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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・14『砂漠の夜』


 俺のステータスは敏捷値が最も高い。

 元SSランクのギルドマスターですら置き去りにできる速度だ。


 その俺が魔物の地雷原を本気で駆け抜けたらどうなるのか……その答えがコレだ。

 ワン、ツー、スリー。


「わはははは! 俺を止めてみろミミズども!」


 砂塵を巻き上げながら疾走する。

 通過したそばから、地面を突き破って出てくるギガントサンドワーム。


 地雷原? なるほどそれは危険だが、爆発する前に駆け抜けてしまえばどうということもない。

 そんな精神で高笑いしながら全力疾走していくのだった。


「ナギがっ、しんだらっ、ころす、ですっ!」

「ぎゃっ、ぐえっ、うっ、ぴぇっ」


 両肩から悲鳴が聞こえる気がするけど、声が出るってことは無事な証拠だよね。

 そのままサンドワームの群生地を駆け抜けまくった。


 しばらく走ると魔物が近くにいなくなったので、ふたりを肩から降ろす。

 後方ではサンドワームたちがウネウネと動きながら、見失った獲物を探していた。ここまでくれば感知できないだろう。


「ふう。いい汗かいたぜ」

「……2日前のナギに、誘いは断るべきだったと言いたいです」


 足をぷるぷる震わせながら立ち上がり、恨みを籠めた視線で睨んでくるナギだった。

 

「最短で危険区域を抜けれたんだから、褒めてくれてもいいんだぜ?」

「悪気がないのがさらに腹が立つです」

「そこが、あるじの、良いところだもん」


 必死にしがみついて息も絶え絶えだったセオリーは、呼吸を整えながら褒めてくれた。

 チャレンジ精神を肯定してくれる素晴らしい仲間だぜ。


「釈然としないです」

「俺は褒められて伸びるタイプだからな。セオリーはそこをわかってるんだよ」

「伸びるのは鼻だけです」

「おお、言うねぇ」


 わりと毒舌なナギ。

 軽快な会話もキライじゃないけど、そろそろ移動しないとな。少しずつ別の魔物も集まってきた。

 ほんと深度Ⅲはゆっくり休むヒマがないな。


「じゃあまた進むぞ……ってどうしたセオリー。スカートバサバサして」

「あるじ暑い……」

「そのドレスぶ厚そうだもんな。俺のシャツに着替えるか? 闇の眷属っぽくはなくなるけど」

「……ふっ、愚問」


 愚問のわりには悩んだな?

 俺はアイテムボックスから水筒を取り出して、セオリーに渡しておく。


「ちゃんとこまめに水飲みながら歩くんだぞ。飲み水ならかなりの量ストックしてるし遠慮なく言うんだぞ。塩も一緒に取れよ」

「御意」

「ナギも大丈夫か?」

「暑いです」

「だよな。肌ほとんど剥き出しだし」

 

 ナギにも水筒を渡す。

 呪いの太刀のせいで防具を身につけられないナギは、最初からボロボロのシャツとホットパンツだけだ。このままだと陽射しで火傷しそうだな。

 正午になって太陽もかなり昇って来たしこれからさらに過酷になるだろう。なんとかできないものか。


「ナギは上着とか持ってないの?」

「見ての通り、荷物はないです」

「じゃあコレ着れる?」


 俺がアイテムボックスから取り出したのは、俺がストアニアで羽織っていた黒いマント。

 ユニコーンの皮をゲットする前の装備品だ。

 師匠は物を大事にする人だったのか、俺たちの古い装備品は捨てずに全部アイテムボックスに仕舞っていたのだった。


 マントには簡単な情報強化だけしてある。まだ『地雷』を習得する前の装備品だったから、多重結界化はしていない。もっとも発動型の術式付与装備は、魔術も神秘術も素質が低いと発動しないけどな。

 とはいえ加工したマントには変わりない。

 とりあえず、実験してみる。


「じつはこの太刀には呪いがかかってるです。ナギは防具が装備できないです」

「無理やり装備させたらどうなる?」

「……防具が壊れるです」

「ほい」

「あっ」


 被せてみました。

 直後、マントは音を立てて裂けた。紙吹雪にできそうなほど念入りに、ビリビリのバリバリに。

 俺はガックリと膝をついて、修復不可能にまで壊れたマントの破片をひとつ拾い上げた。


「くっ、俺の想い出が詰まったマントが……っ!」

「バカなんですか」

「ぐぅ」


 ぐうの音も出なかった。出したけど。


「……ま、気を取り直して。こっちはどうだ?」


 今度は白い布を取り出して『錬成』し、何の術式付与もしていない防御力ゼロのローブをつくる。

 それを渡すと、ナギは訝し気に見てくる。


「これもまさか想い出の品ですか」

「いんや、普通の市場で買っただけのただの布。だから試してみて」

「はあ。わかったです」


 ナギは不承不承といった様子で、白いローブを羽織った。

 ……うん、普通に着れたな。


「その呪い、防御力のない物には効果はないみたいだな」

「そうみたいですね……これで少しマシになったです」


 ナギはローブの上から太刀を背負い直すと、すぐに先へ歩き始めた。

 先頭は俺のポジションなんだけどな。ちょっとテンションが上がってるみたいだ。ニヤニヤ。


「……あるじ、暑くないの?」


 セオリーが俺の服を引いて、首をかしげる。

 そう思ったのも当然だろう。猛暑のなか他人の心配している俺は汗ひとつかいていないからな。


「俺のマントは『反射』で外からの熱線を跳ね返すようにしてるからな。服の中はむしろ涼しい」

「あるじ、ずるい」

「それは聞き逃せないです」


 詰め寄ってくるセオリーと、わざわざ引き返してくるナギ。


「我にも献上すべき」

「そうです。ナギにも」

「いやいや、神秘術士しか効果発動しないから。だからおまえらが着ても意味ない……っておい手を入れるなセオリー! 前を開くなナギ! ちょっとまて熱気が入ってくるだろやめろ! おい暑いって、汗かいちゃう! ああっやめて~」


 ギャーギャー騒ぎながら立ち止まる俺たちだった。

 当然、魔物たちがこれ幸いと襲いかかって来たのは言うまでもない。







 昼間の猛暑とは打って変わって、砂漠の夜はすこぶる冷える。

 

 日が暮れる前に岩場をみつけて、岩の上でテントを張った俺たち。

 魔物は夜でも活発に襲ってくるかもしれないので、周囲には認識阻害を丁寧にかけておく。とはいえこれでも気づかれない保証はないので、準精霊と夜番は必須だった。


 俺は毛布でぐるぐる巻きになりながら、焚火を背に周囲を見回していた。体感マイナスの気温で息は真っ白になっているけど、今度はマントで冷気を遮断しているので凍えるほどではない。


「星が綺麗だなぁ……」


 セオリーとナギはテントで寝ている。俺は一人で星空を見上げて、温めた紅茶でひと息つく。

 この砂漠は大気汚染とは無縁で、風がないとき空気は澄んでいる。月のない夜なので驚くほど綺麗に星空が見えていた。

 残念ながら天体知識はないので、綺麗って感想以外は出てこないけど。


 それにしても綺麗だな。

 少なくとも地球に生きていたらまず見れなかった景色だろう。星座はもちろん違うだろうけど、ここまで無数の星を見上げるなんて前世では思ってもみなかった。


 ……こうして転生したことは幸運だったんだろうか。

 ふと、そんなことを想うときがある。


 死んだことは不運だったに違いないけど、前世の記憶のままこの世界で二度目の命を貰ったことには感謝しているし、大事にしなきゃとも思う。


 その幸運を、自分だけのものにしてはいけないとも。

 ルルクの体を貰ったからでもあるし、ロズに命を繋いで貰ったからでもある。ただそれ以上に、俺がいることで誰かを助けられることを知った。

 誰かのためになんとかしたいと思った。


 それがエルニであり、サーヤであり、プニスケやセオリーだった。


 こんなガキみたいな俺でも慕ってくれる仲間のためにも、ただ漫然と生きるだけじゃダメだ。

 自由に生きろと願われた人生だからこそ、俺もそう望むからこそ、自由に生きるためにも努力しないといけない。


「……そのためには、まずはサトゥルヌをどうにしかしないとな」

「そうです。サトゥルヌは殺すです」


 物騒なセリフを吐きながら、テントからナギが出てきた。


「もう交代の時間だっけ?」

「いえ……少し早いですが、ルルクと話がしたくて」

「え、何? ナギちゃんってばもうデレ期?」

「不要なのはその耳です? それとも頭です?」

「すみません」


 茶化したら殺気を籠められた。

 反省。

 ナギが隣に座る。

 温めておいた紅茶をコップに注いで渡しておく。


「……で、話って?」


 かすかに肩に力が入っているナギに、わざと軽い声で問いかける。

 ナギは少し躊躇ってから話した。


「ルルク、貴方はサトゥルヌを殺すつもりです?」

「……正直いうと、そこまでは考えてなかったんだよな」


 俺の目的は、あくまで身内の安全だ。

 魔族として破滅因子を排除したいというサトゥルヌにも正当性はあるだろうけど、こっちとしては魔族を滅ぼそうなんて気はさらさらない。サーヤも同じだろう。

 なので、話し合いで解決するならそれでもいいと思っていた。


 とはいえナギがサトゥルヌを殺したいというのは純然たる復讐心だ。俺がとやかく言えたことではないし、俺としてはサトゥルヌが敵討ちで死ぬならそれを止める気もなかった。結果的にサーヤが守られることになるからな。


 サトゥルヌに対して殺意はないけど、敵対しているし被害も受けているのでナギを止める気もない。

 そんなスタンスだ。


「……そうですか。では、ルルクはサトゥルヌと会うことまでが目的だと考えてもいいです?」

「それはそうだけど、何でそんなことを聞くんだ?」

「もしサトゥルヌとルルクの利害が一致すれば、ルルクはナギの敵になるからです」


 ナギは淡々と言った。


「ルルクの目的がサトゥルヌの命でなく仲間を守ることなら、サトゥルヌとの取引でも解決は可能です。その条件がナギを殺すことだったら……」

「待て待て。さすがにそんなアホな条件は飲まないって。そんなこと言われたら躊躇わずにサトゥルヌと敵対するよ」

「……でも、サトゥルヌに勝てなかったとしたらどうするです?」

 

 首を上げたナギの瞳は、吸い込まれそうなほど暗かった。

 俺は言葉に詰まる。

 

「ナギはむかし、兄様に連れられてサトゥルヌと会ったことがあるです。その時は、隙を突くことが出来なければ絶対に勝てないと思ったです。アレは強すぎるです。ルルクでも勝てるかどうか……」

「その時は転移で逃げるよ」

「転移が封じられたらどうするです? 逃げることができなければ」


 相手の能力をひとつ奪うスキル『簒奪(プランダー)』だったか。

 メーヴのアドバイスが本当なら、確かに転移のスキルを奪われても不思議じゃないだろう。そこまでピンポイントに把握できるのか疑問ではあるけど。

 俺は肩をすくめた。


「まあ、転移がなくてもステータスでゴリ押すつもりだよ。サトゥルヌのレベルがカンストしてても、さすがにそこまで大きな差はないと思うし」

「……もし、セオリーが人質に取られたら?」

「サトゥルヌを殺す」


 俺は断言した。


「もし俺の仲間に直接手を出したなら、どんな手段を使ってでもセオリーを守ってサトゥルヌを殺す。たとえ俺がどうなろうともな」

「その結果、ナギが死んでもですか」

「勿論ナギも死なせないつもりだよ。まあ、保証はできないとだけは言っておく」

「……そうですか」


 俺も多少は他人を守る力があるとはいえ、ナギ自身がサトゥルヌを殺そうとしているんだ。その意味もリスクも理解できているはず。

 ただ、人質うんぬんに関してはあまり心配していない。セオリーが眠らされようが拘束されようが『眷属召喚』と『空間転移』のコンボで、一瞬で安全地帯に送ることができるからな。

 そうじゃなければ、そもそも連れてきてない。


「不安か?」


 視線を落としたナギに問いかける。

 ナギは首を振って否定した。


「いえ。どっちにしろナギは死地を決めているです。ただサトゥルヌを道連れにする可能性を、少しでも上げたいだけです。ルルクが敵になればかなり難しくなるので……」

「それを不安って言うんだよ」


 俺は立ち上がりながら、ナギの肩に毛布を掛ける。

 

「わかった。俺は何があってもナギには手を出さないよ。約束する」

「べつに不安じゃないです。……でも、言質は取ったです。ルルクはナギの味方でいてくださいです。嘘ついたら許しません、です」

「はいはい」


 ……わかっている。

 ナギは復讐に囚われている。利用できるものは何でも利用しようと思ってここまで来ている。俺もその一部だから、最後に裏切られないような確信が欲しかったんだろう。


 俺はそれを理解した上で約束した。

 なぜなら俺もナギを利用しているからだ。ナギの復讐心を利用して、サトゥルヌに近づいてあわよくば倒そうとしている。


 直接言葉にすることはなかったけど、俺たちは互いにそうと認識しながら旅をしているのだ。多少なりとも情が移ることはあるけど、あくまでビジネスライクな関係。

 ナギは賢い少女だ。それゆえ利害関係を崩されないように布石を打ってきた。利益を超えたものが欲しかったんだろう。


 その思惑にまんまと乗ってしまった俺は、甘いのだろうか。

 ……甘いかもしれないな。


 もし本当にセオリーが人質に取られてどうしようもなくなった時、俺は約束を破らないと断言できないのだ。そうなれば、ナギを本当の意味で裏切ることになってしまうのだから。

 すべきではない約束だとわかっていたのに、ナギを安心させるためだけに約束してしまった。


 それは優しさじゃない。

 ただの甘さだ。


 そしてそのことを、ナギも見抜いているだろう。


「……じゃあそろそろ交代だな。おやすみナギ」

「おやすみです、ルルク」


 目を合せないようにテントに入る俺の背中には、ナギの冷ややかな視線が突き刺さっていた。



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