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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・11『魔族領・深度Ⅱ』

■ ■ ■ ■ ■



「失礼します! 急ぎご報告が」


 その時、男は瞑想をしていた。

 

 瞑想は男にとって日課のようなものだった。自らの魔力に語り掛け、己と対話する静かな時間を過ごす。

 鍛錬でもなければ自己啓発でもない。

 正直、ただのヒマつぶしだった。

 

 部屋に飛び込んできた部下が瞑想している男を見て焦りを浮かべたが、男は静かに手をかざして発言を許す。所詮ヒマつぶしなのだから、邪魔されても文句を言うはずがない。

 部下は敬礼すると、すぐに書状を読み上げた。


「バルギアに潜り込んでいたゼンドゥ様が死亡したとのことです。エルフの幼子は奪われ、ゼンドゥ様担当の計画はすべて頓挫した模様です」


 悪い報告だったらしい。

 しかし男は顔色ひとつ変えることもなかった。


「そうか。報告ご苦労」

「い、いえ……それと破滅因子の件ですが、そちらも未だ占星術が弾かれてしまっており、こう続いていると間違いなく対処法を見つけられたとテティス様からの報告です」

「……そうか」


 こっちの報告には、低く唸った。

 男の名はサトゥルヌ。


〝砂王〟と呼ばれ、多くの魔族に畏怖される上位魔族だった。


 サトゥルヌはしばらく目を閉じて黙考してから、ゆっくりと口を開いた。


「それで、ゼンドゥを殺めた者の情報は?」

「は、はい。バルギアの冒険者とエルフの合同チームのようでして……詳細は不明です」

「場所は?」

「南端の原始ダンジョンです。その最下層でして」

「……あそこは転移罠に気づかなければ、最下層に辿り着けないところではなかったか?」

「そ、それがどうやら、冒険者の背後に妙な組織があるようで」

「妙な組織? 調べはついているのか」


 部下が慌てて別の紙をめくる。


「は、はい。ルニー商会という、マタイサ王国発祥の新商会です。急速に勢力を拡大している謎の多い組織のようですが……なにぶん秘密主義でして、営業形態も組織構成も不明です。我々も調べることが難しくこれ以上はなにも」

「……ルニー商会か」


 サトゥルヌは何かが引っかかった。

 それは自分でも言葉にできないわずかな違和感だったが、何かがあると直感した。


「引き続きその商会を調べろ。万が一〝彼女〟が関わっている可能性があるなら、最優先事項として報告するように」

「はっ!」


 部下は頷いて、すぐに部屋から出ていく。

 サトゥルヌはまた瞑想に戻る。

 ただし今度はヒマつぶしではなく、静かに考えるためだった。


 先日の破滅因子の件――〝影王〟スカトの敗北から、少しずつ計画が狂っている。


 もちろんすべてがうまくいくとは思っていない。部下がどれだけだとしても、人間領で活動するには制限が伴う。部下の失態を責める気はなかった。

 ただ、それにしても邪魔が多い。


 サトゥルヌはいくつも同時進行している計画を、もう一度整理しておく。

 多くが挫折したとしてもそのうちのひとつでも上手く運べば、サトゥルヌの目標は達成できるはずだ。

 ……そう、すべては目的のため。


「すべては、あいつ(・・・)を殺すため……」


 サトゥルヌは静かにつぶやいた。

 決して逃れられないその道の先。


 そこに辿り着くためには、いかなる犠牲も厭わないつもりだった。



□ □ □ □ □



 魔族領南部の森林地帯を抜けると、荒涼とした大地が広がっていた。 


 所々に生えている樹木は細くて頼りなく、弱々しい雑草も風が吹けば飛んでしまいそうなほどだった。

 そんな生命の乏しい荒野を、土煙をあげながら疾走する大きな影がひとつ。


 巨大な赤いトカゲ――ブラッディサラマンダーだ。


 ブラッディサラマンダーはBランク魔物で、格上の相手にも襲いかかる気性の荒い性格だ。巨体なうえに素早いモーションからの強靭な噛みつきは、冒険者にとってはかなりの脅威になる。

 そんな荒野を駆けるブラッディサラマンダーの背中の上で、


「ヒャッハー! どけどけ~汚物は消毒だ~!」


 雑魚の代名詞みたいなセリフを元気よく叫んだのは……そう、何を隠そう俺です。


 いまのところ汚物どころか遮る物は何もありゃしないんだけど、とりあえず言ってみたかったので叫んでみた。意外と気持ちよかった。

 隣では、同じくキメポーズを香ばしく漂わせている中二病がひとり。


「ふっ……我が主の前に立ち塞がるモノは、我が悉く滅すなり!」

「よく言った我が眷属! さあかかってこい魔物たちよ! 俺たちの戦いはこれからだ!」

「さすが我が主! 凡骨なる魔物よ、勇猛果敢に挑む気概ある者はおらぬのか! 貴様らの誇りはその程度か!」

「ふたりとも、頭大丈夫です? それと立つのはサラマンダーに負担がかかるのでやめるです」


 冷静にツッコんだのは、大人しく座っている魔族の少女・ナギだった。

 死んだ魚のような目をしているテンション低めの少女に指摘されて、俺とセオリーは唇を尖らせた。


「え~だってヒマなんだもん」

「そうだもん」

「だとしても、です。せっかく有用な移動手段を手に入れたです。長く乗るためにも静かにするです」


 そう言って、ナギはサラマンダーの背中を撫でた。

 このブラッディサラマンダーちゃんは、森から荒野に抜けたところで襲いかかって来た野生の魔物だ。


 俺が返り討ちにしかけていた時、セオリーが『足が疲れた』とぼやいていたので、いっそ騎乗できるか(拳で)頼んでみたら快く乗せてくれたのだ。

 そのときサラマンダーが泣いてた気がするけど、きっと善意だったはず。


 まあ確かに、これから砂漠地帯まで数日共にする足……コホン、仲間なのだ。

 負担をかけるのはよくないよな。

 俺も撫でておく。


「ごめんなサラダ。うちの眷属が調子乗って悪かった。ほら謝れセオリー」

「あるじひどい!?」

「サラダ、です?」


 セオリーの悲鳴は無視して、首を傾げたナギに応える。


「ああ。サラマンダーだから略してサラダ。俺にしては良いネーミングセンスだと思うけど?」

「……安直です」


 あれ~良いと思ったんだけどなぁ。

 とはいえ他に案もないようだし、サラダに決定だな。


「にしても見渡す限りずっと荒野だな。魔素も森より濃いし魔物もレベル高いな」


 穴や岩陰に隠れている魔物もいるが、森にいた魔物の半数もいない。

 その代わり、魔物もレベルが高いものが多くなっている気がする。近くに隠れている魔物で一番弱いのでもレベル20くらいのCランクだ。


「当然です。このあたりは深度Ⅱだからです」

「深度? なにそれ」


 初めて聞いたな。


「魔族領は魔素の濃さで、深度Ⅰから深度Ⅴまで分類されているです。基本的には北にいくほど深くなって、魔物も強くなっていくです」

「なるほど。ってことは森の魔物がそこまで強くなかったのも深度が浅かったから?」

「です。魔物も弱いので、ナギたち下位魔族が暮らすのも深度Ⅰの土地です」


 ってことはあの森やダンジョンで魔族領を知ったつもりになったらダメだな。「魔族領? 大したことないね」ってセリフがフラグになるのは間違いない。


「じゃあ、ある程度は深度で棲み分けしてるってことか」

「はい。中位魔族は深度Ⅱまでに住んで、上位魔族は深度Ⅲまでの土地で暮らしているです。あくまで目安ですが」

「じゃあ深度Ⅳからは?」

「魔素が濃すぎて、上位魔族でも暮らせないと聞いているです。毒無効と魔術無効のスキルがなければ、呼吸するのも魔物と戦うのも困難かと。立ち入れるのは王位魔族以上と言われてるので、王位存在かどうか判別するのにもつかわれる土地です」


 魔族領には教会がないから滅多に鑑定はできないはずだ。自分たちの支配者が上位魔族か王位魔族かどうか鑑定するために、そういう土地を使ってるってことか。


「じゃあ、この大陸の北端ってどうなってるんだ? 深度Ⅴってことは立ち入れた者はいないんじゃ?」

「わからないです。そこまでは、兄様も教えてくれなかったです……兄様……」


 また兄のことを思い出して、深く沈んだナギの表情。

 参ったなあ。いやほんと、どこに地雷があるのかわからないから勘弁して欲しい。


「と、兎に角ここらは深度Ⅱってことだな。だから魔物もさっきより強いと」

「……はい。ただ、ルルクなら負けないはずです。さっきの様子であれば」


 ブラッディサラマンダーを拳で調教したことにドン引きしてたナギ。

 でもそのおかげで楽に旅ができるんだから、むしろ敬ってくれ。


「……本当に強いです。同じ魔素欠乏症なのに」

「そういうナギだって強かったよ」


 道中、幾度となく出くわした魔物をすべて一刀両断していたナギだった。

 簡易ステータスしか見ていないけど、ナギはレベルもまだ18だ。ステータスはそこまで高くないだろうし、ナギいわくスキルは『毒無効』のみ。


 冒険者でいえばDランク平均くらいのステータスだろうに、Bランク魔物にすら圧倒していた。

 それも剣術だけで。


 もちろん太刀が〝神話級(ミソロジー)〟ってことも無関係ではないけど、それ以上にナギの剣の腕が凄すぎた。魔術が使えないアドバンテージを必死に埋めようとしてきたんだろう。


「そんなことないです」

「あるよ。ナギは凄い。マジで尊敬する」

「……。」


 褒めたら、俯いて押し黙ったナギ。

 きっとこうして褒められるのも、兄様だけがしてくれたことなんだろう。兄のことを思い出して傷ついてしまうナギを見ていると、俺も落ち着きがなくなってしまう。

 ほんと、こういう空気は苦手だ。どうしていいかわからない。


「……あるじ」


 と、さっきから黙っていたドラゴン娘が俺の服を引っ張った。


「どした?」

「あそこ、何かいる」


 前方を指さしていたので、俺も目を細めてみてみる。

 荒野のど真ん中、そこに集団の人影が見えた。たぶん魔族たちだろう。


 その魔族の集団は、このブラッディサラマンダーより一回り大きい魔物と戦っているようだった。遠目でわかりづらいが……ゾウとカバを合体させたような力強い姿で二足歩行する魔物なんて、Aランク魔物のベヒモスくらいしかいないだろう。

 ベヒモス……初めて見たな。


「ふっ、しょせんは魔物。我が贄となれ」

「まてまて魔族ごと吹き飛ばすつもりだろ。まだ敵対するって決まったわけじゃないからやめてくれ」


 本当に魔族相手には容赦ないな。

 まあ向こうもセオリーの姿を見たら、問答無用で襲いかかってくるだろうけど……。


 いやまてよ?

 魔力で竜種ってバレるなら、魔力を誤魔化せばいいのでは?


虚構之瞳(みとおすもの)』のおかげで魔素を視認できるようになったし、認識阻害にも組み合わせることができるんじゃないか?

 そうと決まればさっそく試してみよう。

 俺はセオリーの肩を掴んで、じっと見つめる。


「セオリー、動くな」

「は、はいっ」


 ほのかに赤面するセオリー。

 俺は『虚構之瞳(みとおすもの)』で魔力だけ観察する。どうすれば人族の魔力だと思われるのか、観察と想定を脳内で何度も繰り返して、術式を構築していく。


 セオリーはしばらくオロオロとしていたが、途中から意を決したように目を閉じ、唇を突き出すようにして――


「『閾値編纂』……よし、これでバレないだろ。どっからどうみてもただの人族だ」

「えっ」


 無事、セオリーの魔力をサーヤと似たような波長に見えるようにできた。

 

「これでいきなり襲いかかってくることはない……って、どうしたセオリー?」

「なんでもないもん! あるじのバカ!」

「なんで怒ってんの」


 意味わからん。それと叩くな痛い。

 ポカポカ殴ってくるセオリーの腕を止めていると、ナギがため息をついた。


「……本当に仲が良いです。でも、そろそろ接敵するです。魔物は倒すです?」

「ああ。相手はベヒモスだけど、ナギは勝てるか?」

「やったことはないですが、無傷では厳しいかと……」

「じゃ、共闘しよう」


 さすがに太刀一本じゃあの巨体はしんどいだろうな。

 俺はサラダの背中に立ち上がった。


「そこの魔族たち! 事情はわからんが助太刀する! こっちには攻撃するなよ!」


 突然乱入してきたブラッディサラマンダーと、その背中にいる俺たちを見て驚いていた魔族たち。

 すでに何人かはベヒモスから攻撃を受けていて負傷しており、重傷を受けている者もいた。


 格上相手なんて気にしないサラダはベヒモスに体当たりを食らわせた。さすがに押し倒すほどの衝撃は与えられなかったが、怯ませることはできた。

 たたらを踏むベヒモスは、その黒い瞳を俺たちに向けた。

 バッチリ目が合う。挨拶でもしておこう。


「ようベヒモス。おまえ強そうな素材してんな、ちょっと分けてくれない?」

『ニン、ゲン……!』

「おお喋れるのか。大人しく会話してくれるなら、無理に戦わなくても――」

『コロス! マゾク、ヒト、コロス!』


 こりゃダメだ。

 会話は言葉が通じるだけじゃダメだって小学校で習わなかったか? 意思疎通ができて初めて成立するんだよ。

 ただ言語を交わすだけなら、オカメインコにだってできるんだぜ。


「よし、行くかナギ」

「参るです」


 自分の身長よりデカい太刀を握り、サラダの背中からベヒモスに飛びかかったナギ。

 それほど速くはないので、ベヒモスも巨大な象鼻を振り回して叩き落そうとした。

 ナギの体より太い鼻だ。叩かれただけで即死しそうな威力はある――が。


 ナギは太刀を走らせ、その鼻をすり抜けた(・・・・・)

 厳密にいえば、すり抜けたように見えるほど滑らかな太刀捌きで受け流していた。力を籠めることなく逆らうことなく、かといって衝撃を流しつつ斬りつけていた。


『グヌゥ!』


 ブシュゥ、とベヒモスの鼻から血が舞う。

 さすがに切断とまではいかなかったが、次からの鼻攻撃の威力は半減できただろう。


 ナギはそのまま地面に降り立ち、すぐさま足元めがけて剣を振り抜こうとする。

 ベヒモスもナギを脅威とみて、その太い足で地面を踏み抜いた。

 もの凄い衝撃が大地を揺らした。震度7くらいあるぞ。


 ナギも当然バランスを崩してしまう。そこにベヒモスのもう片方の足が踏みつけ(スタンピング)をしようと襲いかかって――


「よっと」


 俺がその足を横から蹴り飛ばす。

 さすがに重かったけど、弾くことはできた。ベヒモスはバランスを崩してぐらりと傾く。


 その隙を逃すナギではない。


「――鬼想流・『六臂(ろっぴ)』」


 ナギは目にもとまらぬ六連撃を繰り出した。

 そのすべてを腹に受けたベヒモスは、苦しそうな息を漏らす。

 かなりのダメージは与えられたが致命傷には程遠いな。

 さすがに皮も分厚そうな魔物だ。


「硬いです」

「ベヒモスだからな。攻撃が通しやすそうなところはある?」

「……首から上は、皮が薄そうです」

「りょーかい。ちょっと隙作るよ」


 今度は俺のターンだ。

 俺は地面を蹴って跳びあがり、ベヒモスの目の前まで浮上すると、また黒い瞳と目が合った。


「一度やってみたかったから許してくれ――『ペガ〇ス流星拳!』」


 冗談だと思うだろ?

 それが本気なんですよね。


 発動したのは『拳転:複式』。突き出した拳はひとつだが、同時に無数の拳打がベヒモスの顔面に襲いかかる。

 のけ反るベヒモス。

 よし成功だ……まあ正直、のけ反ったせいで数発しかまともに当たってなかったけど。

 

「ナギ!」

「はい。鬼想流――『瓦割(かわらわり)』」

『ヌウッ!』


 今度は太刀の峰を使ったナギだった。

 ベヒモスの右足を外側に弾き出して、膝をつかせた。体勢は完全に崩れ、腕をつきながら顔が地面に落ちてきて――その首めがけて剣閃が煌めいた。


「鬼想流――『薊狩(あざみがり)』」


 まるで枯れた花を落とすかのように、その首を両断したナギだった。

 頭部を切り離されたベヒモスは、当然そのまま倒れ伏して息絶えていた。


「すげえな。鼻より太いし骨もあるのに……」

「骨の隙間を狙えば問題ないです。鼻は皮が硬すぎたです」


 それでも凄い。

 また安易に褒めたらさっきの二の舞だから、それ以上は何も言わないでおくけどね。

 それより、苦も無くAランク魔物を倒せたのはいいことだ。素材も貴重だろうから、回収したいところだが……。


「その前に……そこにいる魔族の方々。見ての通りベヒモスは倒しましたのでご安心を」


 俺は振り返って、困惑している魔族たちに声をかける。

 彼らはみなボロ布のようなマントを羽織っており、ろくに食料も食べてなかったのか貧相な体つきをしていた。老人、子ども、女……全員が応戦していたけど、たぶん下位魔族しかいない。


 魔族たちは俺に対してどう接して良いか困っているようだったけど、その中で一番歳を召していた老人が一歩前に出た。


「感謝いたす、人族の者よ。それと欠陥……オホン。魔神様に見捨てられし哀れな同族よ」


 ナギが魔素欠乏症ってことは一目でわかるらしいな。

 さすがに助けられたから、蔑称は言い直したみたいだけど。


「して人族の者よ、なぜこのようなところに?」

「ちょっと北に用事がありまして。そちらこそ、なぜ深度Ⅱの荒野に? 失礼ながら皆様あまり戦闘が得意ではないと見ましたけど」

「……集落が大型の魔物に襲われたゆえ、他の場所へ身を寄せようと移動をしておるところだ」

「そうでしたか。災難でしたね」


 災難なんて言葉では片付けられない不運だろうけどな。 

 とはいえあまり素直に信じられない話でもある。


「でも皆さん下位魔族の方々ですよね? なぜこの場所を通って?」

「……人族には関係のないこと」

「そうですか。それは差し出がましいことを聞きました」


 ま、そりゃそうだよな。

 偶然助けたけど、それくらいで信頼されるほど魔族社会は甘くないだろう。人族だからと無暗に敵視してこないだけマシだと言える。

 特に事情を知りたかったわけでもないので、俺は軽く手をあげて背を向けた。


「ではお気を付けを。ベヒモスの素材は回収しますけど、肉は硬そうですし残しておきますので、食料の足しにしてください」

「……感謝する」

「いえいえ」


 老人の後ろには怪我をしている魔族たちもいるし、不安そうな顔をしながらこっちを見ている子どもたちもいる。

 でも他種族だからと事情を話す気がないのなら、俺も必要以上に仲良くする気はない。

 敵対しないからといって、誰彼構わず助けるような善人でもないからな。


「あるじ……」


 俺とナギが黙々とベヒモスを解体していると、セオリーが心配そうに子どもたちを見つめていた。

 魔族は嫌いなはずなのに、なんて顔するんだよ。


 俺は手を休めずに言う。


「いいかセオリー。俺は聖人でもないし善人でもないし、ましてや英雄でもない。どこにでもいる自分勝手な冒険者だから、無関係な相手を助けるような不節操なことをするつもりはない。せいぜい使わない肉を置いていくくらいだ」

「うん……」

「まあ、だけど? ちょっと寝覚めが悪いから多少は干渉してもいいかな、とは思ってる。でも勘違いするなよ。これは気まぐれだから……単なる気まぐれ」


 俺はそう言って、アイテムボックスからポーションをいくつか取り出してセオリーに渡した。

 セオリーはポーションを胸に抱いて、嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「うん!」


 そのまま魔族たちのもとへ走っていくセオリー。

 ポーションを怪我した者たちに渡していくと、子どもたちがセオリーに走ってきて嬉しそうにセオリーの足に抱き着いていた。

 その様子を横目で眺めていると、いつの間にかナギが隣にいた。


「素直じゃないです」

「そういうわけじゃねえよ。セオリーがいなけりゃ見捨ててたし」

「……そういうことにしておくです」


 そんな目で見るのはやめろ。

 それに、本当に褒められるべきはセオリーみたいな純粋なやつだろう。


 憎み合ってる魔族でも、子どもや怪我人には優しくできるなんて……本当に、俺には眩しすぎる眷属(やつ)だ。

 ナギもそんなセオリーを眺めて、小さくつぶやいていた。


「……兄様もルルクたちに出会っていれば、死ななかったかもしれないです……」


 俺はその言葉を、聞こえなかったフリをしておいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで一気読みで楽しませてもらってます ありがとうございます [気になる点] 神話級へのルビが前話ではディバイン、今話ではミソロジーとなっています
[気になる点] ルルクは発言がアレなのに転生者だと気づかれない方がおかしい。もう少し自重すべきだと思う
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