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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・2『竜の背中に手すり付けたら怒られた』


「野営かあ。ルルクたちは慣れてるの?」


 宿に戻ってクエストの準備を進めていると、サーヤが洗濯した女性陣の服を畳みながら聞いてきた。

 俺は首を横に振る。


「いや全然。ダンジョン内ならしょっちゅうだったけど、外での野営は数える程度かな」

「転移スキルあるもんね。獣避けの魔術器とか買っておいたほうがいい?」

「ルニー商会で買ってきたよ。でも高周波音のやつだから、サーヤは聞こえるかもしれないけど」

「子ども扱いしないでよね! 私だって立派なレディなの」

「ポチっとな」

「ひいっ!」


 魔術器を起動させたらサーヤが身をすくめた。

 いわゆるショッピングモールの入り口にあるハト避けみたいな音波装置だ。

 気休め程度だけど魔物に限らず獣系の生物が嫌がるので、ふつうの冒険者は野営で重宝している。


『む~へんな音なの~』

「ごめんごめん、すぐ止めるから」


 プニスケにも聞こえるらしい。

 俺はまったく聞こえないんだよな。エルニとセオリーも平気な顔してるから、たぶん大丈夫なんだろう。噂通り子どもにしか聞こえない周波数なんだな。


 ……待てよ。その周波数を使って幽霊の声マネしてみたら子どもだけ本物だと思うんじゃないか? ふふふ、良いことを思いついてしまったぜ。ニヤリ。


「また変な顔してる」

「ん、いつもの」

「我が主の尊顔が崩壊せしめている。さては邪神の仕業か……」


 うるさいやい。


『ご主人様~ボクは準備しなくていいなの~?』

「ん? プニスケはいるだけで最高だから大丈夫」

『えへへなの! うれしいの~!』

「またプニスケびいきしてる……」


 今日もプニプニ癒されるぜ。

 恋しくなったら召喚できる癒し、プライスレス。


「ねえルルク。私もプニスケ召喚したいんだけど」

「眷属召喚は主人じゃないと無理だろ」

「そこをなんとか!」

「ん、わたしも」


 サーヤだけじゃなくエルニまで。

 召喚くらいは許してやりたいところなんだけど、『眷属召喚』は初級神秘術とは言え、主人の権限がいるしなぁ。


 ……いや、待てよ?


 俺はあることを思いついた。


「なあサーヤ、魔力の通りがいい素材が魔石だよな? じゃあ霊素の通りがいい素材って知ってる?」

「うーん。調べたことはないけど、ギルドにある神秘術器はたしか銀製って聞いたことがあるわ」

「銀か。銀……」


 俺は財布から銀貨を取り出した。

 少し勿体ないけど『錬成』で銀貨を薄く伸ばしてみる。硬度を保つギリギリの薄さで、小さな銀板を作ってみた。

 サーヤが目を丸くしていた。


「え、何してるの?」

「いいからいいから」


 薄い銀板に術式を付与していく。

 銀板を情報強化してから、『地雷』『眷属召喚』『閾値編纂』を順番に重ねる。練度が高いおかげで複数の術式を書き込むことに一度で成功。やったね。

 出来上がったものをエルニに渡す。


「それ、折ってみて」

「ん、わかった」

 

 エルニは素直に、薄い銀板に力を籠めた。

 パキッと簡単に折れた元銀貨。さようなら1000ダルク。


『わっなの!』


 その瞬間、プニスケが俺の頭の上から消えて、エルニの腕の中へと出現した。

 まさに『眷属召喚』そのものだ。


「ルルクこれってもしかして」

「ああ。名付けて『プニスケ召喚板』だ!」

「すごい! ネーミングセンスはないけどすごい!」

「ん、すごい。なまえかっこわるいけど」

「さすが我が主! されど命名は独特の感性を持っているようだ……」


 うるせぇ。

 とはいえ、初級召喚術ならなんとか神秘術器として作れたな。これは自分を褒めてやりたい。


「ねえ、それもしかして私たちに……?」

「ああ。ちゃんと全員分作ってやるから」

「やったー!」


 基本一緒にいるから、使う場面なんてないだろうけどね。

 それでもプニスケをいつでも呼べる、というだけで嬉しいみたいだ。


 俺はサーヤ、エルニ、セオリーに制作した『プニスケ召喚板』を渡しておいた。ちゃんと銀板の表面に、プニスケのイラストも刻印している。


 そんな風にワイワイと話しながら過ごして、日が沈んだ頃に夕食を作って食べて一休みしていると、宿にギルド職員がやって来た。

 この前会ったダンジョン管理課の美人職員(既婚者)だった。


 2時間後に第1中央区の門の前に来て欲しい、との伝言だった。

 せっかくだからお茶でも飲んでいかないかと軽く誘ってみたんだけど、結婚指輪をさりげなく見せながらやんわりと断ってそそくさと帰ってしまった。残念。


「コラ。いくらなんでも人妻をナンパしない」

「ふみまへん」


 頬をつねられた。振り返ったらエルニもセオリーも白けた視線をしていて、味方はいなかった。

 腫れた頬をプニスケに冷やしてもらっていると、サーヤが首をかしげる。


「それにしても夜も遅い時間に貴族街に集合って、どうするつもりなのかな」

「さあな。ま、他の人には言えないような手段で街を出るんじゃないか?」

「たとえば?」

「……たとえばセオリータクシー」

「そりゃ言えないわね」

「わ、我が翼は主のためにのみ存在する……え、あるじ、本気?」


 オドオドしはじめたセオリー。

 冗談だって。できなくなった竜化のリハビリも、急がなくていいよ。


「ま、行けばわかるだろ。それより2時間後に出発だ。今回のクエストは長旅になるだろうから、忘れ物がないように気をつけるんだぞ」

「エルニネール、あなたまだ準備してないでしょ? 水筒持った? ハンカチ持った? 杖だけあればいいってものじゃないのよ。ほらもう一度出して、確認するわよ」

「ん……たのんだ」

「まったくもう。世話のかかる子ね」


 オカンかな?

 世話焼き精神を発動したサーヤがエルニの荷物のチェックをしている横で、セオリーがアイテムボックスに荷物を入れたり取り出したりしている。


「ふふふ、秘蔵の封印がいま解き放たれる……」

「お、新しい眼帯か。買ったのか?」

「主よ、コレはいにしえの魔窟に巣くうアンデッドが落としたやんごとなき一品」

「ああソレね。さっき帰りに寄った装備屋で店主のお婆ちゃんが安く売ってくれたのよ」

「解説どうも」


 というか、老婆をアンデッド呼ばわりはやめなされ。

 新しい眼帯はスタイリッシュなデザインのように見えるが、ぶっちゃけ同じ黒色なのであまり見栄えは変わらない。ピンク髪の印象が強すぎるのが悪いんだよ。


「というかセオリーの竜姿ってどんな色になるんだ? 光属性っていうからには白とか?」

「ふっ、笑止! 闇の眷属である我が姿は、闇夜と同化するのだ!」

「本当か? 嘘だったらお尻ぺんぺんだぞ」

「い、偽りの姿は別にあるのだ……」


 脅したら速攻否定しやがった。

 根性のないやつだな。


「我が偽りの体躯は何者にも染められぬ眩い輝きを持っている。これもすべて、世界を欺くための偽装なり……」

「やっぱ白か。竜化したセオリーも楽しみだな」

「そうね。私も見てみたいわ」

「ん、たたかう」

「ふえぇ」


 エルニから闘志を向けられて怯えるセオリーだった。

 そうこうしているうちに時間になり、宿を出発した。 


 今回は長旅が見込まれるので、テッサに来月分の宿代も先に払っておいた。どうせ旅するんだったら余裕があれば観光して帰りたいもんな。


 宿から歩いて数十分、第1中央区の門の前にはすでにカムロックと【白金虎(バイフー)】の面々がいた。

 俺たちが合流すると、すぐに通行門が開いて中からイケオジの執事が出てきた。執事の案内で馬車に乗り込むと、そこから第1中央区のほぼ中心まで連れていかれる。


 さほど時間もかからず到着したのは、かなりの大規模な屋敷だった。

 

「わあ。私の実家の十倍くらいありそう」

『ひろいなの! ごはんもたくさんあるの~』


 サーヤとプニスケがテンションをあげていた。

 馬車は綺麗に整えられて舗装された前庭を通って、屋敷を迂回して中庭までやってきた。


 そこで降ろされる。


 やはりというか、俺たちを出迎えたのは3大公爵のひとり――会議で司会役を務めていた人だった。たしかスマスリク公爵、だったかな。

 彼はカムロックと言葉を交わすと、すぐに屋敷へと引っ込んでいった。俺たちとは直接話す気はないらしい。まあ、粗野な冒険者との接触は最小限にしたいんだろう。


 広い中庭にはたくさんの私兵と、ダボッとしている服を着た男女がいた。

 片方は青い髪と瞳の男で、もう片方は赤い髪と瞳の女性だった。


 カムロックは兵士に指示を出してそのふたりをこちらに呼ぶ。

 彼らは暗い表情で近づいてくると、他の者には目もくれずセオリーに向かって膝を折って首を垂れた。


「「姫様、我らが同行することをお許し下さい」」

「ふえっ」


 いきなり名指しされて声を漏らすセオリー。

 驚く気持ちはわかるけど、ふたりとも竜種だからかしずいたのは当然だ。



――――――――――


【名前】アクア

【種族】竜種・水竜(隷従)


【名前】ルビー

【種族】竜種・火竜(隷従)


――――――――――


 

 面食らっていたセオリーだったが、さすがに同族だということは理解したのか慌てて頷いていた。


「きょ、許可する」

「「姫様に感謝を」」


 ふたりは表情一つ変えることなくそう言うと、元の位置に戻った。

 俺たちを迎えた公爵家に竜種がいることには驚きだったが、ステータスを視たらどういうことかはある程度察することはできる。たぶん市民たちには内緒なんだろうけどな。

 カムロックも俺たちに気遣って、こっそり耳打ちしてきた。


「あのふたりは犯罪奴隷に堕とされた竜種だ。竜王様の許可も取って、国家隷属って扱いで公爵家が面倒を見ている。さすがに犯罪奴隷の竜種、なんておおっぴらには言えねえけどな」

「そうでしたか。ちなみに彼らは何を?」

「略奪行為だ。人に化けて聖地から抜け出して、村をひとつ支配して贄を献上させてた。まあ、贄っていうのがウマい飯だっていうんだからちょっと笑えるが、あいつらは食欲旺盛でな。おかげで村は食糧難になって何人も餓死していたんだ。竜種だって知らずにギルドがクエストを発行して【白金虎(バイフー)】が受注して、捕まえたってところだな」

「【白金虎(バイフー)】の皆さんが竜種をふたり捕まえたんですか。すごいですね」

「……ま、フラッツがボロ負けして竜種だってわかったところで、食事に睡眠薬を放り込んで眠らせて捕まえたんだけどな。で、竜王様に報告して今に至るってワケだ」


 そういえば会議の時にフラッツが竜種に負けたと言ってたっけ。それが彼らのことか。

 確かに、フラッツが殺気の籠った視線であいつらを見ている。当の竜たちは気付いていないみたいだけどな。


「魔族領まで彼らに乗っていくんですか?」

「そうだ。あっという間だぞ」


 隷属しているとはいえ、無法者の竜種に乗るのか。

 あまり好んで乗りたい相手じゃないな。表情も暗いし、何考えてるかわからない。


「大丈夫だ。捕まってからは大人しいし、今回は姫さんもいるしな。竜王が怖くて聖地から抜け出したやつらだから粗相はしないだろ」

「そうであればいいのですが」


 まあ、何かあっても仲間だけは守れるように警戒はしておこう。

 すぐにカムロックは俺たちと【白金虎(バイフー)】の面々を集めて、最終的な話し合いを始めた。

 

「これからおまえさんらには、あの竜たちに乗ってクエストに向かってもらう。まずはエルフの里に寄ってメレスーロスと合流し、そこからもう一度魔族領の入り口まで飛んでもらう。竜たちはそこで待機。そこからは歩いて魔族領を進んでもらうことになる」

「……行き先は?」


 ラキララが不機嫌そうに聞いた。


「情報元のルニー商会曰く、エルフの子たちは2ヵ所に分けて集められているらしい。ひとつは魔族領の入り口近くにある小規模ダンジョンで、もうひとつはさらに奥へ行ったところにある中位魔族の城らしい」

「おいおい、そんな情報を鵜呑みにしたのか? どうやって情報手に入れたんだ」

「まあ聞けフラッツ。俺も最初は半信半疑だったが、ルニー商会の情報収集能力はハッキリいってぶっ飛んでやがる。コレを見てみろ」


 カムロックが差し出したのは地図だった。魔樹の森から魔族領の南部にかけての地図。

 それもこの世界で一般的なざっくりとした地図ではなく、俺たち現代人に馴染みのある等高線が描かれている詳細地図だった。


 まさかルニー商会、魔族領を測量でもしたのか?


「この線は高低差を表すものらしい。右下に書いてあるのは距離の縮尺だから、ダンジョンや城までの距離すらハッキリと分かっている。魔族領を進んでこの地図通りじゃなかった場合は、信頼性がないとみて魔樹の森まで戻ってくればいい。それかルニー商会員がエルフのチームに参加しているらしいから、合流すれば彼女に聞くのもアリだ」


 さすがにここまで詳しい地図を見たことがなかったのだろう。フラッツもラキララも、食い入るように地図を見つめて、何を言えばいいのか分からなくなっていた。

 俺も感心はしたけど、それと同時に気になることが。


「もしかしてこの精度の地図、魔族領以外にもありますか?」


 というか絶対あるよな。各国の地図も作ってそうだ。

 カムロックは顔をしかめた。


「さあな。だが、あったとしても公にはしないだろう。これがありゃ他国の侵略が容易になる。そこを理解してないような商会じゃねえだろう」

「なるほど、そうですよね」


 詳しい地図は軍事利用できる。現代の感覚だと、そんな単純なことも忘れそうになるな。

 ちょっと話を逸らしてしまったけど、地図まであるなら至れり尽くせりだ。さすがルニー商会、これ以上ないサポートだな。


「じゃあ魔族領に着いたら、二手に分かれて行動すればいいんですか?」

「そこは現地の判断に任せる。だがもし分けるとするなら、ルルクとエルニネール嬢、おまえさんらは別で行動して欲しい」

「……その理由を聞いても?」

「単純に戦力差だ。【白金虎(バイフー)】には言ってなかったが、俺もルルクとエルニネール嬢と模擬戦をしている。ハッキリいって、こいつらの実力は余裕でSSランク以上だ。俺がボロ負けするくらいだからな」


 それは買い被りでは?

 SSランク相当という上位魔族スカトには、一対一(タイマン)で勝てる気はしなかったぞ。まあステータスが上がる前だったってのもあるけど。


「……ギルドマスターが負けたのか?」


 沈黙を破って低い声を漏らしたのはデカい盾を持った盾職(タンク)の、確か名前は……アーモンドみたいなひと。


「そうだ。フラッツもラキララも模擬戦で思い切り手抜きされてたからな」

「ケッ、んなことわかってるよ」

「ベズモンド、おまえさんも個人戦見てただろ? 元SSランクの俺が言うんだから間違いない」

「……ふむ。信じよう」

「そういうわけでルルクよ。もちろん無理にとは言わないが、チームを分けるときはパーティ単位じゃなく戦力単位で分けて欲しい。命令じゃなくて頼みだから、もちろん無視してくれても構わない」


 うーん。

 正直、俺が最も大事なのはパーティメンバーの命だ。最悪の場合、【白金虎(バイフー)】のメンツを見捨てても、俺の仲間たちは守るつもりでいる。

 だから約束はできないけど、


「まあ、念頭に置いておきます」

「助かる。じゃあ地図はふたつあるから、ルルクとフラッツに渡しておく。俺が同行するわけにはいかないからな。そんじゃあ、どっちの竜に乗るか話し合って決めてくれ」


 ざっくりと説明を終えたカムロックは、あとは面倒だと言わんばかりに投げてきた。

 俺とフラッツは互いに視線を合わせ、すぐに逸らす。どっちかっていうと不仲だから、和気あいあいに話し合いなんてできないんだよな。俺もコミュ障だし、自分を嫌いな相手にどう話しかけていいかまったくわからん。

 するとフラッツが短く言った。


「そもそも俺たちに、竜姫様より先に決める権利はない」

「だそうだぞセオリー。どっちがいい?」

「へっ、わ、我?」


 おまえ以外に竜姫はいないぞ。


「別にどっちでもいいなら、乗っててカッコいいほうがいいと思うぞ。青い竜はスタイリッシュに見えるし、赤い竜なら猛々しく見えるだろうよ」

「……あるじはどっちがいい?」

「うーんそうだな。闇の眷属風にいうなら、脈々と流れる赤き血潮を従えしドラゴンライダーのほうが浪漫があるかな。まあ俺よりセオリーの意見を優先して――」

「ふっ、さすが我が主! 真祖たる我が身を以って命ずる、真紅の眷属よ、我らを背に乗せる誉れを与えようではないか!」


 ノリノリで命令するセオリーだった。

 とまあ、こんな感じで騎竜は火竜ルビーに決まった。フラッツも水竜でとくに不満はなさそうだった。それどころかセオリーに対する視線が少しばかり熱い……まあ、バルギア国民だからそれは仕方ないか。

 カムロックが空を眺めて、


「さて、ちょうど月も隠れて来始めたな。飛ぶにはいい夜だろう。竜たち、変化を」

「「はい」」


 竜たちはすぐに人から竜へと姿を変えた。

 暗いから少しわかりづらいけど、予想通り青と赤の竜だった。鱗や髪は属性がくっきりと出るのだろう。このまえ戦ったリセットより一回り大きく、肉付きがよかった。背中も広そうだ。


 かがんで尻尾を回した竜たち。まずセオリーが乗り、次に俺たちが乗る。というか広いけど掴めるところは鱗しかない。風に煽られて落ちたりしないのか?


「こ、これで飛ぶの?」


 不安になったサーヤが俺の腕にしがみついてくる。

 カムロックが苦笑した。


「竜種の飛行は風の影響を受けないぞ。わざと不安定な飛行をしたり足を滑らせなけりゃ落ちねぇから安心しな」

「そ、そうである。我ら竜種は空を支配する孤高の存在なのである!」


 偉そうに言いながら、もう片方の腕にしがみついてきたセオリー。

 孤高の存在が空をビビってんじゃねえよ。


「ん。こわいこわい」


 棒読みのエルニもちゃっかり腰に抱き着いてきた。絶対思ってないだろ。

 というかなんだこれ。まるで美少女アーマーだぜ。

 いや何言ってんだ俺?

 

 兎に角、口実を与えたら甘えてくるパーティメンバーだったことを思い出したので、そのうち何か理由をつけて引きはがすことを決めた。

 もう一方の竜でも騎乗を終えたようで、カムロックが頷いていた。


「よし、頼むぞ。おまえさんたち気をつけろよ」


 そうして竜たちは魔力を翼に流し、浮上していく。

 こうして初めての空の旅が始まったのだった。


 




 ――とまあ、滅多に経験できない竜種に乗った旅なんだけど。


「ふっ、我のターン! ミノタウロスで攻撃!」

「はい、トラップ発動ね。フィールドの獣系モンスターは混乱して味方を攻撃」

「そ、そんなぁ」


 最初は剥き出し状態の飛行に怯え、夜があけるまでは怖がりつつ眠り、陽が昇ったら景色に感動してハシャいでいたサーヤとセオリーだった。

 それもすぐに慣れて、ヒマを持て余してカードゲームに興じていた。


 ふたりが遊んでいるのを横目に、俺はエルニと魔術理論を話し合っている。とはいえ俺が理術知識を出して、エルニが術式の参考にするといういつもの雑談なんだけど。


 というより本当に竜種の背中は風の影響を受けないんだな。一般道路の車並みの速度が出てるはずのに、ヒラヒラのカードすら飛ばされない。ちょっと肌寒いだけだ。


 これは確かに快適だ……とはいえ、さすがに立ったりはしない。鱗に毛布を敷いているとはいえ、ゴツゴツした鱗は不安定だ。足を滑らせたら地面に真っ逆さま。

 もっと安全な空の旅を楽しみたいなら、手すりでもつけないといけない。

 まあ、そんなこと竜の背中でできるわけが……


「いや待てよ?」


 さすがに直接刺すのは論外だけど、やろうと思えばできるんじゃないか?


「なあエルニ、そっちのアイテムボックスに鋼鉄あったよな?」

「ん。これ」


 取り出したのは十キロほどの成型された鉄塊。すでに製錬されている加工済みの鋼だ。

 もちろん現代の鉄よりも荒いけど、腕のいい鍛冶屋(メレスーロスの同室のドワーフの職場)から買ったものなので丈夫で加工もしやすい。


 その鉄塊を『錬成』して端から棒状に変えていく。細い棒になった部分を鱗の隙間にひっかけて、さらに『錬成』で隙間にピッタリハマるように形を変える。それと同時に、飛び出た柱から三脚みたいに脚をつくって固定。ふぅ、なかなか集中力がいるな。


「……なにしてるの?」

「手すり作ってる」

「バカなの?」


 変な顔をしたサーヤだったが、無視無視。

 さて逆側も作っていきますか。


 こうして苦節数十分、何度か失敗して途中で鉄棒が折れたものの、神秘術パワーでやり直しが効くので根気よく成型していった。

 そうして出来上がったのは、竜の背中にできた逆V字の手すりだ。


 途中で何度か騎竜のルビーがかゆそうに身じろぎをしていたけど、文句は言われなかったのでやっちゃいました。


「どうだおまえら! 手すりできたぞ! これで景色も立って見られるぞ!」

「あるじ……」


 セオリーが白い目で見てくる。

 え、なんでそんなに呆れてるんだよ。

 なあエルニ。すごいよな?


「ん、さしたほうがあんていする」


 いやそれはさすがに情が無さすぎないか。

 ちょっとグラつくけど寄りかかっても倒れないんだ。上出来じゃないか。


「ルルク」

「なんだサーヤ。おまえまで文句を――」

「ちがうわ。ほらこっちきて、腰ささえて」


 そう言うとサーヤは手すりにつかまって立ち上がり、目を閉じて両手を広げた。

 ま、まさかおまえ……。


 俺は言われたとおりに後ろからサーヤの腰に手を当てて、耳元でつぶやいた。たしかレオナルドがこう言うんだっけ?


「さあ目を開けて……」

「ふわああああ! これぞ! 名! シーン!」


 テンション爆上がりのサーヤだった。

 そりゃ逆V字の舳先でこのポーズ、俺たちの世代からすると古いけど、知らない人はいないだろうよ。原作どおりの海じゃなくて空だけど、テンション上がるのは否めない。

 ……けどさ。


「これって、後で沈没するフラグだろ。竜が墜落とかイヤだぞ?」

「本望よ!」


 おい。

 兎に角、竜の背中に手すりを付けるという目的は達成できた。

 サーヤも遊べて満足みたいだしな。


 ちなみに休憩で地面に降りたとき、人型に戻ったルビーに淡々と怒られました。

 調子乗ってすみませんでした。


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沈没竜・・・
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