに声をかけていた。
「次回の実習は20階層までの攻略です! 予定日数は2日間ですので、必要な荷物は忘れずに準備をお願いします! ご都合の悪い方は前もってご連絡くださいね~」
次回は月末。
つぎは軽い戦闘と、ダンジョン泊がメイン項目だ。
「今度は実際に戦ってもらいますよ~。みなさん、体調は整えて臨んでくださいね」
「「「はい」」」
つぎからが本番だ。生徒たちも楽しみなようだった。
すでに各学校から迎えに来ていたので、彼らに生徒を引き渡して終了。
「ルルク先生」
「どうしましたかリリスさん」
リリスが馬車に乗る前に、俺のところに駆けてきた。
熱い視線を送ってくる。
「……本当に、お会いできて嬉しかったです」
「俺もですよ」
いまは生徒と先生だからこうしてロールプレイするしかないけど、リリスの言いたいことは十分伝わっている。
見つめ合う俺たち。
「また……すぐにお会いしたいです……」
「焦らなくても次回の実習で会えますよ」
「そう、ですね」
ちょっと寂しそうな口調だった。
とはいえその感情を出すことなく、淑女らしい凛とした笑みを浮かべていた。
「では先生、私はこれで。また次回に」
「はい。ではまた」
名残惜しそうに手を振って馬車に乗り込むリリスを見送る。
俺も馬車が見えなくなるまで手を振っておいた。
「ねえもしかして、ルルクくんってモテる?」
そんな俺の肩をつつきながら、ターニャがニヤニヤしていた。
俺は余裕たっぷりの笑みを浮かべて答える。
「それはもうモテモテですよ」
「あはは。でもリリスさんは生徒だし公爵家令嬢だからね手は出さないでね。バレたら大変よ」
「ご安心を。もし手を出すなら隠れてやります」
「うわぁ。悪い男になったものねー」
そんな冗談を言いながら、俺たちも帰路に就いたのだった。




