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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・16『砂中の楼閣』

■ ■ ■ ■ ■



「サトゥルヌ様、至急ご報告が!」


 部下が駆けこんできたのは、サトゥルヌが会議をしている時だった。


 魔族領では〝砂中の楼閣〟と呼ばれているその城は、砂丘に埋もれた巨大な法螺貝のような建造物だった。

 その構造ゆえ窓は少なく、最上階にあるサトゥルヌの私室とその真下にある謁見の間、それとこの会議室でしか外を確認することはできない。ここから直接外にも出られるため、普段はサトゥルヌ以外立ち入りが禁止されている。


 飛び込んできた部下に目くじらを立てたのは、会議に参加していた男。


「許可もなく入室するとは何事か! 無礼にも程がある、貴様の命程度で――」

「よい。報告しろ」


 机を叩いた男を(いさ)めて、サトゥルヌは部下に命令した。

 部下は冷や汗を流しながら、背筋を伸ばした。


「み、南方向より接近する敵影あり! 第9兵隊の砂上艇を奪ってこちらに向かっていると思われます。第9兵隊とは連絡が取れません」

「敵襲か?」

「そ、それが砂上艇はひとつしか見当たらず、小柄な人影が3名ほど乗っております。体格的には女か子どもかと。歩哨は伏兵も考慮していますが、彼らのほかには気配も痕跡もないようでして」

「……そうか。少し待て」


 サトゥルヌは窓から外を眺めた。

 確かに砂上艇がひとつだけこちらに向かって真っすぐ進んできている。遠すぎて具体的な姿は見えないが、しかしそれは視覚に頼ればの話だ。

 

「『サンドサーチ』」


 サトゥルヌは魔力を拡散した。

 全方位に放たれた魔力が、範囲内にあるすべての砂に共鳴する。


 砂に触れている物をすべて把握できる索敵の王級魔術だ。これにより、砂に溢れたこの土地でサトゥルヌの目を逃れられる獲物はいないと畏れられている。


「ふむ。確かに、砂上艇一隻だけのようだな」

「だ、第9兵隊は……?」

「死んでいる。遺体はやつらが来た方角に転がっているから、すぐに別部隊を向かわせて回収しておけ」

「か、かしこまりました。敵性体への対応はいかがしましょう」

「手間をかける必要はない。ここから処分する」


 サトゥルヌはそう言って、遠方の砂上艇へと手を向けた。

『砂塵掌握』という、シンプルかつ強力な種族スキルを持っているサトゥルヌは、魔力が届く範囲のすべての砂を操ることができる。もちろん目視していなければ不可能なのだが、幸いここには窓があった。


「『砂地獄』」


 サトゥルヌは砂上艇の進路上に、流砂を生み出した。

 流砂は砂漠の墓場と言われるほどの脅威だ。空を飛べない限りは脱出できないし、飲み込まれてしまえば窒息か圧死の運命からは抗えない。当然、小さな砂上艇などなすすべもなく餌食となる――はずだった。


「なんだと?」


 しかし砂上艇から振るわれた斬撃のようなものが、流砂を消し飛ばした。

 流砂は形のない脅威だ。たかが武器一本で消せるようなものではない。


「どういう原理だ? ……『砂沼』」


 今度は、砂上艇の周囲すべての砂を液状化させた。泥沼である。

 砂上艇の外輪は乾いた砂をかき分けて進むことにのみ特化している。雨の日は動かないし、泥なんてもってのほかだったが……。

 しかし今度も、沼に変わった瞬間その術式ごと消し去られた。


 サトゥルヌのスキルを無効化するようなスキルを持っているのか、あるいは武器の性能か。

 どちらにせよ一筋縄ではいかない相手だろう。


「ふん……面白い」


 サトゥルヌは窓に背を向けて、部下に振り返る。

 まさかサトゥルヌの防衛術を突破してくる相手だとは思いもせず呆けている部下に、淡々と指示を出した。


「ヤーヌスに迎え入れるように伝えろ。謁見の間まで案内しろとな」

「か、かしこまりました!」


 なぜわざわざ敵を迎え入れるのか理解できない部下だったが、サトゥルヌの指示に異議を唱えるような愚かな真似をするはずもなかった。すぐに退室していく。

 兵士がいなくなると、それまで成り行きを見守っていた会議の参加者たちが次々に口を開く。


「サトゥルヌ様、よいのですか?」

「左様。他の〝六天魔〟の手先である可能性も在りうるですぞ」

「サトゥルヌ様が直接見極めるんだろ? なら安心じゃねえか」

「そうよぉ。それに魔力ごと斬ってたあの技、気になるわねぇ?」


 彼ら4名はサトゥルヌを守る直属の精鋭だ。

 それぞれが中位魔族のなかでも秀でている者たちで、やがて上位魔族に覚醒してもおかしくない実力の持ち主。


 本来はここに〝影王〟を加えた5名が精鋭部隊なのだが、残念ながらあの老いぼれとは連絡が取れなくなって久しい。占星術でも生存が確認できないので、おそらく死んでいる。


「さて、吉と出るか凶と出るか……」


 サトゥルヌは未知の敵のことを考えながら、中断していた会議を再開した。



□ □ □ □ □



「いや~ビビった。あの距離から攻撃してくるんだもんな」

「死砂域はすべてサトゥルヌの力が及ぶ範囲です。城から見える範囲すべてがそう……残念ながらとっくに入ってたです」


 そうだとしても、まさか挨拶代わりに流砂作ったり泥沼に変えたりしてくるとは思わないじゃん?

 まあ、先に部下を殺したことがバレたんだろうけど。


「にしても攻撃やめたのか? 何の音沙汰もないけど」

「です。このまま乗り込むです」


 俺たちは砂上艇を走らせて、巨大な法螺貝のような建造物の麓まで近づいた。

 とはいっても建物はほとんど砂丘に埋もれており、上側も同じ色なのでぱっと見ではただの砂丘に見える。入り口どころか窓すらも、最上部にいくつか見えるだけでほとんどない。


 砂上艇から降りてぐるりと周囲を見渡す。


「これ、どっから入るんだ? 前はどうやって入った?」

「前回はそこに案内役がいて、転移装置で案内されたです」

「……転移装置があるのか?」


 首をひねる俺。

 この世界の転移装置って、ダンジョンにしかないんじゃなかったっけ?

 魔族領では普通に存在するのか。


 そんな疑問に答えたのは、ナギではなく男の声だった。


「御座います。最下層行きと、上層階行きの2種類です。最下層行きは片道のみになっており、戻れませんのでご注意を」

「うわっ」


 いきなり背後から声をかけられて吃驚(びっくり)した。

 いつの間にか俺たちの後ろにいたのは、満面の笑みを浮かべた髭の男だった。丸い顔は七福神の真ん中の神様――恵比寿様にそっくりだ。

 もちろん魔族だから、ダークエルフ風の恵比寿様だけど。


「驚かせてしまい申し訳御座いません。ワタクシ、案内役のヤーヌスと申します」

「いえいえ、こちらも驚いて申し訳ない。俺はルルクと言います」

「これはこれは、ご丁寧に」

「こちらこそ」


 ペコペコ頭を下げ合う俺とヤーヌス。

 なんだこれ。


「それでヤーヌスさんは、やっぱり俺たちを追い返しに? 無理を承知で頼みたいんですけど、俺たちサトゥルヌに会いに来たんですが」

「いえ、サトゥルヌ様からのご命令で、アナタがたを案内に参りました」

「え? 面会許可してくれるんですか?」

「そうで御座います」


 なんと。

 さすがに交渉か武力か、何かしらのアクションが必要だと思ってたんだけど、まさかそのまま会わせてくれるとは思わなかった。


 罠か……と思ったけど、自由に砂を操れる上位魔族が、わざわざ城の中にまで案内して罠にかけるとは思えない。何か理由があるんだろうか。


「サトゥルヌ様は先ほどの様子を見て、アナタがたにご興味が湧いた様子です」

「先ほどのって、術式を破ったことですか?」

「そうで御座います。もちろん、ワタクシもアナタがたが他の〝六天魔〟の間者と判断すれば、このまま排除するつもりでしたが……どうやら違うご様子」


 満面の笑みをまったく変えず、俺たちを観察するヤーヌス。

 まあ、そりゃ人族だからな。


「ですのでサトゥルヌ様のご命令通り案内させて頂きます。上階まで転移しますので、こちらに」

「ええ、ありがとうございま……」


 背中を向けたヤーヌスの後頭部を見て、俺は言葉をつまらせた。

 ヤーヌスの後頭部は、後頭部じゃなくてもう一つの顔があった。怒り狂った般若にそっくりな顔だ。

 その怒りに満ちた顔で語り掛けてくるヤーヌス。


「おや、如何しましたか?」

「い、いえ……なんでもありません」


 顔が怖いです、なんて言えるかよ。

 俺たちは大人しく従いながら、砂に隠れた転移装置まで案内された。

 少し離れたところにも別の転移装置がある。さっきの言葉を聞く限り、あっちは最下層行きの転移装置だろう。


 ヤーヌスが転移装置に魔力を籠めると、周囲一帯が光って転移が発動した。

 景色が打って変わり、今度は狭い部屋の中だった。

 こちらにも転移装置があり、自由に出入りができるようになっているみたいだな。便利すぎる。


「それでは、謁見の間まで案内致します」


 扉を開けて廊下に出るヤーヌス。

 一応、透視してぐるりと周囲の様子を見てみるけど、罠や伏兵が潜んでいたりはしなかった。本当に案内してくれるつもりみたいだ。

 俺はヤーヌスのすぐ後ろを歩きながら質問する。般若顔は見ないようにしながら。


「つかぬことを伺いますけど、ここはダンジョンですか?」

「おや。どうしてその様に?」

「転移装置があるのと、周囲の景色がダンジョンそっくりですから」


 窓はなく、壁と天井に囲まれた迷路風の廊下。

 かなり手を入れて立派な城風の雰囲気にしているが、それでも冒険者ならすぐにわかるだろう。

 ヤーヌスは感心するようにつぶやいた。


「よくお分かりになりました。ここは〝砂中の楼閣〟と呼ばれるダンジョンを改造した居城で御座います。ただしサトゥルヌ様の御力により、この上層25階より上には魔物はおりませんのでご安心を」

「ダンジョンを制御してるんですか?」

「我が主は、上位魔族であらせられますので」


 なにその常識だよ、みたいな反応。

 知らなかったんだけど。


「おや。人間領ではダンジョンは野放しなのですかな?」

「まあ、そうですね。制御できるなんて聞いたことはありませんけど」

「それは勿体ない。ヒト種では迷宮核(ダンジョンコア)を制御できずに、崩壊させてしまうことを恐れているのでしょうか」

「……迷宮核(ダンジョンコア)ですか」


 それが何か聞くまでもないだろう。

 ダンジョンは生きた迷宮と言われている。言語はないが意志を持ち、エサとなる魔物や人をおびき寄せたり、リソースを使って魔物を繁殖させたり宝を生んだりしている。

 もしダンジョンも魔物のような存在なら、それを司る心臓部――核があっても不思議じゃない。


 とはいえ、いままで冒険者たちからそんな話は聞いたことがないから誰も知らないか、あるいはヤーヌスが言うように人間には制御できないから、ギルドマスターたちがその存在を隠しているかだな。

 帰ったらカムロックに聞いてみようかな。


 兎に角、ここが迷宮だとするならある意味入るだけで冒険者活動をしてるってことだな。

 カムロックからクエスト完了報告前に離脱したことを怒られるかもしれないと思っていたから、ダンジョン攻略って口実にできるかも。

 カードに履歴残すために、どっかで階層ボスでも倒させてくれないかな?


「着きました。ここが謁見の間で御座います」


 5階分ぶち抜きの長い階段を登ってきたら、大きな扉があった。

 うーん、どう見てもダンジョンのボス部屋なんだけど。


 まあ迷宮核(ダンジョンコア)を管理してるってことは、ここのダンジョンマスターはサトゥルヌってことになるよな。つまり裏ボスってことだから間違ってないはず。


「くれぐれも無礼のないように」


 ヤーヌスが扉を開き、俺たちを中に入るよう促す。

 謁見の前は広く、この階をまるごとひと部屋にしたような造りだった。


 その最奥――小高い段差の上に仰々しいくらいの巨大な椅子があり、そこに腰かけていたのは壮年の魔族。すぐに鑑定する。

 説明されるまでもなく〝砂王〟サトゥルヌだった。


 その左右に並び立っているのは、近衛兵だろうか。四天王って呼んだほうがよさそうな雰囲気な魔族が4人、サトゥルヌを守るようにこちらを警戒している。

 隣のナギが、ギリリと奥歯を噛みしめていた。殺気が漏れないように必死に耐えている。


「……驚いたな。まさか人族か」


 俺たちを見下ろしたサトゥルヌは、嘲るでもなく口を開いた。


「弱々しい人族の少女に、欠陥品の少年と下位魔族……ほおう、貴様は見覚えがあるな。我が眷属の末席であろう? 確か忠実なる(しもべ)――ゲールの庇護を受けていた女だな?」

「……はい」


 ナギは太刀を震えるほど強く握り絞めながら、表情を隠すように頭を下げて頷いた。

 亡くなった兄の名前は初めて聞いたが、ゲールというのか。


「ゲールは優秀な部下だった。惜しい男を亡くしたものだ……だが女よ、我が眷属の貴様が、同じ眷属を殺してまで攻めてきた理由はなんだ? よもやゲールを死地にやった私に復讐を望んでいるとは言うまい?」


 見透かしたように言うサトゥルヌ。

 ナギは暗記した文章を答えるように、俯いたまま言葉を紡いだ。


「この人族に従うよう、命令されたです」

「ほおう? いくら貴様が欠陥品で下位魔族であろうと、同じ欠陥品の人族ごときに付き従っていたと? まさか同じ病を抱えた相手に同情したわけでもあるまい?」

「違うです。ただ、実力です」

「ほう?」


 サトゥルヌは俺に視線を注ぐ。

 これは計画通りの展開だった。


 ナギの【凶刀・神薙】はサトゥルヌに近づくことさえできれば、あらゆる防御を無視して切り裂くことができる。問題は、いかにサトゥルヌに警戒されないようにナギを近づけられるかだ。


 ゆえに、俺は囮になる作戦にしている。

 魔族なら、俺が魔素欠乏症だということは一目見ればわかる。油断、侮り、差別意識……そういうものを俺に向けさせて、それでも実力を示すことで興味を引く。俺が力づくでナギを従えていたことを認識させられれば、サトゥルヌはナギを信用しなくとも敵ではないと思うだろう。

 そのために、俺はサトゥルヌの意識を引く必要があった。


「してそこの人族よ。貴様は、なにゆえ我が城に参った」

「サトゥルヌ。おまえと話をしに来た」


 俺は頭を下げることなく、堂々と正面から対峙する。

 側近の四天王たちがそれぞれ殺気を籠めてくるが、俺にとってはそれくらいの威圧は効かない。というかサトゥルヌの気配が強すぎて、埋もれてるだけともいう。

 サトゥルヌは訝しむ。


「話? 貴様とは面識はなかったはずだが」

「『破滅因子』。こういえば分かるだろ?」


 ゴタゴタ説明する必要はない。

 サトゥルヌはかなりの知性の持ち主だと見える。当然、占星術でサーヤを探していたのなら、見失ったことも把握しているだろう。

 俺のつぶやきに最初に反応したのは、意外にもサトゥルヌの隣にいるグラマラスな女だった。


「あらぁ? アタシの占星術を防いでるのはアンタなのねぇ? 殺されにきたのかしらぁ」

「待てテティス。……小僧よ、解せんな。貴様が例の『破滅因子』の仲間だとして、なぜわざわざここまで来た? 占星術を防ぐ手段があるなら、むざむざ殺されるリスクを冒してくる必要もあるまい?」

「逆だろ。占星術で的確に『破滅因子』を探り当てる技術がある相手に、リスクを恐れて隠れてるのは問題の先送りでしかない。別の方法を見つけられて暗殺されるのに怯えて暮らせってか? そんなこと俺はイヤだね」

「……なるほど。頭は回る小僧だな」


 薄く笑みを浮かべたサトゥルヌ。

 隣のテティスが視線で殺そうとしているのかってくらい睨んでくる。普通に怖い。


「それで、話をしに来たとはどういうことだ? まさか『破滅因子』に手を出すなと忠告しに来たわけでもないだろう」

「そのまさか、だよ。正直、俺の仲間は魔族だからって差別するようなやつじゃない。襲ってきたやつらに対しても、特に恨みを抱いてなんかなかった。『破滅因子』だからと魔族を滅ぼそうだなんて考えるような短慮でもないし、誰かからその運命を強制させられるくらいなら逃げるだろうし……何より、そんなことは俺が許さない」


 サーヤには自由に生きて欲しかった。

 誰からも何かを強制されることなく、前世でできなかったことを思い切り楽しんで欲しい。

 そう願っている。


「小僧。貴様は、私が『破滅因子』を恐れているとでも?」

「そうだろ? じゃなきゃ、殺そうとする必要はないはずだ」

「……くくく、くははははは!」


 サトゥルヌは、なぜか腹を抱えて笑い出した。


「滑稽。実に滑稽だ。貴様は何も理解していない。私にとって『破滅因子』は利用価値の高い駒だ。手に入れることに苦心はしているが、排除することに何の意味もない。ましてや『破滅因子』の意志など、どうでもよい」

「……どういうことだ?」


 襲ってきた魔族たちはサーヤを殺そうとしていた。

 確かに連れて帰ることができなければ、という条件付きではあったけど。

 サトゥルヌは失笑した。


「ふん、なぜ貴様に教えなければならん。遠路はるばる交渉に来た愚かなる小僧よ」


 ま、そうだよな。

 これ以上は話してくれる気はなさそうだ。


 わりと本気で説得しに来たつもりだったけど、そもそも前提が違っていたなら説得に意味はない。

 サトゥルヌが狙っているのは『破滅因子』そのものであって、その命ではなかったと。


「……仕方ないな」

「剣を抜いたか。その意味は理解しているな、小僧」


 目を細めるサトゥルヌ。

 そばに控えている四天王が即座に武器を抜き、さっきとは比べ物にならない殺気を飛ばしてくる。

 サトゥルヌは動きはなさそうなので、まずは四天王からかな。

 俺がその殺気を正面から受けて睨み返すと、サトゥルヌはつぶやいた。


「いいだろう。おまえたち、殺れ」

 

 瞬間、膨れ上がる4つの魔力。


【 テティス : レベル64。魔術と神秘術の両刀使い 】

【 タルクェク : レベル62。土と水魔術の使い手 】

【 フェーベ : レベル59。炎、土、風、闇の四属性魔術士 】

【 エーギル : レベル68。マッチョな戦士タイプの土魔術の使い手 】


 どいつもステータスはそれなりに高い。中位魔族にしてはかなり強そうだ。

 まあ殺す気はないので――ちょっと眠っててくれ。


「『拳転・複式』」


 俺の拳は4人の顎をぶち抜いた。

 ステータスも俺の方が高いので、不意打ちで脳を揺らされて気絶する四天王たち――いや、ひとりだけギリギリ避けたな。

 言うまでもなく、霊素を扱えるテティスだった。


「このガキぃ! サトゥルヌ様、このガキ神秘術士よ!」 

「……なるほど。欠陥品でその自信、どこから来るものかと思ったが……そういうことか」


 サトゥルヌは気を失った四天王の男たちをチラリと見て、


「テティス」

「なにかしらサトゥルヌ様ぁ。あのガキなら、アタシが殺して――」

「少し話をする。眠っていろ」

「えっ」


 サトゥルヌが軽く手を振ると、テティスは不意に意識を失った。糸の切れた人形のように床に倒れるテティスだった。

 魔力を使わずに命令するだけで眠らせた?

『虚構之瞳』にもそのカラクリが写らなかった。さすがに訝しむ俺。


「そう警戒するな小僧。貴様にいくつか聞きたいことがある。理由がわからんなら、こいつらを一撃で沈めた実力に敬意を払うということにしておけ。それとまあ、私の仲間には聞かせたくない話でもあるのでな」

「……聞きたいことって?」

「貴様のその神秘術、誰から学んだ?」


 じっと俺をみつめるサトゥルヌ。

 そんなことを聞きたかったのか。そもそも師匠と『破滅因子』が一緒にいることは、魔族たちも把握してただろうに。連絡不足だったのか?

 俺はサトゥルヌには隠す必要もなかったので、正直に答えた。


「神秘王だよ。俺はその弟子だ」

「……そうか。やはりあやつ(・・・)の弟子だったか」


 顔をしかめたサトゥルヌ。

 もしかして面識があったのか? ロズはそんなことひと言も言ってなかったけど。


「師匠と……ロズとどういう関係だ?」

「ロズ? ああ、あやつの今の名前か。そうだな……端的に表すなら、殺したい相手だ」

「そうか」


 怨敵なんだろう。

『破滅因子』を保護する相手なんて、魔族からしてみれば諸悪の根源みたいな存在だし、理解できなくはないけど。

 

「じゃあ尚更、ここで戦って決着をつけないとな。俺は仲間を死んでも守るって決めてるからな」

「ふむ。たかだか神秘術しか使えない小僧に何ができる」

「いいのかそんな余裕で? そろそろ立って構えないと、一瞬で終わるぞ?」


 椅子にふんぞり返ったままのサトゥルヌ。

 神秘術が使えないから、俺の不意打ちを予測できるはずもない。本当に一発で終わってしまいそうな油断にしか見えないが。


 サトゥルヌはそれでも動かなかった。


「無論、戦いが起こればそうしよう。だが小僧、貴様はまだ様子を見ているな? 隠さなくてもわかる」

「……どうしてそう思うんだ?」

「言動にまるで殺気が籠っていないからだ。それどころか、私にまだ話したいことがあるだろう? それくらいは長く生きていれば分かる」


 俺は肩をすくめた。


「よくわかったな。そうだよ、本当なら最初に言おうと思ってたことがあったんだ。普通に忘れてたけど、さっき思い出した」

「ふむ。話せ」

「話すって言うか……返すよ。おまえの仲間たちの遺体」


 そもそも魔族領にはこの用事があったのを忘れていた。


 俺がアイテムボックスから順番に取り出して床に横たえたのは、シャブームの街を襲ってきた魔族たちの遺体だった。

 ロズが必要以上に傷つけないよう、アイテムボックスに保管していた者たちも含まれている。


 俺は敵の遺体をわざわざ故郷に帰してやろうなんて優しい精神は持ち合わせていなかった。けど、ロズは違った。死んでしまえばどんな相手も魂を失い、肉体だけになり、そして故郷の土が彼らを弔う一番の場所になる。そういう考えを持っていた。

 だから俺はロズに倣って、機会があれば帰してやろうと思ってた。


 目を丸くするサトゥルヌの前で、彼らを並べていく。


「名前を知ってるのはスカトだけだ。スカトは本当に強かった」

「やはり死んでいたか……よくぞ帰してくれたな、小僧」

「俺の意志じゃないから感謝はいらないよ」


 影王スカト。

 スカトの実験体である半巨人の魔族。

 燃えるような色の髪の若い魔族。

 師匠が倒していた黒焦げの高身長の魔族。

 それから、まっとうな戦士だったという白腕の魔族。


 5名の遺体を床に並べた俺を見て、サトゥルヌがニヤリと笑った。

 邪悪な笑みだった。


 なんだ? なぜそんな顔を――


「……兄様?」


 ぽつり、と聞こえたのはナギの声だった。

 俺が話を繋いでいるあいだに、気配を殺して移動していた。


「兄……様……」


 ナギはふらふらと、白腕の魔族へと歩み寄る。

 その足取りは虚ろで、夢遊病のなか歩いているようだった。


 嘘だろ?


 俺は息を呑んだ。

 まさかの事態だ。まさか白腕の魔族が、ナギの兄だったなんて……。


 サトゥルヌは口角を吊り上げて嗤っていた。


「くくく……そうか小僧、その女に私を殺させようとしていたな? そやつの兄を任務で死なせたこの私を。だが奇しくもその(ゲール)が、貴様が殺した相手(・・・・・・・・)だとは思ってなかったようだな? 残念だったが、魔族は人族と違い外見は遺伝しないのだ。ましてや優秀な魔族と欠陥品……兄妹とはいえ似ても似つかぬだろう」

「……ルルクが、兄様を殺した?」


 呆然としていたナギが、ゆっくり振り向いた。

 いつも以上に暗く、闇に満ちていた。

 ドロドロとした復讐の感情にまみれた表情で、しかしその瞳は出会ってから今までで一番輝いていた。


 ようやく見つけた――そう言わんばかりに。


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