激突編・35『あなたが死ぬその時までつづく復讐』
「――ということがあって、上位魔族を倒してきたんだよ」
ふたたび竜王の間で、俺は簡単に説明していた。
かつてロズにボコボコにされたらしい竜王は、その弟子というだけで俺のことを許してしまった。竜王にトラウマを植え付ける師匠、さすがだぜ。
それとセオリーが俺にキスした話を根掘り葉掘り聞きたがっていたので、状況説明をしておいた。リセットをたぶらかしたのが魔族だってことも知らなかったらしい。
「ちっ、リセットの野郎腹ン中でそんなこと考えてやがったのか……ルルクよ、よく魔族領まで行って対処してくれたな。大儀である」
「俺も個人的な用事があったからついでだよ。仲間を狙われたし」
「ああ、なるほど。狙われたのはそこの嬢ちゃんだろ? 竜神の使徒候補の」
竜王が指さしたのはサーヤ。
サーヤはキョトンとした。
「竜神の使徒? 私が?」
「テメェ〝勇者の種〟だろ? 竜神の加護を授かってるんなら、テメェはいずれ俺様と同じ竜神の使徒になるってことだからな。魔族が狙うのも道理だな」
「そ、そうなんだ……竜神の加護がある実感ないんだけど」
「竜神の加護はステータス補正スキルだからわかんだろ」
なるほど『万能成長』が加護のことだな。たしかにこのままいけばサーヤも竜王と同じく、ステータスが限界値まで上昇するからな。
何百年も竜王してるだけの知識に納得していると、俺たちの後ろでカムロックとスマスリク公爵が声を震わせて、焦ったように内緒話をしていた。
サーヤのことはあとで口止めしておこう。
「まあ理由はどうあれ、わざわざ俺様のナワバリ内の問題を解決したってことにゃあ変わりねえ。何か褒美でもやらねえとな。何がいい、女か金か? おいラドン、すぐに出せる報酬はどれくらいある?」
「金貨ならば5000枚ほど。女であればルルク様の好みにもよりますが……」
ラドンは俺の仲間たちをじっと見つめ、
「申し訳ございません。残念ながら、幼体の家臣はおりませぬ」
「幼女趣味じゃねえよ!?」
まったく、どいつもこいつも!
「何だ、そいつらテメェの女じゃねえのか?」
「違うよ。冒険者仲間だよ、な・か・ま」
「じゃあそこの勇者候補、俺様によこせ。娶ってやる」
「は? ふざけんなこのロリコン竜王誰がおまえなんかに渡すか」
「あん? 将来を見込んでんだよ。好きでもないならクチ出すな横恋慕野郎」
「てゆーか娘より年下の女にツバつけるとか本気? 飢えてんの?」
「年齢は関係ねえ。良い女は欲しいのが男だバーカ」
「色情魔かよ。下半身でモノ考えるなよアホ竜王」
「うるせえバーカバーカ」
「アホーアホー」
「子どものケンカか!」
サーヤがツッコんだ。
「あんたたち何歳よ! それに竜王サマ、私はルルクのものだから浮気はしません! ルルクも公爵とギルドマスターがストレスでハゲそうだから平和的に話して!」
「はいすみません」
「んだよ、やっぱテメェの手付きじゃねえか」
宥められてクールダウン。
竜王は気を取り直して、
「で、報酬は何が欲しい? 金も女もいらねえってんなら俺様の奴隷になる権利でもいいぞ」
「死んでもゴメンだね」
「そうだ小僧。ここで言うべきセリフがあるじゃねえか。娘さんを僕に下さいとか言ってみろよ」
「ヤだよ。どうせカッコつけて断りたいだけだろ?」
「いいじゃねえか。言うだけ、言うだけだから」
「やっぱアホだろ」
とはいえ竜王に求めることなんて――と考えて、ふと閃いた。
「なあ竜王、この国でおまえが言うことは絶対なんだよな」
「そりゃ俺様のナワバリだからな。文句あんのか?」
「違うって。むしろそのことで頼みたいことがあるんだ。報酬くれるっていうならそれにして欲しい」
「ほう、なんだ。言ってみろ」
「魔族ひとりに、この国で暮らすための許可とその後ろ盾になってくれ」
後ろで、ナギが息を呑んだ。
ずっと考えていたことだ。
本当なら魔族領クエストの報酬代わりにギルドに交渉するつもりだったが、竜王が保証してくれるならそれが一番安心だった。
問題は、竜種と魔族の仲が険悪だってこと。
さっき竜王に説明したときは意図的にナギのことを話さなかったが、ちょうどいい。
「そいつ、魔族を裏切って居場所がないんだよ。腕っぷしは強いからそう簡単には死なないだろうけど、いくら強くても個人じゃ限界がある。安心して暮らすためには居場所が必要なんだ」
「その魔族とやら、本当に信用できんのか? 裏切ったフリをして俺様たちに危害を加えない保証はどこにある」
「さっき話した上位魔族にトドメを刺したのがその魔族だ。ずっと一緒に旅をして、そいつのことを見てきた。そのうえで俺が信頼したから信用して欲しいし、セオリーだってそいつとは友達だ」
「……本当か、セオリー」
竜王が語りかけると、セオリーは言葉をつまらせながら頷いた。
「う、うん。ナギは信じられるもん」
「ナギ……そこにいる小娘のことか。テメェ、魔族だったのか」
さすがに気付いたらしい。
俺がうながすと、ナギは頷いて腕輪を取った。
人間にしか見えなかった見た目が変わり、竜王が低く唸る。
「上位の認識阻害スキルか。俺様すら騙せるってんなら、それがありゃあそうそうバレることはねえか。確かに魔族ひとりくらいはどうにでもなりそうだな」
「なら頼むよ。ナギにこの国で暮らす許可をくれ」
「せっかく俺様直々に与える褒美だぞ? 一生遊んで暮らせる金も、地位も名誉もいらねえのか?」
「そんなもんより、ナギが安心して暮らせる場所が欲しい」
ハッキリと言い切ると、竜王はじっと俺たちを睨むように見据えた。
しばらくしてゆっくりと口を開く。
「……ダメだな。別のことにしろ」
「何でだよ! 魔族ってバレないだろうし、万が一バレてもおまえのお墨付きがあれば問題はないだろ。セオリーの友達なんだし、他の竜種だって納得できるはずだ!」
「かもな……でもよぉ、俺様にもどうしようもないことくらいある」
「何だよそれ。竜王なんだから――」
「後ろ見てみろ。ソイツの居場所は、俺様が用意するまでもねぇってこった」
「えっ」
俺は振り返った。
いつの間にかナギが太刀を足元に置いて膝をつき、頭を垂れていた。
他でもない俺に向かって。
「ナギ?」
「……ナギはいつか地獄に堕ちるです」
ゆっくりと顔を上げるナギ。
そのコバルトブルーの瞳が、まっすぐに俺をみつめていた。
「ナギは同族をたくさん殺したです。もう、血に汚れたこの手が綺麗になることはないです。そんなナギを救ってくれたのはルルク、あなたです。……ナギは素直じゃないですし、きっとこの先も迷惑をかけるです。誰かに復讐することが何より楽しくなってしまった、そんな性格の悪い女です。でも、ナギは望みます。安心して暮らせる土地よりも誰かに用意してもらった場所よりも……あなたの傍に、いたいです」
潤んだ瞳が、まるで射抜くように俺を見ていた。
「死ぬつもりだったナギを、無理やりルルクが助けたです。だからナギは復讐するです。あなたが死ぬその時まで、この命が果てるその時まで、ずっとあなたに復讐し続ける権利があるです。だからどうか、ナギも仲間に入れてください……です」
あのナギが、俺に頭を下げていた。
確かに、少しは考えていたことだった。すぐにナギがつける職は冒険者くらいだろうし、そしたら俺たちと一緒に冒険したりクエストしたりすることもあるかもしれない、と。
でもナギは俺のことがそんなに好きじゃないと思ってた。ずっと口喧嘩ばかりだったし、俺だって素直じゃないから優しくできなかったし。
だからせめてこれくらいは――と思ってたんだけど。
まあそこまで素直に言われたらさすがの俺も認めよう。めっちゃ嬉しい。
けど、そんなこと正直に言えないので照れ隠し。
「なんかその言い方、プロポーズみたいじゃね?」
「えっ」
いまさら自分の言ったことに気づいたのか、ナギは耳の先を真っ赤にした。
「ようやくデレたな。さすがツンデレナギちゃ――」
「ふん!」
「ぐへっ!」
ナギの肘が俺の鳩尾にクリーンヒット。
「い、痛ぇ」
「……あれ? ナギ、ルルクに触れるようになったんだ」
「あ。そういえばです。ふふふ、いまこそ日ごろの恨みを晴らすときが来たです」
ニヤニヤと笑みを浮かべたナギが俺の正面に立ち、両手で俺の頬を引っ張った。
「ふぁひをふう。ひゃへほ」
「もうルルク怖くないです。ナギの復讐が幕を開けるです」
勝ち誇ったような表情のナギだった。
俺はナギの両手を掴んで引きはがす。絶対ほっぺた腫れたぞこれ。
「もっとつねらせろです」
「イヤだよ。でも本当にいいのかナギ。俺たちと冒険者になるってことは、今後も魔族と敵対するかもしれないんだぞ?」
「そんなこといまさらです」
「確かにそうなんだが」
まあ、ナギがいいならそれでいいか。
俺は再び竜王に向き合った。
「確かに、頼むまでもなかったみたいだな」
「ったく見せつけやがって。で、結局俺からの褒美はどうすんだ。他に欲しいもんねえのか?」
「そうだなあ。セオリーはなんかないか?」
「ふぇ!? わ、我はべつに……あるじの欲しいもので」
欲のない竜姫だ。
まあ父親からいまさら貰うようなものもないだろうな。というかセオリーなら褒美じゃなくても頼めば何でもくれそうだし。
俺はひとしきり考えてから、投げやりに決めた。
「じゃあ家だな。ナギも増えて宿も手狭になってきたから、この国での活動拠点になる家がひとつ欲しい。できればダンジョンの近くで、この人数で住めるくらいの広さがあれば嬉しい」
「わかった。ラドン、手配しろ」
「かしこまりました」
すぐに出ていくラドン。
いいな……優秀な執事が欲しいって言うべきだったかもしれない。
まあなんにせよ、これで竜王との要件は済んだはずだ。ナギが仲間になったことはちょっと予定外だったけど。
竜王は椅子から立ち上がって、
「じゃあ話は終わりだ。久々に楽しめたから気分がいいし、戦って汚れたから温泉にでも入ってくるぜ」
「あ、俺も入りたい」
「はん! 小便クサいガキに入らせるかよバーカ」
「くそっ、褒美で温泉貰うんだった……!」
「もう遅いぜバーカバーカ! あ、じゃあパパは行くから元気でなセオリーちゃん! そのガキに襲われたらいつでもパパに言うんだぞ、パパがぶっ殺してやるからな! ハハハハハ!」
笑いながら浮き上がり、あっという間に窓から飛んでいった竜王だった。
嵐のような男だな。
俺たちはすぐに近くにいた家臣の女に案内され、外へと連れ出された。どうやらもう帰れ、ということらしい。歓待とかまったくなかったけど、別に長居したいわけじゃないから構わない。
俺は歩きながら、カムロックに話しかけた。
「そういえばギルドマスター、Sランクパーティに新人冒険者を加入できるんですか?」
「制限はあるが、できなくはない。厳密にいえば死亡や脱退での欠員補充以外なら、年に一度だけランクを問わず可能だ。当然厳しい試験もあるし審査もあるから、そう簡単じゃねえがな。今回は竜王様のお墨付きをもらってるようなもんだから特別に審査はいらねえけど」
「じゃあ試験に合格できればいいんですね。ナギ、がんばれよ」
「わかったです。具体的には何をするです?」
「実戦テストだ。前衛職なら最低でも戦闘力がないと話にならないからな。ギルドに戻ったら訓練場で試験だ。俺も本気でやるから覚悟しとけよ嬢ちゃん」
「わかったです」
とりあえず、帰ったらナギの入団テストか。
まだまだ忙しいなあと思っていると、サーヤがぽんと手を叩いた。
「……ねえ。私、ナギがルルクに触れられるようになった理由わかったかも」
「何だ?」
「です?」
「えっとね、ルルクの防御スキルって攻撃に対して自動で反応するでしょ? でも私とエルニネール、セオリーには反応しない。ナギ、もう一度ルルクの頭叩いてみて」
「はいです」
「あ痛っ! いま脳細胞めっちゃ死んだぞ! バカになったらどうする!」
「元々バカでは」
「うるさい毒舌娘」
そんな俺たちのやり取りを見ていたサーヤは、確認するように頷いて。
「やっぱりね。攻撃判定が起動しない基準はコレだわ」
「教えてくれ。今後の死活問題になりそうだ」
「スキンシップかどうかよ。私たちはいつもスキンシップだと思ってるから発動しなかったのよ」
「……つまり?」
「いままでナギがルルクに触れられなかったのは、感謝はあっても愛情がなかったからね」
納得顔のサーヤ。
なるほど、愛情のあるスキンシップなら攻撃判定じゃない、と。
「……あれ? じゃあナギ、俺に触るのイヤじゃなくなったのか」
「ち、違うです! そんなことないです! サーヤも嘘はやめるです!」
耳を赤くして、慌てて手を振ったナギだった。
「嘘じゃないわ。ナギってばルルクに触れるとき嬉しそうにしてるもの」
「ご、誤解です! 他人を殴る快感がにじみ出ているだけです!」
「それはそれでどうなの?」
「あれ~ナギちゃん、ツンデレですか~?」
「殺す! 殺すです!」
からかうと本気で殴りかかってくるナギ。
サーヤの推理が正解かどうかはさておいて、ナギをからかうのは楽しいからこれからもやめられなさそうだ。
そのあともギャーギャーと騒ぎながら、聖地を後にした俺たち。
馬車で一週間の道のりを、ゆっくり過ごしながら帰ったのだった。
あとがきTips~スキル・術式の抵抗値~
〇抵抗値の裏設定
以下、本編で記載する予定はないのでここで記載というかメモ。
裏設定として、各スキルや術式に対して〝抵抗値〟という隠しステータスが存在する。
レベルアップによる罠や状態異常に対する抵抗は弟子編でも触れていたが、それぞれの要素には抵抗値が存在しており、実はそれも語られていた。それが『神秘術無効』スキルや、エルニが持っている『魔術耐性』や『状態異常無効』のスキル。
ロズが『神秘術無効』を持っていたように、歴代の魔王にも『魔術無効』があったのは第Ⅰ幕でもちらっと触れていたが、これら『〇〇無効』『〇〇耐性』は一定レベルを超えた抵抗値がスキルによって可視化されたもの。
ちなみに今回の激突編の展開に関してこぼれ話。
もしエルニが魔族領に同行していた場合、魔術スキルであるサトゥルヌの『簒奪』も、じつは魔術に対して抵抗値の極めて高いエルニにはごく低確率でしか効果を発揮できなかった。逆にルルクは魔術に対して抵抗値がほとんどない状態なので、スキルも術式にも外付けの装備やスキルでしか抵抗できず、〝奪う〟という行為に対策してなかったルルクでは『簒奪』を防げなかったという背景があった。
ちなみに抵抗値に対して練度が高いと効果を発揮しやすく、逆に練度が相手の抵抗値より低いと術が失敗することもあるため、まだ若かったサトゥルヌの『簒奪』がロズに効かないと知っていたロズは、サトゥルヌが成長して魔術練度を上げるまで待っていた。
今回も仮にルルクがエルニを連れて行っていれば、ルルクがやられてもエルニは何も奪われずに即座にサトゥルヌを倒すことができていたという未来もあった。
ちなみに抵抗値が最大の存在(=無効スキル持ち)に無理やり術を通す方法はある。
ただし基本的には存在位が上位ではないと不可能であり、魔術士の王位存在である魔王に魔術が効かないのは至極当然のこと。王位存在の上位といえば極位存在(=亜神)であり、一万年ほど生きていたロズがこれに該当する程度で、他にいない。ゆえにこの事実にあまり意味はない。
各状態異常にも抵抗値があり、ストアニアの修行中にすべての抵抗値が最大になったエルニは『全状態異常無効』というスキルを発現した。
またルルクも『状態異常無効』をゲットしたが、これはエルニと違って数秘術の影響であり抵抗値が最大になったわけではない。あくまで異常自体を無効化する、という意味。
あと、どんな抵抗値も無視してあらゆる相手に術やスキルを通すことができるモノがひとつだけあるが、それはまた本編で記載する予定なので、ここでは割愛しておく。




