激突編・23『襲撃の夜』
■ ■ ■ ■ ■
魔族領からルネーラ大森林まで3日。
エルフの子らを里に送り届け、宴をあげてから竜都フォースまで3日。
クエストを開始して約20日の旅を終えて、サーヤとエルニネールは冒険者ギルドへ戻って来ていた。
いつの間にか消えていたプニスケは、セオリーが召喚板を使ったと通話で聞いたので心配はしていない。最後に通話したのは4日前。ちょうど導話石に貯めた魔力が尽きてしまったので詳しい話は聞けてないけど、ルルクたちなら大丈夫だろう。全部終われば転移で戻ってくるはずだ。
一足先に竜都に戻って来たサーヤたちを迎えたのは、ギルドマスターのカムロックだった。
「よく帰って来た! ルニー商会経由で報告は受けている。まずはお疲れ様、よくぞ全員生きて戻ってくれた」
「ああ。でもフラッツが――」
「それも聞いてる。ラキララでも治せなかったんだろ?」
「……ええ。不甲斐ないわ」
ラキララは苦い顔をして言った。
彼女は転移で先にエルフの里まで戻って来ていた。ルルクがエルフ以外に転移スキルを教えたのは意外だったけど、他のメンバーには内緒にしてくれているみたいだった。
第一印象はあまりよくなかったけど、案外悪いひとじゃなさそうだ。
カムロックは腕を組んで、
「ひとまずフラッツは教会へ連れて行く。先に申請を通しておいたから、すぐ聖魔術士が診てくれるだろう。クエストでの負傷だし、もちろんギルドも全力でサポートする。すぐに快復してくれればいいがな」
「頼む」
「ベズモンドはそのままフラッツを連れてこっちに。他のメンバーは少し待っててくれ」
ベズモンドがフラッツを背負ったまま、ギルドの玄関前に停めていた馬車に乗り込んでいく。
カムロックが書状と金貨袋をベズモンドに渡すと、すぐに馬車は走っていった。仲間たちは心配そうに走り去っていく馬車を見つめていた。
「待たせたな。じゃ、ちょいと込み入った話があるから、おまえさんらは全員俺の部屋に来てくれ」
サーヤたちはカムロックに連れられて、ぞろぞろとギルドマスターの部屋へと入った。
ふたつあるソファにはラキララとリーリン、サーヤとエルニネールが座った。ケムナが扉の前にもたれかかって立ち、ホタルは廊下で待機している。
普段なら茶くらい出ているだろうけど、かなりの急用のようで秘書すらいなかった。
重苦しい空気のまま、カムロックが口を開いた。
「フラッツのことはギルドマスターとしても申し訳なく思う。ダンジョンで急襲されるとはな……」
「マスターのせいじゃないよ。冒険者だし、フラっちも危険は覚悟の上だったワケだし」
リーリンが渋い顔で首を振った。
カムロックはまだ謝罪し足りないようだったが、ぐっと堪えて視線をサーヤへ移した。
「ルルクのこともルニー商会経由で聞いているぞ。上位魔族の城へ向かったんだってな?」
「うん。サトゥルヌって言って、今回バルギアで暗躍してた魔族の元締めみたいよ」
「……ってことは、今回の本当の黒幕を倒しに向かったってことか?」
カムロックが唸るように言った。
本当は今回の件とは無関係な理由だし、ルルクもそんなつもりはなさそうだった。とはいえ偶然にもこんな状況になったんだから、わざわざ真実を言う必要もない。
ルルクが頑張ってるなら、サーヤもルルクのためになるように立ち回るだけだ。
「まあそうね。ここにいないセオリーとプニスケも一緒よ」
「……姫さんも、か。少々頭が痛いな」
「ねえ、急に集められたことにセオリーが関係あるの?」
SSランクに指定したクエストを終えて帰って来たんだ。
本当なら、ギルド総出で出迎えて宴会して騒ぐくらいの偉業のはず。
なのにギルドは重苦しい雰囲気だしどこか慌ただしい。労う言葉少しだけで、こうしてサーヤたちが集められているなんて普通じゃない。
何かあると勘ぐるべきだろう。
カムロックが眉根をもみほぐしながら嘆息した。
「おまえさんらがクエストに向かってる間に竜王から呼ばれて、ちょっと会いに行ってきたんだが……娘はどこかと聞かれた」
「「「え」」」
サーヤ、リーリン、ラキララが頬を引きつらせた。
ケムナも冷や汗を浮かべていた。
「先日の件が竜王の耳にも入ったらしい。勘違いするなよ? 俺も頑張った……民衆の誤解も解けて、姫さんも前より一層民衆から愛されるようになったこと、裏切ったリセットがすでに死んでいること、姫さんが元気で冒険者活動をして楽しんでいること……ちゃんと話して納得してもらったんだぜ?」
「そ、それで……?」
「そしたら竜王が言ったんだよ……『そのルルクとやら、すぐに連れてこい』って」
あちゃーっ!
サーヤは大袈裟に天を仰いだ。
いずれセオリーをたぶらかしたことはバレるとは思っていたけど、意外にも早かった。
「……それ、ルルクを差し出せばいいんじゃないの?」
ラキララが無慈悲にもそう提案する。
だがカムロックは首を振った。
「そう単純なことじゃねえ。そもそもルルクはいまどこにいる? 魔族領の奥地だろ? 連絡も取れなければそうそうすぐに帰って来れる距離じゃない。姫さんの背中に乗って飛んだとしても五日以上かかる。まあ、もし竜王の機嫌を損ねない内に帰ってこれたとして……ルルクと姫さんはどうだ? おまえさんらは姫さんがルルクから離れようとすると思うか?」
「「「思わない」」」
全員即答した。
「姫さんは竜王の唯一の血を受けている真祖竜だ。当然、親愛も姫さんだけが受けている。この国は竜王のナワバリだが、姫さんがいればもし竜王の寿命が来ても、多少ナワバリが狭くなろうが国自体はそのまま維持することはできるだろう。……誰かにそそのかされて、国から出て行ったりしなければ」
「……ルルク、あんたのことは忘れないわ」
「ララっち、ルルっちを見捨てる気!?」
容赦ないラキララのセリフに、声を裏返すリーリンだった。
「……冗談よ。それでマスター、単純じゃないってのは?」
「貴族連中のことだ。やつらにも色々と思惑はあるだろうが、今回ばかりは竜王の直言だ。引きずってでもルルクを聖地に連れてく気まんまんだろうが……そのあとはどうなるか。最悪、命を狙われる可能性もある。むしろ高いと思っていい」
「なんでそんなことになるの!」
サーヤは声を荒げた。
あまりにも理不尽だろう。
「姫さんはそれくらい貴重な存在なんだ。おまえさんらにとっては実感が湧かねえかもしれんがな。実際問題、もしこのままルルクと姫さんが戻らなければ、竜都は竜王の怒りに触れて滅ぶかもしれん」
「そ、そこまで? 竜王ってそんな短絡的なの?」
「気分屋で激情家だからな。そのうえ人間を家畜くらいにしか思ってない。姫さんだって、俺たちのことを『下賤』とか『愚民』とか言うだろ? 竜種にとって人族はそういう感覚なんだよ」
「でもセオリーは私たちと対等な感じで接してくれるわよ?」
「そりゃ、おまえさんらは仲間だからな。悪いが俺は姫さんにそういう好意や仲間意識を向けられた憶えは一度もないぞ。まあ姫さんは素の性格が優しいから、何か命令されたりはしないけどな」
正直、寝耳に水だった。
たしかに考えてみると中二病でデコレーションされているが、言動の内容はいつだって人族を見下すものだった。見下すだけで何かをすることはないけど、そういう認識があるのはよく考えたら当然かもしれなかった。
なんせ竜種はこの世界で最強種といわれる存在。さらにセオリーはその頂点――真祖竜だ。性格のせいで頼りない印象だけど、たぶん本気で戦ったら相当強い。ブレススキルだけでもかなりの威力だし。
むしろ他種族を見下すのが言葉だけで済んでいることは、セオリーの美徳なのかもしれなかった。
「兎に角だ。竜王が直接何もしなくても、ルルクは貴族連中から狙われるかもしれん。問題はそれが国の総意になるかもしれないような政治的な思惑ってことだ。そうなる前にどうにか対処しなければならんが……一応聞いておく。サーヤ、エルニネール、おまえさんらはどうしたい?」
「ん。ぜんいん、ほろぼす」
「ちょっと黙っててエルニネール!」
言うと思ったけど、それはさすがに魔王だよ。
血気盛んすぎる羊っ子はひとまずおいといて、
「そうなればさすがに国外脱出するわね。わざわざこの国に留まる理由もないし、国の将来なんて私たちには関係ないから」
「だろうな。だが、ことが起こってから逃げれると思うか? 国民全員が敵になるんだぞ?」
「ルルクが本気出せば余裕で逃げられるわ。というかキレたルルクを止められると思う?」
サーヤが聞くと、全員目を逸らした。
「というかね、そもそもセオリーがルルクと一緒にいることを選んだら、誰がなんて言おうとルルクはセオリー手放さないと思うわよ? 相手が竜王でもね」
「竜王だぞ? いくらルルクでも――」
「まあ、悪くて相討ちになるかもね」
サーヤは素直にそう思っていた。
竜王がどれほど強いと思われているのか知らないけど、サーヤにとってのルルクも同じようなものだった。どれほどピンチになってもなんとかしてくれる……そしてルルクだけじゃなんとかできなくても、サーヤもエルニネールもいる。セオリーやプニスケだって。
親バカなんかに負ける気はない。
そう信じていた。
「……なあ嬢ちゃん、ひとつ聞くけどよ」
いままで黙っていたケムナが、苦笑しながらつぶやいた。
「俺もこの旅でルルクをずっと見てた。神秘術はよくわからねぇけど、確かにいつでも余裕があったのは確かだ。初めての魔族領だってのにまるで危機感もなく緊張もしてなかった……俺たちにゃわからねぇ強さの秘密があるんだろ。そうだろ嬢ちゃん」
「ええ」
「だが竜王様はブレス一発で地形を変えるんだぞ? 規模が違いすぎる」
ケムナは決して、ルルクを侮ったりしていない。
むしろその逆で、ルルクを認めてるからこそ評価も慎重になっている。気に入った相手のことは良くも悪くも色眼鏡で見たりしない性格だった。
サーヤもケムナの言いたいことは理解していた。
「出力の強さだけで見るとそうだと思うわ。所詮人族だもの」
「……強さ以外に、ルルクには何かあると?」
「ええ。私もエルニネールも、たぶんセオリーも気づいてるけど、ルルクはただ腕のいい神秘術士ってだけじゃないのよ。性格だってひねくれてるし素直じゃないし、めっちゃ子どもっぽいし……まあそこが可愛いところではあるんだけど……でも朴念仁の唐変木はなおして欲しい……」
「……苦労してるのね、あなたも」
ラキララが不満そうにケムナを睨んで言った。
当のケムナは気付いていなかった。このニブチンどもめ。
サーヤは咳払いして、
「まあ性格はおいといても、ルルクの強さは機転が利いて対応力があるからだと思ってるわ。もし竜王と対立しても、切り抜けるくらいの力はあると思う。竜王が不老不死でもなければ、だけどね」
「竜王様もさすがにそんな力まではねぇだろ」
「ならルルク自体の心配はしてないわ。それより問題は、立場のほうよね?」
サーヤはじっとカムロックを睨む。
「私たちは別に、この国にこだわる理由はないわ。追われるなら出ていくだけ。でもそんな理不尽を良しとしようとは思わないわよ。助けて仲間にした子がたまたま真祖竜だからって、そんな扱いを受けて納得する道理がないわ。カムロックさん、ギルドとしてはどうするつもりなの?」
「無論、ルルク側につくつもりだ。対応の手も考えてるが、ことが荒だってからじゃ遅いんだよ。だからルルクが戻る前におまえさんらに許可を取るつもりだった」
「許可? なにするのよ」
「【王の未来】をSランク冒険者に認定する」
カムロックは書類をテーブルに置いた。
普通の紙とは違い、魔術と神秘術、両方の術式がかけられているとても高価そうな紙だった。
そこには冒険者パーティ【王の未来】とそのメンバーをSランク冒険者として認定する旨が記載されており、バルギアとストアニアのギルドマスターのサインまで書かれていた。
「貴族どもが気軽に手を出せないよう、先手を打つならこれが一番効果的だ。Sランク冒険者はギルドでも特権階級として扱われる。おまえさんらはすでに実績もあるし、強さは折り紙付きだ。反対するやつもいないだろう。国家を通さない認定だからバルギアでの恩賞はないが、Sランク冒険者に勝手に手を出せば、最悪この国から冒険者ギルドを撤退させる可能性もあると、貴族どもに言外に示せるからな」
「なるほどね。……でもそれだけでバルギアの貴族たちが本当に手を出して来ないの? 竜王サマの威厳に負けるんじゃない?」
「確かに無理筋を通してくる可能性はあるが、思い留める材料にはなるはずだ。あるのとないのじゃ時間を稼げる尺が違う」
断言するカムロック。
打てる手としては有効打になりえるだろう。
「うーん……Sランク冒険者か~」
元々ルルクもSランクになること自体は肯定的だった。マタイサでは貴族特権と恩賞授与が面倒だっただけで、ただでSランクを貰えるなら貰ってたって言ってたし。
「ルルクは不在だが、別に昇進の許可はリーダーじゃなくても構わないからな。サーヤ嬢がサインすればそれでいい。頼めるか?」
「……わかったわ。私が責任もってルルクに説明する」
勝手にSランクに昇進して多少は怒られるかもしれないけど、ルルクのためになるならサーヤ自身が嫌われ役になったっていい。……まあ、怒られたらちょっとは泣くかもしれないけど。
サーヤが書類にサインをして、ギルドカードを提出した。
カムロックは書類の山の陰に埋もれていた神秘術器を取り出して、認定書とサーヤとエルニネールのギルドカードをかざした。
霊素が複雑に動いて、ギルドカードが書き換わる。
「ほらよ、おまえさんらもこれでSランク冒険者だ」
「試験はいいの? Sランクにも当然あるんでしょ?」
「俺とこの前戦っただろ? あれがそうだ」
「……ズルくない?」
「賢いって言ってくれや」
抜け目のないアフロである。
感慨もなくSランク冒険者になってしまったけど、正直サーヤにとって冒険者ランクなんてものは飾りみたいなものだ。あまりこだわりはない。
勿論、GランクからのSランク昇格だ。面倒な噂もたてられるだろうから、その影響は避けられないだろうけど。
「とはいっても、やっぱりコレだけじゃ不安ね。他に何か手を出させない口実があれば――」
サーヤがもう一手、何かないかと思案していた時だった。
どん、という大きな震動とともに地面が揺れた。
地震だ。けっこうデカい。
「うにゃ! なんなの!? 竜王様の怒りなワケ!?」
「落ち着けリーリン、ただの地鳴り……いや違う! ホタル!」
ケムナが弾けるように廊下に叫ぶと、ホタルが扉を蹴破る勢いで入って来た。
「主様! 気配が複数ありんす!」
「ああ、デカいな。ここまでのデカさは異常だぞ」
「何、どうしたの?」
地震はすぐにおさまった。日本育ちの記憶があるサーヤには、これくらいの地震は特に何も思わなかったけど、ケムナは何かを察知したらしい。
サーヤの質問に答える前に、それは聞こえてきた。
『ギィィィィイイイイイイ!』
爪で黒板を引っかいたような音が、竜都に響き渡った。
とっさに耳を抑えながら窓に駆け寄るカムロック。
「なっ、なんだありゃあ!」
サーヤたちも窓から外を眺めた。
月のない夜。
その暗闇に浮かんでいたのは、3つの影だった。
燃え盛る巨大な赤い鳥。
全長100メートルはありそうなムカデ。
普通の巨人の倍の背丈はある、武装した大巨人。
明らかにAランクじゃ足りない魔物が3体、竜都のど真ん中に出現していたのだ。
その3体はサーヤたちが驚いている間にも、周囲へ攻撃を始めていた。
ここまで伝わる衝撃や音、そして悲鳴。
あまりの突然の出来事に思考が止まってしまったのは仕方ないだろう。
ケムナだけが、その魔物たちが出現した方角になにがあったのかすぐに気付いた。
「お、おいおい……あそこは教会がある場所じゃねぇか!」
「くそっ呆けてる場合じゃねえ! 緊急出動だ! いくぞケムナ!」
「おう!」
カムロックとケムナが慌てて部屋を飛び出していった。ホタルもすぐに追随する。
何がどうなっているのかまったく理解できなかったけど、竜都がSランク魔物3体に襲われているのは紛れもない現実だった。
サーヤも迷わず振り返って、エルニネールに声をかけた。
「行けるよね?」
「ん。でばん」
「よし。じゃあリーリンさんたち、私たちも出るわ!」
「えっ、ま、まってアタシも!」
「……お兄ちゃんは私が守る」
サーヤ、エルニネール、リーリン、ラキララもすぐに部屋を飛び出した。
竜都フォースにとっての長い夜が、始まった。




