激突編・10『人族、竜種、魔族』
「復讐を手伝う……です?」
怪訝な表情になったナギ。
警戒するのも無理はない。ナギの事情は聞いたけど、俺たちの事情はまったく話してない。エルフにも冒険者たちにも、ましてやメレスーロスにすら言ってないことだから。
ただ目の前の少女とは無関係ではなかった。
むしろ、目的は同じだと言っていい。
「実はさ、俺もサトゥルヌには個人的に用事があるんだよ」
「……どういうことです」
疑われてる。
そりゃ怪しいよな……後出しで事情説明なんて。
でも言わないワケにはいかないから、正直に答えた。
「俺の仲間に、サトゥルヌに狙われてるやつがいてさ。いままではずっと隠れて逃げ回ってたけど、根本的な解決にはなってなかったんだ。ナギがサトゥルヌに復讐するっていうんなら、俺たちの利益にもなるし協力したいって思って。これでどう?」
「……信じられないです。都合がよすぎるです。サトゥルヌの手先だというほうがまだ信憑性があるです」
「だよなあ」
俺もそう思う。
こんな時、物語の主人公なら偶然がパパっと解決して信じてもらえるんだけど、残念ながら俺にはそんなカリスマも豪運もないからな。
さてどうしたものか。
「とはいっても証明はできないし……」
「ルルクくん、話は終わった?」
宝物庫を覗いたのはメレスーロスだった。
メレスーロスはナギをちらりと見ると顔をしかめて、ナギもまた視線を伏せた。やはり魔族には拒否感があるんだろうな。特にエルフは幼い頃から魔族を怖がってるって話だったし。
俺も本物のナマハゲを見たらチビる自信があるぜ。
まだ話の途中だったけど、これ以上の進展は難しそうだったので頷いておく。
「大体は。そちらはどうですか? 目、覚めました?」
「さすがにムリそうだね。薬と栄養剤だけは投与したから、ひとまず落ち着いて眠ってる」
「そうですか。では後ほどエルフの里にみんなで帰りましょう」
「いいの? 助かるよ」
転移があるから帰りはあっという間だ。時間も場所も関係ない。
俺たちが宝物庫を出てもナギは動かなかった。まあ、ついてくる必要はないからな。それに外は暗くなり始めていたので、今日はこの城に泊まるのだろう。宝物庫で寝るってことはないだろうけどさ。
「そうだナギ、食事はどうする?」
「……ナギは適当なものを見つけて食べるです。気にしなくていいです」
「料理くらい作ろうか?」
「結構です」
さっきのことがあったせいか、少し距離を感じる会話になってしまった。
魔素欠乏症だから魔術器が使えないはずなので、温かい料理くらい作っててあげようと思ったんだけど……さすがにお節介だったか。
「そっか。俺だけまたすぐに戻ってくるから、その時もう一度話を聞いて欲しいんだけど、それは?」
「……わかったです」
「ルルクくん、ここにまた戻ってくるつもりなんだ?」
さすがにメレスーロスが驚いていた。
細かい事情は説明する必要はなかったので、
「ちょっと魔族領に用事ができたので」
「そうなんだ。あたしも手伝おっか?」
「いえ、ひとりで大丈夫です。セオリーたちにも待っててもらうつもりですし」
もしナギに協力ができなくても、サトゥルヌのところまでは行くつもりだった。
そんな危険な旅に仲間を連れていく気はなかった。狙われているサーヤはもちろんエルニもな。
俺ひとりで魔族領に残ることを聞いて、メレスーロスは何か危険なことをするつもりだと察したようだった。
「本当に大丈夫? ルルクくん、魔術使えないんだから魔族領は危険じゃない?」
「そうかもしれませんが、万が一の時は脱出しますから――」
「……ルルク、魔術が使えないです?」
ナギが俺たちの会話を遮って言った。
ああ、そういえば言ってなかったっけ。
「俺もナギと同じで、魔素欠乏症だからな」
「嘘、です……」
ナギは両手で口に手を当てて、目を見開いた。
たしかに魔素欠乏症は極めて珍しい病気だからな。そのほとんどは幼少期までに命を落とすから、この歳で生きている同志に会うなんて、思ってもみなかったんだろう。
当然、俺もそうだった。
「嘘……そんな偶然、あるワケないです……」
「本当だよ。ルルクくんは魔術が使えないけど神秘術だけで有名になった、すごい冒険者なんだから」
お、メレスーロスが胸を張って自慢してくれた。なんだか嬉しいね。
「……ルルク、本当の本当です?」
「まあね。だから、少しはナギの辛さもわかるつもりだったんだ。同情したのもそのせい。そりゃあナギほど厳しい生き方はして来なかったけどさ」
「……では、やはり人族も、魔素欠乏症は大変なのです?」
「それなりにね。でも俺は〝いないモノ扱い〟だったとしても、ちゃんと育ててくれたからマシなほうだったと思う。貧乏な家庭なら奴隷として売られるか口減らしにされるらしいし、獣人ならすぐ捨てられて魔物のエサになるらしいし」
「そうだったです。ルルクはナギと同じ……です」
「まあね。ナギほど辛い思いはしてないけど、魔素毒で一度は死にかけてるし」
というかルルクとしてはそれで一度死んだからな。
ナギはそれを聞いて少しだけ思案してから、
「でも、魔素欠乏症は治ったです? ナギは『毒無効』スキルがあるので生きているですが……」
「俺も死にかけたときに治癒系のスキルを得たんだよ。それで、もう毒は効かないから」
「……ナギとルルクは、似てるです」
片や、魔術が使えず神秘術に生きる者。
片は、魔術が使えず剣術に生きる者。
そう考えたらちょっと似ているかもしれない。
「……これも何かの縁です。後ほど、先ほどの話の続きを聞かせて下さいです」
「わかった。じゃ、また後で」
メレスーロスのおかげ(?)で、俺は何もしてないけど事態が好転した。
やはり持つべきものは美人のエルフの知り合いだな。
「では戻りましょう。セオリーも寂しがってるでしょうし」
「うん。というかセオリーちゃん、ルルクくんがいないとすぐに落ち着きなくなるよね。大丈夫?」
「これっぽっちも大丈夫じゃありませんね~」
「それ、にこやかに言うことかなぁ」
眷属通信で、さっきからセオリーの不安がどんどん大きくなっているのがわかっている。
そろそろ顔を合せないとまた発狂しそうだからな、あのメンヘラ竜姫。
俺とメレスーロスは、エルフの子を介抱している部屋まで戻った。
泣きべそをかいて飛びついてくるセオリーをあやしてから、特にこの城に長居をする必要もなかったので全員でエルフの里に『空間転移』をして移動したのだった。
ちなみに、長距離転移を体験したラキララは腰を抜かしていた。
メレスーロスとラキララ、それとエルフの子を里に送り届けた俺は、里の人たちから盛大に感謝されたあと、サーヤから連絡があるまでしばらくエルフの里で待機していた。
導話石からサーヤの声が聞こえたのは、VIPルームで寝転んで菓子を食べていたときだった。何もせずに出てくる飯や紅茶最高。ぐうたら最高。
部屋にはセオリーしかいないので、寝ころんで砂糖菓子を口に放りながら応答する。
『もしもし、ルルクきこえる?』
「聞こえます。オーバー」
『無線じゃないんだから。こっちは無事にエルフの子たちを助けたわよ。そっちはどう? そろそろ城に着いた?』
「もう助けてエルフの里まで戻って来てる」
『さすがね。じゃあ、これでクエストは完了ね』
「帰るまでが遠そ……クエストだぞ」
『そうだ聞いてよルルク~。このダンジョン、最下層までの転移装置、片道用だったの。つまり帰りは地道に戻らないとダメなのよね』
「……ご愁傷様」
ってことはアレだな。入り口まで戻るだけでも数日かかりそうだな。
さすがにダンジョン下層まで迎えに行くのはめんd……忙しいので、どうせ合流が先ならいまのうちに話しておこう。
その前に砂糖菓子をもうひとつ。ボリボリ。
『何食べてるの?』
「エルフ特製の金平糖みたいなやつ」
『いいなぁ。私もアイテムボックスに甘味入れてくればよかった』
今度から遠足の時はお菓子も持っていこう。もちろん1人500ダルクまでだ。
「そんでサーヤ、ちょっと報告があるんだけど聞いてもらってもいいか?」
『私も報告あるわ。お先にどうぞ』
「おう。じつは俺たちより先にエルフの子を助けたのが魔素欠乏症の下位魔族の子で、その子が兄の復讐のためにサトゥルヌのとこに殴り込みに行くらしいから、俺もついていくことにしたから。状況次第だけど長ければ一ヶ月くらい。ひとりで行くからみんなの世話よろしく」
『えっ……ちょっとまって! 情報が多いんだけど!!』
面倒だから一気に言っちゃいました。
サーヤはしばらく脳内整理してから、
『つまりルルクは魔族領に戻って、サトゥルヌを倒してくるってこと? その下位魔族のひとと一緒に』
「そうなるね。さすがに危険だからひとりで行ってくるつもりだけど――」
「あるじ! 我も同行する!」
隣で俺の話を聞いていたセオリーが声を張った。
「いやいやセオリー。さすがに危険すぎるって。エルニすら連れてくつもりないんだし」
「……一緒にいく。一緒じゃなきゃイヤだもん」
「ゴネてもダメ」
それに竜種は魔族の天敵だ。いくら例のブレススキルがあるとはいえ、土地との相性が悪すぎる。
俺とセオリーが睨み合っていると、サーヤが口を挟んだ。
『……サトゥルヌのところに行くのは、ルルクの中では決定事項なのね?』
「そうだな。サーヤにこれ以上、マズい薬飲ませるワケにもいかないし」
『それは嬉しいけど……そこにセオリーもいるんだよね? 行きたいって言ってるのよね?』
「そうだよ。それが?」
『じゃあ、セオリーは連れて行ってあげて』
予想外なことをサーヤが言った。
「……なんで?」
『ルルクはなんでもできるし、私たち全員合わせたより強いかもしれないけど……それでもルルクは神秘術しか使えないでしょ? それだけじゃ解決できないことがあるかもしれないし、長旅になるかもしれないんだもん。仲間がひとりはいたほうがいいわ』
「そうかもしれないけど、リスクとのバランスが取れてなくないか?」
『ルルクはセオリーを何だと思ってるの? 保護対象? それとも可哀想な子? 違うでしょ、セオリーは私たちの仲間なの。ルルクの心配症で過保護なところは悪いとは言わないけど、ちゃんと実力も評価してあげて。セオリー、意外と努力してるんだから』
そんな風に言う声は、いつもより優しかった。
脳裏に、微笑んで諭してくるサーヤの顔が浮かんできた。前世の頃からときおり見せていた、心の底まで見透かすようなあの笑みだ。
俺は自分の意見が間違ってるとは思わない。
でも、サーヤの言うことにも一理あると思ってしまった。
「……環境破壊しかできないポンコツ竜姫だぞ?」
『あら、セオリーの良いところは能力とかステータスなの? 戦いに優れてるから仲間にしたの?』
「いや、違う」
それは断言できる。
俺がセオリーを無理やりにでも仲間に引き込んだのは、その心根が――……。
ああ、そういうことか。
俺は苦笑した。
「……悪い。忘れてた」
『いいのよ。それにルルクなら、セオリーを守りながらでも無事に帰ってこれるって信じてるから』
「ありがと。その信頼に応えられるように頑張るよ」
『うん。期待して待ってるから、無事に帰ってきてね?』
ほんと、敵わねえなぁ。
そんな風に思いながら、俺はセオリーに連れて行くことを伝えた。危険を承知でいいなら、だけど。
セオリーは満面の笑みを浮かべながら香ばしいポーズをとった。
「ふっ! やはり我が主は聡明なり! これより魔族領に我が軌跡を刻む!」
「はいはい。で、サーヤの方の報告って?」
『ベーランダーに指示を出してた黒幕の魔族が、ダンジョンに現れたわ。私とエルニネールで倒しておいたから安心して』
「おおそうか。よくやった」
やっぱり黒幕は魔族だったか。
想定はしていたけど、本当にバルギアの貴族の家にまで入り込んでいるやつがいたとはな。
『そいつもサトゥルヌの手先だったみたいだし、ちょうど良かったかも』
「……本当に色々暗躍してるんだな、サトゥルヌ」
ロズが警戒していただけはある。
黒幕の背後にサトゥルヌがいたのなら、セオリーの件の責任もサトゥルヌに負わせていいだろう。うちの仲間に色々と因縁がある相手だなぁ。
『報告はそんなところね。あとはこっちで処理しておくから、ルルクとセオリーは気にせず行ってきて』
「ありがとな。頼んだ」
『でも毎日ちゃんと通話するからね? 忘れないでね? 絶対よ?』
「はいはい」
まだまだ導話石に魔力はたっぷり残っている。
さすがに一ヶ月はもたないだろうけど、しばらくは話せそうだからな。
サーヤとの連絡はそれくらいで終わっておいた。
これからまた旅をするんだから、無駄話で魔力の消費するのは不毛だし。
隣で気合を入れてポーズをキメ続けているセオリーを待たせるのも悪いので、さっそく城に戻ってナギと話の続きをしようか。
「さて、そろそろ行く……ん?」
「……ルルク、いる?」
VIPルームの入り口に顔を出したラキララだった。
「はい、なにか用ですか?」
「……また魔族領に戻るのよね。さっきの転移で」
「そうですけど……?」
それがどうかしたんだろう。
ラキララはすでに十分すぎるほど働いたし、あとは仲間が戻るまでここで休んでいればいいはずだ。魔族領に用事はないはずだけど。
「……その、ルルクに言いたいことがあって」
「え、ついにデレるつもりですか? 浮気ですか?」
「……バカなの? そうじゃないわ」
睨まれた。
「……その、気をつけなさいよ」
「魔族領ですか。まあ、危険なところなので肝に銘じて動きますよ」
「……違うわ。あのナギとかいう魔族よ」
ラキララは鋭い視線のまま言った。
「……あの子はともかく、武器、たぶんアレはヤバいわよ。尋常じゃない雰囲気だったわ。もし裏切られたときルルクでも危ないと思う」
「そうですね。確かに危険そうでした」
もちろん俺も初手で鑑定を済ませている。
見た目はシンプルな太刀だったけど、ただの太刀ではなかった。ラキララがそれに気づいたのはさすがとしか言えないだろう。
「ご心配ありがとうございます。ラキララさんに心配してもらえるのは嬉しいですね」
「……バカね。ルルクには守ってもらわないといけない約束があるでしょ」
「そうでした。では約束を守るためにも、無事に戻ってきます」
俺は笑いながら、セオリーの肩に手を置いた。
「では行ってきます。皆さんによろしくとお伝えください。それと『空間転移』のことはできれば内密に」
「……わかってるわよ。じゃあね」
軽く手を振って送り出してくれたラキララ。
俺はセオリーを連れて城まで転移で戻った。
城の大広間は誰もいない。作りかけの魔法陣も、俺が『錬成』で埋めておいたのでただの床に戻っている。
透視しながらぐるっと城内を見渡すと、ナギは上階の空き部屋のベッドで横になっていた。
っと、その前に。
「そういえば、セオリーは魔族が嫌いなんだよな?」
「愚問なるぞ我が主。我が闇の一族と魔の一族は因縁で繋がれている。出会えば死あるのみ」
「でも、ナギにはそこまで嫌悪感なくなかったか? あのゴキブリ魔族とは全然違ったし」
「……あの者は少々、気配が薄いゆえ」
ああ、なるほど。
魔素欠乏症だからだろうな。魔族特有の魔力がないから。
ってことはナギがセオリーを見ても何も思わないのも、魔力を感じられないからだろう。そもそもナギが他種族に嫌悪感がなさそうなタイプってのもあるだろうけど。
「さて、後はナギがセオリー帯同での旅を許してくれるかどうかだな」
そもそも俺と旅をするのも、まだ確定じゃないんだけどね。
でもなんとなくそれは許してくれそうな雰囲気だったから心配はしてなかった。
許してもらえなければ……ま、その時はその時考えよう。
俺は特に深く考えず、ナギが待っている空き部屋をノックした。
「どうぞ」
「開けるぞ~」
扉を開くと、ナギは起き上がって太刀を握っていた。
念のため警戒していたんだろう。
それにしても……。
俺はナギの手にある太刀を、もう一度鑑定してみた。
……うん。本当にヤバい武器だな。
【 『凶刀・神薙』 : 神殺しの一振り。あらゆる術式やスキルを斬ることができる〝神話級〟武器。防具装備不可、武器変更不可の呪いが付与される。諸刃の剣。 】
〝神話級〟なんて初めて見たよ。神の時代に作られたという伝説を超える武器だ。
その名の通りすごい性能をしているけど、肝心なのは呪いの方だな。ナギがボロボロの服を着てるのは、防具装備不可のせいなんだろうな。
「……どうかしたです?」
「ああ、なんでもない。それとさっきは紹介できなかったけど、こっちは俺の仲間のひとりセオリーだ。ほら挨拶」
「我はシャド……セオリー=バルギリア! 我が主の最も忠実な眷属にして、誉れ高き至高の種族である! 矮小なる魔の者よひれ伏すがよい!」
「とまあ、ちょっと病気を抱えてるけど根は悪いやつじゃない。聞いての通り竜種なんだけど、ナギは嫌悪感はある?」
「いえ、特には。それにしてもドラゴンです……これが……?」
何とも言えない顔をしたナギだった。
「言っとくけど、普通の竜種はこうじゃないからな? セオリーは特殊だから」
「そうだったです。それなら何も言わないです」
あやうく誤解で竜種全体がイメージダウンするところだった。危ない危ない。
「もしよかったら、サトゥルヌのとこにセオリーも連れて行こうかと思うんだけど、どう?」
「ナギは構わないです。竜種であればきっと戦力になるです……ところで、ルルクは強いです?」
「うーん。何が基準かはわからないけど、人族では強い方だと思ってる」
「最強たる我を凌ぐ孤高の存在、それが我が主である! ふっふっふ! 頭が高いぞ凡民よ!」
「おまえはプニスケより弱いけどな」
「あ、あるじぃ」
セオリーが調子に乗って来たので、一度諫めておく。
事実を告げられて泣きそうなセオリーだった。
「仲が良い、です」
「ふっ、当然である!」
「そうか? ま、兎に角これからよろしくなナギ」
「ええ。よろしくお願いするです」
こうして俺たちは、人族、竜種、魔族の奇妙な3人パーティを結成したのだった。
目指すはサトゥルヌが住まうという砂漠地帯。
さてさて、何が待ち受けていることやら。




