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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・24『不死鳥と戦巨兵』

■ ■ ■ ■ ■



 それは、数分前に遡る。


 ベズモンドが大急ぎで治療室へフラッツを運んでくると、待っていた聖魔術士たちはすぐに治療を開始した。


 バルギア竜都のキアヌス教会には常に聖魔術士が駐在している。

 ここでは一定額のお布施を納めることによって高度な治療をいつでも受けられるので、民間人はもちろん衛兵たちにまで幅広く利用されていた。もちろん、ベズモンドも何度も利用したことがあった。


 教会の聖魔術士は治療に特化している。欠損や欠落にさえなっていなければ、たいていの怪我は治してしまう。何人かは鑑定魔術も使えるので、ここでならフラッツも意識を取り戻すと信じていた。


 様子が変わったのは、治療を始めてわずか数分。

 とつぜん聖魔術士のひとりが悲鳴を上げた。


 近くに座って待っていたベズモンドも、目にした光景に混乱していた。


「なんだ、これは……」


 フラッツの体が黒く変色し、まるで石のように硬化していくではないか。


 いままでは意識が戻らないくらいで他に大した影響はなさそうだった。キュアポーションを飲ませても目は覚めなかったので状態異常ではなかったはずなのに……一体何が起こっているというのだ。


 慌てた聖魔術士たちが硬化を止めようと手を尽くすが、フラッツの体は足先から頭へ向かって、みるみる変色していく。それはまるで、人間が鉱石へと変貌していくようだった。


「嘘、だろ……」


 ベズモンドが呆然と膝をついた時には、フラッツの全身は黒い石のような姿に変わってしまっていた。

 どうみても生きてるとは思えなかった。


 しかし驚きはそれだけじゃなかった。

 聖魔術士のひとりが悲鳴をあげた。


「ひえっ」


 石になったフラッツの全身の穴から、黒い液体のようなものがドロリと漏れ出したのだ。

 まるで瘴気を液化させたような禍々しいその物質に、慌てて飛びのく聖魔術士たち。

 フラッツの全身の血液と考えてもあまりに膨大な量のその黒い液は、まるで意志を持っているかのよう床の一部へと流れていき、溶けるように地面に吸い込まれていく。

 聖魔術士のひとりが顔をこわばらせ、入り口に待機している兵士にすぐに指示を出した。


「これまさか……ただちに枢機卿へ連絡を! 〝魔神の血〟が現れた!」

「は、はい!」

「よいか、皆、この黒い液体には触れるなよ! 呪いに取り込まれるぞ!」

 

 ベズモンドには微塵も理解できなかったが、その黒い液体が教会の人間にとって共通認識の危険物だということはわかった。

 魔神の血というのは比喩だろうけど、どう考えても不吉な響きだ。


 誰も黒い液体に触れることはできず、床へ消えていくのを眺めている時、さらなる変化が起こった。

 地面が輝き出したのだ。


 その光は、あまりに広大な範囲を駆け巡っていた。

 教会のみならず、第1中央区、商人ギルドなど複数の場所から煌々と光が漏れ出していた。そしてその場所それぞれを繋ぐように、地面が輝き始める。


 もし知識ある者が上空から確認していれば、五芒星の召喚陣だと理解できただろう。


 ――じつはずっと前から、教会以外の五芒星の頂点すべての地下に黒い石になった人間が埋め込まれており、下水道を通して黒い液体が街中を流れていたのだ。

 それは紛れもなく、長い間この街に潜んでいた魔族――ゼンドゥの策略のひとつだった。


 ゼンドゥは死ぬ間際、フラッツに『黒死の呪い』をかけていたのだ。呪いは状態異常ではないため、治すには『解呪』や『治魂』、『改変』などの対処が必要だったのだが、聖魔術士たちがいち魔族のスキルを知るハズもなかった。


 呪いは強力だが特定の条件を満たすまで発動しないため、ゼンドゥも最後の最後に無意識でおこなった賭けでしかなかったのだが……偶然にもその条件が教会という場所に踏み入ることだったため、彼の置き土産は発動してしまった。


 五芒星の陣は、召喚術のひとつだ。


 エルフの里を襲うために使われた【魔鏡の柱】と同じく、五芒星に配置した黒石を媒介に魔神の血を呼び出し、召喚陣として利用する。


 召喚陣は大きさと籠められた魔力で効果は変わるが――ゼンドゥが長い期間をかけて準備してきたこの召喚陣は、成功すれば運がいい程度に考えていたくらいの不安定なものだった。

 だがその賭けは成功してしまった。


 術式の起点となった教会で、主なき召喚獣として召喚されたのは3体の魔物。


 〝不死鳥〟フェニックス。

 〝鋼百足〟ギュゲス。

 〝戦巨兵〟タイタン。


 彼らは竜都フォースに出現し、破壊活動を開始したのだった。



■ ■ ■ ■ ■



 阿鼻叫喚だった。


 月のない暗い夜。

 街路灯がなければ歩くことすら慎重にならなければならないような夜空の下、大型の魔物たちが暴れていた。


 家から飛び出した人々は無秩序に逃げまどっていた。

 魔物たちの足元では家が潰され、魔術を放って応戦しようとする者の姿もあった。混沌とした状況のなか、そこら中から悲鳴が聞こえてくる。


 ギルドから一番近い位置にいたのは、武装した大巨人・タイタンだった。

 ヨトゥンのように冷気を出すわけでもスルトのように燃え盛っているわけでもないが、サイズが一回り大きいうえに剣を持っていた。その巨体が振るう剣は、一振りで家を十数軒も吹き飛ばしていた。当然、誰かが中に残っていたら即死だろう。


「ケムナ、タイタンは任せるぞ! 俺はギュゲスに行く!」

「おう!」


 カムロックはそう言って南に逸れて行った。屋根伝いに飛ぶように走っていく。


 タイタンは唯一武器を持っているが、脅威度でいえばムカデの魔物――ギュゲスのほうが高かった。

 なんせギュゲスが鋼の体をうねらせるだけで、家が百軒近く崩壊してしまう。しかもギュゲスは何かを目指しているのか、すでに進行を始めていた。


 カムロックが即座に判断してこの場を任せたのは、そのギュゲスを止めるためだ。

 しかし元SSランクとはいえ拳士(ファイター)型の剣士だ、正直ひとりでどうにかできるとは思えなかった。

 ただ、サーヤたちも援護に向かう余裕はなさそうだ。


 タイタンは教会付近で暴れ、ギュゲスはどこかへ向かって動き始めていた。

 2体の脅威は間違いない。しかし一番不気味なのは、貴族街に向かってゆっくりと移動しているフェニックスだった。


 フェニックスだけはまだ力を振るってはいない。だがその燃える体は温度を増しているのか、少しずつ赤から青へと変色していく。

 まるで力を溜めているように。


 そして何より厄介なのが、上空にいるということだった。

 あの高さじゃ普通の魔術じゃ攻撃できない。魔術士の魔力では決して届かない距離だった。


 それが常識的な魔術士なら。


「てめぇら、ヤキトリ野郎は任せるぞ!」


 ケムナはサーヤとエルニネールへ叫ぶ。

 たしかにエルニネールなら対抗できるかもしれない。むしろエルニネールが無理なら、もはや誰も手出しはできないだろう。


 ケムナの判断に頷いたサーヤたちは、暴れるタイタンを無視してフェニックスを追うことにした。第1中央区へ向かって飛んでいくフェニックスの背中を見つめる。


 サーヤたちの少し後ろには、顔を青くしたリーリンとラキララがいる。

 フラッツとベズモンドがまだ教会にいたはずだし、まさにその教会がタイタンの足元で跡形もなく崩れているのだ。心配しているのは勿論、Sランク魔物相手にリーダーと盾職(タンク)抜きで戦わなければならない状況に、動揺しているのが見てわかる。


「ラキララさん、これを!」


 サーヤはアイテムボックスから魔力ポーションを取り出して投げた。

 きっとラキララの魔術が戦況を左右するだろう。最初は気に食わない相手だったけど、一緒に旅をしているうちに少し仲も深まった。こんなところで死んでほしくない。


「……助かるわ。貴女たちも気を付けて」


 ラキララはポーションを受け取って礼を言う。

 サーヤは頷いて、隣を走るエルニネールの手をとった。


「私たちだけでやるのよ。覚悟はいい?」

「ん、よゆう」


 Sランク魔物を見上げても、いつもと変わらない羊幼女。

 その呆れるほどの肝っ玉には、ルルクに似た安心感を憶えてしまう。むしろサーヤの手が震えていることに気づかされた。

 エルニネールはぼそりと言う。


「ん、だいじょうぶ。わたしがたおす」

「頼りにしてるわよ――『相対転移』!」


 サーヤは一足飛びに貴族街の空に移動した。

 フェニックスに近づくと、周囲の気温が明らかに上昇していた。


 もう一度転移で大幅にショートカットして、貴族街の中央広場――竜王の像がある噴水前へと出現する。さすがに貴族たちも異変に気付いているようで、慌てて馬車が走っていく姿がいくつか見える。

 いきなり現れたサーヤたちを気にする余裕がある者はいなかった。


 フェニックスより先回りしたので、正面から巨大な燃える鳥を見上げる。全身が火でできているからか、輪郭がおぼつかない。そしてすでに真夏みたいに暑い。


「明らか火属性よね……水が弱点だと思いたいけど」

「『ウォータースナイプ』」


 まだまだ距離はあるのに、エルニネールは迷わず魔術を放った。


 風呂釜くらいの水をほんの小さな水の弾まで圧縮し、音速で放つ長距離用魔術だ。

 鉄門くらいなら余裕で貫通するほどの威力を持った魔術は上空まで飛んでいき――フェニックスの前であっさりと蒸発した。


「だよね~。高温すぎて水じゃ対抗できないわね」

「ん。『ライトニング』」


 エルニネールが迷わず発動したのは、なんと初級魔術。威力も低いただの電撃だ。

 なんでそんな術式を――と思ったサーヤだったが、電撃はなぜか空中で拡散することなくまっすぐフェニックスまで飛んでいき、翼にぶつかった。

 パチン、と弾けるように消されたけど、フェニックスの翼もゆらりと揺らいだ。

 ただの初級魔術なのに?


「なんで? 電気って熱で減衰するんじゃないの?」


 キョトンとするサーヤ。

 サーヤはまだ教えられてなかったが、純粋な科学と違って魔術は属性によって反応が変わる。水と火は相互干渉してしまうが、火と雷は相互補完の性質をもっている。それゆえ火と雷の複合魔術があるのに対し、火と水の複合魔術は作れない。つまり魔術において、電気は熱で減衰しないのだ。


 兎に角、雷属性であれば攻撃が届く。

 雷はもともと長距離攻撃にも向いている属性なので、エルニネールにはうってつけだった。


「『ライトニングランス』『ライトニングストーム』『バスタースナイプ』」


 立て続けに初級、中級、上級と魔術を繰り出すエルニネール。

 一般的な魔術士からすると、詠唱速度も魔術範囲も想像を絶するものだったが、サーヤにとっては慣れたものだった。


「じゃあ私も――『ライトニングランス』!」


 とりあえず撃ってみる。サーヤの魔術練度じゃさすがにフェニックスまで届かなかった。


「ちぇっ、レベルも3上がったのに……まだまだね」


『万能成長』のおかげですでに全ステータス3500を超えていた。そこには練度も含まれるからすでに熟練の魔術士並みに練度も高いはずだったけど、やはりエルニネールには遠く及ばない。


 サーヤの攻撃は途中で消えるが、エルニネールの魔術はすべてフェニックスに届いていた。

 ただしすべて炎を揺るがすことはできるけど、ダメージを与えているような印象はない。ただ攻撃が当たる、それだけの意味しかなさそうだった。エルニネールも色んな魔術を放って実験しているだけだ。


「やっぱ名前の通り不死身なのかな?」

「ん……ころせばしぬ」

「そりゃそうなんだけど」


 とはいえフェニックスもさすがに無反応ではなかった。

 いくら効いていないとはいえ、下からチクチク攻撃されているのだ。さらに上空へ舞い上がって距離を取った。空を飛べない種族との戦いは、フェニックスにとって相性が良いんだろう。

 そのまま進むのをやめて滞空し、こっちを見下ろしている。


「あ~……攻撃来るわね」

「ん。まかせた」

「えっ」


 エルニネールは防御するつもりがないのか、ただ上を見ているだけ。

 その瞬間、フェニックスから青い炎の雨が降り注いだ。この周囲すべての屋敷に、隔てなく注ぎ始める炎の災害。


「なんでよ! 『確率操作(フォーチュネス)』!」


 無論、相性がいいのはこちらも同じ。

 サーヤのスキルが空間に展開され、すべての遠距離攻撃を影響範囲外へと弾き出す。周囲に被害はいくけど、正直知ったこっちゃない。

 エルニネールが満足そうにうなずいていた。


「ん、やればできる」

「まったくもう! ちょっとは感謝してよね!」


 サーヤの苦言もとりあわず、エルニネールがすぐに杖を掲げた。

 さっきとは比べ物にならないくらいの膨大な魔力をエルニの体から感じる。

 これはヤバい。


「エルニネール、街に影響でないようにしてよ? ねえ聞いてる!?」

「我は命ず、天を堕とす純白よ――『爆裂(エクスプロージョン)』」

「ちょまっ――」


 次の瞬間、フェニックスがいた上空に大爆発が巻き起こった。

 空気が鳴動し第1中央区すべての窓が割れるほどの衝撃が吹き荒れる。いくら上空とはいえ、街ひとつ消し飛ばすレベルの魔術を使うなんて予想外すぎた。


 なんの準備もしてなかったサーヤは、爆風に軽々と吹き飛ばされた。



■ ■ ■ ■ ■



 ケムナは、自分が強いと思ったことはなかった。


 従魔士として生まれ育ち、幼い頃に運よくホタルと契約できた。ホタルは強く、賢く、そして従順だった。強い従魔を従えるほど優れていると見做されるケモノスキ家では、次男のケムナは次期当主として期待されていた。

 そんなケムナの人生を変えたのはそのホタルと、ラキララだった。


 ラキララは父と妾にできた子だった。

 妾の子ゆえに正式な貴族としては扱えず、しかし魔術の才能に秀でていたラキララはケムナと共に育てられた。

 2歳違いの義兄妹は、最初は仲が悪かった。ケムナは従魔士として、ラキララは魔術士として優れていたせいで相手を見下していたのだ。


 ケムナは昔から真面目だった。

 ホタルを使役し、自らも戦えるように鍛えていて決して弱くはない。貴族としての教養も身につけて立派な当主になる――そう思い描いていた未来を変えたのは、ラキララが誘拐された事件が原因だった。


 仲が悪かったとはいえ同じ父を持つ妹だ。

 当時12歳だったケムナは、ホタルを連れて誘拐されたラキララを探しに行こうとした。ホタルは家の誰よりも索敵や捜索が得意だったから、それが当然だと考えていた。

 それを止めたのは当主でもある父だった。


「ならん。お前は大事な跡取りだ、お前が危険を冒すことはない。ラキララのことは諦めろ」

「ふざけんな!」


 品行方正、真面目で実直だったケムナは初めて当主の言いつけを破り、ホタルと共にラキララを見つけて助け出した。


 そしてその日を境に、わざと不良のような言動を取り始めた。

 娘を見捨てた親への反抗心もあったけど、何よりラキララを守るためでもあった。街へ繰り出し不良グループを締め上げ、矯正し、ラキララ親衛隊の原型を作りあげた。もしケムナがいなくてもラキララを守ってくれるよう、そう願って。


 そうして街の不良グループのリーダーになったケムナは、次期当主から外されてしまった。


 その頃にはケムナも家の跡取りになる気は失せており、仲の良かったフラッツと冒険者になろうと約束していた。ラキララも参加し、3人で冒険者活動を開始したのである。


 とはいえ貴族の次男として、家は放っておかなかった。

 ケムナの意志を無視して、家柄の良い娘と無理やり結婚させられたのだ。ケムナは強く反対したものの、父は「責任を果たせばこれ以上は何も言わん」と言うだけだった。しかたなく責任――子を成すことだけは最低限守ったケムナだったが、そこに妻への愛情はなかった。

 子どもは産まれると同時にとりあげられ、兄の養子となった。


 妻もまた、ケムナを愛してなどいなかった。もともと愛し合っていた相手がいたようで、子どもが産まれたらすぐにその男と駆け落ちして姿をくらませた。貧困にあえぎ盗賊にまで落ちて、どこかの国で冒険者に討伐されたと聞いたのはその3年後のことだった。

 それを聞いた時、妻への同情だけが胸を燻った。


 それから冒険者として活動して十数年。

 まだギルドマスターには遠く及ばない実力だが、確実に力は付いてきた。もちろん従魔士なので自らが矢面に立って戦うことは少ない。フラッツの方が強いし、ラキララの方がサポートが上手いし、ベズモンドの方がみんなを守るし、リーリンの方がダンジョンで役に立つ。

 自分が強いなどと驕ったことはなかった。それでも少しずつ強くなっていくのは、楽しかった。


 正直、家名を捨ててただの冒険者として生きてもいいと思っていた。そうすれば、煩わしいものからすべて解放される気もする。

 でも、それはできない。


 それはホタルと出会わせてくれた家への感謝があったからだし、ラキララを生んでくれた義母への感謝もあったからだ。バルギアを離れたり、バルギアを捨てようとも思わなかった。

 ここはケムナにとって大事な場所だったから。ラキララにとっても大事な場所だったから。


 そのバルギアが、バルギアの人々が魔物に蹂躙されていた。


「るああああっ!」


 ケムナは吠えた。

 巨人の倍はある圧倒的な巨体――〝戦巨兵〟タイタン。それから繰り出される剣撃は、まるで災害のような威力を誇る。

 風魔術を駆使してギリギリかわしながら、カウンターに魔術を叩き込む。微々たるダメージしか与えられていないが、それでもタイタンの隙にはなる。ホタルが、ラキララが、リーリンがその隙をついて攻撃をしかけていく。


『オオオオォォォ!』


 タイタンが叫ぶ。あまりの声量に耳がおかしくなりそうだった。

 大きさも、力も、まったく桁が違う相手だ。ラキララの最大魔術でもかすり傷程度しかつけられない。それでもいま戦えるのはケムナたちだけだ。少しでも多くの市民を逃がすためにも、ここで足止めをし続けなければならない。

 たった3人と1匹で勝てるような相手だとは思えなかった。


「でも、やるしかねぇだろォが!」


 フラッツとベズモンドは、未だ姿は見えない。

 崩れた教会。誰のものかもわからない血が、瓦礫の隙間から流れていた。暴れるタイタンの足元にはまだ生きている者がいるかもしれない。それが俺たちの仲間かもしれない――そんな状況の中、必死に心を押し殺して戦うしかなかった。気を逸らせば一瞬で殺されてしまう。


「なんでアタシたちばっかりこんな苦労するワケ!?」


 リーリンが悪態をつきながら短剣を投擲する。


 彼女と初めて会ったのは10年前。まだリーリンが9歳だった頃だ。

 クエストで出かけた先の村で、彼女は魔物に殺されかけていた。その時助けてから懐いてきていたけど、まさかその5年後に同じパーティの仲間になるなんて、その時は思ってなかった。 

 そして運悪く、リーリンが仲間になった直後にスタンピードが発生したのだ。


 あのとき他の冒険者たちが逃げ出す中、ケムナたちはずっとダンジョン前の広場で戦い続けた。まだ経験の浅かったリーリンも、斥候なのに逃げ出すことなくサポートに徹していた。いつも明るくて気さくで、本当に優秀な子だった。


「……もっと、強い魔術が使えたら!」


 ラキララが悔しそうに言う。


 ケムナとホタルが接近して囮になっているので、後衛で魔術を使い続けているラキララ。魔術士としては優秀はなずなのに、タイタンに有効的な攻撃を与えられないのが悔しそうだった。

 エルニネールという化け物みたいな魔術士を知って以来、力不足を実感しているのは明らかだった。


 それでもケムナは知っている。ラキララは周囲の誰より魔術の才能がありながら、努力を怠ることはなかった。それが自分の隣に立って戦うためだということも知っている。自分には勿体ないくらいの素晴らしい妹だと、ずっと思っていた。


「主様! こやつ、右脇腹付近に古傷がありんす!」


 ホタルがようやく弱点を看破した。


 ケモノスキ家でも歴代最強と目された霊狐のホタル。多彩な魔術に、飄々とした底を見せない戦い方。Aランクでも上位に位置する実力の彼女は、ケムナと合わせたらSランクにも届くと言われていた。幼い頃からずっと支え合ってきた大事なパートナーだ。失うことなんて想像もできない。


「凍てつく翼よ――『アイスストーム』! いまよ!」

「光よ」


 ラキララが氷の風でタイタンの視界を塞ぎ、足元に潜り込んだホタルが光線でタイタンの脇腹を撃つ。

 いままで身じろぎ程度しかしなかったタイタンも、古傷に的確に魔術を受けて大きくのけ反った。


「やった! このままイケる――」


 リーリンがようやく見えた希望に目を輝かせたと同時だった。

 タイタンが大きく上がった足を、勢いよく踏み込んだ。


 それは最初、ギルドで感じた地震と同じだった。

 踏み込んだ地面が隆起して、まるで津波のように周囲一帯を衝撃が襲う。


「ラキララ! リーリンを守れ!」

「『ウィンドアッパー』!」


 詠唱をほとんど短縮したことで弱々しい風になったものの、地割れに飲まれそうになったリーリンが慌てて安全圏まで退避する。

 ケムナはホタルのサポートで素早く動き、特に影響はなかったが――


 タイタンの足踏みが、ただの予備動作だと気づいたのはその直後。

 本領は強い踏み込みからの、恐ろしいまでの一撃だった。


 剣が降ってくる。


「主様!」

 

 そもそも直撃はしなかった。間合いはきちんと管理していたから、剣が触れるような距離にはいない。

 だがそれは、普通の攻撃だったなら。


 タイタンの剣は地面をえぐる。天から槍が降ってくるような、そんな天変地異の一撃だった。

 隆起して不安定になっていた地面が爆発した。


 ケムナはとっさにホタルを後ろに投げ飛ばしていた。

 自分の回避や防御は――間に合わなかった。


「――っ!」


 弾け飛んだ土と衝撃が全身を襲う。

 数十メートルも後方に飛ばされて、体を強く打ち付けながら地面を転がった。意識が飛びそうになる。


「お兄ちゃん!」


 ラキララが慌てて駆け寄ってくる。

 その隙を、タイタンが見逃すわけがなかった。


「ララっち後ろ!」


 リーリンが叫ぶ。

 タイタンは足元にあった土の塊を掴んで投げただけだった。だが、あまりに原始的な攻撃に一瞬理解ができなかったラキララは、まるで土砂崩れのようなその攻撃を避けることができず――あっというまに飲み込まれてしまう。


 土魔術が使えればすぐに救助できるだろうが、パーティで唯一使えたベズモンドもここにはいない。早く助けなければ数分で窒息死してしまうだろう。


 だが、そんな時間はなかった。

 タイタンはこちらへ駆け寄ってくる。巨人ゆえ動きは遅いが、たったの数歩で間合いに入る。迷っているヒマはなかった。


「リーリン、すぐにラキララを掘り起こせ! 俺が時間を稼ぐ!」


 血を吐きながら立ち上がるケムナ。

 さっきの一撃で全身がボロボロだった。痛みで目がくらむし、まともに動く場所の方が少ない。

 だが、それでもやるしかなかった。


 ラキララをこのまま死なせるわけにはいかない。


「ぐっ、『ウィンドブースト』!」


 喋るだけで骨が悲鳴を上げる。

 だが、ケムナは地を蹴った。正面からタイタンへ突撃する。


 タイタンもまさか真っすぐぶつかってくるとは思わなかったのだろう。わずかに迷いが生まれた。その隙に、ホタルがタイタンの古傷に向けて的確に魔術を撃ちこんだ。


『オオオォォォオ!』


 だが、今度は怯まなかった。

 タイタンはその腕を薙ぎ払うようにして剣を振る。いままでのケムナなら難なく避けれていた攻撃だったが、負傷のせいで動きが重く、回避が間に合わない。


「させぬ! 障壁よ!」


 ホタルの魔術で、ケムナと剣の間に粘度の高い液体が生まれた。それによりわずかに勢いを殺された剣は、間一髪躱したケムナの髪先をかすめて通り過ぎる。


「うらあああ!」


 剣をくぐったケムナは、雄たけびを上げながらタイタンの足元へと跳ぶ。

 ほぼ真下の位置から、風の弾丸を撃ちあげた。

 古傷を深くえぐる。


『オオオッ!』


 今度こそ確実なダメージを与えられた。

 だが、そこはもうタイタンの支配領域。痛みに呻きながらタイタンが振るった足に直撃し、ケムナは空中へ弾き飛んだ。


「主様!」


 ホタルが飛びつき、なんとか抱きとめる。

 いまので内臓をやられたのか、口と鼻からとめどない流血をしながらケムナは気絶していた。放っておいても数分で死にそうな重傷だった。

 普段から動じないもの静かなホタルは、すぐに離れると顔を青くして振りかえる。


「ら、ラキララ殿!」

「わか、ってる――『ハイヒール』!」


 土から這い出てきたラキララは全身土まみれで額から血を流しながらも、聖魔術を発動した。

 ケムナの傷がみるみる治っていく。

 血も止まり、出血死は避けられただろうけど顔色は悪いままだ。


 目の前で、まだ健在のタイタンがこっちを睨む。


「こんなの、どうしたらいいワケ……?」


 リーリンが弱音を吐く。

 もはや、まともに戦えるとは思えなかった。油断するだけで即死の相手だ。ケムナがリタイアした以上、どうやっても風前の灯火だった。


「……主様を、頼みもうす」


 ホタルがケムナの体をラキララに預けた。

 その意味が――主を誰かに預けると言う行動が読めなかったラキララの胸に、イヤな予感が広がっていく。


「……アンタ、何を――」

「『モード:ビースト』」


 ホタルは小さく唱えた。


 それは従魔として制限していた殻を破る呪文。


 ホタルの全身が膨れ、毛が逆立ち、尻尾が七本まで増えていく。

 魔力が増大し、牙や爪が生え、目が赤く輝く。


 その姿は醜い魔獣そのものだった。

 ケムナには絶対に見せたくなかった、霊狐本来の彼女の姿だった。

 あとがきTips~属性相性のおはなし~



 今回初めて言及した魔術の属性相性の補足説明。

 まずは基本説明。


〇魔力は属性を帯びることができ、それぞれ属性位置がある。


・基本属性4(火・水・土・風)

・強属性2(雷・氷)

・対属性2(光・闇)

・特殊属性1(聖)



〇相互干渉性


 相互干渉性とは、魔術同士が環境的影響を及ぼし合う性質をしている相性ふたつを指す。

 例えば今回、フェニックスの周囲の温度で水魔術が蒸発したように、魔力がぶつかる前に相互干渉を起こしてしまう関係性。

 それゆえ相互干渉性を持っている属性同士では術式が揺らぎ、複合魔術をつくることができない。(『爆裂』など4属性複合による一部例外はある)


 各属性の相互干渉一覧は下記。


・火 → 水・氷・闇

・水 → 火・雷・光

・土 → 風・光

・風 → 土・闇

・雷 → 水・氷・聖

・氷 → 火・雷・光

・光 → 水・土・氷・闇

・闇 → 火・風・光・聖

・聖 → 雷・闇



〇補完性(複合可能・非干渉)


 干渉性を持たない属性同士を補完性と呼び、それらは魔力そのものがぶつかる前には干渉し合わない。(雷魔術が炎魔術の熱で減衰しない、土魔術で魔術用避雷針(誘導針)を作れない、など)

 そのため、これらは術式を組み合わせることが可能。

 また補完性のなかでも特別に魔力相性のいい(効果が増強される)ものがあり、多くの魔術士たちはその組み合わせを好んで使っている。

 一例は下記。


・火・雷の『バスター』系

・風・氷の『ブリザード』系

・水・闇の『アシッド』系


 などなど。


 補完性については『中央魔術学会(セントラル)』に専門の研究者が多数在籍しているほど、とても奥が深いものになっている。特に3属性混合になった場合の反応や、術式や環境の違いよる効果上昇率の数値化などは、とりわけ熱心に取り組まれている。


 ちなみに『中央魔術学会(セントラル)』に関しては、いずれ本編で登場予定なので具体的な言及は避けておく。



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[気になる点] >ラキララは父と妾にできた子だった。 ラキララが義妹じゃなかった?!でも、性欲旺盛な人族だから大丈夫。 異世界仕様は実兄妹でも結婚、子供が出来ると信じてる。
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