激突編・36『再会』
「そんじゃ、これから試験を始める。嬢ちゃんはその武器以外を装備できないんだろ? 一応防刃カバーをつけさせてもらうが、できれば峰打ちで頼む」
「わかったです」
竜王との謁見から一週間後。
竜都フォースに戻って来た俺たちはギルドの地下訓練場に来ていた。
カムロックの言葉通り、目的はナギの試験のためだ。
すでに冒険者登録は済ませている。特例として、カードの種族欄も『魔族』ではなく『人族』に書き換えてもらった。それくらいの権限ならギルドマスターにはあるらしい。
ナギの太刀にカバーが巻かれて、多少は殺傷能力が落ちたと思う。とはいっても神話級の武器だ。一応、俺もハイポーションを用意しているから問題ないだろう。
……問題ないよな?
カムロックも斥候とはいえSSランクだ。中位魔族の大群を太刀ひとつで殲滅できるナギと本気でぶつかったら、お互い万が一もあり得るだろう。とっさにスキルで守ることも視野に入れておこう。
準備が整ったようで、カムロックとナギは舞台上で睨み合う。
今回は特例の試験なので、審判役と医療班以外はいない。静かな訓練場だった。
俺たちも舞台袖で見守っている。
「では、はじめ!」
「『ウィンドブースト』」
合図とともに、カムロックがバフをかけて一直線に駆けた。
単純に速い。もともとナギの敏捷値の5倍ほどのステータス。ふつうに考えたらナギになす術はないはずだった。
カムロックはナギの間合いに入る直前、フェイントをかけながら左に逸れた。ナギの太刀は間合いが長いぶん取り回しは遅い。
そう判断してのことだろう――が。
「は?」
だが次の瞬間、カムロックは仰向けに倒れていた。
何が起こったのか理解できなかっただろう。ポカンとしていた。
審判も慌てて手を挙げる。
「そ、そこまで!」
「……何が起こった? スキルでも使ったのか?」
身を起こしながら首をかしげるカムロック。ナギは否定した。
「ナギは『毒無効』以外のスキルはもってないです。技術です」
「いやいや、あり得んだろ。間合いの外の相手をどうやって転ばせるんだ」
「間合いの外じゃないです」
「測り損ねたのか、この俺が? 俺も鈍ったか……?」
カムロックは納得できないようだった。
もちろん試験は勝てばいいってもんじゃない。あくまでナギの力量をみるためのものだ。
立ち合いをもう一度するようだった。
「はじめ!」
合図とともに、またもや接近するカムロック。
今度はしっかり注視しながら、太刀の間合いのギリギリ外で今度は右に進路を変える。
――が。
「うおっ」
ナギの払った太刀がカムロックの足を掬い上げていた。
ぐるんと回ったものの、空中で体勢を戻して着地したカムロック。身体機能の修正力がめちゃくちゃ高いな。
「嘘だろ。剣が、伸びた?」
「伸びてないです。技術です」
ナギの言葉通りだった。
秘密はナギの足さばきにあった。下半身をほとんど動かさず、カムロックが左右に踏み込む瞬間に前に出る。まるで剣道のすり足みたいな動きだった。
俺が知ってる剣術とは違うが、ナギが生まれたあの村では一般的だったんだろうか。少なくとも、ヴェルガナに教わった騎士剣術にはない間合い管理方法だった。
「……。」
俺の隣では、サーヤが訝しそうな顔で何か考えていた。
「よし、もう一回だ」
「はいです。でも今度は別の方法にするです」
「はじめ!」
合図と共に走るカムロック。今度は正面ではなく少し斜めに走りながら接近し、確実に間合いの外で一気に下半身を跳ねて突撃した。
顔の前に短剣を掲げ、防御しながら肉弾戦に持ち込むカムロックの戦闘法だ。どちらかというと拳法勝負に持ち込むつもりだろう。
もちろん太刀のナギは、その戦法にはめっきり弱い――はずだった。
だがナギは太刀を振らず、片手をカムロックの突き出す拳に添えた。
「鬼想流――『胡桃取り』」
「なっ!」
カムロックは背中から床に叩きつけられていた。
原理はよくわからんが、合気道みたいなもんだった。カムロックの力を利用しての払い投げ。ステータスが劣っていても関係ない、そう言わんばかりの武術。
3度も床を舐めさせられたカムロックは、寝ころんだままため息をついた。
「かあ~、自信失くすぜおい。嬢ちゃん、武術の達人か?」
「ナギはこれだけで中位魔族をたくさん殺したです。接近戦だけは誰にも負けないです」
「そうか。そうだったんだよな、っと」
体のバネだけで立ったカムロック。
「理解したぜ。人型の相手にゃ無双できるってわけだ。他の冒険者に絡まれても無力化は簡単そうだな」
「合格です?」
「気が早すぎるな。本番はこれからだ……冒険者の相手は基本魔物だからな」
カムロックは一度舞台から降りると、そばに置いてあった棍棒を手に持った。かなり重そうだが、ステータスの高さゆえに軽々と振り回していた。
「次はパワータイプの動きをする。うまく対応してみろ」
「できるです?」
「俺も伊達にギルドマスターじゃねえんだよ」
そう言ってまた舞台にあがり、合図と共に大きく跳んだカムロック。
ナギめがけて、両手の棍棒を振り下ろした。
「鬼想流――『野芥子祓い』」
ナギは避けることなく正面から太刀をぶつけた。
力はカムロックのほうが圧倒的に高いし重力だって味方につけている。なのになぜか、武器を落としたのはカムロックだった。
着地したカムロックの肩に、ナギの太刀が添えられていた。
頭を抱えるカムロック。
「はあ……今度はどうやったんだ? すっぽ抜けた気がしたんだが」
「反射行動を利用したです。筋肉の信号は動物ならみな同じ法則に動くです」
「……力の強さは関係ないのか?」
「竜王ほどでなければ」
「そうかよ」
まるで稽古をつける師と弟子みたいだった。
その後も、ナギはカムロックの試験をことごとく突破していた。接近戦はもはや無敵といって差し支えないだろう。魔術が使えなくても剣術や武術だけで無双する魔族……ラノベのタイトルにでもなりそうだった。
カムロックは苦笑しながら手をプラプラと振った。
「やめだやめ。確かにルルクが推すだけあるな、嬢ちゃん」
「なら合格、です?」
「だから気が早いっての。次は対魔術士の適性をみる。頼んだぞエルニネールの嬢ちゃん」
「ん」
えっ。
さも当然のように俺の隣から舞台へ上がるエルニ。
いつの間にそんな話がついてたんだよ。
「そりゃあ嬢ちゃんより強い魔術士なんていねぇからな」
「でもエルニはうちのパーティメンバーですよ」
「嬢ちゃんが手心加えてズルするなんて思ってるのか? あり得ねえだろ」
「……まあ、確かにそうですけど」
むしろ嬉々として全力を出しそうだ。
エルニが舞台で対峙すると、さすがのナギも身を引き締めていた。直接戦闘している姿は見ていないが、俺たちから何回もエルニの暴走……コホン、武勇伝を聞いているからな。
「いいか嬢ちゃん。相手の力を利用するだけじゃ魔術士相手は勝てない。いかに攻め込むかも重要だ……が、今回は相手が相手だ。まずは一分でも長く攻撃を食らわないことを意識しろ」
今度はカムロックが審判をするみたいだった。
「では、はじめ!」
「『フレアパージ』」
初手、いきなりの火力攻撃だった。
容赦なく放ったエルニの魔術だったが、ナギは素早く頭上に太刀を走らせた。
弾けるように消える炎の柱。
ナギは不敵に笑った。
「むしろ魔術士相手はナギの本領です」
「『ライトニングアロー』」
「効かないです」
雷の矢も、一振りで消滅。
エルニは淡々と魔術を続けざまに放っていく。
「『アイスストーム』」
「無駄です」
「『グラビディレイン』」
「意味ないです」
「『ソーラーバレッド』」
「余裕です」
「『アースウェーブ』」
「関係ないです」
「『スリープライト』」
「効かないです」
いくらエルニが攻撃しても、そのすべてを切り裂くナギ。デバフも状態異常も変わらずなんのその。
あらゆる術式やスキルを無効化する神殺しの剣、それがナギの武器だ。確かに魔術士相手には相性が良すぎるだろう。
もちろん冒険者たるもの武器性能も含めての本人の実力なので、カムロックも文句をいうつもりはなさそうだったが、かといって納得はできなさそうだった。接近戦はSSランクすら圧倒するのに、魔術士相手なら無効化できるんだ。
そんな新人冒険者が目の前にいるんだから、呆れて物も言えないようだった。
数分のあいだに、エルニは百を超える魔術を放っていた。
こんなに長い時間エルニの前に立っていたのはナギが初めてじゃないだろうか。
だがその時間は、唐突に終わった。
「『エアズロック』」
「え、動かないです!」
エルニはじっと観察していたのだ。ナギの動き、気配の読み、可動範囲、反応速度。
不可視の攻撃だろうが異変を察知する技術ですべて薙ぎ払ってきたナギだったが、対処には太刀を当てる必要があることを見抜いたエルニ。
エルニがやったのは、皮膚の上わずか数ミリだけの空気を完全に固めるという離れ業だ。これにより、ナギは指一本すら動かせずに太刀を振るうことができなかった。
そして更に――
「『サウンドスナイプ』」
「あっ」
音波の狙撃がナギの耳を貫いた。
鼓膜が破けて気を失ったナギ。
「ちょ、おい! 医療班すぐに――」
「大丈夫かナギ」
カムロックが医療班を呼ぶ前に、俺は転移してナギを抱きかかえていた。すぐにハイポーションをかける。
即座に傷は治り、目を覚ますナギ。
「……ナギ、負けたです?」
「まあな。さすがにエルニ相手は荷が重かったか」
「ん。よくやった」
エルニも傍まで歩いてきて、珍しく褒めていた。
カムロックも駆けてきて、心配そうに俺の腕の中で倒れているナギを覗き込む。
「ふう、無事みたいだな……エルニネールの嬢ちゃん、そこまでやらなくてもよかったんじゃないのか?」
「なぜ?」
「なぜって、これはあくまで試験で――」
「なかまになる。じつりょく、しりたい」
エルニの言うことはもっともだった。
俺も自分が試験官を務めるならエルニと同じことをしただろう。試験だから手加減はするが、それは何も大事に守るってことじゃない。それが仲間になる相手ならなおさらだ。
「ありがとです。ナギも、まだまだです」
「ん。ぶきにたよりすぎ」
「わかったです。精進するです」
エルニの言葉を噛みしめたナギだった。
「ん。でもそろそろおきる。あまえすぎ」
「……べ、べつにルルクにくっつきたかったわけじゃないです!」
俺の腕の中から慌てて起き上がるナギ。
じーっとジト目で睨んでくるエルニの視線を気づかないフリをして、話を逸らしていた。
「それでギルドマスター。ナギは合格です?」
「……そうだな。冒険者としては一級品だろう。知識やなんかは足りないだろうが、そこはルルクたちがフォローしてやってくれ」
「わかりました」
「じゃあ試験はこれで終わりだ。ギルドカードの書き換えと、他のエリアへの周知をしてくるからここで待っててくれや」
カムロックはそう言って、訓練場を出て行った。
残されたのは俺たちパーティメンバーだけ。
セオリーは試験そのものには興味がなかったのか、ずっとプニスケと戯れていた。戯れるというより、遊ばれているといったほうが正しいけど。
ただ気になったのはサーヤだ。試験が始まってから、ずっと無言でナギを見つめていた。
その理由はすぐにわかった。
「……ねえルルク、ナギ、ちょっと私たちだけで話があるんだけどいい?」
「どうした」
「何です」
サーヤは俺とナギを連れて、訓練場の隅へ。
他のメンバーの耳に入らない場所までくると、おもむろに口を開いた。
「〝もしかしてあなた、つるぎ?〟」
日本語だった。
その言葉を聞いた瞬間、ナギは目を大きく見開いた。
焦ったように頷いて、ナギも日本語で応える。
「〝つ、つるぎです!〟 サーヤ、どうしてそれを――」
「会いたかった!」
サーヤがナギに抱き着いた。
目じりに涙を浮かべながら、ぎゅっと力を籠める。
「私、あずさよ。一神あずさ。もう何年も昔のことだけど、まだ私のこと憶えてる?」
「本当です!? もちろん忘れるワケないです。大事な友達です!」
「よかった! 正直、もう会えないかと思ってたから……生まれ変わっても出会えたんだ、えへへ、嬉しい!」
手を取ってブンブンと振るサーヤ。
ナギはまだ戸惑っているようだったので、俺も補足しておく。もちろん日本語で。
「〝ちなみに俺も元クラスメイト。七色楽だ〟」
「七色……誰です?」
「だよなぁ」
やっぱり認識されてなかったか。
サーヤがフォローしてくれる。
「七色くんだよ? ほら、教室でいつも古い本ばっかり読んでた。あと図書室で占い屋さんやってた子とよく一緒にいたよね」
「……あ。もしや、あずさの初恋相手の地味男です?」
「ちょ、ちょっとそれは内緒だよっ!」
顔を赤くしたサーヤだった。
ナギはいきなりの事実に困惑しつつも、必死に飲み込もうとしているようだった。
「でも、そうですか……サーヤがあずさで、ルルクが地味男だったです……」
「地味男いうな」
「……そうだったですか……ずっと、同じ世界にいたです。ナギはひとりじゃなかった、です……」
「泣かないでよ! 私だって我慢してるんだから!」
「な、泣いてないです。ちょっと目から汗が出ただけです」
再び抱き合いながら、ポロポロと涙を流すふたり。
俺はただのクラスメイトだったので鬼塚に思い入れはなかったけど、まさかナギがそうだったとは驚きだ。
しかも鬼塚はサーヤの親友のひとり。ずっと会いたがっていただろう。
さすがに親友同士の再会の場だ。積もる話もあるだろうし、俺がいるべきじゃないな。
そっとフェードアウトしようとしたら、サーヤに止められた。
「ルルク、ここにいて」
「えっ。でもおまえら……」
「ここにいて。お願い」
サーヤはナギを抱きしめていた片手を離し、俺の手を握った。
「……私さ、ずっと一人だったの。この世界に来て家に閉じ込められて、友達もできずにずっと一人だった。そんななかルルクやエルニネールに出会って、父親に殺されそうになって……私を助けてくれたのはルルクだったの」
「そうだったですか。すごい偶然、です」
「でもナギもそうよ。ルルクに助けてもらったんでしょ? つるぎとしてじゃなく、ナギとして」
「……です」
「私、思うのよね。前世がどうあれいまは私はサーヤで、七色くんはルルクで、つるぎはナギ。前世の記憶はあるけど、ただそれだけなの。大事なのは前世じゃなくて、いまなんだって思うんだ。だから改めて言うねナギ」
サーヤはナギから体を離して、その手をもう片方の手を掴んで俺の手と重ねる。
3人で手を重ねたサーヤは、目じりに涙を溜めながらにっこりと笑った。
「これから私たちは仲間になるわ。3人とも同じ日本の記憶はあるし、これからもクラスメイトに出会うかもしれない……だけどこれだけは憶えてて欲しいの。ルルクもナギも、前世のことよりも、この人生で出会ったものを大事にして欲しい。特にナギはいままでたくさん辛い思いをしてきたでしょうし、他人をたくさん恨んできただろうけど……それでも私は、あなたと出会えたこの世界を、あなた自身に好きになって欲しいわ。つるぎじゃなくて、魔族として生まれたナギとして……ね?」
それはサーヤなりの励ましだった。
魔素欠乏の魔族として生まれ、虐げられ、唯一拠り所にしていた兄も死に、復讐の鬼として同族殺しの罪を背負ったナギ。その修羅を歩んできた仲間が、自分の親友だったことにサーヤも驚いたはずだ。
だけどその罪から目を逸らすことなく、否定することなくその罪ごと受け入れる――サーヤはそう言ったのだ。
「……サーヤは、ナギを軽蔑しないです?」
「しないわ」
「本当です? ナギはもうつるぎには戻れないです。たくさん殺して、殺して、いままで殺した相手が夢に出るまで殺したです。死ぬまで許されることはないです」
「そうかもね」
「性格も悪くなったです。ムカついたらつい殴ってしまうです。乱暴者の人殺しに、なってしまったです……」
「そうね」
「ほ、本当はどこかにいくべきです。ナギなんかがいても、きっと、サーヤにもルルクにも迷惑をかけるだけです。一緒にいたいのは、ナギのわがままです」
「そうかもね」
ナギの目じりに、また涙が浮かんできた。
ただし今度は、自己嫌悪の涙だった。
前世の記憶がある3人だけど、自分だけは人殺しになってしまった――そう、気づいてしまったから。
拒絶されても文句は言えない。
そんな想いを抱きながら、ナギは震える言葉を絞りだした。
「で、でも、ナギはみんなと一緒にいたいです。友達にせっかく会えたです、もうひとりじゃないってわかったです。だから、お願い……ナギが傍にいることを、許してくださいです……っ」
泣きじゃくりながら必死に頭を下げたナギ。
サーヤは俺を見つめて微笑んだ。ナギが待っているのは、これから冒険者として生きるナギを、その立場を支える言葉だった。
俺はナギの頭を撫でて頷いた。
「許すも何も、俺たちが望んでるんだ。これからよろしくなナギ」
「ありがとう……ありがとうですっ!」
俺とサーヤは、ナギの涙が止まるまで傍に寄り添い続けた。
こうして魔術の使えない魔族の剣士ナギ――元・鬼塚つるぎが、正式に仲間に加わることになったのだった。
< 激突編 → END
NEXT → 教師編 >
これにて第Ⅱ幕おしまいです。
毎日更新もいったん終わりになります。今後は週2回更新を目安にやっていく予定です。
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