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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・26『うちのスライムを舐めるな』

■ ■ ■ ■ ■


「くそっ! 止まらねえ!」 


 遥か上空から炎を降らす鳥、家よりデカい剣を振るう大巨人、全長100メートルを超える鉄のムカデ。

 それぞれが災害級の魔物であり、すでに数えきれないほどの被害をもたらしている状況だった。


 そのなかでも被害が最もひどいのは間違いなく鉄ムカデ――ギュゲスだった。

 

 ギュゲスはどこを目指しているのか、体をくねらせて進んでいる。その速度は虫が這っているだけなのでそこまで速くはないが、いかんせん巨大だ。何かを襲うわけでもなく進んでいくだけなのに、進路すべての建物が潰されていく。


 そんなギュゲスの背中に乗って駆け回りながら、節々を攻撃し続けているのはギルドマスターのカムロック。

 甲殻は鉄並みに硬くて武器が通らないので関節部分をひたすら潰し続けているが、再生速度が異常すぎて即座に回復されてしまう。それに一つや二つ潰していても、全体の進行にはなんら影響がなかった。


「ちっ、どうしたもんか」


 悩みつつも手を止めることはできない。いまもギュゲスは家を、人を、潰して進み続けている。

 自分がこっちに来たのは判断ミスだったかもしれない――そう思いかけて頭を振る。

 どのみちカムロックの戦闘スタイルでは、巨大な魔物相手にはそもそも効果が薄い。パーティでも斥候役だったから、一手に攻撃役を担ったことはない。


 とはいえ不死鳥なんかにはまったく届かないので、背中に乗れる相手なだけまだマシだ。


 その不死鳥は先ほど粉々に霧散したのが遠目に見えた。見たことのない魔術の一撃だったし、おそらくエルニネールの嬢ちゃんがやったんだろう。

 本当に規格外の強さだ、魔王になっても不思議じゃない。というかすでに魔王になっていても納得できる。


「すぐにこっちに来てもらいたいもんだが……さすがに遠すぎるか」


 ギュゲスはすでに区画をふたつ抜けて、竜都の南部に差し掛かっていた。巨体のわりに移動が遅いと言っても馬よりは早いから、こっちに追いつくとしてもかなり後になるだろう。


 進路上では兵士たちが必死に止めようとギュゲスに攻撃を続けているが、カムロックの攻撃と同じくまったく意味はなさそうだ。

 そもそも、ギュゲスが人間を認識してるかも怪しかった。


 普通、魔物はエサとして動物を食べる。人間だって捕食対象だ。それなのにギュゲスはカムロックたちに見向きもしなかった。ただ南へ向かって移動しているだけ。


「ちっ、本当に止まりやがらねえ。この先に何かあんのか?」


 ひたすら攻撃し続けているカムロック。悠長にしているヒマはないが、かといってお手上げ状態だ。ギルドマスターとしての不甲斐なさに嫌気がさす。こんなことならデカいハンマーでも持ってくるんだった。


 ただ幸運なのは、ギュゲスが進むごとに人的被害は少なくなっていることだ。

 夜間とはいえまだ人々が起きている時間だった。兵士が早馬を飛ばして避難誘導を始めているし、遠くから迫ってくる大ムカデに気づいた人々は我先にと逃げ出していた。

 少しでも被害を減らすために、カムロックもひたすら攻撃し続ける。


 きっとあの竜王なら、こんなムカデなんてすぐに倒せるんだろう。

 そんな想像を微かに抱いたものの、カムロックはそれが現実的じゃないと知っていた。


 あの覇王は人間の街になんて興味がない。街で人がいくら死のうがナワバリに影響はないので、わざわざ助けに来ることはないだろう。性格的にも、無関係の人間を助けるなんて殊勝なことをするはずもない。


 薄情なようだが、そもそも人間たちが勝手に竜王を崇めて街を作って国と称しているだけだ。ナワバリ内に勝手に住んでて恨みごとを言う資格は、人々にはなかった。


「自分たちのことは自分たちで面倒見ろってこったな……お、なんだ?」

 

 後ろを見ても中央区を囲む壁が見えなくなった頃だった。

 ギュゲスがピタリと止まったのだ。


「ここが目的地だったのか? ただの街だぞ」


 竜都の南側――おそらく第6南区あたりだろう。さすがのカムロックでも、この辺りに来た事はあまりない。竜都は広すぎるのだ。

 とはいっても南区には重要な施設もないし、ただの街が延々と続いているだけだ。ムカデが好むような場所もなければ魔素溜まりもない。

 なのになぜ止まった?


「いや、違う……怯えてる?」


 カムロックは微かな振動を感じて、足元のムカデを眺める。

 そして気づく。


 ギュゲスが止まったのは捕食者から隠れるための防衛本能だった。

 不条理な死を避けるために息をひそめてやり過ごす。ただそれだけの行動。


 Sランク魔物が?

 近くに何かいるのか?


 カムロックはちょうどムカデの尻付近にいた。頭側は遠くて見えない。

 すぐにギュゲスの体の上を走っていく。ギュゲスを震わせる何かがいる――それが良いニュースであることを期待して。


 カムロックは次の瞬間、その意味を知ることになった。

 ギュゲスはただ怯えていただけでなく、避けられない死の未来を確信し半ば諦めていたことを。



□ □ □ □ □



 コンコン、と扉を叩いて返事を待つ。


 学生時代は目立たず騒がず大人しく、地味の代名詞を体現していたので、俺自身が職員室に呼び出されたことはなかった。生徒指導室も同様だ。


 しかしバカな幼馴染の尻拭いを何度も押し付けられていたので、職員室の常連になっていたことは否めない。最初の頃は緊張していたけど、そのうち慣れて何も思わなくなった。先生たちも俺が来たら「ああ、また例の件ね」と納得して、用件を尋ねられることもなくなったっけな。


 再び30階――ラスボス部屋を訪れた俺は、そんな懐かしい気持ちになりながらついノックしていたのだった。

 返って来たのは低い声。


「入れ」

「失礼しまーす」


 不意打ち、騙し討ち、罠など色々考えたけど、小細工が通用しそうな相手じゃないのでやめておいた。

 正面から堂々とボス部屋に入った俺は、偉そうに椅子に腰かけているサトゥルヌと目が合った。

 サトゥルヌはかすかに驚いた表情を浮かべていた。


「貴様……どうやってここまで来た? 我が眷属たちが待ち構えていたはず」

「ちょいと裏技を使って、戦わずにね」


 裏技=ナギによる滅殺なので、嘘はついていない。

 24階層で起こったことを把握していないということは、連絡係も含めてナギが全滅させたってことだろう。ダンジョンマスターとはいえ、内部のことを的確に把握できるってわけじゃなさそうだ。

 サトゥルヌは舌打ちして、隣にいた例のヒステリック女に指示を出した。


「テティス、24階を確認して来い」

「わかりましたわぁ。でもその前にいいかしら」


 テティスは俺を睨みつける。


「アンタ、本当におバカさんなのねぇ? 神秘術が使えなくなったんならとっとと逃げればいいのに、どうして戻ってきたのかしらぁ。アンタが無事ってことは、あの逃げたトカゲも一緒なんでしょう?」

「俺は神秘術に一途だからさ、奪われたんなら取り返すつもりだよ。どっちつかずのあんたと違ってね」

「生意気ねぇ。でもその余裕もいつまでもつかしらぁ? ここまで戻って来れたことは褒めてアゲルけど、サトゥルヌ様と戦おうだなんて傲慢もいいところよねぇ」

「……うるさいオバさんだな。命令されたんだからとっとと24階行きなよ」

「オバっ!? 言ったわねクソガキ!」


 額に青筋を浮かべたテティス。

 俺の目的はサトゥルヌだけだから、サトゥルヌ自身が厄介払いしてくれるならそれに越したことはなかった。さっさと行って欲しいんだけど。

 テティスはまたもやヒステリックに喚きながら、


「アンタなんかサトゥルヌ様が手を下す必要もないわ! アタシが殺してアゲル!」

「命令違反してもいいのか? 眷属なんでしょ」

「殺してから行けばいいのよ! そもそもニンゲン風情がサトゥルヌ様の御身を目にするなんておこがましいのよ! アンタなんかぐちゃぐちゃにして殺してアゲルわ。最初は四肢を潰して、許しを請うまで内臓をかき回してアゲル。痛みに狂うまで何回も回復させて半殺しにして、サトゥルヌ様に楯突いたことを後悔させてやる。それにどこに隠れてるか知らないけど、あの雌トカゲも捕まえてアンタの目の前で同じ目に合わせてアゲルわ。それと『破滅因子』も絶対に見つけ出して、死なせてくれと言わせるまで使い潰してアゲル! 生まれたことを後悔するくらいの苦しみと痛みを執拗に――」

「黙れ」


 ドン、と銃声が響いた。

 

「……え?」


 胸に空いた穴を見下ろして、何が起こったのか分からない表情のテティス。

 俺の手にはスライム銃。

 服の下に隠れていたプニスケが、ゆっくりと鎧になって俺を包み込んでいく。


「な、にが……」


 テティスはぐらりと崩れ落ちて、血だまりに沈んだ。

 その隣で、サトゥルヌが眉をひそめて俺を睨む。


「ふむ……武器化したスライムか」

「悪いけど、俺は仲間を守るためなら手加減しないって決めてんだよ」


 もともとテティスに手を出すつもりはなかった。

 だがセオリーやサーヤを狙うなら話は別だ。本当なら銃モードでの急襲はサトゥルヌ相手に使うつもりだったけど、『冷静沈着』が発動する前には撃ってた。反省も後悔もしていない。


「不意打ちとはいえテティスを一撃で仕留めたことは称賛に値する威力だな」

「部下がやられたっていうのに随分と冷めてるな。仲間じゃないのか?」

「仲間? ああそうだな。だが、それがどうした?」


 サトゥルヌはゆっくりと立ち上がった。

 少しくらいは動揺するかと思ったが、まったく意に介した様子はない。


「私の目的に必要だったから仲間にしたが、その程度の攻撃も凌げぬ脆弱な者ならいくらでも替えが効く。魔族の神秘術士は貴重だったがな」

「その貴重な部下が死んでも、焦らないんだな」

「生憎、時間ならいくらでもあるからな。いずれより優秀な神秘術士が見つかるだろう」

「いくらでも、か」

「ああそうだ」

「なるほどね。他人から寿命を奪える(・・・・・・)からか?」


 最初に顔を合わせたときに、ちゃんとサトゥルヌを鑑定していた。

 その時見たのは、なんと【年齢:1387】というステータス。


 上位魔族の寿命が500年としても明らかに異常な数値だったが、『簒奪(プランダー)』で他人から寿命を奪っていたと考えたら辻褄が合う。

 不死ではないが、不老の存在。それがサトゥルヌだ。


「ほう。知っていたか」

「まあ、なんとなく」


 それなら確かに、目的に時間制限がなければいくらでもやり直しが効くだろう。ただでさえ超強力なスキルを持っているうえに、自分のフィールドから出てこない上位魔族。この余裕の態度にもうなずける。

 けど、気に食わないな。


「寿命を奪うってことは、そいつの命が短くなるってことだろ?」

「無論だ。だが貴様が怒る道理はないぞ? 私は魔族ゆえ、同じ魔族からしか簒奪したモノは使えぬ。貴様ら人族には関係のない話だ」

「……そうか」


 俺は見ず知らずの魔族のために怒れるほどの善人じゃない。

 だから特に何も思わない。ちょっとムカついただけだ。


「でもまあ、それだけ多くの寿命を奪ってきたってことは、そろそろしっぺ返しされても文句は言うなよ?」

「あらゆる戦いは結果が全てだ。御託を並べるつもりで戻って来たわけではあるまい? もっとも、そのスライムごときで私に勝つつもりであれば、失笑するしかないがな」

「うちのスライムを舐めるなよ」


 まずは2発、両手の銃から撃ち込んだ。

 軌跡を光らせて銃声よりも速く飛んだ弾丸だったが、サトゥルヌの目前に砂が瞬時に集まって弾丸を受け止めていた。

 自動防御スキルだろう。サトゥルヌが持ってるスキルのうちのひとつだ。この速度と威力じゃ対処されるか。


 念のため照準を変えてもう一度撃ち込んでみるが、やはり同じように防がれた。

 反応する必要すらないと言わんばかりにつまらなさそうにしている。


「所詮、俺が倒したのは四天王でも最弱ってか?」

「『砂針』」


 今度はサトゥルヌがスキルを発動。

 穴が開いた壁から砂漠の砂を呼び込み、それをまるで針の雨のように飛ばしてきた。部屋いっぱいに広がる範囲攻撃だ。さすがにステータスが高くても避けきれるものじゃない。


「プニスケ!」

『はいなの!』


 スライムアーマーが膨張し、俺の体の前で盾に変化する。

 砂で作られた針は、プニスケの体ですべて弾き落していく。


「ではこれはどうだ。『砂獣』」


 落ちた砂が集まり、狼のような形になった。牙や爪はかなり硬そうだ。

 砂の狼がすぐに俺に向かって飛び込んでくる。たしかに、噛みつかれたらプニスケでも引きはがすのは大変そうだ。


 ドン! と頭部を撃ち抜く――が、崩れた頭はすぐに再生した。

 そりゃ砂だもんな。


 俺はすぐに後ろに跳んで距離を取る。

 当然のように砂狼は追いかけてくるけど、さすがに敏捷性は俺に分がある。バックステップで距離を取りながら、何度か銃弾をサトゥルヌ本人へ撃ち込む。


「無駄だ。貴様の攻撃ごときで破れるほど、私のスキルは弱くない」


 確かに、全弾止められてしまっている。

 ただこれは予想通り。銃モードはもともと反応の速い相手には向いていない。攻撃が単調だしな。


「鞭モード」

『はいなの!』


 銃から鞭に持ち替えて、今度はサトゥルヌの近くへ飛び込んだ。レベルカンスト勢のサトゥルヌだが、じつはステータスはそこまで高くなかった。俺の速度には目が追いついていなかった。

 反応される前に、素早く鞭を振るう。


「〝氷刃(コールド)〟!」

「『砂殻』!」


 スライム弾より重いくて速い鞭の先端がサトゥルヌを襲い、自動結界の砂が弾けて隙ができる。サトゥルヌは一瞬遅れてスキルを発動し、手動の結界をその下に構築。

 頭部を狙った二発目は、サトゥルヌを覆い隠した防御壁にギリギリ阻まれた。

 全方位防御か、厄介だな。


「卵みたいに籠りやがって」

「『砂爆』」

「うおっ!?」

 

 卵の殻が爆発した。

 とっさに後退した俺にもカケラが飛んでくるが、それはプニスケが盾を作って防いでくれた。


「くそっ、卵はレンチンすんなって言ったろ」

「ふむ。神秘術がなくても工夫して戦うものだな」

「お褒めに預かり光栄ですよ」

「中々楽しめる戦いだが……私にとっては児戯に等しい」

「へえ。必死に防御しておいて?」

「たとえすぐ治る怪我でも蹴られたら痛いであろう」


 それはそうだけど。


「それに貴様は未だ理解しておらん。私が他者のものを奪えるという意味をな」

「ふうん。その意味はご教授してもらえるのか?」

「身を以って、な」


 サトゥルヌはこちらに手を向けた。


「『縛糸』」


 体が固まった。

 一瞬で地面や壁から糸のようなものが伸びてきて、俺の体に巻き付いていた。状態異常なら俺の『行動不能無効』スキルで防げるのに、物理的阻害は避けるか破るかしないと防げない。

 そんな隙を、サトゥルヌは許してくれなかった。


「『瞬歩』」


 サトゥルヌが目の前に現れる。

 転移に近い動きだった。高速移動のスキルだろう。

 サトゥルヌが腕を突き出してきて、プニスケがとっさに盾を作り上げる。

 だが――


「『透過』」


 サトゥルヌの腕が、プニスケの体をすり抜けた(・・・・・)

 そのまま俺の体もすり抜けて――途中で止まった。

 耐久値を無視して、直接体の内部を攻撃する防御貫通のスキルだろう。


 あまりに強力なスキルの連打。

 サトゥルヌは薄く笑っていた。


「私は1000年以上生きてきた。その間、望んだものはすべて奪ってきた。スキルだろうが寿命だろうが、必要になったものや気に入ったあらゆるものをな。私がその気になれば、貴様ごときスキルだけでも瞬殺できるのだ。……感じるか? 貴様の心臓は私が掴んでいる」


 文字通り、動けない俺の生殺与奪の権利を手にしたサトゥルヌ。


 その目には、ただ虫けらを殺す程度の感慨しか浮かんでいなかった。

 ヒマつぶしをしているような口調で言う。


「あのトカゲの女の居場所を言え。そうすれば、このまま殺されずに済むかもしれんぞ?」



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