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幼少編・13『デュエル! ずっと俺のターン!』


「おいモヤシ! 決闘しやがれ!」


「決闘するって言ってんだ!」


「決闘! 決闘だ! 剣をとれ!」







 あかん、ノイローゼになりそうだ。


 先日ガウイから決闘を申し込まれてから、ことあるごとにガウイがまとわりついてくるようになった。

 最初はリリスの「うるさいどっかいって!」口撃で撃退していたんだが、このところそれも効かなくなってきた。リリスに嫌われてもめげずに俺に決闘を挑むその目的やいかに。目が血走ってるから絶対ろくなもんじゃねぇぞ。


 とはいえ無視し続けるのも限界に近い。騎士一家の最重要規則――家族には決して手をあげてはいけないというルールのおかげで実力行使されることはないんだが……もしかして精神攻撃を狙ってるのか? それならあのシスコン兄貴、とんだ策士だぜ。


「今日こそ決闘しろ! この腰抜け野郎!」


 早朝の稽古が終わって木陰で休んでいる俺に、トンボをかけながら顔だけこっちを向けて叫ぶガウイ。シュールな絵面だなあ。


「そろそろ受けてやったらどうだい?」

「そうは言いますけど、ああいう手合いは一度許したら何度でも許されると思ってつけあがるんですよ。遅刻癖みたいなもんなんですよね。職場にもいませんかそういう輩が」

「……ルルク坊ちゃん、アンタほんとに5歳なのかい」


 おっとロールプレイロールプレイ。

 

「でもまあ、アンタの言うことも分からんでもないけどねぇ……それにしたって話くらいは聞いてやってもいいと思うけどねぇ。あんなのでもアンタの兄さね」

「そんなこと言って、俺がボコボコにやられて苦しむ顔が見たいだけじゃないんですか?」

「確かにそれは見たいねぇ」

「ちょっとは誤魔化しません?」


 欲望に忠実な婆ちゃんだぜ。

 まあたしかに、ガウイの決闘しろしろかまってちゃんの理由はまだ聞いてなかったな。

 ……はあ、気は進まないが聞いてみるか。


「ガウイ! なんで決闘したいの!」

「いまの実力を知りたいんだよ!」


 実力……実力かぁ。


 俺は隣のヴェルガナを見た。この鬼教官は、王国騎士筆頭の父よりも強いと自称している。たしかに子どもが実力を測るにはまったく参考にならない相手だが……。

 それなら俺じゃなくて、他の兵士たちでいいんじゃないか? 俺たちの訓練には来ないけど、屋敷の敷地内や外には結構な人数が警備しているみたいだし。


 そう言うとガウイは首を振った。


「違う! おまえと俺の、いまの実力を知りたいんだ!」

「俺の?」


 そんなもの、ステータスを比べたら一目瞭然じゃないか。

 どっちもまだレベル1だ。加算ステータスがない以上、基礎ステータスだけで十分わかるだろう。たしか敏捷値と知力以外は俺の二倍あるんだろ。平均的な8歳児からしたらかなり高数値っていうじゃないか。

 剣も毎日振ってるし、子どもにしてはかなりの強者。それがガウイだろ。


「ガウイ坊ちゃんはそういうことを言いたいんじゃないのさ」

「じゃあ何を比べたいんですか」

「戦いってのがステータスだけで決まるなら、リリス嬢ちゃんは今頃奴隷として売られてるさね」


 むむっ。それは最悪な未来だ。

 でもなるほど、たしかにステータスはあくまで身体能力を数値化したものだ。実力とは言えない。


「……でも、俺まだ打ち合い稽古すらしたことないんですけど」

「ま、それはどうにでもなるさね。ガウイ坊ちゃんは寸止めで、アンタはいくら叩いてもいいってことにすればどうだい?」

「おっそれはなかなかの好条件」


 日頃の恨みを晴らすときがきたか?

 まあでもあのガウイがそんな条件を呑むわけ――


「それでいいぞ」

「え。いいの?」

「ああ。それで実力がわかるならな」


 そこまでして決闘したかったのか。

 うーん、わりと足場が固められてきた気がするな。ここで拒否は……さすがにムリか。


 俺はルルク。すぐに場に流される男。


「じゃあそれならいいよ。寸止めだよガウイ、守らなかったら夕飯抜きにしてもらうから」

「ああ」


 素直だ! いままでで一番素直なガウイが見れたぞ!

 明日は雪が降るかもな。真夏だけど。


「それじゃあ地面も整ったようだし、さっそく始めるさね。基本の決闘ルールでやるからね。実戦を想定した一本勝負。攻撃がまともに入ったと判断したら勝負はそこまで。ガウイ坊ちゃんは寸止め、ルルク坊ちゃんは自由に攻撃していいけど、両者とも急所への攻撃はナシ」

「えっダメなんですか!?」

「無法者相手じゃないんだよ、正々堂々やんな」


 ちっ。

 作戦の半分以上が潰れてしまったな。

 でもまあ、俺が勝ちにこだわる必要はないだろう。ガウイが見たいのは俺との実力差であって、卑怯な手を使ってまで結果にこだわることはない。あくまで紳士に、正々堂々勝負すればいいってことだ。

 俺は大人だから、勝ち負けなんて二の次にできるのだ。


「ちゃんと本気を出しな。ふたりとも、負けたら昼飯は抜きにするよ」


 よっしゃ来いや! 何が何でも勝ってやる!


「それじゃあ両者向き合って……はじめ!」


 ヴェルガナの合図で、俺とガウイは睨み合った。

 木剣は訓練のおかげで振り慣れている。とはいえ間合い管理は実践経験不足だから、駆け引きで勝てるはずもない。


 身長差も負けてる。たしか敏捷さはかろうじて同じくらいだったから、俺が駆け引きできるとすればそこだろう。でも、ガウイはバカであってもアホじゃない。俺の敏捷値もわかってるだろうから、隙が大きな攻撃はしてこない。


 油断もしておらず、じっくりと俺の隙を伺っている。何度かフェイントの足さばきを見せているけど、俺が動じてないので動くに動けないようだ。まあ打ち合い稽古したことないから動けないだけなんですけどね。


「ふんっ!」

「おっと」


 突きが来た。

 すぐに半歩足をずらして間合いから逃れる。間合いを広げたので追撃はこなかった。


 さすがにあの裏路地で突っ込んできた〝兄貴〟に比べたら遅すぎる動きだ。たしかにガウイのステータスは俺の倍近くあるけど、攻守の判断力や冷静さは俺に分があるみたいだ。まあなんたって中身が18歳だからな、鍛えてるとはいえ子どもの速度を脅威には感じないのだ。


 とはいえ俺も自分から攻めないと、鬱憤を晴ら……コホン、勝負をつけられない。かといって身体能力は低いこの体。

 うーん、どうしたものか。


「ビビってんのかモヤシ! やっぱモヤシだな!」

「ほう。言ったな?」


 安い挑発だ。

 でも効果はあったらしい。消極的だった俺の思考が、いかにあの悪ガキをボコボコにするかに切り替わっていく。打ち合いになったら力でも技術でも負けることは確実だ。だったら互角の状況じゃなく、有利な状況にすればいい……そうだ。うん、そうしよう。


 正々堂々?

 いいだろうやってやる。


「シッ!」


 俺は間合いの外から平行に剣を振るった。

 もちろんガウイに当たるわけがない。だがそれは攻撃じゃない。何かの仕込みでもない。

 ただこの瞬間、ガウイを近寄らせないためのものだ。

 実力の現在地点を測る? いいだろう。なら俺も持てる全てを出してやろう。


「『転写』」


 霊素を操作しスキルを発動する。

 置換法の初級スキル、所持品のコピーを生み出す『転写』。

 俺の左手に現れたのは――


「なっ! 2本は卑怯だろ!?」


 もう1本の木剣。

 何が卑怯なんだ。俺は自分の実力を出すまで!

 左手を振りかぶり、それをガウイに向かって投げる。


「くそっ」


 とっさに防御態勢に変えて飛んできた剣を弾いたガウイ。

 さらに文句を言いたそうにしているが……おいおい、転写が1回しかできないって誰が言ったんだ?


「『転写』! 『転写』! 『転写』! 『転写』!」

「ちょ! まて! てめぇ! ずりぃっ!」


 コピーしては投げ、コピーしては投げを繰り返す。

 ちなみにこの模造品だが、5秒くらいで消えるためすぐに投げないと届く前に消滅する。さらにいうと初級の『転写』は外観だけのコピーで中身はスカスカなので、当たってもまったく痛くないんだけどな。

 いわばこけおどしだ。


 それでもガードを解くわけにはいかず、無尽蔵に投げる俺の木剣からひたすら守っているガウイ。

 フハハハ! ずっと俺のターン!


「くそっ! そっちがその気なら……我は乞う! 母なる命の源よ我に清涼なる一滴の雫を与え彼を穿つ礫となりて――」

「なんてな」


 そうさ。それを待ってた。


 剣術で勝てない相手? なら剣術で戦わなければいいのさ。同じ土俵に立つから負けるなら、土俵から引きずり降ろしてやれ。あの悪ガキが魔術が苦手ってことくらい知ってるし、狙いをつけるのに両手を使わなきゃならないことも、当然知ってる。


 俺が近寄らないとわかったら、魔術で遠距離に変えると思ったよ。

 そしてそれがおまえの隙だ。


 わざと魔術の詠唱後半――発動できる直前に突っ込んできた俺を、ガウイはそのまま魔術で迎撃するか剣を構え直すのか迷った。まあ、迷わなくても間に合わなかっただろうけどな。

 なんせ敏捷値は同じくらいだ。


「うおりゃあ!」

「ぐへっ!」

 

 ガウイの腹の贅肉をカチ割る、綺麗な一文字を叩き込んでやった。

 手加減? 悪いな、前世に置き忘れて来ちまったぜ!


「勝負あり!」


 ヴェルガナが合図を告げた。


 ふむ。後1発くらい恨みを晴らしておきたかったところだけど……しかたない。我慢しておくか。そういうわけでいまのは書斎での楽しいひと時を邪魔されたリリスの分ってことで、俺の分は今度にしよう。また機会があったら思う存分叩いてやるからな! 覚悟しやがれ!


 まあでも試合が終わればなんとやら、だ。

 倒れたガウイに俺は手を差し伸べる。


「いい勝負だったぜ強敵(とも)よ……」

「どこがだよ! おいクソババア! いまのはナシだろうが!」

「どこがだい? アタシは剣だけの勝負だとはひとことも言ってないさね。両者とも持てる実力を出せ、とは言ったけどねぇ」

「ぐっ……にしたって、あの神秘術はどう考えてもずりぃ!」

「そうかい? そう思うなら、アンタの判断力のなさだねぇ。そうだろルルク坊ちゃん」


 おっと、ここで振られるか。

 敗者にとって試合の解説――というかダメ出しを勝者にされるのが一番屈辱な気がするんだけど……あ、いやヴェルガナめっちゃ悪どい笑みを浮かべてる。わざとだな、ならいいか。


「そうだね。初級の『転写』がコピーできるのは外観と素材の感触だけで中身はないよ。重さもほとんどないから無視して体に当たっても痛みもダメージもないし、俺が『転写』してる隙に突っ込まれてたら普通に負けてたんだよね」

「そうさね。もし冷静だったなら投げられた剣を弾いたときに本物との違いに気づいたはずさね……それに気づけなかったのがアンタの敗北した理由だねぇ」

「……くそ!」


 理屈で無理やり納得させられたガウイは、悪態を吐いて地面を殴った。


「いいかい。そもそも実力ってのはステータスや技術、スキルで決まるもんじゃないさね。周囲を利用する力、判断や思考の速度、そして運も味方につけなきゃならない。とくにルルク坊ちゃんは〝作戦〟をきちんと練っていた。それが今回の勝因さね?」

「まあそうですね。ガウイが決闘決闘ってうるさかったので、勝つための手段はいくつか考えてましたから」

「そうだねえ。〝準備〟も勝ち負けを左右する。それが勝負ってもんさね……ま、ふつうの5歳児がやるようなことじゃないんだけどねぇ」


 おっと、こればっかりはロールプレイ関係ないな。そこは地頭の良さってことで納得して欲しい。

 とはいえいくら正論を叩きつけても、いまのガウイには半分くらいしか入っていかないだろう。感情で動くのが人間ってやつだからな。

 だから俺は、不満そうに睨んでくるガウイに対してこう言うのだ。


「ちなみにガウイ、リリスも見てたぞ」

「えっ」


 屋敷の3階。

 おそらく私室だろう窓からこっちを見ていたリリス。俺が手を振ると、ぴょんぴょん跳ねながら大きく振り返してくれる。


「あれだけしつこく勝負しろってうるさかったからなぁ……リリスも喜んでるみたいだ。よかったなガウイ……あれ? さすがにオーバーキルだったか? おいガウイ、返事しろガウイ! ガウイ――ッ!」


 白目を剥いて泡を吹き始めたガウイ。


 よく考えたら平常運転なんだけど、面白いから大袈裟に看取ってやる。

 ほらリリスも顔面蒼白なガウイを見て嬉しそうにはしゃいじゃってる。めっちゃ楽しそうだけど知ってるかリリス、それ、死体に鞭打ちって言うんだぜ。

 南無阿弥陀仏ガウイ安らかに眠れ~!


「はぁ。まったくアンタらは退屈しないねぇ」


 ヴェルガナの呆れた声が鎮魂歌となるのだった。




 それからしばらくは、俺たち3兄妹はそんな日々を過ごした。

 体と神秘術を鍛えながら、時には貴族として勉強しつつこの世界の知識をつけていく。


 たまに帰ってくる父とは顔を合わせることも滅多になく、俺が10歳になれば子爵家に婿入りさせる未来に向けて色々と準備しているようだったが……。


 そんな日常が大きく変わったのは、それから4年後のことだった。




< 幼少編 → END

   NEXT → 弟子編 >


ここまでお読みいただきありがとうございます!

これにて第Ⅰ幕【無貌の心臓】序章・幼少編はおしまいです。

次話から弟子編がはじまります。

気に入って頂けたらブックマークよろしくお願いします!


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