激突編・32『竜王との謁見』
翌日、俺たちは聖地に向けて竜都を出発していた。
公爵が用意した馬車での旅だ。
乗っているのは公爵とその秘書、カムロック、そして俺たち一行が全員だ。ゆったりとした大きめの車体で、前後3列の椅子になっている。
車体を軽くするために屋根は布張りだが、その布自体が絢爛な刺繍を施してある。パッと見ても豪華な馬車だとわかる。
いくら軽くしてようがこの国一番の貴族の馬車だ。牽引する馬も3頭必要だった。
「ねえ見てルルク、火山よ火山! すご~い」
斜め前方の山間に見える、モクモクとあがる噴煙を指さしてサーヤがはしゃいでいた。
「ほんとだ。竜都に近いところにもあるんだな。火山の麓になら温泉くらいあるかな?」
「温泉! はいはい! 温泉行きたいです!」
「ん、いってみたい」
サーヤとエルニが手を挙げた。
仕方ない。仲間がそこまで言うなら聞いてみよう。別に俺は行きたいわけじゃないんだけど? 仲間想いだから仕方なくな、仕方なく。
「ギルドマスター、温泉はありますか?」
「聖地にならあるが、竜種専用だぞ」
「専用? 人間用の温泉はないんですか?」
「そりゃ温泉は貴重だからな。竜王が人族に許可するわけないだろ」
「くそ、竜王の野郎とんだ圧政を……っ!」
とりあえずハンカチを噛んでおく。
「おいルルク、これから聖地に行くのに冗談でも竜王批判はやめろよ? 殺されても文句言えねえからな」
「だそうだぞ。サーヤ、口を慎め」
「私!? 責任転嫁過ぎない!?」
だってほら、温泉行きたいって言ったのはサーヤだし。
「俺にはサーヤの気持ちを代弁するスキルがあるから」
「なにそれ。じゃあ私がいま何考えてるか当ててみて?」
「うんこしたい」
「せめてお花摘みって言おうよ!?」
「え~。でもサーヤがトイレ我慢してるのは事実だし……」
「なんで知ってんのよ! えっなに、ホントにそんなスキルが……?」
半信半疑ながら顔を青くするサーヤ。
俺はしばらく黙ってから、
「……あ、いまちょっと漏らしたな?」
「漏らしてないから! やめてよ本気にしてないでよみんな! なんでちょっとずつ離れてくの!?」
「そんな必死に叫んでたらオナラ出るぞ」
「私のオナラはフローラルの香りだから安心して! って何が安心してだよ! 出てないわよ!」
ノリツッコミするサーヤだった。
新しい話芸を憶えたのか……さすが万能成長。
感心していると、カムロックが口を挟む。
「オナラと言えばこんな話を聞いたことがあるぞ。とある貴族が風呂でオナラをする快感を覚えてつい癖がついちまったらしく、たまに風呂でうっかり漏らしてしまうことがあるらしい。なので家族は全員そいつより前に風呂に入るんだとか」
「そいつ将来絶対まともな大人にならないよ!」
「残念ながらそいつはすでに40代らしい」
「オムツつけて風呂入れ!」
サーヤが元気よくアドバイス。
やけくそツッコミ芸を披露するサーヤにあとで小言を言われるのも面倒なので、俺は手を叩いてこの話題を終わらせる。
「話題を変えるぞ。トイレの話してたら本当に漏らしちまう。セオリーみたいに」
「ふぇっ! あるじ!?」
「というわけで何か他の話題ないか?」
「ちょっと待ってルルク。セオリーが漏らした話知らないんだけど?」
「なんで食いついてくるんだよ」
「私だけ辱め受けるのが不満だから」
正直なサーヤだった。
まあ説明が面倒だから一言でまとめよう。
「ビビッて漏らした。しかも2回」
「あるじぃ!」
「痛いって」
後ろの席からポカポカ殴ってくる。
「あ~。もしかして帰って来たとき一張羅のドレスじゃなかったのって、そのせい?」
「それは魔物と戦ってるうちに全裸になってたから」
「どういう状況!?」
ちなみにいまはドレスに戻っている。じつは既製品だったので、出発前にルニー商会に寄って買ったのだ。今度は念のため3着ほど買ったから、いつ破れても安心だ。
それと俺はセオリーがボロボロになるまで戦った姿は見てないので、説明はできない。
「でもセオリーがそこまで必死になって戦ったのはルルクのためでしょ?」
「まあ、そうだな」
「ふうん……」
頬を膨らませるサーヤ。なんで不機嫌になるんだよ。
「だって最初にセオリーの友達になったの私だもん! ルルクに寝取られた!」
「寝取ってねえよ。成り行きの不可抗力だろ」
「ずるいずるい! 私もセオリーともっと仲良くなりたい~」
そう言いながらセオリーにすり寄っていくサーヤ。
セオリーは背筋を伸ばして身を固くした。顔がひきつっている。
「ほら緊張しないで。疲れたでしょ? 私がマッサージしてあげる」
「エロいオッサンのコミュニケーションみたいだな」
「失礼ね! まだぴちぴちの10歳よ!」
「セオリーの太もも触りながらだと説得力が皆無なんだが」
10歳女児が14歳美少女の太もも撫でまわす光景に、俺はため息を吐く。
そんな俺に後ろの席から話しかけてきたのはナギ。
「でも意外です。ナギはてっきり、ルルクとセオリーはデキているものかと思ったです」
今回の聖地への旅にはナギまで同行する必要はなかったんだが、片道一週間の旅になるらしかった。右も左もわからない街でさすがに宿に一人きりで置いていくのも可哀想だったので、許可をとって連れてきたのだ。
魔族に対する疑心があるカムロックも、目の届くところにいたほうが安心だったようで快諾してくれた。
「俺とセオリーが? なんでだよ」
「……道中、ナギは何度もいちゃつく姿を見せつけられたですが?」
「ルルク、まさかセオリーに手を出したんじゃないでしょうね!」
「ん、うわき」
「出してないって!」
「ねえナギ、本当に出してなかった? ずっと一緒だったんでしょ?」
問いかけられたナギは少し思い出すように考えて、
「そうですね……一度、乗り物を運転しながら見つめ合ってキスしようとしたです」
「有罪! 有罪!」
「ぎるてぃ」
「してないから! まあちょっとだけ魔が差してそう言う雰囲気になったかもしれんけど、断じてしてない! なあセオリー、キスしてないっておまえも言ってくれ!」
「…………。」
「なぜ黙る! え、俺何かしたの!? なぜ頬を染める! おい」
「ル~ル~ク~?」
「ん……しけい」
「ちょっとまて! 誰か弁護士を呼んでくれ! 俺は無実――痛っ! だめ、そこはダメ! あ痛たたたあああ!」
サーヤとエルニに折檻を食らう俺。
そんな騒がしい俺たちを見てカムロックが苦笑し、馬車の前方の座席で静かに座っていたスマスリク公爵は小さくつぶやいた。
「……ただの子どもにしか見えんな」
馬車はゆっくりと旅路をゆく。
一週間の馬旅は順調に進んだ。
街に立ち寄ること2回、野営を4回。
もともと公爵家の護衛が10人ほど同行しているので、魔物と出くわすこともなくおおむね予定していた通りに旅は進み、聖地へとさしかかっていた。
聖地とは巨大な山脈のことを指し、その一番高い山の中腹に竜王の住処があるらしい。なぜ中腹かというと、安定した気候のバルギアでも山脈の上は寒いからだ。
ま、爬虫類は寒さに弱いから仕方ないか。
聖地の麓にさしかかったとき、俺たちが出会ったのは小型の竜種――翼竜だった。
竜種のなかでも最下位の個体で、大きさはせいぜい翼を広げても数メートル程度。とはいえ素早く空を飛び、炎や風を吐き、矢を見てから避ける反射神経も持っている。
ただでさえ竜鱗は硬くて攻撃が通りづらいのに、ただ空を飛んでいるというだけで戦いでは大きなアドバンテージだ。最下位の翼竜ですらBランクの魔物以上の扱いを受ける。
しかもその翼竜は群れで行動している。
「近づきすぎるな! 爪に気をつけて守りを固めろ! 雷か氷魔術を使え!」
「ダメです隊長、魔術がほとんど効いてません! 撤退すべきかと!」
「そんなワケにいくか! 拝謁は竜王様の指示だぞ! こんなところで退くわけにはっ」
「ですがこのままじゃ馬車が狙われます! 公爵様を守れません!」
「くっ……公爵様! 撤退の許可を!」
まるで歯が立たず、慌てて戻ってくる護衛隊長。
護衛の兵士たちは平均レベルが35程度だ。魔物の少ないバルギアでは、ダンジョンに潜らないとレベリングはほぼ不可能。必然的に護衛のレベルも他国よりは低い。
レベル35じゃ到底、翼竜の群れに敵うはずもない。
翼竜に邪魔をされるのはさすがに想定外だったのか、公爵は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「……やむを得まい。ルルク殿、竜王様の賓客である貴殿らの手を煩わせてしまうことになるが、どうか翼竜の討伐を願えないだろうか」
「討伐ですか? 翼竜も竜種なのに、倒してもいいんでしょうか」
「竜王様はもとより弱肉強食の理念を持っておられるゆえ、下位であろうが上位であろうが戦うことや倒すこと自体に憂いはない。それができれば、の話であるがな」
「なるほど。では――」
「まってルルク」
馬車の外に出ようとした俺を止めたのはサーヤだった。どっしりと腕を組んで俺の膝の上に座り、スマスリク公爵と睨み合った。なぜ膝に座る。
「公爵様、それは私たち【王の未来】に対して翼竜討伐を依頼するということでよろしいでしょうか?」
「何を言う。討伐しなければ貴殿らも狙われることになるのだぞ?」
「そうですね。でもその場合、私たちは自分の身を守るだけでいいのではないでしょうか? 公爵様やその護衛を守る必要はありませんが?」
「ぐっ……それは、そうだが」
「そもそも、今回竜王に呼びつけられているのはルルクだけです。私たちの上司ともいえるギルドマスターはともかく、公爵様がついてきたのはそちらの事情ですよね? 勝手についてきた無関係の人間が、冒険者に無償で身を守ってもらえるとでも?」
おお、言うねサーヤ。
かなり強気な啖呵だったが、言ってることは何も間違っていない。スマスリク公爵が同行しているのはあくまでバルギア貴族としての政治的行動だ。もし俺が竜王の怒りに触れても、俺と竜都の人間は無関係だと表明するためについてきている。
護衛の兵士たちはジリジリと後退している。すでに怪我人も出ている。犠牲者が出るのも時間の問題だろう……公爵は吐き捨てるように言った。
「……報酬は何が望みだ?」
「貸しひとつ、です。今回は純然たる〝貸し〟ですよ?」
にっこりと笑うサーヤ。
サーヤと公爵のあいだで、バチバチと火花が散っている。
なんかもとから仲が悪かったような雰囲気だな。
「仕方あるまい。依頼しよう」
「まいどあり」
サーヤはそう言って俺の膝の上から飛び降りた。
「話はついたわルルク」
「うい。じゃあ誰かやりたいひとー」
「ん」
『はいなの!』
挙手したのはエルニとプニスケ。まあ予想通りだな。
俺は銅貨を取り出して、指ではじいてコイントス。
「どっちだ?」
「ん、おもて」
『じゃあボクが裏なの!』
さてさて結果は……。
「裏だな」
『わーい! いってくるなの~』
「ざんねん」
プニスケは嬉しそうに跳ねながら馬車の外に出る。
空には十数匹の翼竜。獲物の兵たちを追い込むように、包囲網を狭めていた。
最弱の魔物スライムが無防備にその渦中に飛び込んだことに、驚愕の表情を浮かべるスマスリク公爵。
「ルルク殿、まさか従魔のスライムに任せるつもりか。エルニネール嬢ではなく」
「そうですよ」
「正気と思えん。相手は下位とはいえ竜種だぞ」
「まあまあ。見ててください」
まあ、確かに種族だけ見たらそうなんだけどさ。
『モード鞭・冷刃なの! えいやなの~!』
気の抜けるような軽い声を出しながら、プニスケが鞭を生やして素早く振るった。
見た目は普通のスライムだが、中身はミスリルだ。
次の瞬間には、すべての翼竜の首がスッパリと刈り取られていた。
あっけなく落ちてくる翼竜たち。
当然、すべて死んでいる。
スマスリク公爵も護衛の兵士たちも、開いた口が塞がらないようだった。
『ご主人様~! そざいにするなの~?』
「翼竜は食べられないらしいから皮だけでいいぞー」
『わかったなの~』
プニスケはそう返事をすると、触手を包丁のような形に変えて翼竜の皮をはぎ取っていく。それも十数体同時に。
器用度が圧倒的に俺を超えている。もはや包丁捌きは達人並みだな。
皮だけはぎ取ったプニスケは、皮をまとめて馬車に乗せると翼竜をかきあつめて、
『おにくはボクがたべるなの~』
体を巨大化させて一気に丸呑みした。
あっというまに消化させたプニスケ。さすがに翼竜十数匹くらいじゃレベルは上がらなかったな。
まだ呆然としている公爵一行をよそに、プニスケは跳ねて戻って来た。
『たのしかったの~』
「よしよし、えらいぞ」
「ほんとプニスケも強くなったわね~」
俺の腕の中で震えるプニスケをつついて、頬を緩めるサーヤだった。
「ったく、本当に規格外だなおまえさんら……公爵様、他の竜種に絡まれる前に出発しますぜ」
「あ、ああ……」
公爵と護衛たちが若干気まずそうな空気になりながらも、馬車は再び進み始めた。
それから竜種と出会うことはなかった。
厳密にいえば遠目の空に竜種が何匹か見えていたが、遠目に馬車を見下ろすだけで近づいてくることはなかった。
俺たちが着いたのは山の中腹にある、巨大な城のような場所だった。
「ここが竜王様の住処――ドラヘンシュタイン城だ」
「デカい、デカいな……デカすぎだろ」
俺の全語彙力が死んだ。
それくらい巨大な城だった。明らかに人間サイズではない。
家が一軒そのまま通り抜けられそうな開け放した門に、学校の校庭くらいありそうな前庭。庭は芝生だけで噴水や木々はなく、ただ広さだけが主張してくる。
城そのものも当然巨大で見上げるほどだったが、造りは粗雑で荒々しく、建築法をまるっきり無視して組み上げました! みたいな雰囲気だ。
正直いうと、かなり古臭い。
とはいえ崩れそうな心配はまったくなさそうだ。古いがヒビなんかは一切なく、少なくとも何百年は無傷だったんだろう。堅牢な竜の城。それがドラヘンシュタイン城だった。
そんな竜王の城を見たセオリーがぼそっとつぶやいた。
「……帰りたくない」
「いまさら? 何かイヤな想い出があるのか?」
「だって――」
と何か言いかけた時だった。
「セ――オリ―――ちゃ――――ん!」
バァン! と豪快に城の扉が開いて、そこからもの凄い速度で飛び出してきたひとりの男。
まばゆく輝く黄金のオールバックヘア。日焼けしたような浅黒い肌に、首に提げたジャラジャラとした金色のネックレス。胸の大きく開いたアロハシャツのような柄シャツを羽織り、半ズボンにサンダルといったラフな格好をした男だった。
決して大背というわけではないが、ガッシリとした体格に筋骨隆々ムキムキの全身。両手にはギラギラ輝く指輪をたくさん嵌めており、サングラスでも似合いそうな風貌だった。
そいつはセオリーめがけて一直線に飛んできた。
文字通り、重力を無視した一直線である。
「ひぇっ」
とっさに馬車内でしゃがんだセオリー。その上を通り過ぎていく金髪男。
馬車の柱が何本か折れて屋根が傾ぐ。男はそのままゴロゴロと地面を転がっていくが、途中でピタリと止まると平然としたように起き上がった。
「あれ? パパに気づかなかったのか? まあいいか、おかえりセオリーちゃん!」
「ひいっ」
バッと両腕を広げた男――いやもう自己紹介されるまでもなく、このチャラそうなサーファーみたいな恰好をしているのが間違いなくセオリーの父・竜王ヴァスキー=バルギリアだろうな。
そんな竜王は、俺の背に隠れたセオリーを見て首をかしげる。
「あれ~? 久々でパパのこと忘れたのかな? それともパパよりそっちの小便クサいガキのほうが良いってことかな? まあそんなことはないだろうが……そうだな、よしそのガキ殺して確かめてみるか」
「お待ちください竜王様!」
拳をポキポキし始めた竜王を止めたのは、城から出てきた老父だった。
「あん? なんだよラドン。娘との再会を邪魔するなら殺すぞ?」
「私めならいくら殺されようが構いません。しかし竜王様、差し出がましいようですが今回そちらの客人を呼び立てたのは例の計画のためでは? このままではせっかくの準備が台無しになってしまいますが」
「あ、そうだったな。忘れてた。じゃあちょいやり直しで」
そう言うと竜王はそそくさと戻っていった。
……なんだいまの。
まるで交差点で出会いがしらに幼児の三輪車に轢かれたような気分だぜ。
ポカンとしていた俺たちに、ラドンと呼ばれた老父が丁寧に腰を折った。
「お騒がせして申し訳ございません。私めは竜王様の部下、ラドンと申します。姫様におかれましてはよくぞお戻りになられました」
「う、うむ……」
「して、そちらは?」
「此度は拝謁の許可を頂き、誠に恐悦至極でございます。私は竜都フォースで人族代表をしておりますエマ=スマスリクと申しまする。隣に立つのは冒険者ギルドの代表カムロック氏。そして後ろにいる少年が本日お呼び立てに与りましたルルクという冒険者で御座います」
「これはどうもご丁寧に。ではルルク殿、竜王様がお呼びですのでこちらへ。他の皆様もよろしければご一緒に」
「あ、はい」
俺が先頭で馬車を降り、案内された。
このラドンという執事風の老父、さっきのことを本当になかったことにするつもりだった。まあさすがにアレが竜王の第一印象だと、威厳もへったくれもないからな。
俺たちは城に入り、そのまままっすぐ進んで正面の部屋に案内される。やはり中も無駄にデカい。扉が巨人サイズだ。
扉そのものもかなり重いだろうに、ラドンは平気で片手で開いていた。まあそれもそのはず、レベルがカンストした上位竜種――しかも重属性タイプだからな。
さっきはあまりのことで竜王のステータスを視るのを忘れていた。さすがにここで個人情報うんぬん言うほど呆けてないので、次はすぐに見てやろう。
「では、こちらが竜王の間になります。どうか失礼のないように」
ラドンはそう言って扉を押し、俺たちを連れて中に入る。
竜王の間はその名の通り、竜王と謁見するための部屋になっていた。広々とした空間の奥に、武骨な石の椅子がひとつだけ置いてあった。
勿論、そこに座っているのは竜王。
さっきと服装は同じだが、まさに王という風格で座っていた。
「平伏せよ」
まるで『言霊』を使った時のような、言葉の強制力が働きかけてくる。
ビリビリとした重圧のなか、俺とエルニ以外の全員がその圧力に耐えきれずに首を垂れた。カムロックや公爵はもちろんサーヤもセオリーもナギも、顔を青くしている。
「ほう。俺様の言葉に従わんのか。テメェら、名乗れ」
「ルルクです」
「エルニネール」
「……そうか! やっぱテメェがルルクか! よく聞け小僧!」
竜王は立ち上がった。
俺はとっさに視界を切り替える。鑑定を発動し、竜王のステータスを覗いてすぐに戦闘態勢に移行していつでも身を守れるように――
「貴様なんぞに娘はやらん!」
「……は?」
ポカンとする俺。
なぜか満足げな表情の竜王。
シーンとした静寂が、竜王の間に広がっていた。
……なんだこの空気?
そんな空気のなか、ヤレヤレと首を振ったラドンだった。




