激突編・17『簒奪』
「待てナギ、俺は……」
白腕の魔族を殺したのはスカトだ。
そもそも俺は生きた白腕――ゲールに会ってすらいない。
でも、それを言って信じられるか?
こうして俺がゲールの遺体を持ってきたことが何よりの証拠だと思われるだろう。
「兄様を殺したのは……ルルクです?」
太刀を引っ提げてにじり寄ってくるナギ。
復讐だけを目的として、復讐さえできればいいと言っていた少女は、迷わず自らの命すら捧げていた。
復讐を遂げたら死ぬ――そう決めていたくらいに。
俺は深く息をついた。
覚悟を決める。俺の命だけじゃない……ナギの命を背負う覚悟を。
「そうだ。その白腕の魔族は……俺が殺した」
「殺すですっ!」
激高したナギ。
こうなってしまったら仕方ない。中途半端に俺とサトゥルヌを同時に狙われても対処が難しいから、いっそ俺に直接来てくれたほうが無力化もしやすいだろう。
なんとか太刀だけ奪えれば落ち着かせることもできるはずだ。
問題は防御不能の剣撃ってことだ。
幸いステータスは俺の方がかなり高いので、スピードなら圧倒できるはず。
感情をぶつけるように踊りかかってきたナギの刀を、一度大きく横に跳ぶことで回避する。
あとは転移で背後を取って――。
そう考えてスキルを使おうとした瞬間だった。
「え!? 発動しない!?」
『相対転移』は発動しなかった。
いや、それどころじゃない。
どれだけ意識しても、霊素がまったく操れなくなっていた。
……まさか。
俺はとっさにサトゥルヌを見る。
やつは、堪えるような笑みを浮かべていた。
――奪われたのか。
転移スキルだけじゃない。神秘術そのものを奪われたのか!
そう確信したときには、すでにナギが目前まで迫っていた。
「死ぬです!」
「くそっ」
とっさにミスリルの短剣でガードしようとした瞬間、背筋に寒気が走った。
受けちゃダメだ。本能がそう叫んでいる。
迷わず回避を選択。とはいえここから無傷とはいかなかった。二の腕に太刀筋が食い込む。
血が舞った。
もとよりナギの太刀に防御スキルも術式も通用しないんだけど、俺の『領域調停』はただの防御スキルじゃない。外傷という干渉自体を弾き出すスキルだ。なにかの理由で万が一傷がついても、肉体が瞬時に回復するはずだった。
それが発動しないってことは――
「神秘術ぜんぶダメかよ!?」
『領域調停』も『虚構之瞳』も『相対転移』も、慣れ親しんだスキルすべてが使えなくなっていた。
これはヤバい。
スキルをひとつ奪われるのとはワケが違う。
神秘術そのもの奪えるなんて、どんなチート能力だよ!
そんなことが可能ならサトゥルヌには敵なんか存在しないだろう。何かカラクリがあるはずだ。メーヴも奪えるものは何か一つと言っていたし、俺の鑑定でもそう表記されていた。まとめて奪えるなんて、明らかにおかしい。
理由を考えようとする俺を、サトゥルヌは俺を嘲るように嗤った。
「所詮、欠陥品か」
「――ッ!」
怒りに沸き立ちそうになる頭を、『冷静沈着』が発動して鎮めてくれた。
……そうだ、落ち着け俺。いまはまずナギに対処しないと。
俺はステータスをフルに活かしてナギと距離を取った。
ナギは遠距離攻撃ができないので、逃げる俺を追おうとしていたが……すぐに諦めた。まっすぐ追いかけても無駄だと悟ったんだろう。
すぐに俺から視線を外し、呆然としていたセオリーに斬りかかった。
「おまえも、同罪です」
「待て! セオリーは関係ない!」
とっさに地を蹴って、ふたりの間に身を滑らせてセオリーを抱きかかえた。
強烈な熱が背中を襲った。
「あるじっ!」
「ぐ、う」
歯を食いしばり、そのままセオリーごと壁際まで跳ぶ。
さすがの神話級武器だな。俺の耐久力すら貫いて関係なく深手を負わされた。これはヤバいかもしれない。
盾になるようにしてセオリーの前に出て、ナギを睨みつけた。
ナギはゆらゆらと頭を揺らして、開いた瞳孔をこっちに向ける。
「……逃げてばかりでどうしたです? ナギも兄様みたいに殺さないのです?」
「ハッ、調子に乗るなよナギ。おまえなんざ片手間で充分なんだよ」
口から出るのは虚勢だけ。
背中から零れ落ちていく血がハンパない量になってきた。ポーションを飲む隙くらいは欲しいもんだ。
ナギは腰を落として構えた。
今度は怒りに任せた攻撃じゃなく――散々見てきた恐ろしいまでの剣術だ。
「その軽薄な魂に……ナギの痛みを、怒りを、教えてあげるです」
「言うじゃねえか。御託はいいからかかってこい」
「鬼想流――『火暴れ』」
ナギが振るった太刀は、当然ここまでは届かない。
だが回避も防御も意味がない――そう思わせるほどの、必殺の一撃だった。
斬撃を飛ばす……昔、ヴェルガナにそんな冗談を言って笑われたっけ?
あらゆる術式やスキルを撃ち消す斬撃が、幾重にも分裂して周囲を切り刻んでいく。床、壁、天井、そのすべてに無差別に襲いかかり、当然俺たちにも届く。
俺は歯を食いしばって、全身に力を籠めて両手を広げた。
「あるじ!」
どんな防御も意味がないなら、体で受けるしかないだろう。
せめて後ろにいるセオリーだけはと二人分の斬撃を受け止めた俺は、全身から血を吹き出して膝をつく。
……くそ。本当にこいつ、強いなぁ。
身体能力だけでどうこうできる相手じゃない。
技術も手数も予想をはるかに超える剣士だった。
魔術が使えないハンデを自力で克服したナギの凛々しい姿を見て、俺はなぜか無意識に笑みを浮かべてしまう。
同じ病を抱えた自分と、少し重ねてしまった。そんなこと考えてる場合じゃないのに。
もう自分が何を考えるべきなのかも、わからなくなっていた。
血を失いすぎて気が遠くなっていく。
「セ、オリー……ごめん、にげろ……」
「あるじ、あるじ!」
死の足音が聞こえてくる。
ああ。
結局、俺は何一つ成せず死ぬのか。
この二度目の人生、俺がもっと賢ければもっとうまくやれたはずだ。だが所詮俺は出来損ないでしかなかった。前世でも、今世でも、欠点だらけのガキでしかなかったんだ。
……ごめん、セオリー。
俺が死ぬのは仕方ない。
でもセオリーを連れてきてしまったことだけは、悔やまれる。
巻き込んですまない。
頼む。
すぐにみんなのところへ戻ってくれ。
早く、逃げてくれ。
不憫な従魔の無事を祈りながら、俺の意識は沈んでいった。
■ ■ ■ ■ ■
気を失ったルルクを抱き留めて、セオリーは戸惑っていた。
このまま放っておいても出血多量で死ぬ。
しかしナギは悠長に待つことなく、倒れたルルクに向かって走ってくる。敵と定めた相手には容赦がないことくらいセオリーにもわかっていた。
ルルクはサトゥルヌの『簒奪』で、神秘術を奪われてしまった。
それは神秘術士のルルクにとってはほぼすべての手札を失くしたと同等だ。体ひとつで戦って勝てる相手じゃないことくらい、セオリーにも理解できている。
ずっと頼ってきた力を封じられたら、ふつうは絶望するだろう。激高するか喚き叫ぶか、それくらいの衝撃を受けるはずだった。
でも、ルルクは冷静にセオリーを守ろうとしていた。
眷属だから? きっとそうだろう。それ以上の意味はないはずだ。
気まぐれで助けてもらったあの時、セオリーにとってルルクはこの世界の全てになったけど、ルルクにとってセオリーはただ2番目の従魔でしかない。
それくらい、わかっている。
わたしは、主の眷属だ。
逃げろと命令されたら、その命令には逆らえない。
だから……だけど!
一人で逃げろなんて言われてない!
「『滅竜――破弾』っ!」
セオリーはナギに手を向けて、スキルを発動した。
ナギの真後ろにはちょうどサトゥルヌがいた。運が良ければふたり纏めて吹き飛ばせる。セオリーの光線は音よりも速く飛ぶから、いくら剣の達人でも見てから反応できるような速度じゃない。
「っ!」
だが、ナギはいままで何度もそのスキルを見ていた。
慌てたナギが、とっさに太刀を体の前にかざした。
その瞬間、放たれた光の奔流が直撃する。
スキルは斬り裂かれる――が『滅竜破弾』はブレスそのものを手から放つスキル。光属性のブレスは単なる一撃ではなく、光の粒子を集めて放つ収束砲だ。
ナギに中心部を消されても残りはまだ生きていた。光弾は左右に分かれ、壁へとぶつかって爆発する。
壁の一部が崩れ、砂漠が見えた。
「ほう。なんという威力」
その威力に目を見開いたのはサトゥルヌだった。
ここはサトゥルヌが制御しているダンジョン――そのボス部屋なのだ。内壁は本来のボスであるSランク魔物の攻撃ですら破壊できない耐久度だ。
それをセオリーは、勢いを殺されたスキルの残滓だけで破壊してしまった。
「貴様、予想よりも危険な女だったか――『簒奪』」
「『滅竜――っ!?」
続けてスキルを撃とうとしたセオリーは、その頼みの綱を奪われてしまう。
自分のスキルが消えたことを自覚して、焦るセオリー。
サトゥルヌはそのまま外界から砂を呼び込み、無数の礫に変化させた。
「『砂雹』」
一つ一つが拳大の尖った砂の塊になり、セオリーたちを襲う。ナギすら巻き込むほどの広範囲攻撃だった。
セオリーはとっさに身をかがめて頭を守ろうとしたが、足元に横たわるルルクが視界に入った。
ダメだ。
これ以上一発でも当たったら、死んでしまう!
すでに虫の息のルルク。
とっさに体を覆いかぶせた。でもセオリーの小さな体では守ることなんて――
そう思ったとき、脳裏に浮かんだひとつのスキル。
ハッとして叫んだ。
「『変化』!」
セオリーはあのトラウマの日から、竜に戻ることができなかった。
竜になることが怖かった。嫌われて、恨まれて、憎まれて、いくら勘違いだったとしても、知らない人たちに自分が竜姫だということを知られるのが怖くなっていた。
でも、そのせいでルルクが死んでしまうのは、もっと怖い。
そんなこと許せない。
セオリーの心に浮かんだのは、それだけだった。
『させない!』
その瞬間、眩い光とともに竜が降臨した。
鱗は純白に染まり、所々が桜色に輝いた竜だった。
躰は細くしなやかで、同時に力強さも感じさせる荘厳な姿。それは紛れもなく、美しく気高い竜姫そのものだった。
「竜種だとッ!?」
今度こそサトゥルヌが驚愕の声を漏らす。
砂雹はセオリーたちに降り注ぐものの、強靭な鱗の前では傷ひとつつけることなどできなかった。竜の体で包み込むように守られたルルクには掠りもしない。
「忌々しい竜め! 私の領域によくも――」
『邪魔ぁああああ!』
「『砂殻』っ!」
セオリーはブレスを放った。
幸運にも、封じられたのは『滅竜破弾』だけだ。まさか竜種だとは思わなかったサトゥルヌは、ブレスそのものを奪ったわけではなかった。
とっさに全身を砂の結界で覆ったサトゥルヌに、セオリーの全力のブレスが直撃した。
後ろの壁や天井は吹き飛び、上階のサトゥルヌの私室が消滅した。
余波も凄まじく、離れていたナギすら吹き荒れる暴風に逆らうことができずに壁に激突して気を失っていた。
その隙に、セオリーはルルクを掴むと一気に飛翔した。
城の外へと飛び出す。
しかし竜に戻ったのは久々で、魔力もかなり消耗していたセオリーはうまく翼に魔力を回せず、上昇することができない。必死に距離を取るために滑空する。
「今のは効いたぞトカゲ娘!」
サトゥルヌは嫌悪感を顔に出しながら、ボロボロになった砂の鎧を解く。
その体にはかなりのダメージが入っており、頭部からは血が流れている。
砂漠へと逃げていくセオリーの背中めがけて、手を向けた。
「愚かな。我が庭で飛べると思うな!」
砂漠が蠢く。
サトゥルヌの魔力で染め上げた大地は、その全てが意のままに動く。巨大な触手のように砂がうねり、飛んでいるセオリーを貫こうと天に突き立つ。
『くっ、にゃっ、ひゃあ!』
何度も避けて離脱を試みようとするセオリーも、無数の攻撃を全て回避することはできず、翼に一撃を受けてしまう。
翼から血が舞い、魔力が霧散して落下する。
「死ね羽虫が――『砂喰』」
地面がまるで大きな生き物のように口を開けた。
セオリーは全力で片翼に力を籠めて、喰われるギリギリで横に転がるように飛んだ。その足を絡めとろうと、触手が襲いかかってくる。
考えるヒマもなく、ひたすら避けて避けて逃げ続けるセオリー。上昇する体力も魔力もなく、次第に追い詰められていく。
遊ばれるように進路を封じられ、また城へと戻ってくるしかなかった。
サトゥルヌがその様子を見降ろしながら、嘲笑した。
「下賤な竜神の駒よ。この地に降りたことを悔やんで死ぬがいい。『砂獣』」
サトゥルヌが造り出した砂の狼十数匹が、唸りながらにじり寄ってくる。
竜の姿のまま、ルルクを抱え込むようにして壁際で威嚇するセオリー。逃げ場はどこにもなかった。
万全尽きたかに見えたその時、セオリーの視界に映ったのはさっき見たばかりの装置だった。
あれは、転移装置!
殺到する砂の狼たち。
セオリーはとっさに装置へ跳んだ。
『まにあって!』
セオリーはその片方に飛びついて、即座に魔力を流す。
獣たちの牙が、爪が、セオリーとルルクへと迫る。
しかし彼らの攻撃が届く直前、セオリーとルルクは姿を消していたのだった。




