激突編・6『少数精鋭』
「起きて、起きてよルルっち! 何か来てるよ!」
リーリンに揺さぶって起こされた時、すでに【白金虎】のメンバーは臨戦態勢だった。
夜番の後半はリーリンとベズモンドだったから、こうして叩き起こされたということは立派に仕事をしてたってことだろう。えらい。
ちなみに我が仲間たちはと言うと、まだ寝ぼけている俺とサーヤ、爆睡中のエルニとプニスケ、いち早く目が覚めたようだけど役に立たないセオリーだった。
……うん、控えめにいってもダメパーティですね。
「リーリンさんおはようございます。メレスーロスさん今日も美しいですね」
「ルルクくんは大物だね。いくら準精霊に警戒させてるからってそこまで深く眠れるなんて」
朝の軽口はスルーされた。
俺は準精霊たちを霊素に還元して、大きくのびをする。ちょっと早いけど体感的には夜明け前くらいだろう。二度寝するほどじゃないな。あ~よく寝た。
「それで、慌ててどうしたんです?」
「気配察知に引っかかったんだよ。人型の気配が複数近づいてくる……魔族かもしれない」
メレスーロスとリーリンを筆頭に、緊張した面持ちで部屋の入り口を注視していた。
俺も『虚構之瞳』で透視してみる。
……ああ、なるほど。そういえばそうだったな。
俺は肩から力を抜いて、ひとまずまだ寝ているエルニを起こしておく。
「エルニ、そろそろ騒がしくなるから起きるんだ」
「ん……もうちょっと」
「もう! 学校遅刻するわよ!」
母親風に起こしてみる。あまり意味はなかった。
ゆすっても頬をつねってみても起きない。はあ、まったく世話のかかるやつだ。ダンジョンで深い眠りに入るなんて油断しすぎじゃないか。
え、なんだって? ブーメ……? よく聞こえないなあ。
「こういうときはこうするのよ」
サーヤがエルニの鼻をつまんだ。
しばらくすると苦しそうな顔をして口呼吸になったエルニ。サーヤはその開いた口にアイテムボックスから取り出したスゴ玉を放り込んでいた。なんという鬼畜の所業!
スゴ玉の強烈な味と臭いにカッと目を開いたエルニは、即座に起き上がるとサーヤに向けて寝起きの一発を発動した。
「『エアズロック』」
「『ウィンドボム』」
おお、やるな。
サーヤも即座に空気を拡散させてエルニの魔術を中和していた。普段から近くで見ているから対処法も知ってたんだな。
「ん……くさい。ひれつ」
「起きない方が悪いのよ」
もしかしていつもこんなことしてるのか? そりゃ仲も悪くなるよな。
日ごろの女の戦い(?)の一端を垣間見た気がしたけど、それはともかく。
「遊んでるとこ悪いけど、来客みたいだからとりあえず戦闘準備な」
「ん」
「わかったわ」
幼女たちはすぐに切り替えて、入り口を睨んだ。ちなみにセオリーはずっと俺の背中に隠れている。
正直、警戒する必要はないんだけどな。あくまでパフォーマンスだ。
ちょうどそれを証明するように、部屋の入り口に姿を見せたのはエルフの一行だった。
先頭にいたのは小柄なボブカット、言うまでもなくカルマーリキだ。
メレスーロスがほっと息をついて武器を下した。
「やあカルマーリキ。追いついたん――」
「ルルク様~~~~っ!」
ダッシュして飛びついてきた。
俺はもちろん軽く回避。見事に顔面スライディング着地をキメたカルマーリキは、鼻血を出しながら振り返る。
「どうして避けるの!」
「逆に聞くけど、なんで受け止めてくれると思ってんの?」
小柄とはいえ、人ひとりが全力ダッシュで飛び込んでくるんだぞ。
普通に重いし痛いだろ。
「受け止めてよ!」
「イヤだよ。まあどうしてもって言うなら条件次第だな」
「条件? うち、なんでもするよ!」
「グラマラスなお姉さんになってくれ。そしたらむしろ迎えに行くぜ!」
「ルルク様のえっち! おっぱい星人!」
悔しそうに地団駄を踏むカルマーリキだった。
俺たちがそんなアホな会話をしていると、メレスーロスがため息をついた。
「まったくカルマーリキったら、場所をわきまえてよ」
「その通りだ」
「やあディスターニア。よく追いついてきたね」
「おまえらずっと順路に印をつけてただろ。ソレを辿って来ただけだ」
部屋に入って来たのは7人のエルフだった。
隊長のディスターニア、副隊長のカルマーリキ。それと見覚えのある守護部隊員の精鋭が4名に、あとは目元に仮面をつけたエルフがひとり。
金髪の長い髪を真ん中で分けて、左右に垂らしているお姉さんだ。
「お初にお目にかかります、ルルク様」
「あ、はい。どうも」
彼女はなぜかすぐ俺の前に来て、膝を折ってかしずいた。
例の〝狩人〟のひとだろう。
「私はルニー商会、営業部門所属のフィーアと申します。以後お見知りおきを」
「ど、どうも。ルルクです」
なんでこう、ルニー商会のお姉さんって迷いのない強い視線で見てくるんだろう。ちょっとタジっちゃったよ。
「いまはフィーアって名乗ってるんだね、センターベツ」
「ええ、ルニー商会ではフィーアと名乗っております。今回はルニー商会の一員としてエルフの救出部隊に同行させていただいておりますので、私のことはフィーアとお呼びください」
「わかったよフィーア。それでわざわざここまでついてきたのはどうして? 予定では魔樹の森で竜種たちと待ってるんじゃなかったっけ?」
「状況が変わりましたので、至急ルルク様とメレスーロスにお伝えしなければと思いまして」
フィーアは懐から紙を取り出した。
そこに書かれてあったのはなんと……なんだろう。うーん読めん。
俺もメレスーロスも首をひねった。
「「これ、なんて?」」
「すみません我が商会の暗号です。読み上げます。『エルフの子が連れ去られた目的が判明。ダンジョンで眠らせているのはエルフの森に辿り着くための道案内用。城に連れていったのは召喚儀式の贄。召喚儀式には大規模な魔術陣の作成が必要。魔術陣の完成は9日後と予測。急がれたし』……とのことです」
召喚儀式か。
さすがに何を召喚しようとしているのかは突き止められなかったようだけど、それでも十分すぎる情報だろう。
フィーアは書状を魔術で燃やしてから、
「今日から換算して残り5日です。メレスーロス、至急チームを編成して城へ奪還に向かうことを推奨します。こちらのダンジョン攻略も時間との戦いですが、こちらは私やディスターニアが手伝います」
「そうだね。ルルクくん、フラッツくん、あたしの判断で別動隊を編成しても?」
「ああ、いいぞ」
「……はい」
まあ向かう面子にもよるけど、ダンジョンはさらに人員が増えたし危険度は低くなった。
どう考えても城のほうがリスクが高いだろう。
メレスーロスもそれはわかっているのか、少しだけ思案して言った。
「移動速度重視で少数精鋭で行くよ。あたし、ルルクくん、ラキララちゃん。それとセオリーちゃん。以上」
「……メレスーロス、それだけでいいのか?」
フラッツが訝しげに言った。
確かにセオリー含めて四人は予想より少なかった。
「うん。理由は単純。正直いうとルルクくん単独が一番効率がいいんだよね。速度も強さも突出してるからさ。ただ、罠や相性なんかで斥候スキルと聖魔術は必要になるかもしれないから、あたしとラキララちゃんだけ同行する必要があるかなってね。それと、セオリーちゃんは昨日みせてくれたあのスキルがあるでしょ? あれ、こっちでは使えないけど、広域殲滅戦ではすごく有用だよ。さすが真祖竜だね」
お、セオリーのとんでもスキルが褒められてる。どことなくソワソワして嬉しそうなセオリーだった。
フラッツも納得して頷いていた。
「なるほどいいだろう。ラキララ、役に立ってこい」
「……言われなくても」
「ルルク様ぁ、うちも一緒に行きたかったけど……子どものことお願いね」
「おう。全力を尽くすよ」
カルマーリキが祈るように頼んできたので、茶化さずに答えておく。
チーム編成に不満そうだったのは、セオリー以外の俺の仲間たちだった。特にエルニは殲滅戦と聞いて目を輝かせてた。いつの間にか起きていたプニスケも同様だ。
サーヤは単純に、4人だけで大丈夫か心配してそうな顔だったけど、そこは問題ないと思う。もし危ない相手が出張ってきたら、全員連れて即座に転移で逃げるつもりだし。
「じゃあダンジョンチームは人数が増えるけど、フラッツくんとディスターニアがリーダーでよろしくね。攻略も速度重視でお願い」
「メレスーロス、ルニー商会からダンジョンの攻略情報も追加で提供できますので、こちらはお任せください」
「わかった。サポートは頼むよフィーア」
「ねえメレスーロス、行く前にちょっとダンジョンの罠について教えてよ。うち、ダンジョン初めてだからちょっと不安で……」
「いいよ。まず罠の種類だけど――」
エルフたちが情報交換している間に、俺はこっそりとサーヤを部屋の隅に呼び出した。
「どうしたの? いってらっしゃいのチュー?」
「阿呆。ちょっと頼まれたことがあってな。コレ持っててくれ」
俺がアイテムボックスから取り出したのは、緑の宝石を嵌めこんだブレスレット。
エルニに魔力を流し込んでもらったソレは、ほのかに緑色に光っている。
「例のケータイ?」
「そ。通話の実験、頼めるか?」
「もっちろん! これで離れてても毎日ルルクと話せるのね? うふふ」
嬉しそうに腕につけたサーヤだった。
さすがのルニー商会製、サイズも装着者に合わせてくれるアイテムボックスと同じ自動伸縮機能つきだった。
「使い方は簡単で、石に触れながら話すだけだって。相手の声が聞こえるのは装着者だけらしいけど、できればひとりの時か部屋の隅にいって会話して欲しい。そっちのタイミングで1日1回頼む」
「了解。夜でいい? お手洗いに行くフリでもして話しかけるわ」
「トイレ中でも別にいいぞ? どうせ声以外の音は聞こえないんだし」
「……何かに目覚めちゃいそうだからやめとく。私、正統派ヒロインになるって決めてるの」
サーヤのよくわからないこだわりはともかく、さすがに俺もトイレ中に誰かと話したくはないな。
兎に角、導話石を渡しておいたのでルニー商会からの依頼は問題なさそうだ。
密談が終わって部屋の中央に戻り、ヒマそうに戯れている幼女とスライムにも声をかけておく。
「エルニ、サーヤとプニスケは任せたぞ」
「ん」
「プニスケ、エルニとサーヤを守るんだぞ」
『がんばるなの! もう負けないなの!』
やる気十分の仲間たちだった。
正直、小規模ダンジョンだからか最終ボス以外は大した敵はいなさそうだ。
問題は魔族の介入だけど、よっぽど下手を打たなければエルニが負けることはないだろう。もし危険そうなら、サーヤに緊急通話を頼んでおいたし大丈夫かな。
「よしルルクくん、ラキララちゃん、セオリーちゃん。あたしたちは行こう」
「はい」
「……ええ」
「ふっ。天命が我を誘う」
こうして俺たちは奪還チームとして、ダンジョンを離脱するのだった。
目指すは中位魔族が住んでいるという城。
速度重視の隠密行動で向かうと決めたのだが……。
「なにこれ?」
ダンジョンから出て、わずか1時間後。
北西に向かって山を越えていけば、エルフの子が囚われているという城があるという。
道案内はメレスーロスに任せている。もともとソロ冒険者のメレスーロスは、索敵しながら地図通りに進むなんてことくらい朝飯前だった。
俺たちが見つけたのは、おそらく魔族領に入って初めての集落だった。
おそらく、というのは魔族の姿はなかったからだ。
そもそも魔族の社会構造は謎が多くて、俺もロズに教えてもらったことくらいしか知識にはない。ヒト種と同じ生殖行為で繁殖はするけど、魔力の波長が同じじゃなければ子を産むことはできないせいで結婚という概念はなく、野生の動物に近いナワバリ意識を持っている。
文化的にはヒト種とは比べられないくらい劣っていて、優れているのは魔術の才能だ。種族特性としては生まれたときから魔素や魔力が視える――それくらいか。
住居に関しても、環境としては文化的に古い。その地域で力を持っている魔族は城を建てたがるが、いかんせん城は目立つ。昭和のヤンキー抗争みたいなナワバリ争いをしている種族では、よほどの自信がなければ城など構えない。
それゆえ下位の魔族たちが集団生活をしたとしても、目立たないようひっそりとした集落をつくって暮らすと聞いていた。
まあ、それは理解できる。
俺たちの目の前にあるのは魔族の集落だった。
ただの掘っ立て小屋みたいなサイズの雑な家が十軒ほどあるだけで、寝る場所を確保するくらいにしか役割がないように見える。中心部に井戸がひとつと、あとは本当に家だけだ。まるで目立つことを恐れているように、ひっそりと暮らしていたのが見てわかる。
「最近まで生活してた跡はあるね……でも、誰もいない。突然消えたみたいだね」
メレスーロスが何軒か家を見てそう判断していた。
消えた集落か。安っぽいミステリーの導入みたいな展開だけど、リアルにあったら普通に怖い。そういえばサーヤの実家があるシャブーム地方でも、50年前くらいに集落の人たちが消えたんだったよな。
異世界って、そういう闇が深そうな事件が定期的に起こるのか。怖いな。
「あるじぃ」
ホラー展開に怖がって震えだすポンコツ竜姫。ご覧のとおり、自称闇の眷属なのに闇の深さには耐性がないのである。
メレスーロスが索敵と探査しているあいだ、俺たちは念のため周囲を警戒していた。すると、ふとラキララが視線を一点に集中させ顔をしかめた。
「……ねえルルク。ここ、魔族の集落って言ってたわよね」
「ええ、そうですね」
「……じゃあ、アレは何?」
ラキララが指したのは、集落の端にあった穴だった。
何の技術もなく、ただスコップで掘っただけのような縦穴だった。普段はゴミを入れているのだろうか、周囲の草は枯れていてどの家からも少し離れた場所にぽつんとあった。
その穴には、何か腐ったようなものが積まれて溢れそうになっており……。
「っ!? セオリー見るな!」
「ぎょ、御意」
俺はセオリーに命じてから穴に近づく。
……うっ。
そこに捨てられていたのは、肉片だった。
虫が湧いて腐りかけている。骨ごとブロック単位で切り分けられたような、そんな肉片。それがどう見ても、十数人以上の分量が積み重なっていた。
さすがにコレは吐きそうだった。
「……死体、よね?」
「そうですね。おそらく殺された魔族たちですね」
集落に人がいないのは、殺されてここに捨てられたからだろうか。
メレスーロスも俺たちの様子に気づいて駆けてきた。穴の中を見て顔をしかめたが、すぐに切り替えていた。
「これは酷いね。ルルクくん、埋められるかい?」
「ええ。『錬成』」
断る理由もなく、すぐに周囲の土をかぶせておいた。
さすがに名も知らない集落だ。墓標を建てることもなくただ蓋をしただけ。
「何があったんだろうね……下位とはいっても、魔族は戦闘力が高いんだよね?」
「はい。俺が会ったどの魔族も、魔術は詠唱もほとんどしてませんでした」
「それをこうもバラバラに切り刻むのって……中位魔族か、あるいは……」
言いたくはないが、残忍さも含めてかなり高位の魔族かもしれないな。
こりゃ上位魔族――スカト並みのやつが出てくるかもしれない。肉片も原型が残っていたので、少なくとも1日か2日しか経ってないだろうし、この先でバッタリ出会う可能性もある。
俺たちとはすれ違ってないから、ダンジョン方面には行ってないとは思うけど。
「みんな、油断せずに進むよ」
「はい」
「……ええ」
「ぎょ、御意。あるじまってぇ」
俺たちはそれから少し、慎重に移動した。
そのおかげか、その日は誰かに出会うことなく進めたのだった。




