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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・25『偽りの英雄なんぞに』

■ ■ ■ ■ ■



「『モード:ビースト』」


 霊狐(ホタル)が、本来の姿を取り戻していく。


 美しかった人狐から獰猛な七尾の狐に戻ったホタルは、主人(ケムナ)を振り返ることなくタイタンへ飛びかかった。魔力を具現化し足場にして、空を駆ける。


 タイタンは獣化したホタルを迎撃しようと剣を振り降ろした。

 すでにホタルは進路を変えており掠りもしない。魔術を捨てた代わりに、そのすべての魔力を膂力へと回していた。動きの鈍いタイタンでは、その速度にまったく追いつけなかった。


 幾度となく、ホタルの牙や爪がタイタンの体を削る。ダメージとしては微々たるものだったが、タイタンにとってはこの上なく不快な攻撃だった。空中を走り回る小さなホタルは、巨兵にとっては捕まえられないハエであり、少しずつ体力を削っていく毒のような存在だった。


「お兄ちゃん! 起きてお願い!」


 ラキララが祈るようにケムナを揺さぶる。

 本来なら安静にしておかねければならないのはわかっている。でも、いますぐ目を覚まさないと未来はないと確信していた。


 ラキララには分かっていた。ホタルがなぜ獣化したのかも、タイタンを翻弄する彼女の活動限界がすぐそこまで迫っていることも。


「起きてよお兄ちゃん! ホタルは死ぬつもりなのよ! それでいいのお兄ちゃんっ、ねえ、返事してよ!」


 昔から、ホタルのことが気に食わなかった。

 いつもケムナの隣に当たり前のような顔をして立っている魔物。

 従魔のくせに、魔物のくせに……そう何度も嫉妬して、何度もケンカして、そんな関係をずっと続けてきた。いなくなってしまえばいいのに、なんてことを何回思ったか憶えていない。


 でも、違う。

 こんな終わり方は望んでない。


 タイタンを周囲を駆け回っているホタルも、少しずつ速度が落ち始めていた。タイタンも飛ぶ羽虫を落とすうとするかのように、攻撃の精度を少しずつあげている。


「『ウィンドブースト』!」

 

 ラキララはホタルを援護する。ラキララの魔力もすでに底をついていた。杖のおかげで徐々に回復しつつあるけど、自然回復する微々たる魔力じゃ大技はもう撃てない。魔力ポーションも使い果たしている。


 これ以上ホタルのサポートをしたところで、死ぬまでの時間を引き延ばしているだけだとわかっている。それでもラキララは魔力欠乏の吐き気に苛まれながら、回復するたび何度もホタルをサポートし続けた。


 だがいくら魔術で援護しても、ホタルの速度の低下を止めることはできない。いつタイタンの攻撃が当たってもおかしくなかった。

 もう、選択肢はなさそうだった。


「……リーリン、頼みが――」

「ララっち、ケムナっちと逃げて」


 ラキララの前に、リーリンの小さな背中が立ち塞がる。


「……リーリン?」

「アタシさ、昔みんなに助けられてから、ずっと役に立ちたいって思ってたんだ。努力して強くなって、ようやくみんなと一緒に冒険できるようになって……いままでホントに楽しかった。ずっとアタシにも何かできないか探してたワケなの。だからお願い。アタシができる恩返しはこれだけだから……ララっち、そのまま逃げて。アタシの命に代えても、時間、稼いでみるカラさ」

「ダメよ! なにバカなこと言ってるのリーリン! 貴女は私たちの妹みたいな存在なのよ、そんなことできるわけないでしょ!」

「じゃあどうしろって言うワケ!? ひとりずつ命を懸けて時間を稼いでも、もう無駄死にしかならないってわかるでしょ。それにララっち言ってたじゃん。ケムナっちと結婚して幸せになりたいって。アタシだってララっちのことお姉ちゃんだって思ってたよ。だから、お願い。ここで恩返しさせてよ」

「……リーリン、ダメよ。そんなこと絶対にさせない。死ぬのは私。どうせ私なんて行き遅れの年増だもの。だから生き残るのは妹の貴女よ。生きて幸せになるのは、リーリン貴女なのよ」

「やだよ! ララっちを見捨てて生きたくなんてない! だから、逃げるのは――」


「うるせぇ」


 言い争っていた二人の言葉を遮ったのは、意識を取り戻したケムナだった。

 フラフラと立ち上がりながら、暴れるタイタンと逃げ回るホタルを真っすぐに見つめて言い捨てた。


「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよバカ。犠牲になる? 何ふざけたこと抜かしてんだよ……何、勝手に諦めてんだよ」

「だ、だってケムナっち、もうアレには勝てないよ!」

「そうよお兄ちゃん! みんなで逃げようよ! これ以上は本当に死んじゃう!」


 傷は魔術で治ったけど、さっきまで重体だったケムナは命を削って立っていた。

 普通に考えて、これ以上戦うことなんてできない。

 なのに、ケムナは鼻で笑った。


 他でもない自分自身を。


「俺は逃げねぇ! ここで逃げたら一生後悔しちまうだろ。どんなに希望がなくても、力及ばなくても、死ぬまであがいてやるって決めてんだよ。それに相棒がまだ戦ってんだ。ここで逃げたら、それこそ英雄だなんて呼ばれる資格はねぇだろォが」

「英雄なんてどうでもいいの! 名誉のために命を捨てるなんて馬鹿よ!」

「違う! 俺は、俺自身が、この国に相応しい英雄になるって決めてんだよ! 偽りの英雄なんぞに成り下がるつもりはねぇ!」


 ケムナは雄たけびを上げ、残った魔力を集中させた。

 彼は従魔士。

 自分で戦うこともできるが、一番得意なことは従魔と共に戦うことだ。

 

「ホタル来い! 俺を使え!」


 ケムナが叫んだ瞬間、ホタルは最大最速でタイタンの足元から離脱し、ケムナに駆け寄った。

 迷わずケムナに噛みつく。


 懐かしい姿だった。かつて契約したときに一度だけ目にした、本来のホタルの姿。ホタルは美しくないその姿を嫌っていたが、ケムナはその強く勇ましい姿も好きだった。

 首筋からケムナの血を介して魔力を吸うホタルの背中を、優しく撫でる。


「我主人として命ず。我が従魔よ、此の血肉を糧として舞い踊れ――『ラストダンス』!」


 それはケムナにとっての最終奥義。

 全魔力と体の一部を従魔に捧げることで5撃のみ(・・・・)ステータスに超強化を促すスキル『ラストダンス』。


 眩い光が放たれ、ホタルの姿が人型に戻っていく――が、その腕と足には狐毛が、まるで鎧のように残っていた。尻尾も一本ではなく七本のままだ。

 人獣混合となったその姿から、さっきとは比べものにならない力が溢れ出す。


「行け、ホタル」

「主様の命ずるままに」


 ホタルが残像すら残さずに消えた。

 ラキララもリーリンも、まったく目で追うことはできなかった。

 それはタイタンも同様で、瞬間移動のように足元に出現したホタルに気づかないうちに、ホタルは跳びあがりタイタンの顔面を殴った。


『オオオ!?』


 その威力、まるで桁が違った。

 タイタンの巨体が浮いて、仰向けに倒れた。ラスト4撃。


 膂力だけでSランク魔物と評される鬼神のような巨兵と、互角以上の力を得たホタル。そのまま倒れたタイタンの体を、側面から殴打する。


『グゥ!?』 


 凄まじいパワーがタイタンの体を折り曲げる。

 ラスト3撃。


「はあああああ!」


 ホタルは吠えながら、タイタンの体を掴んで上空にぶん投げた。

 ラスト2撃。


 落下してくる巨体を見上げ、ホタルを腰を沈めて力を溜める。

 あと2回で仕留めきれなければ、ケムナたちに未来はなかった。


「……頼んだ、ぜ……」


 決着を待つこともできず、視界が暗くなっていく。

 だがその表情には、従魔への信頼を示すように安らかな笑みが浮かんでいたのだった。



■ ■ ■ ■ ■



「ルルクといいエルニネールといい、うちの先輩たちはなんでこう後先考えないのよ!」


 サーヤは悪態をつきながら、舞い落ちてくる火の粉を振り払った。

 

 エルニネールの極級魔術『爆裂(エクスプロージョン)』の爆風に煽られたせいで、噴水広場の外まで飛ばされていたサーヤ。

 難なく着地して体勢を整えたら、空から火の粉が降り注いできたのだ。これがフェニックスの体なのか、エルニネールの魔術の残骸かは知らないけど、念のため浴びないように気を付けておく。


「うう、なんだ一体……」


 広場に戻ろうとした時、後ろからうめき声が聞こえて振り返った。

 馬車が倒れていた。


 御者らしき男が道端で頭を押さえてうずくまっており、彼が漏らした声だったようだ。かなり絢爛な馬車だしここは貴族街。倒れた馬車にも高位の貴族が乗ってるんだろう。

 いまは貴族に構ってる暇はない――そう思ったとき、馬車の上側になった扉が蹴破られるように外れて開いた。


 御者はその音で慌てて振り返った。


「だ、旦那様! ご無事ですか!」

「凄まじい衝撃だったな。何が起こった」


 馬車の上に登って、爆発した空を眺めたのは厳格そうな貴族――たしか3大公爵のひとり、エマ=スマスリク。会議で司会をしていたこの国一番の貴族様だった。


「わ、わかりません。上空の魔物が突然爆発しまして」

「Sランクの魔物だったか。兵たちは何をしている」


 しかめっ面で上空を睨みつけるスマスリク公爵。そこには赤い体に戻っているフェニックスが滞空してこちらを見下ろしていた。

 エルニネールの必殺技でも死なないのか。伊達に不死鳥と呼ばれてるわけじゃなさそうだ。

 やはり弱点を探さないと――とサーヤが考えていたら、スマスリク公爵がサーヤに気づいた。


「うん? 貴公は竜姫様の冒険者仲間だったな。たしかサーヤと言ったか……なぜここにいる?」

「どうも公爵様。もちろん、あの魔物を倒すためです」


 フェニックスはこちらの様子をうかがって動く気配がないので、サーヤはスカートをつまんで丁寧にあいさつを返しておく。貴族のたしなみ大事だし。

 スマスリク公爵は周囲を見渡して、


「竜姫様はいらっしゃらぬのか。それとあのルルクという者も」

「ええ。私とエルニネールのふたりだけで参りました」

「……貴公らだけで? 正気か」


 まあ、見た目が見た目だから疑われるのはしょうがない。

 サーヤはそこを問答する気はなかった。倒せるか倒せないかはエルニネール次第ではあるけど、どちらにせよやってみるしかない。

 返事の代わりに質問する。


「公爵様はなぜご移動を?」

「無論、兵団の指揮を執るためだ。兵舎が無事であれば、だが」

「兵舎はどちらに?」

「第2中央区だが……あまり期待はしないほうがよいな」


 それもその通り、その方角にはここからでも大ムカデの尻尾が見えている。

 いくら公爵自身も鍛えているとはいえ、近づいたら間違いなく死ぬだろう。

 サーヤは念のため忠告しておく。


「公爵様、差し出がましいかもしれませんけど、いま動くのは危険かと思います。空にはフェニックスもいますし」

「だが私はこの国を担う公爵家当主だ。いま動かずにいつ動く。せめて竜王様が駆けつけてくださるまで、この身を粉にして働くべきではないか」

「……ご立派です。余計な口を挟んで申し訳――」


 そう言いかけた時、空から魔力の反応を感じ取った。

 またもや炎の雨が降り注いでくる。

 石をも溶かす、超高温の青い炎だ。


「『確率操作(フォーチュネス)』!」


 すぐさまスキルを発動。

 この地域一帯に降り注いだ炎は、広場だけを避けて周囲を焼き尽くしていく。火山地帯にいるような暑さと、噎せかえるような焦げた匂いは充満していく。


「なんという威力。だが、なぜここだけ炎が避けている?」

「動かないでください。守れなくなりますから」


 サーヤは周囲を訝し気に見回す公爵と、腰を抜かしている御者に言った。


「魔術には視えぬが……この防御は貴公が?」

「はい。私の神秘術です」


 いちいち説明するのも面倒だけど、無視するわけにもいかない。


「助けられたようだな。確かに出歩くのは無謀か……だが周囲の屋敷も被害が甚大だな。なんとかならんか?」

「言っておきますけど、街ごと守れるほどのものじゃないですからね」

「そうか」


 落胆する公爵。他力本願って知ってる?

 本当になんで居合わせてしまったんだろう。


 しばらくすると炎の雨は止み、フェニックスはまた沈黙し始めた。この感じだと、定期的に魔力をチャージして放つスキルだろう。2度の雨で周囲の屋敷の上半分が溶けている。あと数回でこの第1中央区は更地になりそうだ。

 ほんと災害みたいな魔物だな。


 公爵も唸っている。


「危険極まりない相手だが……貴公らは本当に倒すつもりか?」

「そのつもりですけど」

「それは、Sランク魔物だと知ってか? 無謀ではないか?」


 ああもう、会話するのも面倒だな。

 サーヤたちが見た目子どもだから心配してるのかもしれないけど、こう何度も話しかけられたら気が散る。ちょっと黙らせておこう。


「公爵様、私たちもSランクになったので別に無謀じゃないですから」

「なっ、誠か?」


 目を見開いた公爵に、サーヤは素早く冒険者カードを掲げて証拠を見せる。


「そうであったか……外見で判断した。すまない」

「いえ。では少し静観していて――」


 と言いかけて、閃いた。

 正直、エルニネールが負けるのは想像できない。こうしてサーヤが公爵と話しているいまも、噴水のそばで色々な魔術を撃って試している。そのうち有効打を見つけて倒すだろう。

 街そのものを守ることは難しいけど、このまま公爵を守りながらエルニネールの勝利を待つ流れになりそうだった。

 なら、この状況は最大限活かすべきだ。


 サーヤは公爵に振り返る。


「そういえば竜王様がうちのリーダーを呼んでいるみたいですね」

「左様。クエストで国外へ出掛けていると聞いたが、貴公らがここにいるということは竜都内で隠れているのか? そうであれば即刻、探し出すところだが」

「出かけてますよ。詳しくはギルドマスターに聞いてください」

「……そうか。一応、信じておこう」

「ルルクが邪魔ですか?」


 サーヤはストレートに聞いた。

 言わんとしていることは、公爵も理解しているだろう。個人的な意見はどうあれ彼は3大公爵家の当主。政治的な思惑はある程度コントロールできる立場だ。

 公爵は低く唸った。


「それは竜王様次第だ。竜王様が殺せと言えば、私たちに拒否権はない」

「セオリーが止めても?」

「無論、最優先は竜王様の意向だ。機嫌を損ねて竜都ごと滅ぼされてはかなわんからな」


 渋々といった様子だったが、予想していた答えだった。


「じゃあ、私たちが竜王を説得できればどうですか?」

「私としては問題ない。姫様を守ってくれると誓えるなら、信じるしかあるまい」

「他の貴族たちは?」

「……貴公らの安全の保証はでき兼ねる」


 それはつまりルルクを排除しようとする動きがあっても止めない、ってことだろう。

 サーヤは小さく息をついた。


「では、公爵様は私たちを守ってくれないんですね?」

「……保証はでき兼ねる」

「わかりました」


 サーヤは軽く頷いて、噴水付近にいるエルニネールに向かって叫んだ。


「エルニネール、帰るわよ! フェニックス、倒さなくていいから」

「なっ」


 息を呑んだ公爵。


「き、貴公何を――」

「何かおかしなこと言いました? 公爵はこの国の人間代表なんですよね? その公爵が私たちを守ろうとしないなら、バルギア竜公国そのものが私たちを見捨てたってことになりますよね? だったら私たちがバルギアを見捨てても、誰も文句は言えませんよね?」


 サーヤは冷静だった。

 冷静に、ふつふつと怒っていた。


「ならバルギア国民でもないのに、この国に義理立てして守る必要はありません。別にこの竜都が滅んだところで、私たちは別の国で冒険者活動すればいいだけですし。私たちだけならフェニックスから逃げるのなんか簡単ですから。それでは失礼します――『相対転移』」


 サーヤはわざと見せつけるように転移を使って、エルニネールの傍まで移動した。

 公爵は一瞬で移動したサーヤの姿を見て顔を青ざめさせた。

 

 サーヤたちが本気なら、誰に追われようとも国外へ逃げられることを知ったのだ。


「ま、待ちたまえ! 貴公は自分が何を言っているのか理解しているのか! この国を――罪のない民たちを見捨てると言っているのだぞ!」


 公爵が叫んだ。

 ふざけるな、と言い返したかった。罪のないのはルルクも一緒だ。それなのに自分たちの側が見捨てられるとなると、それを相手のせいにするとは。

 サーヤはぐっと堪えて何も言わず、噴水の傍からじっと公爵を見つめる。


 少しずつフェニックスが力を溜めていくのが気配でわかった。

 そろそろ3度目の雨が降る。


 サーヤは冷たい視線で公爵を見据える。

 公爵はつぎの言葉次第で、本当にサーヤたちがこの国から去ることを理解しているだろう。それはすなわち、上空にいる魔物への対抗手段をひとつ失うということだ。防御も攻撃も、普通の兵士や冒険者じゃとてもじゃないけど不可能だった。それくらい公爵にも確信しているはずだ。


「ぐ、ぬ……」


 迷っている公爵。

 サーヤの言葉は卑怯かもしれない。自分たちの安全を約束させるために、バルギア国民を人質にとっているようなものだ。たとえ公爵が約束したとしても、サーヤ個人への評価は地に落ちるだろう。


 でも、それがどうした?


 サーヤはまだ、ルルクやエルニネールみたいに圧倒的な強さがあるわけじゃない。セオリーみたいに崇められるような立場にいるわけでもない。プニスケみたいにルルクに愛されているわけでもない。

 そんな自分にできることがあるのなら、サーヤはたとえ世界中から嫌われたとしてもルルクのための選択をすると決めている。それくらいの覚悟はできていた。

 

 フェニックスの姿が青く輝く。

 炎の雨が生まれた。

 怯えたまま空を見上げていた御者が、頭を抱えて地面にうずくまった。


「ひいいっ!」

「わ、わかった! 貴公らに手出しはさせないと約束する!」

「『確率操作(フォーチュネス)』」


 サーヤはスキルを発動した。

 降り注ぐ炎は、やはり因果を歪めて広場の外へと落ちていく。


 3度目の雨が街を溶かし燃やしていく景色を眺めながら、サーヤはエルニネールを連れて公爵の前まで戻ってくる。

 冷や汗を浮かべた公爵に向かって、ニッコリと笑った。


「約束ですよ、公爵様?」

「……幼いわりに大した魔女だな、貴公は」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

 言質は取った。

 これでひとまず、国家の総意としてルルクを排除しようとするのは防げるだろう。勿論、すべての国民を制御できるとは思ってない。ただそれが国家としての動きじゃなければ、どうとでも対処できるはずだ。


 サーヤは満足げに頷いて、空を見上げた。

 フェニックスはまた炎を溜めている。まさに終わりなき災害を体現している〝不死鳥〟。この区画が完全に燃え尽きたら、また別の場所で暴威を振りまくだろう。


「……勝手に約束したけど、できるよね?」

「ん。とうぜん」


 エルニネールが再び魔力を練る。

 いつもどおりの無表情だけど、その瞳に微かに浮かんでいる感情に気づいた。そろそろエルニネールのことも少しずつわかってきた。

 このチート幼女がすでに戦闘終了を確信していると知り、肩の力を抜く。


「公爵様の選択は間違ってないですよ」

「……何がだ?」

「うちの魔術士は血の気が多いので、やられたらすぐやり返すんです。魔物に対しても、人に対しても」

「だから何の――」


 疑問符を浮かべた公爵は、すぐにその言葉の意味を理解することになった。





「我は命ず、あまねく燈火に終焉を――『絶対零度(アブソリュートゼロ)』」 



 


 それは熱振動すべてを凍結させる、究極の氷属性の一撃。

 言わずもがな、禁術――極級魔術のひとつだ。

 上空に展開されたその術式は不死の炎すら凍らせ、その全ての熱を奪い去った。


 空間そのものに作用するため普段は使いどころが難しい魔術だったけど、上空にいる相手には最適だったようだ。エルニネールが心配していたのは、この距離で届くかどうかだけ。

 あっけなく命を絶たれ、跡形もなく消失したSランク魔物。


「は、はは……」


 公爵は納得していた。

 たしかにこの魔術士を怒らせてはならないようだ、と。


あとがきTips~禁術目録~


 そういえば記載してなかったと思うので、いまさらだけど公開。


 そもそも禁術とは、『中央魔術学会(セントラル)』が禁術目録に掲載している11種の極級魔術。個人での研究・習得は禁じてないものの、強すぎる影響力から術式理論の共有・継承を禁止している。また戦争や紛争、犯罪目的での使用も禁止。違反すると国際条約に抵触し、軽微な違反でもかなり重い刑罰を受ける。


 ちなみに禁術目録は各ギルドの掲示板で誰でも閲覧可能。こういう効果があるのは禁術だぞ、という認知を目的として公開している。核兵器は抑止力以外じゃ使用禁止だぞ、みたいなニュアンス。



〇禁術目録(11種)と属性


1.『全探査(フルサーチ)』(無・雷)

2.『極炎(プロミネンス)』(火)

3.『胎海(アクエリアス)』(水)

4.『陸殿(メガラニカ)』(土)

5.『絶対零度(アブソリュートゼロ)』(氷)

6.『虹光砲(アマテラス)』(光)

7.『重力支配(ザ・グラビディ)』(闇)

8.『爆裂(エクスプロージョン)』(火・水・風・雷)

9.『蘇生(リザレクション)』(聖)

10.『収納(ストレージ)』(聖)

11.『転移(テレポート)』(聖)


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― 新着の感想 ―
[良い点] アクエリアス…だと…!? 我々が飲んでいるジュースは禁術だった…!?(錯乱)
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