竜姫編・31『厄介なやつら』
「こちら紅茶です」
「あ、どうも」
差し出されたティーカップからは湯気が立ちのぼっていた。
観光産業がさかんなバルギアでは、いろんな街に日持ちする土産品が数多く売られている。
紅茶の茶葉も人気土産のひとつで、他の国に比べて種類も豊富だ。
漂う香りは蜜のような甘みを感じさせた。飲んでみると口当たりは意外にも軽く、瑞々しい爽快感が喉を抜けていくと、最後にかすかな渋みが残った。
貴族が好むような甘味に合う味ではなく、どちらかというと紅茶単体で飲めるリフレッシュできる味だな。
『虚構之瞳』の鑑定では【 紅茶 : 無害。品質は良い。 】だけで茶葉の種類はわからなかった。一種類の茶葉なら鑑定できるはずなので、ブレンドなんだろう。なんにせようまい。
俺はカップを置いて、正面に座る相手に尋ねた。
「良い茶葉ですね。珍しい味ですし、どこで売ってるんですか?」
「おっ、この良さがわかるか? サージレン地方の一部でしか買えない名産品だ。俺のお気に入りのひとつだな」
答えたのは40代のアフロヘアーの男だった。
俺たちは冒険者ギルドのギルドマスターの部屋で座っていた。俺の隣には緊張したセオリーが座り、隣のソファにエルニ、サーヤ、プニスケが座っていた。そっちはリラックスして紅茶を飲んで茶菓子に手を伸ばしている。
もちろん、アフロの男はギルドマスターだ。
「改めて自己紹介しよう。俺はバルギアエリアのギルドマスター、カムロックだ」
「ルルクです。そっちから順に羊人族のエルニネール、人族のサーヤ、スライムで従魔のプニスケ、そしてセオリーです」
「竜姫様か」
カムロックは半信半疑の目つきでセオリーを眺めていた。
注目されている当のセオリーは、身を縮こまらせて俺の腕にしがみついている。せっかくの紅茶が冷めてしまうぞ。
「マスター、竜種・真祖なので竜姫様に間違いないかと」
俺たちの後ろで返事をしたのは、さっきの受付嬢だった。
ちなみに冒険者登録は済ませてある。驚きながらも登録をしてくれたが、終わったらすぐにギルドマスターの部屋に呼ばれてしまったのだ。事実確認ってやつだろう。
さすがに証拠が出てまでしらばっくれるつもりはない。
「ええ、セオリーは俺たちの仲間になりました。Gランク冒険者からがんばるのでよろしくお願いします」
「はあ~」
頭を抱えてため息をついたカムロックだった。
「姫さんが冒険者登録するとはさすがに予想外だ。だが、姫さんが望んだことなんだろ?」
「……。」
「セオリー返事」
「わ、我こそ深淵の導きにより顕現せし俊傑なる探究者! 最強種たる真祖にして孤高の存在、何人たりとも我の覇道は止められぬ!」
「……通訳いりますか?」
「いや、なんとなく理解できた」
理解できたからこそ、頭が痛そうなカムロックだった。
「もしや規定で竜種は登録不可能だったりします? 従魔登録じゃないとダメだとか」
「ちょ、おい! 姫さんを従魔なんて口が裂けても言うんじゃねえぞ。竜王の耳に入ったら街ごと吹き飛ばされる」
焦った様子のカムロックだった。
実際に従魔なのはおいといて、普通に考えたらそうだよな。俺も自覚してるから早く隷属解除の方法を見つけたいわけなんだし。
「冒険者登録自体に種族は不問だ。ヒトでも竜種でも、たとえ魔族だろうが二重登録さえしてなければできる。血のないやつは不可能だから従魔登録になるけどな」
「そうでしたか。では、何か問題が?」
「時世をわかって言ってんのか? それともとぼけてるだけか?」
カムロックに睨まれた。
俺は肩をすくめた。
「……すみません。まあ世間からは逃げられませんよね」
「そりゃそうだろ。行方不明の姫さんが、まさか冒険者になってるなんて誰も思わねえだろうが。兎に角、このことは公表させてもらう。俺たち冒険者ギルドは外部組織だから国民義務はないが、わざわざ竜王や国と軋轢を生むつもりはねぇしな」
「わかりました。俺はバルギア内の事情に疎いのでお聞きしたいのですが、ギルドマスターはこれからどうなると思いますか?」
竜姫が冒険者になるって展開はさすがに注目されると思うけど、誰がどう動こうとするかはまったく予想できなかった。竜王の耳に入らなければいいなー。
カムロックは腕を組んで唸りながら、
「まず貴族たちがこぞって姫さんの身受けの相談に来るだろうな。幸いおまえさんらの中にバルギア国民はいないから、面会依頼に応じる義務はねえけどな」
「では、無視しても構わないと?」
「……いや、受けて欲しい。俺たちもギルドとして助力しよう。貴族たちも姫さんを保護することは貴族社会において発言権を得るのと同じだから、必死になって説得してくるだろう。とはいえ貴族たちの関係性も複雑だから、断るつもりならまとめて断ったほうがいい」
「具体的にどうすればいいですか?」
「俺に任せろ。今日中には無理だろうが、明日にでも有力な貴族たちとの面会をセッティングしよう。そこで姫さんが自分の意見をビシッと言えば、貴族も逆らうことができないからな」
「そんな面倒なこと、ギルドマスターに任せてもいいんですか?」
「姫さんは自分の意志で冒険者になったんだ。なら、すでに俺の後輩ってことだろ? ギルドマスターとして新人冒険者の力になるのは当然だ」
この人、善いアフロだ!
ストアニアのギルドマスターも良い人だったし、粗野な冒険者たちを纏められるのは人格者ってワケか。バルギアの貴族社会のことなんかまったく理解していないので、めちゃくちゃ助かる。
「その前にひとつだけ聞いておくが、【王の未来】はバルギアから出て活動するのか?」
「しばらくはバルギアに留まるつもりですが、いずれストアニアに行こうかと思ってます」
「そういや〝神秘の子〟と〝滅狼の羊〟は最深ダンジョンの攻略筆頭者だったな。攻略を再開するのか?」
さすがに最初から知ってたか。ま、名前もパーティ名も知られてるから当然だな。
俺は頷いておく。
「そうですね。仲間のレベリングも兼ねて戻ろうかと」
「ここのダンジョンはまだだろ? 攻略していかないのか? ギルドマスターとしちゃ、成長の見込めるルーキーに居座ってもらった方がうちのギルドも盛り上がるし、他の冒険者たちの士気もあがって嬉しいんだが」
「うーん……エルニはどう思う?」
「ん。すぐおわるから、どっちでも」
淡々と事実を告げたエルニだった。
実際、55階層から50階層へも1日足らずで戻れた。
ストアニアのダンジョンは横にも縦にも広かったから攻略に時間がかかったけど、こっちは俺たちなら一ヶ月もあれば終わるだろう。
端的にいえば、ストアニアとはダンジョンの規模が違う。
ストアニアで攻略筆頭として活躍していたエルニからすれば、ここのダンジョンは物足りないのだろう。ホットスポットになりやすいフィールド階層も少ないみたいだしな。
カムロックは自信満々なエルニの言葉に苦笑していた。
「か~。ストアニアのマスターから話には聞いていたが、羊人族の嬢ちゃんは大物だな。〝杖持ち〟のうえに近接戦でも負けなしなんだって? 一度、うちのSランクパーティのやつらと模擬戦でも頼みたいところだ」
「ん。かまわない」
「本当か? あいつら、他の国を知らねえから調子に乗ってるんだよな。俺がボコボコにしても意味ないし……」
「ん、まかせて」
とんとん拍子で話が進んでしまった。エルニはストアニアでも模擬戦を断らなかったから、予想はできたことだけど。
まあ俺もケムナと従魔で模擬戦する約束をしてたから、ちょうどいいか。
「ではカムロックさん、セオリーの件が落ち着いたら模擬戦もセッティングお願いします」
「おまえさんも参加でいいよな? うちのギルド内じゃあ13歳の人族でダンジョン攻略筆頭ってことで〝神秘の子〟のほうが注目されてるんだが」
「俺は構いませんよ。せっかくならパーティ全員で参加しましょうか?」
「……姫さんはよしてくれ。あいつら、全員バルギア国民だから」
模擬戦とはいえ、さすがに国民が竜種に手を出したら大問題らしい。
俺の横でホッとしてるセオリーには、別の特訓を用意しておこう。
話は逸れたけど、セオリーが仲間になった件についてはギルドのサポートが受けられるようで何よりだ。最悪、ほとぼりが冷めるまで国外脱出も覚悟していたからな。
「じゃあ【王の未来】の諸君、姫さんをよろしく頼むぞ。それと気をつけろよ。昨夜の暴動を見てわかるとおり、バルギア国民は姫さんを利用した貴族に怒りが収まってないみたいだからな。おまえさんらも利用してるのかと疑われるかもしれん」
「はい。気を付けます」
「俺からすれば、国民のやつらも手のひら返して勝手なもんだと思うがな」
悪態をつくカムロックだった。
その気持ちはとてもわかるので、俺は深く同意するのだった。
カムロックが会合をセッティングしてくれるまで、俺たちは外出しないことにした。
理由は単純で、誰がどう動いてくるか不明だからだ。
もしかしたら竜種たちからの接触もあるかもしれないけど、それより素早く動くのは貴族たちだろう。最悪、俺たちを力づくで排除する可能性も考えられるので、まずは様子見をしようと決めた。
カムロックには宿の場所を教えておいたので、何かあれば連絡が来るだろう。
そうやって部屋でそれぞれ自主トレをしながら、ゲームしたり料理をしたり、ゆったりとした休日にすることにして一日を過ごした。
まさかここにきて筋トレルームが役に立つとは思いもしなかった。
俺はプニスケに料理を教えたり、カードゲームで遊んだりして過ごした。
エルニは細かな魔術を練習し続けていた。
サーヤは魔術、神秘術を中心にバランスのとれたトレーニング。
プニスケは料理と、模擬戦に向けて新しい技の練習を。
そして運動不足のセオリーは、まずは筋トレルームで体を鍛えさせた。
ちなみにステータスがいくら高くても、持久力にはまったく影響しないことを初めて知った。ステータスの数値は最大出力らしい。セオリーの性格上、普段からその数値が出せないみたいだった。
そりゃヴェルガナもステータスに頼るなって口を酸っぱくして言うわけだ。
そうやって丸一日を過ごした俺たちのもとに、翌日の昼過ぎにカムロックからの使いが来た。
どうやら夜に貴族たちとの会合を開くらしい。
かなり急な手配にも関わらず、かなりの数の貴族が参加するようだった。それだけセオリーに対して関心が高いってことだろう。
カムロックも仲介役として参加してくれるみたいなので、素直に頼らせてもらおう。
ちなみに俺たちは全員参加をすることにしている。最初は希望者だけで行くつもりだったけど、全員が参加の意思を見せたから連れていくことにした。
一応、危険かもしれないと警告したんだけどな。特にサーヤが譲らなかった。
そういうわけで、俺たちは貴族たちとの会合のため、用意された高級レストランに向かったのだが――
「姫様! 我がラディスラブリ家は最高の環境を用意しております! ぜひとも我が家に!」
「なんのなんの。私たちケルマンタール伯爵家は他の家とは格が違います。ベーランダーのような成り上がりの伯爵などではなく、歴史ある伯爵家ですから」
「姫様にとって爵位など飾りのようなもの。我がサロンクライ家には自然に囲まれた穏やかな屋敷がございます。必ず気に入っていただけるかと」
「田舎男爵が何を言うか! 姫様、冒険者として活動したいのであれば我がザンバルダール家はいかがですかな? 我が息子はあのSランクパーティ【白金虎】のメンバーです。竜姫様であればすぐに仲間入りですぞ」
レストランは貸切だった。
広々とした気品ある空間は扇状の3段構造になっており、一番上の段のテーブルで食事を摂っているのはセオリーだった。
豪華なテーブルには高価な食事が並べられているが、ひとりでつまらなさそうにつついている。
次の段には、3名の貴族が座っていた。最初の自己紹介いわく彼らは〝公爵家当主〟たちで、この国の政治を担う三大貴族らしい。彼らも静かに食事に舌鼓を打っている。
そして一番下には15名ほどの貴族の当主が座っていた。食事には目もくれず、黙々とフォークを口に運ぶセオリーを見上げて話しかけている。
支配階級をそのまま食事の位置に当てはめるのは、バルギアの慣例らしい。けっして上の段には踏み入ってはならないという暗黙の了解もあるんだとか。
「食事中くらい静かにしろっつうの。議題は後だっつっただろうが」
俺の隣でぼやいているのはカムロックだ。
もちろん俺たち冒険者も一番下の段だ。しかも一番後ろ。
郷に入っては郷に従えとはいうけど、寂しく飯を食べるセオリーを眺めていると少々申し訳なくなってくるな。
ただセオリーにとって救いだったのは、どこにいても俺の気持ちを感じ取れることだろう。つまらなさそうにしてはいるけど、ときどき俺が心配しているのを確認して、嬉しそうに照れていた。
「ルルク、早く食べないとセオリーが食べ終わっちゃうわよ」
「ん、いそぐいそぐ」
急かす幼女たち。
バルギア慣例其の二、最上位の参加者の食事ペースに合わせて料理が出たり引っ込んだりすること。
そのため社交界では上位の貴族ほどゆっくり食べるよう気を遣うらしいが、お互いに敵対したりしていると、あえてすぐ食べる嫌がらせをすることもあるんだとか。ほんと、面倒な文化だよ。
俺は料理を楽しみに来たわけじゃないから、そこまで食事にこだわっていない。俺が間に合わなさそうな分は懐に隠したプニスケにこっそり食べてもらっていた。
三大公爵家以外の貴族たちは食事よりもアピールに必死だ。
ここでセオリーを篭絡できれば、貴族界での立場が良くなるのは必至だからな。
そんな空気のままセオリーがデザートまで食べ終わると、片づけられた各々のテーブルに資料が配られていく。これはカムロックが作ってくれたものだ。
カムロックは仲介役として参加すると同時に、議事録を取る役割も担っている。貴族の間で言った言わないの水掛け論が起こることもあるらしいから、公爵家の名において中立的立場に徹することで、ある程度の発言権も認められているらしい。
資料を読んだ侯爵位下貴族たちは、その内容を読んでざわめいていた。
視線が後方――俺たちに集中する。
「静かに」
中央の公爵が一言つぶやくとピタリと静かになる貴族たち。
「それでは議会を開始する。進行は私、エマ=スマスリクが務める。本日の議会発起人である冒険者ギルドマスター、カムロック殿には書記として参加して頂く。カムロック殿、口上はあるかね」
「竜姫様、ご機嫌麗しう。このたびはご参列頂き誠にありがとうございます。私は名誉にも席を並べさせていただく、カムロックと申します。今回の会合が実りあるものになるよう心から願っております」
「……うむ。その方もよろしく頼む」
「竜姫様の意のままに」
「う、うむ。よきにはからえ」
たどたどしく返事をしたセオリー。
もちろん、始まる前にこのやり取りの練習をしていた。形式は大事らしい。
「それでは各々、資料に目を通したまえ。その上で発言を申し出る場合は挙手を」
司会役の公爵がそう言うと、すぐに挙手した貴族たち。
俺たちの段にいる貴族たちはほとんど手を挙げていた。
「ではケルマンタール伯爵、発言を許可する」
「カムロック殿に伺いたい。この資料は冗談かね?」
睨みつけるように、後方のカムロックに向かって言った伯爵。
スマスリク公爵が頷いた。
「カムロック殿、発言を許可する」
「ではお答えしましょう。ケルマンタール伯爵は、冗談でこのような会合を開くとでもお思いですか? 無論、事実です」
「ふざけるな! 信じられるわけがなかろう!」
テーブルを叩いて声を荒げた伯爵。
周囲の貴族たちも同じように怒りを浮かべていた。
資料に書かれていたのは、もちろんセオリーのことだ。
『竜姫様はベーランダー伯爵に罠に嵌められてダンジョンで殺されそうになり、それを冒険者パーティ【王の未来】が助けて、さらに竜王臣下のリセットが姫様を裏切って殺そうとしたが、それも俺たちが助けた。姫様は感銘を受けて冒険者になりたいと思い、その意を【王の未来】が承諾してパーティに参加することになった』
とまあ、簡潔にまとめたらこんな感じだ。
「そもそも今回集められたのは、行方不明の姫様が見つかったから、寄家をどうするか決める場ではなかったのか!」
「いえいえ。正確な招待状の文言は『寄家を失った竜姫様が戻られたので、今後についての報告のご案内があります』です。寄家を決めるなどとは一言も書いてませんが?」
鼻で笑うような態度のカムロック。
権力に与しない冒険者ギルドの長だから口が悪いのは当然かもしれないが、おそらくわざと火に油を注いでるな。
貴族たちの苛立ちがセオリーに向かないように気を遣っている。善いギルドマスターだぜ。
「貴様! 自分が何を――」
「ケルマンタール伯爵、口を慎むように」
それは公爵も理解しているらしく、すぐに援護してくれた。
三大公爵家はこれ以上権力を求める必要がないから、かなり冷静な立場にいるのかな。というかそもそも冒険者ギルドは国家所属じゃないし対等の立場のはずだから、公爵の反応が当然なんだけど。
公爵に命じられて発言を止められた伯爵は、顔を真っ赤にしてカムロックを睨みつけたあと、その次に俺を睨んできた。
俺? もちろん気づかないフリをしたよね。
「では次、メルターニュ子爵」
「はい。では公爵様へ質問です。先日の暴動からベーランダー伯爵奪爵の件ですが、伯爵の奸計を見破ったのはルニー商会で、そこに公爵家の御力添えがあったとのことですが、これは事実でしょうか?」
「ふむ。今回の議題とは無関係である発言だが……おおむね事実と認めよう。少なくともルニー商会が手を回していたのは事実だ」
公爵が認めたことに、ざわつく貴族たち。
各貴族たちも情報は集めていただろうが、ここまで国家運営の中枢に他国の商会が入り込んでいることに驚きを隠せなかったようだ。
というかメルターニュ子爵、せっかくの発言権なのにいまの質問をするってことは、今回参加したのは竜姫のことより情報収集を優先したかったからなのかな。
いろんな考え方の貴族がいるんだな。
「ではルニー商会にどのような褒賞を与えるおつもりで?」
「無回答とする。以後、今回の議題と関係のない質問は控えるように。……次、ザンバルダール子爵。発言を許可する」
「冒険者パーティ【王の未来】に質問する。資料によれば、貴殿らは姫様と共にダンジョン55階層に落とされるものの、たった一日で50階層に戻り生還。さらにはかのリセット様から姫様を守るだけでなく、打ち倒したとあるが……このバカバカしい内容を事実だと?」
「冒険者パーティ【王の未来】のリーダー、ルルク殿、発言を許可する」
「はい。全て事実です」
俺が即答すると、またもやざわつく貴族たち。
ザンバルダール子爵は、呆れたような表情を見せた。
「なるほど。それではカムロック殿に質問だ。今回の資料だが、ここに書かれてある【王の未来】に関する記載は、客観的証言や証拠に裏付けられたものかね?」
「……いえ、その内容に関しては【王の未来】のメンバーの証言をもとに作成したものです」
「ではこの内容の真偽は不明、と?」
「ですが冒険者ギルドとして信憑性は保証します。事実、ルルク殿から報告があったダンジョン5階層の罠、ベーランダー元伯爵の姫様暗殺未遂の指示書、リセット氏の墓や遺体などはこちらでも確認しました」
「左様か。だが、その子どもが物証を利用している可能性は?」
「……どういうことですか?」
「例えば、別の人物の功績を横取りしている場合だな。そもそも冷静に考えておかしくないか? たった13歳の少年がリセット様を殺した? そんなことあるわけないだろう。リセット様は竜種の上位個体なのだぞ」
ザンバルダール子爵がやけに突っかかってくる。
俺、何かしたかな?
「ですが子爵殿、彼はすでにBランク冒険者で、Sランク魔物すら倒した実績もあります。それは他人の功績に便乗するなどの不正はできない客観的事実として、冒険者ギルドが確認しております」
「竜種と魔物を一緒にするな! この痴れ者が!」
顔を真っ赤にして声を荒げたザンバルダール子爵だった。
それとは対照的に、冷静な表情ですぐさま頭を下げたカムロック。もちろん下げた相手は子爵ではなく、セオリーにだ。
「失礼な物言いでした。姫様、お許しを」
「う、うむ。気にしておらん」
「寛容なお言葉、感謝いたします」
茶番だけど、形式は以下略。
しかしそれで終わらないのがギルドマスターの茶目っ気だった。
「子爵殿、認めたくない気持ちはわかります。子爵殿のご子息は、我がバルギアが誇る英雄のひとりですからね。ご子息より若い冒険者が、ご子息では手も足も出なかった竜種……しかもその数段も格上の個体に勝ったのですから。これを機にご子息も、自らの力不足を自覚して精神から鍛え直して頂きたいところですね」
「なっ、き、きさま……」
「おっと。これは失言でしたね。謝罪しましょう」
頭を下げて、誰にも見られないようにニヤリと笑ったカムロックだった。
楽しんでるな、このアフロ。
「カムロック殿、不要な物言いは慎むように」
「はっ。申し訳ございません」
公爵には素直に頭を下げて、本気の謝罪を見せるカムロック。
それを見てさらに怒りを滲ませていた子爵だった。
「では次、クロエーヌ侯爵」
「はい。私も冒険者ルルク殿に質問です。資料に書かれてある通り、貴殿らが姫様を救って頂いたのは事実なのでしょう。そこに感銘を受けて姫様が冒険者となることを決意したことも、この会合を姫様が承諾している時点ですでに成立していることなのでしょうね。そもそもこの資料には姫様の証言も含まれていることくらい、少し考えればわかりますからねぇ?」
「ぐっ……」
侯爵に冷静に指摘されて、今度は恥で顔を赤くしていたザンバルダール子爵だった。資料を疑うということは、竜姫を疑うということになるからな。頭の回る貴族たちは最初からそれくらい気づいていたようだったし。
侯爵はきわめて涼やかな視線を俺に向けて、続けた。
「ですがルルク殿、今後姫様の御身を預かるということがどういうことを意味するのか、理解していますか? 貴殿はこのバルギア竜公国の未来を預かるということです。姫様の身を危険に晒すという、愚かな行為を自覚していますか? そのあたりの意見を伺いたい」
「はい。もちろん自覚しています。そのうえで俺はセオリーの選択を尊重しますよ」
俺が軽く言ってのけたら、またもや貴族たちが騒いだ。
いや違うな。「姫様を呼び捨てだと!?」「不敬だ! 逮捕しろ!」などと言っているので、内容じゃなくてセオリーと呼んだことがお気に召さなかったらしい。
「静粛に。静粛に」
浮ついた議場を、公爵の言葉が治める。
とはいえ公爵も俺を睨んでる。さすがにマズかったようだけど、俺にとってはセオリーは仲間だ。貴族社会の慣例なんてものに従う気はないね。
クロエーヌ侯爵も静かに怒りを滲ませる。
「ルルク殿、姫様に敬称をつけないことがどういう意味かを理解していませんか?」
「してますよ。信頼の証ですよね?」
「愚かな。そのような愚行、誰が許すと――」
「だまれ」
ぽつり、とセオリーがつぶやいた。場の空気が一瞬で静まった。
怒っているな。
普段はビビッて何も言えないセオリーが、かすかに震えながら言葉を紡いでいた。
「さっきから聞いていれば、不敬であるぞ」
「そ、そうです姫様! この身の程知らずの若者に懲罰を――」
「黙れニンゲン! キサマらのことだ!」
セオリーはテーブルを強く叩いた。ミシリと音を立てて、折れかけて沈んだテーブル。
いつもは貧弱だけど、気持ちが昂って本気を出したセオリーには、木製のテーブルなんて玩具みたいなもんだ。
「我は彼らに助けられたのだ! キサマは、50階の高さから落ちた我を傷ひとつつけることなく助けられるか? 100体を超える魔物に囲まれて、まったくの無傷で勝てるか? 竜王臣下の最強の一角を、軽々と打ち倒すことができるか!」
「そ、それは……」
「よく聞けニンゲン! 我は、我が仲間たちを――あるじを、サーヤを、エルニネールを、プニスケをバカにするやつなど許さない! それがたとえ父上……竜王であろうとも!」
そう猛々しく吠えたセオリーに、誰もが息を呑んだ。
いままでずっと大人しかった少女が、まるで君臨する偉大な覇王のように見えたのだ。
それは気のせいなんかじゃなく、実際にセオリーの体から膨大な魔力が溢れていた。魔力が視えなくともその圧力を肌で感じた者は多かった。
理由をつけて俺を責めようとした子爵も、侯爵も、そのあまりの迫力に何も言えなくなっていた。
「ふふ」
俺の隣でサーヤが嬉しそうに笑っていた。
わかるぞ、その気持ち。
俺たちの竜姫様は、ただ守られるだけの弱い女なんかじゃないんだ。
自分のことじゃ怒れなくても仲間のことになると本気で怒ってくれる、そんな優しくて強い少女なのだから。
こうして会合はセオリーの意思表明をこれ以上なくハッキリと伝えて、無事に終えたのだった。




