激突編・31『とんだ鬼畜野郎です』
「まだ下敷きになってる家に人がいるかもしれん! 夜明けまでに解体し切るぞ!」
「怪我人は各地域の集会所へ! 土魔術が使えるひとは救助作業をお願いします!」
「中央広場に避難所があります! 迷子の情報もそちらです!」
バタバタと忙しなく走り回る市民たち。
大ムカデを倒したはいいものの、それまでの被害は甚大だった。
中央区から南区にかけてムカデの通り道はすべて崩壊している。このあたりは前もって逃げていた人がほとんどだったから人的被害は少なかったみたいだけど、建物は別だ。
あらゆる家が修復できないレベルにまで潰されていた。
「おまえさんが来てなけりゃこんなもんじゃ済まなかった。助かったぞ」
「いえいえ。それよりいいんですか? 作業を手伝わなくて」
「もとより未成年の夜間作業は、行政から指示がなけりゃあ原則禁止だ。二次被害が多いからな」
そういえばマタイサの街も同じ認識だったっけ。
魔物がいるこの世界じゃ命は軽いから、若い命ほど大事にされる傾向がある。マタイサとバルギアしかサンプルがないから、他の国はどうか知らないけど。
「心配されるほどヤワじゃないですよ」
「それはそうだが、おまえさんに関してはもっと重大な案件があるんだ。ひとまずギルドまでついてきてくれ」
カムロックは俺たちを連れて歩いた。
ムカデが潰した進路から少し逸れた道を選び、中央区へ戻っていく。どこもかしこも大騒ぎだったが、街中総出で復旧作業にあたっていた。
たくましいな、異世界の人たちは。
詳しい話はギルドに戻ってからと言ったカムロックだったが、歩きながらも話しかけてくる。
「そんで、上位魔族はどうなった?」
「倒しましたよ」
「さすがだな。SランクじゃなくてSSランクにするべきだったか?」
「何の話です?」
俺が尋ねると、カムロックは俺たち【王の未来】がSランク冒険者に昇格したことを説明した。サーヤが承認したらしい。
国を通さないギルド独断の認定により、国家からの恩賞がない代わりに義務も発生しないということらしく、それなら俺としては文句はない。
「でも、なんでまたいきなり?」
「理由については少々込み入った話になるからギルドで話す。それよりルルク、そっちの嬢ちゃんは魔族か?」
「ええ、ナギといいます。旅で仲間になって一緒にサトゥルヌを倒したせいで、魔族領に居場所がなくなったので連れて来ました。しばらく内密にお願いします」
「か~……気楽に言ってくれるなあ。せめて顔を隠すくらいはしてくれ。事情の知らないやつが気づいたら大騒ぎになるぞ」
「あ、確かにそうですね」
いまは夜だから近づかないとわからないけど、確かに魔族だってバレたら騒ぎになる。
とはいっても防御力のあるものは着れないし脱げたときにリスクが高すぎるから、ただ顔を隠すだけじゃ不安だな。
ここは認識阻害に頼ろう。
俺は歩きながらステータス欄を開いて、アイテムボックスの内容を眺める。
「そうだなあ……ナギ、プレゼントされるなら、腕輪かネックレスどっちがいい?」
「何ですか。口説くつもりならお断りですが」
「ちげえよ。アクセサリなら装備できるだろ? 魔族の見た目を隠す効果のアイテムの話だよ」
「……ネックレスは兄様のものがあるから、腕輪がいいです」
「わかった」
ひとまずダンジョンで拾った麻痺耐性効果の腕輪を取り出し、そこに『閾値編纂』で情報を上書きしていく。エルニのおかげで慣れたものだから、歩きながらでも失敗はしない。
「ほら、着けてみて」
「わかったです」
ナギは左手首に腕輪を装着。
自動で縮んで、ナギの細腕にぴったりとハマった。
「……何か変わったです?」
「見てるひとの認識を変える術式だよ。ナギのことを知らないひとが見たら、耳も八重歯も人間と同じに見えるようになってる。それだけでも魔族ってわからなくなるから、できれば外さないようにな」
「なるほどです。肌の色は?」
「そのままだよ」
「どうしてです? ナギみたいな褐色の肌は、この街の人族にはあまり見かけないです」
「たしかに少ないけど、いないわけじゃないからいいんだよ。それに俺は魔族の肌の色好きだからな」
なのでわざわざ別の色に見えるようにしようとは思わない。
「……そうです」
「あれ、照れた? ねえナギさん照れた?」
「ふんっ!」
ガキン!
いつも通り『領域調停』が発動して、ナギの肘打ちを防いだ。
涙目で肘をさすってぼやくナギだった。
「なんでセオリーは通じるのに、ナギだけ……」
「というわけでギルドマスター、これでいいですか?」
「バレなきゃなんでもいいぞ。しっかし印象操作の装備をこうもアッサリ作るとはな。それ、市場に出したらすげえ高値で売れるんじゃないか?」
「技術を売る気はないですよ。それをするなら死ぬほど金に困った時くらいですよ」
「ケッ! その年でSランク冒険者になるやつは言うことが違うねぇ」
「Sランクにしたのはアンタでしょ」
そんな軽口を叩きながらしばらく歩き、ギルド本部まで戻って来た。
「ルルク~!」
ギルドの入り口にはサーヤとエルニが立っていた。俺たちに気づいて手を振り、駆け寄って来た。
「おかえりルルク! セオリーとプニスケも!」
「ん、おかえり」
「ただいま」
「ってプニスケ何その色! え、進化したの!?」
サーヤがすぐに気付いて目を丸くした。
「その話はちょっとここじゃアレだから、あとでいいか?」
「うん。それとセオリーもがんばったみたいね。ルルクを守ってくれてありがとね」
「ふっ、当然なり! だがもっと褒めるがよい!」
「えらいえらい」
胸を張るセオリーの頭を、背伸びして撫でるサーヤだった。
「そういえばさっき、エルニの魔術っぽいものが見えた気がしたけど、もしかしてフェニックスのところにいた?」
「たおした」
「やっぱりか。さすがエルニ」
「んふ~」
こちらも自慢げな羊幼女。
カムロックが苦笑した。
「嬢ちゃんといいルルクといい、おまえさんらはSランク魔物くらいなら軽々と倒せるんだな。【王の未来】ってそんなんばっかか?」
「ちょっとカムロックさん、この化け物たちと一緒にしないでよ。私は攻撃そんなに得意じゃないんだから」
「俺並みに速く動ける10歳児が何言ってんだ……」
呆れたカムロックだった。
「ま、パーティメンバー全員揃ったようだし立ち話もなんだ。ちょいと街は慌ただしいが、おまえさんらには重要案件があるからな。部屋に戻るぞ」
「はーい」
「ん」
カムロックがそう言いギルドに入っていった。サーヤとエルニも事情を知っているのか、大人しくついていく。
セオリーとプニスケもその後についてギルドに入ったが、俺は服を引っ張られて足を止めた。
ナギがジト目をこっちに向けていた。
「いまの子たちがルルクの仲間です?」
「ああ。そうだけど?」
「もしかして……幼女趣味です?」
「やめろ! 結果論なんだよ!」
外見で選んだわけじゃねえよ。
俺がいかにお姉さんが好きかを説明しようとすると、ナギは小柄な自分の体を抱えて後ずさった。
「ハッ! もしかしてナギまでハーレムに加えようと……? 助けたのもそのためですか。とんだ鬼畜野郎です近づかないでほしいです」
「黙れ毒舌娘。風評被害ってもん知ってるか」
「火のないところに煙は立たない、です」
「はいはい。あとでみんなに紹介するけど、余計なことは言わないでくれよ?」
「手籠めにされたと言っても?」
「絶対ダメ」
そもそもしてないし。
直接攻撃できないからって言葉で責めてくる気だなコイツ。
兎に角、ここでウダウダしてても意味はない。まだまだ責め足りなそうなナギは無視して、俺もギルドマスターの部屋までついていった。
部屋には秘書はおらず、書類が散乱していた。
開け放した窓の外からは復興作業を始めた市民たちの声が昼間のように聞こえてくるが、カムロックは窓を閉めてその音を閉ざした。
「さて、色々聞きたいこともあるだろうがまずはギルドマスターとして言わせてくれ。おまえさんらのおかげで、本当に助かった。街の被害は大きいがSランク魔物3体相手ならこの程度で済んだともいえる。すぐに原因は調べさせるが、まあそれくらいは俺が言わずとも行政か教会が調査してくれているだろう」
「そういえば、巨人は誰が対処してたんですか?」
「ケムナたちだ。その件も確認してから報告する」
倒したのか。さすがバルギアの英雄だな。
少しカムロックの表情が暗いことが気になったけど、魔物の件を話すために呼ばれたわけじゃないことは知っている。黙っておこう。
「本題はこっちだ。ルルク……竜王がおまえさんを指名して呼び出した」
「げっ」
悠長にしている場合じゃなかった!
どうしよう。解呪薬使ったばっかなんだけど。
「まさかここまで早く戻ってくるとは思わなかったが、丁度いい。明日、姫さんを連れて聖地に出発する」
「……断れたりは?」
「やめてくれ。今回ルルクに非はないはずだが、竜王もただ娘の心配をしているだけだ。おまえさんに後ろめたい気持ちがないなら会ってくれ。じゃなきゃ国が滅ぶかもしれん」
後ろめたい気持ちか……あるんだよなあ。
ただ仲間になっただけなら竜王もそこまで激怒しないだろうけど、隷属しちゃってるからな……娘が従魔になってるなんて、普通の親が聞いてもいい顔はしないだろう。親バカという噂の竜王ならなおさらだ。
とはいえ断れるものじゃなさそうだ。
そもそもセオリーを仲間にした時点で最初から予定してたことだし。なんとか眷属ってことだけはバレないようにしないと。
「わかりました、明日ですね。聖地にパパっと移動すればいいですか?」
「いや、国民代表としてスマスリク公爵も同伴する予定だから馬車を使う。もちろん俺とおまえさんの仲間たちも全員一緒だ」
なるほど、見届け人というやつか。
「だがルルク、話はそれだけじゃない。おまえさんらをSランクに認定したことにも関係があるんだがな、今回のことでおまえさんが貴族共から強い反感を買ってる。竜王の言葉次第では、バルギアという国そのものがおまえさんの敵になる可能性がある」
カムロックはそう言って、バルギアという国の成り立ちや将来起こりうる継承問題、そして貴族たちの思惑などを説明してくれた。
セオリーがそこまで重要な存在だとは思ってなかったけど、よくよく考えたら姫様だもんな。ナワバリを継承するためにも必要不可欠な存在らしいし、狙われるのも理解できる。
「俺も何とかそうならないように各所に働きかけているが、最悪、防ぎ切れんかもしれん」
「なるほど、それならわかりました。気を付けておきますね」
「……それだけか? 怒らないのか」
「そりゃあ問答無用で狙われたりしたら腹は立ちますけど、俺には優秀な仲間もいますしそこまで心配はしてませんよ」
どちらかといえば、攻撃されたらエルニが暴走してしまうことのほうが心配かもしれない。
まあ、もちろん仲間たちが標的にされたら、俺も全力でやり返すつもりだけど。
「そうか。そうならないことを祈る」
「話はそれだけですか?」
「あとはルルクと姫さんのギルドカードを貸してくれ。ランクを書き換える」
「ああ、そうでしたね」
俺とセオリーはギルドカードを提出して、情報を更新してもらった。
デカデカと〝S〟の表記されたカードを返してもらい、さすがに苦笑する。
「各国のギルド本部にも通達した。今回のSランク魔物の同時撃破も追加で報告するから、文句を言うエリアはないはずだ。竜王のことが無事に済んでも、できればこの国で活動して欲しいところだが……」
「ちゃんとダンジョン攻略しようと思ってますから、すぐには出発しませんよ」
「助かる。こういう状況だからな、不安な市民には〝英雄〟が必要なんだ」
英雄か。
確かに、国が不安定なときは旗印が必要だろう。
ただそれは俺たちじゃなく、ケムナたち【白金虎】だと思うけどな。
カムロックの用件はそこで終わったらしく、また明日の朝にギルドに来るように申しつけられた。
さすがにいつまでも俺たちの相手をしている余裕はなさそうで、魔族領クエスト成功の祝宴は情勢が落ち着いたらということになって、今回はそのまま解散となった。
部屋から半ば追い出されるようになった俺たちは、すぐに全員連れて転移で宿まで戻ったのだった。
宿の受付にはテッサの姿はなく、【急用がある人は避難所まで】という書置きだけ見つかった。帰還報告は明日にして、そのまま部屋に戻った。
懐かしの部屋に入るとすぐ、さすがに気になっていたのかサーヤが首をかしげた。
「それで当たり前みたいに連れてきてるけど、そこの子は誰なの?」
「ナギだ。ナギ、腕輪外して」
「わかったです」
ナギが腕輪を外すと、印象操作が解かれて元の姿に見える。
サーヤが目を丸くした。
「あ、例の魔族の子ね! 連れて来ちゃったの?」
「ああ。魔族領には居場所がないみたいだし、人族に偏見もなかったから」
「そっか。私はサーヤ=シュレーヌよ。サーヤって呼んでね、よろしく!」
「……よろしくです」
なんの躊躇いもなく手を差し出したサーヤに、ナギは戸惑いつつも応じる。
「こっちの羊人族はエルニネールよ。私たちを含めた4人とプニスケで【王の未来】っていう冒険者パーティなの。ついさっきSランクに昇格したから、けっこう実力派なのよ。とはいってもルルクとエルニネールが強すぎるから、私はおこぼれみたいなものだけど」
「ちなみにサトゥルヌが狙ってた破滅因子がこのサーヤだ」
「はあ。そうだったです」
魔族を滅ぼしうる存在だというのに、あまり興味はなさそうだった。
ひとまずサーヤたちにも説明を兼ねて言っておく。
「ナギがこの国で過ごせるように準備が必要だから、それまでここに宿泊してもらうつもりだ。ナギ、文化の違いで戸惑うこともあるかもしれないけど、困ったことがあったらいつでも言ってくれ。できる限りサポートする」
「わかったです」
「ルルクに言いづらいことがあったら、私たちにいつでも言ってね。女の子同士だし仲良くしましょ?」
サーヤはいつもの世話焼きスイッチが入ったようで、ナギに色々と質問をしていた。
ナギは最初は戸惑っていたものの、すぐにサーヤのペースに慣れたのか、緊張することもなく人間社会のルールを吸収していた。賢いのは分かっていたけど、驚くほど順応力の高いやつだ。
やっぱり連れてきて正解だったな。
ナギに部屋の設備などの案内をしているあいだに、プニスケが料理を作ってくれた。
プニスケはミスリルスライムに進化してメタリックなボディだったが、ついさっき新スキル『色彩操作』を使って、見た目だけふつうのスライムに戻していた。
見た目はスライム、中身はミスリル。その名も名従魔プニスケ!
器用に料理をするプニスケを興味津々に眺めながら、ナギが言う。
「ルルク、プニスケに料理させてるです?」
「今回は残念ながらミスリルスライムに進化したけど、目指しているのはクッキングスライムだからな」
「……頭打ったです?」
「至って正常だよ」
「なおさらドン引きです」
「でもほら、コック帽似合ってるだろ? ほんとプニスケ可愛いよなぁ。いずれクエストから帰ってきたらエプロン着けたプニスケが出迎えてくれて、『ご飯にする? お風呂にする?』って聞いてくれるようになったら最高じゃないか。プニスケがいない生活なんて俺には考えられない……」
「要求が気持ち悪いです」
本気でイヤな顔をされた。
「何だよナギ。その役目、自分がしたいって顔か?」
「黙れです」
「まったくナギちゃん素直じゃないんだから」
「ふん!」
ガキン!
またもや『領域調停』に阻まれ、肘を押さえて涙目になるナギ。
「くっ、相変わらず意味不明です……!」
「へっへっへ~悔しかったら殴ってみな~」
「何イジメてんのよ!」
「あだっ!?」
煽ってたらサーヤに後頭部を叩かれた。痛い。
「まったくもう、しばらく一緒に暮らすんでしょ? 喧嘩になるようなことしないの! めっ!」
「はい、すみません……」
「サーヤ、聞いてもいいです? セオリーもサーヤもなぜルルクを叩けるです?」
「そういえばなんでかな。気にしたことなかったけど」
確かに俺も疑問だ。なんでうちの仲間たちは俺の防御スキルを無視して殴ってくるんだろう。
サーヤは疑問符を浮かべながら、俺の体をペタペタと触る。
「うーん、別にスキル発動してないもんね」
「おいさりげなく服の中まさぐるな! セクハラだぞ!」
「だって会うのも久々だし」
「久々なら触っていいルールなんてなくない!?」
「ん。ずるい。わたしも」
エルニも参戦し始めた。
ペタペタ全身撫でまわされる俺。なあおまえら、モラルって知ってる?
「こんな感じで触ればナギもいけるんじゃない?」
「触るのはイヤです」
普通に拒否られる俺。
なんだろう、求めてないのにちょっと傷ついたんだが……。
サーヤとエルニにひっつかれる俺を見て、ナギは目を細めた。
「それにしてもルルク、言ってもいいです?」
「何を?」
「やっぱりロリコ――」
「さあ飯の時間だ! 腹減ったなあ!」
今日の料理はなんだろなあ楽しみだなあ!
不名誉な称号をつけられる前に、そそくさと食卓の準備をすすめる俺だった。
ちなみにプニスケが作った夕食は、具材がゴロゴロ入った鶏スープと、チーズたっぷりのパンだった。




