竜姫編・34『合同クエスト依頼』
「それでは本日最後の試合、従魔戦を執り行う! 両従魔は位置に着くように!」
純魔術士戦の興奮(?)冷めやらぬうちに、すぐさま舞台に呼ばれた。
俺がプニスケを連れて定位置に立ち、ケムナはホタルを連れて相対した。
もちろん従魔戦なので、俺たち主人は手出し不可だ。細かいルールは事前に共有されており、カムロックも観客に向けて簡単に説明していた。
「従魔本体が戦闘不能になるか、主人が戦闘不能あるいは定位置の円外に出されると敗北とみなされる! なお主人は防御以外で魔術、スキルを使うことは禁止、もちろん相手チームに手出しをしたら即敗北である! 従魔はいかに主人を守りながら、相手のどちらかを戦闘不能に追い込むことが勝利の鍵となる!」
これがオーソドックスな従魔決闘のルールみたいだな。
俺たちもただの飾りじゃなく、ちゃんと防御しなければならない。そのうえで指示を出したり、必要であれば魔力供給をして従魔を強化する必要があるのだ。
まあ俺は魔力供給なんてできないし、戦闘は自主性を重んじてるからほとんど置物になるつもりだけどな。
向こう側でケムナがホタルの頬に手を触れて、魔力を与えている。ホタルの恍惚とした表情がなんかエロい。
かなりの魔力を提供しているので、いかにケムナが本気かわかる。
さすがにプニスケも、ホタルに注がれた力に勘付いたようだった。
『ご主人様~あのきつねさん、ピカピカしてるなの……ボク勝てるなの?』
「そうだな。俺の見立てじゃ五分五分ってところかな」
プニスケは強いけど、ホタルが予想してたより強そうだった。霊狐だからAランク魔物だなぁ、くらいしか考えてなかったが、ケムナがいることでSランク近い実力を発揮しそうな雰囲気である。
さすがにプニスケには荷が重かったか?
「まあ、せっかくの機会だ。思いっきりやるぞ」
『わかったなの!』
元気よくプニスケが返事をしたところで、ケムナの魔力供給も終わったようだ。
準備か整ったのを確認したカムロックが、手を振り下ろした。
「それでは――開始!」
『先手必勝なの!』
開始の瞬間、さっそくプニスケがスキルを発動。
変形のスキルを駆使し、体の一部を細長い筒のような形に変化させた。先端には穴が開いており、その上に照準を合せるための小さなトンガリがある。
「いや銃じゃん!」
初見のサーヤがツッコんだ。
そう、飛び出した筒は銃身である。
プニスケは自分の体の一部を分離し、弾力操作により銃弾として射出した。
これぞ新技、〝スライム銃〟だ。
ゴム弾よりは硬度があるので、貫通するとまではいかないがかなりの威力はあるのだ。当たれば痛い程度じゃ済まない弾は、まっすぐホタルの胸元に飛び――
「当たりませぬ」
すり抜けた。
次の瞬間、そこに立っていたはずのホタルの姿が揺らいで消え、いつの間にか横手に回り込んでいた。発動をうまく隠した光魔術だな。プニスケは見事に引っかかっていた。
ちなみに外したスライム弾は壁にぶち当たった直後、液体にもどっている。プニスケ本体から離れて1秒後には全ての影響が消えるのだ。後処理のいらない安全な弾丸ともいえるだろうが、おかげで長距離狙撃は不可能だ。
『むぅ! きつねさん、ずるいなの!』
「己が技、味わいませ。炎熱よ」
ホタルが手を振ると、炎の槍が生まれて俺とプニスケに同時に飛んでくる。
プニスケはすぐに俺の前まで来ると、体を巨大化させて炎を飲み込んだ。まるでプロテインを一気飲みするみたいな豪快な吸収だ。
「はれ。ダメージはない様子」
『これくらいへーきなの!』
プニスケは体温操作スキルも持っている。本気を出せば火に触れる部分の温度を一気に下げることができるので、炎を食べる荒業もなんのその。ダメージは最小限なのだ。
「ではこれは如何でしょう」
ホタルが手を振ると、今度は舞台上に霧が立ち込めた。魔術でこんな使い方ができるのは初めて知ったな。さすが魔術特化のAランク魔物だ。
プニスケはもう一度スライム銃をぶっぱなすが、今度は普通に移動で避けられた。何度か続けて銃で狙い撃ったが、いかんせん銃身の向きが弾丸の方角だ。さすがに戦闘慣れしている相手には避けられるか。
うん。ふつうに弾速が足りないな。
「銃モードは改善の余地あり、と」
俺はのんびり育成計画を練る。
その間にも霧が濃くなっていき、やがてホタルの姿が見えなくなった。これじゃあ客席からも見づらいだろうけど、俺たちがエンターテイメントを気にする必要はない。
『むむむ、見えないなの~ご主人様~』
「そうだな。どうすればいいと思う?」
『お姉ちゃんたちの風の魔術がほしいなの……』
そりゃそうだけどさ。
残念ながら無い物ねだりができる場面じゃないんだよな。
周囲を警戒しているプニスケだったが、
「隙だらけで御座います」
真上から、大量の水が降ってきた。
プニスケはとっさに弾力操作で身を固めたが、水はただの水だった。
『濡れただけなの! バカにするななの~!』
真上に向けて、プニスケは鋭い触手を生やして突いた。
が、もちろん声が聞こえたからそこにいるとは限らない。むしろ視界を塞いだ上であえて声を出したのは、囮以外の何物でもないだろう。
相手の戦術に引っかかったプニスケが、伸ばした触手を引っ込める直前――
「氷よ」
周囲の温度が一気に下がった。
ずぶ濡れだったプニスケの体が、一気に凍っていく。
もちろんプニスケは即座に体温操作を発動して身を守った。
俺はその瞬間、悟った。
……こりゃプニスケの負けだな。
「光よ」
初めから、ホタルの目的は氷や炎で攻撃することじゃなかったと気づいたからだ。
お互い手の内がわからない従魔戦。変異個体のスライム相手なら必要以上に警戒するだろう。ケムナもホタルも、プニスケが喋ったのを見た瞬間に油断という言葉を捨てていた。
すぐにプニスケにできることを考え、対策を練り、戦略を立てていたのだ。
そして実戦が始まってすぐ、どんな術やスキルを使えるのか試していたのだ。
結果、プニスケが魔術を使えないことがバレた。
プニスケの強みはスキルの練度だが、弱点はスキルしか使えないことだ。そのスキルも全部物理的なものだと気づいたホタルは、結果、正面からの戦いを選ばなかった。
いつのまにか、霧の中に氷でできた鏡が大小問わず無数に浮かんでいた。
そこにはホタルの姿が映っている。
「仕上げで御座います」
『む! 全部こわすなの!』
「かく無駄で御座れば」
プニスケが銃モードに変形して、鏡を乱れ撃ちにする。
しかし弾丸はすべての氷の鏡をすり抜けてしまう。
そもそも最初からすべて幻影だったのだ。
霧も水魔術ではなく光魔術で、プニスケを濡らしてから氷魔術を放ったのは、霧が幻だと悟られないためだろう。ゆえにもし風魔術で霧を晴らそうとしていも意味はなかった。
幻に向けていくら攻撃しても意味はない。
むしろ手数を増やせば増やすほどプニスケの労力は増え、ホタルはわずかな魔力操作だけでプニスケの隙を作り出し、
「濁流よ」
『遅いなの!』
今度こそ、大規模な水魔術が発動。
溜めた魔力で放った膨大な水量はプニスケを押し流そうと迫った。プニスケは素早く跳ねて、空中に退避したが――
「狙いは其方で無く」
『あっ! ご主人様ぁ!』
大波が、軽々と俺を飲み込んで押し流した。
とっさに息を止めなければあやうく溺れそうになるところだった。ここまでの水量を生み出せる水魔術なんて、エルニ以外で初めて見たよ。ふつうに凄いな霊狐。
そして当然、小柄な俺はその水圧に逆らえるわけもなく。
「勝負あり! 勝者、ケムナ&ホタル!」
流されて舞台の下に着地した俺を確認したカムロックが、試合終了を告げたのである。
『ご主人様~!』
プニスケがすぐに跳んできて、俺の腕に収まった。
『ごめんなさいなの! ぼく、ご主人様を守れなかったなの~!』
「そうだな。完敗だったな」
純粋な力比べなら五分五分とみていたけど、そもそもホタルの戦い方が上手すぎた。駆け出し冒険者が老練な魔術士を相手してるみたいな雰囲気だったぞ。
プニスケはプルプル震えて悲しそうな声を出す。
『ごめんなさいなの~……ぼく、ご主人様の従魔しっかくなの……』
「いやいや、そんなことはないぞ。反省はしっかりしないとだけど、俺の見立ても悪かったしな。そもそも相手がめちゃくちゃ強かった。エルニ相手に戦ってる魔術士の気持ちがわかった気がする」
『うう~……』
「よしよし。もっと強くなろうな」
ボロ負けして凹んでるプニスケを撫でてやりながら、俺は舞台の上に戻った。
向こうのケムナとホタルに声をかけた。
「ケムナさん、完敗です」
「おう。俺もベテラン従魔士として、従魔初心者に負けたくなかったから全力で行かせてもらった。悪ぃな」
「はい。ホタルさんもすごく強かったです」
「だろ? 俺の自慢の相棒だからな」
ニッと笑ったケムナだった。歓声を送る観客に手を振って答えながら、ホタルと寄り添って舞台を降りていく。
ケムナ自身もプニスケの弾丸を難なく避けていたから、決して本人が弱いわけじゃないだろう。むしろ魔術の才能はあるようだから、実戦では肩を並べて戦う関係性な気がする。いつか共闘もしてみたいと思わせるコンビだな。
アッサリ負けたことは悔しかったけど、おかげでプニスケの弱点も理解できた。魔物相手だと余裕で勝てるが、戦術を練るような知能のある相手だとここまで惨敗するもんなんだな。
主従揃って調子に乗る前に気づけてよかったよ。
「俺も主人として成長しないとな」
『……ボク、つよくなりたいなの』
プニスケも本気で悔しそうだ。
客席から労いの言葉がいくつか飛んでくるが、幸い罵倒されたりはしなかった。俺も客席にむけてペコリと一礼して、舞台袖に戻る。
「お疲れ様、プニスケ」
「ん。がんばった」
「ふっ、我が同胞よ。大儀であった」
暖かく迎えてくれた仲間たちは、落ち込んでいるプニスケを抱いて励ましていた。
「おう、お疲れルルク」
「ギルドマスターもお疲れ様です」
模擬戦の終了を告げたカムロックが、すぐに俺たちのところに来た。
サムズアップをして満足そうな笑みを浮かべていた。
「おおむね期待通りだったぜ。あいつらじゃ相手にならなかったな」
「ご期待に沿えてなによりです。でも、ホタルさんはこっちが相手になりませんでしたけど」
「そりゃあケモノスキ男爵家の従魔はどれも別格だからな。いくら変異個体のスライムとはいえ年季が違うぜ。まともに戦えただけ褒めてやるんだな」
「ケムナさんのご実家、有名なんですか?」
「代々従魔士の一家で名を馳せてるな。とくにホタルは歴代最強とも言われてる従魔だ」
「そうでしたか。戦うのはちょっと早すぎましたかね」
「ま、いい経験になっただろ。魔物の魔術は詠唱も違うから対策も変わるしな」
「……知ってたなら教えてくれてもよかったんじゃないですか?」
「ケッ。調子に乗った若手にカツを入れるのが、俺の仕事よ」
ってことは、俺たちにも世間を教えるっていうのも目的のひとつだったのか。確かに強い従魔士を知れて勉強になったけど。
なかなか性格の良いギルドマスターだぜ。
「そんでルルク、模擬戦は終わったがちぃと顔出して欲しいんだが」
「……今度は何ですか?」
「ちょいとケムナと一緒に治療室まで来てもらって話したいだけだから、そう警戒すんな」
治療室?
たしかさっき気絶したフラッツとラキララが運ばれているんじゃなかったか?
懐疑的な視線を送ると、カムロックが肩を組んできた。
「あのバカどもと話するだけだ。まあ、ちょっとした頼みごともあるけどよ」
「ちなみに断っても?」
「ダメだ」
じゃあ聞くなよ。
ま、このあとの予定はエルフの里に顔を出す以外にないから問題ない。
「じゃ、さっそく行くぜ。グダグダしてたら冒険者どもに囲まれるぞ? そろそろ姫さんのことも知れ渡ってるだろうしな」
「そうですね」
さすがに竜王の娘に絡んでくるような命知らずはいないだろうけど、話題の竜姫を近くで見ようとする酔っ払いも多そうだからな。模擬戦前から、絶えず視線はチラチラ向いているみたいだし。
「ってことで移動するぞ」
「「「はーい」」」
声をかけると、子女たちは素直についてくる。
まだ落ち込んでいるプニスケは、定位置のエルニの頭の上でしょぼくれていた。
治療室にはベッドが二つあった。
奥はカーテンが閉められて見えなかったけど、手前のベッドではすでにラキララが上半身を起き上がらせていた。
最初に部屋に入ったのは、同じパーティメンバーであるケムナだ。その後ろにはギルドマスター。ホタルは廊下の椅子に座って待っているようだった。
「おう、調子はどうだラキララ」
「お兄ちゃん!」
え?
何いまの。ラキララの口から甘ったるい声が聞こえた気がするけど、まさか幻聴?
ケムナの胸に抱き着いたラキララは、子どもみたいに頬をふくらませていた。
「……お兄ちゃん、頭が痛いよぉ。ナデナデしてぇ」
「よしよし」
「……うふふ」
うん、これは幻覚だな。
あの腹黒性悪ラキララが、まさかの超絶ブラコンだったとは……というかお兄ちゃん? 兄妹だったのか?
色々聞きたかったが、この空気に入って行けるほど俺の心は強くない。
むしろ見なかったことにして帰りたいんだが?
「ラキララはケムナの腹違いの妹だ。妾の子だから、ケモノスキ家とは認められてないらしい」
カムロックが耳打ちしてくれた。
「【白金虎】は元々、フラッツ、ケムナ、ラキララの幼馴染トリオで始めた冒険者パーティだからな。あの頃はみんな純粋で性格も歪んでなかったんだが……まあ、最初からラキララとホタルの仲は最悪だったけどな」
「そうですか。人に歴史ありですね」
正直、どうでもいいけど。
というか俺たち、この光景見せられるために連れて来られたのか? なんなら模擬戦よりデカいダメージを食らってるんだが。精神に。
「まあ待て。まずケムナから、おまえたちに謝りたいことがあるんだとよ」
「ケムナさんが謝りたい?」
「――ラキララ、話がある」
すり寄っていたラキララを離したケムナは、真剣な表情でチラリと俺たちを見た。
「魔術士戦の前、なぜあんなことをした」
「……お兄ちゃんには関係ないもん」
不機嫌になって視線を逸らすラキララ。
ケムナは声を張り上げた。
「関係あるとかないとか、そういうんじゃねえ! あんな騙し討ちみたいなことして良いと思ってんのか? エルニネール嬢が大怪我してたらどうするつもりだったんだ」
「だ、だって、ああでもしないとあいつに勝てないって思ったから……」
「勝てないからなんだ。同じ冒険者を騙して、痛めつけようとして、それが英雄のすることか考えろ。俺たちはバルギアの誇りなんだぞ、子どもだって見てるんだ」
「……でも、」
「言い訳するな。わかってる、お前が目を逸らすときは罪の意識があるときだって知ってる。プライドの高いおまえは自分で謝ることができないっていうのもな。だから、俺が一緒に謝ってやる」
ケムナはラキララの頭をガシッと掴むと、勢いよく自分も頭を下げた。
「エルニネール嬢、本当にすまなかった! 許してくれとは言わない。だが、二度とこんなことさせないように言い聞かせると誓う。もし他の誰かに同じようなことをしたら、俺と一緒に冒険者資格を返上させるって約束する!」
「ちょ、お兄ちゃんそれはいくらなんでも」
「黙れ! おまえはそれくらい失礼なことをしたんだ! 自覚しろ!」
一喝すると、ラキララはすぐに口を噤んだ。
「この通り、ラキララは我儘で世間知らずのまま育っちまった。奥で寝てるフラッツも同様だ。特に最近の素行は目に余るってわかってたのに、幼馴染だからと甘やかして、俺も酒に逃げてただけだった。その結果がこんな無様な真似をするようになったんだ。俺も、こいつらと一緒に、もう一度自覚をもって冒険者として生きる。だから今回は許してやって欲しい」
深い謝罪だった。
エルニはケムナの言葉には答えなかった。じっとラキララを見つめていた。
「……悪かったわ。二度としない」
ラキララも、さすがにケムナにそこまで言わせたことに動揺したのか、自分で謝った。
まあ、聞こえるか聞こえないかの小声だったけどな。
「ん。ゆるす」
まあ、エルニはもともと気にしてなかったみたいだけどな。
ケムナは大きく息をついて、情けなさそうに顔を歪めていた。
「慈悲深い返事、感謝する」
「……ねえ、ひとつだけ教えて」
ラキララが不満そうな顔で、エルニに問いかけた。
ここで失礼なことを言ったらさすがに腹パンしてやろうと思ったけど、残念ながら普通の質問だった。
「なんで〝魔封じ〟が効かなかったの? 対策してた?」
「ん。もともときかない」
エルニは俺が止める間もなく、サラッと答えてしまった。
「……どういうこと?」
「わたし、むこうスキルもち」
「……魔封じ無効だったの?」
「ん、ぜんぶ」
「え?」
「ぜんぶむこう」
ラキララは――いや、ケムナもカムロックも、目を見開いて愕然としていた。
壊れた機械人形みたいな動きで、ケムナがこっちを見た。説明を求められてる気がする。
俺は渋々、うなずいておく。
「はい。エルニは全状態異常無効のスキル持ちですから」
「……そんなバカな」
天を仰いだケムナだった。
確かに無効スキルは一種類だけでも〝神の祝福〟とまで言われてるらしいもんな。本当なら隠しておきたかったけど、言ってしまったものは仕方ない。
ラキララも顔を青くしていた。
「……全属性使えて全状態異常無効って、そんなの最初から勝てるワケないじゃん……」
「ん。さいきょう」
「……何その顔、むかつくんだけど」
ジト目ながら煽るエルニに、怒りを滲ませたラキララだった。
あんまり刺激するなよな、ホント血の気が多い幼女だ。
まあでも、対抗心を煽ったおかげでラキララも少し気が引き締まった顔をしていた。ケムナがあそこまで言ったんだし、これからきっと変わるだろう。
エルニもそこまで考えて言ったのかもしれないな。うん、きっとそうだ。
エルニとラキララのわだかまりがある意味更新されたところで、カムロックが口を挟んだ。
「これでひとまず手打ちだな。で、フラッツ、おまえさんはいつまで寝たふりしてんだ」
「……してねぇよ。そこのBランクの顔を見たくなかっただけだ」
仏頂面のフラッツがカーテンを開けながら、俺を睨んでくる。
「はぁ、そうやって不貞腐れてる場合じゃねえぞ? せっかくだからラキララも聞いとけ。おまえさんらを負かしたコイツら【王の未来】だがな、先日マタイサで魔族を4体倒してる。しかも1体は上位魔族だ」
「「……は?」」
「そのうち情報が出回るだろうが、ギルドが確認してる正確な情報だ。コイツらがBランク冒険者ってことで油断したんだろうが、もちろんSランクへの昇進も打診済みだった。コイツらがそれを断ったから、まだBランクのままなだけだったんだよ」
やはり知ってたか。
各国のギルド本部には複写器があるから、ギルドマスターはとっくに情報を持っていたんだろうな。
「年齢とランクだけで判断しただろ。おまえさんらの中で、きちんと戦略を立てて勝てる道筋を作ったのはケムナだけだった。従魔戦を見てないから知らねえだろうが、ケムナだけはキッチリ勝ったぞ」
「……チッ」
舌打ちするフラッツ。
ラキララはなぜか反省するより誇らしげにしている。このブラコンめ。
「ふん。その魔族が大したことねぇんじゃねえのか」
「グランドマスター曰く、上位魔族は最低でもSSランク魔物相当らしい。おまえさんらじゃ逆立ちしたって勝てねぇよ。バルギアの英雄と褒めそやされて、傲慢不遜に緩み切っちまった英雄モドキじゃな」
鼻で笑うカムロックに、拳を握って歯を食いしばるフラッツだった。俺とカムロックを睨みつけてなんとか絞りだせた言葉は、掠れていた。
「……説教しに来たんなら帰れよ」
「まさか。ちゃんとギルドマスターとして仕事をしに来たんだよ。……ゴホン。フラッツ、ルルク、おまえさんら【白金虎】と【王の未来】に指名依頼が来ている」
咳払いしながら懐から取り出したのは、一枚の指示書だった。
「依頼主は〝3大公爵家連名〟で、依頼内容は『魔族領へ赴き、誘拐されたエルフの幼子4名を救助すること』だ。補助としてエルフの〝狩人〟がひとり、同行することになっている」
「どういうことですか?」
さすがに寝耳に水だった。
エルフの幼子が誘拐された一連の件は、もちろん俺もギルドマスターに報告したから知っているのはわかる。3大公爵家の耳に入ったのも納得できる。
でもエルフの子たちが魔族領にいるだって? エルフたちですら昨日の時点でまだそんな情報を得ていなかったはずだけど。
俺の質問に、カムロックは頭をかきながら不満そうな顔になった。
「今朝早く、ルニー商会がやってきて情報を提供してくれたんだよ。その中にルルクからも情報提供があったエルフの子たちの移送先の情報もあったんだ。そんで公爵家いわく、ベーランダーがエルフの里に甚大な被害を与えたせいで、友好的だったエルフたちとの外交に悪影響が出ているんだと。亀裂が入った関係改善のために、貴族たちもエルフの幼子奪還に向けて動くことを決めたらしい」
またルニー商会か。
ほんと情報網が凄いな。
「そうでしたか。ちなみにそれはエルフの里の方々は?」
「俺たちと同時に教えたらしい。エルフはエルフで、さっそく奪還チームを組んで動くんじゃねぇか?」
「まあそうですよね。彼らなら絶対助けに行きますよ」
「そんで公爵家らが、おまえさんらに指名依頼を出したんだよ。ちなみに【白金虎】は拒否権ないぞ。おまえさんら、Sランク昇格の褒賞として名誉爵位貰ってるだろ? 貴族には国家招集に応じる義務があるからな」
「チッ。わかってるよんなこと」
フラッツは忌々しそうに吐き捨てた。ラキララとケムナは、特に文句は言わずに真剣に話を聞いていた。
「で、重要なのは【王の未来】のほうだ。おまえさんらは指名依頼を受けるも受けないも自由だ。魔族領は未知数だし、クエストランクはSSに設定するくらいの危険度があると思う。断っても何のペナルティもないし、誰も咎めない。上位魔族討伐の実績を買って依頼しただけだからな」
「そうでしたか。ちなみに、同行する〝狩人〟はエルフの誰ですか?」
「冒険者ギルド所属のBランクだ。知ってるかわからんが、メレスーロスって名前のここじゃ有名なソロ冒険者なんだが、」
「行きます」
もちろん即答した。
彼女が行くなら、断る気はさらさらなかった。
「ってことで俺は行くけど、みんなはどうする?」
「そりゃ私も行くわよ」
「ん、わたしも」
『ボクもいくなの!』
「ふっ、やはり魔族領か。いつ出発する? 我も同行する」
うちのメンバーたちも問題なさそうだった。それと誰だセオリーにそのセリフ教えたやつ……って、サーヤしかいねぇよな。
「いいのかルルク? まず間違いなく危険だぞ。一応聞くが、金のためじゃねえよな?」
「メレスーロスさんにはお世話になってますからね。恩返しですよ」
「知り合いだったのか?」
「時々、臨時パーティを組んでる仲です。宿も同じですよ」
「そうだったか。正直助かるぜ……このバカどもをよろしく頼む」
バカ呼ばわりされたフラッツとラキララが不服そうに顔をしかめたが、魔族相手に戦ったことがあるのは俺たちだけだから、何か言ってくることはなかった。
こうして俺たち【王の未来】は、Sランク冒険者パーティ【白金虎】との合同クエストが決定した。
行く先は魔族領。
どんなところなんだろうな。
< 竜姫編 → END
NEXT → 激突編 >
ここまでお読みいただきありがとうございます!
これにて第2幕【虚像の英雄】前半・竜姫編はおしまいです。
次話から激突編がはじまります。
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