激突編・20『スライムアーマー』
目が覚めた。
デフォルメされた物語では、永い眠りについた主人公を起こすのは、いつだって運命の相手のキスだと相場は決まっていた。
だから俺も、起きたら口を塞がれていたことに驚きは憶えなかった。
たとえ運命の相手――プニスケの触手が口の中に突っ込まれていようとも。
「もが! もががが!」
『あっご主人様起きたなの~よかったなの~!』
「ぶはっ! あ~ビビった! 溺れるかと思った!」
いくら目に入れても痛くない愛するプニスケとはいえ、口に入れたら苦しいことがわかりました。
兎に角、俺は呼吸を整えながら周囲を見渡した。
薄暗いダンジョン内部らしき部屋だった。
近くには壊れた装置。
そこら中に散らばっているバカみたいな数の魔物の素材。
俺の隣で眠っているほぼ裸のセオリー。
そして彼女の手の傍に落ちている『プニスケ召喚板』の残骸。
「……ダンジョン最下層か」
だいたいの事情は理解できた。
俺はアイテムボックスから予備のローブを取り出し、セオリーの体にかけながら状況を把握する。俺が寝ている間に俺を連れてここまで逃げてきたのか。本当に助かった。
寝息を立てるセオリーの髪を撫でておく。
「ありがとな」
「んっ……」
夢の中でも聞こえたのか、身じろぎするセオリーだった。
『ボク、竜のお姉ちゃんによばれたの~?』
「プニスケは一緒に戦ったんじゃなかったのか?」
『うんなの! ボクがきたとき、お姉ちゃんも寝てたの~』
ってことは気絶するギリギリでプニスケ召喚板を思い出したんだな。
セオリーは深く眠っているものの、怪我をしているわけではなさそうだった。これだけの魔物を相手に戦ったなら疲れてるだろう。しばらくは休ませておこう。
「で、プニスケは俺に何を食べさせてたんだ?」
『ボクのからだなの! 元気になるの~』
「え」
マジで?
てっきり料理かなにかだと思ってたけど、プニスケの体?
俺が驚いていると、プニスケは小さく震えた。
『ダメだったの~? ボクもまものだから、食べたらげんきでるとおもったなの……』
「げ、元気出たなあ! プニスケのおかげでめっちゃ元気!」
『わーい! よかったなの~! ボクもがんばったの~』
そう言って飛びついてくるプニスケ。撫でておく。
俺の名はルルク。可愛い従魔を叱れないダメな飼い主です……。
それはそうと、俺も普通に腹が減っている。
たぶん体感的に、気絶してから丸一日くらい経ってるだろう。
アイテムボックスから保存していたパンと果実水を取り出して食べておいた。腹に染みる。
「プニスケが来てからどれくらい?」
『そんなにたってないなの~。まものもちょっとしかたおせてないの~』
物足らなさそうに言うプニスケ。エルニだけじゃなくプニスケもたいがい戦闘好きだからなあ。
どんな魔物が出たのか気になって、落ちてる素材を見回した。
『虚構之瞳』が使えないので鑑定はできないが、Bランク素材らしきものがぎっしり床に落ちている。ところどころAランク魔物の素材疑惑も混ざっていた。
よくこれだけ連戦して生き残れたなセオリー。
ステータスは視れないけど、レベルはもちろんスキルも増えているだろう。ブレススキルを撃っていたわけじゃないだろうから、たぶん何か近接戦闘に使えるスキルを手に入れたのかな。
ひとまず腹を満たした俺は、立ち上がって手足の確認をする。
傷は残っていないのでスゴ玉を飲ませてくれたんだろうな。セオリーの持っていたスゴ玉の瓶が空になって近くに転がっていた。
「五体満足。神秘術は使えないけど、まだ戦えるな」
軽く体を動かして確認。
おそらく、サトゥルヌに奪われたのは神秘術練度だ。
久々に『虚構之瞳』を使わずに自分のステータス確認をしたら『冷静沈着』センパイは無事だったので、スキルが全て消滅したわけじゃなかった。
霊素はまだ視れるけど、言うことを聞いてくれないのがその裏付けでもある。
ミスリルの短剣を構えて確認。神秘術ナシでこのダンジョンから脱出――そしておそらくサトゥルヌを倒さなければならない。……ナギも相手にしなければならないかもしれない。
「『冷静沈着』と武器だけか……懐かしい感覚だな」
そう呟きながら、真面目に短剣だけの戦闘の型を復習していると、プニスケが不満そうに言った。
『ご主人様にはボクがいるなの~』
「そうだな。でもほら、プニスケは従魔だから別で戦闘するだろ? 連携は取れるけど、俺は俺だし」
『そんなことないなの! ボクだって、ご主人様のちからになれるなの!』
どうやら俺のセリフが不満だったようだ。
プニスケは俺の頭の上に乗ると、体を変形し始めた。
『こうすればボクがご主人様をまもれるなの!』
「なっ、す、スライムアーマーだと!?」
俺の全身を騎士の鎧のように包んだプニスケ。
確かにプニスケの『弾力操作』なら、並みの鉄なんて目じゃないくらいの耐久性を発揮する。共闘もよし、着てもよしの万能従魔だな。
でもまさかスライムを着るなんて発想はなかった。
自分を食べさせることといい、プニスケは常識に縛られてないなぁ。
『……ご主人様、これじゃダメなの?』
「いやいいぞプニスケ。むしろよくやった! これは動きやすいし戦いやすい」
見た目がスライム戦士みたいでちょっとアレだけど、機能性は悪くない。
フィット感があって動きやすいし。
ちょうどそこに、Bランク魔物のブラッディサーペントがやってきた。さっそく試運転の時間だぜ。
そういえば、丸一日とはいえこれほど魔物がやってくるのは違和感だな。ダンジョンマスターのサトゥルヌが何かを操作しているに違いない。
「よしプニスケ、銃モードいけるか?」
『はいなの!』
鎧がうねり、手に2丁の銃が添えられるように生成。
ご丁寧に引鉄まである。銃筒は拳銃よりかなり長いけど、これはこれでレールガンっぽくてカッコいいな。これでスライム素材じゃなくてメタリックになれば完璧なんだけど、さすがにそこまでは求めちゃダメだな。
「じゃあ行くぞ、戦闘実験だ!」
俺はブラッディサーペントに向けてスライム銃をぶっぱなす。
プニスケはホタルにボロ負けしてから、銃モードも改良を重ねていた。いままで反発力だけで発射していた弾丸も、銃筒内部を螺旋構造にすることで弾速が増して威力も上がった。
ゴム弾みたいな弾でも、最大威力ならブラッディサーペントの体なら貫けるくらいには。
『ジュラッ!?』
音のない銃は、静かにブラッディサーペントを撃ち抜いていく。
胴体、首筋、牙、眼球――すべて貫いた。
最後に脳天をぶち抜いてとどめをさしたら、素材に変わった。
よし、良い感じだな。
ブラッディサーペントが倒れて少しすると、次の魔物――バーサクグリズリーが現れた。最初から狂化状態にある熊の魔物だ。
部屋に入って来た途端、こっちを見つけた突進してきた。凶暴で死ぬまで動くのをやめず巨大で速い。シンプルな暴威だ。
「よしプニスケ――鞭モードだ」
『わかったなの!』
今度は俺の両手に鞭が生成される。
このクエスト中、プニスケと話し合ってアイデアを詰め込みまくった新モードだ。最初は剣や槍を試してたんだけど、プニスケの特性を活かすために考えたらいつのまにか鞭になってた。
本来はプニスケ本人が自分で操作するつもりで開発したこのモード、俺と合体しているこの状態なら、俺が振るったほうが精確なのは確実だ。
なんせこのモード、操作するスキルは銃モードの『変形』『弾力操作』『巨大化』より、さらにひとつ多い。器用なプニスケでも狙いが少しブレる。
「いくぜプニスケ……〝灼鞭〟!」
『はいなの!』
半透明の鞭が燃えるような紅に染まる。
プニスケの『体温操作』スキルを全開まで使った鞭は、赤い閃光を残して空気を割った。
バチンッ!
突撃してきたバーサクグリズリーの顔面に直撃し、のけ反らせる。
高温の熱鞭が音速以上の速さで叩きつけられるんだから、鞭の表面温度はさらに高まって火傷どころじゃ済まなかった。
バーサクグリズリーの顔面は陥没し、皮膚は溶けていた。
さすがの暴走状態の魔物でも、痛みに転げまわるくらいの防衛本能はあるらしい。
俺はもう片方の鞭を構えて、
「〝氷刃〟!」
『はいなの!』
反対側の鞭は、白い軌跡を描いて叩きつけられた。
バーサクグリズリーの首に直撃した鞭は、その太い首をまるでアイスを切るようにスルリと落としてしまった。
自らの体を凍らせることにより鋭利に尖らせ、いままで足りなかった殺傷能力を高めた鞭状の刃。
これぞプニスケだからこそできる攻撃形態だった。
「予想以上に使用感がいいな。まさか俺が使うとは思わなかったけど」
『ボク、役に立てそうなの~?』
「ああ。これならナギにも勝てるかもなあ」
あっというまに魔物を屠ったプニスケは、嬉しそうに頬にスリスリしてきた。
その後も魔物が絶え間なく襲いかかって来たので、動作確認も兼ねて色んな動きを試しておく。
ダンジョンの魔物生成もリソースを食うから無限じゃないだろう。
「うーん……そろそろ進むか。転移装置が治っても厄介だしな」
しばらく過ごして、セオリーの顔色もよくなってきたので起こすことにした。
腹も減ってるだろう。
「セオリー起きろ。朝だぞ」
「ん……」
「起きないとキスするぞ」
「……。」
ゴロンと寝返りを打って、上を向いたセオリー。
目を閉じたままじっと動かなくなった。
俺はその顔をじっと観察する。
じっと、じいっと。動くのを待った。
「……ゴクリ」
「起きてるじゃねえかチョップ」
「あだあっ」
額を押さえて飛び起きたセオリーだった。
「ひ、ひどいよあるじぃ」
「狸寝入りしてる方が悪い」
「だ、だってぇ……キスっていったもん」
「おまえ、わりとムッツリだよな」
ポンコツ竜姫に新たな属性が追加されました。多すぎてもう憶えてません。
まあでも、兎に角だ。
俺は地面に手をついて、深く頭を下げた。
「本当にありがとう! ボロボロになるまで俺を守ってくれたんだな。心から感謝してる」
「ふぇっ、わ、我は当然のことをしたまでだから、えっと、その……」
「セオリーがそんなになるまで頑張ったんだ。謙遜しないでくれ」
「あ、あるじはどうしてしってるの? 我、傷のこってた?」
「いやほら、服とか」
俺が指さしたのは、もはや原型を留めておらずに床に落ちている中二病コーデのドレススカート。
セオリーは自分がローブを羽織っただけの全裸だということに、そこでようやく気が付いて顔を真っ赤にした。芋虫みたいに縮こまる。
「ひぃん!」
「まあそれくらい必死で戦ったんだろ? 無事に生還できたらワガママのひとつやふたつ言ってくれ。俺にできることならなんでも叶えてやる」
「……ほ、ほんと?」
「ああ。約束する」
それくらいしないと、主人失格だろうからな。
つぎに俺は、アイテムボックスから黒い布を取り出した。
さすがにドレススカートを作れるほど服飾技術はないので申し訳ないけど、竜種の狩衣の構造くらいは勉強している。いつ必要になるかわからなかったし。
「ちょっとまってて。錬成が使えないから切って縫うだけだけど……」
それでもシンプルな造りの狩衣だ。ものの十分くらいで、ゆったりとした黒い民族衣装ができあがった。
セオリーに合わせながら作ったからサイズも問題ない。
「へ、変じゃない……?」
「うん。似合ってる」
ローブじゃ似合わなかった眼帯も、そこまで違和感がなくなったな。袖や裾をわざと細く垂らしたデザインにしたから、闇の眷属っぽい雰囲気も出ている。
セオリーも納得したようだった。
そのあと腹を盛大に鳴らしたセオリーに、保存していたスープとパンを食べさせておく。かなり腹が減っていたらしく、いつものエルニ並みに食べていた。
「……さてと。そろそろ行くか」
「ぎょ、御意」
『はいなの!』
俺の腕を掴んで怖がるセオリーと、頭に飛び乗って上機嫌なプニスケ。
このダンジョンがどんな構造かは知らないけど、サトゥルヌ自身がダンジョンマスターだ。素直に攻略させてくれるとは思わない。
サトゥルヌの部下も100人単位でいるらしいから、待ち伏せされてる可能性もあるだろうしな。
ちょうど魔物は近くにいなさそうだったので、そのまま部屋を出て廊下を歩く。
もちろんマッピングもちゃんとしながら。
「そういえばセオリー、どうやってあの場から逃げられたんだ?」
「ふっ。真の力を示した我は壁を壊し、御身を担いで悠々と空へと舞い上がったのだ」
「……もしかして竜化できたのか」
「そうともいう」
なるほどな。
それで砂漠を逃げようとして……結果、このダンジョンの最下層にいると。
「そのまま空を飛んで逃げなかったのか?」
「我は竜王の血を継ぎし者。矮小な魔の者から逃げ出すような真似はしない」
「逃げられなかったのか。で、仕方なく転移装置を使ってここに逃げ込んだと」
「……そうともいう」
目に見える範囲すべての砂を操れる相手だもんな。
たとえ竜種でも……むしろ竜種だからこそ簡単には逃がしてくれないか。
「よくダンジョンで生き残ったよな。どうやって戦ったんだ?」
「ふっ。主も見よ、我が最強なる姿を!」
「え……うわっ! 腕だけ竜じゃん!」
セオリーが腕に竜鱗を纏った。
心なしか、魔力じゃない別の何かがセオリーから漏れているような気がする。
いつもとは雰囲気がまったく違っていて、俺でも背筋が伸びるほどの威圧感を放っていた。
『虚構之瞳』が使えないから肌で感じるしかできないんだけど、少なくともセオリーをBランク魔物にも連勝できるほどのステータスに上昇させる何かが、そこにはあった。
「これってどういう状態? スキル?」
「これは……ふっ、我が波動の目覚めなり」
「自分でもわからないんだな。オッケー」
自覚ナシで発現したパターンだな。
まあ自在に使いこなせるなら問題はない。あとで戦闘実験してもらおう。Bランク魔物をあれだけ屠れるくらいだし、戦力としても頼りになりそうだ。
というかいまの俺より強いだろう。
「だが主よ。我もあの忌々しい魔の者に制約を受けた。一生の不覚」
「何を封じられたんだ?」
「『滅竜破弾』……我が封印、かならず解いてみせる」
なるほど。
俺は思案する。
わざわざスキルをひとつだけ封じたってことは、まず間違いなくサトゥルヌは『滅竜破弾』を警戒したってことか。あそこは一応、ダンジョンのボス部屋だ。その壁を壊すほどの威力を見たら、まあ当然の判断になるだろう。俺でも封印する。
「ちなみに竜化したときのブレスは?」
「かの愚かな魔の者は、我が真の力を封じるほどの度量は持ち合わせていなかった」
「おお、それは朗報だな」
封じられたのは『滅竜破弾』だけか。
ということは、同じ威力のブレスがあることを知らなかったってことだろう。さすがにもうバレてるはずだけど、こっちの手札があるってことはかなり心強い。
場合によってはセオリーのブレス一発で勝てるわけだしな。
「とはいっても、ブレス撃つために竜化しないとならないのはデメリットだな……」
「ふっ。魔の者など、城ごと吹き飛ばしてやろうではないか」
「待て待て。そこまでする必要は……あっ」
俺はポンと手を打った。
「セオリー、ちょっと引き返すぞ」
「えっ」
セオリーの手を引いて、来た道を戻る。
また最初の部屋に戻ってくると、俺は部屋の隅にあった転移装置を指さした。
「なあセオリー。コレおまえが壊したんだよな?」
「ご、ごめんなさい……」
「いや怒ってるんじゃないって。壊したとき、どんな状態だった?」
「尻尾叩きつけて、粉々にした……」
粉々か。
しかし現在、転移装置は八割くらい直っているようだった。所々欠けているものの、一日くらいで粉々からこの状態に戻っているなら、完璧に修復するのも時間の問題だろう。
サトゥルヌはおそらく、俺たちがダンジョンを進みつつ逃げていると思っているはずだ。ダンジョンマスターとはいえ、俺たちの正確な位置を把握しているとは思えない。ここにいる確信があれば魔物を徘徊させずに直接送りこんでくるだろうし。
それゆえ転移装置が直ったら、おそらく俺たちに向けて追っ手を差し向けるはずだ。上層階に向けて探索しているであろう俺たちを、背中から刺すために。
……であれば。
俺はニヤリと笑みを浮かべて、作戦を練るのだった。




