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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・18『竜姫の激闘』

■ ■ ■ ■ ■


「あるじ、あるじっ!」


 地下最下層。


 本来なら、ダンジョン〝砂中の楼閣〟の第一階層として存在している場所だった。

 転移装置でしか入ることができないこのダンジョンは、上へと登るにつれて強い魔物が出てくる。全30階層からなる小規模なダンジョンだが、魔族領深度Ⅲというそもそもが魔物の巣窟といえる場所にできたダンジョンだ。最下層でも弱い魔物などいない。


 転移したセオリーは、すぐに転移装置を叩き壊した。ダンジョンであればすぐに自動修復されるかもしれないが、これでしばらくは誰も追って来れないだろう。

 それから人の姿に変化しておく。天井の低い階層では、竜のまま動けばすぐに崩れそうだった。それに巨大な竜の指ではアイテムも満足に使えない。


 セオリーはアイテムボックスからスゴ玉を取り出すと、ルルクの口に運ぶ。

 しかしスゴ玉はけっこう不味いので、意識を失っているルルクは飲んでくれなかった。吐き出してしまう様子を見て、セオリーは迷わず自分の口に含んでルルクに口移しで飲ませた。


 初めてが正〇丸の味とか、セオリーらしいな。


 ルルクに意識があればそう茶化しただろうけど、セオリーにそんなことを考える余裕はなかった。

 眷属だからこそわかる主人の生体信号。それが死ぬ一歩手前まで弱まっているのを感じていた。


 ルルク謹製の超回復薬は、すぐに傷を癒し始めた。

 血が止まり少しずつ傷が塞がってゆく。


 1粒でも回復量は凄まじいけど、念のためもう一度スゴ玉を飲ませてから、膝にルルクの頭を置いてぎゅっと手を握りしめる。

 必死に祈った。


「お願い、死なないであるじ……」


 いくら回復薬が傷を治しても、体力や血は回復してくれない。

 セオリーは自分もボロボロになっていることにも厭わず、ルルクの頬に涙を落としながら祈り続けた。


 十分、三十分、一時間、三時間……時間だけが過ぎていく。

 目を覚ます気配は一向になかった。


「あるじ……お願い……」


 全身から生気が失われているのが目に見えてわかる。血を失い脈も弱まり、いつ死んでもおかしくない容態だった。

 それなのに、なぜか心臓が勝手にルルクを覚醒させようと時折強く脈打っていた。それは神様がルルクを助けようとしているのだと、勘違いするような奇妙な出来事だった。


 時々水を飲ませ、安静にしたまま過ごして祈り続ける。

 セオリーにできることは竜神や創造神に祈ることだけだったから。

 

 体感的にはすでに陽が沈んだだろう。気付けばセオリーも空腹を感じるほどだった。このまま目が覚めなかったらどうしよう……少しずつ、不安が心を蝕み始めた時だった。

 ふと音が聞こえた。何かが這いずるような音だ。


「魔物……?」


 かすかな気配とともに聞こえたその音に、セオリーはルルクの頭をゆっくりと下ろして立ち上がる。

 薄暗い迷宮。転移装置の部屋の外には、魔物らしき気配が闇のなか蠢いている。


 ……怖い。


 ダンジョンもトラウマだ。

 入るだけで足が震える。

 だけどいまはダメだ。怖がってる場合じゃない――そうわかっているのに、歯がカチカチと鳴った。

 怯えるセオリーの気配に気づいたのか、魔物はゆっくりと部屋に入ってた。


 ブラッディサーペント。

 Bランクの蛇の魔物だった。


 巨大な胴体を持ち、牙には猛毒。暗闇でも的確に動きを把握できるピット器官を備えて、巨体に似合わない俊敏な動きも見せる暗闇の狩人だ。

 鱗はさほど硬くないけど……ここで竜化はおろかブレスなんて撃てない。あっというまにダンジョン下層部が崩壊するだろう。


 セオリーが取れる行動はひとつだけだった。

 震える拳を握りながら、人型のままブラッディサーペントを睨みつける。


「わ、我が相手なり! か、かっか、かかってくるがよい!」

『ジュラアアア!』

「ひいっ」


 威嚇されて身がすくんだ。

 ブラッディサーペントはセオリーを見下ろして、嗤うように目を細めた。チロチロと舌を出し、獲物が逃げ出すのを楽しみに待っているかのように、ゆっくりと近づいてくる。

 セオリーの荒い息遣いと、ブラッディサーペントの這い寄る音が反響する。


 セオリーはじわじわと迫ってくる狩人の恐怖に耐えられなくなって、ガムシャラに殴りかかった。


「や、やああっ!」

『ジュラッ』


 ブラッディサーペントは軽く胴体を振るった。

 横からの衝撃をモロに受けたセオリーは、そのまま壁まで吹き飛ばされる。全身を強く打って呼吸が止まり、床に落ちた。

 いくら竜種で耐久値が高いとはいえ、ダメージは軽くなかった。


 気を抜くヒマもなく、すぐさまブラッディサーペントが追撃してくる。今度は尻尾を上から叩きつけてきた。

 避けることなんてできずに、重量のある巨大な鞭が全身を打った。


「ぎぃっ」


 体のどこかから折れた音がする。吐息に激痛が混じり、血が喉から漏れる。

 いやだ。死にたくない。


 いままで大事に育てられてきた。危険からは遠ざけられ、傷つくことなんて滅多になかった。冒険者になることは危険を伴うと、ルルクに何度も説明されて理解もしていたはずだった。その危険を承知でいたつもりだったのに、こんな状況になってようやく気付いた。


 きっとルルクが守ってくれる――そう考えていた自分に。

 そう甘えていた自分に。


「ぐぎ……い、痛いよぅ」


 頼っていた存在が気を失い、自分の力だけで戦わなくならない状況で初めて、自分の力を高めてこなかったことを後悔した。最強種として生まれながら、楽しいことだけに目を向けて、レベルもスキルも考えることなく生きてきた。

 努力せずに生きてきた。


 ……死にたくない。


 その想いだけで、セオリーは力を籠めてブラッディサーペントの胴体から這い出そうとする。いつも気弱で情けないとはいえ、腐っても真祖竜。ステータスは高いので、ブラッディサーペントの体重くらいなら押しのけられる力はあった。

 グググ、と自分の体が持ち上げられそうになった魔物は、それでも嗤っていた。


『ジュラララ』


 今度は逃げ出そうとしたセオリーの体に、スルスルと尻尾を巻き付けていく。

 人間の腕くらいの太さの蛇でさえ、その人間の胴体を折るくらいの力はあるのだ。いくら中身が竜種だといえブラッディサーペントの締め付けから抜け出すのは容易じゃなかった。

 じわじわと絞められる。


「ぐ、い、がぁ」


 圧迫され、肉や骨が軋む。

 またどこかが折れた。激痛が脳をつんざき、勝手に涙が流れてくる。それでもセオリーは必死に力を籠めた。死にたくない、その感情だけで耐え続ける。


 ブラッディサーペントはなかなか諦めない獲物相手に最初は楽しんでいたものの、やがて興味が薄れていった。必死に抗う獲物は恐怖を忘れてしまう。怯え、泣き叫び、喚く様子がなによりも好物だった魔物にとって、セオリーの抵抗はつまらなくなっていった。


 どうせ殺すんだ。いまは獲物をどうやって絶望させようか――ブラッディサーペントがそこで気づいたのは、最初に獲物が守っていた存在だった。


 部屋の隅で横たわるルルクだった。


 ブラッディサーペントは、セオリーの拘束を放り出してルルクへと近づいた。

 先にこっちを殺せば、あの獲物は絶望して泣き叫ぶだろう。

 

『ジュララ』


 甘美な想像に目を細めたブラッディサーペントは、その大きな口を開けてルルクを丸呑みにしようとした。


「――させない」


 その時、背後から強烈な威圧感が迸った。 

 ブラッディサーペントはダンジョンに生まれた魔物だった。最低でもBランク魔物しか生息していないこの砂中のダンジョンでは、生き抜くことすら難しい。

 出会った魔物同士での殺し合いは日常茶飯事だった。


 その魔物ですら身に覚えのない気配を感じ、とっさに振り返る。

 そこにいたのは、両腕に白と桜色の鱗を纏った(・・・・・)人間の姿だった。


「あるじだけは、ダメだもん!」


 セオリーは叫んで、地面を蹴り出す。

 床が壊れた。


 次の瞬間、ブラッディサーペントは殴り飛ばされていた。数百キロの体が、まるで玩具のように吹き飛ばされる。壁に激突して部屋全体が震動した。

 

『ジュ、ラッ……!?』


 なんだこいつは。

 ブラッディサーペントは驚愕していた。さっきまで震えているだけだった獲物が、自分を優に凌ぐ気配を放っていることに。


「やあああ!」


 セオリーの動きを、ブラッディサーペントは目に捉えることはできなかった。

 あまりに俊敏になった動き。そして軽く天井までも殴り飛ばされるその力。

 何も理解できまいまま、ブラッディサーペントは何度も殴られ続け――


『――。』


 わけもわからない内に仕留められ、素材へと変わってしまった。


「はぁ、はぁ……」


 皮と牙と、毒袋の素材に変わった魔物を見て、セオリーはペタンと床に座った。

 自分の腕を見る。


「……これ、なに……?」


 白と桜色の鱗が、両腕を覆うように生えていた。

 爪も竜の時のような鋭さになっており、まるで両腕だけが竜化したような姿になっていたのだ。


 竜化?

 でも、なんで腕だけ?


 必死だった。

 死にたくないと恐怖していたあの時、ルルクが食われそうになった。その瞬間、体の中から何かが弾けたような感覚とともに、力が湧いてきたのだ。

 よくわからない変化に戸惑うセオリーだったけど、ブラッディサーペントを倒せたのは事実。ルルクを守ることができて安堵の息を漏らした。


「――痛っ」


 全身、中も外もボロボロだったことを思い出す。

 すぐにアイテムボックスからスゴ玉を取り出して飲んだ。もう一度ルルクの頭を膝に乗せ、ゆっくりと傷が癒えていくのを待った。


 息をついて水を飲むと、さっきの戦いを思い出してしまう。

 手が震えてくる。


「……あるじ……」


 死ぬかもしれなかった。ルルクが殺されるかもしれなかった。

 恐怖の感情がまた噴き出してくる。


 こればかりは簡単に克服できるものじゃなかった。ただ必死だったから。ただ相手が油断していたから。だから生き残ることができた。


 もしひとりで逃げていたら、こうしてルルクの体温を感じられなかったら、きっと耐えられなかっただろう。不安に押しつぶされていただろう。

 肩を抱えて震えながら、セオリーは涙目で祈った。


「目を覚ましてよう、あるじぃ」

『グギギ!』


 だが、ここはダンジョン。

 派手に戦うと、近くにいた魔物が引きつけられてくるのは常識だ。


 セオリーの前に現れたのは斧を背負った巨大な人型魔物――ブラックゴブリン。当然、Bランク魔物だ。

 ブラックゴブリンは醜悪な笑みを浮かべると、舌なめずりしながら近づいてくる。


 セオリーはまた泣きそうになりながらも、ルルクを守るために立ち上がった。


「わ、我が相手だ!」

『ギャギャギャ!』


 セオリーは死に物狂いで戦った。


 竜の鱗を腕に纏わせ、恐怖を振り払うように強靭な力を振るう。いままでとは一段階違うその戦闘力は、竜種の名に恥じない姿だった。

 

 だがそれでも無傷とはいかない。

 戦いに不慣れなセオリーは、狡猾な攻撃を避けることができない。駆け引きを知らない。フェイントにも引っかかるし、ルルクを狙われたら身を盾にして自らが傷を受けていた。


 ボロボロになりながらもブラックゴブリンを返り討ちにして、傷を癒すために回復薬を飲む。

 その傷が癒えないうちに、また新しい魔物が現れる。


 傷だらけになりながら、戦い続けた。

 毒を食らい、血を吐き、痛みや苦しみに耐えながら、繰り返しやってくる魔物たちに立ち向かう。

 何度も、何度も、回復薬で無理やり体を癒しながら。


 いつのまにか部屋は素材だらけになっていた。もう何度、魔物を倒したか憶えていない。誰かが魔物を送り込んできているかのような、そんな終わりなき連戦。見えない相手と我慢くらべでもしている気分だった。


 どれだけ魔物を倒そうとも、恐怖が麻痺することはなかった。スゴ玉やハイポーションでいくら体を治しても、血を失った体力と精神がもつはずもなかった。

 拳を握りしめ、主人を背に隠して戦い続けたセオリー。


「あるじは、我が、まもるっ!」


 大粒の涙を零して泣きながら、鼻水を流しながら、それでも必死に主人を守り続けていた。

 意識すら朦朧としたなかで、最後まで魔物を倒し続けた。


「……あるじは……我が……」


 それでも限界はくる。

 一度でも膝をついてしまえば、もはや立つことはできなくなっていた。

 倒した魔物が素材に変わっていくのをぼんやりと眺めながら、倒れるセオリー。


 セオリーは知らなかったが、すでに丸一日戦い続けていたのだ。


 だが無情にも、また新たな魔物が部屋に入ってくる。

 戦う気力も体力も、もはや残っていなかった。


『グルルル』


 魔物の唸り声を聞きながら、セオリーは自分が死ぬことを悟った。


「あるじ……」


 セオリーは倒れたまま、ルルクの手を握る。

 使い続けてきた回復薬もすでに尽きていた。戦って傷つけられてしまえば、倒したところで傷は治せず死ぬだろう。

 もはや抵抗に意味はない。

 死にたくなかった。死にたくなかったけど。


「……いっしょ、だもん……」


 どうせ死ぬのなら、それくらいの望みは言ってもいいだろうか?


 ひとりで生き残ることも、ひとりで死ぬことも寂しくてイヤだった。

 だからせめて、最期の瞬間はルルクと一緒がよかった。

 セオリーは薄れゆく意識のなかで、小さくつぶやいた。


「……ごめんなさい、あるじ……」


 いまだ意識が戻らないルルク。

 守ることができなかった。その後悔だけが胸を焼いていた。


 最初から、自分では彼の隣に立っている資格はなかったのだ。ここにいるのが自分じゃなければ、きっとルルクを守り通すことができただろう。エルニネールやサーヤには申し訳なかった。

 ここにいるのが、自分でさえなければ――


「あ」


 セオリーは意識を失う直前、ほんのその最後の一瞬、手をぎゅっと握りしめた。


 パキン!

 軽い音を立てて割れたのは、アイテムボックスから辛うじて取り出せた薄い銀の板。


 その直後、空間を超えて現れたのは一匹のスライムだった。


『どうなってるなの~?』


 気を失ったセオリーとルルクの前に召喚されたプニスケは、主人と仲間と、そして魔物をキョロキョロと見回してから元気よく言った。


『んーと、よくわかんないけど……ご主人様と竜のお姉ちゃんをまもるのは、ボクのしごとなの!』


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[良い点] セオリーよく頑張った!えらいぞぉーT^T
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