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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・7『悪戯心と秋の空』

■ ■ ■ ■ ■


 何が魔族領だ。

 フラッツ=ザンバルダールは内心嘲笑っていた。


 小さい頃から触れてきた物語で、いつも〝死の国〟と表現されてきた魔族領。魔族はいつだって邪悪で醜悪で、恐ろしい存在として描かれていた。


 そんな魔族が住んでいる土地は危険に溢れているから、油断せずに行ってこい――ギルドマスターにそう念を押されていたものの、蓋を開けてみたらどうだ?

 魔術が少し使いづらいだけで、魔物だって特に強いわけじゃなかった。危険を感じたのはAランク魔物に対してくらいだった。


 ダンジョンもそうだ。アンデッド系の魔物ばかりだが、あのエルニネールとかいう生意気な羊人族がバカみたいな威力の魔術であっさり片付けているから、フラッツが剣を抜くこともなかった。


「フラッツ、分かれ道だよ。どっちにする?」

「右だ」

「わかった」


 リーリンの斥候スキルもバルギアダンジョンで鍛えられている。浅い層の罠に引っかかることもない。


「前方から魔物。ちょっとレベル上がったかも」

「ん。『プリフィケーション』」


 迫っていた死霊騎士数体も、羊人族の魔術一撃で消し飛んだ。相変わらず規格外の威力だ。

 隣のベズモンドも苦笑する。


「俺の出番がない」

「楽でいいじゃねえか」

「お兄さんたち、油断は禁物よ? エルニネールだって万能じゃないんだから」


 そんなフラッツとベズモンドを諫めたのは、まだ10歳という正真正銘のガキ……たしかサーヤ。

 マタイサ出身の貴族の娘らしいが、やけに大人びて生意気だった。性格はともかく顔は一級品なので、喋らなければ隣に置いてやってもいいと思っていた。


 というか、なんで貴族の娘が冒険者なんかやってるんだ。三男四男ならまだしも、マタイサの貴族は女に自由があるのか?


「なあガキ。ひとつ聞くけどよ」

「サーヤよ、フラッツさん」

「……神秘術ってそんなに強いモンなのかよ」


 この魔族領に来る前からフラッツが考えていたのは、ルルクのことだった。

 わずか13歳にして上位魔族を討伐。Sランク冒険者にも打診されているというギルドマスターすら期待するルーキー。しかも世にも珍しい神秘術士だ。


 彼の使う術式は理解できないが、エルフたちが使っている神秘術とも少し違っている気がするのだ。あのガキが使う神秘術はなんというか、より攻撃的な気がする。

 サーヤは首を横に振った。


「正直いうと、そんな強いものじゃないわ。私も一応神秘術は使えるけど、魔術みたいに便利なものじゃないのよ。本来の神秘術は狙った場所に攻撃できたりするものじゃないから」

「あん? でもあのガキはバカスカ攻撃当ててきただろ」

「それはルルクが凄いのよ。神秘術は霊素を使った数式みたいなものなんだけど、毎回違う情報を組み込まないとスキルも使えないの。ルルクはその再計算の速度が早すぎるのよね……数学の成績そんなによかったっけ?」


 最後は小声になって聞こえなかったが、ニュアンスは理解できた。

 神秘術自体が卑怯な技だっていうならあのガキが強い理由も納得できたんだが……フラッツは舌打ちしてから話題を変えた。


「で、おまえはなんでパーティにいるんだ。まだガキだろ。あいつの愛人候補か?」

「だからサーヤよ。愛人って思ってくれるなら嬉しいんだけど、残念ながらただの仲間ね」

「ただの腰巾着の間違いじゃねえのか」

「あら。これでもそれなりに強いわよ?」


 細い腕に力こぶをつくるサーヤ。

 フラッツは失笑した。


「ガキが粋がんなよ。仲間の実力はおまえの実力じゃねえんだぞ」

「言うわね。じゃあ次の魔物は私がやるから、しっかり見てなさいよ」


 そうサーヤが言った直後、都合よく前方に死霊騎士が2体現れた。

 この場にいる全員がいまの会話を聞いていたので、サーヤが小剣を抜くのを待ってくれていた。エルニネールだけは動こうとしたけど、それを見越していたサーヤが任せるように言う。


「まって。私がやるから」

「ん。かり」

「プリンで」

「きまり」


 後ろからの支援という名のフレンドリーファイアを気にしなくてよくなったところで、サーヤはフラッツに一度振り返って言った。


「わりと本気めで行くから、見逃さないでよね」

「あ? 何を――」


 フラッツが鼻で笑おうとしたときには、サーヤは地面を蹴っていた。

 次の瞬間、サーヤはすでに2体の死霊騎士の間にいた。レベル60近いフラッツに匹敵するその速度に、【白金虎(バイフー)】のメンバーは息を呑む。


 サーヤはくるりと回転しながら小剣を素早く走らせ、魔術を発動した。


「聖と成れ、『ホーリーエンチャント』!」


 死霊騎士はDランクのアンデッド系魔物。

 サーヤの魔術により、聖属性付与された鉄の小剣は彼らの首をあっさりと刎ねた。

 首を落とされて素材に変わる魔物たち。

 サーヤは腰に手を当てて、ドヤ顔で振り返る。


「どう? 私だってちゃんと戦えるのよ」

「…………。」


 フラッツは最初は驚愕していたが、そのうち目の前の少女が忌々しく思えてきた。


 ……あり得ないだろ。


 こちとら命がけで10年以上も戦ってレベルをあげて、ようやく手に入れたステータスだ。Sランク冒険者として誰もが憧れるような能力を持っているはずだった。その自信があった。

 なのに、たった10歳のガキが、同じくらいの速さを持つだって? そのうえ聖魔術まで使えるなんて聞いてない。

 そんなやつが……そんなやつらの集団が【王の未来(ロズウィル)】なのか。


「すっごい! サーヤっちも只者じゃなかったのね」

「うむ。帰ったら俺と模擬戦を頼みたい」

「おい嬢ちゃん、ホタルとも模擬戦して欲しいんだが」

「ちょっとまって! いきなりグイグイ来ないでよ」


 リーリン、ベズモンド、ケムナがこぞってサーヤに近づく。


 くそっ。相手は経験も浅いガキなのに媚売るんじゃねぇよ。プライドはねぇのか。

 フラッツはそう小声でつぶやきながら、サーヤの横顔を睨むのだった。


 そんなフラッツの横顔を、冷静な目で見つめていたのはエルニネールだった。



□ □ □ □ □



 ごめん、同窓会には行けません。

 俺はいま魔族領にいます。この国を縦断したりはしないけれど、安全快適なクエストをつくってます。本当はあの頃(前世)が懐かしいけれど、でも今はもう少しだけ知らないフリをします。俺のつくるこのクエストも、きっといつか誰かの命を救うから……


「でも本音を言えば帰りたい」

「ルルクくん! 現実逃避してないで止めて! セオリーちゃん止めて!」

「『滅竜破弾』! 『滅竜破弾』! 『滅竜破弾』っ! ふはははは! 塵芥(ちりあくた)になるがよい!」

「……頭痛いわ」


 俺の肩を掴んでゆさぶるのはメレスーロス。

 隣には、恍惚とした表情でブレススキルを連発して環境破壊にいそしむポンコツ竜姫。

 そしてため息をついて肩を落としているのはラキララだった。


 何でこんなことになってるのかって?

 俺もわからん。


「わかりきってるでしょ! そりゃあ魔族と竜種は敵対関係だって知ってたけど、ここまでだって思わなかったよ!」


 メレスーロスが焦っている。そんな風に慌てる彼女も麗しいね。

 事情はシンプルだった。


 森を進んでいたら、初めて魔族に出くわしたんだ。

 そいつは下位魔族らしく、何かの採取中だったのか俺たちを見てすぐにカゴを放り出して襲いかかって来た。俺たちを、というよりセオリーを。


 とりあえず俺の従魔に手を出させるつもりはないので、軽く殴って退かせたはいいものの、そいつがスライムみたいに増殖スキルを持ってたんだ。2体、4体、8体……と乗算式に増えること数分。一体一体はめちゃくちゃ弱くなったけど、うじゃうじゃと増殖した魔族が森いっぱいに広がった。


 控えめに言ってゴキ〇リみたいだな、と思ったよ。ぞわっときたね。

 ただでさえ俺もそんな所感だったのに、天敵が増えたセオリーにとっては思考が暴走するスイッチになった。


 そいつを殲滅するために森ごとぶっ飛ばしていくセオリー。

 増殖した魔族が気持ち悪かったから見ないフリをする俺。

 焦るメレスーロスに呆れるラキララ。

 こんな構図ができあがったのだ。


 当然、森は滅茶苦茶。ほぼ荒野になっている。

 この前は意味もなくやったから怒った(怒られた)けど、今回は目的があるので俺も咎めない。むしろよくやった。俺もゴ〇ブリは嫌いなのだ。


 全方位の森を破壊しつくしたセオリーは、スッキリした表情でキメポーズ。俺が喜んでいることをわかっているので自信満々だった。


「ふっ、我が覇道止められる者なし! 斯くて異物は滅したのだ!」

「セオリーちゃん! やりすぎ!」

「ひぃっ」


 あーあ。怒られてやんの。

 傍観してると、メレスーロスは俺も睨んできた。


「ルルクくんもリーダーなんだからしっかり教育する! ちゃんとわかってる!?」

「はい、わかりました!」

「……なんで嬉しそうなのよ」


 ラキララが俺の反応にも呆れている。

 だってある意味ご褒美だからね。何がとは言わない。


「さっきの魔族は消滅しましたね。にしても竜種と魔族って本当に相性最悪なんですね。人間形態なのに見ただけでわかるって……」

「魔素が視えるってことは種族もある程度わかるだろうし。セオリーちゃんを連れてきたのは失敗だったかなぁ」

「いえいえ、むしろ魔族ホイホイになっていいんじゃないですか?」

「……いい囮ってことね」

「ふえぇ」


 囮扱いされてビビる真祖竜。さっきの威勢はどこに行ったんだよ。


 兎に角、見晴らしがよくなりすぎたのでこの場所に長居はしたくない。音を聞きつけて他の魔族が来るかもしれないし、何より視線が通り過ぎている。うーん隠密行動とは。

 メレスーロスも地図を確認しながら、眉をひそめた。


「……さすがにあたしたちが城に向かってるってバレてるかもね」

「可能性は高いですね」


 召喚陣とやらが完成するのはまだ先だろうけど、それはあくまで俺たちが邪魔しなければの話だ。俺たちの存在が知られたら、相手もその狙いに気づくはず。召喚陣の完成も早まるかもしれない。


 それでもメレスーロスは俺に急げとは言わなかった。俺のスキルで移動するのが最も早いことを知りながら。

 ほんと、不器用な人だな。

 しゃーない。


「……メレスーロスさん、俺は構いませんよ」

「いいの?」


 俺の意図を汲んだのか、ラキララをちらっと見るメレスーロス。

 そりゃ転移のことはなるべく秘密にしたい。でも、正直言うとそろそろバレる頃合いだと思う。なんせエルフチームと合流してしまったから、話の弾みで俺たちが数日前にエルフの里にいたことがバレるかもしれない。

 さすがに辻褄が合わなさすぎるからな。


「……何? 何の話よ」


 訝し気に見てくるラキララ。

 ふむ。

 タダで教えるのも癪だし、ここはちょっと悪戯しよう。


「ラキララさん、手相占いって知ってますか?」

「……何?」


 めっちゃ怪しまれた。

 まあ別に構わない。弱みはすでに握ってるぜ!


「俺の故郷では、手相には運命が表れると言われてます。たとえば寿命だったり、例えば金運だったり……例えば恋愛運だったり。特に近しい相手なのに中々叶わない恋とか」

「……教えなさい」


 なんとチョロい。

 利用するのは気が引けるが……いや、引けるか? この若作り美少女、好きな男に媚薬盛ろうとする悪女だからな。

 尚、共犯は俺だから指摘はしない。


「では手のひらを見せてください。ちょっと失礼しますよ」


 自然な流れでラキララの手首を掴んだ。

 俺の悪戯心を察して苦笑しているメレスーロスも、そっと俺の肩に手をかけてきた。セオリーは言う前から腕を掴んでいるので大丈夫。

 何をするかというと、もちろん。


「ふむふむ。この手相は見事なものですね。特に『相対転移』」

「えっ」


 不意打ち、しちゃいました。

 俺が転移したのは目視できるギリギリの上空。そう、遥か空の上である。


「き、きゃああああああ!」

「っ!」

「ひぃぃぃいい!」


 もちろん自由落下が始まり、叫び始めるラキララ。メレスーロスは無言で俺につかまり、セオリーは俺の腕を縋るように全力で抱きしめた。……柔らかい。


「いやあ、いい景色ですねえ」

「る、ルルクくん早く戻って!」

「はーい」


 メレスーロスもさすがに不意打ちの高所は怖かったのか、珍しく俺の悪戯に注文をつけてきた。さすがに試合終了だ。俺はすぐ諦めるタイプなのだ。


 セオリーが破壊した森の北端まで一気に移動。

 地面に足がついたことで、メレスーロスがほっと一息ついていた。


「ルルクくんせめて平面にして」

「すみません。せっかくラキララさんの初体験だったので、張り切っちゃいました」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」


 そのラキララは胸を押さえて息を荒げていた。

 俺をギロリと睨んでくる。


「……い、いまの何? ルルクがやったの?」

「はい。『相対転移』と言って、王級神秘術スキルです」

「……転移……転移ね……なるほど」


 受け入れが早いな。

 さすがSランク冒険者か。杖持ちの魔術士だし、王級術式くらいなら使えるかもしれないな。


「……で、あんな高いところに転移した理由は?」

「ノーコメントで」

「我は乞う、聖なる光を以って目の前の邪悪を滅し――」

「つい出来心で! あと驚かせたくて!」

「……さすがに怒るわよ、それは」


 睨まれた。

 ふぅ。邪悪認定されて滅ぼされるところだ。

 ここは素直に謝罪しておこう。


「すみません。お詫びと言ってはなんですが、今度ケムナさんを酔っぱらった状態でラキララさんの家に連れて行きます」

「……まあ、空も案外悪くなかったわね」


 本当にチョロいなこのひと。

 犠牲になる(かもしれない)未来のケムナには悪いけど、まあ、十何年も一途な義妹に曖昧な態度を取り続けている自分を恨んで欲しい。でも後が怖いから記憶無くなるまで飲ませてからにしよう。

 ラキララとのひと悶着は素早く解決したので、ひとまずこれで俺たちの転移移動が解禁されたわけだが……。


「あ、あるじ~」


 セオリーが俺の腕をぐっと掴んだまま、ガクガクと足を震わせてなんとか立っているという状態だった。生まれたての小鹿みたいだな。


「おいどうした。おまえが怖がる必要は――」

「う、う、ふぇえええん」


 え。泣き出したんだけど。

 よく見ればセオリーの足元に、透明な液体が流れ落ちていて……。

 さすがに俺も、こればかりは見て見ぬフリはできなかった。


「えっと……汚れを落とすような魔術を使える方はいますか?」

「あたしは聖魔術使えない」

「……そんな魔術知らない」

「あるじのばか~~~っ」


 ポカポカ叩かれる。痛い。痛いからやめて。

 そうして俺はセオリーの一張羅を汚した罰として、今日の料理番と夜番を押し付けられたのだった。


 ちなみに洗ったゴスロリドレスが乾くまで、セオリーは俺の予備服を着て過ごしていた。でもなぜか上機嫌でした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ルルク、よくやった(失禁大歓喜) そしてよくもやりやがったなルルク(健全な女児に失禁させるとは)
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