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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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竜姫編・27『ルニー商会』


 宿屋に戻った俺たち。


 気絶しているエルフの子の体を拭いて、綺麗な服に着替えさせベッドに寝かせておいた。


 てっきり女の子かと思っていたけど、小さなゾウさんがついているのを見て愕然とした。幼少期のエルフってマジで性別わからんな。


 リビングに戻ると、プニスケがお茶を煎れてくれていた。魔物でも使い方さえ分かっていれば魔術器が使えることをこの前知ったから、調理なども本格的にプニスケに任せるようになったのだ。

 プニスケも頭に乗ったコック帽が似合うスライムになっていくのが嬉しいみたいだった。


 目指せ、世界初のクッキングスライム。そんなスライムあるのか知らないけどさ。

 プニスケの紅茶を飲みながら、サーヤがジト目を向けてくる。


「……で、説明は?」

「ひっ」


 悲鳴を上げたのは、俺の腕を抱えるようにして視線から隠れるセオリーだ。

 

「え? サーヤも怖いのか?」

「あるじ以外、信じられないんだもん……」


 なんてことだ。

 さすがにここまで人間不信に陥るとは思ってもなかった。サーヤは俺より前に仲良くなった友達なのに。

 そのサーヤは悲しい表情を見せたが、自分の意見よりも状況説明を求めていたので、俺はすぐに話した。


 セオリーに何があったのか。

 このバルギア竜公国がどんな状況なのか。

 セオリーが無条件に信じられるのは、俺との繋がりだけになったということ。

 そして、エルフの里を含めたこの一連の騒動には、別の黒幕がいるらしいということも。


 話を聞き終えたサーヤは小さくため息をついて、何かを吹っ切ったような顔になった。


「そっか。大変だったわね。でも良かったじゃない? ルルクがいてさ」

「良かったのか?」

「だって気持ちはわかるもの。私も、世界中が敵になってもルルクがいれば平気だもの。セオリーも同じ気持ちなんでしょ?」

「……うん。あるじさえ、いればいい」


 サーヤのそれとは、ニュアンスがちょっと違うような気はするけどな。

 

「だからね、セオリーにはこれからが大切なのよ。私だっていまはエルニネールやプニスケのことも大事だしね。それと同じように、ゆっくり自分のペースで信じられるものを見つけていけばいいと思うの。本音を言うと、そこに私を入れてくれたら嬉しいかな。私もがんばるから、これからもよろしくね」


 ウィンクするサーヤだった。

 時々イケメンになるよな、この幼女。

 とはいえセオリーには言葉だけでは響かない。それだけ重い裏切りを受けたのだから、それも仕方ないことだとサーヤもわかっているみたいだったけど。


「でもひとつだけ言っておくわ。私はセオリーを友達だと思ってるし、ルルクの眷属になってこれから仲間として付き合っていくつもりだけど……いいこと? 独占はダメよ」

「ん。だめ」

『ダメなの』


 3人に注視されて、縮こまって俺に身を寄せてくるセオリー。めっちゃビビってる。

 俺はしばらく考えてから、首をひねった。


「いや、何の話?」

「ローテーションの話よ」

「だから何のだよ」

「いままでは3人だったから、2日続けて1日休みだったわ。でもこれからは1日おきに交代ね」

「だから何の」

「寝るときの位置に決まってるでしょ」


 いや、決まってねえだろ。

 なんだよそれと言いかけて、俺はハッとする。そういえば最近寝る前のケンカが無くなったと思っていたら、そういう決まりにしていたのか。


 ……え、ちょっとまって。その言い方だとこれから俺が一人で寝るって選択肢なくないか? 俺の権利は? 基本的人権は?


「……わかったもん」

「ならよし。これからも仲良くしましょうセオリー。……それともシャドウ=ダークネスって呼ぶべきかしら?」

「っ!?」


 中二病ネームで呼ばれたセオリーは、今更自分のテンションに気づいたようだった。

 あきらかに弱った自分を見せていたことを恥じているようで、顔を真っ赤にしていた。


 俺が拾っていた眼帯を差し出すと、慌ててそれを着けたセオリー。香ばしいポーズをキメて、声を高ぶらせた。


「わ、我はシャドウ=ダークネス! 至高なる我が主の眷属にして、闇を統べる邪神を封じる者なり。此度は我が身を招いた事、褒めてつかわす!」


 いきなり元気になったな。

 もしかして、普段から中二病モードだと人見知りを隠せるのか? 中二病ってそんな知られざる効能があったのか? うーん、奥が深いな中二患者……。


 サーヤもさすがにここまで態度が切り替わるとは思ってなかったようで、少し吃驚(びっくり)していたもののすぐに笑みを浮かべていた。


「それは光栄ね邪神を宿し者シャドウ。でもあなたの主は、私たちのリーダーなのよ。あなただけのものじゃないってことは肝に銘じておきなさいよ」

「ふっ、愚昧なるニンゲンよ。我こそが主の最も優れた眷属であり、運命の縁で結ばれているのだ……」

『異議ありなの! ボクがいちばんなの!』


 と、意外なところから対抗馬が出てきた。

 プニスケは珍しく怒っているようだった。

 セオリーが鼻を鳴らす。


「ふっ、惰弱な種族が言うではないか。我が格の違いというものを教えてやろう」

『む~。ご主人様~このお姉ちゃんやっつけていいの~?』

「……そうだな、格の違いをわからせるくらいならいいぞ」


 いくら身内だからとはいえ、プニスケを惰弱呼ばわりはいただけない。

 俺が説教してやってもいいが、従魔同士に序列意識があるというなら、そこは実力でお互いが納得したほうがいいだろう。それでも見下すようなことを言うようなら、キツめのお仕置きだ。

 プニスケの言葉を肯定した俺に、セオリーが余裕の表情を見せてくる。


「我が主よ、スライムごとき我の敵ではない……」

「セオリー、ひとつだけ助言しておく。本気で避けろ」

「え?」


 プニスケがただのスライムだと思ったか?

 そもそも言葉をしゃべるスライムの時点で、規格外だってわかるだろうに。

 

『じゃあ行くなの――えいっ』


 次の瞬間、プニスケは跳ねた。


 プニスケはあまり戦いで矢面に立つことはないが、俺たちのパーティメンバーはプニスケも含めて毎日特訓している。エルニは魔術、サーヤは全般、俺は神秘術、そしてプニスケは各スキルを中心に。


 スキルに練度があるとするなら、それは使用回数で増えていくはずだ。もしその練度が可視化できるとすれば、パーティ内で間違いなくダントツで高いのがプニスケの『弾力操作』と『変形』だ。


 プニスケは日ごろから、自ら跳ねて動き回る。それは弾力操作で望んだ方向へ、望んだ速度と力で動く訓練だ。ステータスではなくスキルを使った移動法。

 そして地道に精密な動作を繰り返すことにより鍛えている『変形』は、もはや万能の域に達しつつある。箸が持てるのはもちろん、包丁を使ってみじん切りをする、皿を洗う、スプーンで茶葉を適量掬う、魔術器を器用に使いこなす、など俺よりも手先が器用になってきた気がするのだ。


 そんなプニスケの『えいっ』は、武術の達人が拳を突き出す「セイッ」よりも速い。

 当然、セオリーの動体視力で見切れるようなものじゃない。


「ぴゃっ」


 プニスケはセオリーの額に直撃した。

 のけ反ってソファからひっくり返ったセオリー。マンガみたいなリアクションだな。


『わーい! 勝ったなの~!』

「ふ、不意打ちはひどいもん! もういっかい!」


 デコを擦りながら起き上がって文句をいうセオリー。


『え~もういっかいなの? じゃあ、ほんき出していいなの?』

「え、本気……?」

「ああ。プニスケが本気出したら、もう少し速いうえに、さらにトゲが出てくるぞ。いまは同時に巨大化もできるようになったから、Bランク魔物でも直撃したら致命傷になる威力だから、やるなら気をつけろよ」

「ひいっ」


 セオリーはソファの陰に隠れて震え始めた。

 まあ最初から分かってたけどな。どう考えてもうちの力関係は竜種<<<スライムなのだ。


『ボクがいちばんなの!』

「そうだな。あ、そうだプニスケ。今度知り合いの従魔と模擬戦してみるか? 相手は霊狐っていう珍しい魔物だから貴重な経験になるぞ」

『れいこ、おいしいなの?』

「さあ。ていうか相手も従魔だから食べるなよ。戦うだけだ」

『ボクがかったらご主人様、うれしいなの?』

「そりゃ嬉しいさ」

『じゃあやるなの! どんとこいなの~!』


 飛びついてきたので、撫でまわしてやる。可愛いやつだよほんと。

 兎に角、セオリーが仲間になることを知ったキッズたちは、特に反対することもなく受け入れてくれた。速攻プニスケにわからされるとは思わなかったけどな……もうちょっと根性見せて欲しかったが、まあ高望みだろう。


 なんたって新メンバーは、豆腐メンタルのピンク髪中二病ポンコツ人間不信竜姫様だからな。

 だからほら自称最優の眷属、ソファの陰で震えてないでちゃんとみんなに挨拶しろ。






 エルフの子は陽が沈んでも目が覚めなかった。 

 

 かなり粗悪な扱いを受けていたのか、思ったより衰弱していたのだ。状態異常ではなかったので、とりあえずハイポーションと強壮剤と少しずつ飲ませておいた。

 目が覚めたら、何があったか聞いてエルフの里に送り届けつつ報告しなければ。


 疲れていたのはセオリーも同じで、夕飯を食べたらぐっすり眠ってしまった。今日は色々ありすぎたからゆっくり寝かせておこう。ちなみにプニスケもすでに就寝している。


「……さて諸君。さっきはセオリーがいたから話さなかったが、俺はこれからベーランダーの屋敷に行こうと思う」


 俺はソファに座り、サーヤとエルニに告げた。


「だと思ったわ。ルルクが怒ってるのわかったもの」

「ん。てきはたおす」


 さすが付き合いの長いふたり。バレてたみたいだぜ。

 自分からトラブルに首を突っ込もうとは思わないが、俺が眷属としてセオリーを守ると決めた以上、セオリーを嵌めようとしたやつらを放っておくわけがないだろう。

 黒幕が誰かも突き止めなければならないしな。


「ってなわけで、違法行為をするので俺は別人になります」

「はい。〝ネズミコゾウ〟がいいです」

「〝ドラゴンキラー〟」


 説明するまでもなく、幼女たちは偽名候補を上げた。

 鼠に竜殺しか。正反対だな。

 ちなみにいい名前がなければ俺お気に入りの〝ぽこにゃんちん〟にするつもりだ。


「どんどん候補上げてくれ。名前に合わせてそれっぽく冒険者カードも弄るからな」

「〝カイトウランマ〟〝ゴエモン〟〝モンドコロ〟」

「〝レジェンドブレイカー〟〝ゴッドレクイエム〟〝ダークマスター〟」


 ふと思ったけど、エルニのセンスはわりとセオリーに近いんじゃないか?

 意外と気が合いそうだな……まあ、無口と人見知りだから喋るまでが長そうだけど。


「ふむふむ。転移スキルがあるし捕まることはないと思うけど、できれば目立つ名前がいいな」

「なんで?」

「ほら、もし捕まったときインパクトのある噂だと特定もしやすいし、そしたら最初に話を広めたやつが犯人ってわかるだろ? 俺が身動きとれなくなったとき、おまえらになるべく早く伝わるようにな」

「なるほど。じゃあもっと強いワードが欲しいわけね?」

「そゆこと。でもエルニ、竜や神は殺すなよ?」


 あくまでも身を守るためだ。敵をつくるためじゃありません。

 しばらく悩んでいたふたりは、結論が出たらしい。


「〝トットトニゲタロウ〟」

「〝ヴァスキー=バルギリア〟」


 ……やるな。

 前者は面白おかしく話すだろうし、後者は竜王と同じ名前(・・・・・・・)で冒険者カードを作ったバカを笑い者にするだろう。


 どっちにするか悩んだ結果、今回俺が選んだのは後者だ。

 そんなわけで、冒険者カードの情報を一時的に書き換えておく。ちゃんと種族欄も竜種にしておいた。


「俺はヴァスキー=バルギリア。この国を支配するBランク冒険者だ」

「確かに竜王がBランクだったら笑うわね」

「ん。よわそう」


 会ったことないけど、ネタにしてごめんね竜王様。

 こんどセオリーの件で挨拶に行くから許して……あ、というか先に隷属紋を隠すか解除しないと絶対殺されるよな。そっちもちゃんと情報集めないと。


 まあそれはそれ、これはこれだ。


「ってことで良い宵闇になりそうだ。行ってくる」

「見つからないように気を付けてね」

「ん。てきはまっさつ」

「いやエルニさん、殺しにいくわけじゃないから……」


 苦笑しておく。

 あくまでベーランダーがセオリーを騙って素材を集めていた証拠を見つけることと、黒幕の正体を探ることだ。

 俺は深くフードを被って、夜の街に繰り出すのだった。



■ ■ ■ ■ ■



「遅い。遅いですぞ。もしや何かあったのでは……?」


 ベーランダーはイラついていた。

 森に出かけたはずのリセットが戻ってこない。予定では、とっくに竜姫と幼いエルフの遺体を持ち帰っている頃だ。狩りの途中で偶然出くわした両者が誤って互いを刺してしまう、というシナリオだった。


 ベーランダー自身は、なぜそんな面倒なことをするのか理解していなかった。ベーランダーの役割は民衆への思想誘導だ。竜姫が憎まれるように策を弄し、あとは名前を貸しただけ。

 今回の件はあまり関わっていなかったので細部は把握していなかったが、間違っても日が暮れても帰って来ない、なんてことはトラブルがなければあり得ないのだ。


「まさかリセット殿が失敗? そんなはずは……」


 彼は竜種のなかでも一目置かれている竜王臣下だ。きっと予想外の出来事があって、遅れているだけに違いない。

 そうであればと願っていると、部屋に使用人が飛び込んできた。


「ベーランダー様大変です!」

「どうしましたか。はしたないですぞ?」

「すみません! ですが、外の区画で暴動が発生しました!」

「ぼ、暴動!? なにがあったんですぞ」


 耳を疑うベーランダーだったが、真面目な使用人が冗談を言っているようには思えなかった。

 聞き返すと、使用人は半泣きの表情で首を振った。


「わかりません。ですが、民衆が第一区画への門の前に集まって騒いでおり、区画門が壊されたようでして……。それと、なぜかベーランダー様を出せと口々に言っているみたいで……」

「ど、どういうことですぞ……?」


 ベーランダーは慌てて窓を開くと、確かに遠方から騒いでいるような声が夜風に乗って聞こえてきた。

 すぐに事態を掴もうと指示を出そうとしたベーランダーだったが、それより先に門番のひとりが駆けこんできた。


「べ、ベーランダー様! たったいま、正門にて【ルニー商会】を名乗る女たちが複数押しかけてきておりまして、ベーランダー様と面会するようにと迫っております!」

「【ルニー商会】? こんな時刻に面会など受けるワケがないですぞ。すぐに追い返しなさい」

「そ、それが3大公爵家からの連名書と、これを渡されまして……会わなければしかるべき手段に出る、と脅されまして」


 門番が差し出してきたのは、何かの帳簿だった。

 ……何か、じゃない。ベーランダーが取引の責任を担っている、傘下の商会の仕入れ帳簿だ。

 そこにはキュアポーションと聖水の取引データが細かく記載されていた。


「な、なぜ他国の商会がこれを!」


 ベーランダーは顔を青くする。

 周囲を探っていたという【ルニー商会】の目的はこれだったのか。でもなぜ? どうやって? ベーランダーを陥れるために情報を集めていたのか? でもなぜ、このタイミングでやってきた? それに暴動とはどういうことだ? なぜこのベーランダーを指名して騒いでいる?

 わけがわからず、混乱する。


「ベーランダー様、いかがいたしましょう」

「……ぐ、通すのだぞ。もはや隠れることはできないのだぞ」


 強烈にイヤな予感がするが、どのみち避けては通れないだろう。


 もし【ルニー商会】が公爵家に買収されているというなら、それより上の額を払って寝返ってもらえばいい。幸い、資金は稼がせてもらった。金銭面なら対抗できるはずだ。

 応接室へ移動したベーランダーがそう考えていると、案内の使用人に連れられた数名の女性が部屋に入ってきた。


 なぜか、全員目元を隠す仮面(マスク)をつけていた。

 そのうちのひとり、長い金髪をゆるく巻いた淑女が恭しく一礼する。


「夜分にも関わらずの訪問、誠に失礼いたします。わたくしは【ルニー商会】の当エリアのマネージャーを務めております、ヘプタンと申します」


 明らかな偽名だったが、その所作は洗練されていて美しいものだった。高位の貴族だと言われても納得できる、そんな風体だったのだ。

 ベーランダーも焦りを隠し、答える。


「うむ。私がベーランダー伯爵ですぞ。よろしければ、そちらにかけたまえ」

「いえ、立ったままで結構です」

「……。」


 着座の拒否。

 それは明らかな警戒行動だった。本来なら敵地でしかおこなってはならない、社交場では重大なマナー違反でもある。

 ベーランダーが一層顔色を変えたのも気にせず、ヘプタンと名乗った女性は続けた。 


「伯爵殿は我々が手に入れた資料を、さきほどご覧になられたと存じます。それについては何か釈明がございますか?」

「……釈明ですとな? 何か不都合があるのですぞ?」

「時間の無駄ですから、とぼけないで頂きましょう。それは伯爵殿が指示をしてキュアポーションと聖水を買い占めた取引情報ですね。指示書もこちらにありますので、言い訳はご無用」

「なっ……なぜそれを」

「いまはこちらが質問しています。この履歴ですと、伯爵殿はアルミラージの角が市場から不足することを知っておられた。それに伴い、キュアポーションの市場価値が上がることも知っておられた。ゆえに買い占めを行い、値上げ後に各所に売りさばくことで多大な利益を出しましたね。そしてそれは、昨日同じことを聖水でも行った」

「…………。」


 完全に把握されている。

 ベーランダーの背筋に滝のように汗が流れていた。

 

「無論、市場の価格操作や買い占めや転売などの一律禁止はされていません。今回の場合では商人ギルドも伯爵殿を咎めることはできないでしょう。もちろん、我々のような各商会もです……ただしそれが、正当な手段であればです」


 ヘプタンはマスクの下から睨んでいた。

 まるで伯爵を追い詰めるかのように、淡々と言葉を吐いて。


「商売は各国の法律のもと規制されており、伯爵殿の行った手段は違法ではありません。ですが、竜姫様の名前を騙るという愚行については違います。真祖の一族の名を騙ることは、どのような場合でも我が国では第二級犯罪に該当します」


 ベーランダーは混乱していた。

 確かにヘプタンの指摘通り、アルミラージの角も月下草も竜姫が欲しがった物ではない。竜姫の名を出せばムチャが通るうえ、どうせすぐ殺されるのだから証拠も証言もなくなるのだ。指示されていた〝民衆の印象操作〟も兼ねて、稼がせてもらっていたのだが……。


「ひ、姫様の指示でないと誰が言ったのですぞ。姫様に直接聞いたのか」

「そんなもの、徴収された素材の在庫を追えばすぐにわかります」


 ヘプタンが取り出したのは、また別の取引記録だった。


「アルミラージの角は、一度この屋敷に運ばれてきましたね。その数はおよそ37万個。よくもまあ、これだけのアルミラージを狩ったものです。バルギアのアルミラージは絶滅危惧でしょうね。……それで大事なのはここからです。伯爵殿、あなたは欲をかきましたね。キュアポーションで稼ぐだけならまだしも、アルミラージの角にまで目がくらんだ。先日、ここから同数のアルミラージの角を薬事ギルドへ販売しましたね? 出庫情報を正確に記録してくれた御商会の会計員はとても優秀ですね、ぜひ彼の昇給をおススメします」

「……な、なぜ我が商会の情報まで……」

「知りませんでしたか? 伯爵殿、一年前までは商会長としても貴族としても鳴かず飛ばずだった貴殿が、聖地を離れて遊びに来ていた竜姫様を保護したという理由だけで、多くの優遇を受けられましたね。そんな貴殿のことをよく思っていない貴族の方々はたくさんいるんですよ?」


 買収されたのか、裏切られたのか……どちらにせよ身内に売られたことを知ったベーランダーは、言葉を紡ぐことはできなかった。


「というわけで、我が商会が手に入れた情報を利用したいという貴族は、意外なほどたくさんいらっしゃいました。ベーランダー伯爵、貴殿はここで終わりです。あなたの取引記録は売却済みであり、さらに各ギルドに通達することで今朝の竜姫様への民衆の態度が貴殿の策略として認知され、真実を知った庶民がどんどん集まってきて暴動を起こしかけています。衛兵たちも、貴殿を捕まえるためにすでにこの屋敷を取り囲んでいます」

「……そんな、まさか……」


 ベーランダーは窓から聞こえてくる喧騒が、すでにかなり近い場所にも存在することに気づいて、ヘプタンの言葉が嘘ではないことを知った。


 自分はもうお終いだ。


 あまりのことに眩暈がしたベーランダーは、ソファにしなだれかかるように倒れた。使用人が慌てて懐から錠剤を取り出す。


「ベーランダー様! いけません、すぐにお薬を」

「ふ、不要ですぞ……」


 病気ではない。

 これは自分が撒いた種なのだ。いくら他人を利用してきたとはいえ、ここで薬剤で病と誤魔化すような矜持のない真似はできなかった。


 自分の知らぬ間に、ここまでお膳立てされていたとしたら、破滅は免れないだろう。あらゆることを計画に組み込んでいたベーランダーとしては、これも考えた可能性のひとつだった。

 そのリスクを背負っていた自覚はあったので、ショックだったが予想外というわけでもなかった。


 予想外だったのは、目の前の粛々と話す【ルニー商会】だ。


 たしか台頭してきたのはわずか一年前。そんな新参の他国の商会が、この国の貴族社会の中心まで潜り込んでいたことを恐ろしく思った。


「……ヘプタン殿、ひとつ伺いたいのですぞ」

「こちらの用事は終わりましたので、なんなりと」

「貴殿らの目的はなんなのですぞ?」


 そもそも情報を提供したとはいえ、こうして捕縛前に話をしにくるのは商会がすることではない。

 公爵家こそ、面子のために自分の兵士たちにこの役割を任せたかっただろう。


 それをなぜいち商会が請け負ったのか。その目的はなんなのか。

 どうせ破滅が待っているなら、知らぬ間に我々の急所を掴んでいた相手を知っておきたかった。少しでも納得できれば、溜飲が下がるだろうと。

 ヘプタンは迷うことなく答えた。


「小さな理由は、我が商会も参入しているバルギアエリアの市場を荒らしたことへの報いとしてです。それに貴殿の金儲けのためにキュアポーションを買えず、状態異常で亡くなった冒険者も数名いると聞きました。彼らの無念を晴らすためでもあります」

「……なるほど、納得ですぞ。して、他の理由は?」

「大きな理由はただひとつ。すべてはルニー様のために」

「「「ルニー様のために」」」


 ヘプタンの後ろにいた女性たちも、胸に手を当てて声を揃えた。

 ただの商会?

 いいや、違う。ベーランダーはようやく理解した。


 彼女たちは信仰心をもっていた。利益を求める集団を商会と呼ぶが、信仰を広げる集団を宗教と呼ぶ。【ルニー商会】が力を拡大しているのは、商会としてだけでなく宗教としても優れているからでもあるのだろう。

 

 信仰心、か。

 ベーランダーは、廊下をかけてくる幾つもの足音と、鎧が鳴る音を聞きながら目を閉じた。


 自分も昔は純粋に竜王様を崇めていたことを思い出した。

 彼に連なる真祖の一族のために、命を捧げることも厭わない。そんな風に信心深い頃の幼い自分を思い出したのだった。


「……そうですな。信仰心には勝てませんぞ」


 あの頃は、竜王様のためならなんでもできる気がした。

 それがいつのまにか、運よく自分のもとへ来た竜姫様すら利用して、あまつさえ死すら許容するようになっていたとは。


 ベーランダーは愚かな自分を恥じながら、部屋に飛び込んできた衛兵たちを見てゆっくりと項垂れたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん流石竜種、リセットも途中は完全に小物のそれだったのに、絶対の危機に立たされた瞬間高潔さが溢れだした。 ベーランダーも潔いし、どちらもある程度の理由があってこうなってそうなんだよな。 …
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