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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・19『ダンジョン組のアレコレ』

■ ■ ■ ■ ■


「やっと出られた~!」

「うむ。ようやくだな」


 ダンジョンを逆走して7日目。

 サーヤは久々に拝んだ空に向かって、伸びをしながら開放感を堪能していた。


 まさかの転移装置が片道切符だったせいで、戻るのは地道な探索が必要だった。


 救出したエルフの子たちを連れて帰るまでがクエストだ。帰路を急いで犠牲がでてしまったら本末転倒なので、全員で確実に探索をしながらダンジョンを逆突破したのだった。

 助けた子どもたちはすでに元気になっていて、エルフの精鋭たちが面倒を見ていた。子どもたちはとても元気になり、この7日間、騒がしくも楽しい雰囲気だった。


 とはいえ【白金虎(バイフー)】の面々の表情は明るくない。

 いまだ、フラッツの意識が戻っていないのだ。


 怪我は治っているはずなのにまったく目が覚めない。魔力の流れが心臓のあたりで少し変な挙動をしているので状態異常かと思ったが、スゴ玉でも治らないので基本的な症状じゃなさそうだった。

 ずっとベズモンドがフラッツを背負っていたので、ダンジョンから夕暮れの森に出てきたとき彼が一番ほっとした表情を浮かべていた。


「でもベズっち、ここから拠点までもう少しかかかるから、まだ頼っちゃうケドね」

「だが狭いダンジョンとは違う。警戒もかなり楽になる」

「だね。索敵は引き続きアタシにまかせてよ」


 リーリンが薄い胸を叩いて、ベズモンドが頷いた。

 サーヤもアイテムボックスから水筒を取り出して渡した。

 

「でもひとまずは休憩しましょ。ベズモンドさんは特にね」

「ああ。助かる」


 岩壁を背にして、息を整える。

 大人数のパーティなので危険な戦いはあまりなかったけど、子どもを守りながらの移動だ。誰もが気を張って疲れていた。

 ひとまず目標のダンジョン脱出が終わったので、反対する者はいなかった。


「うち、ちょっと周囲の様子見てくるね」


 カルマーリキがそう言って、ひとりで森へと入って行った。

 ほんと、いつもエネルギッシュなエルフだなあ。

 サーヤはそう思いながら彼女の背中を見送った。


 ダンジョンでもカルマーリキはいつも明るく、雰囲気を和らげていた。大人のなかでもかなり小柄だから子どもたちとも仲良く遊んでいたし、索敵能力も高かった。強い魔物に出くわしても慌てることなく味方を鼓舞していたし、弓も上手く、そしてなぜか敵に狙われなかった。


 あまり目立たないけど、縁の下の力持ちとして活躍していた。

 斥候としても優秀だったので、普段の残念エルフ姿とのギャップが凄かった。


「斥候かあ。ルルクもできるけど、本職がいてもいいかもね」

「ん。べんり」

「そういえばふたりの時って罠とかどうしてたの?」

「ちからづく」

「あ~……納得」


 高笑いをしながら無理やり罠を破壊していくルルクの姿が目に浮かんだ。


「でも索敵できるようになったのって最近でしょ? それまでは? さすがに罠も全部無効化できたわけじゃないでしょ?」

「ん……ルルクガード」

「ルルクがガードしてたってことよね? まさか治癒力にモノを言わせてたとか……そんなわけないよね?」

「……。」

「まさかの肉壁!?」


 確かにルルクの治癒スキルなら、大怪我してもすぐに治るから多少のダメージは無視していいんだろうけど。

 でもそれはさすがに鬼畜すぎるだろう。ロズが怒ってやめさせるんじゃないか、師匠だったんだし。

 エルニは頷いた。


「ん。ロズはやめさせた」

「でも続けたのよね?」

「ん……ルルク、さくてきめんどうだって」

「まあ言いそうね。エルニネールは止めたの?」

「……とめた」

「嘘ね」


 視線を逸らした幼女だった。

 ほぼ不死身のめんどくさがりと、脳筋の戦闘狂だ。きっと他の冒険者たちが躊躇うようなところにも喜んで飛び込んでいったんだろう。後ろには神秘王って保護者までいたんだし。

 そりゃあダンジョン攻略も早いはずだ。


「私、後から弟子になってよかったわ……」


 もし一緒に探索してたら、きっと途中で挫折してたに違いない。

 苦笑していたら、エルニネールの頭の上のプニスケがぽんぽん跳ねた。


『ボクももっと探検したいの~』

「プニスケは冒険好きなの?」

『うんなの! ご主人様といっしょのダンジョン、きっとたのしいなの~』

「そうね。いまのルルクならほぼ無敵だし安心して探索できるから、提案してみよっか」

『わーい! お姉ちゃんありがとなの!』


 サーヤは微笑んだ。

 そんなふうに雑談しながらしばらく休んでいると、カルマーリキが森から戻って来た。頭に葉っぱをつけたまま森の奥を指さした。


「あっちに良い感じの小山があったよ! 野営はそこでしよう!」

「そうだな、そろそろ日没ゆえ移動しよう。獣使い、貴殿もそれでいいな?」

「おう」


 ディスターニアとケムナが同意して、またぞろぞろと移動を始める。

 エルフの子たちとベズモンド(フラッツの介護中)を中心に、隊列を組んで森を進んだ。

 来た時より人数は多いけど戦えない子どももいるパーティだ。カルマーリキが見つけた小山まですぐだったけど、それでも慎重に進んだ。


 小山は、来た時にも使った岩棚の場所だった。ヤギがまた遠目にこっちを眺めている。

 テントの設営、食事の準備はエルフたちがあっという間に整えていた。サーヤたちやダンジョン冒険者の【白金虎(バイフー)】の面々と違って、外での野営はかなり手馴れている様子だった。

 

 ひと息つく程度の時間で完成した野営陣地で、サーヤは焚火に当たりながら体を温める。

 肌寒い程度ではあるけど、サーヤは前世の頃から寒いのは苦手だった。


 そもそもこの世界では雪は降るんだろうか。少なくとも、シャブームの街で雪を見たことはなかったので少し気になった。この魔族領は大陸の北側にあるけど、あまり気温も変わらない気がする。

 ちょうど小柄なエルフが隣に座ったので聞いてみる。


「ねえカルマーリキ、エルフの里や魔族領に四季はあるの?」

「四季? なにそれ?」

「春とか夏とかのこと」

「あ、そういうんだね。ルネーラ大森林にあるのは雨季と乾季だから、じゃあ人族風にいうと二季だね」

「じゃあ一年中、気温は変わらないの?」

「そんなことないよ。空の魔素量が変わると天候も変わるし、たまーに雪だって降るよ」

「じゃあ一年で安定して気温が変わるってわけじゃないの?」

「うん。まあ、雨季は安定してあるけどね。雨季は森が川になるから大変だよ」


 さすがルネーラ大森林、雨の規模まで違うのか。

 というかこの大陸、恒星との距離や自転だけが気温変化の要因じゃないのか。魔素が温度にまで干渉してくるなんて初めて知った。


「ねえセンターベツ、森の外は雨季ないんだよね? どこの国にいたんだっけ?」

「いまはフィーアです、カルマーリキ」


 カルマーリキが懐からルルク作のルービックキューブを取り出しながら振り返った。

 後ろで焚火に薪をくべていたルニー商会のロングヘアーエルフは、作業を終えると隣に腰を落とす。じっとサーヤを見つめてきた。


「サーヤ様、こうしてゆっくり話すのは初めてですね。ダンジョンでは碌に挨拶もできず申し訳ありませんでした」

「そんなのお互い様よ。さすがにダンジョンじゃまともに休めなかったしね。ダンジョンの情報はほんと助かったわ、ありがとねフィーアさん」

「とんでもございません。サーヤ様こそまだお若いのに素晴らしい能力ですね」


 フィーアの仮面の下の目が和らいだ気がした。


 ルルクはルニー商会を警戒していたけど、サーヤの直感では敵に回るようなことはなさそうな気がしていた。フィーアからは、なんというか似たような匂いがするのだ。利害関係よりも大事にしている何かがあると、根拠もなく思える何かが。


「ちょっと無視しないでよ」


 サーヤとフィーアが微笑みあっていると、カルマーリキが頬を膨らませて口を挟んだ。手の中のルービックキューブがいつの間にか完成している。うそん。


「それでどうなのフィーア。どこで〝狩人〟やってたのさ」

「バルギアですよ。それゆえ、一番に駆け付けることができましたから」

「隣じゃん。で、バルギアには雨季あるの?」

「ありませんね。またバルギアにも四季はありませんよ、サーヤ様」

「そうなの? マタイサの隣なのに?」

「バルギアは竜王様のナワバリですから」

「へえ、それはしょうがない……ってどゆこと?」


 一瞬納得しかけてから、意味不明なことに気づいた。

 竜王様のナワバリ、便利な言葉だな。


「竜種は夏と冬が苦手です。竜王様がバルギアにナワバリをつくったのは、極端に暑い時期と寒い時期がない土地を選んだから、と言われております」

「なるほどね」


 なんだか爬虫類みたいだな、と思ったのは内緒だ。

 

「サーヤ様のご出身のマタイサ王国は魔素環境も安定しており、国土すべてに四季がある美しい国ですね。どの時期に訪れても違った景色が見られることで有名です。我が商会もマタイサ王都が発祥ですから、四季に関しては趣を感じてしまいます」

「フィーアが趣なんて言うようになるなんて思わなかったよ。昔はガサツで乱暴だったのにね」

「昔のことは反省しております。カルマーリキにも強く当たって申し訳ありませんでした」


 カルマーリキが茶化したけど、フィーアは真面目に言いながら頭を下げていた。


「いいよ。別にうちのことイジメてたの、フィーアだけじゃなかったしね。それにうちも生意気で役立たずだったのは間違いないし」

「カルマーリキ……」

「それに、あの頃があったからいまのうちがあるんだ。もう一度人生をやり直せたって同じ人生を選ぶよ。だってこの人生だったからこそルルク様に出会えたんだ。そう考えたらいままでの辛いことも全部よかったって思えるんだよね」


 本当にまんざらでもなさそうに笑ったカルマーリキ。

 フィーアは涙を浮かべてもう一度頭を下げていた。カルマーリキもフィーアも、大人になって変わったんだろう。そんな時間を感じさせる沈黙だった。


「あ、ごめんねサーヤちゃん。こんな話になっちゃって」

「ううん。カルマーリキも苦労してたのね」

「半分は自業自得なんだけどね。うちらの世代でうちが一番弱いのに一番生意気だったから。まあでも、いまでもメレスーロスには同じ感じになっちゃうんだけど……」

「カルマーリキは強く、そして大人になりましたよ。メレスーロスも認めてるに違いありません」

「べ、別に認めて欲しいわけじゃないんだけどさ! でも、うちも大人になってきたかな? 大人の魅力出てきたかな?」

「……まあ、体型以外はですが」

「あーもう! そこは頷くところでしょ! 知ってたけどさ!」


 本気で悔しそうにするカルマーリキだった。


 それからサーヤは、フィーアとカルマーリキから彼女たちの幼少期の話を聞いた。〝生意気カルマーリキ〟〝噛みつきセンターベツ〟〝一匹狼メレスーロス〟〝堅物ディスターニア〟など、当時の彼女たちは友達同士で色んなあだ名をつけて呼んでいたらしい。


 昔話に花を咲かせながら盛り上がってたら、他のエルフたちも参加して暴露大会みたいになっていた。ダンジョンでは緊張していたのか、真面目で大人しかったエルフたちが楽しそうに話す姿を眺めて、サーヤはその場からそっと離れた。


「友達、か」


 ルルクやエルニネールと出会うまで、この世界で友達といえる相手なんていなかった。

 だからいまでも友達といえば、前世で仲の良かった二人のことを思い出す。


 九条愛花。

 鬼塚つるぎ。

 大事な親友たちだ。


「……元気かな」


 もし自分と同じようにこの世界に転生していたら、一度でいいから会ってみたい。話してみたい。自分勝手なワガママだからルルクには言えないけど、生きてる間に会いに行きたかった。


 ルニー商会やマグー帝国のセーラー服職人には、間違いなく同郷の人間がかかわっている。それがもし元クラスメイトだとしたら。

 もし愛花やつるぎだとしたら……。

 

 サーヤは頭を振った。


「そんな都合よく会えるわけないか」


 一番会いたかったルルク(七色くん)に会えたんだ。それも、最高の仲間として。

 あまり望んだら神様に怒られちゃうな、と思いながら焚火を離れて岩棚の陰までやってきたサーヤ。

 

 前世のことを思い出してたら彼の声が聞きたくなったのだ。

 定期連絡には少し早かったけど、導話石に触れて話しかけた。


「もしもし聞こえるルルク? サーヤよ」


 しばらく待ってみる。返答はなかった。

 いつもはすぐに返事があるから少し不安になったけど、時間が早すぎたのかもしれない。例の魔族の少女が近くにいたら話せないだろうし。


 忙しいんだろうと判断して、また後で話かけることにした。

 エルフたちの暴露大会に戻ると、ちょうどエルフのひとりがカルマーリキに告白して盛大にフラれているところだった。


 暴露大会は何もエルフだけじゃなく、【白金虎(バイフー)】の面々にも飛び火してしまっていた。酒も入っているのか、ケムナが顔を赤くしたエルフたちから質問攻めにあっていた。ラキララとの関係をしつこく聞かれており、ひたすらはぐらかすケムナ。隣で従魔のホタルが不機嫌な表情になっていた。

 リーリンも酒杯片手に、こっちに近づいてきた。


「ねえねえ、サーヤっちは好きなヒトいるの?」

「ルルクだけど」

「即答! いやあモテるねえルルっち。うちでいうケムナっちみたい」

「ケムナさんも? イケメンのフラッツさんのほうが人気だと思ってたわ」

「そりゃファンはフラっちのほうが多いケドね。でも男は性格でしょ。ま、昔からあのララっちにホタルが取り合ってるワケよ? 他の女子たちはとっくに諦めていったワケ」

「ふうん。その言い方だと、リーリンさんもそうだったの?」

「あはは、昔はね。でも歳の差があったし相手にされなくて諦めたクチよ。いまはフリー」


 少し恥ずかしそうに言うリーリンだった。

 確かにケムナは良い人だし、見た目や口調はヤンキーだけど真面目で優しくて、こっそり猫とか拾ってそうなタイプのヤンキーで……って、聞き覚えのある性格だな。


 サーヤは前世を思い出した。少女マンガの典型的パターンだコレ。

 そりゃモテるわ。


「サーヤっちはルルっちがどうするか気にならないワケ? あのメレスーロスにずっとアプローチしてたでしょ、あれって本気なの?」

「そりゃ気になるけど、気にしても仕方ないわよ。前……昔から、本音はよく見えないひとだもん」

「ふうん。でもサーヤっちは諦めないんでしょ?」

「当然よ。いまはまだ子どもだし相手にされてなくても、私だってそのうち立派なレディになるんだから!」


 まだ薄い胸を張って、自信満々にそう言うサーヤ。

 本当はずっと不安なんだけど、そんなことは誰もが抱えているものだから、誰かに言う必要のないことだってわかっている。

 決意の固いその表情を見たリーリンは、なぜか感動したように目を潤ませた。


「サーヤっち! アタシ、サーヤっちのこと応援する!」

「ちょっ、リーリンさん!」


 抱き着いてきたリーリン。

 こんな距離近いひとだったっけ、と思ったら息が酒臭かった。


「ルルっちめ~こんな美少女泣かせたら許さないワケ~」

「離れてリーリンさん! ほら、みんな見てる!」


 サーヤのほっぺにスリスリしてくるリーリンに、何事かと視線を向けてくる他のメンバーたち。

 騒がしい夜は更けていく。

 見張り番だったディスターニアだけが、輪に混じれずに不機嫌そうな顔で仕事をまっとうしていた。


 ちなみにその夜、ルルクは通信に応答しなかった。



 そしてサーヤたちが寝静まった頃、誰にも気づかれずにプニスケの姿が忽然と消えたのだった。

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