教師編・10『ダンジョン授業のススメ』
リリスの婚約者だと?
魔術学園のサーヴェイ=アクニナールが……鼻持ちならないその男が、まるで俺を挑発するかのようにそう言った。(※気のせい)
確かにリリスは可愛い。そのうえ所作ひとつひとつが美しく、まるでバラの花のように上品な子に育っていた。天使というか女神では? きっと美の女神の生まれ変わりに違いない。(※気のせい)
そのリリスの婚約者だって? なんだこの野郎、リリスがあまりに美しすぎて頭爆発したんじゃないのか? 妄言もたいがいにしろ、俺の前でそんな調子に乗った妄言を吐くなんて良い度胸してるじゃねえか。身の程をわきまえない舌なんかこの世界には不要だし、ミスリルの短剣でちょんぎってやろ――
>『冷静沈着』が発動しました。
……いや、まあね?
リリスももう13歳だ。公爵家の息女として婚約者くらい、別に普通だってことはわかってるよ?
でもさあ許せると思う? リリスは俺が何より大事に育ててきた(※育ててない)最愛の妹だぞ? たしかに離れてた時間は長かったけど、リリスのことを考えなかった夜はないくらいなんだぞ。結婚するなら俺が認めたやつしか許さん。具体的には……そうだな、菩薩のように優しくて控えめで調子に乗らずリリスのことを第一に考えている超絶イケメンでケンカも強くて正義感に溢れてて頭脳明晰で、何より俺とリリスの仲を邪魔しない程度の気遣いができなければ許さ――
>『冷静沈着』が発動しました。
……ま、まあ確かに?
結婚相手は俺が決められないからな。ぜんぶ父が決めるから、俺の理想は叶わないよな。
でも百歩譲ってだな、たとえ婚約関係にあったとしてもドヤ顔でそれを宣言するのはどうかと思うぞ。確かにリリスはみんなに自慢したくなるような天使で女神で童話にでてくる魔法の鏡ですら言葉を失うほどの世界で一番可愛いいもう――
>『冷静沈着』が発動しました。
……あの、センパイ?
つかぬことを伺いますが、いつもより食い気味で発動してませ――
>『冷静沈着』が発動しました。
……。
センパイ待って。お願いちょっと話を聞いてもらっ――
>『冷静沈着』が発動しました。
……。
>『冷静沈着』が発動しました。
ごめん! ごめんってば!
俺が悪かったです! リリスのことになると熱暴走するクソザコ脳回路なんです! でもほんと、ここからはセンパイにお世話にならないように落ち着いて考えますから、見守っててください。
>『冷静沈着』が発動しませんでした。
信じてくれてありがとうございます!
……ふぅ、ひとまずはクールダウンできた。センパイマジで先輩だな。
兎に角、このサーヴェイ=アクニナールって男子生徒がリリスの婚約者か。
ま、リリスが否定しないところを見るに間違いないんだろう。アクニナール公爵家なら聞いたことがあるから、地位的にも納得できる。
「それではみなさん、さっそくこちらのカードを配っていきますね」
おっと、俺が脳内でセンパイと戯れてるあいだに他の魔術学園生の自己紹介が終わってた。聞き逃しちまったな。
名前と顔はおいおい憶えて行こう。どうせ一気には憶えられないし。
「初めての生徒さんに説明しておきますと、こちらのカードはギルドが発行している記録用カードです。ダンジョンの攻略情報を自動で記録していきますので、身につけていて下さいね。到達した階層、撃破したボス、倒した魔物の記録が自動で残ります。10階層ごとにある転移装置もこのカードがなければ使えませんから、失くさないように持っててください。それとダンジョン入り口での入退場の記録もこちらに残しますから、さっそく使いますので手元に出してて下さいね」
よどみない口調で話すターニャは、一度チラリと俺を見て頷いた。
「ダンジョン内での具体的なルールは、後ほどルルクくんが説明してくれます。上層階は危険が殆どないので、本日は歩きながらの講習になります。それではみなさんは、こちらで受付をお願いします」
生徒たちを引きつれたターニャが受付へと歩いていく。すぐ後ろにリリスがついて、その後から淑女学院生、騎士学校生、魔術学園生が続いていく。
行儀よく並んでいる彼らをぼうっと眺めていると、不意にママレドが口を開いた。
「ルルク様、差し出がましいかもしれませんがひとつ申し上げておきたいことが。私には『体温察知』という視力補正系のスキルがあり、魔物の観察にとても役に立っております」
「……ええ、それが?」
「他人の恋路に口を挟むのは不躾だとは思いますが……リリスさんはかなり厳しいかと」
「違いますからね!?」
ママレドが目敏かった。
でも確かに、不意打ちだったから焦って平静を失ったけど、ちゃんと先生として接しなければボロが出そうだ。
「もっとも無理からぬ話ではあります。我が妹もリリスさんへ並々ならぬ愛情を持っておりますゆえ」
「えっ。マーガリア殿下がですか?」
「お恥ずかしい話ですが、かなりの入れ込みようで休日は常にリリスさんのところへ出かけており、終日王宮を空けている状態です。……なぜ御父上も許可を……もっと研究を手伝わせたいのに……」
ぼそっと本音を漏らすママレドだった。
にしても王女様すら虜にするとは、我が妹ながらやるなぁ。
ふふふ、兄として鼻が高いぜ。
そんな風にママレドと会話しながら、最後尾でダンジョン受付をする俺たち教師陣。
入り口の階段前で、今度は俺たちが先頭にくる。
「では入場前に最終確認となります! ルルク先生、ママレド先生、お願いします」
「はい。まず皆さんに質問させて下さい。ダンジョンは初めてだという方は?」
俺が聞くと、生徒たちの約半数が手を挙げた。
初めてじゃないのは淑女学院生と、騎士学校生の半分。
魔術学園生は全員が初めてだった。
「簡単に説明しておきますと、ダンジョンというのは俗称で、正式には〝迷宮型地殻帯域生命〟と名付けられています」
実はこの正式名称、俺もこのまえギルドマスターに教えてもらって初めて知ったんだよ。
冒険者ギルドを創設した賢者たちが名付けたらしい。ちゃんと資料にも載っていた。
「学術分類としては固有種になります。生きている場所、というイメージでいいでしょう。もちろん生態系としては独立している……というより、繁殖はしません。あくまで学術的な呼び名だと考えて結構です」
生命体と聞いて不安そうにする顔がちらほら。
でもまあ、動き出すことは滅多にないからな。それこそ蠢動期だけだ。
「世界中にあるダンジョンには様々な特徴がありますが、生態として共通していることは大きく分けて3つです。ひとつ目は、鉱物や魔素を使って生命体をおびき寄せること。ふたつ目は、魔物を生み出すことができ、ダンジョン内で死んだ魔物は瞬時に吸収してしまうこと。みっつ目は、階層を進むごとに巣くう魔物は強くなり、生成する宝も貴重なものになっていくことです。ちなみに、どのダンジョンにもこの3項目がある理由は同じと言われてます。なぜかわかる生徒さんはいますか?」
「はい」
質問したら、一番にリリスが手を挙げた。
「ではリリスさん、どうぞ」
「はい。ダンジョンは生命としての身体範囲が変動しないので、効率よく同一範囲内での接収エネルギー総量を増やすため……と、伺っております」
「正解です。ダンジョンが最初から持っているリソースは、魔素、霊素、土や鉱石です。ダンジョンにとってのエネルギー源、つまり食事となる人間や魔物をおびき寄せるためには、それぞれの種にとって価値のあるエサを生成しなければなりません。それと同時に、エサを簡単にとらせないための手段も必要です。それがいわゆるダンジョンの〝報酬〟と〝罠〟になります。ゆえに報酬が良い物は地下深くにあり、それと同時に辿り着くための労力も必要なんです」
「先生、質問をしてもよろしいでしょうか?」
スッと手を挙げたのはマーガリア。
「どうぞ、マーガリア殿下」
「わたくし、ずっと疑問に思っていたのですわ。なぜダンジョンはわたくしたち人間にとって価値があるものを知っているのでしょう。そこまでの知能がおありですの?」
「良い質問ですね。みなさん、この答えがわかりますか?」
聞くと、みんな同様に首を横に振った。
リリスだけは知ってるかもしれない。なんせ、リリスも神秘術士だ。
「みなさんはダンジョンのリソース――つまり出現条件は知ってますね? 魔素溜まり、大鉱脈、そして霊脈です。鉱石と魔素は内部構造や罠、エサとして機能します。では残りの霊脈が必要な理由は?」
「……あっ! わかりましたわ! 世界樹ですわ!」
「そうです。正しくは世界樹にある〝世界記憶〟です。そこには過去を含むありとあらゆる情報が集められ、保存されてます。ちなみに霊脈を通してその力を具現化させるのが神秘術における想念法というものです。俺も神秘術士なので、その力を利用しています」
「ではダンジョンも、ですわね!」
「はい。ダンジョンは世界樹から人間や魔物の情報を得ています。なので我々が好む報酬を的確に出すことが可能になっているんですよ」
これは神秘術士にしか気づけないことだった。ダンジョン内に張り巡っている霊脈がどんな情報を運んでいるのか、見ることも理解することも神秘術士だけしかできないから。
「そのおかげで俺たち冒険者は、地下深くに潜れば価値のある物が必ず手に入ることを知っています。だから命がけでダンジョン攻略をするんです。一攫千金を夢見て、欲に駆られて」
「欲に忠実なのは魔物も同じです」
と、俺の言葉を継いで話すのはママレド。
「魔物は常に上質なエサを求めます。最新の研究で、魔物は生物を食べずとも魔素を取り込めることがわかりました。ゆえにダンジョンの浅い階層はエサとなる魔素が少なく、逆に奥に進めば進むほど魔素が高く、成長しやすくなるため強くなっていきます」
「これからみなさんはダンジョンに入りますが、決して油断はしないでください。浅い階層でも罠があったり、弱くても毒を持っている魔物もいます。決して独断で動かないようにお願いしますね」
「「「はい」」」
「それではみなさん、ギルドから武器の貸し出しを行いまーす。自前の武器がない方は、剣か槍か盾、それと短剣をひとつ必ず身につけていてくださいね」
受付の後ろから大きな箱を転がしてきたターニャが、魔術学園と淑女学院の生徒たちに武器を配っていった。
「ママレド様、僕たちには魔術があるのに、いまさら武器なんて必要なんです?」
「万が一魔力切れがあるといけませんから、必ず持っていて下さい。それとサーヴェイさん、私のことは先生と呼んで下さい」
「はーい」
めんどくさそうな顔をしてしぶしぶ剣を一本手に取るサーヴェイ。
確かに魔術学園の生徒なら、武器より魔術で戦ったほうが強いし便利だもんな。うちの羊っ子も武器なんざ最初から持つ気ゼロだったし、その気持ちは分かる。
「ルルクくん、頷いてないでこういう時こそちゃんと指導して!」
「すみません。うちの仲間と同じこと言ってたんで、つい」
「へぇ。あんたのパーティにも純魔術士いるんだ?」
サーヴェイがどこか嬉しそうに話しかけてきた。
「ええまあ。優秀なのがひとり」
「へぇ。そいつ『中央魔術学会』に入ってる?」
「いえいえ、肩書は冒険者だけです」
「ふーん……」
まあ、何回も勧誘は来てるみたいだけど。
でもエルニは基本脳筋のめんどくさがりだからな。今後も入る気はなさそうだった。
全員武器を選んだところで、俺は声を上げて注目を集める。
「ではみなさん、これからダンジョンに入ります。準備はよろしいでしょうか」
「「「はい」」」
心なしか不安そうな魔術学園生もいる。
たしかにダンジョンでは頻繁に死人が出てるからな。ほとんどが中階層の冒険者だけど、緊張するのも無理はないか。
「とはいっても今日はみなさん見学だけなので、リラックスしながらついて来てください。魔術も武器も緊急の時以外は使用禁止です」
「本日の予定は10階層までです。道中はルルク様が戦い、私が魔物の生態や弱点を解説をしていきますので、しっかりと憶えて頂きますように。それと珍しい魔物を見つけたらすぐに教えるように。よろしいですね?」
ちょっと圧が強いママレド。これぞ魔物ハラスメントだな。
こうして俺たちは生徒たちを引きつれてダンジョンへと入っていった。
「――という風に、ゴブリンの身体的特徴はヒト種と同じです。心臓もありますので、確実にトドメを刺すときは胸の少し下を狙うといいかと思います。ルルク様、実演をお願いします」
「ほいっと」
素早く心臓を突く。
一瞬で素材に変わったゴブリンだった。
「角と皮……外傷によるドロップ率は場所によって変化なし……しかし武器種別によるサンプルがもう少し必要ですか……やはりマーガリアに槍を持ってもらうべき……?」
「えー、ゴブリンが落とす基本素材は皮、骨、角ですね。レアドロップはありません」
ママレドがブツブツ呟いているので、短剣を納めながら代わりに解説する俺だった。
すでにダンジョン9階層。とはいえ出てくる魔物はまだEランク程度だから、指定通りに倒すのもなんの苦労もない。
「ちなみに人型魔物なので武器もふつうに使ってきます。知能が高いので、刃物って概念も理解してますから対峙するときは気を付けて下さい。ママレド様、進化情報をお願いします」
「コホン、申し訳ございません。進化条件はレベルアップで、順にグレイゴブリン、ブラックゴブリン、キングゴブリンへと進化します。変異個体ではレッドゴブリン、マッドゴブリン、ゾンビゴブリンなどが確認されています。強さや特徴は違いますが、どれも弱点は同じです」
「ママレド先生、質問です。ゴブリンは徒党を組むことが多いと習ってます。対集団戦になると、どのような魔術が有効でしょうか」
「属性耐性は変異個体以外に差はありませんので、ご自身の得意な属性でよろしいかと。ルルク様、実例としてはどのようなものがありますか?」
「騎士志望のみなさんなら屋外戦闘や防衛戦を想定してますよね? 森や村で戦うことが多いと思うので、二次被害を考えて水か土か風がおススメですね。戦術としては魔術で行動阻害を行い、武器で確実に息の根を止めていくのが堅実かと」
実際、ゴブリンやオークの殲滅戦はみんな同じような作戦をとっている。騎士も冒険者も。
真面目な騎士学校生がメモを取っていると、サーヴェイがつまらなさそうに言った。
「集団戦なら魔術で一気にやったらダメなの?」
「知能の高い魔物は死んだフリもしてきますから。範囲攻撃で殲滅したと思ってても、仲間の死体に潜んでたゴブリンに不意打ちで刺されて死ぬ、なんてこともありますよ」
「うげっ」
顔をしかめるサーヴェイ。
ある程度レベルが上がればゴブリンなんて格下だから、倒すのは簡単かもしれない。
でも、実際の戦場ではこういうことは十分起こりえるのだ。こればっかりは、座学やイメトレだけじゃ理解できないかもしれないな。
「ルルク様、次が来ました」
「ですね。お、珍しいですよ。ポイズンスライムだ」
現れたのは紫色のスライム。
もちろんスライムの進化系だ。変異個体ってわけじゃないけど、ダンジョンでは珍しい個体だな。
ママレドがスライムの解説をしている間、俺はスライムの攻撃を避け続ける。
いくら進化してもスライムはスライム。のっぺりとした速度の体当たりと毒液を飛ばすくらいしかできないから、生徒たちに興味がいかないように戯れて時間を稼ぐ。昔のプニスケを思い出すね。
「今度は属性弱点を解説します。ルルク様、支給品の聖水を」
「はい、これですね」
「ポイズンスライムは闇と水の属性体です。氷か聖属性が弱点となります。スライムなどの属性体魔物には、弱点属性攻撃が非常に有効的です。百聞は一見に如かずです、よろしくお願いします」
「それっ」
俺は聖水をポイズンスライムに振りかけた。
ドロっと溶けたと思ったら、すぐに死んで素材になった。
当然、落ちたのは毒の粘液だけ。
「このように毒や見た目で近寄り難い相手でも、アイテムひとつで倒せることがあります。魔物の知識は決して無駄にはなりませんので、しっかりと憶えて帰るように」
「他には死霊系に聖水、狂化魔物に鎮静剤、みたいに知っておくと楽な攻略法もありますよ。というより、ダンジョン後半では知っておかないと攻略できない場所もあります」
そんな俺たちの話を、真剣に聞く生徒たち。
カーデルから毎年問題児がいるから注意しろ、みたいなことを言われて身構えてたけど、意外と素直な生徒たちだな。俺より年上っぽいひともいるのに、文句を言われることもナメられることもない。
これなら一年間、トラブルもなく授業もできるかも――と思ったときだった。
「うおっ! 階層ボスが逆走してるぞ! 後ろのやつら、気をつけろォ!」
前方から冒険者の声が聞こえてきたと思ったら、迷宮の角を曲がって現れたのは一ツ目魔牛のカトブレパスだった。
たしか攻略情報だと10階層のレアボスがカトブレパスだったっけ?
カトブレパスは興奮しているのか、鼻息荒く真っすぐこっちに突っ込んでくる。
俺は数歩前に出て、生徒たちに影響が出ないよう立ち位置を変えた。
『ブオォォォオオ!』
「すまんな。俺に石化は効かん」
もとよりレベル差がありすぎて効くわけもないけど。
俺は突進してくるカトブレパスを片手で止めようと、手を掲げて――
「『サンダーランス』!」
後ろから魔術が放たれ、カトブレパスに直撃した。
一撃で死んで、素材に変わったカトブレパス。
俺が振り向くと、サーヴェイがニヤリと笑って得意げな顔をしていた。




