教師編・0『とある妹の暗躍』
第Ⅲ幕【幻影の忠誠】スタートです。
前話に登場人物紹介も更新してます。
「会長、ごきげんようですわ」
「会長! ごきげんよう!」
「お姉様、ごきげんよう」
「ええ。皆さんごきげんよう」
マタイサ王国、その王都にある『淑女学院』。
その名の通り、貴族の未成年の子女が集まる女学院だ。
爵位を持つ家柄の一員でさえあれば、6歳から15歳までのあいだ通うことができる全寮制の学校だった。
男子禁制の花園として、あらゆる状況から貴族子女を守るためのいわば鉄壁の要塞になっている。
リリス=ムーテルもまた、9歳の頃からここに通い始めていた。
立場の高い公爵家の子女としてはもちろん、理術、魔術、さらには珍しく神秘術を使えていたことで入学当初から一目置かれていた彼女は、瞬く間に学校中の注目の的になった。
ふつうの学院生活を想像していたのに、話に聞いていたよりもずっと波乱万丈な学校生活だった。
そして去年、リリスが弁論大会で優勝したことがきっかけで生徒会長へと抜擢されたのである。
それゆえ生徒たちからも会長と呼ばれていた。
生徒会長になってから初めての冬が過ぎ、季節は春。
リリスもようやく13歳の誕生日を迎えた。
だからどうというわけではないけど、誕生日はいつも、長期休みが終わって学院が新たな年度を始める日だった。
もともとこのマタイサ王国では、誕生日そのものを大々的に祝うような習慣はない。成人する誕生日だけは特別でどの家庭でも大々的に祝うけど、ふつうの誕生日はたとえ公爵令嬢であっても慎ましい一日だった。
生徒会長になったとはいっても、とくに変わったことはない。もともと生徒会に入っていたので仕事が増えたくらいだろう。しいていうなら婚約者が決まったことくらいか。
相手はどこかの公爵家の次男で、魔術学園に通っているひとつ年上の男だった。卒業後は『中央魔術学会』入りが内定しているという、エリート魔術士だ。
立場も実力も申し分のない相手。いつも友人たちから羨ましいと言われ、さすがリリス会長と褒められるような婚約者だ。
だけどリリスは憂鬱だった。
結婚相手を選べないのは貴族として当然だ。いまさら、そこをどうこう言うつもりはない。
ただその相手が凄いことで褒められても羨まれても、それはリリスの実力ではない。相手の男が凄いのは相手の男の実力だし、結婚相手として成立したのは両家の親の努力だ。いずれにしても、リリス自身を褒められても嬉しくはなかった。
「……お兄様たちにくらべたら、私なんてまだまだ……」
次期当主の長兄ララハインは、実力もトップクラスの王国騎士第一部隊の副隊長だ。
次兄のロロゼアもまた、エリート遊撃隊の一員。
年の近いガウイは騎士になってまだ数年で、なんと王女直属の近衛部隊に抜擢されている。
お兄たちはみんな騎士として活躍している。
そして何より、リリスが一番慕っている〝公爵家の恥〟ルルクは、14歳になる前にSランク冒険者になっていた。世間では彼が貴族――リリスの兄だということは知られてないが、リリスはしっかりと彼の足跡を追い続けていた。
自室の机の引き出しには、ルルクから送られてきた手紙がすべて収められている。
「ルルお兄様……」
リリスは引き出しの中にあった箱を開き、一番最近送られてきた手紙を取り出して、ぎゅっと胸に抱きしめた。
調子はどう? とか、美味しいもの食べてる? とか、こっちは仲間も増えて賑やかになったよ、とか他愛もないことを書いてある、ただ兄から妹へ送っただけの手紙だ。
そこに貴族のしがらみや、無駄な礼儀作法や体裁なんてものはない。
本当に純粋な手紙なのだ。
リリスが王都に来てからもう5年半も経った。
そのあいだ、ずっと実家に送ってくれていた手紙だ。
公爵家との関係を悟られないため、ルルクは自分の名前も所在も書いていない。それゆえリリスからは返事ができないけど、ルルクの生きている証を、その体温を手紙から感じ取れた。手紙はリリスの宝物だった。
思えば王都に来てからつらいこともたくさんあった。枕を濡らしたことだって数えきれない。
でもそのたびに、ルルクのことを思い出して奮起した。
約束通り、誰からも認められる立派な淑女になる。その約束を思い出して。
「――会長、そろそろお時間です」
「はい、すぐ出ます」
扉がノックされた。リリスは気持ちを切り替えて、手紙を箱の中に大事に仕舞った。
その代わりに取り出したのは、ひとつの仮面。
目元を隠す仮面だった。
リリスはその仮面をつけて部屋から出る。
廊下にいたのは、同じように仮面をつけてかしずいていた複数の少女たち。
全員がこの学生寮の住民――つまり貴族の子女であり、この寮の最上階に部屋を持つ生徒会のメンバーだ。
忠誠を誓うようなポーズで統一した彼女たちの後ろから、ひとりの少女がぶっきらぼうに歩いてくる。
「総支配人、相変わらず今日も可愛いね。食べちゃいたいくらいだよ」
「軽口が過ぎますよ、ジン。それでも淑女学院の一員ですか? 言動はつねに自分を映す鏡です。商会員としても気を抜かないように頼みます」
「はいはい。わかってますって」
「それにいつも言っておりますが、私は総支配人と名乗った覚えはありません。会長と呼んでください」
「わかったってば、商会長」
本当にわかっているのか怪しいけれど、彼女はいつもこんな感じだ。
生徒会副会長にして、リリスの商会の営業戦略部長。
この世界の常識にとらわれない突飛な発想で、2年前にリリスが立ち上げた小さな商会をここまで大きくした立役者だ。
もちろん本名は別にあるけど、商会ではリリスと同じく偽名で通している。
コードネームはジンだ。
「それで今日の会議はなんなの? お兄様案件?」
「もちろんです。本日はお兄様の役に立ちそうな新しい魔術器を開発したので、調整に関して皆さんに意見を頂こうかと思いまして」
「なるへそ。今度はどんなビックリ機能が飛び出すのかな~」
「それは見てのお楽しみです」
リリスは微笑みながら、首から提げていた鍵型の魔術器を起動した。
その瞬間、学生寮の廊下が別の空間と繋がる。
廊下の先には、あるはずのない大きな会議室。
そこには個性的な仲間たちが円卓に腰かけ、リリスたちを待っていた。
リリス=ムーテル。
商会でのコードネームはモノン。
「皆さん、ごきげんよう」
「「「ごきげんよう」」」
挨拶をして、一番上座に腰かけたリリス。
仲間たちの顔をぐるりと見渡してから、いつもの決まり文句をつぶやく。
この商会の理念であり、リリスが崇拝する彼に捧げる合言葉を。
「では、始めましょう。すべてはルルお兄様のために」
「「「すべてはルニー様のために」」」
彼女がつくりあげた商会は、ルニー商会と名乗っていた。




