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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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激突編・0『とある転生者の悲運』

激突編スタートです


「兄様」


 彼女は胸から下げた形見の輝石を握りしめて、深く息を吐いた。


 あの日交わした約束は守られることはなかった。

『なに、さほど危険はないだろう』という言葉を残して出かけていった兄は、二度と帰ってくることはなかった。

 帰ってきたら、誕生日を祝ってくれると言ったのに。


「兄様……」


 彼女は生まれたときから魔術が使えなかった。

 魔素欠乏症、と呼ばれる不治の病だ。


 魔術が使えず〝欠陥品〟と呼ばれて虐げられて育った。唯一生まれたときから持っていた毒無効のスキルのおかげで死ぬことはなかったけど、死んだほうがよかったのではないかと思えるような幼少期を送ってきた。


 (あざけ)られ、甚振(いたぶ)られ、(なぶ)られ、村の者たちのストレス発散の道具として痛めつけられ続けた。親にまで見捨てられた彼女を唯一守ってくれたのは、兄だけだった。


 そんな兄も、任務を失敗して帰って来なくなった。

 兄は本当に優しかった。真っすぐで強く、弱者にも優しかった。


 どうせ死ぬなら、誰の役にも立てないうえに、人生二度目(・・・・・)の自分のほうがよかったのに。

 そう思わざるを得なかった。


 彼女は転生者――つまり前世の記憶があった。


 かつて別の世界で人間として生まれ、人間として育ち、控えめに言っても他人より秀でた才能を持っていた自覚はあった。

 順風満帆かと思えた人生だったのに、よくわからないうちにあっけなく散ってしまった。


 つぎに目が覚めたとき、赤ん坊だったことに驚いたけど、それ以上に驚いたのは人間じゃなくなっていたことだ。

 彼女はこの世界に魔族として転生したのだ。


 知識をつけていくうちに、彼女が生まれ育った場所は〝魔族領〟と呼ばれ、ヒト種――人間たちの住処とは大森林によって隔絶された場所だと知った。

 どうせ生まれるなら人間がよかった。なんで人間に転生しなかったのかと苦しむこともあった。


 でも人間も魔素欠乏症は同じような扱いを受けると兄から繰り返し聞かされて、人間社会への憧れはそのうち無くなった。いずれヒト種に会ってみたいけど、兄のためにも魔族領から離れるわけにはいかなかった。

 ずっと耐え忍ぶしかなかった。


 魔術を使えない魔族なんて、ゴミ以下の扱いしか受けられない。

 それでも彼女は、前世の――鬼塚つるぎ(・・・・・)だった頃の記憶を頼りにひたすらに剣を振り続けた。

 魂が呪われているのか、前世と同じく身長が全然伸びず体格も恵まれず、魔術も使えず、スキルすら毒無効だけの正真正銘の最弱魔族だった。

 周囲から虐げられ続け、殺されかけたことも数えきれない。


『おまえなんか魔族の面汚しだ!』


 村の者たちから、何度もそう言われてきた。


 それでも彼女は耐え続けて、剣を鍛えた。

 自分にはこれしかない。前世から培い続けた剣を振り続け、虎視眈々と力を研ぎすまし、力を隠して暮らしていた。

 兄に迷惑がかからないよう、誰かと争うことなくじっと息を潜めていたのだ。


 ……いままでは。


「兄様……ナギは強くなったです」


 彼女は兄を失い、決意した。

 少女のように小さな体型に、おおきな太刀を背負った特異な風貌。


 いま、そんな彼女(ナギ)の前に横たわっているのは細切れになった魔族たちの死体だった。

 幼い頃から彼女を嬲っていた、村の者たちの成れの果てである。


 彼女は修羅の道に堕ちていく自分を自覚しながら、彼らの死体を踏みにじる。

 そこには怒りや憤りはなかった。ただ村から出ることを邪魔されたから、殺しただけ。


 同族を殺しても涙は出なかった。心が動くことはなかった。

 心が強くなったのか。あるいは弱くなったのか。彼女にはわからない。迷いがあるのかすらも、自覚できなかった。

 それでもいままで鍛え上げた技術は嘘をつかなかった。自分は信じられなくても、剣だけは信じられる。


「兄様、ナギは強くなったです。だから安心して、ゆっくりと天国で眠るです。いずれナギが地獄に行くその時まで、どうかナギをお守りください……です」


 兄の戸棚に入っていた形見の輝石を握りしめて、彼女は歩き出す。

 ここより歩むは修羅の道。


 兄を死地へ追いやった上位魔族サトゥルヌを殺すため――そして兄をその手にかけた何者かを討つため、彼女は修羅に堕ちていくことを決めた。


 彼女の名はナギ。


 魔術もスキルも使えない、ただの下位魔族の小娘だ。

 何も持たずに生まれてきた彼女は、ひたすらに剣を振り続け、剣に愛され、そして剣に呪われた悲運な少女。

 彼女が踏み出したのは、兄を不幸にしたこの世界への復讐の道だった。




 最弱魔族と蔑まれてきた少女ナギによる復讐が、始まった。








 スピンオフ作品『魔族の子 ~魔術が使えなかったけど、剣を極めて復讐無双する~』の主人公ナギ、登場です。よろしくお願いします。(※嘘です。ただの初登場です)


~あとがきTips~


【 ナギ 】

 >魔族。18歳の女性。

 >>元・鬼塚つるぎ。かつてルルク(七色楽)のクラスメイトで、サーヤ(一神あずさ)の親友だった。プロローグに登場済み。前世でも身体能力が高く、剣道で全国三連覇した際には〝鬼塚無双〟と呼ばれた。

 >>>魔素欠乏症の魔族として転生してしまったため、集落でひどい扱いを受けて育った。兄を慕っていたが任務で死亡とされたため、集落を出ることに。その際、同じ集落にいた同族34名(両親含む)から妨害・迫害を受けたため返り討ちにした。ちなみにナギという名を授けたのは中位魔族だった兄で、〝穏やかで優しい子になりますように〟という願いが込められている。



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― 新着の感想 ―
[良い点] お前まさか白腕の妹かぁ!! 白腕さんの株の上昇が留まることを知らない! [気になる点] 魔族も人と同じく魔素欠乏は差別されると… つまり魔族も人も変わらずクソだということです。業が深いね(…
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