幼少編・10『隠しステータス』
「うわああん! ルルお兄ちゃ~ん!」
「よしよし。よく頑張ったなリリス。えらかったぞ」
口を塞いでいた布と手足のロープをほどいてやると、大泣きしながら抱き着いてきたリリス。
その背中をぽんぽんと叩いてあやしながら、俺はガウイを振り返った。
「そういえば衛兵は? 呼んだんじゃなかったの?」
「ありゃウソだ。モヤシが危ないと思ってついな」
「そっか。いい機転だったよ、ありがとう」
「……まあ、なんだ。無事で何よりだ」
そう言いながらプイっと視線を逸らしたガウイだった。
あれ? もしかしてデレた?
「ガウイくん可愛いところあるじゃん」
「お、おまえのことじゃねぇよ! リリスのだよ!」
「男のツンデレは流行らないよ?」
そんなツンデレガウイもリリスの無事を確認してほっと息をついたら、嫉妬を隠さない表情で俺を睨んできた。
必殺技を華麗に決めてくれたしせっかく見直しそうと思ってたのに、俺の背中に回されたリリスの腕を物欲しそうに見つめてやがる。
誉め言葉を撤回したくなるから、そのねっとりとした視線やめろ。
「でもさすがに衛兵呼ばないと。いつまでも気絶してくれてると限らないし」
「おう。ちょっと呼んでくる」
ガウイが走って大通りに向かった。
胸の中で大泣きするリリスを撫でていると、なんか空が暗くなった。
とっさに見上げると、空に老婆がいた。
……空に老婆?
「あらよっと」
「うわっ!?」
親方! 空から老婆が!
何を言ってるのかわからないと思うが嘘じゃないぞ。決して嘘じゃないんだ。
俺のすぐ横に着地したのはヴェルガナだった。一瞬誰かと思ったのは、メイド服やトレーニング用の服じゃなく、マントを羽織った冒険者風のいでたちだったからだ。
「無事みたいだねぇ、ルルク様。リリス様もご無事で」
「えっと……え? ヴェルガナいまのなんですか? 空飛んでた? え? 色々人間越えてるなと思ってたけど、もしかして鳥類?」
「バカいいな。高速移動の魔術で屋根を走ってきたんさね」
「……公爵家のメイドは空も走れるのか……」
「アタシはメイド長兼警備隊長さね。いっとくけど、ディグレイ坊よりも強いよ」
うそん。王国騎士団筆頭より強い老婆だって? 属性盛りすぎじゃね??
まあ強キャラなのは最初からわかってたからそこまで驚きはしないけど……高速移動の魔術か。うらやましい。
じゃなくて。
「それよりどうしてここに?」
「メイドがひとり戻って来てね。状況を聞いてすぐ出張ったってわけさね。人攫いなら複数人だろうし、ルルク様とガウイ様じゃさすがにまだ荷が重いと思ってたんだけど……やるじゃないか」
「まあ、ギリギリでしたけどね」
「無傷でギリギリとは説得力がないさね」
「そのことなんですけど……いえ、あとで話します。それよりあいつらの目が覚める前に拘束をお願いします。俺はリリスを見てますから」
「堅牢なる檻よ――『アイスロック』」
ヴェルガナが唱えた魔術は、人攫いたちの両手と両足を氷の塊で拘束した。
めっちゃ冷たそうだ……って。
「あれ? 魔術の詠唱ってそんな短いんですっけ? 我はなんちゃらとか言いませんでした?」
「詠唱省略さね。腕のいい魔術士ならできるのさ」
「ほへぇ。ヴェルガナは魔術まで優秀なんですか……」
「師に恵まれたからねぇ」
そうこう言っていると、ガウイが衛兵を何人か連れて戻ってきた。
衛兵たちは状況を見るとすぐに男たちを縛り上げ、担いで連行していった。
ろくなやつらじゃなかったけど、三号……兄貴とよばれた男は一人だけ強さが違った。たぶん街のゴロツキ程度のやつじゃなかったんだろうな。
「逆恨みされなきゃいいけど……」
「されたところでどうにもならんさね。公爵家に手を出して極刑を免れることはできないさね」
「え……誘拐で、ですか?」
「そうさね。よりにもよって公爵家のお膝元で、だからねぇ」
うわぁ異世界怖い。言い方的に弁護士もつかないんだろうな。
まあでも自業自得だ。ちょっと可哀相な気もするけど、庇う気にはなれない。
「それよりリリスを連れてギルドに戻りましょう。リーナさんが待ってます。リリスもお母さんに会いたいよね?」
「うん……ママに会いたい」
「そうさね。今度はアタシが護衛だから安心しな。ガウイ様、後ろの見張りは任せるよ」
「おう! あ、ちょっとまって木剣拾って……あれ、曲がってる!? おいモヤシ、おまえ俺の剣になにしてくれてんだよ! こいつは俺が小さい頃から大事に使ってた相棒なんだぞ! それを投げたり蹴ったり踏んだりしやがってからにぃ!」
ご立腹のガウイ。
俺は肩をすくめる。
「蹴ったのは人攫いだよ。俺は投げただけ」
「それはそうだけど! だいたいおまえは生意気なんだ。最後だって俺がいなけりゃ殺されてたかもしれないんだぞ。もっと俺に感謝して敬えよな。そもそもおまえは兄の威厳ってものを気にしなさすぎなんだよ。貴族たるもの威厳は大事で――」
「ガウイお兄ちゃんうるさい」
「あっ、はい」
リリスに睨まれて大人しくなるガウイ。兄の威厳はどこへやら……それでいいのかおまえ。
そんなこんなでヴェルガナに見守られ、俺たちは商人ギルドへ戻ったのだった。
「リリス!」
「ママ~っ!」
感動の再会だ。
リーナとメイドたちは商人ギルドの一室で待っていた。俺たちが部屋に入ると、すぐにリリスに抱き着いたリーナ。リリスも今度こそ緊張がほぐれたみたいなので、泣き疲れるまでそっとしておこう。
「で、坊ちゃんたち。何があったのか教えてくれるさね。後で人攫いのやつらにも証言はとるけど、アンタたち側からの言葉も聞いておきたい」
「はい。まずは俺とガウイが露店街で聞き込みをしてたら――」
と、あったことをなるべく客観的に話した。
ガウイがリリスを見つけたこと。人攫いと戦闘になったこと。
どうやって三人を倒したかも。
もちろん、治癒のスキルのことも。
「……怪我が巻き戻った? そりゃ本当さね?」
「俺も見たぜ! モヤシが蹴り飛ばされて、マジで死ぬんじゃないかってくらい右半身が血だらけで骨もバキバキに折れてたのに……あっという間に治ったんだよな。おまえ力は弱いけどスキルはいいもの持ってるんだなぁ。うらやましいぜ」
「ふうむ。本当みたいだねぇ……」
何か考えるように足元をじっと見つめるヴェルガナ。喜ばしいというよりは、心配しているような顔つきだ。
「何か懸念することでもあるんですか?」
「……いや、ちょっとばかり治癒の性能が高すぎると思ったさね。アタシが知ってる治癒系統の最高のスキルは『癒しの息吹』。治癒力を極限まで高めることができて、どんな大怪我でも10分ほどで完治する魔術系スキルさね」
「10分ですか……」
俺の場合はわずか数十秒だった。
でも魔術系の最高峰がそれなら、俺の治癒スキルは魔術系じゃないのでは? そもそも俺は魔力がないから、魔術系スキルは持ってないはずだって聞いてるし。
「そういえばコモンスキルの時みたいに発動通知が出ましたよ。戦いの最中だったからうろ覚えですけど」
「そうかい。なんていうスキルだったか憶えてるかい?」
「たしか『数秘術7』……みたいなものだったかと」
「本当かいね!?」
ヴェルガナが椅子を倒して立ち上がった。俺の肩を両手で掴んで揺さぶる。
「見間違いじゃないさね?」
「たぶんですけど」
「……よし、教会にいくさね」
「えっ」
まさかヴェルガナからそう言うとは思わなかった。
俺が教会で鑑定するのは、俺自身が勝手にやらないといけないコトだと思っていた。父親の言いつけを破ってやるんだ。いくらヴェルガナが強かろうと公爵家に雇われている身だから、手伝ってはくれないものだと思っていたし、現に今まではそういう態度だった。
「どんな風の吹きまわしですか?」
「坊ちゃん。この世には公爵家の規則よりも優先すべきときがあるのさね」
「……どういうときです?」
そう聞いたときのヴェルガナの顔には、どこか童心に帰ったような表情が浮かんでいた。
「そりゃ決まってる。好奇心に負けたときさね」
□ □ □ □ □
鑑定術は聖魔術だ。
聖魔術というのは、火・水・風・土・雷・氷・聖・闇・光と現在確認されている9種類の魔術のなかで最も適性者が少ない属性らしい。
他の魔術は自然に存在する魔素との親和性によって適性が決まるが、聖魔術だけは親和性は関係ない。
じゃあ何が関係しているのか?
それを研究している機関が各国にあるらしいが、いまだ聖魔術の適性条件は不明だという。ただひとつ言えるのは、この世界を創った神々の力の一端を借りている、というものらしい。
ゆえに聖魔術を使える魔術士は、教会――聖キアヌス教会からの援助金がもらえる代わりに、教会で作られる様々な装置の製作協力を求められるという。もちろん国民全員がキアヌス教に入信しているわけではないらしいので、あくまで有志みたいだけど。
ちなみにキアヌス神はこの世界の創造神の一柱で、大陸でもっとも信者が多い教会なんだとか。
「では血をこちらの器へ」
「あ、はい」
俺は清められた小さな針を指に刺し、そこから漏れた血を小さな皿にポタポタと落とした。その皿を見てたら、寿司屋に行ったら置いてある醤油皿を思い出してしまった。そういえば公爵家では肉は出るけど魚は滅多に出ない……というか出たことがない。
久しぶりに寿司食べたいなぁ。
「ではこちらへ魔力をそそいでください」
「あ、それは私が」
俺の隣にいるのは、リーナ。
彼女はさも当たり前のような顔をして、鑑定のための部屋に同席していた。
鑑定に行くとヴェルガナが告げたときから俺の隣をずっとキープしてるんだけど、なぜだろう。リリスを探しに行く前に生意気なこと言いまくった気がするから、そのことを責めるために機をうかがってるのかもしれない。なんか視線が怖いし。
兎に角、鑑定は聖魔術だ。この街にはそもそも聖魔術を使える者はいないため鑑定そのものは魔術器で代用している。魔術器にすれば使用者の適性関係なく、魔力を注げば誰でも使用できるからね。
俺の代わりにリーナが魔力をそそいだのは、片方に皿を乗せた天秤のような魔術器だった。もう片方には小さな針がついており、その針の先端は紙に触れている。
すると俺の血が皿から天秤に吸い上げられるようにして消え、針が動き出した。
紙に文字をなぞっていく。鮮やかな赤い文字だ……ああ、ひょっとして吸い上げた俺の血で書いてるのか。ステータス情報だから、生体情報とかが必要なのかな?
しばらく待っていると針の動きは止まり、鑑定に対応してくれたシスターがその紙を置く。すぐに受け取ろうと手を伸ばした俺を、リーナがそっと止める。
あ、そうか手数料。
「こちらお布施です」
「敬虔なる信徒よ。神に感謝を」
「ラ・ヴィレ」
「ラ・ヴィレ」
頭を下げるリーナとシスター。
よくわからないけど俺も「ラ・ヴィレ」と言っておこう。どこかのサッカーチームみたいだな。
もう紙貰ってもいいかな? とソワソワしていると、リーナがにっこりと微笑んだ。お預けを食らってる犬みたいな反応だと自覚しているが、初の鑑定なんだ仕方ないだろう。もうステイは終わりでいいですか? わんわん!
「ルルク様、どうぞ」
「ありがとうございわん」
おっとちょっと混ざっちゃった。
俺は紙を受け取ると、さっそく眺めようと広げ――
「戻ってからにしましょう」
「あ、はい」
まだステイだった!
まあ確かにここにはシスターさんもいるし、鑑定待ちの人たちも後ろにいる。待たせるのも悪いし、そもそも個人情報だからここで広げるのは色々と問題があるね。そうだよね、わかってる。俺は情報化社会に生きてたからリテラシーはあるよ。でもちょっとだけ、ちょっとだけなら見ていいかな?
「では逸れるといけませんから、お手を」
「え?」
リーナさん、教会ぜんぜん混雑してないですよ? それどころか廊下も広々としてるから、転がって移動しても誰かにぶつかることもありませんよ?
「いや、手を繋ぐ必要は――」
「お手を」
「あ、はい」
子どもだから心配なんだろうか。まあ娘が攫われかけた直後だしなぁ。
リーナに言われるがまま手を握り返す俺。
……待てよ。
そこでようやく気づいた。
リーナはたしかまだ21歳だったはず。この世界の成人年齢は15歳だから、別に変なことじゃないんだけど、俺ってば肉体は5歳だけど精神年齢は18歳だ。21歳の女性(しかも父親の第三夫人)と手を繋いで歩くって、なんかヤバくないか?
肉体基準なら問題ないかもしれないが、精神判定だとギリアウトなのでは?
ちょっとこの状況に対してどう受け止めていいのかわからない!
どことなく拗れた環境に苦悶しながら歩く俺だったが、幸いなことに手繋ぎ期間はすぐに終わった。
公爵家に用意された控室に着いたからね。
「おお、鑑定結果が来たさね」
「はやく見せろよモヤシ!」
ちなみに、ここにいるのは俺とリーナ、ヴェルガナ、ガウイ、あとは泣き疲れて寝てしまったリリスとリリスの面倒を見ているメイドひとりだけだ。兵士や他のメイドたちは商人ギルドで待機している。
好奇心に負けたヴェルガナにも体裁があるからね。一応、鑑定じゃなくて礼拝に来ている体なのだ。ラ・ヴィレラ・ヴィレ。
俺がテーブルに紙を広げ、みんなで覗き込む。
――――――――――
【名前】ルルク=ムーテル
【種族】人族
【レベル】1
>ステータス(基礎+加算)
【体力】107(+0)
【魔力】0(+0)
【筋力】89(+0)
【耐久】88(+0)
【敏捷】140(+0)
【知力】130(+0)
【幸運】101(+0)
【理術練度】270
【魔術練度】0
【神秘術練度】1034
【所持スキル】
≪自動型≫
『数秘術7:自律調整』
『冷静沈着』
――――――――――
「やはり数秘術で間違いないさね。こりゃまた、なんとも因果なものかねぇ……」
「神秘術練度1034だと!? おいモヤシ、どういうことだよ!」
「さすがルルク様ですね」
いやちょっとまってちょっとまって。
俺のレベルが初期値なのは、そりゃレベル上げなんかしてないから当然だろう。加算ステータスっていうのが+0なのは理解できる。
それよりも、だ。
「理術に魔術に神秘術の項目……もしや三賢者って実在パターンだったのか?」
賢者の話はてっきり創作かと思っていた。
理術は科学、魔術は見たままの魔術。ってことは神秘術は……。
「神秘術。いまや使える者がほとんどいなくなった、珍しい技術さね」
ヴェルガナがどこか嬉しそうに、ソファにもたれかかりながら話す。
「坊ちゃん、三賢者の物語は読んだね?」
「はい。とても面白かったです」
「そこに出てきた登場人物で、神秘術の賢者の師匠の話は憶えてるかい」
「ええまあ。神秘王って呼ばれてる、綺麗な女性ですよね」
黒髪ロングで見た目が若い、常にローブをまとった不老不死の王。
神秘術という謎の技術をかつて賢者に教えた、あてもなく放浪している作中最強キャラだ。物語の後半でもときどき出てきて、いつも困っている賢者一行を助けるんだっけな。
……え、神秘術が実在するってことは、まさか。
「そのまさか、さね。神秘王は不老不死……いまも生きてどこかにいる」
「いやいや、三賢者の話っていまから八百年前の時代の話ですよね?」
「そうさね。だからこその不老不死さ」
「まあそりゃそうでしょうけども」
八百年前ですでに不老不死。
作中には魔術の王――〝魔王〟と、理術の王――〝理王〟も出てきたけど、彼らは普通に老衰したりしてたから神秘王だけちょっと強キャラ過ぎた印象だ。まあそのぶん、登場回数が少なかったけど。
「ルルク坊ちゃん、そのことを念頭に入れて聞くんだよ。ルルク坊ちゃんの治癒のスキル『数秘術』は、間違いなく神秘術系スキルさね」
「神秘術……自覚はないけど使えるんですね」
「練度さえあれば無意識にも使えるさね。それより大事なのは、その『数秘術』のことだね。アタシはいままでたくさんの人を見てきたけど、神秘術系統のスキルを持っている人は研究者以外に見たことはない。ましてや『数秘術』はさらに少ない。アタシの知る限り、それを持っているのはたった一人」
おいおい。
この話の流れはマズいぞ。ちょっとまだ心の準備ができてないんだが。
あ~聞きたくない。でも聞きたい。
だって物語に出てくる重要人物が実在してるんだぜ?
そんなの、我慢できるワケがないでしょうに!
「その人物とはいかに!?」
「神秘王さね。『数秘術』は彼女を不老不死たらしめているスキルだって聞いたねぇ。神秘スキルのなかでも圧倒的最高峰のスキル……それが『数秘術』。もちろんルルク坊ちゃんとはまた違う効果の『数秘術』だろうけど、話を聞く限りはアンタのソレも、とんでもない性能してるからねぇ」
うおおおお!
前世の父さん母さん、俺を丈夫な体に産んでくれてありがとう! たぶん一度死ぬまで健康だったから治癒のスキルを貰えたのかもしれない。こんなザコまっしぐらの俺でも、物語のキャラに少しでも近づけた気がする……まあ、だからといってモヤシっ子の俺には宝の持ち腐れ感ハンパないけどね。だってそれ以外がカスだし。
俺が喜んだり自虐したりしてる隣で、ヴェルガナが遠い目をして言った。
「……あのひとは、いまどこで何をしてるんだろうねぇ」




