激突編・27『進化』
「あのトカゲの女の居場所を言え。そうすれば、このまま殺されずに済むかもしれんぞ?」
サトゥルヌは脅すように言った。
俺は、すぐには言葉を返せなかった。
「どうした? 心臓を掴まれてようやく死の恐怖を実感したか?」
「……せ」
「ふむ? 命乞いは聞かぬぞ。さっさとあの忌々しいトカゲの居場所を、」
「――手を、離せ」
>『冷静沈着』が発動しました。
>『冷静沈着』が発動しました。
>『冷静沈着』が発動しました。
>『冷静沈着』が発動しました。
>『冷静沈着』が発動しました。
>『冷静沈着』が発動しました。
>『冷静沈着』が発動しました。
>『冷静沈着』が発動しました。
>『冷静沈着』が発動しました――
断続的に視界の通知欄を埋める、スキルの発動通知。
生殺与奪?
そんなもの気にならなかった。
俺の頭を占めていたのは、たったひとつ。
「心臓に! 気安く触れるんじゃねえ!」
「なにっ!?」
心臓を掴んでいたサトゥルヌの腕が、俺の体から弾きだされた。
怒りが噴き出して叫んだだけだった。それなのに、まるで拒絶するかのようにサトゥルヌの腕を――その体ごと遠くまで弾き飛ばした。
勢いよく壁に激突するサトゥルヌ。砂のクッションで身を守ったようで、すぐに起き上がって怪訝な顔をしていた。何が起こったのか理解できなかっただろう。それは俺も同じだ。
>『冷静沈着』が発動しました。
そこでようやく俺の頭が冷えていく。
何度か深呼吸をして、冷静になれた。
「……小僧、何をした」
「さあな。でも二度と同じことはさせねえ」
心臓は俺の恩人だ。
彼女を潰されるなんて、たとえ俺が死んでも許さない。
「でもまあ、油断してたよサトゥルヌ。そういやスキルだけでも圧倒的な手数なんだったな」
鑑定したときに見えたのは自動防御、自動回復、高速移動、状態異常付与、防御貫通スキルなどなど。砂を自在に操れる上位魔族としてだけじゃなく、奪い続けてきたスキルのせいでほとんど無敵みたいな存在になっているんだったな。
さすが魔族の覇権を争っている一人だ。
普通に戦って勝てるような相手じゃない。手を抜いていたつもりはないけど、負けないように戦うだけじゃまったく手も足も出ないのを痛感させられた。
「プニスケ、自動モードで頼む」
『はいなの!』
手からスライム武器が消えると、アイテムボックスからミスリルの短剣を取り出した。
慣れ親しんだ短剣スタイルを構える。
「いまさら変えたところで何ができる。『縛糸』」
またもや全身が縛り付けられる。
これは俺だと防げない。が、
「『瞬――」
『させないなの!』
「なっ!」
だが、プニスケには効かない。どれだけ固められようが抜けられるからな。
油断したサトゥルヌを襲うのは、数百発の弾丸。
俺の手は2本だから、俺が使うと同時に2発が限度だ。
だがプニスケは形状に際限がない。自動モードになったプニスケの手数は、操作できる限り無限に増えていく。俺の背中に翼を生やすように鎧を巨大化させ、そこから撃ち出した弾丸はサトゥルヌの自動結界に殺到してその防御を上回った。
「グッ!」
さすがにレベルカンスト勢。貫通とはいかなかったが、全身に銃弾を浴びて吹き飛んだ。
俺の束縛も解ける。
『まだまだなの~!』
プニスケは再度、翼のように広げた体から銃弾を撃ち込む。
サトゥルヌは堪らず『砂殻』を発動して、その全弾を受け止めた。さすがに防御に集中したら、銃弾じゃ破れない――が。
「ミスリルならどうだ!」
鋼鉄をも切り裂くミスリルの短剣が、サトゥルヌの砂を削り取る。
あっさりと殻を割ったが――そこにサトゥルヌの姿はなかった。
床が壊れていた。
直後、気配を感じて横に跳ぶ。
いままで立っていた場所を突き破るように、砂の槍が地面から生えた。階下から攻撃してきたんだろう。俺たちの位置は把握できていないのか、無造作に槍が突き出てくる。
「プニスケ、球体ガードだ!」
『はいなの!』
俺の足元を包み込むように変化したプニスケ。槍がぶつかり、貫かれることなく上に跳ね飛ばされる。
そのまま崩れた天井まで打ちあげられ、崩れた屋根の梁にうまく乗った。
雄大な砂漠を見渡せるけど、景色を楽しんでる場合じゃないな。
「ふむ。スライムと侮っていたが……認識を改める必要がありそうだ」
サトゥルヌは、砂の塊に乗ってゆっくりと浮き上がって戻って来た。
プニスケのおかげで傷を負わせることができたが、それも徐々に回復していっている。自動回復のスキルもなかなかに高性能だな。
「だがよいのか? 外は私の支配圏だぞ」
サトゥルヌは軽く手を上げた。
周囲の砂漠が一斉に隆起して、まるで山のようになって俺たちを取り囲む。このまま砂を浴びせるだけでも俺たちを殺せる。
もっともそうするくらいなら最初からしているだろうから、あくまで脅しと最終手段のつもりだろう。
「まだ遊んでるつもりなのか? もっと強引にかかってきてもいいんだぞ?」
「貴様こそ私との差をまだ理解していないのか。多少強い従魔がいたとて埋められるような実力じゃあるまい?」
『ボクを舐めるななの!』
プニスケが銃弾の雨を降らせる。
だがサトゥルヌも一辺倒じゃなかった。
「『砂渦』」
自動結界の砂に触れた弾丸が、すべて逸れて飛んでいく。正面から受け止めるのではなく、角度をつけて受け流してしまったのだ。
「そう何度も見せられては対応策くらい思いつく」
『むう~!』
「だがまあ、確かにスライムのくせに面倒なのは事実だ。もう少し遊んでやりたいが……そろそろトカゲ娘の行方を吐いてもらおう」
「だから、死んでも仲間を売るつもりはねえよ」
「貴様はそうかもしれんな。だが、そやつが喋るなら話は別だろう。――『簒奪』」
サトゥルヌはプニスケに向けてスキルを発動。
その瞬間、通知欄に文字が浮かんだ。
>【個体名:プニスケ】を解放しました。
俺の体から剥がれて落ちていくプニスケ。
そのままボス部屋の床にぽとりと落ちた。下位の眷属化スキルで希薄だったけど、確かに感じていたプニスケとの繋がりがまったく感じられなくなっていた。
俺はつい息を呑む。
「なっ……眷属状態を解いたのか!?」
「ふ、ふははは! どうだ小僧、貴様と従魔の絆を奪ってやったぞ。私のモノにならないのは少々不服だが、眷属でなければ貴様を守りはしないだろう? さあスライムよ。貴様はもう自由だ……いままで酷使してきた元主人に恨みを晴らすチャンスだぞ?」
『ふざけるな……なの』
「そうだ怒れ! だがその前に教えろスライム。貴様の元仲間であったあの竜種は、どこにいる? 答えなければ貴様をすぐに消滅させてやる。死にたくなければ――」
『ふざけるななのーっ!』
「っ!?」
プニスケが翼を展開し、銃弾を放った。
その矛先は俺――ではなく、サトゥルヌに。
とっさの攻撃に防御が間に合わず、弾丸を全身に浴びて吹き飛ぶサトゥルヌ。
大きなダメージにはならなかったが、それでもサトゥルヌは動転していた。
「な、なぜ私を攻撃した! 貴様を好き放題操っていたのはあの人族の小僧だぞ!」
『ボクは眷属だからご主人様がすきなんじゃない! すきだから! ご主人様の眷属になったなの!』
プニスケは叫んだ。
『それなのに! ボクとご主人様のつながりを無かったことにするのは許せないなの! ぜったいに……ぜったいに、おまえを許さないなの!』
……あれ、幻覚か?
プニスケの体が光り始めていた。
半透明の体から、まるで魔力の奔流が湧き出すように。
『ボクはただのスライムじゃないの! ボクの名前はプニスケ! ご主人様のいちばんの眷属で、これからもずっと一緒にいるあいぼうなの! おまえなんかに、おまえなんかに……ボクとご主人様の邪魔はさせないのーっ!』
プニスケの体が眩いほど輝いた。
その瞬間、通知欄が更新された。
>【個体名:プニスケ】を眷属化しました。
>【個体名:プニスケ】がスライムからミスリルスライムに進化しました。
>【個体名:プニスケ】の進化に伴い、新たなスキルを獲得しました。
■ ■ ■ ■ ■
サトゥルヌは動揺していた。
確かにスライムの所有権を奪ったはずだった。
サトゥルヌの『簒奪』は魔術練度が格下相手であれば、狙ったものをかなりの高確率で奪うことができる。もちろん同族でなければ奪ったものが自分自身に定着することはないが、相手のスキルや能力を封印することが可能だ。
スライム相手も同様で、所有権は奪ったものの眷属としての絆が生まれることはなかった。命令も効かないし、ただの野生のスライムと同然になったのだ。とはいえ奪った手前、元に戻るなんてことはない。
だが、そのあり得ないことが起こっていた。
スライムが進化した……そこまでは理解できる。だがその体には隷属紋が刻まれていた。隷属紋は上級以上のスキルで眷属になった証だ。所有権はサトゥルヌにあるので、上書きされることはないはずだった。
なのにサトゥルヌにあったはずの所有権は消えており、どう見ても、奪ったはずのニンゲンがまた主人になっていた。
サトゥルヌは1000年以上生きてきた。サトゥルヌ自身も隷属の上級スキルを持っている。部下やその関係者は全員、裏切れないように誓約をつけて眷属化している。もし裏切ったと判断したら自動的に、あるいはサトゥルヌが死ぬことになれば眷属の全員が数分後には死ぬように支配している。
それゆえ、サトゥルヌをどう思っていようが誰もサトゥルヌを裏切ることはできなかったのだ。
上位魔族になって1000年、眷属を奪われることなどなかったし、出来ないと思っていた。
だが……。
「何が起こった……?」
サトゥルヌの与り知らない仕組みが、まだこの世界に満ちているというのか。
あるいはあのスライムが、自らの意志だけで主人を変えたとでもいうのか?
そんなこと、できるわけが――
「プニスケ、行くぞ!」
『はいなの!』
我に返る。
ニンゲンが飛び降りてきて、スライムをまたもや鎧のように纏った。
今度は半透明の鎧じゃない。青く輝く金属のような、まるでミスリル鋼のような鎧になっていた。ただのスライムでもサトゥルヌが褒めるほどの防御力だった。もしそれが本物のミスリルの硬度をもってしまえば、いくらサトゥルヌでも防御を破るのは容易くない。
そう判断したときには、すでにニンゲンの手には銃が握られていた。
メタリックな大型銃。軍事用に造られた現代兵器というより、近未来的な色合いとデザインになっていることをサトゥルヌは知らない。
だがその威力は、身を以って知ることになった。
「喰らえ!」
破裂音が響いた。
撃ちだされた弾丸は、いままでの比じゃなかった。
イヤな予感がして全力で固めた『砂殻』と『砂渦』を、まるで紙のように事もなげに貫いた弾丸。それはサトゥルヌの肩を軽々と貫通して血をまき散らせた。
防げない、だと!?
サトゥルヌは背筋が震えた。何百年……いや、千年以上も感じてなかった恐怖の感情が芽生えてくる。あらゆるスキルを奪い、寿命を奪い、そうやって生き長らえてきたサトゥルヌにとって、魔術ですらない物理攻撃でこの威力は未知のものだった。
ふと脳裏に浮かんだのは、千年以上前のこと。
サトゥルヌを育ててくれた師の言葉だった。
『いいこと? この世界はもともと理術が支配しているの。だから魔術と理術が同じ硬度でぶつかり合ったとき、魔術は勝てないわ』
サトゥルヌの砂の防御や攻撃はすべて魔術系スキルによるものだ。もしミスリル級の物理衝撃を防ごうとするなら、オリハルコン級の硬度を生み出さないと不可能だろう。
ゾッとした。
たった一発の弾丸で命の危機を感じ取ったサトゥルヌ。
なりふり構っている余裕はなかった。
「砂漠よ、私に従え――『砂塵領界』!」
出し惜しみはナシだ。
サトゥルヌは届く範囲すべてに魔力を放ち、あらゆる砂を支配下に置いた。
それは砂漠そのものを操る上位魔族として最強の術。
この砂漠地帯では無敵となるサトゥルヌの脳内に、なぜか浮かんだのはかつての師の言葉だった。
千年以上経ったいまも、ハッキリと思い出せる彼女の声。
『もしあなたの『砂塵領界』を使うときが来たら、気をつけなさい。そのスキルは確かに強力だけど、逆を言えばそのスキルを使わないとダメな状況に追い込まれてるってことよ。決して油断せず、驕らず、すぐに敵を倒しなさい。魔力を恐ろしく使うから、長くはもたないわよ』
サトゥルヌは砂を集めながら小さくつぶやいた。
……先生。
「私は負けませんよ。あなたを殺すまで」




