激突編・29『たったひとりの英雄に』
「『砂塵領界』!」
サトゥルヌが近くの砂をすべて身に纏い、巨大な鎧をつくりあげた。
さらに城を囲んでいた砂丘を操って、津波のようにこちらへ向ける。圧倒的なその物量に、このままだとなす術もなく飲み込まれてしまうだろう。
でもそれこそが、俺の狙いだった。
「セオリー! 来い!」
俺は空に向かって叫んで合図を送った。
遥か上空、太陽に重なるように一直線に落下してくるのは竜の姿のセオリー。
じつは上階層の転移装置で一度外に出て、そのまま上空に潜んでいたのだ。
その背中にいるのはナギだ。
まるで竜騎士のようにセオリーにまたがったナギは、太刀を迫りくる砂丘に向けて振るった。
「鬼想流――『神去』!」
ナギの武器【凶刀:神薙】は、あらゆる術式やスキルを消し飛ばす。
それは唯一、すべての砂を支配できるサトゥルヌにとって相性最悪の敵。
ナギの一撃を受けた砂丘はただの砂に戻り、籠められていた魔力が消滅していく。
当然、周囲すべての砂を操作するなんて荒業にはかなりの魔力を消費するはずだった。
範囲攻撃として無類の強さを誇るだろうが、ナギの前ではただのデカい的だ。
「なんだと!?」
サトゥルヌが操る砂にセオリーが近づき、ナギが斬り捨てていく。
たったそれだけ。
サトゥルヌの奥の手は容易く崩れ去った。さすがに再度砂丘を操るような魔力は残っていないのか、あるいはできたとしてもセオリーとナギが外にいる限りは無駄だと悟ったのか、すぐさま城の外へ向けていた力を解除した。
巨大な砂の鎧を纏ったサトゥルヌは、俺を忌々しい表情で見下ろしてくる。
「貴様ら如きに、邪魔をさせてなるものかァ!」
巨人みたいになった鎧のあらゆるところから、槍のように砂が降ってくる。
「プニスケ、盾モード」
『はいなの!』
ミスリルスライムに進化したプニスケの盾は、傷ひとつつくことはなかった。
そしてもちろんミスリルになったからといって、いままでできていたことができなくなったわけじゃない。
「モード鞭、〝灼鞭〟」
『まかせるなの!』
煌々と熱を帯びたミスリルの鞭を振るう。
サトゥルヌの砂の鎧の片腕を、軽々と消し飛ばした。いままでプニスケに足りなかった硬度がミスリルの体として充足されたんだ。速度も、威力も、段違いに向上していた。
無論、プニスケも黙って見ているわけじゃない。
俺が鞭を振るうのと同時、自らも背中に生やした翼部分から銃弾を撃ち込んでいる。ミスリルの弾丸は砂山を蹴飛ばす勢いでサトゥルヌの鎧を粉々に砕いていく。
「『瞬歩』!」
『甘いなの!』
サトゥルヌは砂の鎧を捨て、高速移動のスキルで俺たちの背後に回った。
だが、すでにその移動スキルのタネは割れている。転移レベルに素早い移動だが、速すぎて着地点を決めておかないと止まれないんだろう。発動時の視線を追えばどこに現れるかバレバレだった。
プニスケがサトゥルヌの足に鞭を巻き付け、そのまま壁に叩きつけた。
「ぐはっ!」
壁が陥没し、サトゥルヌが血を吐きながら跳ね返って床に落ちる。
かなりのダメージが入ったようだが、倒れると同時に俺へスキルを放っていた。今度は精神に作用するスキルだった。
まあ精神系なら『冷静沈着』が容易く無効化してくれるから、さして意味はなかったけど。
俺は倒れ伏したサトゥルヌに近づく。
「奥の手も封じたし、進化したプニスケに手も足も出ない。もう勝負はついただろ」
「ぐっ……何を言う。私はまだ生きているぞ」
「いや、別に死ぬまで戦う必要はないんじゃない?」
俺は呆れた。
そもそも俺の目的は、サーヤを狙わないように説得すること。それと奪われたものを返してもらうことだ。条件さえ満たせば別に殺すつもりはなかった。
……俺は、だけど。
サトゥルヌは血を吐きつつも、鼻で笑いながらゆっくりと立ち上がる。
「私は諦めぬ……貴様に譲歩するなど、あり得ぬのだ」
「なんでだよ。死ぬよりマシだろ?」
「笑わせる。死が脅しになると思っているのか――ぐっ」
サトゥルヌがスキルを使おうとしたのを察知して、プニスケが銃で肩を撃ち抜いた。
もはや満足に踏ん張ることもできず、なす術もなく倒れるサトゥルヌ。
「死ぬより大事なのか? おまえの目的って」
「当然だ! 私の命など、とうの昔に捧げている」
「そこまでか。まあ交渉が無理なら、俺も踏ん切りはつくけどさ……ちなみに、おまえの目的ってなんなんだ? 色々なところにちょっかいだして、破滅因子を攫って何がしたいんだよ」
「ふん、なぜ貴様などに教えねばならぬ」
「いやいや、状況見てみろよ」
城は半壊。砂丘はボロボロ。
城の中にいた部下はナギが殲滅し、外にいた兵士たちは砂丘に飲まれて全滅。
もはや味方もおらず、文字通り砂上の楼閣で横たわる砂の王だった。
「……それでも、貴様なんぞに教えることではない」
「意固地だな。まあ話す気がないならもういいけど。単なるお節介だし」
「ふん、善人気取りの子どもめ……貴様など、ただ運に恵まれただけだ」
「確かに運は良いよ。でもさっきからなんなの? 貴様ごときとか、貴様などとか。なんか俺のこと見下しすぎじゃない? これでも一応、神秘王の一番弟子って看板背負ってるくらいだし――」
「貴様などが一番弟子を名乗るな!」
サトゥルヌが吠えた。
あまりの剣幕に、ちょっと引いてしまう俺。
「え……どゆこと?」
「何も知らぬ子どもが! 先生のことを知ったように語るな! ただ漫然と教えを受けるだけの、気楽なガキの分際で……っ」
「先生って……サトゥルヌ、もしかしてお前も師匠の弟子だったのか?」
「……ふん、それがどうした」
「でも師匠はおまえのこと、大して知らないみたいなこと言ってたけど」
「千年前、私が記憶を奪ったからだ」
悔しそうにつぶやくサトゥルヌ。
さすがに寝耳に水だった。そういえば師匠、何千年生きてるのか知らないけど、記憶は千年前からしかないって言ってたな。
なるほど、サトゥルヌのスキルで奪われたのか。
「千年前に何があったんだ?」
「これ以上、貴様に話すことはない」
「……まあ言いたくないならいいよ。俺も、他人の想い出に土足で踏み入る趣味はないし」
気にはなるけどね。
それに知ったところで、何も変えられない。
俺があっさり引き下がったことが意外だったのか、サトゥルヌは怪訝な表情を見せた。
「怒らぬのか。貴様も弟子なんだろう」
「だって昔のことだろ」
「薄情なやつめ。貴様ら人族がそんなんだから、先生は苦しみ続けているのだ」
「苦しむって……ああ、死にたかったってやつ? 確かに俺は師匠の苦しみは理解できなかったけど、もう願いは叶ったからそこまで言わなくてもいいんじゃない?」
「……は?」
間抜けな声を漏らしたサトゥルヌ。
「貴様、いまなんと……?」
「だから、師匠はもういないって」
「馬鹿な! 『森羅万象』は不老不死のスキルだ。先生が死ぬはずがない!」
「『森羅万象』は数秘術だ。おまえも千年以上生きてたら聞いた事くらいあるだろ? 数秘術は唯一、変化するスキル……師匠の『森羅万象』はもう消えたんだよ。師匠の体と一緒にな」
サトゥルヌが兄弟子だったというなら、それくらいは教えても良いだろう。
不老不死の神秘王はもう、その存在をたったひとつの心臓へ変えたのだ。
「サトゥルヌ、おまえがどんな想いで師匠の弟子をやってたかも知らんし、師匠を殺したいって言ってた理由も知らん。同じ弟子の俺たちに手を出してきた理由もよくわからんし、教えてくれる気もないなら無理に聞こうとは思わない……でもひとつだけ言わせてもらうなら、どんな理由があろうとも、俺たちは師匠の意志を継いで冒険者をやってるんだ。俺たちへの師匠の遺言は〝自由に生きろ〟だった。その自由をおまえには奪わせない。誰にも、奪わせやしない」
「…………。」
俺の言葉を聞いて、呆然と天井を見上げるサトゥルヌ。
なんとか絞りだしたのは、たった一言。
「……本当に、先生は死んだのか?」
「ああ」
「そう、か……もう、願いは叶っていたのか……」
その瞳から、涙がこぼれた。
サトゥルヌの厳格だった顔つきが変わり、まるで憑き物が落ちたようなスッキリとした表情になっていた。ゆっくりと目を閉じてつぶやく。
「救われたのだな、先生は」
「さあな。でも消えるときは満足そうだったよ。……なあ、もしかしておまえが師匠を殺したいって言ってたのって、つまりは師匠を救いたかったのか? 不老不死の苦しみから」
「……私はずっとそのために生きてきた。上位魔族となり6天魔と呼ばれ、力も立場も得たが、先生の苦しみに比べれば些事でしかなかった。私はただ彼女の英雄に……たったひとりの英雄になりたかった。たとえ先生に忘れ去られようとも、彼女を救うことができれば、それでよかった」
「そうか」
静かにつぶやくサトゥルヌの心境は、俺なんかじゃとても推し量れないものだろう。千年以上も生きてきた理由が、師匠を救うためだっていうんだから。
そしてその目的を失ったことで、もはや戦う気力も失っていた。
「小僧、名はなんという」
「ルルクだ」
「ルルクか。ふむ……人の名は言いづらいな」
「サトゥルヌもたいがいだろ」
そう言い返すと、サトゥルヌは薄く笑って無言になった。
ちょうどそこに、セオリーとナギが降りてきた。
セオリーは竜から人に変化して俺の背後に隠れるように立ち、ナギはゆっくりと切っ先をサトゥルヌの首筋に添えた。
殺意を伴った視線で、横たわるサトゥルヌを見下ろす。
「ナギたちの勝ちです」
「ゲールの身内か。そうだな、私の負けだ。殺すがよい」
「ええ、殺すです。でもその前にひとつだけ聞かせてもらうです。なぜナギに無理やり命令しなかったですか。ナギはおまえの眷属……命令されたら逆らえないです」
「ゲールとの取引だ。ゲールと隷属契約を交わしたときに、お互いに誓約を結んだのだ。その誓約のせいで、貴様へ無理やり命令はできぬ……ただそれだけだ。貴様個人に微塵も興味はない」
「そう、ですか」
ナギは寂しそうな表情を浮かべながら、太刀を握る腕に力を籠めた。
「……なあナギ、ここでこんなこと言うのは空気読めてないみたいだけどさ、殺すのはやめないか?」
「みたい、じゃなくて空気読めてないです。さすがルルク」
「うっ、まあそうなんだけど……じゃなくて、復讐は何も殺すだけじゃないかなーって思うんだけど」
「止めるな小僧。どの道、私はもう死ぬであろう」
ナギのことを考えて止めようとした俺を止めたのは、サトゥルヌ本人だった。
「『簒奪』で奪ったものは死が近づくと解放されるようになっている。いま、私は死を受け入れた。貴様の神秘術もすぐに戻るだろう。もちろん解放したものには寿命も含まれているからな……本来、とうに朽ちているはずの体だ。失った力が戻ることはもうない。もってあと数時間の命だろう」
「……そうか」
「ゲールの身内よ、介錯は任せる」
「言われなくても最初からナギの役目です」
再び目を閉じたサトゥルヌ。
その体は、みるみる老化していた。
「遺言はあるです?」
「そうだな……ルルクよ。先生の最後の弟子として、先生に恥じない人生を送れ。私が望むのはそれだけだ」
「ああ、わかった」
「では待たせてすまなかったな、ゲールの身内よ」
「痛みのないように、慈悲はかけるです」
ナギはゆっくりと太刀を振り上げた。
その目には、いままでの暗い澱みはなかった。
ただ深い悲しみだけが揺らいでいた。
「……兄様、ナギもすぐそちらに向かうです」
そう呟きながら振り下ろした刀が、あっさりとサトゥルヌの首を刎ねた。
俺はその光景を目を逸らすことなく見つめていた。
紛れもなく敵だった上位魔族。
だが敵であると同時に、兄弟子だった。
同じ師を愛した弟子だったから、その死に様から目を逸らすわけにはいかなかった。
サトゥルヌの体は、死ぬと同時に砂に変わってしまった。
本来なら数百年前に朽ちていた肉体だ。砂王としてふさわしい最後だったのかもしれない。
砂は吹き込んだ風に煽られ、空へと舞っていく。
こうしてサトゥルヌとの因縁は、幕を閉じたのだった……。
「――って、なんか揺れてね?」
サトゥルヌが砂に変わると同時に、グラグラと城が鳴動し始めた。なんでいきなり崩れそうになってんの?
ナギが冷静に言う。
「ダンジョンマスターが死んだからでは?」
「くそっ! そう言う可能性は先に言えよサトゥルヌの野郎!」
あるいは、あえて黙ってたとかかもしれない。俺を巻き込むために。
まあ脱出するのは苦じゃない。奪われた神秘術練度も戻ってるみたいだし、転移もすぐにできる。
「よし脱出するぞ。掴まれセオリー、ナギ」
「ぎょ、御意!」
「おいナギ、おまえも早く――」
「何を言ってるです?」
ただでさえボロボロな天井が少しずつ崩れていく。
その様子をぼんやりと眺めて、ナギが言う。
「初めから言ってたです。ナギは、復讐を遂げたら死ぬと」
「そうだけど! 何も城の崩壊に巻き込まれる必要はないだろ! もうちょっとくらい我慢して、せめて俺たちが帰るまでは――」
「どの道、ナギたちサトゥルヌの眷属はあと数分で死ぬです」
「え?」
どういうことだ?
何を言ってる?
「サトゥルヌの隷属契約は厳しい制約があるです。サトゥルヌが死ねば、数分後に眷属全員が死ぬようになってるです。しかもその過程は耐えがたい苦しみを味わってから死ぬというものです。だから誰もサトゥルヌを裏切れなかったです」
「な、なんでそんなこと黙ってた! なぜ言わなかった!」
「言っても同じです。どうせ死ぬのに、同情は必要ないです」
そう言うナギは、すでに苦痛が始まっているのか額に脂汗が浮かんでいた。
「さあ、行くです。ナギはもう死ぬ身……ルルクはバカですけど、ナギを看取るために死ぬほどのバカではないはずです」
「ふざけんなよ! そんなこと認められるわけがないだろ!」
「それに生き延びても、ナギは欠陥品。ナギの居場所はどこにもないです」
「それくらい俺が用意してやるよ! だから、だから……」
「なるほど。たしかに、ルルクは優しいです。兄様みたい」
ナギは初めて笑顔を見せた。
復讐にまみれて穢れた瞳は、いまだけは綺麗なコバルトブルーに光っていた。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「セオリーはいい主人を持ったです。ルルク、セオリーは良い子です。絶対にしあわせにするですよ」
「何言って――」
「行って、です。これ以上ガマンするのは、ナギも、つらいです」
胸を抑えて顔を歪めたナギ。俺の言葉には耳を貸す様子はまったくなかった。
説得はできなかった。
復讐を終えて生きる気力もなく、このまま隷属紋に殺されるのか。
こんなふうに別れることを、ナギは最初から覚悟していたのか。
ふざけんな。
ナギは決して善人じゃない。復讐のためとはいえ、殺して、殺して、殺し続けてきた。
きっとこの世界で、そんな復讐の鬼だったナギの味方をするやつはいないだろう。正義か悪なら、間違いなく悪だ。それくらいわかる。
でも俺はナギが嫌いじゃなかった。
毒舌で、生意気で、致命的なまでにブラコンなだけの魔族――それがナギという少女だ。
この短い旅のなかで、仲良くなったと勝手に思ってる。
友達になれたと思っている。
そんな相手が死ぬのを、ただ黙ってみているなんてできなかった。
恨まれてもいい。嫌われてもいい。それでもナギを救いたかった。
単なる俺のエゴだ。ナギが殺したやつらやその遺族からすれば、俺は極悪人になるだろう。だけど、それがどうした。目の前の友達ひとり救えないような男にはなりたくなかった。
「は、はやく……行く、です」
「イヤだ! 絶対におまえを助ける!」
「な、何で、です。なんでそこまで……」
「おまえが望んでねえからだ! おまえは死ぬつもりだってずっと言い続けてたけど、一言も死にたいとは言ってねえ! 死にたくない友達が死ぬのを、黙って見てるなんて本物のバカのすることだ!」
何かないか。
ナギを救うための、何かが。
俺が必死に思考を巡らせていると、ふと、セオリーがナギの目の前に立った。
そしておもむろにその手に持っていた瓶を開けて、紫色の液体をナギにかけたのだ。
――そうか! 解呪薬!
解呪薬を浴びたナギは、目を見開いてシャツをたくしあげる。
胸の下部に刻まれていた隷属紋は、最初から何もなかったように綺麗さっぱり消えていた。
痛みも消えたようで、ただただ困惑するナギだった。
「え、何で……」
「あるじ!」
「おう! 『相対転移』!」
サトゥルヌの呪いから解放されたナギを掴み、全員で砂漠へと転移する。
その直後、ダンジョンは瓦解した。城は崩れて瓦礫は流砂に呑み込まれていく。
間一髪だった。
ひと息ついて振り返ると、セオリーが呆然としているナギの頬を叩いた。
「バカはあなたもだもん!」
「え……」
「死にたくないなら、死にたくないって言うべきだもん! たくさん殺したからって、自分だけ生きてちゃダメだって思ってたでしょ! 顔に書いてるもん!」
「な、なんですかいきなり……セオリーに、ナギの何がわかるんです!」
「わかるもん! わたしも死のうと思ってた! でもあるじに助けてもらったもん!」
セオリーが泣いていた。
感情の昂りを抑えられずに、ナギの肩を掴んで叫ぶ。
「それにもう仲間だもん! 仲間が死ぬの、放っておくなんてできない!」
「な、仲間って……ナギは魔族です。ただ旅をしたからって、同情なんて」
「同情じゃない! それに、と、と……ともだちだもん! ともだちが死ぬなら助けるのがあたりまえだもん!」
「……。」
自分で言うのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にするセオリー。
ナギはその言葉に硬直していた。
俺もセオリーの頭をぽんと撫でながら、
「俺も言いたいことは同じだナギ。死にたいわけじゃないなら、死なないで済むなら、生きててもいいんじゃないか? 俺だって友達が死ぬのは悲しいし、それがナギなら猶更だ」
「ルルクまで……ナギがいつ、ルルクたちの友達になったです」
「何だよ。俺たちと友達は不満か?」
「……べつに、そういうわけでは」
顔を逸らしたナギだった。
まったく素直じゃないな、こいつ。
「それと勝手な物言いかもしれないけど、さっきの薬めちゃくちゃ貴重なものだったからさ、無駄にしないためにもこれ以上死ぬとか言わないで欲しいんだけど?」
「そういえば、何だったです? 痛みもすぐに消えたし隷属紋も消えたです。通知欄にも隷属から解放されたって……」
「解呪薬だよ。誓約や呪いを打ち消す効果があるっぽい。たぶんエリクサーなみに貴重なもの……って言ってもエリクサーがわからんか。まあ例えるなら、売ればさっきのひと瓶で一軒家が買えるレベルだ」
本当なら、セオリーに使おうと思ってたんだけどな。
まあ使ってしまったなら仕方がないし、よくやってくれた。
「……そんなこと言われたら、軽々と死ねないです。本当に身勝手ですね」
「おうよ。だからナギ、ひとまず生きてくれ。俺の頼みはそれだけだ」
「はあ、わかりました……でも、行く場所も当てもないです。欠陥品を受け入れてくれる場所もないですし」
ナギはそういって空を仰いだ。
すでに夕暮れの色に染まっている。もうすぐ夜になりそうだった。
ここで放り出すほど無責任ではない。
俺は手を差し出して、
「ひとまずエルフの里に戻るぞ。もしかしたらまだ仲間たちが待ってるかもしれないし」
「えっ、ナギもです?」
「だって行く当てないんだろ?」
「で、でもナギは魔族ですし、いきなり襲われたりは……」
「大丈夫大丈夫。なんとかなるから」
気楽にそう言って、みんなで転移した。
最後にちらりとサトゥルヌの城があった場所を見たけど、瓦礫すらすべて流砂に吞まれてしまったのか、そこには周囲と変わらない砂漠が広がっているだけだった。
こうして俺たちは、魔族領の旅を終えたのだった。




