竜姫編・33『井の中の蛙』
あちらさんの仲間割れが落ち着いた……というより、散々怒鳴り合ったせいで頭も冷えてきたみたいだったので、カムロックが続行できるか確認を取りに行っていた。
そのあいだに、俺は準備運動をしておく。さっきは一歩も動かず終わったからな。
客席からの野次を聞きながらストレッチしていると、セオリーが俺の肩をつついてきた。
「我が主よ、我は崇高なる体躯を潤す血を渇望している。特に甘美なる血肉を所望する」
「お腹空いたのか。ならこれで果実水とかお菓子買っておいで。客席に売り子がいるから、サーヤについて行ってもらいな」
「ふっ、感謝する」
お小遣いを渡したら、嬉しそうに握りしめてサーヤの元に走っていった。
フラッツも準備が整ったようで、仏頂面でカムロックと話しながら舞台に上がって来た。
さっきはお互い何もしなかったから手の内はサッパリだ。腰に長剣を携えた剣士ってことくらいしか見た目で判断はできない。
もちろん鑑定してスキルは把握しているけど、使ってくるかわからないものを警戒しても仕方がない。
「フラッツ、ルルク、準備はいいか?」
「おう」
「はい」
中央で向かい合って、最終確認。
カムロックが俺とフラッツの武器にちゃんと防刃帯が着けられていることを確認しているあいだに、フラッツが吐き捨てるように話しかけてきた。
「おいクソガキ、さっきはうちのバカが油断したせいでまともな試合ができなくて悪かったな」
「油断したんですか? 単純に力の差がありすぎただけかと」
俺がそう言うと、フラッツは額に青筋を浮かべる。
べつに煽ったわけじゃない。ラキララも〝杖持ち〟だし優れた魔術士なんだろうがけど、エルニの格が違い過ぎただけだ。怒らせようなんて気はこれっぽっちもないので、そんな殺意を向けないでほしい。
「チッ。この羊人族の腰巾着野郎、神秘術士かなんだか知らねぇが小国で名を売ったからって調子に乗んじゃねえぞ。てめぇなんぞ仲間に恵まれただけのガキのくせによ」
「まあ、確かに仲間には恵まれてますが……」
「それにダンジョン100階層っつっても所詮ストアニアだろ? あんなちっぽけな雑魚国のダンジョンなんてたかが知れてる。てめぇが必死にダンジョン攻略してるあいだに、俺たちゃこの国を救ってんだよ。ダンジョン実績ごときで図に乗んじゃねぇ」
そういえば【白金虎】がSランク冒険者として認定されたのって、竜都のダンジョンがスタンピードを起こしたことがきっかけだったらしい。
ダンジョンから溢れかえる魔物を、ダンジョン前の広場から出さないよう死守し続けた唯一のパーティだったんだとか。彼らがいなければ竜都の被害は甚大なものになっていたんだとか。
それゆえ市民たちから英雄とあがめられてきた。
竜都を代表する彼らなりのプライドもあるんだろうな。
俺は心に余裕があるから、そんなナメたことを言われても慈愛の心で理解を示せる。
なので一言だけ返しておこう。
「さすが、クチだけはSランクですね」
「てめぇぶっ殺す!」
戯れていたら、カムロックが俺たちに距離を取るように指示してきた。
開始の立ち位置まで下がると、客席からまた大きな野次が飛んでくる。このリーダー戦の賭けも、もちろんフラッツのほうが優勢だ。さすがに世にも珍しい神秘術士に大金を賭けるようなアホはいなかったようだ。ただしギルドマスターは除く。
「それでは――開始!」
その私情コミコミのギルドマスターの合図で、模擬戦が始まった。
「翼よ我が背に恩恵を、『ウィンドブースト』!」
まず動いたのはフラッツだ。
風の魔術を発動して移動速度を上昇させる。前衛が使うバフ系魔術で、ヴェルガナもよく使っていた。
地面を蹴ったフラッツはかなりのスピードで俺に突っ込んでくる。
対して、俺は短剣を逆手に構えて拳を握った。
俺のスタイルはいわゆる機動力重視の回避タンクだ。中後衛が攻撃する時間を稼ぐ動きを中心に戦術を組み立てている。ヴェルガナから教わったのは騎士剣術だったけど、正直その才能はなかったからふつうの剣士スタイルにしたことはない。
武器が短剣なのも機動力優先だからだ。
いままで自己流でやってきた短剣での戦い方も、昨日カムロックと戦って色々とアドバイスをもらうことができた。
その結果、逆手持ちの拳士スタイルを模倣させてもらった。
俺はスキル主体だから、逆手持ちだと『刃転』と『拳転』どちらも安全に打ち分けられるメリットがある。デメリットは特にない。まさかここに来て、近接戦の師を見つけられるとは思いもしなかった。
俺がギルドマスターの戦闘スタイルと同じ構えを取ったからか、目を吊り上げて斬りかかってくるフラッツ。
身長差を活かした片手突き、ただし魔術の詠唱も同時に行っているので、避けたところを魔術で追撃するつもりだろう。
なら。
「『錬成』」
俺は右足で地面を踏み抜き、土の壁を作り出す。
フラッツの剣は壁に突き刺さり、俺まで届かない。もちろん壁は防御のためだけに作ったわけじゃなく、一瞬、視界を遮るためのものだ。
俺が壁裏から飛び出したのは、フラッツの右手側。初動を隠したので当然魔術の照準は定まっていない。そのまま懐に飛び込んで――
「『ウィンドボム』!」
「うおっ」
無理やり打ってきやがった。
俺とフラッツの間に風が爆発し、お互い弾き飛ぶように後退。あのまま接近していたら短剣の俺のほうが有利だったから、素早く正確な判断だった。
さすがSランク冒険者ってとこだな。
距離が生まれたその一瞬の隙に、フラッツは詠唱を続ける。
「天と星々よ我が敵に降り注げ『フレアパージ』!」
頭上から熱線が襲いかかる。
とはいえ範囲は広くない。俺は魔力を察知できるので、最小限の動作でそれを避けた。
パージ系の攻撃魔術の利点は、敵の頭上が始点になっているところだ。たいていの場合は発動に気づかず、不意を打たれて喰らってしまう。とくに視野が狭い獣系の魔物相手には有効で、エルニもよく狩りで使っている。
ただ、発動を読めれば範囲は狭いので避けやすいのだ。メリットとデメリット、その両方を把握して戦うのも魔術戦闘の醍醐味だろう。
それはフラッツも理解しているようで、俺が避けたことにも動揺せずに次の詠唱を始めながら、また駆け出した。体が温まってきたのか、さっきよりもわずかに速い動きだ。
詠唱中なのに動作の精度が落ちないのは実力者の証だな。
そんな風に思うのは、俺もなかなかフラッツを舐めていたらしい。相手は口は悪いけど英雄だ。気を引き締めよう。
「『拳転』」
「グッ!?」
間合いの外から腹を殴打。
霊素が視れない相手には、やはり転写系の術式はかなり有用だ。なんの防御もできないフラッツの腹に一撃を入れたが――思ったより硬い。意外とこのイケメン、ステータスでは耐久値が一番高い。
「妙な技を――『シャインボム』!」
「まぶしっ」
足を止めつつも、閃光の魔術を放ったフラッツ。思わず目を閉じてしまう。
まさか準備していた魔術が攻撃じゃなくて目潰しだったとは。これは予想外だ。
「喰らえ!」
後悔すでに遅し。
視界を潰された俺に、すでにフラッツの剣が目前まで迫って――なんてな。
「よっと」
「何!?」
普通にしゃがんで避けた俺だった。
目潰しを喰らったのは確かだが、視界を塞がれただけで戦えなくなるようなヤワな育ち方をしていない。だって、そもそも剣の師は盲目なんだから。
フラッツの剣も騎士剣術とは違うが、かなりのモノなんだろう。太刀筋は素早いし迷いがない。
だがそんなフラッツも、あのドS老婆に比べたらカワイイもんだ。
大振りを躱した俺は、フラッツの真下から拳をアゴに向けて突き上げる。
とっさに身を逸らして避けようとしたフラッツに――
「『拳転』」
拳は空振り。
だが、その拳を転写して位置をズラシて出現させる。
「ウグッ!」
クリーンヒットし、ひっくり返るフラッツだった。
とはいえ、右手から剣は離れていない。意識はあるようなので不意打ちを警戒して距離を取っておく。
「て、てめぇ……卑怯な術を……」
口の中を切ったようで、血を吐き捨てながら立ち上がるフラッツ。
「卑怯? 神秘術ってこういうものですけど?」
「黙れ! さっきから手加減してやってりゃいい気になりやがって!」
手加減?
ああ、なるほど。
確かにフラッツには奥の手がある。なんせこの男、珍しいユニークスキル持ちなのだ。
このままだと負けると判断したのか、フラッツはそのスキルを発動した。
「『アクセルバースト』!」
――――――――――
【 『アクセルバースト』
>体内の魔力を消費し続け、身体能力を上げるユニークスキル。
>>魔力が枯渇するまで継続する。発動中は魔術を使えないが、物理攻撃に魔力の性質が加わる。肉体は暴走する 】
――――――――――
フラッツのステータスが、軒並み倍の数値に上昇していた。体中がかすかに光るほど魔力をが活性化している。
いかにも強化された姿を見て、観客たちが歓声を上げた。
確かに強力なスキルだが……デメリット多すぎないか? まあこの世界のユニークスキルはキワモノばかりみたいだから、そう考えると普通なんだけど。
「死んでも恨むなよ!」
地を蹴ったフラッツ。
その速度は、さっきまでと比べようもなく速い――が。
それでも敏捷値、俺の方が上なんだよね。
「ほいっと」
「なっ!」
自分で速度を制御しきれていないのか、剣筋も力まかせになっていて避けるのに苦労はない。
まさか躱されるとは思っていなかったのか、体運びが隙だらけだった。
「じゃ、今度はこっちの番で――『蹴転:重撃』」
フラッツの腹を蹴り上げると同時、真横に『蹴転』を発動。二重にケリを叩き込まれたフラッツは、さすがに耐久は高くとも宙に飛ばされる。
「『錬成』」
そこに俺は、地面を操作して土の大樹を作成。
これぞ見様見真似の『アーススプラウト』だ。
さっきエルニが見せた魔術より少し小さいけど、まさか神秘術で同じようなことをするなんて思わなかっただろ。俺もいま思いついたんだけどね。
土の大樹はまたもやフラッツを呑み込み、顔だけ出した状態で拘束してしまう。
さっきも同じ状態になったし、魔術が使えたら抜け出す方法を思いついているかもしれないけど……スキルの副作用のせいで八方塞がりだろう。
フラッツはもがいて脱出を試みていたが、ガチガチに固めた土を振りほどくほどの筋力値はなかったようで、ただいたずらに魔力を消費していくだけだった。
しばらくすると『アクセルバースト』の影響で魔力が完全に切れ、そのまま気絶してしまった。
どよめく観客たちには悪いけど、これで試合終了だ。
「勝負あり! 勝者、ルルク!」
カムロックの宣言に客席から歓声が起こることはなく、ただただ戸惑いが広がっていた。
嬉しそうに手を叩いてたのは、俺の仲間たちだけだった。
気を失ったフラッツが運ばれていくのを見送ってから、俺は控え席に戻った。
賭けで俺を選んでくれたのか、客席からいくつか指笛が鳴った。見てみると、知らない冒険者が何人かサムズアップで労ってくれていた。期待に応えられて何よりだ。
「おめでとうルルク」
「斯様なニンゲン、主の敵ではない」
俺が席に戻ると、ジュースとお菓子を抱えた女子ふたりが出迎えてくれた。
なんか映画鑑賞してるみたいで楽しそうだな、俺も買いに行ってこようかな。
エルニが昼寝中のプニスケを俺に押し付けながら立ち上がる。
「ん、えらい」
「ありがとな。エルニもがんばれよ」
「ん」
杖を片手に、まだ呼ばれてもないのに舞台にあがっていった。
いつもの無表情で感情は見えづらいが、戦闘狂幼女なのでワクワクしているのがすぐにわかる。頼むからやり過ぎないで欲しい。
向こうの控え席でも、ラキララが鞄から何かを取り出すとすぐに舞台に上がっていた。パーティ戦闘では手も足も出なかったけどやる気はあるらしい。
カムロックが水を飲みに下がっているあいだに、対戦相手同士が先に舞台で睨み合うことになった。
「「「ラキララちゃーん!」」」
客席から、野太い歓声があがる。
純魔術士のラキララは見た目も美少女だ。野郎どもに人気なのか、ラキララもまんざらではない様子だった。
ラキララの個人戦ってなると、さっきよりアウェーかな。
俺がそう思った瞬間だった。
「「「「「エルニネールちゃーん!!」」」」」
ラキララの倍近い歓声が響いた。
さっきの圧倒的な魔術に感動したのか、はたまた羊人族だからなのか、むさくるしい野郎どもがエルニに向かって手を振っていた。
「くそっ、俺もエルニネールちゃんに賭けておくべきだったかな~」
「へっへーん。オレは賭けたぜ。この賭け札は勝っても記念にとっておくことにしよーっと」
「なんだと羨ましい! それよこせ!」
「あっバカ! やめろ!」
客席で阿呆なやり取りをする冒険者たちも見受けられる。
ここの冒険者たちは楽しそうだな。
「なあ、お前はどっち派?」
「オイラはラキララちゃん派だな」
「そうか。俺はエルニネールちゃん派だ」
「なんだ、ただのロリコンか」
「いやいや。エルニネールちゃんはもうすぐ成人らしいからセーフですぅ。ラキララちゃんこそ、そろそろ年増だろ」
「はー? オメェなんつった? ラキララちゃんは永遠の18歳なんだよ!」
別の席で喧嘩も勃発している。
ほんと、楽しそうなやつらだなぁ。
そんな客席の騒ぎを聞いたラキララは、不快そうに顔をしかめてつぶやいた。
「……さっきは完敗だったわ」
「ん」
「……でも、あんなすごい魔術を二連発するなんて、さぞかし必死だったのね」
「?」
エルニはコテンと首を傾げた。あれくらい挨拶みたいなもんだからな。
ラキララはエルニがとぼけたフリをしたと勘違いをしたのか、失笑しながらも手に持っていた小瓶を差し出した。
「……まだ魔力も回復してないでしょうし、この試合に影響があったらだめよ。魔力回復のポーションを持ってきたから飲んでちょうだい。試合は正々堂々としないとね」
「ん。ありがと」
素直に受け取ったエルニ。
そのまま栓を開けて飲み干していた。
……もうちょっと他人を疑え、と言いたいところだが我慢しておこう。
エルニがポーションを飲み切った瞬間、ラキララが口元を隠してほくそ笑んだ。
実年齢27歳の若作り美少女、とても良い表情だな。
「おっ、もう準備できたのか。じゃあ始めるか?」
カムロックも戻ってきたところで、両者頷いて距離を取った。
観客たちもいつのまにかラキララ席とエルニネール席に分かれており、さながら野球の応援合戦のような風景になっていた。楽しんでんなぁ。
ふたりの〝杖持ち〟が定位置について向き合うと、カムロックが腕を振り下ろした。
「それでは、純魔術士戦――開始!」
こうして女の戦いの火ぶたが……切られなかった。
「……ぷっ、くくく、アハハハハ!」
ラキララが腹を抱えて笑い出していた。
そのままゆっくりと歩きながら、無警戒にエルニに近づいてくる。
「……羊人族ってバカなのね。我慢できずに笑っちゃったわ」
「?」
「……でも自業自得よね。他人からの施しを警戒しないなんて、きっといままで他人に優しくされてばっかりだったんでしょ? まあ可愛いもんね、ずっと幼いままで若くて……男なんてみんな手のひらの上で転がしてきたんでしょ」
いきなり饒舌になったラキララは、エルニのすぐそばに来ても薄く笑っていた。観客も審判も、何が起こっているのかわからず戸惑っている。純魔術士戦って、舌戦のことだったの? みたいな。
「……はぁ、やだやだ。純粋なフリして他人を弄ぶ種族って怖いわね。でもそのツケが来たんだから大人しく払いなさい。もうわかってるでしょ?」
「ん?」
「……まだわかってないの? じゃあ教えてあげる。さっきあんたに飲ませたのは魔力回復ポーションじゃなくて、変な木の樹液から作られたっていう〝魔封じポーション〟よ。飲んだら数時間、魔力をうまく練れなくて魔術が使えなくなるの」
得意げに話すラキララだった。
エルニはずっと首をかしげたまま無表情。
「……悪いのは油断したあんただからね。ダメ元だったけど、まさか本当に飲むとは思わなかったの。でももう試合は始まっちゃったし、そろそろ戦わないとね? ああでも、あんたは魔術使えないんだよね。じゃあ腕力で勝負する? ちっちゃい羊人族のお嬢ちゃん?」
「?」
「……致命傷はダメなんでしょ? でもそれ以外なら何してもいいんだよね? だったらそのカワイイ顔、ぐちゃぐちゃになるまで殴ってあげるわね。私の杖って、けっこう硬いのよね。ポーションいくら使ってももとに戻らないくらいボコボコにしてあげるから覚悟してね。でも私のことは恨まないでね、おバカなエルニネールちゃん」
あくどい笑みを浮かべながら、杖を振りかぶるラキララだった。
この場にいる全員がドン引きしていたが、当のラキララは恍惚としていてまったく気にしていない。気に食わなかったエルニを一方的に殴れることに、これ以上なく優越感を感じているようだった。
「……じゃあまずは、その小さなお鼻を潰してあげる」
豪快にフルスイングしたラキララ。
自慢の硬い杖は、無防備なエルニの顔面をひしゃげて……いなかった。
「『エアズロック』」
ガンッ!
顔面に触れる数センチ前で、空気の壁に阻まれてピタリと止まった杖。
「……え?」
呆然とするラキララ。
それもそのはず、エルニは全状態異常無効のスキルを持っている。毒や石化を始め、それが状態異常という扱いであれば魔封じすらも防いでしまうのだ。
ま、エルニくらいの高練度の魔術士であれば、自分の状態に気付かないなんてあり得ないしな。
「えっ、ちょ、まっ」
「『エアナックル』」
「ぐぺっ」
空気の塊でラキララの腹をぶん殴って、後方に吹き飛ばした。ゴロゴロと転がるラキララ。
鳩尾にクリーンヒットしたんだろう。なんとか意識を失わずに済んだみたいだけど、上半身を起き上がらせつつも、口から涎を垂らしてえずいている。痛そうだ。
「ゆだん」
「な、何なのよアンタ! 魔封じが効かないってどういうことよ! ズルしてるんじゃないの!」
「ん。よゆう」
杖を構えたまま、ラキララが立ち上がるまで待つエルニ。
それは優しさに見えるが……この幼女、負けず嫌いだから違うんだよな。バカにされたから、あえてコテンパンに打ちのめすつもりなんだろう。
それを証拠にラキララの魔術を待っている。
「な、何なの何なの何なの! ほんっっとに嫌いだわアンタ! そっちがその気なら――怒りよ貫け『ライトニングランス』!」
「『アースウォール』」
「なっ。翼よ叩き潰せ『ダウンバースト』!」
「『ウィンドアッパー』」
「っ! 伊吹の怒りに飲まれろ『サンダーブリーズ』!」
「『フレアパージ』」
「冷血なる翼を荒れ狂え『ブリザード』!」
「『ライトニングスパーク』」
「翼よ自由を奪え『ウィンドバインド』!」
「『シャドウボール』」
「か、神々の声は怒りとともに彼の敵を射抜け『ホーリーライトニングアロー』!」
「『シャイニングボム』」
「――何よ何なのよアンタ! どんだけ属性使えんのよ!」
すべての魔術を正面から後手で防がれ、金切り声をあげて地団駄を踏んだラキララだった。
ラキララの魔術も決して悪くなかった。むしろ素早い詠唱で中級魔術以上を使い分ける力は、さすがSランク冒険者だってところだろう。
ただラキララの悪いところ挙げるとするなら。
「ん。ぜんぶ」
「なっ」
相手が悪かった、ってとこだろう。
絶句したラキララに向けて、今度はエルニが魔力を放出した。
「『サウンドスナイプ』」
音速で放たれた音波衝撃の魔術が、ラキララの鼓膜を貫いた。
ぐるりと白目を剥いて、崩れ落ちるように気を失ったラキララ。倒れたその耳から血が流れていた。
「しょ、勝負あり! 勝者エルニネール! 医療班、早くこい!」
慌てたカムロックが宣言すると、すぐさまポーションを抱えたスタッフたちが駆け寄っていく。
エルニはさも得意げな顔でこっちに戻って来た。
やり過ぎとは思ってなさそうだ。
……まあ、ちょっとスッキリしたからいいか。
「お疲れエルニ」
「ん。たのしかった」
「ほどほどにな」
根に持ちそうな相手だったからな。Sランク冒険者に不要なトラブルは抱えたくない。なおブーメランなのは自覚している。
ちなみに観客たちは、魔術の応酬に大盛り上がりだった。
ラキララが倒れたというのにラキララ応援席にいた冒険者たちが何人か、ブーイングをせずコソコソとエルニネール応援席に移っていくのが見えた。
さすがにあの悪女ムーブはやり過ぎだったと思います。
ラキララの今後に幸がありますように。南無。
~あとがきTips~
【ラキララ】
>人族。27歳女性。
>>聖・風・雷・氷の四属性魔術士にして〝杖持ち〟のSランク冒険者。ケムナの義妹だが、妾の子どもゆえ平民。幼少期より魔術の才能を見込まれて育ち、周囲に自分に比肩する存在がいなかったためプライドが高い。魔術に関しては努力も惜しまないが、甘やかされて育ったせいで思い通りにならないことにストレスが溜まりやすい。
>>>ケムナとは小さい頃は仲が悪かったが、ある事件をきっかけに強く慕うようになった。その時からケムナを独り占めするホタルが大嫌いで、いつもケムナを取り合って喧嘩している。




